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東京地方裁判所 平成9年(ワ)18373号 判決 1999年12月17日

原告

小林雄一

右訴訟代理人弁護士

大塚功男

田中晴雄

鷲尾誠

右訴訟復代理人弁護士

吉田尚子

被告

株式会社日本交通事業社

右代表者代表取締役

小澤敬三

右訴訟代理人弁護士

髙木徹

橋本敬

今井眞弓

右当事者間の地位確認等請求事件について、当裁判所は、平成一一年一〇月八日に終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

一  原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金四六二万円、及び平成九年九月から原告が被告を退職するまで間、毎月二一日限り、金六六万円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

主文同旨。

第二事案の概要

本件は、被告から諭旨解雇された原告が、解雇は無効であるとして、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位の確認及び賃金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実等

(証拠によって認定した事実は、当該事実の末尾に証拠を挙示した。)

1  当事者

(一) 被告は、広告及び宣伝に関する事業、図書類の出版・販売並びに旅行用品・土産物類・酒類及び煙草の販売などを目的とする株式会社である。

(二) 原告(昭和一五年四月五日生まれ)は、昭和三九年四月、期間を定めずに被告に従業員として雇用された者である。

2  北海道コミュニケーションズの設立及び原告の出向

(一) 被告は、平成三年四月、北海道支店を分離して、株式会社北海道コミュニケーションズ(以下「北海道コミュニケーションズ」という。)として独立させた。

(二) 原告は、北海道コミュニケーションズ設立と同時に同社に出向した。同社における原告の役職は、当初は常務取締役営業局長委嘱であり、平成六年六月からは代表取締役常務営業局長委嘱であった。また、原告は、被告にあっては、北海道コミュニケーションズ出向と同時に、総務局参与となった。(総務局参与であることにつき<証拠略>)

(三) 原告は平成八年六月六日、北海道コミュニケーションズの代表取締役常務営業局長委嘱を辞任した。

3  不明金の発覚及び原告のキャリアボックス移行

(一) 原告は被告の打診を受けて子会社への移籍を希望し、平成八年一〇月一日付けで被告の子会社である株式会社ジェイ・アイ・シー・サポート(以下「ジェイ・アイ・シー・サポート」という。)に移籍することが内定した。

(二) ところが、原告の北海道コミュニケーションズ在任中に多額の不明金が発生していたことが発覚したとして、原告は、被告から、調査が終了するまでの間、被告に残るよう言われ、被告に残ることになった。

(三) 原告に対しては、平成八年九月までは、毎月二一日に、基本給月額五四万八七〇〇円に役付手当等諸手当を加えた約六六万円が支払われていたが、同年一〇月以降は、キャリアボックスと呼ばれる年俸制度が適用され、減額後の基本給月額四二万三四四〇円のみが支払われるようになった。

4  被告による諭旨解雇

被告は、平成九年一月一〇日、原告には就業規則六六条及び六八条に該当する事由があるとして、原告を諭旨解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。なお、被告の就業規則上は「諭旨免職」という表現が用いられている。)。

5  被告の就業規則

被告の就業規則には、本件解雇に関連するものとして、次の諸規定がある。(<証拠略>)

第六四条(懲戒する場合)

社員にして不都合の行為があった場合は、本人及びその監督者を懲戒する。

第六五条(懲戒種目・内容)

一項 懲戒処分の種目及び内容は次のとおりとする。

(処分種目) (処分内容)

懲戒免職 退職金を支給しない。

諭旨免職 退職金は自己便宜退職による率を適用する。

停職 一週間以内出勤停止を命じその間給与を支給しない。

定期昇給を一回停止する。

減給 平均賃金の半日分を減ずる。

定期昇給を一回停止する。

譴責 定期昇給を一回減額する。

訓告 始末書を提出させ、将来を戒める。

二項 管理職は降職することがある。

第六六条(事故内容と適用基準)

事故内容による懲戒種目の適用基準は次のとおりとする。

(事故内容) (適用基準)

(3) 社金を私消した場合 懲戒免職

第六八条(監督者の適用基準)

監督者の懲戒処分の適用基準は次のとおりとする。

(事故内容) (適用基準)

(1) 監督不行届又は指導よろしきを得ないため所属員に集団的不正事故、長期にわたる不正事故その他重大な不正事故を生じた場合 譴責以上

諭旨免職

第六九条(直接監督者の責任)

如何なる場合においても直接監督者はその責任を免れることはできない。

二  争点及び当事者の主張

1  解雇の有効性

(一) 被告の主張

(1) 不明金の発生

ア 原告の北海道コミュニケーションズ在任中、合計三〇四八万四七六九円に及ぶ不明金(北海道コミュニケーションズの現金出納元帳に記載されている支出のうち、支出伺、請求書、領収書等の伝票類が存在せず、逆に、支出の裏付けとなる伝票類が存在するものを除いたもので、かつ本来「広告原価の戻入れ」の対象となるべき買掛金残を使ってその支出の隠蔽がされたもの。以下「本件不明金」という。)が発生した。

イ 本件不明金は、経理上次のいずれかの方法で振替え処理されている。

<1> 収支報告書に記載されている仕入先の中に買掛金残がある場合に、実際には請求がないのに、現金の支出を振り替えて処理する方法。

<2> <1>と同様に買掛金残がある場合に、実際には請求がないのに、既存の収支報告書の作業番号(立案番号)を使用して現金を支出し、その穴埋めのために、いくつかの買掛金残を集約して振り替えて処理したことにし、不明金の支出を消す方法。

