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東京地方裁判所 平成9年(ワ)15973号 判決 1998年10月30日

原告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小澤元

右訴訟代理人弁護士

島林樹

藤本達也

被告

株式会社オー・エム・アイ

右代表者代表取締役

筒井要

右訴訟代理人弁護士

草間孝男

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の物件を引き渡せ。

二  被告は、原告に対し、六〇万円及びこれに対する平成九年八月二三日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の物件を引き渡せ。

2  被告は、原告に対し、六〇万円及びこれに対する平成九年八月二三日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件代理店委託契約の締結

(1) 被告代表者は、昭和五六年四月一日、特別研修生として損害保険会社である原告に入社し、昭和五九年三月三一日、右研修を終了し、同日、原告との間で損害保険代理店委託契約、自動車損害賠償責任保険代理店委託契約及び集金代行委託契約を締結し、原告の専属個人代理店として委託業務を開始した。

(二) 被告代表者は、平成二年七月三〇日、損害保険代理業等を目的として被告を設立し、被告は、平成三年二月一三日、原告と被告代表者間の右(一)記載の各契約を承継する形で、原告との間で、損害保険代理店委託契約、自動車損害賠償責任保険代理店委託契約及び集金代行委託契約を締結し(甲一)、以後、法人の損害保険代理店として原告の代理店委託業務を行ってきた。

(三) 平成八年四月一日より保険業法が施行されたことに伴い、同日以降右(二)記載の各契約について、内容の読み替え及び追加がなされ(甲二)、その後、原告と被告との間の契約関係は、損害保険代理店委託契約書(甲三。ただし、損害保険代理店委託契約書〔災・自動車・傷害・新種〕、集金代行委託契約書、自動車損害賠償責任保険代理店委託契約書、損害保険代理店委託契約書〔海上・運送〕の四つの契約書から成るもの。以下、右各損害保険代理店委託契約書については、併せて「本件損害保険代理店委託契約書」と、右集金代行委託契約書については、「本件集金代行委託契約書」と、右自動車損害賠償責任保険代理店委託契約書については、「本件自賠責保険代理店委託契約書」と、いう。)に基づき規定されることとなった(以下、「本件代理店委託契約」という。)。

本件損害保険代理店委託契約書では、その二四条一項において、「本契約は、無期限とする。」旨、同条三項において、「代理店または会社は、六〇日前に文書により予告して、本契約の全部または一部を解除することができる。」旨規定し、本件集金代行委託契約書では、その一一条において、「この契約は、無期限とする。ただし、会社ならびに代行人は文書により通告していつでもこの契約を解除することができる。」旨規定し、本件自賠責保険代理店委託契約書では、その二〇条一項において、「本契約は、無期限とする。」旨、同条三項において、「代理店または会社は、六〇日前に文書により予告して、本契約を解除することができる。」旨規定している。

(四) 被告は、本件代理店委託契約に基づき、原告から別紙物件目録記載の物件(以下、「本件各物件」という。)を交付され、本件各物件を保管しているが、本件代理店委託契約においては、本件各物件の所有権は、原告にあるとされ、被告は、原告からの請求がある場合あるいは契約が解除された場合には、本件各物件を遅滞なく返還するものとされている(本件損害保険代理店委託契約書一四条、本件集金代行委託契約書八条、本件自賠責保険代理店委託契約書一〇条)。

2  本件代理店委託契約の解除

原告は、平成九年三月二七日、被告に対し、被告との間の本件代理店委託契約について、同月二六日付け内容証明郵便により、本件損害保険代理店委託契約書二四条三項、本件自賠責保険代理店委託契約書二〇条三項及び本件集金代行委託契約書一一条に基づき(以下、「本件各解除規定」という。)、六〇日経過後に解除する旨の意思表示をする(以下、「本件解除」という。)とともに、解除後速やかに本件各物件を原告に返還するように求めた。

3  被告の債務不履行

(一) 被告は、原告に対し、平成九年五月二八日、ファクシミリ送信の文書により、本件解除を認めず、原告に対する本件各物件の返還を拒否する旨表明した。

(二) 原告は、平成九年六月三日、原告代理人が被告代表者に面会し、被告代表者に対し、本件解除が法的に有効であることを説明し、本件各物件を任意に原告に返還するように求めたが、被告代表者は、これに納得せず、あらゆる方法をもって原告と争う旨述べた。

(三) そこで、原告は、原告代理人に、本件各物件について動産引渡の仮処分の手続を依頼し、原告代理人は、平成九年六月一二日、当庁に対し、本件各物件について執行官保管を求める仮処分申立てを行い、同月二〇日、仮処分命令がなされ、同月二五日、同命令に基づく執行がなされた。

(四) 右仮処分の執行の際、原告代理人は、被告代表者に対し、本件各物件を任意に原告に引き渡すよう再度説得したが、被告代表者はこれに応じなかった。

4  原告の損害

右3のとおり、原告は、被告が、本件各物件の返還を拒否したため、仮処分手続及び本訴提起を余儀なくされ、そのため、弁護士費用として六〇万円を支出したが、これは、本件各物件の返還拒否によるものであって、原告は、被告の債務不履行に基づき同額の損害を被った。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1(本件代理店委託契約の締結)の各事実はいずれも認める。

