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東京地方裁判所 平成9年(ワ)22548号 判決 1998年10月29日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求及び訴訟物

一  詐害行為取消権に基づき被告と新日本建設株式会社との間で平成九年九月二〇日された別紙工事代金債権目録記載の債権の譲渡契約を原告の債権額一一七六万円の範囲で取り消す。

二  被告は原告に対し前項の取消しに係る一一七六万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年一一月七日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、倒産状態に陥り清算型任意整理を開始した債務者(新日本建設株式会社)と右任意整理の委任を受けた弁護士(被告)との間で債権譲渡契約が締結された場合において、右債権譲渡契約が任意整理における債権者等に対する配当財源を確保するという目的でされたときであっても、詐害行為に該当するものとして取り消さざるを得ないのかどうかが争われる事案である。新日本建設の債権者である原告が、新日本建設と被告間の本件債権譲渡契約が詐害行為に該当すると主張して、その取消し及び被告が受領した弁済金の原告への返還を求めたのが本件である。

二  前提事実

1  原告は、平成九年七月二三日、新日本建設から学習院大学北グランド散水設備工事を代金一一七六万円で請け負い、右工事を約定の同年八月二三日までに完成したことにより、新日本建設に対して一一七六万円の請負代金債権を有している(甲一、五、六及び弁論の全趣旨により認定することができる。)。

2  新日本建設は、平成九年七月三一日、学校法人学習院から学習院大学北グランド改修工事を代金二一一〇万五〇〇〇円で請け負い、右工事を約定の同年八月二三日までに完成したことにより、学習院に対して二一一〇万五〇〇〇円の請負代金債権を有している(争いがない。)。

3  新日本建設は、平成九年九月二〇日までに支払停止状態に陥り、同日付けの書面をもって同社の債権者に対し任意整理を行う旨を通知し、同月二二日には不渡手形を出した(争いがない。)。

4  新日本建設と被告は、平成九年九月二〇日、右2記載の請負代金債権を被告に譲渡する旨の債権譲渡契約を締結し、新日本建設は同月二二日学習院に対して確定日付ある証書により債権譲渡通知をした(争いがない。)。

三  争点

本件の争点は、本件債権譲渡契約を詐害行為に該当するものとして取り消すことができるかどうかであり、この点に関する双方の主張は次のとおりである。

1  原告の主張

本件債権譲渡契約は、新日本建設が支払停止に陥った後、同社の他の債権者を害することを知りながら、同社と被告が通謀して行ったものであることが明らかであり、右契約は詐害行為として取り消されるべきである。

2  被告の主張

被告は、新日本建設から同社の清算型任意整理の委任を受け、右委任事務を遂行中の弁護士である。本件債権譲渡は、右任意整理における配当財源となるべき債務者の財産を他と分離特定して確保することを目的とするものである。被告は、学習院から右譲受債権の弁済として受領した金員をすべて新日本建設の任意整理のための財源に充てており、右任意整理においては裁判所における破産管財事件に準じた厳格な基準により債権者に対する弁済がされる予定である。したがって、新日本建設及び被告には、本件債権譲渡契約について詐害の意思はなく、本件詐害行為取消請求は許されない。

第三  当裁判所の判断

一  証拠(甲七、乙一ないし七)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  新日本建設は、平成九年九月二〇日までに、同社振出の平成九年九月二二日を満期とする手形及びそれ以降に満期が到来する手形の支払資金の調達が不可能になって支払停止状態に陥り、倒産が必至となった。同社は、弁護士と相談した結果、任意整理を行うこととした。

