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東京地方裁判所 平成9年(ワ)23242号 判決

原告 A

右訴訟代理人弁護士 山下幸夫

同 中村秀一

同 佐藤康則

同 石川勝利

被告 株式会社毎日新聞社

右代表者代表取締役 小池唯夫

被告 平野安紀

右両名訴訟代理人弁護士 河村貢

同 豊泉貫太郎

同 岡野谷知広

同 木屋善範

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、各自、金一五〇〇万円及びこれに対する平成八年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告に対し、「サンデー毎日」誌上に、別紙記載の内容の謝罪広告を別紙記載の条件で一回掲載せよ。

三  被告株式会社毎日新聞社は、原告に対し、判決確定後の直近に発行される「サンデー毎日」の新聞広告及び電車の中吊広告用の広告中に、「判決 サンディエゴ射殺事件報道の誤報を認めてB教授夫人に謝罪」との見出しを入れて出稿せよ。

第二事案の概要

本件は、原告が、週刊誌「サンデー毎日」に掲載された記事により名誉を毀損され、また、プライバシーを侵害されたと主張して、右週刊誌を発行、発売した被告株式会社毎日新聞社及び右記事を執筆した被告平野安紀に対し、不法行為に基づく損害賠償及び名誉回復処分としての謝罪広告の掲載等を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、平成八年五月七日深夜、米国カリフォルニア州ラホヤ市の自宅前で何者かによって射殺された、当時カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部教授のB(以下「故B」という)の妻であり、同じころ同じ場所で射殺されたCの母親である(甲三の4、四、原告本人)(以下、故B及びCが射殺された事件を「本件射殺事件」という。)。

(二) 被告株式会社毎日新聞社(以下「被告毎日新聞社」という。)は、新聞の発行、出版等を主たる目的とする株式会社であり、雑誌「サンデー毎日」(発行部数は公称約二四万部)を毎週一回発行している。

(三) 被告平野安紀(以下「被告平野」という。)は、後記本件記事(ただし、記述一を除く部分)の執筆者であり、同記事が「サンデー毎日」に掲載された当時、「サンデー毎日」の専属記者であった(なお、右記事を執筆した当時の姓は「福島」であったが、その後改姓して「平野」姓となっている。)

(甲一、乙六、被告平野安紀本人)。

2  被告毎日新聞社が発行、発売した「サンデー毎日」平成八年六月一六日号(以下「本件サンデー毎日」という。)の一四六頁から一四七頁に、別紙のとおりの記事(以下「本件記事」という。)が掲載された。本件記事は、以下の各記述を含んでいる(甲一)。

(一) 「追跡ワイド 気になる『ふたり』」との記述(以下「記述一の1」という。)、「親愛が一転、憎悪に変わる瞬間がある。友好が対立に転じることも。その逆もしかり。『ふたり』-ならばこそであろう。さて、この気になる両者の関係は。」との記述(以下「記述一の2」という。)及び「サンディエゴ射殺事件 B教授夫人の『潔白抗議』にほの見える夫婦仲」との記述(以下「記述一の3」という。)

なお、記述一の1は、本件射殺事件に関する記事を含む複数の記事を特集した一連の記事(以下「本件特集記事」という。)全体についての大見出しであり(本件射殺事件に関する記事は、右特集記事の冒頭に掲載されている。)、記述一の2は、右特集記事の導入文であり、記述一の3は、本件射殺事件に関する記事についての小見出しである(以下、記述一の1ないし3をまとめて「記述一」という。)。

(二) 「なんとA夫人(四八)が、『私を犯人扱いしないで』と潔白会見をしたのである。」との記述(以下「記述二」という。)

(三) 「『私を犯人扱いするような日本の週刊誌などの報道に対し、強い憤りを覚えます。私は犯人ではありません』」との記述(以下「記述三」という。)

(四) 「たびたびクローズアップされたのは、アメリカのメディアによる別居報道、さらには離婚寸前説だった。そして、自宅以外に所有していた三軒の豪邸の名義を、昨年九月八日に夫婦共有から夫人個人の名義に変えた『ナゾ』を含め、Aさんに対する金銭疑惑などがマスコミをにぎわせたのも事実である。」との記述(以下「記述四」という。)

