東京地方裁判所 平成9年(ワ)20691号 判決 2000年3月28日
原告 国
代理人 栗原壯太 田中芳樹 日景聡 石川利夫 竹野清一 根原稔 ほか一五名
被告 東京大学駒場寄宿寮自治会 ほか四五名
主文
一 被告らは原告に対し、別紙物件目録記載一及び同目録記載二の各建物を明け渡せ。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、原告が被告らに対し、原告が所有する別紙物件目録記載一及び同目録記載二の各建物(以下併せて「本件建物」という)を被告らが占有しているとして、所有権に基づいて明渡しを求めた事案である。
被告らは、本案前の問題点として本件訴訟は大学の自治内の解決にゆだねられるべき紛争であって法律上の争訟に当たらず、裁判所の司法審査の対象とならないから本件訴えは却下されるべきであると主張するとともに、本案の問題点として被告らの中には本件建物を占有していない者がいる、被告らは本件建物につき占有権原を有している、原告の本訴請求は権利の濫用に当たり許されないなどと主張して、原告の右請求を争っている。
一 前提事実
<証拠略>によれば、本件の前提となる事実として、以下のとおり認められる。
1 当事者
(一) 原告
原告は、東京大学を設置し、管理するものであり、本件建物を所有している。
(二) 被告ら
被告らのうち、被告駒場寄宿寮自治会(以下「被告駒場寮自治会」という)、被告全日本学生寮自治会連合及び被告東京都学生寮自治会連合はいずれも権利能力なき社団である。
すなわち、被告駒場寮自治会は、関連規約に基づき、後記東京大学教養学部駒場寄宿寮(以下「駒場寮」という)の寮生によって構成される権利能力なき社団であり、その執行機関として駒場寮委員会を設けている。また、被告全日本学生自治会連合は、全日本学生寮自治会連合規約に基づき、学生寮自治会によって構成される権利能力なき社団である。さらに、被告東京都学生寮自治会連合は、東京都学生寮自治会連合規約に基づき、東京都及びその近郊の学生寮自治会によって構成される権利能力なき社団である。
その余の被告らは、いずれも駒場寮寮生として本件建物の明渡しを求められている個人である。
2 廃寮までの本件建物の管理について
(一) 本件建物は、東京大学教養学部(以下「教養学部」という)の駒場キャンパス内に所在する。本件建物は、後記廃寮決定により定められた廃寮の日である平成八年三月三一日が経過する以前には、所管庁を文部省とする国有財産(行政財産。行政財産のうち、国有財産法三条二項一号の公用財産に該当)であった。
東京大学学長(以下「学長」という)は、国有財産法九条一項及び文部省所管国有財産取扱規程四条、五条に基づき本件建物を管理してきた。そして、学長は、右管理権を行使するに当たり、右規程六条及び東京大学所属国有財産取扱規程四条に基づき、教養学部長を補助執行者に指定していた。
また、東京大学には学長の諮問機関として東京大学評議会が設置されている。学長は本件建物を学寮(駒場寮)として使用しており、駒場寮は本件建物(中寮及び北寮)のほか、明寮及びこれらを結ぶ渡り廊下で構成されていた。なお、駒場寮は昭和九年ころに旧制第一高等学校の学寮として建築されたものであり、戦後の学校制度の改革等に伴い、右のような管理が行われるようになったものである。
(二) 東京大学における大学の自治の経緯
東京大学においては、いわゆる東大紛争に際し、昭和四四年一月一〇日の七学部集会において、東京大学当局と東京大学の七学部の代表である東京大学の学生の代表団との間で確認書が締結され、そこに「大学当局は、大学の自治が教授会の自治であるという従来の考え方が現時点において誤りであることを認め、学生・院生・職員もそれぞれ固有の権利をもって大学の自治を形成していることを確認する」と記載された。そして、同年二月九日に東京大学評議会が右確認書に対する態度を決定したが、その決定書には「われわれは、大学の自治は教授会の自治であるという従来の考え方が、もはや不適当であり、学生・院生、職員もそれぞれの役割において大学の自治を形成するものと考える」と記載された。
(三) 駒場寮における寄宿寮の管理、運営上の慣行
駒場寮においては、駒場寮委員会が駒場寄宿料規約を定め、寮の運営や懲罰について定めていた。駒場寮に入寮を希望する学生については、駒場寮委員会が入寮選考を行って入寮者を選考し、駒場寮委員会により選考された者が実際の入寮手続を完了して居住を開始した段階で、駒場寮委員会が入寮者と退寮者の一覧を記載した異動届ないし「駒場寮生異動について(報告)」と題する書面を教養学部に提出し、右入寮及び退寮について教養学部が許可していた。このように、寮生が入寮選考を行うという慣行については、昭和四四年に東京大学の学寮の自治会の連合体である東大寮連と東京大学の学寮委員会との間で明文で合意された入寮した学生の部屋割りや退寮処分についても被告駒場寮自治会において処理されており、右の被告駒場寮自治会が行う入寮者選考、部屋割り及び退寮処置等について東京大学や教養学部が干渉することはなかった。
また、駒場寮における経費の負担区分について、昭和五四年、当時の向坊隆学長が会計検査院に対し、被告駒場寮自治会と事前に話し合うことなく、できるだけ早期に水光熱費について寮生が負担すべきとした通達に則した負担区分の実施となるように努力するとの回答をした。そして、昭和五八年に、教養学部第八委員会(当時の学寮担当)が、駒場寮委員会及び駒場寮の寮生に対し、水光熱費の右負担区分を実施すべく提案し、第八委員会と被告駒場寮自治会が協議した結果、被告駒場寮自治会と第八委員会との間で、昭和五九年五月二四日付けで第八委員会は従来からの大学自治の原則を今後も基本方針として堅持し、駒場寮における寮自治の慣行を尊重すること、寮生活に重大なかかわりを持つ問題について大学の公的な意思表明があるとき、第八委員会は寮生の意見を充分に把握・検討して事前に大学の諸機関に反映させるよう努力することなどが確認された。そして、右に際して、東京大学の概算要求事項案が寮生に示されたことがあった。
そして、その後も、水光熱費の支払方式の変更、駒場寮の浴室の移転、駒場寮で働くパート職員の人事等については、第八委員会と被告駒場寮自治会との間の協議を経て決定されていた。
なお、駒場寮に入寮した学生は、駒場寮管理の補助執行者である教養学部長に対し、一人月額四〇〇円の寄宿料と光熱費の実費を支払っていた。
3 駒場寮廃寮に至る経緯
(一) 教養学部は、学寮として駒場寮のほか三鷹学寮を管理していた。しかし、駒場寮及び三鷹学寮はいずれも老朽化し、利用者数も定員(駒場寮は七五〇人、三鷹学寮は三〇〇人)の半数にも満たないという状況を呈していたこと、他方で留学生や女子学生に対する宿舎施設が不足していたこと、三鷹学寮のある敷地が有効に利用されていない状態にあり、これを会計検査院から指摘されていたことなどから、教養学部は平成三年三月に三鷹国際学生宿舎建設のための概算要求を頭出ししていた。同年八月に右宿舎の予算化の可能性が急浮上したことから、教養学部は同年一〇月九日の教授会において右の駒場寮及び三鷹学寮を廃寮とし、駒場寮と三鷹学寮の面積を基準とし、これに留学生分を上乗せする形で右両学寮の寄宿舎機能を統合する施設として新たに三鷹に三鷹国際学生宿舎(収容能力は一〇〇〇名であり、うち三〇〇名分は留学生用とする)を建設するとともに、駒場寮の跡地を含む駒場キャンパス東部地区を再開発する方針を承認し、永野三郎教授を委員長とする三鷹国際学生宿舎特別委員会が設置された。そして、右の方針は同月一五日の東京大学評議会においても承認された。右決定に際し、教養学部は、事前には寮生を含む東京大学の学生の意見を聴取することをしなかったが、教養学部学生自治会委員長及び駒場寮委員会委員長に対して同月一四日に右計画の概要を説明し、更に同月一六日に教養学部学生自治会委員長、駒場寮委員会委員長及び三鷹寮自治会正副委員長に対して基本方針を説明し、翌一七日に新宿舎建設と駒場寮廃寮に関する教養学部の基本方針を表明する文書を配布し、同月二四日に公開説明会を開催して右計画の内容を学生に対して開示した。
