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東京地方裁判所 平成9年(ワ)21674号 判決 1999年6月28日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

大森文彦

島谷武志

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

後藤博信

右訴訟代理人弁護士

清宮國義

主文

一  被告は、原告に対し、二五一四万一七九六円及びこれに対する平成九年一〇月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その六を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、六七七〇万五四〇八円及びこれに対する平成九年一〇月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実ならびに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実

1  原告は、昭和四八年に富山県立桜井高校農業土木科を卒業し、昭和五二年に金沢工業大学土木工学科を卒業した後、同年四月から共和土木株式会社に勤務し、昭和五五年からは父親が経営し土木業を営む甲野組に勤務したが、昭和六三年からは住宅メーカーでタカノホーム株式会社にセールスマンとして入社して平成七年八月まで勤務し、同年一〇月からは株式会社富山村田製作所に勤務している(原告、弁論の全趣旨)。

2  被告は、有価証券などの売買やその取引の媒介、代理などを業務とする証券会社である(争いがない)。

3  原告は、昭和六一年七月一五日、総合取引申込書及び保護預かり口座設定申込書をもって、被告富山支店(以下「被告支店」という。)に取引口座を設け、被告支店における取引を開始した。その後の売買取引は別紙売買取引計算書記載のとおりで、原告は、平成六年五月二四日に日新製鋼ワラント(以下「本件ワラント」という。)を購入する以前にもワラント取引(以下「本件前のワラント取引」という。)を行っていたが、その銘柄は複数であり、一回の取引数量も五〇ワラント未満であった(概ね争いがなく、これに乙1、2を付加して右のとおり認める。)。

4  原告は、平成六年五月下旬ころ、日新製鋼の株式を二万株持っていたが、中込から本件ワラントの購入を勧められ、同月二四日、本件ワラントを五〇〇ワラント購入し、その後、別紙一覧表(一)のとおり、本件ワラント取引を行ったが、いずれも、権利行使価格は七六四円であり、権利行使期限は平成八年四月一八日であった。また、各購入時の日新製鋼の株価は別表のとおりであった。なお、本件ワラントは、外貨建ワラントであり、その売買は為替相場の影響を受け、また、証券会社との相対取引で売買されるものである(争いがない。)。

5  原告は、平成八年四月八日、保有する本件ワラントのすべてを代金合計六二万七九一四円で被告に売却したので、原告は、六二八五万四四九二円の損害を被った(争いがない。)。

6  平成七年五月下旬ころ、被告支店の支店長が稲野和利から鈴木大輔に、被告支店における原告の担当者が中込広恵(以下「中込」という。)から新里正道(以下「新里」という。)に、それぞれ代わり、新里は、同月二四日ころから、平成九年六月一日ころまでの間原告を担当した(争いがない。)。

7  原告は、新里の担当期間に、ワラント取引(以下「本件後のワラント取引」という。)を行い、オプション取引口座を開設してオプション取引を始めた(争いがない。)。

二  争点

中込の担当期間に行われた本件ワラント取引ならびに新里の担当期間に行われた本件後のワラント取引及びオプション取引において、右各担当者には被告の不法行為ないしは債務不履行を構成する違法行為があったか。

