大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京地方裁判所 平成9年(ワ)19459号 判決 1998年7月31日

原告(反訴被告)

日商岩井株式会社

右代表者代表取締役

草道昌武

右訴訟代理人弁護士

篠崎芳明

小川秀次

金森浩児

小川幸三

小見山大

寺嶌毅一郎

被告(反訴原告)

破産者株式会社カントリー破産管財人

尾崎敏一

主文

一  本訴事件

1  原告の請求を棄却する。

二  反訴事件

1  反訴被告は、反訴原告に対し、金三四三七万四一七七円及びこれに対する平成九年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  反訴原告と反訴被告との間において、反訴原告が別紙供託金目録記載の供託金について還付請求権を有することを確認する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて、これを原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は、第二項1に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の申立て及び訴訟物

一  本訴事件における原告の申立て

原告と被告との間において、原告が別紙供託金目録記載の供託金について還付請求権を有することを確認する。

二  反訴事件における被告の申立て

主文第二項の1及び2と同旨

三  訴訟物

本件は、破産者が破産宣告前にした集合債権譲渡担保契約の効力が債権譲受人(譲渡担保者)である原告(反訴被告。以下「原告」という。)と破産管財人である被告(反訴原告。以下「被告」という。)との間で争われる事案である。債権譲渡に係る目的債権は、その一部は第三債務者(目的債権の債務者)により破産宣告前に債権譲受人である原告に弁済され、その一部は第三債務者により供託された。

本訴事件は原告が本件集合債権譲渡担保契約は有効であり否認の対象にならないと主張して供託金還付請求権が原告に属することの確認を求めるものである。

反訴事件は、被告が本件集合債権譲渡担保契約は無効であるか又は否認の対象となると主張して、不当利得返還請求権に基づき原告が受領した弁済金及びこれに対する反訴状送達の日の翌日(平成九年一一月二七日)以降の民事法定利率による遅延損害金の支払を求めるとともに、供託金還付請求権が被告に属することの確認を求めるものである。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  株式会社カントリー(以下「破産会社」という。)は、スポーツ用品の販売及び輸出入、スポーツウエアーの企画製造及び販売などを目的とする株式会社であったが、平成九年四月一六日に東京地方裁判所において破産宣告を受け、同日、被告が破産管財人に選任された。

2  原告と破産会社は、平成八年六月二八日、原告が破産会社に対して有する現在及び将来の債権を担保するため、第三債務者を特定した上、破産会社が支払停止状態になること等を条件として、破産会社が右第三債務者との取引により契約日現在有し、又は契約日後一年以内の将来において取得する売掛金その他一切の債権を譲渡する旨の条件付集合債権譲渡担保契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

3  破産会社の代表取締役であった森田勝二は、平成九年二月一六日に自殺した。

4  破産会社は、平成九年二月二四日、同社振出の約束手形を不渡にして支払停止状態となった。原告は、破産会社に対して約五億円の売掛金債権を有する債権者であり、同年三月三日に丸松株式会社と連名で破産会社につき破産宣告の申立てをし、破産会社はこれに基づき前記のとおり同年四月一六日に破産宣告を受けた。

5  平成九年二月二六日ころ(遅くとも同月中)、別紙譲受債権一覧表第三債務者欄記載の各第三債務者に、差出人を破産会社代表取締役森田勝二とし、破産会社が各第三債務者に対して有する売掛金等一切の債権を原告に譲渡する旨の債権譲渡通知が到達した。

6  別紙譲受債権一覧表番号1ないし11記載の第三債務者は、破産会社に対して同表の債権額欄記載の金額の買掛金債務(合計三四三七万四一七七円)を負っていたが、これを、譲渡通知の後であり破産宣告の前である同表の支払日欄記載の日に原告に対して弁済した。

7  別紙譲受債権一覧表番号12及び13記載の第三債務者は、破産会社に対して同表の債権額欄記載の金額の買掛金債務を負っていたが、これを支払うべき相手方が債権譲受人である原告か破産管財人である被告かを確知することができないとして、別紙供託金目録記載のとおり供託した。

二  争点

1  本件契約の有効性

(一) 被告の主張

本件契約においては、譲渡の目的となる債権の第三債務者名も債権の発生原因も特定されておらず、その結果目的債権を特定することができないから、本件契約は無効であり、目的債権についての債権譲渡の効力が生じない。

(二) 原告の主張

譲渡の目的となる債権は、第三債務者については契約書別添の譲渡債権報告書記載の五〇社と特定され、債権発生原因については契約日現在又は同日以降一年以内の将来において取得する売掛金その他の一切の取引上の債権と特定され、以上により目的債権の範囲は十分特定されているから、本件契約を目的債権不特定を理由に無効と解することはできない。

