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東京地方裁判所 平成9年(ワ)16844号 判決 1999年2月15日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

柴田五郎

米倉勉

被告

全日本空輸株式会社

右代表者代表取締役

野村吉三郎

右訴訟代理人弁護士

安西愈

井上克樹

外井浩志

込田晶代

渡邊岳

主文

一  被告が原告に対してした平成八年五月二〇日付け休職処分が無効であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、別紙一覧表認容額欄記載の各金員(合計三八六〇万五四四三円)及び右各金員(ただし、同表番号<16>ないし<18>、<20>ないし<22>、<24>及び<25>については認容額欄かっこ書内の金員)に対する各支払年月日欄記載の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主文一項と同旨

二  被告は、原告に対し、別紙一覧表請求額欄記載の各金員(合計三八八〇万四四〇三円)及び右各金員(ただし、同表番号<16>ないし<18>、<20>ないし<22>、<24>及び<25>については請求額欄かっこ書内の金員)に対する各支払年月日欄記載の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、原告と男女関係にあった被告の元客室乗務員に対し、同女を床上に引き倒して安静加療約一〇日間を要する頸部捻挫等の傷害を負わせたとして傷害罪で刑事訴追されたことにより、被告が原告に対してした無給の起訴休職処分の無効確認及び休職期間中の賃金等の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実(証拠により認定した事実については、その項末尾に証拠を掲げた。その余は、当事者に争いがない。)

1  被告は、定期航空運送事業等を業とする株式会社であり、原告は、昭和四六年五月に操縦士訓練生として被告に入社し、昭和五〇年一一月に副操縦士資格操縦士に昇格し、平成四年六月に機長資格操縦士に昇格した。また、原告は、全日本空輸乗員組合(以下「組合」という。)に所属しており、平成七年八月一日に執行委員に選出され、同八年七月三一日までに法廷対策委員会委員長の地位にあった。

2  原告は、平成八年四月二二日、同年四月一七日、被告の元客室乗務員のB女(以下「B」という。昭和六二年四月一日被告に入社、平成七年七月三一日退職)に対して傷害を負わせたとの被疑事実により逮捕され、同月二四日、別紙公訴事実記載の事実(以下「本件公訴事実」という。)により公訴提起され、同日罰金一〇万円の略式命令を受けて釈放された。

3  原告は、同年五月七日、略式命令に対して正式裁判の請求をし、右刑事事件(以下「本件刑事事件」という。)は東京地方裁判所に係属した。

原告は、本件刑事事件において、本件公訴事実記載の日時・場所で、エレベーターに乗ろうとして、ボタンを押して待っていたところ、Bが原告とエレベーターの間に立ちふさがって通すまいとしたので、両手をBの両肩にかけ、左脇にどけるようにしながらすり抜けてエレベーターの前に進んだところ、Bは二、三歩右前方に歩いた後、自分でカーペット上に倒れたもので、頭部などは打っていないし、負傷するような倒れ方ではなかったとして無罪を主張して争った。

本件刑事事件については、平成九年一一月二〇日、原告は無罪とする判決が宣告され、右判決は控訴期間の経過により確定した(<証拠略>)。

4  被告の就業規則三七条には、「社員が次の各号に該当するときは休職させることがある。(中略)5、業務以外の事由で刑事上の訴追を受けたとき」との規定があり、就業規則三九条二項には、「休職者に対する賃金に関してはその都度決定する」と規定されている。

被告は、原告に対し、平成八年四月二五日に乗務停止の措置をとり、本件刑事事件継続(ママ)後の五月二〇日、原告が刑事訴追を受けたことを理由に就業規則三七条五号及び三九条二項により無給の休職に付した(以下「本件休職処分」という。)。

5  本件刑事事件の無罪判決後、原告は、平成九年一一月二八日に本件休職処分を解かれて復職し、機長として乗務している。

6  被告は、原告の本件休職期間中及び復職時ころ、原告に対し、別紙一覧表内払額欄記載の各金員を支払った。また、被告は、原告が被告に対して申し立てた仮処分事件(当庁平成八年(ヨ)第二一二五六号)の賃金仮払仮処分命令により、原告に対し、平成九年四月分から同年一一月分まで月額金六五万円を仮に支払った。