<3> <2>と同様に、一度買掛金残を振り替えて処理するが、全額使用せずに多少の金額を残してそれを更に別の収支報告書の買掛金残として移し、それを使って再度現金の支出を振り替えて不明金を処理する方法。

ウ このように、本件不明金は、現金出納元帳上は広告原価の買掛金や旅費仮払の名目で支出されているが、それを隠すために別の立案番号の買掛金残を使用して本来支払っていない買掛金残を振り替えて不明金の支出を隠蔽する経理上の処理をしているものである。北海道コミュニケーションズにおいては、日々の経理処理のための小口現金が管理されていたことから、この小口現金を流用して、社金を私費していたものと考えられる。

(2) 原告の地位及び注意義務等

ア 原告は北海道コミュニケーションズに出向中は常務取締役営業局長委嘱ないし代表取締役常務営業局長委嘱であったから、北海道コミュニケーションズとの間では委任関係に立ち、北海道コミュニケーションズに対し善管注意義務を負うことになる。この善管注意義務は行為者の有している個別的・具体的能力や注意力とは関係なく、行為者が従事する職業や地位に対し通常期待される一般的・抽象的な注意義務をいう。

被告との関係でも、原告には右の程度の注意義務が要求されていたというべきである。

イ 広告原価(買掛金)の支出は営業局長である原告の事前承認が必要とされており、広告原価(買掛金)の確定チェック、買掛金の支払指示も原告の権限であり、また、旅費の仮払は代表取締役常務営業局長委嘱の権限とされていた。さらに、原告には広告原価の買掛金残を管理する職務及び権限があった。

(3) 原告の注意義務懈怠

ア 本件不明金については、正規の支払とは別の支払がされたことになっていたりしている。支出伺の「原価No.」には買掛金残の収支報告書に付けられた立案番号が記載されており、支出伺は原告の承認が必要とされているから、原告は、支出伺について必要とされる注意義務を尽くしていれば不正な支出を防ぐことができたはずである。

イ 原告は買掛金残の戻入れを行うという職務を担っていたが、この職務を適正に行うのであれば、収支報告書及び買掛金残高明細表等を精査して、毎月の買掛金残の推移を把握する必要があるのに、原告は買掛金残の戻入れが半年に一度であるとの理由で、半年に一度しか買掛金残を確認せず、しかも、買掛金残を確認するに当たっては経理担当の丙山花子(以下「丙山」という。)の手書きのリストで買掛金残を確認していたというのであり、原告が買掛金残を適正に管理していなかったことは明らかである。

ウ 仮に原告が本件不明金の発生に直接かかわっていなかったとしても、北海道コミュニケーションズの設立当初から発生していた本件不明金の温床を存続させた原因が原告の買掛金管理の杜撰な管理にあるとすれば、原告が自ら本件不明金を拠出したに匹敵するといっても過言ではないというべきである。

エ 仮に原告自身で買掛金残の管理チェックができないとしても、作業を部下に指示するなり、買掛金残を管理するためのしかるべき体制を作るなりするべきであった(例えば、被告の米子支店から独立した訴外株式会社エス・アイ・シー(以下「エス・アイ・シー」という。)では、買掛金について、年三・四回程度営業社員が各自担当した広告の仕事につき、「買掛金・仕掛品残高長期経過分照会書」という形式の書面で、買掛金についての現状を経理部長に報告させ、それを基にして、経理において買掛金残の内容をチェックする体制を採用している。)にもかかわらず、原告はそのようなこともしなかった。

オ 以上のように、原告の地位、注意義務の程度にもかかわらず、その懈怠の結果、北海道コミュニケーションズにおいて、五年間にもわたって合計三〇〇〇万円を超える不明金を発生させたことは原告の重大な職務懈怠といえ、原告の監督不行届等により所属員に長期にわたる不正事故等を生じさせたといえる。

(4) 被告及び北海道コミュニケーションズの損害

ア 北海道コミュニケーションズは、五年間にわたって総額三〇〇〇万円を超える不明金を出したことで、株主でありクライアント及び取引先でもあるサッポロビール株式会社、三井観光開発株式会社、株式会社道新サービスから極めて大きな不信感を持たれている。また、本件不明金は北海道コミュニケーションズの大口クライアントである日本交通公社及びその関連会社にも報告されており、重大事件として注目されている。このため北海道コミュニケーションズの内部でも会社の存続について極めて大きな危惧を抱く者が出てきている。

イ 北海道コミュニケーションズは、本件不明金について修正申告をしなければならないこととなり、一五〇〇円を超える過少申告加算税及び延滞税を納めた。本件不明金と合わせれば北海道コミュニケーションズにとっては多大な損害が出たことになる。

ウ 本件不明金のうちピンホール名目での合計五三〇万九三四二円の支払及び北通名目での合計二四六万八〇〇〇円の支払については支払先は正規の支払は別に受けており、ミッキーハウス名目での合計一一〇万円の支払については支払先はそのような支払は受けていない。本件不明金のうち旅費仮払については原告を含めてどの社員も受領していない。

これ以外の支払については、具体的な確認作業はされていないが、本来利益に戻し入れるべき買掛金残を利用して、形式上正当な支出として処理していることからすれば、未確認の部分についても不正に支出されたものと認定できる。なお、丙山は本件不明金のうち平成八年四月から同年六月末までの間に一一八万三九三五円を北海道コミュニケーションズから不正に持ち出したことを認めている。

エ 被告が従来の北海道支店を独立させて北海道コミュニケーションズという会社組織にしたのは、利益を向上させて配当を得、また、被告の子会社として北海道地域における更なる進出を計画していたためであるが、本件不明金はこれらの被告の経営方針に重大な支障を生じさせた。