三  原告の主張

被告の担当者には次のとおりの違法行為が認められるから、被告は原告に対し、不法行為責任ないしは債務不履行責任を負う。

1  適合性原則違反

ワラントの知識がなく、安全な資産運用をしたいという原告に対して、ハイリスクのワラント取引を勧めることは適合性の原則に反する。

2  断定的判断の提供

中込は、本件ワラントの価格は必ず上昇する、必ず利益が出る、などと繰り返し述べ、被告の面子にかけて損をさせないなどと、断定的判断を提供した。

3  説明義務違反

ワラントは、その仕組みが複雑なうえに、株式以上に値動きが急激で投機性が高く、利幅が大きい反面、権利行使期限を徒過すると無価値になり、権利行使期限前でも短期間でゼロに近づくなど、投資金額全額を失う危険性があるハイリスク・ハイリターンの金融商品であり、特に外貨建ワラントの場合は、売却する場合に為替変動の影響を受け、価格形成の経過が一般顧客には容易に理解しがたいものであり、上場株式とは異なり証券会社との相対取引により売買されるものであるから、被告がワラントを原告に勧めるにあたっては、①ワラントの価格は同銘柄の株式の数倍の値動きをすること、②権利行使価格及び権利行使期間の意味、権利行使期間が経過するとワラントが無価値になること、権利行使期間経過前でも、株価が権利行使価格を下回り、かつ残存期間が短くなったワラントは売却が困難となるおそれが大きいこと、③外貨建ワラントの価格形成メカニズム④外貨建ワラントは上場株式とは異なり証券会社との相対取引によること等について十分に説明し、原告が的確に認識できるようにすべき義務があったが、中込は、右説明を全くしなかった。特に、権利行使の残存期間が短く、プレミアム率(直接株式を購入する場合の費用とワラントを購入してから権利を行使して株式を保有する場合とで、どちらが割高かを比較して、どの程度ワラント購入者が余分に支払わなければならないかをパーセントで表示した指標)の高い本件ワラントの購入の勧誘は不適切であるうえ、その危険性についての説明を尽くしていないのであるから違法である。

4  助言ないし情報提供義務違反

株価は権利行使価格を大幅に下回っていたこと、権利行使の残存期間が二年を下回っていたこと、本件ワラントの価格が下落したことからすれば、被告は原告に対し、本件ワラントを買い増ししないように助言ないし情報提供すべきであったのに、これをしなかった。

5  一任勘定取引

本件ワラント取引による損失でダメージを受けた原告に対し、損失補償をするかのような説明をし、断定的判断を提供して、一任勘定取引を依頼させたうえ、大量かつ頻繁に取引を繰返して確実に被告支店の手数料を稼ぐ一方原告に損害を与えた。

四  被告の主張

1  適合性の原則違反について 証券取引法の規定を根拠にして民事上の責任は生じない。

証券会社による投資勧誘は、契約締結の誘因に止まるから、債務不履行責任が発生する余地はない。

原告は、証券市場をめぐる経済事情に相当に通じており、証券取引のために多額の専用資金をもって、専ら投機を目的に投資を行っていた経験者であると評価できるのであるから、中込による本件ワラントの勧誘は適合性の原則に反しない。

2  断定的判断の提供について 断定的判断を提供したことはない。

仮に「必ず上がる。」とか「有利だ。」等の抽象的な表現があったとしても、投資経験の豊富な原告に対する表現としては、不法行為を構成するような違法性のあるものではない。

3  説明義務違反について

投資者は、自己の判断と責任において証券投資をするのであるから、被告に説明義務はない。

原告は本件取引以前に多数回のワラント取引を行っており、本件取引時にワラントの危険性やその商品性について熟知していた。

4  助言ないし情報提供義務違反について

投資者は、自己の判断と責任において証券投資をするのであるから、被告に助言ないしは情報提供義務はない。原告は、証券市場をめぐる経済事情に相当に通じており、証券取引のために多額の専用資金をもって、専ら投機を目的に投資を行っていた経験者であるから、自らの投資の状況については十分に把握していた。

原告は中込や稲野支店長の制止をきかず本件ワラントの買い増しをした。

5  一任勘定取引について

一任勘定取引はなく、原告の主張は失当である。

第三  判断

一  証拠(甲1、6、14、乙1、2、16、17、20、21、23、25、原告、証人中込)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和六一年から平成三年までの株取引においては、その多くを専ら自己の判断で行っていた。

2  原告は、本件前のワラント購入に先立ち、被告支店で開催された夕食付きの会合に出席し、被告から、「これからはワラントの時代です。」と言われてワラント購入を勧められ、本件前のワラントを購入した。この夕食会では、「価格の高いワラントは、短期売買投資向き、価格の低いワラントは、中・長期投資向き、ワラントは、権利行使期限を過ぎるとゼロになる。」との説明があった。原告は、本件前のワラント取引を行っていたとき、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」と記載された、昭和六二年一一月五日付けワラント取引に関する確認書に署名捺印した。原告は、本件前のワラント取引では約一三〇万円の利益を得たが、株取引では投資資金のほぼ全額を失うほどの損失を出したことから、一次被告支店での取引を手控えていたが、平成四年ないしは平成六年ころにかけてりんご園の売却代金が合計約一億円入ったので、銀行預金よりも有利な証券投資を選択し、再び取引を活発に行うようになった。

3  原告は、平成五年一〇月一二日、被告支店において、当時額面割れを起こして買い手の少なかった株式型エースを購入した。

4  原告は、経済誌等で得た知識をもとに日新製鋼株式を買うことにし、平成六年二月から同年三月にかけて、被告に対し日新製鋼株式合計二万株の買付け注文をした。

5  中込は、同年五月上旬ころ、原告に対し、投資効率を考えた運用提言として、本件ワラント取引を勧め、本件ワラントの売買は為替相場の影響を受けること、本件ワラントの価格は基本的に株価に連動するが、株価以上に激しい値動きをすること、本件ワラントには権利行使期間の制約があり、右期間を経過すると無価値になることを説明した。

