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東京地方裁判所 平成9年(ワ)22334号 判決 1999年2月16日

原告

A

右訴訟代理人弁護士

村田敏

被告

上野文

被告

野原茂樹

被告

有限会社植樹園

右代表者代表取締役

野原茂樹

主文

一  被告上野文は、原告に対し、金一〇八一万七二二七円及びこれに対する平成九年一一月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告野原茂樹及び被告有限会社植樹園は、各自原告に対し、金一〇八一万七二二七円及びこれに対する平成九年一一月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自原告に対し、金四四〇四万六一二二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告上野文については平成九年一一月一七日、その余の被告らについては同月(ママ)一一月二日)から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、大韓民国の国籍を持つ原告が、日本国内で労災事故にあったとして、原告の雇用主らを被告として、右事故による損害の賠償を求めているものである。

一  争いのない事実

1  原告は、一九六六年(昭和四一年)七月に大韓民国(以下、「韓国」という。)で生まれ、平成五年一〇月に就学資格で来日した。原告は就学の在留資格が無くなった後も日本国内に在留して建設業等に従事していた。

2  原告は、被告上野文(以下、「被告上野」という。)に雇われ、同人の業務命令を受けて、平成八年一一月二七日午後三時三〇分ころ、神奈川県藤沢市<以下略>所在のヤマカストアー本鵠沼支店裏側の通路上で、約三メートルの高さにある鉄柱にビニール製のトタン屋根材を取り付ける作業に従事していたところ、被告上野が足場を固定するなどの落下防止の措置を講じないままでいたために、完全に固定されていない右ビニール製のトタン屋根材からアスファルトの地面に落下してしまった(以下、この落下事故のことを「本件事故」という。)。

3  原告は、右落下により左大腿骨転子部骨折の重傷を負い、直ちに藤沢市民病院に運ばれ、平成九年一月一九日までの五四日間同病院に入院し、その後社会保険中央病院に転院し、同年六月三〇日まで通院したが、その期間中である五月二六日から同年六月一四日までの二〇日間は同病院に固定金属を抜去するために入院した。

4  原告は、平成九年六月三〇日に治療を終了した(症状固定)が、左股関節可動域障害の後遺障害を残すことになり(<証拠略>)、横須賀労働基準監督署長から後遺障害等級一二級七号の認定を受けた(<証拠略>)。

二  争点

1  被告野原茂樹(以下、「被告野原」という。)及び被告有限会社植樹園(以下、「被告会社」という。)の責任の有無

(一) 原告の主張

原告と被告野原の間には直接の雇用契約は存在しないが、被告野原は本件作業現場を巡回し、作業の進捗状況を確認するとともに、その都度被告上野に作業上の指示を与えていたのであるから、原告は被告野原の事実上の支配下に置かれており、被告野原も原告の生命身体の安全を配慮すべき義務を負っていたところ、これを怠って本件事故を惹起させたものである。

また、被告会社の代表者である被告野原が、被告会社の業務上右のとおり安全配慮義務に違反して本件事故を惹起したのであるから、被告会社は、当然損害賠償義務を負うものである。

(二) 被告野原及び被告会社の主張

本件の作業現場は、被告上野が被告会社から請負って作業をしていた現場であり、作業を行っていたものはすべて被告上野と雇用関係があるものであり、作業員に対する指示もすべて被告上野が行っていることからすれば、被告野原及び被告会社は、本件作業現場を支配していたとは言えないから、原告に対する安全配慮義務を負担しない。

かりに、被告野原及び被告会社が安全配慮義務を負担することがあったとしても、被告野原は、被告上野及び原告らに作業に当たってはビニール製のトタン屋根材の上に乗ってはならない、雨が降ったら必ず作業を中止するように注意していたから安全配慮義務を尽くしていたもので、被告野原及び被告会社が責任を負うことはない。