(5) 他の者に対する処分との比較

原告には、代表取締役常務営業局長委嘱という立場で買掛金の管理(広告の仕事の中でクライアントに請求する売掛金の表裏となる広告原価の発生から支払、更には最終的に買掛金残の戻入れという流れにおける管理)責任があり、本件不明金を発生させる温床を長期間放置していた責任は決して軽視することはできず、原告が単なる監督者ではなく常勤取締役であることからすると、その任務懈怠は重大であり、したがって、原告を諭旨解雇にしたことは決して重い処分ではなく、他の関係者と比べても決して不平等ではない。他の関係者は被告とは別の法人の社員であり、就業規則も異なるのであり、単純に処分の結果だけから処分の軽重を比較することはできない。

なお、原告が主張する岡山営業所の事件を本件と単純に比較することもできない。

(6) 結論

以上によれば、原告は、就業規則六八条一号に該当し、諭旨解雇とすることは、客観的に合理的な理由を欠いておらず、社会通念上相当である。

(二) 原告の主張

(1) 不正支出の存否不明等

被告は、本件不明金の現実の出金状況に関して全く解明しておらず、少なくとも北海道コミュニケーションズの預金通帳上には本件不明金と同一の金額が引き出された形跡は残っていないのである。また、丙山は、自ら着服したことを自認した金員を既に北海道コミュニケーションズに返還しており、損害は補填されている。このように本件不明金の発生の実態が満足に解明すらされていない状況でされた本件解雇は極めて不正確な事実関係を前提にされたものというべきであり、客観的に合理的な理由を欠くことは明らかである。

(2) 原告の注意義務及びその懈怠について

ア 自らが直接不正行為を行っていなくとも、その部下の不正行為を知りながら黙認し会社にそれを秘したり、それを知らないことについて重大な過失がある場合には、会社に生じた損害等をも斟酌した上、その上司について管理義務違背を理由に諭旨解雇が相当とされる場合があることは否定しない。

しかし、原告が、経理に関して課されている職責をこれまで怠ったことはなく、原告のような地位を有する者に対して求められている注意は十分尽くしてその職責を全うしてきたことは後記のとおりであって、通常の注意を怠らなければ本件不明金の発生を容易に知り得たとはいえない。

イ 不明金の発生に際しては、支出伺が作成されていないと考えるのが自然である。そして、支出伺が作成されていないならば、いかに原告が買掛金に関する事前承認を慎重に行っていたとしても、不正支出の存在に気付くことはありえず、不正な経理操作の存在を看破することは不可能である。原告は、自分が買掛金の支払に関する事前承認をする機会のあるものについては慎重に検討しており、買掛金の支払の正当性等の確認を怠ったことはない。

ウ 北海道コミュニケーションズにおいては、いったんは仕入代金を買掛金として経理処理したものの、実際には取引先から長期間にわたり請求されず今後も請求がないことが確実視される経費に関して、これを買掛金勘定から除外し原価への戻入れの処理をしていた。かかる会計処理は、不必要な経費をなくし、もって会計年度における損益計算を適正化するために行うものであるから、年度末に最低一回行えば十分なことであり、毎月のように行う必要はない。むしろ、取引先から長期間にわたり請求されず今後も請求がないことが確実視される経費の存在を判断するためには、ある程度の時間の経過が必要である。原告は、半年に一度この処理を指示していたが、これで必要かつ十分であり、原告に注意義務の懈怠は全くない。

エ 不正な資金が会社外に流出することを防止するための最も効果的な方法は、現金や預金の管理を適正に行うことであるが、北海道コミュニケーションズにおける現金預金の権限責任者は総務局長であり、総務部長が点検業務を行っていた。そして、原告は、総務局長から、不正な支出が存在したとの指摘を受けたことがない。そのため、原告は、現金出納に関しては適正な処理がされているものとの前提で業務を遂行していた。

オ 北海道コミュニケーションズでは、毎年一回出資者である被告及び日本交通公社の経理担当者が訪れて会計監査を行っていたが、これによっても不正な経理処理は全く発覚しなかった。

(3) 他の者に対する処分との比較

本件不明金の発生について行われた処分は、総務担当部長本間好明が停職七日・降格、総務局長森山光範が停職七日・降格、元取締役総務局長石田潔が停職一四日・降格、取締役業務局長重延肇が訓告・降格にとどまっており、これらの処分と比較すると、諭旨解雇処分は著しく重すぎるというべきである。

また、被告の岡山営業所において、社金横領着服私消及び流用事故があったが、その事案においては横領着服した本人が懲戒免職になったほかは、岡山営業所長が減給処分、総務部副部長が訓告処分、調査役が厳重書面注意となっただけであり、これとの比較でも、原告に対する処分は著しく重すぎる。

(4) 結論

以上によれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠いており、社会通念上相当として是認することができる範囲を著しく逸脱するものであって、解雇権の濫用として無効である。

2  原告の賃金

(一) 原告の主張

(1) 新賃金制度の適用の違法

ア 被告において平成八年一〇月一日から施行された新賃金制度は、五五歳以上の従業員を対象として、割増退職金の支給を受けて子会社に移籍するか、被告に残る代わりに賃金を半額に減額され、割増退職金の支給もないキャリアボックスとなるか、被告の従業員にいずれかの選択を求めるものである。そして、原告はジェイ・アイ・シー・サポートに移籍することが内定していたにもかかわらず、被告から、本件不明金の調査が終了するまでの間、被告に残るよう通告され、やむなくその指示に従い、その後はキャリアボックスの適用により大幅な収入減少を余儀なくされた。