(五) 「だからこそ、この会見でとにかくこう強調した。」との記述(以下「記述五」という。)

(六) 「だが、記者会見に臨んだ記者は辛らつな質問をしている。夫と娘が射殺された当日、Aさんが南仏ニースにいたことを指摘し、難を逃れたようにも受け取れると彼女に迫った。」との記述(以下「記述六」という。)

(七) 「南仏滞在中の一カ月は、一切家族と連絡を取らなかったという。」との記述(以下「記述七」という。)

(八) 「今年三月に、Bさんが埼玉県浦和市の実家に帰った時には、同じころ日本に帰っていたはずのAさんとCさんは姿を見せなかった。Dさんと同居しているBさんの義姉が言う。『Aさんとは数えるほどしか会ったことがありません。三月に日本に帰ってきていたことは、Bさんが射殺された後の報道で知りました』」との記述(以下「記述八」という。)

(九) 「このためサンディエゴの自宅近くの日本料理店の経営者が、『家族三人でよく来ていたから、別居はないでしょう』と別居説を否定しても、マスコミは、南仏滞在中に音信がなかった点などから、夫人の言う『仲が良い』に『?』をつけないわけにはいかなかったようだ。」との記述(以下「記述九」という。)

(一〇) 「とはいえ、Aさんの実家では、この事実を否定しており、そうなると、彼女の発言の真偽が分からなくなってしまうのだ。」との記述(以下「記述一〇」という。)

(一一) 「いずれにしろ、不動産が彼女のビジネスであったことは確かなようで、皮肉にもトラブルが絶えなかったようだ。物件の一つを借りた、ある日本人の主婦はこう話す。『水道代の請求が持ち主のAさんに行くと、「こんなに高いはずがない。あんたんとこは、水漏れでもしているの」とすごい剣幕でどなりこんできました。彼女に家を借りて嫌な思いをしている人は多いですよ』」との記述(以下「記述一一」という。)

(一二) 「本来なら、夫と娘を失って取り残されたAさんは、気の毒な被害者であり、米国の銃犯罪への怒りに論調が傾きそうなものである。それなのにAさんがあえて記者会見を開いて冒頭のマスコミ批判をするようになったのは、言動を含め何かと『?』が目立ち、マスコミがそこに触れたからである。」との記述(以下「記述一二」という。)

(一三) 「遺体と対面した直後の記者会見の席でAさんは、『私は主人より年上なのが弱みなのです。私の年齢は主人と一緒にしてください』そんな自己中心的な言動が誤解を呼び、『とても、殺された一人娘の遺体と対面した後の母親の姿とは思えなかった』(地元記者)という声が出るのだろうか。」との記述(以下「記述一三」という。)

二  争点

1  本件記事は、全体として「原告が本件射殺事件に関与していた」との印象を一般読者に与え、原告の名誉を毀損するか。

2  前記1が否定される場合、本件記事のうち記述一ないし一三は、それぞれ原告の名誉を毀損するか。

3  本件記事は、公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあるものといえるか。

4  本件記事のうち記述四、九ないし一一及び一三の各内容は、真実又は公正な論評といえるか。真実でない場合、被告らが右各内容を真実であると信じるについて相当の理由があるか。

5  本件記事は、原告に対する違法なプライバシー侵害といえるか。

6  損害賠償額及び謝罪広告掲載等を命ずることの適否。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告の主張

本件記事は、次のように「原告が本件射殺事件に関与していた」との印象を一般読者に与える内容を有する記述一ないし一三を含むが、右各記述などによって構成されている本件記事は、全体として「原告が本件射殺事件に関与していた」との印象を一般読者に与え、原告の名誉を毀損する。

(1)  記述一の1ないし3について

記述一の2は、「その逆もしかり」という部分より、「親愛が一転、憎悪に変わる瞬間がある。友好が対立に転じることも。」という部分の方が中心であり、本件特集記事が「憎悪」「対立」に変わった人間関係を取り上げているとの印象を一般読者に与える。そして、本件特集記事で取り上げられている、土井コーチと長嶋一茂、麻原と井上、任天堂とセガとの関係は、本来他人間の関係であるから「友好」「対立」の関係といえるのに対し、原告と故Bとの関係は、本件特集記事中で唯一、夫婦間の関係であるから、「親愛が一転、憎悪に変わる瞬間がある。」という部分は、原告と故Bとの関係について記述したものである。この部分は、本件射殺事件に関する記事の上部に配置されており、記述一の3とあいまって、原告が、故Bに対して憎悪を持っており、本件射殺事件に関与していたとの事実を摘示するものである。