6  中込は、同月二四日、原告に対し、被告の調査レポートを引用しながら、日新製鋼株式の値上がり見通しを述べたうえ、パソコンの画面を使って株よりもワラントの方が有利であると説明し、権利行使期日が平成八年一月末日であり、三か月ほど期間をみてもらえば目標達成できるとの説明した(このとき中込は原告にワラント取引の経験があることは分からなかった。)。そこで、原告は、ワラントは基本的に株と同じような仕組みのもので株よりも有利な商品であるとの認識を持った。原告は、同日、中込からワラント取引説明書の交付を受け、国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書に署名捺印したが、その後右取引説明書を読み、本件ワラントの売買は為替相場の影響を受けること、本件ワラントの価格は基本的に株価に連動するが、株価以上に激しい値動きをすること、本件ワラントには権利行使期間の制約があり、右期間を経過すると無価値になることを確認した。

7  原告は、同日、本件ワラントを五〇〇ワラント購入したが、中込からの報告で本件ワラントの価格が下がってきていることを知ったので、株と同様に、低いところで買っていって買付けコストを下げておき、高くなったときに売れば有利だという認識のもとに、同年七月二九日以降、別紙一覧表(一)のとおり、価格の下がった本件ワラントを買い増していった。

8  原告は、少なくとも平成七年三月二二日ころまでは、本件ワラント取引を妻には内緒にしていた。

9  中込は、平成六年一一月一八日ころには、本件ワラントの価格が低下しているにもかかわらず、買い増しを続ける原告の投資姿勢に異常さを感じた。

また、稲野支店長は、同年一二月二〇日ころには、本件ワラントは、権利行使の残存期間が一年半ほどであるから、今後さらに状況は厳しくなっていくとの認識を持っていた。

10  原告は、平成七年五月二四日、新里から「本件ワラントは、残存期間が短くなったので、九〇パーセント見込はありません。駄目です。」と言われた。新里は、ワラントは、権利行使期限が迫ってくれば、なかなかポイントがあがらないと原告に説明したが、原告がワラントについてのこのような説明を受けたのはこれがはじめてであった。

11  原告は、新里の説明を聞いて本件ワラントの買い増しを止めたが、被告に対し、言うとおりにするので助けて欲しいと懇願し、本件ワラントによる損失を回復させるように求めた。

12  新里は、同月三一日、原告に対し、オプション取引についての一通りの説明をしたうえ、株価指数オプション取引説明書を交付し、原告は、同日付け株価指数オプション取引に関する確認書にサインした。

13  原告は、新里との間で頻繁に電話連絡をとりあいながら、本件後のワラント取引及びオプション取引を行った。

二  適合性の原則の違反について

前記争いのない事実及び右認定の事実によれば、原告は、本件ワラント取引当時、りんご園を売却した代金として少なくとも約一億円の投資資金があったのであり、また、原告は、本件ワラント取引以前に、株取引のほか、転換社債、ワラント取引の経験があり、少なくとも株取引についてはその多くを専ら自己の判断で取引し、その取引も相当回数のぼっているのであるから、原告は相応の投資資金を有し、かつ、相当の投資経験があるといえるのであって、原告に本件ワラントの購入を勧誘することが社会的相当性の範囲を逸脱し違法であるとまでいうことはできない。

原告は、安全に運用する資金であったと主張するけれども、過去に株取引で投資資金のほぼ全額を失う損失を経験していながら、銀行預金よりも有利であるとして証券投資を選択していること、株よりもハイリスク・ハイリターンであるとの認識はありながら本件ワラントを購入し、しかも本件ワラントの価格が現に低下しているのに本件ワラントを買い増ししていること、額面割れした買い手の少なかった株式型エースを購入していることに照らすと、原告の投資姿勢は安全を第一に考えていたものとは思われないのであって右主張は採用できない。

三  断定的判断の提供について

中込が本件ワラントは必ず値上がりするとの断定的判断を提供したと認めるに足る証拠はないうえ、原告の前記投資経験に照らせば、値上がりするとの中込らの説明があったとしても、それを中込が示した強気の見通し以上のものとして原告が受け取ったとはとうてい考えられないのであるから、原告の主張は理由がない。