右は、労働条件の不当な切り下げであり、原告の意思を無視して原告に対して不利益を一方的に課するものであるから、手続面と内容面のいずれからも合理性がなく、正当なものとして是認することはできない。

イ キャリアボックスに移行するに当たっては、原告の同意が一応存するが、本件不明金の調査終了を解除条件とするものである。

そして、被告は、遅くとも平成九年一月一〇日までの間に本件不明金の調査を終了し、同日、原告に対し本件解雇の意思表示を行ったのであるから、翌日以降は、原告をキャリアボックスとして取り扱うことは許されない。

(2) 原告の同意の取消し(予備的主張)

被告の一方的な決定により子会社への移籍ができなかった以上、原告には被告に残留する以外に取るべき道がなかった。また、キャリアボックスとしての減額された賃金の受領についても、原告には他に取るべき選択肢のない状況下でされたものである。

このように、キャリアボックスへの移行についての原告の同意には、原告の自由な意思に基づく真摯な意思決定過程は存在しなかったのであるから、原告の意思表示は詐欺又は強迫によるものである。

よって、原告は、右意思表示を取り消す。

(3) 結論

よって、原告は、被告に対し、平成九年二月一日以降の期間に関し、月額六六万円の割合による賃金請求権を有する。なお、右のうち、平成九年二月から八月までの既経過分は、六六万円に七を乗じた四六二万円である。

(二) 被告の主張

(1) 新賃金制度の適法性

ア 被告は、景気の先行不透明感、消費性向の停滞化・低価格指向等の環境変化を克服し、経営の安定化に向けた体質転換を図るため種々の施策を実施してきたが、営業収支・経常利益とも目標数値を下回る見通しから、さらに経営改善を図る必要があり新賃金制度を採用した。

イ 従来の被告の賃金制度は、年功及び能力主義に基づく評価制度によって構成されてはいるが、昇給・昇格が年功序列で決まる要素が強いため、チャレンジ意識と風土が醸成できず、平等的賃金制による不平等からの問題点が生じていた。

ウ 被告においては、前記問題点を改善するために、年功にとらわれない業績に基づいた賃金体系を目指すことから、三〇代から四〇代の中堅社員の標準賃金カーブを上昇させて、能力・業績主義で社員の士気向上を実現させることによって、社員の処遇改善に資する結果になると判断した。

エ 併せて、局長・支店長については、箇所長職年俸制度を新設して被告への貢献度に応じた処遇を図る一方、五五選(ママ)択定年制を採用して、移籍者年俸制度とキャリアボックス年俸制度を導入した。

オ 選択定年制においては、被告に残るか、退職して関連会社へ移籍するかの選択ができることになっており、移籍した場合は、被告の従業員ではなくなる。

カ 被告の新賃金制度は、現在の日本企業の趨勢に合致しており、社会的に相当である。そのため、被告の労働組合との交渉により合意が成立している。

(2) 原告の同意の存在

原告は、本件不明金の調査に協力することからキャリアボックスに残ることを同意した。そして、その後も原告は、キャリアボックスの基準に基づく賃金を受け取っており、同基準を適用することには何ら問題がないというべきである。

(3) 詐欺・強迫の不存在

原告の主張するような詐欺・強迫は存在しない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(解雇の有効性)について

1  認定事実

前記争いのない事実等、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 北海道コミュニケーションズの組織及び原告の業務

(1) 北海道コミュニケーションズの組織

北海道コミュニケーションズは、平成三年四月に被告の北海道支店から独立してから以降、役員一〇名程度、従業員二〇名程度で組織されており、本件不明金が発覚した平成八年当時は、代表取締役社長の下に代表取締役常務(原告)、その下に、総務局長(森山光範。平成六年八月に前任者石田潔から引き継いだ。)、営業局長(常務である原告に委嘱)及び業務局長(取締役である重延肇に委嘱)がおり、また、総務局長の下に総務部長(本間好明)、その下に担当者(丙山外一名)がいて、総務及び経理全般を担当していた。なお、常勤の役員は原告と重延肇だけであり、他の役員は、代表取締役社長を含め非常勤であった。また、丙山は、被告の北海道支店時代からの従業員である。

(2) 原告の業務

社長が非常勤であるため、常務である原告は、北海道コミュニケーションズの事実上の最高責任者であった。そのため、原告は、委嘱されていた営業局長としての業務の他、最高責任者としての諸業務を行っていた。右諸業務のうち、経理に関連するものとしては、売上・営業収入見込みの集約、常務会(後の営業連絡会)の開催、収支報告書のチェック、原価チェック(以上は毎月)、予算及び決算の作成等があった。なお、原告は、昭和三九年に被告に入社し、一五年間ラジオ・テレビ部等に配属された後は営業を担当していたものであって、北海道コミュニケーションズに出向するまで経理を担当したことはなかった。

(二) 北海道コミュニケーションズにおける買掛金・旅費・現金の管理

(1) 買掛金の管理

ア 北海道コミュニケーションズにおいては、顧客毎に収支報告書(<証拠略>)を作成しており、収支報告書の広告原価欄に記載されている仕入先に対する買掛金残については、丙山が毎月仕入先毎に整理した買掛金残高明細表(<証拠略>)を作成していた。

この買掛金残の中には、仕入先から長期間にわたり請求されないものがあり、そのような買掛金残については利益に戻し入れるという経理処理をしていた。このように、買掛金残は必ずすべてが支出されるわけではなく、経理処理がされないまま長期間残っているものがあった。