7  原告の賃金は、月給制であり、本件休職期間中の賃金支払日は別紙一覧表支払年月日欄記載のとおりである。

被告における運行乗務員の賃金は、固定部分と乗務時間によって変動する部分とがあるが、原告が、平成八年五月より前の三か月間に支払を受けた賃金は、二月支給分が一五四万七三一五円(ただし、指名ストライキ参加による不就労分二六万六四五九円を減額した後の金額)、三月支給分が一六〇万三九五五円(ただし、指名ストライキ参加による不就労分二五万三二二一円を減額した後の金額)、四月支給分が一八六万一二一八円である。

8  被告の就業規則には、懲戒処分として譴責、減給(ただし、総額は賃金締切期間の賃金の一〇分の一を越えない。)、出勤停止(ただし一週間以内)、降転職(始末書をとり降級、職種変更又は異動を行う。)、諭旨退職(退職願を提出するように勧告し、これがなされないときは懲戒解雇とする。)及び懲戒解雇が規定されている。

二  争点

1  本件休職処分が有効か否か

2  本件休職処分が無効である場合、被告が原告に対して支払うべき賃金等の額

三  争点に関する当事者の主張の要旨

1  原告

(一) 本件刑事事件の公訴事実は、時間・場所ともに業務外のもので、原告の業務とは無関係であり、被告の職場内における秩序を乱すおそれはなく、対外的にも被告の信用を損なうことはない。また、内容的にも軽微な事案である上、本件休職処分の時点で在宅事件として審理されていたのであるから、原告の就労には何の障害もなく、本件休職処分は、就業規則三七条五号及び三九条二項の解釈適用をするに当たって、合理的な裁量の範囲を逸脱したもので無効である。

(二) 本件休職処分がされなければ原告に支給されたであろう賃金額は、本件休職処分の直前の平成八年二月から四月までの三か月間に原告が支給を受けた賃金につき、指名ストライキによる不就労分の減額がなかったものとして計算した二月支給分一八〇万七三一五円、三月支給分一八五万七一七六円及び四月支給分一八六万一二一八円を合計した額の平均月額一八四万一九〇三円であり、被告は原告に対し、本件休職期間中の賃金として右金額を支払う義務を負う。

また、本件休職処分がされなければ、原告に支給されるべき一時金は、平成八年及び同九年の各夏季及び各年末の四回分であるが、いずれの一時金についても、被告と組合との間で一時金支給に関する協定が成立しており、その基準により算定すると別紙一覧表番号<3>、<10>、<19>及び<26>の各金額欄記載の金員となる。

さらに、原告は、機長資格操縦士としての資格を保持するため、航空法上六か月ごとに航空身体検査を受けなければならないことから、本件休職期間中も、航空身体検査証明の有効期限の六か月ごとに航空身体検査を受診し、別紙一覧表<7>、<15>及び<23>記載のとおり各金額欄記載の費用を支払った。原告と被告間の労働契約には、航空身体検査料金は被告の負担とするとの合意が含まれており、原告は被告が負担すべき身体検査料を立て替えて支払ったので、右立替金の支払を求める。

2  被告

(一) 被告は、航空法一〇〇条以下に定める運輸大臣の免許を受け、同法二条一七項の定期航空運送事業を営む会社であり、被告の業務は公衆の日常生活に欠くことのできない公益事業として高度の公共性を有している。

また、被告会社の業務は、何百人もの乗客の生命をあずかり航空運送を行うという安全を絶対とする業務であり、航空機の安全に直接携わる従業員の場合、その業務の遂行が多数の乗客乗員の生命身体に直接的な影響を及ぼすことから、その労務の提供は平穏な精神状態の下でされる必要がある。

とくに、原告のように機長の職にある者は、航空法上、当該航空機に乗務する者に対する指揮監督権限を有し(航空法七三条)、航空機又は旅客の危機が生じるおそれがあると認める場合は、航空機内にある旅客に対して避難の方法その他安全のため必要な事項について命令(同法七四条)することができる等、航空機内における最高責任者の立場にある。