右の教養学部の方針に対し、平成三年一一月一二日に学生自治会代議員大会、学友会総会及び駒場寮総代会が開催され、学生の意思として、三鷹に新寮を建設する計画を進めるとしても、その抱き合わせとして駒場寮を廃寮とすることには反対するとの決議がされた。これに対し、教養学部は、同月中旬及び下旬の二回にわたり、これらの学生自治団体との間で話合いをもち、三鷹国際学生宿舎の建設は駒場寮の廃寮と連鎖したものであり、新宿舎と駒場寮の併存はあり得ないこと、予算の執行以前であれば計画の中止もあり得ることなどを説明した。このように教養学部側と学生側の意見は平行線を辿ったため、教養学部は同年一二月に学生九〇〇人を対象としたアンケートを実施した。このとき、三鷹国際学生宿舎の建設計画を進めることについての質問がされ、回答した者のうち七割以上の者(合計三三八名)がこれに賛成した。
(二) 教養学部は、右アンケート結果も踏まえて三鷹国際学生宿舎の建設を進めることとし、平成四年一〇月に三鷹国際学生宿舎の建設工事に着工し、平成五年五月にはその一期工事が竣工し、同年六月に三鷹国際学生宿舎A棟及びB棟(計一七五室)への入居が開始され、同時に三鷹学寮は廃寮とされた。三鷹国際学生宿舎はその後も建設が進められ、平成七年四月までに六〇五室の居室が整備されるに至った。なお、三鷹国際学生宿舎の入寮のための選考は、選考基準を三鷹国際学生宿舎自治会に示した上で、教養学部が行っている。また、三鷹国際学生宿舎においては、寄宿料は月額三三〇〇円、共益費は月額二〇〇〇円で、水光熱費は使用量に応じて居住者が負担することとなっている。
右三鷹国際学生宿舎の建設に伴い、教養学部は駒場寮の跡地を福利厚生施設及び風致地区とする内容の再開発計画(CCCL駒場)を立て、平成五年六月にこの計画を学生らに公表し、駒場寮の廃寮スケジュールを提示し、以後も再三にわたって学生らに右計画を説明した。そして、教養学部は平成六年一一月、駒場寮を平成八年三月三一日をもって廃寮するとの方針を学生に伝えるとともに、駒場寮委員会に対して平成七年度から入寮募集を停止するように求めた。
(三) 教養学部は平成七年四月一日から駒場寮の入寮募集を停止した。ところが、駒場寮委員会はその後も入寮募集を続けたため、教養学部は入寮者の募集を中止するように再三にわたって注意し、教養学部の許可を得て駒場寮に入寮していた寮生に対しても、在寮期間が最長で平成八年三月三一日までであることを伝えた。そして、学長は、平成七年一〇月一七日、教養学部教授会の決定及び東京大学評議会の決議を経て、平成八年三月三一日をもって駒場寮を廃寮とすることを決定(以下「本件廃寮決定」という)してこれを告示した。また、教養学部は平成七年一〇月一七日、駒場寮在寮者に対して平成八年三月三一日までに退寮すること、正規に入寮している者には三鷹国際学生宿舎への優先的な入寮を認めることを掲示し、平成八年二月一五日から、教養学部の許可を得て駒場寮に入寮していた寮生に対する三鷹国際学生宿舎への入寮募集を開始した。その一方で、教養学部は教養学部学生自治会や被告駒場寮自治会との話合いを進めたが、右自治会らは駒場寮を廃寮とすることに反対し続けた。教養学部は平成八年四月一日駒場寮が廃寮となった旨の掲示を行い、駒場寮内への立入りを禁止し、同月二日に、同月五日には寮内に残留している者に対して退去を命令する旨の掲示を行って駒場寮を明け渡すことを求めた。
4 廃寮後の状況
(一) 教養学部の前記退去命令にもかかわらず、平成八年四月一日以降も多数の学生らが駒場寮の廃寮に反対して駒場寮内に残留した。教養学部は同日以降、駒場寮の占有状況を調査するとともに、占有者に退去するよう説得するために、多数の教官らを再三にわたって本件建物内に立ち入らせた。また、同月一五日には教養学部長と教養学部学生自治会、被告駒場寮自治会との間で話合いが持たれたが、同被告が本件廃寮決定を容認するには至らなかった。
そして、教養学部は、駒場寮を廃寮としたことに伴い、同月八日に駒場寮に対する電気及びガスの供給を停止し、渡り廊下の取壊作業等を行った。しかし、退去を促すための教官らの駒場寮内への立入りに際し、多くの場合駒場寮内の寮内放送によって在寮者が駒場寮の建物前に集合し、人垣を作ることによって教官らの駒場寮内への立入りそのものが阻止され、立ち入ることができた場合にも早々に退去させられた。被告らは、被告駒場寮自治会又は駒場寮委員会の名で、駒場寮内に事務所を有する被告全日本学生寮自治会連合及び同東京都学生寮自治会連合も含めて、右の阻止活動を共同して行った。渡り廊下の取壊作業についても、右寮生らの実力行使によってその工事が阻止され、また、供給を止められた電気についても、被告駒場寮自治会らが電気供給が継続されていた寮食堂から電線を引いて本件建物に電気を供給するなどした。なお、電気については、教養学部が平成一〇年一〇月に本件建物に対する電気の供給を停止する措置を講じたため、被告駒場寮自治会が、原告、学長、教養学部長及び東京電力株式会社を債務者として、本件建物に対する電気の供給等を求める仮処分を申し立てたが、東京地方裁判所は同年一二月二四日右申立てを却下する決定をした(東京地方裁判所平成一〇年(ヨ)第六九一〇号電気供給等仮処分申立事件。以下においては東京地方裁判所の事件の表示については庁名を略す)。
教養学部は、平成九年六月二五日に駒場寮内の占有状況を調査したが、このときも被告らを含む在寮者からカメラを取り上げられたり、通行を阻止されたりなどして調査を阻止された。
(二) 被告らは、被告駒場寮自治会又は駒場寮委員会の名で、教養学部が駒場寮の入寮募集を停止した平成七年四月一日以降も、平成八年、九年及び一〇年と新規入寮者の募集を継続し、学生に右に関するパンフレットを配布するなどして入寮を呼びかけた。さらに、被告らは、被告駒場寮自治会又は駒場寮委員会の名で、平成八年九月ころから一一月ころにかけて、東京大学の学生らに対し同年一一月開催の教養学部の学園祭である駒場祭の準備のために駒場寮を使用することを勧めたほか、自習室やクラスルームとしての使用を呼びかけ、また、学外者を含む者に対して駒場寮で仮宿泊することを呼びかけた。
(三) 原告の申立てにより、東京地方裁判所は、本件建物及び明寮について、被告粟田旬一、同石渕隆広、同川添達雄、同木村博文、同黒土健三、同齋藤嘉久、同佐野花枝、同菅井祐之、同須藤虎太郎、同竹直久、同戸倉智明、同中山和人、同濱田盛久、同樋口克宏、同日臺健雄、同平川道也、同牧野祥久、同森田祐介、同山内恵太及び同横山良智の合計二〇名(以下「被告粟田旬一ら二〇名」という)を債務者として、平成八年九月三日、占有移転禁止の仮処分の決定をした(平成八年(ヨ)第四三〇二号仮処分命令申立事件)。
東京地方裁判所執行官は、右決定に基づき平成八年九月一〇日本件建物及び明寮の占有状況を調査し、本訴の被告ら訴訟代理人になっている加藤健次弁護士からも現場で意見を徴して、右被告粟田旬一ら二〇名、駒場寮委員会、氏名不詳者ら数名が本件建物及び明寮の全部を占有していると認定した上、右占有移転禁止の仮処分の決定を執行した。右執行の際、執行官は右被告らに立会いを求めたが、駒場寮委員会は在寮者に対して「一切の協力、質問には答えないように」との場内アナウンスをし、被告らはこれに従って立会いに応じなかった。