イ 北海道コミュニケーションズにおいて、この買掛金残を管理する職務及び権限を有していたのは原告であり、原告は、丙山が作成した手書きのリストに基づいて、丙山に対し、半年に一度の割合で買掛金残の利益戻入れ処理を指示していた。これは被告の北海道支店時代の方法を踏襲したものである。なお、原告は、丙山が作成していた買掛金残高明細表を基に買掛金残をチェックしたことはなかった。

ウ 北海道コミュニケーションズにおいて買掛金残の利益戻入れという経理処理があることを知っていたのは、原告及び丙山の他、石田潔前総務局長だけであった。

(2) 旅費の管理

ア 北海道コミュニケーションズでは、従業員が出張する際に出張旅費を概算払する場合があり、その場合には出張旅費は現金で仮払されることになっていた。

イ 北海道コミュニケーションズでは、出張旅費の概算払及び出張命令は代表取締役常務の権限とされていた。

(3) 現金の管理

ア 北海道コミュニケーションズでは、従業員が業務のために現金の支出が必要になった場合には、支出を必要とする従業員において支出伺(<証拠略>)を作成し、請求書や領収書などがある場合にはそれらを支出伺に添付して所属部長に提出し、以下、順次所属局長、総務局長、役員に提出されて、役員がその支出を可とすれば、その支出が許可されることになっていた。支出伺は二枚の複写式になっており、支出が許可された支出伺のうち一枚は総務局に提出され、残りの一枚は支出伺作成者に渡されていた(ただし、新聞、テレビ、ラジオ、印刷などに関する支出は広告原価であるものの、北海道コミュニケーションズの営業又は業務の担当者と取引先との間において既に値決めがされているため、支出伺が作成されずに営業局や業務局から総務局に請求書や納品書が直接渡されていた。)。

そして、支出が許可されると、総務局において、支出伺に基づいて支払伝票が作成され、この支払伝票に基づいて財務部門のオフコンに支出の内容が入力され、支出内容が販売部門にかかわるものである場合には更に販売部門のオフコンに支出内容が入力され、その上で支出伺作成者に現金が渡されていた。

イ 北海道コミュニケーションズでは、現金の出納はすべてオフコンで管理しており、本件不明金も現金の支出としてすべてオフコンに入力されていた。そして、オフコンを操作するためのパスワードを管理していたのは丙山のみであり、同人が操作を開始しなければこれらのオフコンは使用できない状態にあった。

ウ 北海道コミュニケーションズの日々の経理処理のための小口現金は、丙山が管理していた。

エ 現金預金については、総務局長が権限責任者であり、総務部長が点検業務を行っていた。

(三) 本件不明金について

(1) 不明金の発覚

ア 丙山が匿名で札幌北税務署に電話をしたことをきっかけとして、平成八年七月二九日、札幌北税務署が北海道コミュニケーションズの税務調査を開始し、北海道コミュニケーションズに平成七年度(平成七年四月一日から平成八年三月三一日まで)の現金出納に関する伝票及び領収書などの提示を求めたが、北海道コミュニケーションズがそれらを保管していなかったため、現金出納関連の調査が行われた。

イ 調査の結果、北海道コミュニケーションズには、平成三年度(平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの第一期)から平成八年度(平成八年四月一日から平成九年三月三一日までの第六期)の途中の平成八年六月までの間において、合計三〇四八万四七六九円にのぼる本件不明金があることが判明した。その内訳は、平成三年度(第一期)が五〇万四九一三円、平成四年度(第二期)が三二五万二七四八円、平成五年度(第三期)が四二二万九一八三円、平成六年度(第四期)が六六二万〇七七四円、平成七年度(第五期)が一一八八万三五五一円、平成八年度(ただし、第六期のうち平成八年六月まで)が三九九万三六〇〇円であった(その詳細は別紙(略)のとおりである。)。

ウ 札幌北税務署は、本件不明金のうち平成八年度を除くその余の年度の不明金を広告原価過大と認定した。北海道コミュニケーションズはそれに基づいて修正申告をし、一五〇〇万円を超える過少申告加算税及び延滞税を納めた。

(2) 不明金の経理上の処理

ア 本件不明金は、現金出納元帳上、買掛金(広告原価)の支払や旅費仮払の名目で支出されていた。

イ 本件不明金のうち買掛金の名目で支出されているものは、次のいずれかの方法で振替え処理されていた(ただし、本件不明金のすべてが不正によるものであると認めることができないことは、後記のとおりである。)。

<1> 収支報告書に記載されている仕入先の中に買掛金残がある場合に、実際には請求がないのに、現金の支出を振り替えて処理する方法。

<2> <1>と同様に買掛金残がある場合に、実際には請求がないのに、既存の収支報告書の作業番号(立案番号)を使用して現金を支出し、その穴埋めのために、いくつかの買掛金残を集約して振り替えて処理したことにし、不明金の支出を消す方法。

<3> <2>と同様に、一度買掛金残を振り替えて処理するが、全額使用せずに多少の金額を残してそれを更に別の収支報告書の買掛金残として移し、それを使って再度現金の支出を振り替えて不明金を処理する方法。

(3) 不明金の支出先等

ア 本件不明金のうち、現金出納元帳上ピンホール(北海道コミュニケーションズが委託しているフリーカメラマン)に支払われたことになっている五三〇万九三四二円は、実際には同人に支払われていない。