したがって、機長たる者は、最高責任者として、その職務の誠実な履行に疑いを生じないように慎むとともに、客室乗務員等の協調、協力を得られるように努めなければならないし、航空機運行の安全は、最高責任者としての機長と、その指揮命令下にある副操縦士及び客室乗務員の協調・協力によって達成されるのである。

そして、起訴休職について規定する被告の就業規則三七条五号及び三九条二項の制度目的は、前記のとおり定期航空運送事業を営む会社として高度な公共性を有する被告において、職場秩序の維持、企業の対外的信用の保持、労務提供上の障害への配慮等にあり、単に身柄拘束による就労不能の場合のみを前提とするものではない。本件公訴事実が、時間・場所ともに業務外の事件であるとしても、被告の職場秩序維持の必要性、企業の対外的信用維持の必要性及び原告の労務提供上の障害が認められ、以下の理由を考慮すれば、本件休職処分は、合理的かつ相当なものというべきである。

(1) 原告が逮捕された平成八年四月二二日の後、マスコミ各社から被告広報室に取材が相次いだが、マスコミ各社の取材における関心事は、公訴事実の真偽にかかわらず、女性に対する傷害事件で逮捕された機長を引き続き運行乗務に就かせることが社会的常識にかなうのかという点にあり、被告が原告を乗務させれば、これを社会的批判の対象としてマスコミ各社が報道する現実的危険性は極めて高く、その場合、被告の社会的信用が失墜し、その回復が不可能ないし著しく困難となることは明白であった。

また、その後、平成八年一二月には、週刊誌の記事で、本件公訴事実について「逮捕された『不倫』『暴行』機長の(ママ)支える会を作った全日空労組の恥」と題する記事が掲載された。

(2) 本件刑事事件の被害者とされる者が元客室乗務員であるため、原告の指揮監督下に入る客室乗務員としては、元の同僚に暴力をふるった上司の下での就労による信頼関係の維持は困難であるから、職場の動揺を防ぎ、秩序を維持するためには、原告を運行乗務に就けることはできない。

また、保安要員である客室乗務員の信頼を得られないことは、絶対的な安全性が要求される航空機の運行において重大な障害であり、この点からも原告を運行乗務に就けることはできない。

(3) 被告の業務が航空機の安全な運行を絶対とするものであり、運行乗務員はこれに直接携わるものであるところ、本件刑事事件は、原告と客室乗務員との間の不倫に端を発した週刊誌で取り上げられるような事件であるから、原告に家庭内不和によるストレスが生じ、また、原告は本件刑事事件につき乗務員組合の強力な支援を受けて無罪を主張していたもので、公判期日への出頭のほか、無罪判決を得るために相当の労力が必要であり、ストレスや感情昂進を生じることが予想され、被告が、原告から心身共に安定かつ誠実な労務提供を受けることは困難であり、そのような原告を運行乗務に就けることはできない。

(4) 航空機の運行においては運行乗務員と客室乗務員がチームで乗務するものであり、乗務員の宿泊先が同じであることが一般的であるところ、原告は機長としての立場にあり、本件刑事事件の被害者は元客室乗務員であるから、このような職場における男女関係は、解雇に相当する場合も存する。

(二) 被告が本件休職に付随して原告を無給としたことは、賃金が労務提供の対価であるところ、原告から何らの労務提供も受けていないのであるから当然のことである。

そして、本件休職処分がされたのは、原告が自ら招いた犯罪の嫌疑により起訴されたことに基づくもので、本件刑事事件の原因は、原告がBの在職中から同人と男女関係を持ったことによるものであるから、原告は自己の就労不能につき責任があり、被告に対する賃金請求権を有しない。

また、仮に原告に対し本件休職処分がされなかったとしても、原告は平成七年八月一日から同八年七月末日まで組合の中央執行委員の地位にあったため、組合活動により月平均三四・四時間が不就労時間となっていた状況であるから、平成八年五月分から七月分までの原告の賃金請求については右不就労時間の平均値分の賃金減額をすべきである。

さらに、原告は、本件休職期間中、乗務を行わないのであるから、航空身体検査証明は不要であり、復職する際に航空身体検査の申請を行い、航空身体検査証明書の交付を受ければ足りる。被告会社は、慣行として、運行乗務員が被告の職務に従事するための航空身体検査費用を負担しているが、被告会社の職務に従事しない休職中の原告につき被告会社がこれを負担する理由はない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件休職処分の当否)について