2  損害額

原告の主張する具体的な損害額

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  原告も認めるように、原告と被告野原及び被告会社との間に直接の雇用関係はないが、被告野原が被告上野に本件作業を下請に出したこと、被告野原自身が一度ならず作業現場に赴いて作業に関する指示をしていること(<証拠略>)、原告は、本件現場は事故当日が初めてで、ビニール製のトタン屋根の上に乗って作業をしていることを被告野原が見ていること(原告本人)、作業内容から見て、壁側の屋根をボルトで締めるには、ビニール製のトタン屋根材の上に乗って作業するのが効率的であり、そのように作業することも予想されていたこと(原告本人)等の事実を認めることができる。

被告野原は、被告上野に対して、ビニール製のトタン屋根材に乗らないように、また、雨が降ったら作業を中止するように注意したと主張するが、そのような指示を与えていたという確かな証拠もなく、かりにそのような指示を与えていたとしても、現実に被告上野の指示により、雨中、原告が屋根材の上で作業をしていた(原告本人)ことからすれば、指示が徹底していたかどうか疑問であり、足場や梯子といった安全に作業をするための措置を講じていたわけでもない。

2  本件作業現場のように作業内容、作業規模が小さい現場(被告会社が被告上野に請負代金として支払ったのは、工賃金一八万円、材料費五万二〇〇〇円である。<証拠略>)で、作業現場において元請の代表者である被告野原自身が作業についての指示を与えているような場合には、現実に作業していた原告に対しても被告野原、すなわち被告会社の現場支配が及んでおり、作業員が安全に作業できるように配慮する義務があるものと解される。

したがって、本件において、作業現場に足場等もなく、雨中、滑りやすいビニール製の屋根材の上で、ボルト締めの作業をすることを結果的に黙認していた被告野原、及び被告野原が代表者であり、被告上野に本件作業を下請に出した被告会社にも、本件事故によって生じた損害を賠償する責任がある。

二  争点2について

原告の損害額を具体的に検討し算定する。

以下においては、認めることができる損害額を最初に明示し、併せて括弧内に原告の主張金額を示すこととする。

1  付添看護費 金一二万円(金三七万円)

原告が、本件事故により傷害を負い、合計七四日入院したのは事案の概要で示したとおりであるが、原告の負った傷害の内容、程度からみて、事故当日に入院してから、手術を受けた平成八年一二月六日(<証拠略>)の二週間後の同月二〇日までは付添看護の必要があったものと認めることができる。一日の単価は原告主張のとおり五〇〇〇円として、二四日間合計一二万円が損害額となる。

2  入院雑費 金九万六二〇〇円

(原告の請求どおり)

入院期間中一日一三〇〇円の入院雑費を要するものと認めるのが相当であり、全体で九万六二〇〇円となる。

3  診断書作成代 金三六七〇円

(原告の請求どおり)

原告が、藤沢市民病院及び社会保険中央病院に入院したことは前述のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、原告の請求金額を損害と認定して差し支えない。

4  休業損害 金二一二万〇五四七円(金三三六万五三九五円)

原告は、日本国内での原告の収入について具体的な事実を摘示してこれを主張しているわけではなく、また、この点についての客観的な証拠が提出されているわけでもないが、原告の陳述書によれば、平均月額約三〇万円の収入があったとされており(<証拠略>)、この金額自体が不合理とは言えないから、月額三〇万円の収入があったものと認定するのが相当である。

原告が事故当日から平成九年六月三〇日まで就労できなかったものと認められる(<証拠略>)から、その間の休業損害は、次のとおり金二一二万〇五四七円となる。

三〇万円×一二×二一五÷三六五=二一二万〇五四七円

5  後遺障害逸失利益 金六一四万二二三一円(金三一二七万六二七八円)

(一) 原告は、労災認定で後遺障害等級表第一二級七号の認定を受けたことを前提に、それ以外にも左足のしびれや痛み及び右腕の痛みがそれぞれ一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当し、左足膝の内側に長さ一〇センチメートル、幅約一センチメートルの疵跡が残った点は一二級一三号(男子の外貌に著しい醜状を残すもの)に該当するので、結局後遺障害全体としては一二級を二級繰上げた一〇級相当であると主張している。

しかし、労災で認定を受けた一二級七号の後遺障害はこれを認めることができる(<証拠略>)ものの、その余の原告の主張する点はこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、後遺障害等級表上一二級七号に該当する事由があるものとして後遺障害関係の損害を算定することとなる。

