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東京地方裁判所 平成9年(ワ)17214号 判決 1998年7月27日

原告

霊泉院

右代表者代表役員

今井宗陽

原告

藤巻妙子

右両名訴訟代理人弁護士

江口英彦

被告

大洋緑化株式会社

右代表者代表取締役

杉尾栄俊

右訴訟代理人弁護士

本島信

主文

一  被告は、原告霊泉院に対し金三二〇〇万円、原告藤巻妙子に対し金一六〇〇万円及び右各金員に対する平成九年八月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告霊泉院は、昭和六二年七月七日、被告が経営するゴルフクラブである「京カントリークラブ」(以下「本件クラブ」という。)に正会員として二口入会し、被告に対し、資格保証金三二〇〇万円を預託した。

2  原告藤巻妙子は、昭和六二年七月一〇日、本件クラブに正会員として入会し、被告に対し、資格保証金一六〇〇万円を預託した。

3  右各預託の際に、被告から原告らに交付された昭和六二年七月七日付け、同年七月一〇日付の各預り金証書には、預託金は一〇年間据置とすることが記載されている。

4  原告らは、平成九年七月三一日到達した内容証明郵便により、被告に対し、本件クラブから退会し、各預託金の返還を請求するとの意思表示をした。

5  よって、被告に対し、原告霊泉院は、三二〇〇万円、原告藤巻は、一六〇〇万円の各保証金及び各金員に対する請求日の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は争う。

4  同4の事実は争う。

三  抗弁

1  履行期の未到来

原告らの預託金の据置期間の満了日は、平成一二年八月一日であるから、被告の預託金返還債務の履行期は未到来である。

すなわち、原告らは、請求原因1、2記載の各資格保証金(以下「本件預託金」という。)を預託したときに、被告から本件クラブ会則案を示され、それぞれ、「私は会則を承認の上、正会員として入会を申し込みます。」と記載された正会員入会申込証を用いて入会申込みをした。その本件クラブ会則案は、理事会の決議により効力を生じることになっており、本件クラブ入会には理事会の承認が必要とされていたが、理事会も正式に構成されていなかったため、会則も正式に決定されておらず、原告らの入会も承認されていなかった。その後、平成二年八月一日に本件クラブが開場すると同時に理事会が発足し、原告らの入会が正式に承認されたから、本件預託金の据置期間の満了日は、それから一〇年を経た平成一二年八月一日である。

2  預託金据置期間の延長の決議、退会の不承認の扱い

仮に1の主張が認められなくても、次のとおり、本件クラブの預託金の据置期間を一〇年間延長する決議がされ、また、本件クラブでは会員退会を承認しない扱いとされているから、原告らの預託金返還請求権は発生していない。

(一) 原告らは、前記のとおり、会則を承認の上本件クラブに入会したから、会則の定めは、原告らと被告との間の契約上の権利義務の内容を構成する。

ところで、本件クラブの会則一〇条には、「天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合及びクラブ運営上、又は会社経営上止むを得ない場合は会社取締役会の決議により理事会の承認を得て別に定める会員資格保証金返還据置期間を延長することが出来る。」と明確に定められ、その条項は現会則一一条に引き継がれた。

また、退会については、会則一三条により、「正会員及び平日会員が退会しようとする場合は書面で理事長に届け出て、その承認を得なければならない。」と定められ、その条項は現会則一四条一項の「正会員及び平日会員が退会しようとする場合は、内容証明郵便により会社に届け出て、理事会の承認を得なければならない。」という定めに引き継がれた。

(二) 現会則一一条(従前の会則一〇条)に基づき、被告の取締役会は、平成九年六月二三日預託金の据置期間を一〇年間延長する決議をし、本件クラブの理事会(以下単に「理事会」という。)は、同年七月二九日これを承認した。