四  説明義務違反及び助言・提供義務違反について

1  被告は、証券投資は投資家の自己責任で行うものであって、証券会社には投資商品についての説明義務及び助言・情報提供義務はなく、証券会社の提供する情報は顧客に対するサービスにすぎないと主張する。

なるほど、証券投資は、基本的には、投資家が自己の判断と責任において行うべきものである。しかしながら、一般投資家と証券会社の間には、証券取引についての知識情報面において質的な差があるのも事実であって、それ故顧客は証券会社の提供する情報を信頼して取引をするものであるから、顧客自らが特定の投資商品の購入を証券会社に申込む場合であればともかく、いやしくも証券会社の担当者が顧客である一般投資家に対して投資商品を勧誘する場合には、顧客が自主的判断にもとづいて投資商品の購入の可否を決することができるように、リスクを含めその投資商品の性格をわかりやすく説明すべき義務があり、右勧誘を機縁として顧客が投資商品の購入を継続する場合には、顧客が投資商品について理解を欠いているのではないかと疑われる事情があれば、顧客の理解を高めるべく、適宜助言ないしは情報を提供すべき義務があるといわなければならない。

2  もとより、証券会社の行うべき説明ないしは提供すべき助言及び情報の内容は、当該投資商品の性格に応じて異なるものであるが、本件ワラントの性格についてみると、前記争いのない事実及び証拠(乙17、23、証人中込、同新里)によれば、本件ワラントは次のような重要な特質を持つといえる。

(一) 外貨建ワラントであり、その売買は、為替相場の影響を受けること。すなわち、外貨建ワラントについては、ワラントの価格が一定でも、為替が購入時よりも円高になれば、為替差損が生じ、反対に円安になれば、為替差益が生じること。

(二) 価格は、株価と連動するが、値上がりも値下がりも株価の数倍の速さで動き、ハイリスク・ハイリターンであること。

(三) 権利行使期間までに権利を行使しないと、無価値になること。

(四) 権利行使期間経過前でも残存期間が短くなると価格は低くなる傾向が強いこと(時間的価値の減少)。

3  しかも、原告が本件ワラントを購入した時点では、株価は権利行使価格を大きく下回り、かつ、権利行使の残存期間は、二年を切っていたのであるから、中込が原告に本件ワラントを勧誘する場合には、少なくとも、本件ワラントについて、(一)売買は為替相場の影響を受けること、(二)価格は基本的に株価に連動するが、株価以上に激しい値動きをすること、(三)権利行使期間の制約があり、右期間を経過すると無価値になること、(四)権利行使期間が近づくと価格が低くなる傾向が強いことを説明すべき義務があり、右勧誘を機縁とし継続されたその後の取引を通じて、原告が右各事項について理解を欠いているのではないかと疑われる事情がある場合には、中込は右各事項についての原告の理解を高めるべく適宜助言ないしは情報を提供すべき義務があったというべきである。

もっとも、原告には、前記のとおり、本件前のワラント取引の経験があったのであるが、その当時は取引銘柄は分散しており、一回の取引量もさほど多くはなく、右取引では利益を出していたのであって、右経験もワラントのリスクについて十分に理解をしていた事情とまではいえない。しかも、中込が本件ワラント取引について説明した時点では、原告にワラント取引の経験があるとは思わなかったというのであり、それはワラントについての十分な理解が原告になかったことを窺わせるものというべきであるから、原告の本件前のワラント取引の経験は中込の説明義務ないしは助言及び情報提供義務を軽減するものではない。

4  そこで、検討するに、前記認定のとおり、中込は、右(一)ないし(三)については説明しているが、(四)についての説明をしていない。

中込は、(四)の時間的価値の減少についても原告に説明したと述べるけれども(乙23、証人中込)、中込がその説明に用いた書面(甲6)には、本件ワラントの価格が株価と連動して変化し、その値動きは株価よりも激しいことが記載されているのみであって、時間的価値の減少を考慮した説明がなされた形跡は窺えないし、もし中込がそのような説明をしていたのであれば、権利行使期限が近づいているのに、原告が買付け価格の引き下げを図って買い増しを進めていくようなことがあったとは思われない。また、新里が時間的価値の減少についての説明を交えながら本件ワラントの見通しを示したことによってはじめて原告が本件ワラントの買い増しを思いとどまった経緯からみても、中込が時間的価値の減少について説明したとは考えられないのであって、中込の右供述は採用しえない。

