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東京地方裁判所 平成9年(ワ)18913号 判決 1998年6月25日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二四〇〇万円及びこれに対する平成九年八月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、ゴルフ場の法人正会員である原告が、当該ゴルフ場を経営する被告に対し、会員資格保証金の据置期間が経過したとしてその返還を請求したものである。

一  争いのない事実等

1  被告は、ゴルフ場の経営を目的の一つとする株式会社である。

2(一)  原告は、昭和六二年七月二七日、被告との間で、被告経営にかかるサイプレスカントリークラブ(以下「本件クラブ」という。)に法人正会員として入会する旨の入会契約(二口)を締結した(以下「本件入会契約」という。)。

(二)  原告は、被告に対し、昭和六二年八月一日、本件入会契約に基づき、入会金六〇〇万円(一口三〇〇万円の二口分)を預託し、被告は、同日、原告に対し本件クラブ会員証券(以下「本件会員証券」という。)を発行した。

本件保証金の据置期間は、一〇年(ただし、起算日については後記のとおり争いがある。)である。

3  本件クラブは、昭和六三年九月二〇日、正式開場した(乙四)。

4  原告は、被告に対し、平成九年六月一三日到達の内容証明郵便をもって、同年七月三一日をもって本件クラブを退会する旨の意思表示をするとともに、同年八月一一日までに本件保証金を返還するよう求めた(甲五の一及び二)。

5  本件クラブ理事会は、平成九年五月一九日から同年五月二六日までの間に、最長一〇年の限度で会員資格保証金の据置期間を延長することを決議し(乙五の一、二、乙六、及び乙七の一ないし一一)、被告取締役会は、平成九年七月一日、右据置期間を五年間延長することを決議した(乙八)。

二  争点

1  本件保証金の据置期間の起算日について

(一) 原告の主張

本件クラブ会則六条には、本件保証金について、被告において本件クラブの「正式開場後」一〇年間据置いた後、本件クラブ会員の退会を条件として、会員の請求がある場合には、本件クラブ理事会及び被告取締役会の承認を得て、被告が会員に対し返還する旨の約定がある(乙一及び二)。

それに対し、本件会員証券には、右据置期間の起算日を「会員証券の発行日」とする旨の記載がある(甲一及び二)。

原告が本件クラブ会則を受領した日(昭和六二年七月二七日)より、本件会員証券を受領した日の方が後であることからすると(本件会員証券発行日は昭和六二年八月一日である。)、本件保証金の据置期間の起算日は、「正式開場時」から「会員証券の発行日」に変更され、それが会員証券に記載されたものである。

したがって、本件保証金の据置期間の起算日は、会員証券の発行日である昭和六二年八月一日であり、平成九年八月一日をもって右据置期間は経過した。

なお、会則に記載する「正式」開場時とはどう解釈するのか極めて曖昧であって例文に過ぎず、そうでないとしても随意条件であるから無効である。

(二) 被告の主張

会員証券は、保証金返還請求権を表章する有価証券ではないので、本件会員証券の記載によって本件クラブ会則六条に定められた本件保証金の据置期間の起算日が変更されることはない。

したがって、本件保証金の据置期間の起算日は、本件クラブ会則六条が定めるとおり、本件クラブの「正式開場時」であり、本件クラブの正式開場は昭和六三年九月二〇日であった。

被告は、本件クラブの開場(昭和六三年九月二〇日)前後に、会員資格保証金の据置期間の起算日を「会員資格取得時」として、会員の第二次募集を行ったが、第二次募集のために予め印刷していた会員証券を、被告は誤って原告に交付してしまったものである。

したがって、本件保証金の据置期間は平成一〇年九月二〇日までであり、右据置期間は経過していない。

2  本件保証金の据置期間の延長決議の効力について

(一) 原告の主張

会員資格保証金の据置期間の延長は、会員の契約上の権利を変更することにほかならないから、個々の会員の同意なくして会社において一方的に会則の改正をすることは許されず、本件においても、会員の同意なしになされた本件クラブ理事会及び被告取締役会の据置期間の延長決議は無効であって、会員に対して効力は生じない。

仮に延長決議が有効となる場合があるとしても、それは、本件クラブ会則六条二項但書にあるように天災、地変その他それに準ずるクラブ運営上やむを得ない事情などの厳格な要件がある場合に限られるところ、本件ではそのような事情は存在しない。

(二) 被告の主張

(1) 本件クラブ会則六条二項但書には、会員資格保証金につき、天災、地変その他クラブ運営上やむを得ない事情があると認めた場合は、理事会及び取締役会の決議により返還の時期、方法を変更することがある旨の規定がある(乙一及び二)。

そして、右規定に基づく本件クラブ理事会及び被告取締役会の会員資格保証金の据置期間延長決議は、<1>その事由の点において契約成立後著しい事情の変更が生じた場合等合理的な理由があり、<2>その内容の点において延長すべき期間が短期間であって加入者の権利に著しい変更を生じない等合理性を有する限度においては、有効とされるべきものである。

(2)ア ところで、バブル経済の崩壊により、バブル期に募集したゴルフ場の会員権相場は軒並み五分の一以下に値下がりしており、その結果、会員権相場が預託金額を下回り、預託金据置期間の満期に預託金の償還請求が集中する事態となった。