2  本件債権譲渡通知の有効性

(一) 被告の主張

本件各債権譲渡通知の差出人はすべて「株式会社カントリー代表取締役森田勝二」の名義であるが、右通知書が発送されたのは平成九年二月二五日以降であり、その当時破産会社代表取締役であった森田勝二は既に死亡(平成九年二月一六日自殺)していたから、右各通知書は死亡した者を名義人とするものとして無効である。

(二) 原告の主張

本件各債権譲渡通知書は、本件契約締結時に当時の破産会社代表取締役森田勝二の意思に基づいて宛先・債権内容等を白地にして(白地補充権を原告に付与して)原告に交付されたものであり、右各通知書はこの時点で有効に成立し、かつ原告を介して第三債務者に向けて発送されたとみるべきである。

また、被告が破産管財人に選任された平成九年四月一六日までの間に別紙譲受債権一覧表番号1ないし11の債権は第三債務者から原告に弁済されて消滅しているから、右債権については、原告と被告は対抗関係に立たず、右1ないし11の債権については対抗要件について論ずるまでもなく原告が被告に優先する。

さらに、同表番号1ないし11の債権の第三債務者は債権譲渡の事実を認識して原告に弁済をしたものであるから、原告は、右各債権については、承諾によっても対抗要件を具備したものである。

3  本件契約を破産法七二条により否認することができるか。

(一) 被告の主張

本件契約の締結は、破産会社が破産債権者を害することを知って行った行為であるから、被告は本件契約を破産法七二条一号により否認する。

(二) 原告の主張

原告が破産会社と本件契約を締結したのは支払停止日より七か月以上前の平成八年六月二八日のことであって、当時原告及び破産会社は本件契約が破産債権者を害することを知らなかったから、これを破産法七二条により否認することはできない。

4  本件債権譲渡通知(対抗要件具備行為)を破産法七四条により否認することができるか。

(一) 被告の主張

本件各債権譲渡通知は、いずれも破産会社が同社振出しの約束手形を不渡にした平成九年二月二四日以降に、右事実を認識した原告によって破産会社名義でされたものであり、かつ、本件契約の締結時である平成八年六月二八日から一五日が経過した後にされたものであるから、被告は本件各債権譲渡通知行為を破産法七四条一項により否認する。

(二) 原告の主張

破産法七四条一項所定の一五日の期間は当事者間における権利移転の効果を生じた日から起算すべきものであって、権利移転の原因行為(契約締結)の日から起算すべきものではない。本件契約の目的債権につき譲渡の効力が生じたのは、破産会社が不渡手形を出した平成九年二月二四日であり、本件各債権譲渡通知がされた時期は、同日から一五日以内である同月二六日までのことであるから、これを破産法七四条一項により否認することはできない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件契約の有効性)について

1  本件契約における目的債権の定義によってある債権が本件契約の目的債権に含まれるかどうかを識別することができない場合には、右の債権については本件契約の効力が及ばず、その債権譲渡の効力が生じないことになる。なお、右の判断に当たっては、本件契約がいわゆる集合債権譲渡担保契約であり、その目的債権は新たに発生したり弁済により消滅したりすることにより増減を繰り返し、また、契約時に未発生の将来の債権も目的債権となり得るという特性を有することを考慮に入れて、慎重に判断しなければならないことは、もちろんである。

そうすると、本件契約全体の有効無効を判断する必要はなく、本件で問題となる別紙譲受債権一覧表記載の債権が、本件契約における目的債権の定義によって、目的債権に含まれるものとして識別することができるかどうかを判断すれば足りると解される。

2  証拠(甲第一号証の一ないし三)によれば、本件契約の内容は次のとおりである。

(一) 破産会社は、原告に対して現在負担し将来負担する一切の債務の支払を担保するため、破産会社が、別途定める第三債務者に対して、右第三債務者との取引により本日(契約締結日である平成八年六月二八日)現在有しかつ本日から一年以内に取得する売掛金その他一切の取引上の債権を、以下の約定により、条件付きで、原告に譲渡する。

破産会社は、本日より六箇月ごとの各応答日に、当該応答日の六箇月後の日の翌日から六箇月以内に右第三債務者との取引により取得する売掛金その他の一切の債権を、同様に条件付きで、原告に譲渡する。