(2)  記述二について

「なんと」という感嘆詞を用いることにより原告の行った記者会見に対する否定的な意味が込められ、原告が本件射殺事件の犯人として疑われているかのごとき印象を与えるとともに、原告がその疑いを晴らすために記者会見を行ったとの虚偽の事実を記載し、結果的に、かえって原告に対する疑惑を生じさせようとするものである。原告は、誤報に対する抗議のために記者会見を行ったのであり(これはそんなに珍しいことではない。)、「私を犯人扱いしないで」とは述べておらず、「潔白会見」というべき内容ではなかった。この記述の内容は、原告の行った会見の趣旨を著しく歪曲するものであり、一般読者の普通の注意と読み方を基準にすると、間接的ないしえん曲に、原告が本件射殺事件の犯人であるとの事実を摘示し、右事実を前提に原告の悪性を強調する意見ないし論評であるというべきである。

(3)  記述三について

原告は記者会見においてこのような言葉や趣旨の発言をしていないのにもかかわらず、それを行った旨の虚偽の事実を記載し、原告が自分が犯人でないことを主張するために記者会見を行ったような印象を与え、原告の行った会見の趣旨を著しく歪曲するものである。これは、間接的ないしえん曲に、原告が本件射殺事件の犯人であるとの事実を摘示し、これを前提に原告に対する疑惑をより強調するものである。

(4)  記述四について

当時のマスコミ報道を紹介する内容であるが、原告と故Bとは別居していて夫婦仲が悪く離婚寸前であった、原告夫婦間に財産をめぐるトラブルがあったとの印象を一般読者に与え、結果的には、原告が本件射殺事件に関与したとの疑惑があるとの印象を一般読者に与える。これは、原告が本件射殺事件に関与しているとの事実を摘示するものである。

(5)  記述五について

あたかも原告が記者会見で弁解をしているかのごとき印象を与え、会見の趣旨をねじ曲げ、原告に対する疑惑を生じさせようとするものである。当時原告に向けられていた原告が本件射殺事件に関与しているとの疑惑を打ち消すために、記者会見において故Bとの間の夫婦仲を強調しなければならなかったと述べているものであり、間接的ないしえん曲に原告には本件射殺事件に関与していたとの疑惑があるとの事実を摘示しているものである。「だからこそ」という接続詞は、右疑惑と記者会見との間の因果関係があることを示唆している。

(6)  記述六について

あたかも原告が記者会見の場において記者から追及を受ける立場にあり、疑惑の対象として記者の取材を受けたかのごとき印象を与えるものである。「辛らつな質問」という言葉は、それが的を射た質問であり、質問を受ける者にとって厳しいとの印象を与えるものであるが、「辛らつ」という言葉を使うことによって、原告に対する疑惑が強調されている。一般読者の通常の注意と読み方を基準とすると、間接的ないしえん曲に、原告が本件射殺事件の難を逃れて南仏のニースにいたということの前提として、原告が本件射殺事件に関与しているとの事実を主張していると考えられ、そのような事実を摘示しているものといえる。そして、右事実摘示を前提として、右質問が的を射た、原告にとって非常に手厳しいものであって、原告が疑惑を追及される立場にあるとの意見ないし論評を公表したものである。

(7)  記述七について

原告が南仏滞在中に家族と連絡を取らないということは、原告と故B及び娘との間の関係が悪いとの印象を一般読者に与え(原告が南仏滞在中の一か月、一切家族と連絡を取らなかったとの点は否認する。)、結果的に、原告が本件射殺事件に関与しているとの疑惑があるとの印象を一般読者に与える。また、「『日本に帰国し、その後フランスに滞在するのはストレス性の湿しんを治すためで、毎年の習慣です』と説明したが、」との記述の後に続いており、原告のコメントと逆説的に記述されている。それまでの文脈からすれば、間接的ないしえん曲に、南仏のニースに長期滞在して家族と一切連絡を取らないという原告の行動は極めて不自然であり、本件射殺事件に関与しているとの事実を主張するものであるから、そのような事実を摘示するものといえる。

