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東京地方裁判所 平成9年(ワ)20022号 判決 1998年5月20日

原告

魚住祥平

右訴訟代理人弁護士

小柳晃

被告

株式会社トアック

右代表者代表取締役

磯部昌正

右訴訟代理人弁護士

河合弘之

清水三七雄

主文

一  被告は、原告に対し、一五一万八〇〇〇円及びこれに対する平成五年一一月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は、ゴルフ場の建設及びその運営、ゴルフ会員権の売買及びその仲介等を目的とする会社である。

2  原告は、平成五年一一月四日に、被告との間で、次の内容の契約(以下「本件会員契約」という。)を締結した。

(一) 被告は、福島県耶麻郡猪苗代町大字若宮字中原向所在の土地(約九七ヘクタール)に「ブラウフォーゲルゴルフ倶楽部」と称する一八ホールのゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を開設し、原告に会員として利用させる。

(二) 被告は、平成六年六月までに本件ゴルフ場を開設する(もっとも、被告と原告との間で、開場予定時期が平成七年春以降であることの黙示の合意があった。)。ただし、右開設時期は「工事進行上の都合、その他やむを得ざる理由」により遅延することもある。

(三) 原告は、被告に対し、次に掲げる金額を支払い、会員資格保証金は預託する。

入会金 六〇万円

消費税 一万八〇〇〇円

会員資格保証金

九〇万円(本件会員契約時)

一五〇万円(会員契約締結一〇年後)

合計三〇一万八〇〇〇円

3  原告は、被告に対し、前記本件会員契約の締結日に、前項(三)にあげた金額中「会員契約締結一〇年後に預託すべき会員資格保証金(残額)一五〇万円」を除いたその余の額を支払い、預託すべき入会資格保証金は被告に預託した。

4  前記2項(二)のただし書きは、本件ゴルフ場の開設が平成六年六月より遅れることがあっても、社会通念上相当として是認される程度の遅延は、原告においてこれを許容し、その期間内は被告に対して履行遅滞の責めを問わない旨を合意したものであった。

5  本件ゴルフ場は、平成一〇年四月二二日においても開設されていない。

6  原告は、遅くとも平成九年四月二一日に到達した書面により、本件会員契約を解除する旨の意思表示をした。

二  争点

1  原告の主張

(一) 前記4項にいう相当期間は、本件ゴルフ場の約定の開設予定時期から約二年後である平成八年六月三〇日の経過により終了した。

(二) 仮にそうでないとしても、平成七年春から二年が経過した平成九年春には、右相当期間は終了した。

(三) 仮にそうでないとしても、本件口頭弁論終結時には右相当期間が終了していることは明らかであるから、本件会員契約の解除は有効である。

2  被告の主張

(一) 本件ゴルフ場の建設工事は、現在鋭意続行中であり、遅くとも平成一〇年秋にはすべての施設が完成し正式開場する見込みである。

(二) 被告の所属する緑営グループでは、本件ゴルフ場が完成するまでの間、グループに属する一七か所の関連ゴルフ場すべてを代替措置として提供することを決定した。

したがって、本件ゴルフ場の会員は、平成九年秋以降福島カントリークラブを始めとする任意のゴルフ場において会員と同条件でゴルフプレーを行うことができる状態となっている。

(三) 最近のゴルフ場開場遅延事件についての裁判例は、従来より弾力的かつ長期間の許容期間を認めるようになっている。

(四) 本件ゴルフ場の開場遅延は、未曾有の経済不況であるいわゆるバブル経済の崩壊による予定会員の獲得不能による資金難の発生が主たる原因であり、この点については被告に予見不可能であり、固有の帰責事由はない。

(五) よって、被告に債務不履行はなく、本件会員契約の解除は効力を生じていない。

第三  争点に対する判断

一  認定事実

前記争いのない事実及び乙第九号証、一七号証、二一号証並びに弁論の全趣旨から、次の事実が認められる。

1  本件ゴルフ場建設計画は、昭和六二年ころ、被告の親会社であったトーア工業株式会社内において立案され、昭和六三年に被告が設立されて以降本格的にその準備が開始された。

2  平成二年一〇月ころまでにゴルフ場用地の一部を占める民有地の取得がすべて完了し、同じころ残りのゴルフ場用地の地権者である猪苗代町の各財産区の開発同意書を取り、開発許可を取得した。

平成三年四月には右各財産区と正式に借地契約を締結し、直ちにゴルフ場建設工事に着手し、約一年半をかけてアウトコース(一番ホールから九番ホール)とインコース(一〇番ホールから一八番ホール)のすべてにつき森林伐採工事、荒造成工事、造形工事を順次行った。これにより、ゴルフコースとしての形状がほぼ整った。

引き続き、平成四年一〇月からアウトコースの播種工事を行い、一年後の平成五年一〇月ころまでにカート道路等の一部の施設を除きアウトコースのすべてがほぼ完成した。

3  そして、平成三年秋ころ以降、バブル経済の崩壊によるゴルフ会員権市場の暴落により、本件ゴルフ会員権がほとんど売れなくなり、被告は資金難に陥った。

このため、インコースの造形工事以降の工事(最終造成工事)の進行は、アウトコースのそれに比して遅れ、平成七年一〇月に一〇から一五ホールのティグラウンドとグリーンの播種工事が完了してからは、平成九年夏ころまで専らメンテナンス工事のみを継続していた。

4  平成九年八月ころ、被告会社代表取締役吉崎満雄名義で、「就任のごあいさつ」という書面において、本件ゴルフ場会員に対し、ゴルフ場がオープンするまでの代替措置を提供すること、本件ゴルフ場の名称を「猪苗代ゴルフクラブ」と変更すること、本件ゴルフ場のオープンが平成一〇年九月から一〇月の末になること等を伝えた。