(二) 債権譲渡の効果は、破産会社が以下の各号の一に該当することを条件として、当然に生じる。

(1) この契約又は原告と破産会社間の他の契約の全部または一部の履行をしないとき。

(2) 差押、仮差押、競売、租税滞納処分、その他公権力の処分を受け、又は破産、和議、会社更生、会社整理等の申立があったとき。

(3) 監督官庁により営業停止又は営業免許若しくは営業登録の取消の処分を受けたとき。

(4) 手形又は小切手を不渡としたとき、その他支払停止状態に至ったとき。

(5) その他信用状態が悪化し、又は悪化のおそれがあると債権者が認めたとき。

(三) 破産会社は、原告所定の内容証明郵便による第三債務者宛債権譲渡通知書を、通知年月日、譲渡債権額、債権内容、宛先等無記入のまま破産会社代表者名義の記名捺印の上、原告の希望する枚数を原告に預託する。

(四) 破産会社が(二)の各号の一にでも該当する場合には、原告は、(一)記載の譲渡の目的となる債権につき(三)記載の債権譲渡通知書の白地欄を適宜補充して、破産会社に代わって第三債務者宛に通知し、第三債務者から当該譲渡債権を取り立てることができる。

(五) (一)記載の第三債務者は、契約書添付の「譲渡債権報告書」記載の者とする。なお、右「譲渡債権報告書」記載の第三債務者は、契約締結当時は一九社であり、平成九年二月五日の時点では別紙譲受債権一覧表記載の各社を含む五〇社であった。

3  右認定事実によれば、本件契約における目的債権の定義は、第三債務者を別紙譲受債権一覧表記載の各社を含む五〇社とし、その発生原因を契約日現在及び契約日から一年以内(六箇月経過するごとにその経過日からさらに一年以内)に発生する売掛金債権その他の一切の取引上の債権とするものであるところ、別紙譲受債権一覧表記載の債権はすべて右の定義に当てはまるということができるから、右債権については本件契約の効力が及ぶものというべきである。

そうすると、契約当事者である原告と破産会社との間においては、破産会社の支払停止の日である平成九年二月二四日に停止条件が成就して、右債権が破産会社から原告に移転するという効力が生じたことになる。

二  争点2(本件債権譲渡通知の有効性)について

1  証拠(甲号各証)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

破産会社は、平成八年六月二八日、原告に対し、本件契約に基づき、破産会社代表取締役森田勝二名義の記名押印のある債権譲渡通知書を交付した。破産会社が平成九年二月二四日に不渡手形を出したので、原告は、翌二五日に、右債権譲渡通知書の白地部分を補充して破産会社が第三債務者に対して有する売掛債権その他一切の債権を譲渡するという内容の債権譲渡通知書を作成して同日ころ確定日付のある内容証明郵便で各第三債務者に対して発送し、右通知書は平成九年二月二六日ころ各第三債務者に到達した。

2  本件各債権譲渡通知書は、本件契約の当時破産会社の代表取締役であった森田勝二の意思に基づいて、将来破産会社の支払停止等の事態が生じたときには原告において宛先・債権内容等を補充して発送することを許諾して原告に交付され、破産会社の支払停止の際に右の許諾の趣旨に沿う補充がされた上で原告により各第三債務者に向けて発送されたものであるから、原告による発送時に既に森田勝二が死亡により破産会社の代表取締役の地位になかったことを考慮しても、破産会社の意思に基づく譲渡通知として有効であると解される。

実質的にみても、このように解さないと、破産会社は、目的債権を原告に譲渡担保に供しながら、代表取締役を代えることによって容易に譲渡通知を失効させて原告のための対抗要件の具備を妨げることができるが、この結果が不当なものであることは明らかである。

なお、原告主張の第三債務者の弁済による債権譲渡の承諾については、本件のように譲渡通知が第三債務者に到達した後にされた債権譲受人への弁済を民法四六七条所定の承諾とみるのは困難である上、右弁済が確定日付ある証書をもってされた承諾に当たらないこともその主張自体から明らかであるから、右承諾の主張は採用できない。

三  争点3(破産法七二条による否認の可否)について

1  債権者は、債務者が破産宣告を受けた場合においても、債務者の有する債権(目的債権)を債権者の有する債権(被担保債権)の弁済のために他の競合する債権者に優先して排他的に取得することを目的として、あらかじめ法的措置を講ずることができる。

まず、債務者が債務超過又は支払停止に陥った後において、既発生の目的債権についての債権譲渡契約を締結した上で第三者(競合債権者)に対する対抗要件を具備することにより、目的債権を優先的、排他的に取得することができる。しかしながら、右債権譲渡契約は故意否認(破産法七二条一号)又は危機否認(破産法七二条二号)の要件を満たす可能性が高く、この場合においては破産管財人に否認権を行使されると目的債権を優先的、排他的に取得することができない。