右の執行官の処分に対し、平成八年一〇月三一日、被告駒場寮自治会、同石渕隆広、同木村博文、同佐野花枝、同菅井祐之(なお、後記東京地方裁判所の決定に「裕之」とあるのは誤記と思われる)、同牧野祥久、同森田祐介、同山内恵太及び同中山和人が執行異議を申し立てたが、これに対して東京地方裁判所は平成九年一月二八日、駒場寮においては、管理者からの廃寮による退去命令が出された後も、右被告らやその他の在寮者がこれに従わず本件建物及び明寮に居住し続けているほか、寮自治と称して独自に本件建物及び明寮への新規の入寮者の募集、入寮の可否等の決定、在寮者らの使用できる部屋の変更(部屋替え)を行い、更に、人垣や障害物等によって東京大学の管理者職員による本件建物及び明寮内部への立入調査等を阻止していること等が認められ、このような状況からすれば、本件建物及び明寮に係る右被告らの占有の形態は、もはや個々の居室を生活の本拠等として使用するという通常の場合とは本質的に異なるものであり、右被告らは共同して各自の居住部屋等の部分のみならず本件建物及び明寮全体を占拠し、もって共同占有しているものとみるのが相当であるから、執行官の占有認定に誤りは認められないこと等を理由に、右執行異議申立てを却下した(平成八年(ヲ)第一二五号執行官の処分に対する執行異議申立事件)。
(四) また、原告の申立てにより、平成九年三月二五日に、東京地方裁判所は駒場寮のうち明寮について明渡断行の仮処分決定を出し、同月二九日に右仮処分決定が執行された。
教養学部は、同年六月二八日に明寮の建物跡地付近にキャンパス・プラザ及び多目的ホールの建設工事をするために仮囲い設置工事を行い、右工事用建物のために駒場寮内の渡り廊下や寮風呂建物を取り壊したが、右工事に対しても、被告らを含む多数の者が有形力を行使するなどして妨害した。
(五) さらに、原告の申立てにより、東京地方裁判所は、本件建物について、被告駒場寮自治会、同荒金哲、同加藤竜雄、同加藤寛崇、同神澤直史、同北澤順一、同北本潮、同熊谷寛、同神舘健司、同阪口浩一、同信夫大輔、同酒造唯、同園田眞也、同谷村守夫、同千々岩弦、同長谷井宏紀、同長谷川一郎、同廣井淳、同福田亮一、同藤原晃、同井隆志、同山内清美、同山本貴子、同ロジャース・ハーヴェイ・ダラス、同全日本学生寮自治会連合及び同東京都学生寮自治会連合の合計二六名(以下「被告駒場寮自治会ら二六名」という)ほか八名を債務者として、平成九年七月三一日、占有移転禁止の仮処分の決定をした(平成九年(ヨ)第四二一二号仮処分命令申立事件)。
東京地方裁判所執行官は、右決定に基づき平成九年八月七日本件建物の占有状況を調査し、被告北本潮が現場において、被告駒場寮自治会ら二六名及び網政裕(なお、網政裕は当初本件訴訟の被告であったが、同人が死亡したため訴えが取り下げられた)が本件建物に居住していると陳述したことや、その他の占有認定資料にも照らして、右合計二七名が前記(三)の占有移転禁止の仮処分の決定における債務者らと本件建物を共同占有していると認定した上、被告駒場寮自治会ら二六名及び網政裕に対し平成九年(ヨ)第四二一二号事件の仮処分決定を執行した。
右の執行官の処分に対し、被告駒場寮自治会、同千々岩弦、同木村博文、同廣井淳、同須藤虎太郎、同横山良智、同熊谷寛、同加藤寛崇、同長谷川一郎、同藤原晃、同荒金哲、同神舘健司、同井隆志、同長谷井宏紀、同齋藤嘉久、同北澤順一、同中山和人、同戸倉智明、同福田亮一、同山内恵太、同神澤直史、同山内清美、同東京都学生寮自治会連合、同全日本学生寮自治会連合、同北本潮、同谷村守夫及び網政裕が執行異議を申し立てたが、これに対して、東京地方裁判所は、平成九年一一月二八日、駒場寮においては、管理者からの廃寮による退去命令が出された後も、右被告らその他の在寮者がこれに従わずに本件建物に居住し続けていること、同人らが寮自治と称して独自に本件建物への新規の入寮者の募集、入寮の選考等の決定、在寮者らの使用できる部屋の変更等を行っていること、同人らが人垣や障害物等によって東京大学の管理者職員による本件建物内部への立入調査を阻止したり、駒場寮の周囲に仮囲いを設置する工事を妨害したりしていること等が認められ、このような状況からすれば、本件建物についての右被告らの占有の形態は、もはや個々の居室を生活の本拠等として使用するという通常の場合とは本質的に異なるものであり、右被告らは各自の居住部屋等の部分のみならず本件建物全体を共同して占拠し、共同占有しているものとみるのが相当であるから、執行官の占有認定に誤りは認められないことなどを理由として、右執行異議申立てを却下した(平成九年(ヲ)第一〇三号執行官の処分に対する執行異議申立事件)。
(六) (三)及び(五)記載の占有移転禁止の仮処分の執行後の占有状況は、被告らの中に、進学等に伴って駒場寮を退寮して本件建物を現実に占有しないようになる者が出る一方で、被告ら以外の者で東京大学に入学して駒場寮に入寮して本件建物を現実に占有するに至る者もいたが、これらの者についてはいずれも被告駒場寮自治会が寮自治を根拠にして入退寮の管理を行っていた。
東京大学は駒場寮の廃寮後には入寮を許可していないし、本件建物内への立入りも拒まれているため、右入退寮の状況については把握していない。
(七) 教養学部は、駒場寮廃寮後は本件建物を取り壊し、その跡地付近に図書館、スポーツスクエア、メディアセンター、食堂、購買部等を建設することを予定し、右建設のための予算を要求しているが、本件建物の明渡し及び取壊しができない状況にあるため、右予算措置が講じられないでいる。
二 争点
1 本件訴訟は法律上の争訟性を有するか。
2 被告らは本件各仮処分執行時に本件建物を占有していたか。
3 被告らに本件建物の占有権原があるか。
4 原告の本訴請求は権利の濫用に当たり許されないか。
三 争点に対する当事者の主張は以下のとおりである。
1 本件訴訟の法律上の争訟性(本案前の主張)
(一) 原告の主張
本件訴訟は、国有財産である本件建物について所有権に基づいて明渡しを求めるものであり、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、単なる大学の内部的問題にとどまらず一般市民法秩序と直接の関係を有する。
なお、本件訴訟の審理に当たって大学の自治に対する配慮が必要であるとしても、本件の訴訟物である原告の被告らに対する本件建物の明渡請求権の存否についての前提問題は、被告らが本件建物について占有権原を有するかという点にあり、右の点については大学内部において自治的に決せられるべきものではなく、民法、国有財産法等の法令の定めのみによって裁判所が判断することができるものである。
したがって、本件訴訟は法律上の争訟に該当する。
(二) 被告らの主張
(1) 本件訴訟は、原告が被告らに対して本件建物(駒場寮)の明渡しを求めるものであるが、従来駒場寮の管理については、後記3(一)(1)アのとおり、東京大学が被告駒場寮自治会に管理権限を委譲し、東京大学と被告駒場寮自治会との交渉によって決定されるという方法によって行われてきた。
このような東京大学と被告駒場寮自治会の関係は、一般市民法秩序と直接の関係を有するものではなく、純然たる大学内部の問題として大学構成員の自主的、自律的な判断にゆだねられるべきである。
したがって、本件については、訴訟ではなく、東京大学と被告駒場寮自治会との間の話合いによって解決されるべきである。
(2) また、東京大学においては、前提事実2(二)のとおり、東京大学の教授会と学生自治会、被告駒場寮自治会等の学生自治団体との間で、学生自治団体に対して大学運営に対する参加権を保障する旨の協定が締結されてきた。