2  請求原因2(本件解除)について

(一) 本件代理店委託契約は、「無期限」という期間の定めのある契約であるから(本件損害保険代理店委託契約書二四条一項等)、本件においては、商法五〇条一項の適用はなく、同条二項が適用されるというべきである。

したがって、原告が、本件代理店委託契約を解除するためには、「已むことを得ざる事由」が必要であるから、本件代理店委託契約を解除するにあたっては、契約書における規定の仕方いかんにかかわらず、やむを得ない事由があることが必要であると解すべきである。

(二) そこで、本件解除が有効というためには、やむを得ない事由を要するものというべきであるが、本件解除にあたっては、やむを得ない事由がないことは明白であって、本件解除はその効力を有しない。

三  抗弁(権利濫用)

原告は、被告に対し、以下に述べるとおり、何ら法律上の根拠なく、保険代理業の廃止を迫るなどしたが、このことからも明らかなとおり、原告から被告に対する本件解除は、顧客の要望と被告の乗合代理店性(被告が、原告の代理店であると同時に、他の損害保険会社の代理店も兼ねること)を根本的に否定し、理由なく、被告の顧客を奪うことを目的としたものであって、本件解除は、権利の濫用であって、無効というべきである。

1  原告の千葉第二営業部長佐々木賢美(以下、「佐々木部長」という。)、同船橋支店長山田道雄(以下、「山田支店長」という。)は、平成九年三月一四日、被告代表者に対し、「廃業届出書」他二枚(乙一〜三)を突き付け、保険代理業の廃業を強要した。

2  原告による本件解除及びそれに続く被告の顧客への通知書(乙五)の発送等により、被告の信用は一方的に失墜させられ、被告は、約六〇件の保険契約にかかる手数料収入等の減少という経済的損失を被った。

3  被告は、原告の代理店として、約一七年の間、年間平均四〇〇〇万円の保険料収入を原告にもたらしており、原告に対して多大の貢献を行ってきた。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁に対する認否

事実については否認し、主張については争う。

2  原告の主張

(一) 本件解除に至った経緯について

(1) 被告代表者は、平成五年ころから、顧客をめぐる些細なことから、原告に悪感情を持ちはじめ、被告において他の損害保険会社の代理店も兼ねていたことから、被告が取り扱っていた原告の保険契約を、他社に流し始めたので、被告が取り扱う原告の保険契約は急激に減少するに至った。

(2) 原告は、平成九年二月、原告と代理店委託関係にあった「甲斐保険サービス」という保険代理店(以下、「訴外代理店」という。)が保険金の不正請求行為に加担したため、訴外代理店との間の契約を解除し、訴外代理店の扱っていた原告の保険契約の保全を原告専属の三つの保険代理店に依頼した。

(3) ところが、被告は、訴外代理店と友好関係にあったので、原告の右方針に反発して、自ら訴外代理店が扱っていた原告の保険契約について、満期時における継続に介入し、その契約を他の損害保険会社に流し初め、顧客の間に深刻な混乱が発生した。

(4) また、被告は、平成九年三月以降、被告が取り扱っていた原告の保険契約のほとんどを、満期時において更新しないで、他の損害保険会社に流し始めるようになった。

(5) 更に、原告は、右のような状況のもとでは、被告との間の本件代理店委託契約を継続することはできないと判断し、平成九年三月三日以降、被告に対し、再三にわたって、訴外代理店が扱っていた原告の保険契約に介入したり、被告が扱っていた原告の満期が到来した保険契約を他社に流すのであれば、被告との間の本件代理店委託契約を合意解除したい旨申し出たところ、被告は、原告に対し、敵意に満ちた内容の内容証明郵便(甲四)を送付してきた。

(6) 以上のような経緯から、原告は、被告との間の信頼関係が著しく毀損されることになり、もはや被告との間の本件代理店委託契約を継続させることは困難な状況となったため、本件解除に至ったものである。

(二) 本件解除における「やむを得ない事由」の必要性について

被告は、原告との間に雇用関係がない独立した商人であり、しかも、原告と被告との間の本件代理店委託契約が、契約期間の定めのない契約であることは条項上明らかであるから、商法五〇条一項に準拠した本件各解除規定に基づく本件解除について、「やむを得ない事由」は必要ではないというべきである。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の各事実(本件代理店委託契約の締結)については、当事者間に争いがない。

二  請求原因2及び抗弁について

1  証拠(甲三、四、五の一及び二、六〜二〇、二一の一〜四、二二、乙一〜六、一一、証人山田道雄、被告代表者)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告は、平成三年より、原告の他に、東京海上火災保険株式会社、AIU保険株式会社、安田火災海上保険株式会社、三井海上火災保険株式会社、住友海上火災保険株式会社、日本火災海上保険株式会社から代理店の業務委託を受け、各代理店委託業務を行ってきた。