(8)  記述八について

原告と故B側の親族との間も不仲であるとの印象を一般読者に与え、原告に対する疑惑を生じさせるものである。すなわち、故Bの義姉のコメントとして「三月に日本に帰ってきていたことは、Bさんが射殺された後の報道で知りました」とあるのは、その前の「日本に帰国し、その後フランスに滞在するのはストレス性の湿しんを治すためで、毎年の習慣です」との原告のコメントとあいまって、原告が日本に帰国していたにもかかわらず、ことさら故Bの実家を訪れていなかったことを強調し、原告が故B側の親族と不仲であったことを伝えるものである。また、原告が、故Bと同じころに日本に帰っていたという事実はない。

(9)  記述九について

原告と故Bとの間の夫婦仲が悪かったことをことさら強調し印象づけようとするものである。一般読者の通常の注意と読み方を基準とすると、原告が本件射殺事件に関与をしているとの事実を主張し、そのような事実を摘示するものといえる。

(10) 記述一〇について

「そして、もう一つの『?』が、三軒の不動産を夫婦共同名義からAさん個人の名義に変えた件である。」との記述に対する原告の「離婚の準備などという憶測は間違いです」とのコメントを受けて記述されており、「そうなると、彼女の発言の真偽が分からなくなってしまうのだ。」との記述は、原告の右コメントについて疑問があると一般読者に受け取られるものであり、そのような一般読者の注意と読み方を基準とすると、この部分は、原告が故Bとの離婚準備のために三軒の不動産について原告個人名義に変更したものであるとの印象を与え、間接的ないしえん曲に、原告が本件射殺事件に何らかの関与をしているとの事実を主張し、そのような事実を摘示するものといえる。

(11) 記述一一について

トラブルが絶えないとの虚偽の事実が記載され、しかも、そのトラブルが原告に起因しているかのごとき印象を一般読者に与えるものである。また、特に、「すごい剣幕でどなりこんで」などという表現をことさら用いることにより、原告が他人の家に怒鳴り込むような、乱暴で激昂したら何をしでかすかわからない性格の持ち主であるかのような印象を与えるものである。原告が本件射殺事件に関与したとの疑惑を強調するばかりでなく、原告に対するイメージを著しく失墜させるものであり、悪質である。

(12) 記述一二について

原告の言動の真偽に疑いがあるとの印象を与えるとともに、マスコミによる原告に対する名誉毀損、プライバシー侵害報道が、原告の言動に起因し、原告に非があるとの印象を一般読者に与えるものである。一般読者の注意と読み方を基準とすると、原告は気の毒な被害者などではなく、原告の言動には疑問が多いため、マスコミにより本件射殺事件の犯人ではないかとの疑惑を報道され、原告が記者会見をしなければならない程であったということにより、間接的ないしえん曲に、原告が本件射殺事件に関与しているとの事実を主張し、そのような事実を摘示するものといえる。

(13) 記述一三について

原告が会見の席で年齢をごまかすように記者に依頼したとの虚偽の事実を記載するとともに、一人娘の遺体と対面した後の原告の姿が普通ではなかったと記載することにより、原告が本件射殺事件に関与したとの疑惑があるとの印象を一般読者に強く与えるものである。一般読者の注意と読み方を基準とすると、間接的ないしえん曲に、原告が本件射殺事件に関与しているとの事実を主張しそのような事実を摘示するものであるといえる。

(二) 被告らの主張

本件記事に含まれる記述一ないし一三は、いずれも「原告が本件射殺事件に関与していた」との印象を一般読者に与えるものではなく、本件記事は、全体として「原告が本件射殺事件に関与していた」との印象を一般読者に与えるものではない。

(1)  記述一の1ないし3について

記述一の1及び2は、原告と故Bとの関係に限定して、あたかも憎悪、対立関係にあると理解させるものではない。特集記事として、本件射殺事件に関する記事以外にも土井コーチと長嶋一茂、麻原と井上、任天堂とセガというような何組かの関係につき、現在いかなる状況にあるかという社会的関心の高い事柄についてまとめて報道したものであり、これら何組かの人間模様すべてにわたる共通見出し及び導入文として一般的、抽象的表現をしたものである。