東京大学は右協定の内容に従って運営されるべきものであるところ、本件訴訟の審理に当たっては右協定等の大学の自治的規範の効力について判断することが必要であり、裁判所がこの点について判断することは、司法権の限界を超え大学の自治について右協定上明文化された学生の参加権を蹂躙することになり、許されない。また、裁判所が右自治的規範の効力について判断することは、裁判所が大学の自治に対して干渉することになり、裁判所の中立性を損なうものというべきであり、許されない。
(3) したがって、本件訴訟は法律上の争訟に該当せず、裁判所の司法審査の対象とならない。
2 被告らの本件建物の占有
(一) 原告の主張
(1) 東京地方裁判所は、前提事実4(三)、(五)のとおり、本件建物を含む駒場寮について占有移転禁止の仮処分を決定し、その執行がされ、被告らの申し立てた執行異議を却下するとの決定がされた。これらの各決定や執行調書によれば、被告らが本件建物を占有していることは明らかである。
被告らは、一部の被告について本件建物を占有していないと主張するが、右被告らについても、前記占有移転禁止の仮処分の執行時において執行官により適正に占有の認定がされているものであり、右時点において本件建物を占有していたことは明らかである。したがって、その後に右仮処分決定に違反して第三者に対して本件建物の占有を移転したとしても、右被告らは右占有喪失を仮処分の債権者である原告に対して主張することはできないものというべきである。
(2) 被告らが右時点において本件建物を共同して占有していたことを基礎付ける事情は以下のとおりである。
ア 被告らは、教養学部長から再三にわたり退去命令を受けても、学外者を本件建物に居住させ、あるいは周辺にたむろさせ、またバリケードを構築するなどして、大学当局の管理担当者による本件建物への立入りを再三にわたり共同で阻止している。
イ 被告らは、本件廃寮決定後も入寮募集を継続しており、一般の教養学部生に対しても、クラスルーム、駒場祭(教養学部学園祭)の準備、仮宿泊等の名目で本件建物の利用を勧めている。
ウ 東京地方裁判所は、原告の申立てに基づき、本件建物を含む駒場寮につき、前提事実4(三)のとおり、本件被告を含む二〇名を債務者とする占有移転禁止の仮処分を決定し、右決定は平成八年九月一〇日に執行された。
右執行の際、被告駒場寮自治会の執行機関である駒場寮委員会は「一切の協力、質問には答えないように」との場内アナウンスをし、被告らを含む在寮者はこれに応じて一切の質問に答えないなどして、執行官による占有状況の調査を拒んだ。
エ 東京地方裁判所は、原告の申立てに基づき、駒場寮のうち本件建物を除く一棟(明寮)及び駒場寮の周囲の渡り廊下の一部につき、前提事実4(四)のとおり、本件被告を含む四六名を債務者とする明渡断行の仮処分を決定し、右決定は平成九年三月二九日に執行された。
(二) 被告らの主張
(1) 被告駒場寮自治会は、東京大学から委譲された権限に基づき本件建物全体を占有し、管理している。
右被告駒場寮自治会以外の被告らは、いずれも本件建物のうち被告駒場寮自治会が割り当てた特定の一室を占有使用しているにすぎない。また、被告東京都学生寮自治会連合は被告駒場寮自治会と本件建物の一室(北寮三二B)について賃貸借契約を締結して右一室のみを占有使用しており、被告全日本学生寮自治会連合は被告駒場寮自治会と本件建物の一室(北寮三二S)について賃貸借契約を締結して右一室のみを占有使用している。
そして、被告らの一部を含む駒場寮の寮生が居住し、又はサークルとして使用する部分を除く共用部分については被告駒場寮自治会が直接管理、占有している。なお、被告らの中には特定の居室を占有使用していない者もいる。すなわち、被告井隆志は駒場寮に入寮したことはなく、被告竹直久、同日臺健雄、同北澤順一、同中山和人及び同加藤竜雄は占有移転禁止の仮処分時には駒場寮を退寮しており、被告中山和人、同加藤竜雄、同長谷井宏紀及び同谷村守夫は右仮処分時には駒場寮内の部屋を使用しているサークルの一員であったにすぎず独立の占有を有していなかった。
さらに、平成九年三月一七日当時、駒場寮には被告らを含む一一七名の寮生が居住し、その他多数の学生がサークル室として使用しており、その後も多数の寮生が進学等に伴って退寮し、他方で多数の新たな寮生が入寮している。
(2) 原告の主張に対する反論
被告駒場寮自治会は、本件建物の管理権に基づいて入寮募集を継続し、本件建物の利用を勧めているのであって、これらの事項は被告らの占有形態とは関係がない。
また、平成八年九月一〇日に占有移転禁止の仮処分が執行された際に、駒場寮委員会が「質問には答えないように」との寮内放送を行ったことはあるが、それは被告らの占有態様とは関係がない。
なお、被告らの占有を認定した東京地方裁判所の占有移転禁止の仮処分の決定書やその仮処分調書は、原告の提出した虚偽の報告書等の疎明資料に依拠して作成されたものであるから、その占有認定は誤りである。
3 被告らの占有権原
(一) 被告らの主張
(1) 管理権限の委譲に基づく占有権原
ア 被告駒場寮自治会は憲法二三条及び二六条に基づいて駒場寮の管理について自治権を有するが、加えて、東京大学は被告駒場寮自治会に対し、前提事実2(二)及び(三)のとおり、慣例及び東京大学との確認書以降の文書による合意に基づき、駒場寮の入寮選考権、寮内の部屋割りの決定権、退寮処分の決定権等の広範な自治権を認めた。右の経緯は、東京大学が有する駒場寮の管理権限を被告駒場寮自治会に委譲したと評価されるものであり、駒場寮の管理に関する事項は東京大学と被告駒場寮自治会とにその権限が分属した。
被告駒場寮自治会は、右委譲を受けた管理権限に基づき、本件建物を占有している。また、被告駒場寮自治会は被告駒場寮自治会以外の被告らに対し、被告駒場寮自治会の有する右管理権限に基づき入寮を許可したのであるから、右被告らも本件建物の占有権原を有する。
イ また、前記のとおり、被告駒場寮自治会が駒場寮の管理権限を東京大学から委譲されたものであるが、その管理権限には、被告駒場寮自治会が個々の学生に代わって大学との間に賃貸借類似の契約(学生が居住、生活を目的として使用する代わりに寮費等の対価を支払うという内容のもの)を締結する権限を含む。被告駒場寮自治会を除く被告らは、被告駒場寮自治会の右権限に基づいて東京大学との間で右の契約が締結されたことにより、本件建物を占有しているということができる。
したがって、原告が被告駒場寮自治会を除く被告らに対して本件建物の明渡しを求めるには、少なくとも借地借家法所定の正当事由が必要であるというべきであり、東京大学の一方的な意思表示によって右被告らの右契約に基づく権限を奪うことは許されない。
よって、右被告らは右契約に基づき、本件建物の占有権原を有する。
(2) 国有財産法の制約について
ア 原告は、国有財産法一八条を引用して、被告らが本件建物の占有権原を有することはないと主張する。しかし、以下のとおり、右規定をもって東京大学が被告駒場寮自治会に対して駒場寮の管理権限を委譲することが禁止されていると解することはできない。
イ 国有財産法一八条は行政財産について一般に私権の設定を禁じているが、その趣旨は、行政財産が本来の目的のために使用されることを確保するとともに、公共性の見地から国民の間に不公平をもたらすことを防止する点にある。
東京大学が被告駒場寮自治会に対して管理権限を委譲することは、学生寮という行政財産の適正な管理運営を行うために必要不可欠なものとして設定されたものであるから、公共性を有している。また、右のような管理権限の委譲は、学生寮としての駒場寮の設置目的に合致するものである。したがって、右管理権限の委譲は国有財産法一八条の趣旨に反しない。