右事態に対し、被告の経営状態は平成八年九月三〇日現在で営業損失が約三八億円、当期未処理損失が約七〇億五〇〇〇万円であり(乙九)、会員から一斉に資格保証金約一六〇億四六〇〇万円の償還請求を受けた場合には、本件クラブ運営の継続が不可能になることは明白である。

これらは、<1>本件クラブ会員契約成立後に著しい事情の変更が生じた場合といえるから、右据置期間の延長決議には、その事由の点において合理的理由がある。

イ また、被告取締役会は、本件会員権を、本件クラブの個人正会員権(預託金額一口六〇〇万円)と小幡郷ゴルフ倶楽部の個人正会員権(預託金額一口六〇〇万円)とに分割すること等を条件に、本件保証金の据置期間の五年間延長を決議したものである。

右決議は、<2>その内容の点において延長すべき期間が短期間であって加入者の権利に著しい変更を生じないものであるから、合理性を有する。

(3) 以上より、本件クラブ理事会及び被告取締役会の会員資格保証金の据置期間延長決議は、その事由及び内容について合理性を有するものであり、有効である。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件保証金の据置期間の起算日)について

1(一)  本件ゴルフクラブは、いわゆる預託金会員制のゴルフクラブであって、その会則は、これを承認して入会した会員とゴルフ場を経営する被告との間の契約上の権利義務の内容を構成するものというべきところ、本件クラブの会則(乙一、二)六条には、会員資格保証金は本件クラブの正式開場後一〇年間据え置く旨の記載がある。右記載によれば、原告は被告との間で、本件入会契約締結に際し、本件保証金の据置期間の起算日を本件クラブの「正式開場」時とすることに合意したことが認められる。

もっとも、本件入会契約締結後である昭和六二年八月一日に被告によって発行された本件会員証券(甲一、二)には、会員資格保証金は発行日から一〇年間据え置く旨の記載がある。しかしながら、会員証券は有価証券ではなく、本件会員証券の発行交付によって原告と被告の間の契約内容が当然に変更されたということはできない。据置期間の起算日が変更されたとの原告の主張の趣旨は、必ずしも明確ではないけれども、本件クラブ理事会において保証金の据置期間の起算日を変更する旨の決議がされたとの主張か(本件クラブ会則一八条、乙一及び二)、又は別途原被告間でその旨の合意があったとの主張と解される。

(二)  そこで、右据置期間の起算日を変更する本件クラブ理事会の決議の有無もしくは原被告間の合意の有無について判断する。

確かに、本件会員証券には、本件保証金の返還方法として、「本件会員証券の発行日」より一〇年据置後退会の際は請求により返還する旨の記載があり(甲一及び二)、また、甲四の一、二、甲六によれば、被告が原告に対し、平成九年五月ころ、「預託金は預託を受けた日から一〇年間据置き後、申出によりこれを返還する約定になっております。」、「本年八月より預託金償還期の到来を迎える当クラブ」等と記載された「お願い」と題する書面を交付して、本件保証金返還の延期方を要請したことが認められる。

しかしながら、仮に本件入会契約後に会則規定の据置期間の起算日を変更するとの理事会決議があったとすれば、右会則の変更について会員である原告に通知等がされるのが通常と考えられるにもかかわらず、そのような通知等がされたとの事実は一切なく、また、本件会員証券の発行に際し、原告と被告との間で個別に本件保証金の据置期間の変更についてやり取りがされたことも一切ない(弁論の全趣旨)というのであって、しかも、乙三の一、二及び弁論の全趣旨によれば、本件会員証券の交付日と同時期に被告が原告に交付したパンフレットには、本件保証金の据置期間の起算日を本件クラブの「正式開場時」とする旨の本件クラブ会則六条が印刷されていたことが認められる。

右事実に照らせば、前記のような本件会員証券の記載及び「お願い」と題する書面の記載は、正式開場後に入会した会員を念頭に置いたものであって、正式開場より前に入会した原告に対する関係ではいずれも誤記と解するほかなく、したがって、本件会員証券に前記のような記載があること及び被告が原告に対し前記の「お願い」と題する文書を交付して本件保証金の返還の延期方を要請したことをもって、本件保証金の据置期間の起算日を変更する旨の本件クラブ理事会の決議もしくは原被告間における変更合意があったことを推認するには足りず、他に原告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

2  なお、原告は、「正式」開場の意味が曖昧であり、また、随意条件であって無効であると主張するけれども、正式開場日は、各会員に通知されるほか各種案内書にも記載され(乙四の一、二、弁論の全趣旨)、事後的には明確であって曖昧な解釈をする余地のないものというべきであるし、また、合理的な期間内にゴルフ場を開場することは入会契約上の被告の債務の一内容をなすものであって被告の意思のみに委ねられているというわけではないから、民法一三四条にいう随意条件には該当しない。

3  以上より、本件保証金の据置期間は、本件クラブの「正式開場」時である昭和六三年九月二〇日から一〇年後の平成一〇年九月二〇日までであって、右据置期間が経過していない以上、争点2(本件保証金の据置期間の延長決議の効力)について判断するまでもなく、原告の主張は理由がない。

二  したがって、原告の主張は理由がないから棄却する。

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