また、理事会は、現会則一四条一項(従前の会則一三条)に基づき、退会を承認しない扱いをすることとなった。

(三) (二)の預託金据置期間の延長決議、退会不承認の扱いには、次のようなクラブ運営上又は被告の経営上やむを得ない事由があり、正当な理由がある。

すなわち、いわゆるバブル経済の崩壊という未曾有の我が国経済の破綻に伴う長引く不況の中で、ゴルフ場を取り巻く環境は極めて厳しく、ゴルフ場を経営する会社はいずれも深刻な経営危機に面しており、被告もその例外ではない。被告及び関連会社は、国内で一二か所、海外で八か所のゴルフ場を運営しているが、海外のゴルフ場の運営が被告の経営を圧迫し、そのこともあって、被告の運営収支は好転していない。被告は、従前、平成八年当初までは、据置期間が経過したことを主張して預託金の返還請求をする者に対し、順次返還に応じていたが、週刊誌等により全国のゴルフ場の預託金の返済不安説が報ぜられるに従い、本件クラブの預託金返還請求も増加する傾向が見られた。予期に反する返還請求のすべてに応じていたならば、早晩被告の倒産も避けられず、結局預託金返還請求権に対する配当も皆無となり、大多数の会員の利益に反する事態になり、また、会員相互の平等扱いが維持できなくなることが予測されたため、(二)の決議及び扱いをすることとなった。ゴルフ会員権の中核的要素は施設の優先的利用権にあり、預託金は元来出資金的な性格をもっているが、もし、即時の預託金返還が認められれば、施設の優先的利用権は失われ、集団的契約関係者の利益が確保されないこととなる。なお、その後、平成九年一一月現在において、返還請求を求められている預託金総額は五〇億円にのぼっており、退会申込みをそのまま認めると会員数は二〇〇〇名を割る結果になっており、右の予測は、現実のものとなっている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の主張は争う。原告らが被告に本件預託金を交付した際に受領した預り金証書には、単に据置期間を一〇年間とすることしか記載されていないから、本件預託金の据置期間は預託金が預託され証書が発行された日から一〇年間というべきである。また、被告が平成九年七月に原告らに対して示した対応とも矛盾する。

2  同2の柱書の主張は争う。

(一)の主張は争い、会則に関する事実は知らない。

(二)の事実は否認する。被告、理事会は、据置期間の延長決定なるものを原告らを含む会員に一切公表していない。また、被告が平成九年七月に原告らに本件預託金の分割払案を示した際及びその後原告らの本件預託金支払請求をした後に同様の案を示した際にも、被告は、原告らにこの決定に触れた話しを全くしておらず、被告取締役会決議、理事会承認なるものは、本件訴訟提起後、訴訟対策用に日付を遡って作成されたものである。

(三)の事実は否認する。被告は、現実に本件クラブほか数箇所のゴルフ場を経営している。やむを得ない事情に当たるには、天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合に準じる厳格な要件が必要であり、本件で被告が主張する程度の事実ではそれに該当するとはいえない。なお、被告においては、既に分割返済を受けている会員がおり、延長期間も会員によって一〇年、五年と区々に分かれており、既に不平等な取扱がされている。

五  再抗弁

1  仮に抗弁2(一)の事実が認められるとしても、これらの条項は、債務者である被告に恣意的な据置期間の決議を認め、また、退会承認拒絶又は承認の遷延による預託金支払拒絶を認めるものであり、法律行為の条件が債務者の意思のみによるときに準じて無効というべきである。

2  仮に抗弁2(一)後段の事実が認められるとしても、会則、現会則のそれぞれの当該条項にはただし書があり、「諸支払い金を完納しないときは退会できない。」と記載されており、退会承認を許されるのは諸支払金のない場合又はそれに準ずる場合に限られるから、被告が原告らの退会を拒絶することはできない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1の主張は争う。

同2の主張は争う。

第三  証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがなく、甲第一ないし第三号証によれば同3の事実が、甲第五号証の一、二によれば、同4の事実が認められる。

二  抗弁1について

本件全証拠によっても、原告らと被告との間で本件預託金の据置期間一〇年の起算点を原告らが本件クラブに入会することが承認される時期とする合意があったと認めるには足りず、したがって、本件預託金の据置期間の満了日が平成一二年八月一日であると認めることはできない。

かえって、甲第一ないし第三号証、第六ないし第九号証、乙第一〇号証に前記認定事実と弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、原告霊泉院に対し昭和六二年七月七日付け(二通)の、原告藤巻に対し同年七月一〇日付の金額をいずれも一六〇〇万円とする「京カントリークラブ預り金証書」を発行交付したこと、それらの証書には、「お預り金は拾カ年間を据置とし利子又は配当金等はつけません」、「本証書は譲渡可能ですが名義書換は別に定めた手数料をお支払い願います」との記載があるが、特にその据置期間の定めに関する記載はないこと、被告が平成九年七月から同年八月までに原告藤巻、原告霊泉院代表者、原告ら代理人らに送付した文書には、本件預託金の据置期間の始期又はその満了の時に関する記載は全くなく、むしろ、平成一二年一月から分割払で支払う旨が記載されていることが認められる。