また、国有財産法は行政財産に一切私権の設定を認めないものではない。そして、昭和三九年の国有財産法の改正以前においては、国有財産法上も合意によって国有財産に占有権原を設定することが許されていたところ、駒場寮の管理については右規定の効力が及ぶから、この点からも前記の管理権限の委譲は国有財産法に反しないというべきである。
ウ なお、前記のように、契約によって学生に本件建物の使用を認めると解することについても、国有財産法は行政財産の公共目的に反しない範囲で契約関係を生じさせることを全面的に禁止するものではなく、駒場寮は学生の生活と居住の場として設置されたものであり、学生の使用そのものが公共目的なのであるから、このことが国有財産法に反することにはならない。
(3) 被告駒場寮自治会に本件建物の管理権限を付与する法律がないことについて
原告は、被告駒場寮自治会に本件建物の管理権限を付与する法律がないことをもって、被告駒場寮自治会が本件建物の管理権限を委譲されることはあり得ない旨主張する。
しかし、駒場寮のような大学の施設の管理運営の方法、とりわけそこにおける学生の権利の問題については大学自治内部での自主的な判断が尊重されるべきであり、既存の法律の形式的解釈だけから管理運営上の権限を論じることはできない。
大学の自治を保障するためには、大学の管理運営における意思決定に対する権力等の介入を排除し、大学の構成員による自主的な判断にゆだねることが重要である。すなわち、大学の管理運営に関する事項については、法令の規定の有無にかかわらず、大学内部における自主的な判断が尊重される。
そして、学生寮の管理運営を学生の自治にゆだねることは、学生自身が最も学生寮について利害関係を有する点、自主的な管理によって学生の人間形成が図られる点から、学生寮の設置目的に最も沿う取扱いということができる。また、被告駒場寮自治会に本件建物の管理権限を委譲することは、大学の管理運営が恣意的に行われることを防止し、大学の管理運営を民主化する意義を有している。更に、文部省も寮生に学寮の管理権限を委譲することを認めていたことがある。
したがって、東京大学が被告駒場寮自治会に本件建物の管理権限を委譲することは何ら法令に反するものではなく、かえって大学の自治や学生寮の設置目的に適合するものであるから、被告駒場寮自治会に本件建物の管理権限を付与する法律がないことは、被告駒場寮自治会が本件建物の管理権限を委譲されたことを否定する根拠とはならない。
(4) 慣習に基づく占有権原の存在について
ア 駒場寮の管理については、前提事実2(三)のとおり、駒場寮の開設以来長年にわたって入寮者の選考、部屋割り、退寮処分等駒場寮の管理の中心的部分を被告駒場寮自治会が自主的に行ってきた。また、右のような被告駒場寮自治会による駒場寮の管理に関しては、被告駒場寮自治会と東京大学との間で再三にわたってこれを前提とした書面が作成される等、被告駒場寮自治会の管理権限の存在を認めることが共通の規律として認められてきた。
右の経緯にかんがみれば、東京大学において、駒場寮の管理については被告駒場寮自治会が独自の管理権限を有するという慣習が存在したというべきである。
イ 法例二条によれば、法令に規定がない場合でも慣習が存在する場合には権利義務の存否について慣習が適用されるから、駒場寮の管理について被告駒場寮自治会に対する管理権限の委譲を定めた法律がないとしても、被告駒場寮自治会は右慣習に基づいて駒場寮の管理権限を有している。
ウ また、被告駒場寮自治会が駒場寮の管理権限を有するということが国有財産法一八条一項に抵触するとしても、アのような事実があるので、被告駒場寮自治会は民法九二条にいう事実たる慣習に基づいて駒場寮の管理権限を有している。右慣習は国有財産法の趣旨に合致するものであるから、公序良俗に反するということはできない。
なお、本件のような国有財産の管理にかかわる問題について、事実たる慣習による権利義務関係の設定が認められるかは問題となり得るが、本件においては、被告駒場寮自治会に駒場寮の管理権限を認める取扱いが長期間にわたって反復継続して行われており、東京大学も被告駒場寮自治会の管理権限を否定するような言動をしたことはなく、かえって文書等によって被告駒場寮自治会の管理権限を認める態度を表明してきたという事情があるから、本件についても事実たる慣習による権利義務関係の設定が認められる。
エ したがって、被告駒場寮自治会は慣習に基づいて駒場寮の管理権限を有するので、(1)の場合と同様に、被告らは本件建物の占有権原を有する。
(5) 適法に入寮した被告らの占有権原
被告らのうち、被告粟田旬一、同石渕隆広、同神澤直史、同川添達雄、同黒土健三、周齋藤嘉久、同菅井祐之、同濱田盛久、同樋口克宏、同平川道也、同牧野祥久及び同横山良智は東京大学から入寮許可を受けていた。
本件廃寮決定は入寮許可の効力を失わせるものではないし、右被告らについては入寮許可決定も取り消されていないから、右被告らは入寮許可に基づいて本件建物の占有権原を有する。
(二) 原告の主張
被告らは本件建物について、以下のとおり、何ら占有権原を有しない。
(1) 国有財産法に基づく主張
ア 国有財産法一八条は、一項において「行政財産は、これを貸し付け、交換し、売り払い、譲与し、信託し、若しくは出資の目的とし、又はこれに私権を設定することができない」と規定し、同条二項において「前項の規定に違反する行為は無効とする」と規定し、同条三項において「行政財産は、その用途又は目的を妨げない限度において、その使用又は収益を許可することができる」と規定し、同条五項において「第三項の規定による許可を受けてする行政財産の使用又は収益については、借地借家法の規定は、適用しない」と規定している。
本件建物は、平成八年三月三一日に廃寮とされるまでは、国有財産法上の行政財産であるから、右の国有財産法の規定により、被告らが本件建物について私法上の占有権原を有することはない。
イ なお、被告らは、被告駒場寮自治会が個々の学生に代わって東京大学との間で賃貸借契約類似の契約を締結したと主張するが、国有財産法一八条一項によれば、行政財産について賃借権ないしこれに類する私法上の権利を設定することができないことは明らかであり、被告らの主張は失当である。
(2) 法律による行政の法理に基づく主張
ア 本件建物は本件廃寮決定までは行政財産であり、学長にその管理が委任されていたものであるところ、行政官庁の権限は法律によって初めて付与されるものであるので、その権限は当該行政庁が自ら行使するのが法律による行政の要請するところであり、委任の場合は法律上の処分権限を変更するのであるから法律上の根拠が必要である。
しかし、本件建物について、被告駒場寮自治会に対してその管理を委任する旨規定した法律はないから、被告駒場寮自治会が本件建物について法律上の管理権限を有するということはあり得ない。また、被告らの主張によれば、被告駒場寮自治会を除く被告らは、被告駒場寮自治会の管理権限に基づいて本件建物を占有しているというのであるが、被告駒場寮自治会が本件建物の管理権限を有していない以上、被告駒場寮自治会を除く被告らについての被告らの主張は失当といわざるを得ない。
したがって、被告らが本件建物について占有権原を有することはない。
イ なお、これに対して、被告らは、大学の自治や学生の自治を根拠として、東京大学が法律がないにもかかわらず被告駒場寮自治会に対して本件建物の管理権限を委譲することができると主張する。
しかし、大学の自治の主体は、教授その他の研究者の組織であり、学生は営造物の利用者にすぎないのであって、学生が大学の自治の主体であり、組織体としての大学の運営に対して発言権・参加権を有するということはできない。