2  新日本建設の主要な資産は未回収の請負代金債権であったが、これが同社名義の銀行預金口座に振り込まれてしまうと銀行から相殺されて一般債権者に対する配当財源が確保できなくなるおそれがあったため、これを弁護士に債権譲渡して弁護士が弁済を受けることにより請負代金債権を配当財源として確実に確保する方策を採用することとした。その結果、新日本建設から委任を受けた弁護士のうち、佐藤正八弁護士が新日本建設の債権者に対する対応を担当し、被告及び隈元慶幸弁護士(被告訴訟代理人)が同社の債務者からの債権回収を担当することとなった。新日本建設と被告は、平成九年九月二〇日、新日本建設の有する未回収の請負代金債権すべてを同社の債権回収のため被告に対して信託的に譲渡する旨の契約を締結した。本件債権譲渡契約は、右信託的債権譲渡契約の一部を成すものである。

3  被告は、右信託的譲渡を受けた債権につき債務者との間で弁済の交渉をし、弁済として受領した金銭を他と分離して保管し、順次前記佐藤正八弁護士に送金しており、右金銭はすべて新日本建設の債権者に対する弁済など同社の任意整理のための資金として使用されている。新日本建設の学習院に対する請負代金債権も、被告が弁済を受けた上で同様に処理されている。

4  佐藤正八弁護士らによる新日本建設の任意整理は、各債権者に対する配当弁済額の決定に当たり、優先債権者の優先権を尊重し、同種の債権を有する複数の債権者は平等に取り扱うなど、現在の裁判所における破産管財実務を実施した場合と同様の結果となるように運営されている。右手続において、任意整理の関係者の一部に殊更に有利或いは不利になるような取扱いがされているような事情は窺われない。本件任意整理においては、従業員の賃金債権など優先債権の一部は既に優先債権者に弁済されている。

5  原告は新日本建設の一般債権者にすぎないが、本件詐害行為取消権の行使により他の一般債権者よりも高率の債権回収を実現することを企図している。本件任意整理における一般債権者に対する配当見込額は、債権額の数%程度にすぎない。また、原告は、新日本建設の清算のために破産宣告の申立てをする意思はない。

二  右事実関係に基づいて検討する。

1  原告に本件詐害行為取消権の行使を許すと、原告は被告から原告の債権額に相当する一一七六万円の支払を総債権者のために受けることができ、右一一七六万円を新日本建設に支払う義務を負うが、原告は右支払義務と原告の新日本建設に対する請負代金債権とを相殺することができ、結局、一般債権者にすぎない原告に実質的に債権全額の回収を許すことになる。

2  被告は、自己の債権回収のために債権譲渡を受けたものではなく、新日本建設の総債権者の利益のために債権の信託的譲渡を受けたものにすぎず、他の弁護士と共同して、弁済を受けた債権を財源として、裁判所における破産管財実務を実施した場合と同様の配当を実現するために、同社の任意整理を遂行中の弁護士である。

3  原告は、優先債権者ではなく、一般債権者としての原告の権利が本件任意整理において無視されたというような事情は存在しない。

また、本件任意整理においては、そもそも関係者の一部に殊更に有利或いは不利になるような取扱いがされたことはないと認められる。

他方、被告は弁護士として総債権者のために本件債権譲渡を受けたにすぎず、本件任意整理が裁判所における破産管財事件と同様の結果を実現するものであれば、いわば裁判所に代わる準公的業務の遂行のために本件債権譲渡を受けたものということができる。

まして、被告はすでに譲受債権の弁済を受けており、しかも弁済金を原資として従業員の賃金債権などの優先債権が既に弁済されているなどの事情もあるのであるから、詐害行為取消権の行使を許すと、単に債権譲渡契約を締結したのみで未だ譲受債権の弁済を受けていないという場合と異なり、弁済を受けた金銭の返還義務を弁護士個人として負うこととなり、このことは、被告に不当に過酷な負担を課するものというべきである。

4  以上の事情を総合勘案すると、仮に本件債権譲渡契約が詐害行為取消権行使のための形式的要件をすべて満たすものであったとしても、原告による本件詐害行為取消権の行使は権利の濫用として許されないものと解するべきである。

三  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却する。

(裁判官 野山 宏)

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