したがって、中込の勧誘行為には説明義務の違反が認められる。

5  ところで、被告は、平成六年一二月二〇日、平成七年一月二七日、平成七年三月二二日に、中込ないしは稲野支店長が時間的価値の減少の点を含め本件ワラントのリスクについて説明して原告の本件ワラントの買い増しを思いとどまらせようと努力したが、原告は聞き入れなかったと主張する。しかし、原告は、同年五月二四日に、初対面の新里から、時間的価値の減少を含む本件ワラントのリスクについての説明を聞くと、本件ワラント取引の失敗を理解し、ただちに本件ワラントの買い増しをやめているのである。そうであれば、新里よりも年長で、かつ、従前の取引を通じて信頼関係が築かれていたはずの中込や支店長の立場にあった稲野から同様の説得を繰り返し受けてなおあえて原告自身の判断で本件ワラントの買い増しを続けていったとは考えにくいことである。被告の主張は採用できない。

6  そうすると、本件ワラント取引はすべて、中込の勧誘を機縁として行われたものということができるが、加えて、中込が原告の投資姿勢に異常さを感じた平成六年一一月一八日以降は、中込において、原告がワラントの持つ時間的価値の減少というリスクを理解していないことを疑うべき事情があったというべきであるから、少なくともこの時点以降は中込において原告に時間的価値の減少について理解させ、本件ワラントの買い増しのリスクを説明すべき義務があったというべきところ、前述のとおり、中込は右義務を果たしていないのであって、原告が本件ワラント取引によって被った損害(六二八五万四四九二円)はすべて、被告の業務の執行として行われた被告従業員中込の違法行為によってもたらされたものということができる。

五  一任勘定取引について

前記認定の事実によれば、原告は、本件ワラントにより損失が出たことを知り、被告に懇願してその回復を求め、それに応じた新里が原告と頻繁に連絡をとりながら、本件後のワラント及びオプション取引を行ったことが認められるのであるから、新里には違法行為があるとは認められない。

六  以上検討したところによれば、被告従業員中込の業務の執行に伴う不法行為により原告に六二八五万四四九二円の損害が生じたといえるが、前記争いのない事実及び前記認定の事実によれば、原告は、比較的豊富と言える投資経験があったのであり、本件ワラントには権利行使期間の制約があり、右期間を経過するとワラントは無価値になることを明確に認識し、しかも現実に本件ワラントの価格が値下がりを続けていることも十分知っていながら、漫然と買い増しを続けて損失を拡大させていったものであって、これらの事情を考慮すると、本件取引により原告の被った損害額の六割を減ずるのが相当である。したがって、原告の請求は、二五一四万一七九六円及び訴状送達の翌日(平成九年一〇月二八日)から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官・今岡健)

別表 日新製鋼株価

日付

H.6.5.24

株価(円)

448

H.6.7.29

436

H.6.11.15

500

H.6.11.18

499

H.6.11.24

477

H.6.12.12

473

H.7.1.12

488

H.7.2.17

418

H.7.2.20

424

H.7.2.27

398

H.7.3.15

405

H.7.4.5

405

別紙一覧表(一)

銘柄名 日新製鋼

購入日

1ワラント当たり

社債額面

購入ワラント数

購入単価

適用為替

(円)

購入金額

(円)

H.6.5.24

5,000

500

3.25%

105.40

8,563,750

H.6.7.29

5,000

500

1.50%

100.80

3,780,000

H.6.7.29

5,000

500

1.50%

100.80

3,780,000

H.6.11.15

5,000

890

1.25%

99.40

5,529,125

H.6.11.18

5,000

1300

1.25%

99.35

8,072,187

H.6.11.24

5,000

1310

1.00%

99.45

6,513,975

H.6.12.12

5,000

3500

1.00%

100.30

17,552,500

H.7.1.12

5,000

1500

1.00%

101.10

7,582,500

H.7.2.17

5,000

200

0.25%

98.50

246,250

H.7.2.20

5,000

200

0.25%

98.25

245,625

H.7.2.20

5,000

300

0.25%

98.25

368,437

H.7.2.20

5,000

600

0.25%

98.25

736,875

H.7.2.27

5,000

200

0.25%

98.30

245,750

H.7.3.15

5,000

50

0.09%

91.80

20,655

H.7.3.15

5,000

200

0.25%

91.80

229,500

H.7.4.5

5,000

50

0.07%

87.30

15,277

合計

63,482,406

(売却金額) 627,914

(損失合計)62,854,492

別紙売買取引計算書<省略>

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