また、仮に学生が大学の自治の主体的構成者であり、それぞれの大学が、大学の自治が発現する諸局面において、学生が自治の主体的構成者として大学の管理運営に対する参加権を持つべきかどうかを自主的に決定することができるとしても、このような大学の自主的な決定権は無制限、無限定なものではなく、法律の定めに従わなければならない。
したがって、本件建物について、被告駒場寮自治会に対してその管理を委任する法律が存在しない以上、大学の自治や学生の自治の観点からみても、被告らは本件建物の占有権原を有しない。
(3) 慣習に基づく占有権原の存在の主張について
被告らは法例二条を根拠として、被告駒場寮自治会が本件建物の管理権限を有する旨主張するが、本件建物の管理権限については国有財産法等法令上明確な規定が存在するから、法例二条の「法令に規定ナキ事項」には当たらず、右規定を根拠に被告らに管理権限があるということはできない。
また、被告らは民法九二条を根拠として、被告駒場寮自治会が本件建物の管理権限を有する旨主張するが、同条は慣習が強行規定に反しない場合の規定であり、被告らが本件建物の管理権限を有するということは強行規定である国有財産法一八条の規定に反するから、民法九二条を根拠に被告らに本件建物の管理権限があるということはできない。
したがって、慣習によって被告らが本件建物の占有権原を有することはない。
4 本件廃寮決定の効力について
(一) 原告の主張
(1) 駒場寮の廃寮決定は、学生寮としての公用に供していた本件建物を、平成八年四月一日以降は学生寮としての公用に供しないことを決定したものであって、国有財産法上の用途廃止の決定である。
そして、公用財産については公用廃止行為をするまでもなく、事実上その使用を廃止することによって公物としての性質を失うのであるから、本件についても、本件建物を管理する学長が事実上その使用を廃止すれば、用途廃止の効力を生じるのであり、廃寮決定は有効である。
(2) なお、被告らは、駒場寮の管理権限が東京大学から被告駒場寮自治会に委譲されている以上、駒場寮の存続にかかわる事項について東京大学の決定権は法的に制限されているとして本件廃寮決定が無効である旨主張するが、前記(1)及び(2)のとおり、被告らの主張はおよそ法律上成り立ち得ないものであるから、駒場寮の廃寮に関する学長の権限が制限されることはない。
(3) 原告は被告らの一部に対して本件建物への入寮を許可したことがあるが、これは右被告らに対して公法上の占有権原を設定するという性格を有するものではなく、右入寮許可に基づく占有は法的保護の対象となるものではないのであって、本件建物を利用することによって得られる利益は単なる反射的利益にすぎない。そして、右入寮許可を得た被告についても、本件廃寮決定によって入寮許可の効力は失われている。
(4) したがって、本件廃寮決定は有効であり、被告らは本件建物の占有権原を有しない。
(二) 被告らの主張
(1) 原告は、駒場寮の廃寮決定により被告らに占有権原がない旨主張する。
(2) しかし、前記3(一)(1)のとおり、駒場寮の管理権限が東京大学から被告駒場寮自治会に委譲されている以上、駒場寮の存続にかかわる事項について東京大学の決定権は法的に制限されており、東京大学が駒場寮の廃寮を決定するには、被告駒場寮自治会の合意があること又は被告駒場寮自治会の合意を得るように協議を尽くすことが法的な要件として必要である。
東京大学は、被告駒場寮自治会の合意もなく、被告駒場寮自治会と何ら協議をすることのないまま駒場寮の廃寮を決定したものであるから、本件廃寮決定は右の要件をいずれも欠くものであって違法、無効である。
(3) また、本件廃寮決定は政府・文部省の脅迫と利益誘導に屈してされたものであり、大学の自治を侵害するものであって、その必要性及び合理性は認められない。更に、本件廃寮決定は、学問の自由とこれを保障するために不可欠の自己決定権に根ざし、かつ東京大学との合意に基づいて形成された寮自治権、教育の機会均等の原則及び教育を受ける権利を侵害するものであるから、違憲、違法である。
したがって、本件廃寮決定は教養学部の管理運営権の濫用であり、無効である。
(4) 以上によれば、本件廃寮決定は無効であるから、被告らの占有権原を喪失させるものではない。
5 原告の本訴請求が権利濫用に当たり許されないか
(一) 被告らの主張
本件紛争は、大学自治の中で自主的、自律的に解決されるべきものであって、裁判所の判断による解決にはそもそもなじまない紛争である。
そして、原告には、被告らに対して本件建物の明渡しを求める実質的な必要性は全くないし、少なくとも被告らに対しては何ら明らかにされていない。なお、原告は廃寮後の本件建物の跡地利用計画を主張するが、右跡地利用計画は現実性を欠くものであり、駒場寮を廃寮にするための手段として跡地利用計画が策定されたというべきものである。右跡地利用計画は、駒場寮を維持するための費用よりも多額の費用を要する点、自然環境を破壊する点においても、不当なものといわざるを得ない。
また、東京大学は、平成三年一〇月に駒場寮廃止を前提とする三鷹国際学生宿舎の建設を一方的に決定して以降、話合いによる解決の姿勢を示そうとせず、平成八年四月八日には事前の通告もなく突然駒場寮への電気、ガスの供給を停止した。右停止措置は自力救済として違法というべきであり、違法な自力救済を行って本件建物の明渡しを実現しようとしている原告が裁判所に本件建物の明渡しの判決を求めることは許されない。
被告らが本件建物の明渡しを余儀なくされるとすれば、被告駒場寮自治会が有していた本件建物の管理権限が否定され、被告全日本学生寮自治会連合及び被告東京都学生寮自治会連合にとっては大学寮運動の拠点を失うことになり、多大な損害を被る。また、その余の被告らにとっても、三鷹国際学生宿舎は駒場寮の代替施設とはなり得ない。すなわち、三鷹国際学生宿舎は駒場寮と異なり、人間性の涵養と自治の修得の上で有意義な共同生活ができないこと、学生の自治が認められていないこと、水光熱費を受益者負担主義によって宿舎生が全額を負担し、寄宿料が駒場寮の八倍以上であり、外食費もかさみ、通学のために交通費や通学時間がかかってアルバイトができなくなる等出費が増加すること、留年者は入居資格を失うことといった事情があり、右被告らの被る損害も甚大である。
右事情に照らせば、原告の本訴明渡請求は権利の濫用に当たり、許されないというべきである。
(二) 原告の主張
(1) 被告らは本件建物を占有すべき何らの法的権原を有していない。また、教養学部長がした駒場寮への入寮許可は、公法上の占有権原を設定する性格を有するものではなく、右入寮許可に基づく占有使用は法的保護の対象となるものではない。右入寮許可による使用は、本件建物を学生寮としての用に供していたことによる反射的利益にすぎない。
権利濫用の成否は、当該権利行使とこれによる利益とこれにより相手方の被る不利益との比較衡量により判断されるべきものであるところ、右のとおり、被告らにおいて原告の正当な権利行使に対してなお保護すべき利益はないのであるから、被告らの右主張はおよそ理由がない。
(2) また、原告は駒場寮の跡地の有効利用を図るために本件建物の明渡しを求めており、被告駒場寮自治会の執行機関である駒場寮委員会を初めとする学生諸団体への説得を行い、駒場寮の廃寮、跡地利用計画に対する理解を求めた上で、本件廃寮決定の約一年前から廃寮処分を行うことを予告し、かつ、入寮募集を停止して平成七年四月以降は新規入寮ができないこととする措置を採るとともに、代替施設である三鷹国際学生宿舎を整備し、更に三鷹国際学生宿舎に居住する経済的困窮学生を対象とする奨学金を発足させた。そして、右措置を採った上で駒場寮を廃寮し、右廃寮後も本件建物に残留する者に対して、教養学部は本件建物からの退去を促した。しかし、それにもかかわらず被告らが本件建物の占有を続けているので、原告は本件訴訟を提起することを余儀なくされるに至ったものである。