2  右のような否認権の行使という事態を避けるには、債務者が支払停止等の危機状態に至っていない時期に、いわゆる集合債権譲渡担保契約(将来発生する債権を含む一定の要件により特定された債権についての包括的な譲渡担保契約)を締結するという方法がある。

このような集合債権譲渡担保契約においては、目的債権が債権者(債権譲受人)に移転する時期は、契約締結時に既発生の債権については契約締結時であるが、契約締結時に未発生の将来債権については将来の債権発生時であり、債務者(債権譲渡人)のもとで発生するや直ちに債権者(債権譲受人)に移転するものと解される。

そして、このような集合債権譲渡担保については、契約締結の際に、将来発生する債権を含めて目的債権を包括的に特定記載した上で第三債務者に対して確定日付ある証書による債権譲渡通知を行うことにより、将来債権を含む目的債権全体について第三者(競合債権者)に対する対抗要件を具備することができ(将来債権については債権発生時に改めて譲渡通知をするまでもなく対抗要件が具備される。)、競合債権者との関係においても右包括的対抗要件具備行為の時期が優劣の判断の基準となる。

集合債権譲渡担保契約であって、右のように契約の締結及び競合債権者に対する対抗要件の具備が債務者の信用不安が現実化する前にされたものについては、破産管財人は否認権を行使する余地はなく、債権者(債権譲受人)は目的債権を優先的、排他的に取得することができる。

3  ところで、現在の我が国においては、債権譲渡は、債務者(債権譲渡人)の支払停止の兆候であると認識されることが多く、債務者の信用不安が現実化する前の平常時に設定する債権担保の手段(譲渡担保)としては十分に認知されておらず、予期せず債権譲渡通知を受けた第三債務者(目的債権の債務者)が債務者(債権譲渡人・目的債権の債権者)の支払停止の兆候と受け取ることにより右通知が債務者の支払停止の引き金となることがままあり、支払停止の引き金を引くことも社会的悪評の種となることが珍しくないため、債権者(債権譲受人)は一般に自らが倒産の引き金を引いたとの世評を受けることを避ける傾向にあり、その結果、債権譲渡通知は債権者(債権譲受人)が債務者(債権譲渡人)の支払停止を確認した直後にされるのが通常であることは公知の事実である。

しかしながら、右のように債権者(債権譲受人)が債務者(債権譲渡人)の支払停止を確認した後に債権譲渡通知がされた場合には、右通知は原則として破産法七四条所定の対抗要件の否認の対象となる。

右通知が破産法七四条により否認された場合には、右譲渡通知が当初からされなかったのと同様の状態にあるものとみなされる。

この場合において、破産宣告時に第三債務者が未だ弁済をしていないときには、破産管財人が弁済を受けるべき地位に立つ。

また、右譲渡通知が否認された場合において、右通知を受けた第三債務者が破産宣告前に債権者(債権譲受人)に弁済したときであっても、破産管財人は、右債権者に対して弁済受領額について不当利得返還請求をすることができる。第三債務者が債権譲渡通知を受けていないのに債権者(債権譲受人)に弁済をすることは、特段の事情のない限りあり得ないことであって、第三債務者が債権者(債権譲受人)に弁済をするのは譲渡通知を受けたからであり、右譲渡通知が存在しない場合には、債権者(債権譲受人)ではなく債務者(債権譲渡人である破産者)ないし破産管財人に弁済されるのが通常である。したがって、この場合には、債権譲渡を破産管財人に対抗し得る法律上の原因(譲渡通知)を否認権の行使により有しないこととされた債権者(債権譲受人)が、破産財団の損失において弁済金相当額の利得を得たものということができるからである。なお、破産管財人が選任される前(破産宣告前)に目的債権が弁済されて消滅した場合には、破産管財人は第三債務者に支払を請求すべき地位については債権者(債権譲受人)とは対抗関係に立たなくなるが、この場合であっても、破産管財人はその後に譲渡通知を否認することにより債権者(債権譲受人)が弁済金相当額の利得を正当に保持し続ける法律上の原因を有しないと主張することが妨げられるものではない。また、このように解することが、否認されるべき譲渡通知をした破産者ないしこれに関与した債権者(債権譲受人)と右債権譲受人以外の一般の破産債権者との間の衡平にもかなうものというべきである(第三債務者のした債権譲受人に対する弁済が民法四七八条所定の要件を満たすものである限りは、第三債務者が破産管財人に対して二重払の危険を負わないことはもちろんである。)。