5  ところで、従前被告の親会社はトーア工業株式会社であったが、先般東日本を中心に一七か所のゴルフ場を経営する緑営グループの一員である東京リゾート株式会社が被告の全株式を引き継ぎ、緑営グループが本件ゴルフ場の開発・完成に当たることになった。

二  被告のゴルフ場開場遅延の債務不履行性と解除の有効性

1  ゴルフクラブの会員になろうとするものは、当該ゴルフ場の優先的利用権を目的として契約を締結するものであるから、当該ゴルフ場の開場時期が何時であるかは、当該契約の重要な要素であり、他方、ゴルフ場の建設には、行政庁との協議、対応若しくは広大な土地の取得等に多くの時間を要したり、巨額な資金の調達を要する等多くの時間が必要であることは、公知の事実であるから、ゴルフ場の開場の遅延を債務不履行として入会契約を解除するためには、それが社会通念上相当として是認される程度を超えるような著しい遅延であることが必要である。

そして、ゴルフ場の開場の遅延が、社会通念上相当といえるかどうかは、ゴルフ場の開場が遅れた原因が、右の用地の買収、行政庁の許認可及びゴルフ場の建設工事等のいずれに該当するか、右原因がゴルフ場を開く企業にとり予測できたか否か、ゴルフ場を開く企業が開場の遅延について会員に納得のいく説明を尽くしていたか否かといった観点から総合的に判断しなければならない。

2  ところで、ゴルフ場の建設に当たり、ゴルフ場を開く企業にとっては、用地買収及び行政庁の許認可は、ゴルフ場の建設工事に比べ企業の努力だけでは解決できないために予測が困難であることは否定できない。他方、ゴルフ場の建設工事は、大規模で困難な作業ではあるが、工事に要する費用及び期間は今日の技術をもってすれば、ある程度予測することができるといえる。

本件では、当初ゴルフ場の開場が平成六年六月とされていたが、原告が契約を締結した平成五年一二月ころ、既に約定の期日にゴルフ場を開場することは事実上不可能な状態であって、黙示的に平成七年春に開場する合意が成立していたというのである。

とすると、本件ゴルフ場の開場は、平成七年春の予定から、本口頭弁論終結の日である平成一〇年四月までに実に三年もの間遅延していることになる。

そして、被告は、前記のとおり、平成二年一〇月ころまでにゴルフ場用地の一部を占める民有地の取得がすべて完了し、同じころ残りのゴルフ場用地の地権者である猪苗代町の各財産区の開発同意書を取り、開発許可を取得したのであるから、被告は、本件ゴルフ場建設のための遅延原因となる点は、そのころまでに一応処理し終えていたといえる。

したがって、本件ゴルフ場開場の遅延の理由は、主として被告の資金難による建設工事の遅延にあるというほかはない。

3  この点につき被告は、本件ゴルフ場の開場遅延の原因が、バブル経済の崩壊による未曾有の経済不況による資金繰りの悪化によるものであって、被告固有の帰責事由があるとはいえない、と主張する。

しかしながら、本件会員契約が締結された平成五年一一月ころは、既にバブル経済の崩壊が公然と言われ始めていたことは公知の事実であって、ゴルフ会員権業界において、ゴルフ会員権の相場が底を打って今後相場が上昇するという見込みがなされていたとしても、実際その時期までに会員権相場がバブル期に比べ大幅に下がった経験をふまえ、容易に「相場の上昇」という見込みを信じるのではなく、慎重な資金対策を講ずるべきであったというほかはない。

すなわち、被告が本件ゴルフ場の建設工事を本格化したのは、昭和六三年ころのバブル経済が始まり出した時期であるが、被告としては、ゴルフ場事業が、巨額の投資を必要とするものであることを知悉してゴルフ場開発を行ったものである以上、その後の経済事情の変動に備えて資金の手当をするべきであったというほかはなく、バブル経済の最中に誰しもがゴルフ会員権相場の下落を予想しなかった時期であればともかく、バブル経済の崩壊を経験しつつある時期に締結された本件会員契約に関する限り、経済事情の変動を自己に有利な事情として援用し、その危険を個々の会員に負担させるべきではないと考えられる。

4 以上のような諸事情を総合的に考慮すると、原告と被告の黙示の合意のあった開場予定時期(平成七年春)から原告が解除の意思表示をした時点(平成九年四月)では約二年の経過であり、その時点では必ずしも社会通念上相当として是認される限度を超えたとはいえないが、本口頭弁論終結時まで既に三年を経過しているのであるから、今日では社会通念上相当として是認される限度を超えた著しい遅延状態にあるといわざるを得ない。

確かに、被告は、前記「就任のごあいさつ」において遅延の経過について説明し、またゴルフ会員権の主たる目的であるゴルフプレーに関しては、被告の親会社の属する緑営グループの一七か所に及ぶゴルフ場を代替ゴルフ場として提供するなどその誠意は見られるが、右遅延の理由の説明としては十分なものとはいえず、また右代替措置が取られたのは平成九年秋ころであり、本件ゴルフ場の開場について原告と被告の前記黙示の合意時期から既に二年半経過しているのであって、これらの点が右の判断を覆すほどの事情となるとまではいえないというほかはない。

5  原告が本件会員契約の解除の意思表示をしたのは平成九年四月二一日であるが、原告はその後本訴を提起し今日まで訴訟を追行しているのであるから、口頭弁論終結時の平成一〇年四月二二日現在も原告が本件会員契約を解除する意思表示を維持していると認めることができ、本件会員契約は有効に解除されたということができる。

三  結論

以上によれば、原告の本件請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官梶村太市)

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