(二)  平成五年ころ、当時の被告の大口顧客の接待の席上で、原告の当時の担当者が居眠りをしてしまうという事態が起こったが、この事態に対する原告の対応について、原告の担当者と被告代表者との間に見解の相違があり、これを契機として、原告と被告との間に溝が生ずることとなった。

(三)  平成八年八月ころ、原告の代理店であった訴外代理店をめぐる保険金不正請求事件が発覚し、原告は、平成九年二月一九日、訴外代理店との間の損害保険代理店委託契約を解除し、そのころ、原告の専属代理店であった三つの代理店に対し、訴外代理店が取り扱っていた原告の保険契約に関する引継を依頼したが、被告への依頼はなされなかった。

(四)  他方、そのころ、被告代表者も、訴外代理店から依頼され、訴外代理店が取り扱っていた原告の保険契約に関する処理を行うようになった。

(五)  原告の佐々木部長及び山田支店長は、平成九年三月三日、被告事務所を訪れ、被告代表者に対して、訴外代理店が取り扱っていた原告の保険契約に関与しないよう強く要請するなどしたが、被告代表者は、これに応じず、その後、何回も、両者による話し合いが行われたが、話し合いは平行線をたどり、その中で、感情的な言葉のやり取りも行われ、また、原告側から、被告代表者に対し、本件代理店委託契約の解除ということや廃業等届出書等(乙一〜三)の各書類の交付等も行われ、他方、被告代表者からも、原告側に対し、内容証明郵便(甲五)が送付された。

(六)  このような経緯の中で、原告は、平成九年三月二七日、被告に対し、本件解除の意思表示を行うに至った。

2 まず、被告は、本件代理店委託契約は、「無期限」という期間の定めのある契約である旨主張する。

本件代理店委託契約については、証拠(甲三)及び弁論の全趣旨によれば、委任契約の性格をもつ商法上の代理商契約であると認められるところ、委任関係においては、委任者と受任者の間の信頼関係がその基礎をなすものであることからすると、右1で認定した各事実に照らしても、本件損害保険代理店委託契約書二四条一項等にある「無期限」というのは、その文言のとおり、期間の定めのないことをいうと解するのが相当である。

したがって、これと見解を異にする被告の右主張は採用しない。

3 次に、被告は、本件の場合には、本件解除にあたって、「やむを得ない事由」が必要である旨主張する。

代理商契約については、その存続期間の定めがないときには、各当事者は、二か月前に予告をなして解除することができると規定されているが(商法五〇条一項)、この規定は、民法上の委任契約においては、各当事者がいつでも委任契約を解約告知しうること(民法六五一条一項)に対する特則であり、継続的な企業補助関係としての代理商関係の特質を考慮したものであると解される。

そして、本件の場合、本件各解除規定は、商法五〇条一項に準拠して規定されているものであることが明らかであるから、本件解除にあたっては、右1で認定した事実によっても、「やむを得ない事由」はその要件として必要ではないというべきである。

したがって、これと見解を異にする被告の右主張についても、これを採用することはできない。

4 さらに、被告は、本件解除は権利の濫用に当たり、無効である旨主張する。

しかし、右1で認定した各事実によれば、被告は、原告以外の損害保険会社とも契約し、その代理店としての業務も行っていること、訴外代理店をめぐる保険金不正請求事件の事後処理の方法を契機として、原告側と被告代表者の考え方、とくに、被告のような原告の専属代理店でない代理店における保険契約の更新の在り方等について、大きな隔たりが生じたこと、そして、それまでの経緯もあり、本件解除の時点においては、原告と被告との関係は、原告の担当者と被告代表者との感情的な対立にまで発展してしまっていたことが認められるのであって、これらの諸点を併せ考えると、本件解除の時点においては、原告と被告との間の信頼関係が全く失われたため、原被告間の本件代理店委託契約を継続することが極めて困難な状況となっていたことが明らかであり、被告主張の諸点を考慮しても、本件においては、原告の被告に対する本件解除が、権利の濫用に該当するとは認められないというべきである。

5 以上によれば、本件解除は有効であると認めることができる。

三  請求原因3について

証拠(甲七〜一〇、証人山田道雄、被告代表者)によれば、請求原因3の各事実について、これを認めることができる。

四  請求原因4について

右一ないし三で認定した事実によれば、被告は、本件代理店委託契約に基づき、本件解除後速やかに本件各物件を、原告に返還すべき債務があったのにこれを拒否し、そのため、原告は、仮処分手続及び本訴提起を余儀なくされ、これを原告代理人に委任したことが認められるのであって、本件訴訟の事案の内容等からすれば、原告が、被告に対して、被告の債務不履行に基づく損害賠償として請求できる右各手続にかかる弁護士費用として、六〇万円は相当であると認めることができる。

五  結論

以上によれば、原告の本件請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官横溝邦彦)

別紙物件目録<省略>

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