イ 現金出納元帳上北通(北海道コミュニケーションズの取引先)に支払われたことになっている二四六万八〇〇〇円は、実際には同社に支払われていない。

ウ 現金出納元帳上ミッキーハウス(北海道コミュニケーションズの取引先)に支払われたことになっている一一〇万円は、実際には同社に支払われていない。

エ 買掛金の名目で支出されているもののうち、前記アないしウの三者以外の者を支出先とするものについては、支出先に対する調査がされていない。

オ 本件不明金中には、旅費仮払とされているものが五五一万円あるが、原告を含め該当する従業員は旅費仮払としては支払を受けていない。

もっとも、丙山は、支出伺に領収書が添付されていない、請求書だけしかない、社印の押捺されていない自筆の領収書である、北海道コミュニケーションズの社員の筆跡と思われる領収書であるといった理由で、適正さに疑問のあるものを、旅費仮払として処理した旨陳述している。

カ 北海道コミュニケーションズの預金通帳上には、本件不明金と同一の金額が引き出された形跡がない。

(4) 会計監査について

北海道コミュニケーションズでは、毎年一回出資者である被告及び日本交通公社の経理担当者が訪れて会計監査を行っていたが、本件不明金は発覚しなかった。

(5) 丙山の自認及び着服金の返還

丙山は、いったんは本件不明金全額を自身が着服したと認めたが、その後は、平成八年四月から六月までの不明金のうち一一八万三九三五円(別紙中の「本人申し出」欄記載分)は着服したが、その余は着服していないと述べて、認めた分を北海道コミュニケーションズに返還した。なお、同人は、自身が着服したものの中には、支出伺等を作成をしていないものもある旨陳述している。

(四) 関係者の処分

(1) 丙山は、平成八年一〇月二一日付けで北海道コミュニケーションズから懲戒解雇された。

(2) また、本件不明金の存在が発覚した当時の総務部長本間好明が停職七日・降格、本件不明金の存在が発覚した当時の総務局長森山光範が停職七日・降格、森山光範の前任者である元取締役総務局長石田潔が停職一四日・降格、本件不明金の存在が発覚した当時の取締役業務局長重延肇が訓告・降格の処分をそれぞれ受けた。

(五) 他社等の買掛金チェック体制

(1) 被告の米子支店から二〇数年前に独立して別法人となったエス・アイ・シーでは、買掛金について、年三、四回程度営業社員が各自担当した広告の仕事につき「買掛金・仕掛品残高長期経過分照会書」という形式の書面で、買掛金についての現状を経理部長に報告させ、それを基にして経理において買掛金残の内容をチェックする体制を採用している。

(2) 北海道コミュニケーションズでは、本件不明金発覚後、常務取締役が毎月一回定期的に業務部の従業員とともに買掛金残高明細表を基に収支報告書を参照しながら買掛金残をチェックし、買掛金残高明細表に計上された日付から三か月を超えた買掛金残については、請求書などがあって支払う必要があるのに支払い忘れているものか、それとも、請求がないものかを区別し、請求がないものについては今後請求される可能性があるかどうかを営業担当又は業務担当の従業員に確認し、最終的に請求されないものについては広告原価への戻入れをするように改めた。

2  判断

(一) 就業規則の解釈・適用について

使用者が労働者(被用者)を懲戒するのは、企業秩序の維持のためであると解されるところ、被告の就業規則六八条一号適用の前提となる同規則六四条もまた、「社員」が不正事故等を起こして被告の企業秩序を乱した場合に、その者に対し懲戒処分を科するのと併せて、その監督者に対しても懲戒処分を科することにより、企業秩序の維持を図る趣旨で設けられたものであると解される。このような観点からみると、本件不明金の一部に関し不正を行ったことを認めている丙山は被告の「社員」ではなく、他に被告の「社員」が直接不正に関与したことの主張立証はないのであるから、本件は、就業規則六四条、六八条一号の文言上も、不正事故により直接秩序を乱されたのは北海道コミュニケーションズであって被告ではないという実質上も、右各規定が本来適用を予定している事案であるとはいい難い。そして、間接的にであるとはいえ被告の企業秩序が乱されたとして、右各規定を適用あるいは準用することが許されるとしても、被告の企業秩序に及ぼす影響が間接的なものにとどまることは、本件解雇の有効性を検討する上で、考慮されなければならないというべきである。

(二) 不正事故の存否・程度について

前記1の認定事実によれば、本件不明金のうち丙山が着服したことを認めた一一八万三九三五円については不正があったと認められ、また、ピンホールに支払われたことになっている五三〇万九三四二円、北通に支払われたことになっている二四六万八〇〇〇円及びミッキーハウスに支払われたことになっている一一〇万円については、実際には右三者に支払われていないことが明らかであるから、丙山が着服したと認めている以外の部分についても、不正があった疑いが強いというべきである。

しかし、買掛金の名目で支出されているもののうち、右三者以外の者を支出先とするものについては、支出先に対する調査がされておらず、不正があったことを示す明確な証拠はない。また、旅費仮払の名目で支出されたものについても、旅費ではないことは明らかであるものの、適正さに疑問のあるものを旅費仮払として処理した旨の丙山の陳述を前提とする限り(この陳述が虚偽であることを認めるに足りる証拠はない。)、実際に支出すべきでないものであったのかどうかが明らかにされない限り、不正があったと認めることはできない。

このように、不正があったと明確に認められるのは、丙山が認めた一一八万三九三五円のみであって、その余の不明金については、不正があった疑いが強いものもあるものの、多くは不正によるものであると認めるには至らないというべきである。