以上のような事情に照らせば、原告の被告らに対する本件建物の明渡請求は権利の濫用に当たらない。
第三争点に対する判断
一 本件訴訟は法律上の争訟に当たるか(本案前の主張に対する判断)
1 本件訴訟は、原告が本件建物の所有権に基づいて本件建物を占有する被告らに対してその明渡しを求めるものであり、廃寮となった本件建物を被告らがなお寄宿寮として使用することができるかという私法上の当事者間の具体的権利義務の存否に係る紛争であるから、東京大学内の内部的な問題にとどまらず一般市民法秩序と直接の関係を有することは明らかである。したがって、右紛争は司法審査の対象となり、法律上の争訟に当たることが明らかというべきである(最高裁昭和五二年三月一五日判決・民集三一巻二号二三四頁参照)。
2 なお、被告らは、本件訴訟の審理に当たっては大学の自治的規範の効力について判断することが必要であり、裁判所がこれを判断することは協定上明文化された学生の大学自治への参加権を蹂躙することになるし、ひいては大学の自治を侵害することになるので、右の判断に及ぶことは許されないと主張する。しかしながら、本件訴訟において右の点が判断の過程で触れられることがあるとしても、大学の自治は憲法上の学問の自由に含まれる制度的な保障であると解されているとおり、法的な概念であり、裁判所は司法権を付与された国家機関として、法律上の争訟の審判に際し大学の自治の内容について判断できないとするいわれはないのであって、本件において大学の自治的規範が存在するか否か、仮に存在するとして、その自治的規範が原告の請求権の当否を判断する上でいかなる関係を有するかについて裁判所が判断すること自体は、いささかも大学の自治を侵害するものということはできない。
したがって、被告らの右主張は理由がなく、採用の限りではない。
二 被告らの本件建物の占有
1 被告らのうち、被告駒場寮自治会が本件建物を占有していることは当事者間に争いがない。
2 <証拠略>によれば、被告駒場寮自治会を含めた本訴被告ら全員は、前提事実4(三)及び(五)のとおり、いずれも東京地方裁判所により発せられた二つの占有移転禁止の仮処分決定のうちいずれかの名宛人とされていたこと、平成八年(ヨ)第四三〇二号事件の仮処分決定が執行された当時、被告粟田旬一ら二〇名が本件建物を占有していたこと、平成九年(ヨ)第四二一二号事件の仮処分決定の執行がされた当時、被告駒場寮自治会ら二六名が本件建物を占有していたこと等の事実を認めることができる。
これに対し、被告らは、被告駒場寮自治会以外の被告らは特定の一室のみを居室として使用しているにすぎず、本件建物全体を占有しているのではないと主張するが、前提事実にみるとおり、教養学部が駒場寮を廃寮とした平成八年四月一日以降も、被告らは、被告駒場寮自治会又はその執行機関である駒場寮委員会の指導の下に、共同して、駒場寮の廃寮に反対して本件建物の明渡しを拒み、東京大学側による本件建物の占有状況の調査を有形力を行使して拒んだこと、駒場寮への新規入寮者の募集を継続して行い、入寮の可否を決定し、入寮以外の用途においても東京大学の学生や学外者に対して駒場寮の使用を呼びかけていること、他にも駒場寮の渡り廊下の取壊作業を妨害したり、電気を違法に供給したりしていたこと等の事実が認められるのであり、これらの事実に照らすと、被告らの本件建物の占有の態様は、被告らが共同して本件建物全体を占拠して、共同占有しているとみるのが相当というべきであり、被告らの右主張を採用することはできない。
被告らは、右占有認定が誤りであり、被告らのうち個別に前記占有移転禁止の仮処分の執行時に本件建物を占有していなかった者がいると主張するが、前記執行官による占有の認定が誤りであることを具体的に裏付けるに足りる証拠はなく、被告らの右主張を採用することはできない。
3 さらに、たとえ被告らのうちの一部が右二つの仮処分決定の執行後に本件建物の占有を喪失した事実があるとしても、右被告らは右各仮処分の債権者である原告に対しその占有喪失を主張することは許されないものというべきであるから、原告は占有を喪失した被告らを含む被告らすべてを相手方として、本件建物の明渡しを請求することができると解するのが相当である(最高裁昭和四六年一月二一日判決・民集二五巻一号二五頁参照)。
三 被告駒場寮自治会への駒場寮の管理権限の委譲について
1 被告らは、駒場寮の管理権限が東京大学から被告駒場寮自治会に委譲されている以上、駒場寮の存続にかかわる事項について東京大学の決定権は法的に制限されていると主張するが、駒場寮の管理権限が被告駒場寮自治会に委譲されたものとは認めることができないから、被告らの右主張を採用することはできない。
2 被告らは、東京大学が被告駒場寮自治会に対して、駒場寮の入寮選考権、寮内の部屋割りの決定権、退寮処分の決定権等の広範な自治権を認めてきたとしてこれを根拠に、東京大学が被告駒場寮自治会に駒場寮の管理権限を委譲し、右権限に基づいて被告らが本件建物を占有していると主張する。
確かに、前提事実2(二)及び(三)のとおり、東京大学においては、東京大学と学生らとの間で、教授会のみならず学生・院生・職員も大学の自治を構成しているということが明文をもって確認されていること、駒場寮の管理についても、被告駒場寮自治会が入寮選考、部屋割り及び退寮処置等を行っていたものであり、被告駒場寮自治会の行う右の寮管理の実際に東京大学や教養学部が干渉することはなかったこと、教養学部第八委員会は寮自治の慣行を尊重し、寮生活に重大なかかわりを持つ問題について大学の公的な意思表明があるときには、寮生の意見を充分に把握・検討して、事前に大学の諸機関に反映させるよう努力する旨確認していることなど、駒場寮の管理の自治について一定の慣行のあったことが認められる。
しかし、これらの事実をもって、直ちに東京大学が被告駒場寮自治会に対して本件建物の管理権限を委譲したものと評価することはできない。
すなわち、前提事実2(一)のとおり、本件建物は国有財産であり、廃寮とされるまでは行政財産であって、学長が国有財産法九条一項及び文部省所管国有財産取扱規程四条、五条に基づいて管理していたものであり、学長は、右管理権を行使するに当たり、右規程六条及び東京大学所属国有財産取扱規程四条に基づき、教養学部長を補助執行者に指定し、右管理に当たって本件建物を学寮として使用してきたものである。右のような学長が有する本件建物の管理権限は法律による委任に基づくものであるところ、法律による行政の法理によれば、右委任された権限を新たに第三者に委任するためには、法律上の根拠が必要であるというべきである。本件において、東京大学が被告駒場寮自治会に対して本件建物の管理権限を委譲する旨の法律は存在しないのであるから、学長が被告駒場寮自治会に対して本件建物の管理権限を委譲することは法律上できないものといわなければならない。前記のような駒場寮の管理に関する一定の慣行が存在するとしても、右慣行は、その内容に照らしてみても、学長が有する行政財産(本件建物)の存廃についての決定権を制限するようなものではないし、その性質上も、東京大学側が学生の自律を尊重して、被告駒場寮自治会に対し本件建物の管理等について一定の事務をゆだねるとともに、寮生活に重大なかかわりを持つ問題については寮生の意思を反映させるように努力するという事実上の措置にとどまるものであり、それが法的な効力を有するものとは認められないから、右慣行が存在することにより直ちに学長が被告駒場寮自治会に対して本件建物の管理権限を委譲したとか、その管理権限に対する制限を容認したとかいうことはできない。