(二) 原告の後遺障害逸失利益算定の基礎となる収入は、日本国内においては前記のとおり月三〇万円(年三六〇万円)と考えるべきであるが、原告は、本件事故当時既に適法に日本国内に在留する資格を喪失していた(<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば在留期限は平成八年一月一日である。)のであり、本件事故に遭わなくともいずれ母国に帰国しなければならない状態であったから、日本国内での就労可能期間は、原告の右のような法律上の状態、原告自身の意思(原告本人)、事故から症状固定までの期間、日本での滞在を合法化する特段の事情がないことなどを総合考慮し、症状固定日の翌日である平成九年七月一日から三年間と解するのが相当である。

そして、その後は母国である韓国での収入を基準にするべきであるが、原告は、韓国では軍隊生活を送ったことはあるものの他のこれといった職業に就いたことはなく(<証拠略>)、母国での就労実績から母国での収入を認定することはできないので、原告が事故当時行っていた建設業の母国内での平均賃金である月二〇万二九六九円(年二四三万五六二八円)を基準に算定すべきである(<証拠略>、原告本人)。

(三) 原告は、一九六六年(昭和四一年)七月二日生まれで、症状固定日の一九九七年(平成九年)六月三〇日現在三〇歳であり、症状固定時において、日本国内及び母国内で六七歳まで就労可能であると考えられる。

原告の労働能力喪失率は一四パーセントと認めるのが相当であるから、年五パーセントのライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、原告の逸失利益は、次の計算式により六一四万二二三一円となる

三六〇万円×〇・一四×二・七二三二(三年のライプニッツ係数)+二四三万五六二八円×〇・一四×(一六・七一一二-二・七二三二)=一三七万二四九二円+四七六万九七三九円=六一四万二二三一円

6  慰謝料 金四四〇万円(八〇〇万円)

前記認定の本件事故の態様、原告の負傷の部位・程度、入通院の期間(入院約二か月半、通院約五か月)、さらには後遺障害の部位・程度のほか、原告の現在の生活状況などの本件訴訟に顕れた一切の事情を斟酌すれば、本件事故による傷害及び後遺障害によって受けた原告の精神的苦痛を慰謝するには、四四〇万円が相当である。

7  損害のてん補 金三〇六万五四二一円

原告が労災保険給付として、療養・休業補償給付及び障害補償一時金として合計三〇六万五四二一円の支払い受(ママ)けたことは原告の自認するとおりである(<証拠略>)。

8  以上1ないし7の損害額小計金九八一万七二二七円

以上の1ないし6の損害額を合計し、7のてん補額を控除すると、金九八一万七二二七円となる。

9  弁護士費用 金一〇〇万円(金四〇〇万円)

本件は雇用契約及びこれに付随する安全配慮義務違反による損害賠償請求の事案であり、被告らにとっては債務不履行責任を問われるものではあるが、債権者である原告からすれば、災害による人身被害の賠償を求める点において、不法行為訴訟の場合と被害者保護の必要性は異なるところはないから、原告が自己の権利保護のために要した弁護士費用は、被告らの債務不履行によって生じた損害と見ることができる。

本件事案の性質、内容、認容額に照らし、原告が賠償を求めることができる弁護士費用の額は金一〇〇万円と考えるのが相当である。

10  総額 金一〇八一万七二二七円

第四結論

被告上野は、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書等の準備書面も提出しないから、原告主張の請求原因事実を明らかに争わないものと認めることができる。(もっとも、自白したものとみなされる原告主張事実のみから認定できる損害額は入院雑費及び診断書作成代のみであり、その余の損害額の算定については具体的な立証を問題とせざるを得ないので、結局、被告上野の関係でも、損害額の検討のところで認定したとおりの金額となる。)

その余の被告については、以上検討したところから、金一〇八一万七二二七円及び遅延損害金の限度で認容できる。

したがって、原告の請求は金一〇八一万七二二七円及びこれに対する各被告への訴状訴達の日(被告上野は平成九年一一月一六日、その余の被告らは同月(ママ)一一月一日)の翌日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるので、その限度で認容する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

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