1  証拠によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 原告とBは、平成六年一二月ころから男女関係となったが(<証拠略>)、平成七年七月三一日にBが被告を退職し、その後、平成八年一月初めに、原告が組合の出張で赴いた大阪にBも原告を追って行き、原告の宿泊先のホテルとは別のホテルで睡眠薬を飲む事態が生じ(<証拠略>)、そのころから、原告とBとの関係は悪化し、平成八年一月には、Bが原告宅に無言の電話・嫌がらせの電話が(ママ)頻繁にかける状況となった(<証拠略>)。

その後、原告とBは、同年二月に、原告がBに対し手切れ金三〇〇万円を支払うことで合意し、原告はBに対し三〇〇万円を銀行振込により支払った。

(二) 平成八年四月一〇日、原告はBから、同月一七日に海外から帰国するのでホテルを予約しておいて欲しいと依頼されたため、B名義でシングルルームを予約した。原告は、四月一七日の午後七時三〇分ころBに呼び出され、Bの宿泊するホテルの寿司店で食事をしたが、Bが話をしたいので部屋に来てくれと言ったため部屋に行き、午後一〇時に原告が帰ろうとしたところ、帰らないでくれというBとの間で騒ぎが生じ、その後、本件公訴事実記載の日時・場所に至った(<証拠略>)。

(三) 平成八年四月二二日、午後五時三〇分ころ、警察官が、被告東京空港支店に臨場して、更衣室の原告使用のロッカーについて捜索を行い、文書類を押収したが、その際、被告の従業員らが立ち会った(<証拠略>)。

(四) 原告逮捕の二日後の四月二四日から二五日にかけて、被告の広報室に、テレビ局一社及び全国紙の新聞社二社の各記者が取材に訪れ、二四日に原告の逮捕について取材に訪れた民放テレビ局の記者は、被告広報室の担当者に対し、もし、傷害事件で逮捕されたパイロットを予定どおり乗務させるということになれば安全上のことも含めて会社の常識を問わざるを得ない旨の発言をした(<人証略>)。

(五) 原告は、被告からの事情聴取に応じ、面談後の四月二八日に、被告に対し「顛(ママ)末書」(<証拠略>を提出したが、そこには、本件公訴事実はBの狂言であり、正式裁判を請求することも考えている旨記載されていた。

(六) 平成八年一〇月には週刊誌が記事の一部で本件に言及し、(<証拠略>、同年一二月には別の週刊誌が本件そのものを題材として、原告とBとのBの在職中の関係、客室乗務員間での評判等を内容とする記事を掲載した(<証拠略>)。

2  そこで、本件休職処分の当否について検討する。

被告の就業規則三七条五号及び三九条二項は、従業員が起訴されたときは休職させる場合があり、賃金はその都度決定する旨を定めている。このような起訴休職制度の趣旨は、刑事事件で起訴された従業員をそのまま就業させると、職務内容又は公訴事実の内容によっては、職場秩序が乱されたり、企業の社会的信用が害され、また、当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずることを避けることにあると認められる。したがって、従業員が起訴された事実のみで、形式的に起訴休職の規定の適用が認められるものではなく、職務の性質、公訴事実の内容、身柄拘束の有無など諸般の事情に照らし、起訴された従業員が引き続き就労することにより、被告の対外的信用が失墜し、又は職場秩序の維持に障害が生ずるおそれがあるか、あるいは当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがある場合でなければならず、また、休職によって被る従業員の不利益の程度が、起訴の対象となった事実が確定的に認められた場合に行われる可能性のある懲戒処分の内容と比較して明らかに均衡を欠く場合ではないことを要するというべきである。

(一) 本件について、まず、原告の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあるか否かを検討するに、原告は、本件刑事事件につき、本件休職処分がされた時点で身柄の拘束を受けていたわけではなく、公判期日への出頭も有給休暇の取得により十分に可能であったと認められるから、原告が労務を継続的に給付するにあたっての障害は存しないものと認められる。