(三) 原告の注意義務違反の有無・程度について

(1) 原告は、被告から出向して北海道コミュニケーションズの取締役に就任したのであるから、北海道コミュニケーションズにおける業務は、被告との関係では、被告に対する労務の提供として行われたものである。したがって、原告は、被告に対し、被告との労働契約(雇用契約)の本旨に従い、誠実に北海道コミュニケーションズの取締役としての業務を行う義務を負っていたものである。(この点、被告は、原告が北海道コミュニケーションズとの関係で委任関係に立ち、善管注意義務を負っていることから、被告との関係でも同様の義務を負っている旨主張するが、原告・被告間の法律関係と原告・北海道コミュニケーションズ間の法律関係は別個のものであるから、原告が北海道コミュニケーションズに対して負っている注意義務を、被告との関係でも負っていると解することはできない。もっとも、原告が被告に対して負っている前記の誠実義務は、善管注意義務と同様のものであるということができる。)。

そこで、原告に注意義務違反があったとの被告の主張に即して、以下検討する。

(2) 被告は、まず、原告が支出伺について必要とされる注意義務を尽くしていれば不正な支出を防ぐことができたと主張する。

しかし、本件不明金に関する支出伺は残っておらず、丙山は、自身が着服したもの中には、支出伺等を作成をしていないものもある旨陳述しているから、本件不明金について支出伺が作成されているかどうかは不明であり、被告の主張はその前提を欠くといわざるを得ない。また、仮に支出伺が作成されていたとしても、一企業の事実上の最高責任者として諸業務を行っていた原告に、支出伺が提出される度毎に収支報告書と照らし合わせて、不正がないかチェックすることを要求することはできないというべきである。

(3) 被告は、また、収支報告書及び買掛金残高明細表等を精査して、毎月の買掛金残の推移を把握する必要があったと主張する。

しかし、被告主張の方法で買掛金残について不正が行われていないかをチェックするためには、二か月分の買掛金残高明細表を比較して、その間に支払処理のされたものを抽出し、それに関する収支報告書や支出伺等を比較する作業等が必要であるところ、このような作業をすることを原告に要求することができないことは右(2)と同様である。

もっとも、原告が買掛金残高明細表に一通り目を通していれば、ピンホールに対する買掛金残が非常に多いということは気付き得たと考えられるから、少なくとも丙山が認めている部分については、不正の存在を発見できるきっかけはあったということができ、この意味において、原告には注意義務違反があったということはできる。

(4) 被告は、さらに、原告自身で買掛金残の管理チェックができないとしても、作業を部下に指示するなり、買掛金残を管理するためのしかるべき体制を作るなりするべきであったと主張し、エス・アイ・シーのチェック体制を例として挙げている。また、本件不明金発覚後に北海道コミュニケーションズ自身買掛金残チェック体制を整えたことは前記1(五)(2)のとおりである。

しかし、エス・アイ・シーの体制は、本件のような不明金の発生を防止するためのものであるとは認め難く、本件のような事故の防止にとって適切なものであるとは必ずしもいい難い。また、買掛金残を管理するための体制を作るのが当然だというのであれば、被告の北海道支店時代に既に作られていなければならないはずであるし、支店時代に本来作られていなければならないもの(他の支店では作られているもの)が何らかの事情で作られていなかったというのであれば、被告において、原告に指示する等するべきであるが、被告の支店にそのような体制が作られていたり、被告が原告に何らかの指示をした事実は認められない。むしろ原告にとっていた買掛金残管理は、被告の北海道支店時代の方法を踏襲したものであり、経理を担当した経験のない原告に、事前に不正事故発生を予見して被告の支店でも行われていない独自のチェック体制を作ることを求めることはできないというべきである。

(5) 結局、原告には、前記(3)の点で注意義務違反があったといえるものの、被告が主張するような重大なものであるとまではいえない。

(四) 被告及び北海道コミュニケーションズの損害について

(1)ア 丙山が着服を認めた一一八万三九三五円を北海道コミュニケーションズに返還したことは前記1(三)(5)のとおりである。

イ その余の不明金については、不正があったと明確には認められないことは前記(二)のとおりであるから、損害が発生している事実も認め難い。

ウ 北海道コミュニケーションズが一五〇〇万円を超える過少申告加算税及び延滞税を納めたことは前記1(三)(1)ウのとおりであるが、丙山が着服したと認めた一一八万三九三五円以外の不明金については不正があったと明確には認められない以上、過少申告加算税等のすべてが、不正に伴う損害であるとは認められない。

エ 証人重延肇の証言によっても、本件不明金の発生により、北海道コミュニケーションズに取引先等との関係で具体的な損害が生じたことは認められない。

(2) 被告については、本件全証拠によっても、具体的な損害が発生したとは認められない。

(五) 他の者に対する処分との比較について

本件不明金についての関係者の処分は、前記1(四)のとおりであり、監督責任を問われた他の者、特に現金預金について権限責任者である総務局長の処分との比較でも、原告の処分は極めて重いものとなっている。

(六) 結論

以上の諸点、すなわち、就業規則の解釈・適用、不正事故の存否・程度、原告の注意義務違反の有無・程度、被告及び北海道コミュニケーションズの損害、他の者に対する処分との比較のいずれの面からみても、原告に対して諭旨解雇という重い処分を科することは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することはできないというべきである。

よって、本件解雇は、解雇権の濫用であって、無効である。

二  争点2(原告の賃金)について

1  認定事実

前記争いのない事実等、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告の新賃金制度

(1) 被告は、経営改善のため、平成八年一〇月一日から新賃金制度を導入した。これは、<1>業績・成果主義を徹底すること、<2>三〇歳から五〇歳までの中堅社員の標準賃金カーブを上昇させること、<3>五〇歳以上の賃金の上昇を停止すること、<4>五五歳選択定年制を導入し、移籍者年俸制とキャリアボックス年俸制度を新設すること等を内容とするものである。