3 なお、被告らは、法令の根拠がない場合であっても、大学の自治を根拠として管理権限の委譲が認められるものであり、また国有財産法をもって被告らに占有権原がないということはできないと主張するので検討を加えておく。
確かに、大学は、学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設であり、法律に格別の規定がない場合でも、その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により一方的に制定し、これによって在学する学生を規律する包括的権能を有するものと解することができる(最高裁昭和四九年七月一九日・民集二八巻五号七九〇頁参照)。
しかし、大学の自治を根拠に考察してみても、およそ大学について、法律に明文の規定がある事項について、これと抵触する事項を学則等により自在に制定する権限があるということはできない。すなわち、大学の自治の中には大学の施設管理の自治も含まれ、これが憲法二三条によって保障されているとしても、大学の自治は大学に無制限、無限定な権能を認めるものではなく、法律の範囲内で、大学にその設置目的を達成するために必要な一定の権能を認めるにすぎないのであって、その法律が大学の自治の本質を侵害する場合に法律が違憲となる余地があるというにすぎない。
国有財産法が憲法に違反するものではないことも明らかというべきところ、既に判示したとおり、国有財産法及び法律による行政の原理によれば被告らに本件建物の管理権限を認めることはできないのであるから、大学の自治を根拠としても被告らに本件建物の管理権限を付与することはできないものというべきである。
したがって、大学の自治を根拠とする被告らの右主張を採用することはできない。
4 慣習に基づく占有権原の存在について
被告らは、駒場寮の管理について、被告駒場寮自治会が独自の管理権限を有するという慣習が存在していたとして、法例二条及び民法九二条を根拠として、被告らに占有権原があると主張する。
しかし、法例二条は、公序良俗に反しない慣習のうち、法令の規定によって認めたもの及び法令に規定のない事項に関するものに限り法律と同じ効力を認めた規定であるところ、本件においては、本件建物の管理について法令に規定が存在するのであるから、法例二条が適用される余地はない。
また、民法九二条は、法令中の公の秩序に関しない規定について異なった慣習が存在し、法律行為の当事者が慣習による意思を有する場合に、その慣習に従うことを規定したものであるところ、被告らの主張する慣習は強行規定である国有財産法一八条の規定に抵触するものであるから、民法九二条が適用されることはない。
したがって、前記のような駒場寮の管理についての一定の慣行の存在をもって被告らに本件建物の占有権原があるということはできず、被告らの右主張を採用することはできない。
5 また、被告らは、東京大学との間で本件建物について賃貸借類似の契約を締結したと主張する。
しかし、本件全証拠によっても、右のような契約が締結されたことを認めることはできない。
そもそも、本件廃寮決定までは本件建物は行政財産であったところ、国有財産法一八条によれば、本件建物のような行政財産について、被告らがおよそ私法上の占有権原を有することはないものというべきである。この点、被告らは私権の設定は国有財産法の規定に抵触しないとか、昭和三九年の改正前の国有財産法によれば行政財産についても私法上の占有権原の設定が認められていたなどと主張するが、同法によれば行政財産について私権を設定することができないことは明らかであり、これは同法の改正前においても同じであるというべきである。
したがって、被告らの右主張を採用することはできない。
6 以上のとおり、駒場寮の管理権限が被告駒場寮自治会に委譲されたとする被告らの主張も理由がない。
四 本件廃寮決定の効果
前記前提事実のとおり、学長は、国有財産法その他の法令に基づき行政財産である本件建物を管理する権限を有し、これを教養学部の学寮として使用することとしてきたが、平成七年一〇月一七日、教養学部教授会の発議に基づく東京大学評議会の審議、承認により、平成八年三月三一日をもって駒場寮を廃止する旨の決定(本件廃寮決定)をし、これを告示したものであり、右決定により、それまでに本件建物を寮として適法に占有又は使用することが許されていた学生等についても、同年四月一日以降に右建物を占有し得る法律上の根拠が失われたものである(なお、本件廃寮決定の内容に不服を有する当事者は、右決定が学長の行政処分であると解されることからしても、本来、行政不服審査法、行政事件訴訟法に基づき右決定についての不服申立てをすべきであり、その手続を経ることなく、右決定の無効を主張すること自体が法の予定しないところであるというべきである。そして、現時点においては、行政不服審査法上の審査請求の期間、行政事件訴訟法上の出訴期間を徒過しているから、右決定についての不服申立ての手続をすることができないことも明らかである)。
そうすると、被告らが平成八年三月三一日まで本件建物を適法に占有することが許されていたか否かにかかわりなく、被告らは原告に対し、本件建物を明け渡すべき義務を負うものというべきである。
五 権利濫用について
被告らは、本件廃寮決定が権利の濫用であるから無効であると主張するほか、本訴請求も権利濫用であり許されないと主張する。
しかし、既に判示したとおり、学長による本件廃寮決定は法律に基づく適法な処分であること、教養学部は平成六年一一月の時点において本件建物を平成八年三月三一日をもって廃寮にする方針である旨を学生に対して伝え、その後平成八年二月一五日からは駒場寮の正規の入寮者については三鷹国際学生宿舎に優先的に入寮できるように手続を開始していたものであること、被告らは何ら本件建物の占有権原がないにもかかわらず、本件建物の占有を現在まで継続しているばかりか、平成八年九月に第一回の占有移転禁止の仮処分の執行がされた後にも新たに本件建物の占有者を増やすなどしているのであって、被告らの占有は法的保護に値するものということはできないこと等の事情が認められるのであり、本件廃寮決定及び本訴請求はいずれも権利の濫用に当たるとはいえないというべきである。
なお、前提事実のとおり、駒場寮を廃寮にして本件建物の明渡しを求めることは教養学部の駒場キャンパスの再開発計画の一環として必要であること、教養学部は学寮の代替施設として三鷹国際学生宿舎を建設したこと、教養学部は駒場寮を廃寮とする前に入寮募集を停止するとともに平成八年三月三一日までに退寮するように駒場寮在寮者に再三にわたって求めたにもかかわらず、被告らは本件建物に残留していたこと等の事実が認められるのであって、この点からも、本件廃寮決定及び本訴請求が権利の濫用に当たると解することはできない。
したがって、被告らの権利濫用に関する主張は理由がない。
六 よって、原告の請求は理由があるので、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤村啓 高橋譲 下田敦史)
物件目録
一 東京都目黒区駒場三丁目八番一号
東京大学教養学部内旧駒場学寮
鉄筋コンクリート造三階建(中寮・別紙図面一、二の赤斜線部分<図面略>)
床面積 三五七〇平方メートル
二 東京都目黒区駒場三丁目八番一号
東京大学教養学部内旧駒場学寮
鉄筋コンクリート造三階建(北寮・別紙図面一、二の青斜線部分<図面略>)
床面積 三五七〇平方メートル