他方、被告の業務は、航空機の運行であるため、絶対的な安全性が要求されるものであり、また、機長は、安全運行の直接の責任者であるから、高度の精神的安定性及び責任感が要求されるものと認められ、私生活上の問題であっても、それだけで職務と一切無関係であるということはできないといえる。そして、運行乗務員のストレスや感情昂進といった心理的影響が運行の安全に支障をきたす可能性のあることが認められ(<証拠略>)、原告とBとの男女関係に関し、原告に家庭内不和によるストレスを生じる可能性があり、また、本件刑事事件において無罪を主張して争うことにより一定のストレスや感情昂進を生じる可能性のあることも認められるが、本件休職処分の時点では、原告が逮捕されて略式命令を受けた日から約一か月を経過していることからして、これらが運行乗務員に日常生じる可能性のあるストレスや感情昂進の程度を超えて安全運行に影響を与える可能性を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあるものとは認められない。

(二) 次に、本件刑事事件の係属にもかかわらず、原告を業務に従事させることが被告の対外的信用を失墜し、又は職場秩序の維持に障害が生じるおそれがあるか否かを検討する。前記前提となる事実及び証拠により認定した事実によれば、被告の営む事業は定期航空運送事業であり公共性を有すること、平成八年四月二二日に警察官が被告東京空港支店に臨場して捜索を行ったこと、同月二四日及び二五日に被告広報室に報道機関三社から原告の逮捕について取材が行われ、もし、傷害で逮捕されたパイロットを予定どおり乗務させるということになれば安全上のことも含めて会社の常識を問わざるを得ない等と述べた記者がいたこと、平成八年一〇月と同年一二月に二つの週刊誌に本件の記事が掲載されたことが認められる。しかしながら、他方、証拠によれば、本件刑事事件の公訴事実の内容は、安静加療一〇日間を要する頸部捻挫等の傷害で、その態様も手で被害者の肩を掴んで引き倒すというものであり、原告は当初罰金一〇万円の略式命令を受けたものであり、本件休職処分の時点で本件刑事事件の内容は、略式命令で終了する事案であることが明らかとなっていたこと、本件は被告の業務とは、時間・場所・内容とも関係のない、いわゆる男女関係のもつれが原因で生じたものであり、マスコミからの取材も、平成八年四月二五日より後は、同年九月に週刊誌記者が取材をするまで途絶え(人証略)、四月二四日、二五日に取材した新聞社等も結局原告の逮捕について報道せず、原告の逮捕事実については、新聞社及びテレビ局も、報道することが相当な公益にかかわる事件ではないと判断したものと認められる。

また、被告は、被告に勤務する他の客室乗務員は、元の同僚に暴力をふるった機長の下で乗務しても、信頼関係の維持が困難となり、安全運行に悪影響が生じる旨主張し、これに沿う証拠も存在するが(<証拠略>)、客室乗務員は専門的職業意識に基づき自らの業務を遂行するもので、本件刑事事件の公訴事実のごとく、被告の業務外の時間・場所で生じ、内容としても男女関係のもつれから生じた偶発的なトラブルによって、機長との信頼関係が維持不能な状況となることを認めることはできない(人証略)。

そして、本件刑事事件が仮に有罪となった場合に原告が付される可能性のある懲戒処分の内容も、公訴事実記載の状況に至るまでの前記認定事実からすれば、解雇は濫用とされる可能性が高く、他の懲戒処分の内容も、降転職は賃金が支給され、出勤停止も一週間を限度としており、減給も賃金締切期間分の一〇分の一を超えないとされていることと比較して、無給の本件休職処分は著しく均衡を欠くものというべきである。

また、そもそも、本件公訴事実についてはいったん略式命令がされたのであるから、原告が正式裁判を求めなかったとすれば、刑事事件は係属しないから、被告が原告に対して起訴休職処分をなす余地はなかったのである。

そうすると、これらの事実を総合すれば、本件休職処分は、原告が引き続き就労することにより、被告の対外的信用の失墜、職場秩序維持に対する障害及び労務の継続的な給付についての障害を生ずるおそれがあると認められないにもかかわらずされたものとして、無効なものというべきである。

二  争点2(賃金等の額)について

前記のとおり、被告が原告に対してした本件休職処分は無効というべきであるから、原告は、労務を提供していたのに、被告がその受領を拒否したため就労不能となったもので、民法五三六条二項により賃金請求権を失わない。