そうすると、本件預託金交付時に被告から原告らに交付された預り金証書には、証書に係る債権が第三者に譲渡されることまで予定した上で、預託金の一〇年間据置をうたう記載がありながら、その据置期間の始期を限定する記載はないことが認定されるから、通常の文言の読み方に従い、預託金が預託されてその証書が作成交付されたことを示す各証書の作成日付から一〇年間据え置くべきものと理解するのが素直であり、現に、被告も、本訴提起前には、原告らに対し、右の理解とは矛盾しないが、据置期間を抗弁1において主張された満了日とすると相容れない対応をしていたことも明らかにされている。

もっとも、甲第一ないし第三号証によれば、前記各預り金証書には、「右記金額を京カントリークラブ正会員の預り金として正にお預り致しました」との記載があり、乙第一〇号証には、右の記載に「正会員の預り金」との文言があることを理由に、原告らの入会が承認された平成二年八月一日が預託金据置期間の始期であるとの趣旨の原告担当者の供述が記載されている。しかしながら、もしこの供述に従えば、預託後本件クラブの発足に伴い理事会が入会承認をする前である限り、原告らの預託金返還請求権が行使され、又は差押えを受けた場合には、他の事実が加わらないでも当然に被告は直ちに預託金を返還する義務を負うと判断すべきこととなるが、そのような判断を採用することは当事者間で予定されていないと考えられ、前述した右の各証書における据置期間の記載の仕方、被告の対応の仕方とも対比してみると、右の各証書の「正会員預り金」という文言は単に本件預託金の預託の目的を特定する記載にとどまるというほかはなく、それ以上に預託金の据置期間の起算点に関する合意を示しているということは無理であり、右の供述を採用することはできない。

三  抗弁2及び再抗弁について

1  甲第四号証、乙第二、第三号証、第一〇号証と前記当事者間に争いがない事実によれば、被告は、本件クラブと同名の「京カントリークラブ」という名称のゴルフ場を所有し、本件クラブを経営する株式会社であること、本件クラブが平成二年八月一日に発足した際に施行された会則(以下「当初会則」という。)には、会員は、本件クラブの施設を利用することができること(七条)、定められた年会費及び諸料金を被告に支払うべきこと(八条)などの条項があり、退会等会員の資格喪失事由に関する条項(一二条)を受けて、一三条四項に資格喪失事由が発生した場合には「その会員の資格保証金は、遅滞なくこれを返還する。」との条項があること、平成九年四月一日から施行された会則(以下「現行会則」という。)にも以上とおおむね同様の条項があること、当初会則一〇条二項には、「会員資格保証金は会社に無利息にて、又配当金等はつけず預託するものとする。」との条項に引き続いて、「天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合及びクラブ運営上、又は会社経営上止むを得ない場合は会社取締役会の決議により理事会の承認を得て別に定める会員資格保証金返還据置期間を延長することが出来る。」との条項(以下「延長条項」という。)があり、この延長条項は、現行会則一一条二項に引き継がれたこと、また、当初会則一三条一項には、「正会員及び平日会員が退会しようとする場合は書面で理事長に届け出て、その承認を得なければならない。但し、諸支払金を完納しないときは退会出来ない。」(以下「退会条項」という。)との定めがあり、現行会則一四条一項の「正会員及び平日会員が退会しようとする場合は、内容証明郵便により会社に届け出て、理事会の承認を得なければならない。但し、諸支払い金を完納しないときは退会できない。」という定めに引き継がれたことが認められる。

この認定事実によれば、本件クラブは、いわゆる預託金会員の組織であり、被告の意向に沿って運営され、本件クラブの会則は、これを承認して入会した会員と被告との間でいわば一種の約款として契約上の権利義務の内容を構成するということができ、原告ら会員は、この会則に従って、被告に対し、ゴルフ場を優先的に利用し得る権利をもち、年会費等の納入の義務を負っているが、本件クラブを退会したときは、被告に対し入会時に預託した預託金を返還請求することができることが明らかにされている。そして、経験則上想定されるゴルフクラブ年会費、ゴルフ場使用料と比較した預託金の大きさと対比してみると、預託金の据置期間を延長するということは、会員と被告との契約上の権利に重大な変更を加えることであるから、会員の個別的な承諾を得ることが必要であり、個別的な承諾を得ていない会員である原告らに対しては据置期間の延長の効力を主張することができないと解するほかはない。