4  以上検討してきたところと前記一における認定事実を総合すれば、格別の特約のない限り、契約時に既発生の目的債権の譲渡の効力は契約と同時に生じ、契約時に未発生の目的債権の譲渡の効力は債権発生時に生じることとなるのに、本件契約の当事者である原告と破産会社が殊更に目的債権の譲渡の効力は手形不渡等債務者が支払停止に至った時に発生する旨の特約を結んだのは、支払停止後に対抗要件を具備した場合であっても右対抗要件具備の日が譲渡の効力が生じた日から一五日以内であれば破産法七四条による対抗要件否認を免れることができること(最高裁昭和四七年(オ)第五七七号同四八年四月六日第二小法廷判決民集二七巻三号四八三頁参照)に着目して、専ら債務者(債権譲渡人)の支払停止後における債権回収を目的とし、支払停止前に第三者対抗要件を具備することなく、一般の破産債権者に優先して排他的に目的債権を取得するところにそのねらいがあることは明らかである。

そうであるとすれば、本件契約は、支払停止前に締結された契約ではあるものの、債務者の支払停止と同時に目的債権の譲渡という権利変動を生じさせた上で目的債権を優先的、排他的に取得することのみを目的とした契約であって、その実質において、破産法七二条二号所定の危機否認の対象となるべき支払停止を知って締結された債権譲渡契約と何ら変わるところがない。また、原告も破産会社も、本件契約締結の時点において、本件契約が効力を生じたときにはこれが債務者の他の一般債権者を害すべき結果となることが必至であることを知っているものであって、破産法七二条一号所定の故意否認の対象となるべき破産債権者を害することを知って締結された債権譲渡契約と何ら変わるところがない。さらに、本件契約は、支払停止前に債権譲渡の事実を通知等の手段によって一般に公示することを全く予定していないものであって、支払停止前に登記又は仮登記等の公示手段を講じた不動産担保(抵当権や仮登記担保権)とは全く異質のものである。本件契約による譲渡担保権は、抵当権に例えれば、支払停止前には抵当権設定の登記も仮登記もせずに、支払停止直後に設定登記することを予定していた抵当権のようなものである。

このように、本件契約は、一般の破産債権者間の平等を害して債権譲受人のみが優先的、排他的に債権の回収を図り、破産法所定の否認の制度を潜脱することを目的とする脱法的な契約であるというほかない。そうすると、本件契約が単に否認の要件を形式的には満たしていないとの一事をもって否認の対象とならないとすることは、破産法所定の否認制度の趣旨を没却するものというべきであり、信義則に照らし、本件契約は破産法七二条一号又は二号の準用により否認することができると解すべきである。したがって、被告の本件契約に対する否認権の行使は有効であり、本件契約は破産財団のために否認されたものというべきである。

5  なお、担保とは本来債務者の債務不履行や支払停止に備えて優先弁済権を確保するものであるから、債務者の支払停止時に優先弁済権を行使することをその実質的な目的の一つとしているということのみから担保権設定契約が否認の対象となるものではない。しかしながら、支払停止時における優先弁済権の確保のみを目的とし、しかも支払停止時までに登記、仮登記又は通知等の手段による公示を欠くものについてのみ、否認の対象とすることは右と矛盾するものではない。そして、本件契約も、契約書の文言上は債務者(債権譲渡人)の支払停止以外の場合にも停止条件が成就して債権譲渡の効力が発生することがあり得るかのようであるが、右に説示してきたところ及び弁論の全趣旨によれば、債務者(債権譲渡人)が支払停止に陥らないときには停止条件を成就させず(例えば、右債務者が資金繰りの都合により債務の履行をわずかな期間だけ遅滞したとしても債権譲渡の効力を生じさせない)、支払停止ないしこれに準ずる場合においてのみ停止条件を成就させるというのが契約当事者の意思であることは明らかである。

6  よって、被告は、別紙譲受債権一覧表番号12及び13記載の債権については弁済を受けるべき地位にあるから、別紙供託金目録記載の供託金について還付請求権を有するものというべきである。

また、原告は、同表番号1ないし11記載の債権については破産宣告前に第三債務者から弁済を受けているが、本件契約が否認された結果、破産財団との関係においては遡って本件契約に基づく各債権譲渡はなかったことになり、当然に右各債権は破産財団に復帰するのであるから、被告は、不当利得返還請求権に基づき、原告に対し、同人が弁済として受領した金員相当額の返還を求めることができると解される。

四  以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、本訴事件についての原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、反訴事件の被告の請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野山宏 裁判官坂本宗一 裁判官和波宏典)

別紙供託金目録<省略>

別紙譲受債権一覧表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例