1  賃金額について

原告が、本件休職処分を受けなかったならば支給されたであろう賃金額について検討する。

原告は、本件休職処分前の平成八年二月から四月までの三か月間に支払われた賃金で原告の指名ストライキによる不就労分の減額前の合計額の平均月額一八四万一九〇三円が本件休職期間中の賃金として支払われるべきである旨主張する。

これに対し、被告は、仮に原告が本件休職処分を受けなかったとしても、原告は平成七年八月一日から同八年七月末日まで組合の中央執行委員であり、組合活動により月平均三四・四時間が不就労時間となっていた状況であるから、平成八年五月分から七月分までは不就労による賃金減額が推定され、右五月分から七月分までは不就労時間の平均値分を控除した賃金額とすべきであると主張し、これに沿う証拠も存在する(<証拠略>)。

しかし、原告の過去の不就労時間は、月毎にかなりのばらつきがあり(<証拠略>)、平成八年四月分賃金については不就労減額は全くされていない状況であるなど、本件休職処分がされなかったとしても、原告が組合の中央執行委員の地位にあった間でも、原告が過去の不就労時間の平均値と同様の時間につき不就労となった蓋然性を認めることはできない。他方、平成八年二月及び三月分については、不就労減額がされているが(<証拠略>)、前記のとおり、不就労の状況は一定せず、また本件休職処分の直前の四月分については不就労減額がされていないことからすれば、本件休職処分がなければ原告が支給されたであろう賃金額については、指名ストライキによる不就労減額分の控除前の二月から四月分までの三か月分合計の平均月額一八四万一九〇三円と認めるのが相当であるといえる。

2  一時金について

原告の一時金請求についてみるに、原告は、本件休職処分を受けなかったならば、平成八年及び同九年の夏季及び年末一時金として、別紙一覧表番号<3>、<10>、<19>及び<26>の各金額欄記載の金員を支給されたはずである旨主張する。そして、証拠によれば、同表番号<3>、<10>及び<19>の一時金については、いずれも本給Aと本給Bを合計した一時金基礎額合計に対し、一定の乗率を乗じた金額を(<証拠略>)、また、同表番号<26>の一時金については、運行乗務員に対する一時金の算定基準が定められており(<証拠略>)、本俸額及び各種手当の合計額にそれぞれの乗率を乗じた金額をそれぞれ支給すべきものとされていることが認められ、いずれの場合にも各一時金支給に関する被告と組合間の協定に基づき支給額の算定基準が確定しており(<証拠略>、弁論の全趣旨)、原告は、別紙一覧表番号<3>、<10>、<19>及び<26>の各金額欄記載の一時金につき具体的な請求権を有するものと認められる。

3  航空身体検査料について

航空身体検査料の立替金請求につき、原告は、原告と被告間の労働契約上、航空身体検査料は被告が負担するとの合意があった旨主張し、これに対し、被告は、慣行として、運行乗務員が被告の職務に従事するための航空身体検査費用を被告が負担している事実はあるが、被告の職務に従事しない休職中の原告の航空身体検査料を負担する義務はない旨主張する。

この点についてみると、本件記録上、被告が運行乗務員の受診した航空身体検査料を常に負担する旨の合意の存在を認めるに足りる証拠はなく、被告は航空身体検査につき、従業員が業務に従事するについての実費補償としてこれを負担しているものと認められる。そうすると、本件休職処分が前記のとおり無効であるとしても、原告は休職期間中現実に業務に従事しなかったものであるから、業務のために航空身体検査を受診する必要性はなく、その検査料を、被告が原告に支払うべき義務はないといえる。

三  よって、原告の本件請求は、主文掲記の限度で理由がある。

(裁判官 矢尾和子)

(別紙) 公訴事実

被告人は、平成八年四月一七日午後一一時一〇分ころ、東京都大田区<以下略>Tホテル三階エレベーターホール付近において、B(当二九年)に対し、その両肩を両手で掴んで床上に引き倒す暴行を加え、よって、同女に安静加療約一〇日間を要する頚部捻挫、腰部打撲、頭部外傷等の傷害を負わせたものである。

(別紙) 一覧表

<省略>

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