また、資格喪失事由を受けて被告の預託金の返還義務がうたわれており、その資格喪失事由の中に退会が位置付けられているが、退会条項ただし書に定められた場合を除けば、被告が一方的に退会を拒絶して預託金返還を拒絶し、更に年会費等の支払を請求をすることができるなどというべき合理的な理由はないから、理事会は、退会条項に定められた承認を拒むことはできないと解され、したがって、被告が退会条項ただし書の事由を主張しないまま理事会が承認をしないことを理由に預託金返還を拒絶することは、主張自体失当というべきである。

2 もっとも、前記のとおり、当初会則には、延長条項に「天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合及びクラブ運営上、又は会社経営上止むを得ない場合は会社取締役会の決議により理事会の承認を得て別に定める会員資格保証金返還据置期間を延長することが出来る。」との定めが置かれていることが明らかである。

しかしながら、被告取締役が被告の機関でしかなく、本件クラブ理事会も被告の意向に沿うものでしかないことは否めないため、本件クラブ理事会の承認を得て被告取締役会が据置期間を決議するということは、所詮預託金返還債務を負う債務者である被告の一方的な意思で据置期間の延長をすることができるというのに帰着するから、一方当事者の意思のみによって成否が決まる法律行為の条件に係る法律行為を無効とする民法一三四条の趣旨と対比すると、この延長条項が約款としての効力をもつと解することはできない。あたかも、ある株式会社が、債権者との間で交わした本件の延長条項に定められたのと同様の約定に基づき取締役会の決議により債務の弁済の期間延長を決定したとしても、その決定の効力を認めることができないのと同様である。

3 その上、仮に延長条項がいわゆる事情変更の原則を定めるものとして約款類似の効力が認められると仮定しても、被告が抗弁2(三)において主張する延長の事由は、所詮、被告は、いわゆるバブル経済崩壊後の未曾有の不況の中で経営危機に瀕している一方で、予期に反して預託金返還請求を受けたため、返還請求のすべてに応じさせられるときは、被告の倒産が不可避となるという点にしか求めることができない。

ところで、被告は、ゴルフ場の開発、経営資金を調達するために、いわゆる預託金会員システムを採用したことが明らかである。この場合、ゴルフ場経営者の観点からは、いわゆる株主会員システムを採用した場合と異なりゴルフ会員権者を経営に一切関与させないですむなどの法律上の利点があるけれども、他方で、ゴルフ会員権者に対する預託金返還義務という法律的な負担を免れることはできず、法律的には預託金返還が予期されていなかったなどというべき余地はおよそ残されていない。右の主張に係る延長事由は、ただ単に、ゴルフ会員権者の一部又は全部からその返還請求がされることがないであろうと予測していた被告側の楽観的な見通しが外れた一方で、被告に支払に応ずべき資金の用意がないため、返還義務の全部を履行することが困難となったことをいうにすぎない。

しかしながら、いわゆるバブル崩壊によらないでも、愛好者数の減少その他の社会的情勢の変化により、被告側の見通しが外れ、被告が預託金返還債務の履行を求められる法律的な原則に立ち戻る事態は、個々の預託金契約に元々内包されていたといわなければならない。そして、ゴルフ会員権時価が預託金の額面を常に上回らない限り、据置期間を過ぎたゴルフ会員権者の相当多くから預託金の返還請求がされるであろうことは見やすい道理である。刻々と変動する現代の経済社会の中で、ゴルフ会員権時価が預託金の額面を常に上回るとの見通しが外れたからといって、いわゆる事情変更の原則が適用される余地はなく、延長条項前段の「天災地変その他の不可抗力の事態が発生した場合」に該当するということができないのはもちろんのこと、後段の「クラブ運営上、又は会社経営上止むを得ない場合」にも該当しないことは明らかである。

しかも、もし被告主張に従って預託金返還義務の延長が認容されるとすると、その延長期間満了時に本件口頭弁論終結時より返還が容易となることを窺わせる事情を認めるべき証拠は全くないから、その時点で現時点と同様に再度延長を認めなければならなくなる具体的な蓋然性が生ずるが、たとえ本件クラブの会則に約款類似の効力が認めるといっても、このような結果は、およそ採用し難い結論であるといわなければならない。

四  以上のとおりであって、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民訴法六一条を、仮執行の宣言について同法二五九条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官成田喜達)

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