(2) 右のうち<4>は、具体的には、五五歳に達する従業員(新賃金制度導入時に既に五五歳に達している者を含む。)に、関連会社等に移籍するか、被告に残るかの選択を求め、移籍する従業員に対しては、移籍先の関連会社等において年俸制による賃金を支払うほか、被告において、退職時の年齢に応じて三〇パーセントから八〇パーセントの割増退職金を支払う、被告に残る従業員には、キャリアボックスという年俸制度を適用する、この場合、初年度の年俸は前年度年収の六〇パーセントとし、以下、二年度は五五パーセント、三年度以降は五〇パーセントとするというものである。

(3) 労働組合は新賃金制度の導入に同意した。ただし、原告は当時既に管理職であったため、組合員資格がなかった。

(二) 原告への新賃金制度の適用

(1) 原告は被告の打診を受けて子会社への移籍を希望し、平成八年一〇月一日付けで被告の子会社であるジェイ・アイ・シー・サポートに移籍することが内定した。そして、原告には、同社から七八〇万円の年俸が支払われるほか、被告から、通常の退職金九五五万一〇四〇円、七〇パーセントの割増退職金として六六八万五七三〇円等が支払われることになった。

(2) ところが、その後、原告は、被告から、本件不明金についての調査が終了するまでの間、被告に残るよう言われ、これに同意した。

(3) 原告に対しては、平成八年九月までは、基本給月額五四万八七〇〇円に、役付手当等諸手当を加えた約六六万円が支払われていたが、同年一〇月以降は、キャリアボックス年俸制度が適用された結果、減額後の基本給月額四二万三四四〇円のみが支払われるようになった。

2  判断

(一) 労働者の権利・利益を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することはできないのが原則であり、労働条件の集合的処理を建前とする就業規則の変更の方法による場合であっても、とりわけ賃金の減額を伴うものは、賃金が労働者の生活を支える重要な権利であるだけに、それを労働者に受忍させるに足りる高度の必要性に基づいた合理的な内容のものでなければならないというべきである。

(二) 本件において被告は、新賃金制度導入の必要性について一応の主張はしているものの、その立証活動はほとんどしていない。

また、合理性に関しても、前記1の認定事実によれば、<1>五五歳を超えて被告に残る従業員に支払われる賃金は、初年度で前年度年収の六〇パーセント、二年度が五五パーセント、三年度以降が五〇パーセントになるというのであって、労働者の被る不利益には著しいものがあること、<2>原告は、新賃金制度導入時には既に五五歳を超えていたから、三〇歳から五〇歳までの中堅社員の標準賃金カーブの上昇による利益も享受していないこと、<3>一般の従業員には関連会社等に移籍し割増退職金を受領するという選択肢があるものの、原告については、いったん内定した子会社への移籍の道を絶たれており、他の選択肢がないこと、<4>新賃金制度導入に同意した労働組合は、原告の利益を擁護する立場にはなかったこと、<5>被告に残りキャリアボックス年俸制度の適用を受けることについて、原告が同意したとしても、本件不明金についての調査が終了するまでの間という前提であったこと、以上の諸点が指摘できるのであり、これらによれば、少なくとも、被告が原告に本件解雇の意思表示をした平成九年一月一〇日より後である同年二月分以降の原告の賃金について、キャリアボックス年俸制度を適用することには合理性がなく、むしろ不合理であるというべきである。

よって、原告にキャリアボックス年俸制度を適用することは許されず、同制度適用前の賃金が支払われるべきである。

(三) なお、(証拠略)によれば、原告の平成八年九月までの賃金は、同年七月分が基本給に諸手当(うち役付手当八万円)を加えた七〇万〇二〇〇円、同年八月分が、差額五万一一〇〇円控除前で六六万三七〇〇円、同年九月分が、役付手当が五万九〇〇〇円に減額されて六四万二七〇〇円であったと認められる。このうち、同年九月分について、役付手当が二万一〇〇〇円減額された理由は明らかでなく、減額が正当なものであるとは認め難い。

そうすると、被告が原告に支払うべき賃金は、原告が主張する月額六六万円を下らないというべきである。

三  将来の賃金請求について

原告の賃金請求は、終期を原告が被告を退職する時としているところ、口頭弁論終結の日(平成一一年一〇月八日)の翌日以降の賃金請求部分は、将来の給付を求める訴えに当たるものであり、この将来の給付を求める訴えは、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り、提起することができるものである(民事訴訟法一三五条)。そこで、あらかじめ請求をする必要があるか否かを検討する。

本件においては、被告の定年が六〇歳であること、原告が平成一二年四月五日に六〇歳に達することは、当事者間に争いがなく、したがって、原告の請求は、実質的には平成一二年四月までの賃金の支払を求めている趣旨であると解される。そうすると、本判決に対し控訴が提起されて平成一二年四月までに控訴審における口頭弁論が終結しない場合には、全部が過去の賃金の請求となるし、そうでない場合であっても、将来請求部分は過去分に比して僅かであるから、被告が将来請求部分を任意に支払わない場合に、原告が改めて訴訟を提起しなければならない結果となることは相当でない。

よって、原告の請求中、口頭弁論終結の日の翌日以降の賃金請求部分も、あらかじめ請求をする必要があり、適法であると認める。

四  結論

以上の次第であるから、原告の請求は全部理由がある。

よって、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島健太郎)

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