また、記述一の2については、「その逆もしかり」としているのであり、原告と故Bとの間の関係について「対立」、「友好」のいずれとも断定したものではない。

これらは、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を与えるものではない。

(2)  記述二について

原告は、誤報に対する抗議のために記者会見を行ったのであると主張するが、ここに「誤報」とは、原告が本件射殺事件に何らかの関与があったと疑っていた一部マスコミの報道ということであり、これを否定する会見をしたと報道することは、一般読者に対し、原告が本件射殺事件に関与していなかったと感じさせることはあっても、その逆に理解させるものではない。また、誤報に対する抗議のために記者会見を行うことは極めて珍しい奇異な事態であったことから、その奇異性を表すために「なんと」という文言を用いただけであり、これにより原告が犯人として疑われているかのごとき印象を与え、原告に対する疑惑を生じさせようとするものとは到底いえない。

(3)  記述三について

原告がこのような趣旨の発言をしたことは真実である。そして、このような発言を記述、報道することは、原告の名誉保持の効果はあっても、原告に対する疑惑を増幅する効果はなく、何ら原告の名誉を侵害するものではない。

(4)  記述四について

原告が本件射殺事件に関与していたとの事実を摘示したものとはいえない。

(5)  記述五について

何人が読んでも、特定人の社会的評価と無関係なことは明らかである。「だからこそ」という記述は、現地の疑惑報道があったから、というだけのことで、これにより原告が本件射殺事件に関与したとの事実を摘示するものではない。

(6)  記述六について

家族を失った原告に対する「難を逃れたようにも受け取れる」との質問は、原告にとって大変辛い質問といえ、これを「辛らつ」と評しても何ら問題はない。「難を逃れた」とは、同一場所にいれば同様の被害も受けた、すなわち被害者になったかもしれないということであるから、原告は加害者ではないということを前提とする質問である。

(7)  記述七について

一か月以上別居しているのであれば、夫の健康上、生活上の問題、また、娘に関しての相談も当然多数生起していたはずであり、長期間、夫婦として、また、親子としての会話がないとすれば、それ自体不自然なことである。しかし、だからといって、直ちに原告が本件射殺事件に関与しているとの事実を摘示したものではない。

(8)  記述八について

原告が本件射殺事件に関与していたとの事実を摘示したものとはいえない。

(9)  記述九について

「仲が良い」に「?」を付したくらいでは、原告と故Bとの間の夫婦仲が悪かったことをことさら強調するものとはいえず、間接的えん曲に、原告が本件射殺事件に関与していたとの事実を摘示したものとはいえない。

(10) 記述一〇について

原告の発言内容と原告の実家を取材した際の取材内容とが反し、いずれが真実かが明らかとはいえないときに「真偽が分からない」と記述することは正当であって、「原告が嘘を言っている」ということを記述し、原告が本件射殺事件に関与しているとの印象を与えるものではない。

(11) 記述一一について

間接的えん曲に、原告が本件射殺事件に関与したとの事実を摘示するものではない。

(12) 記述一二について

要約すれば「原告に種々の疑問があるとしてマスコミがこれを報道したために、原告があえて記者会見をしてマスコミ批判をした」ということであり、正に真実であって、間接的えん曲に、原告が本件射殺事件に関与したとの事実を摘示するものではない。

(13) 記述一三について

愛娘の遺体と対面した直後に自分の年齢のことに気を配ることをもって「とても、殺された一人娘の遺体と対面した後の母親の姿とは思えなかった」と評することは正当であり、間接的えん曲に、原告が本件射殺事件に関与したのと事実を摘示したものとはいえない。

2  争点2について

(一) 原告の主張

記述一ないし一三は、前記のとおり、それぞれが本件射殺事件に原告が関与していたとの印象を一般読者に与えるほか、記述四、九ないし一一及び一三は、次の理由でも、いずれも原告の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損する。

(1)  記述四について

原告と故Bとの夫婦仲が悪く離婚寸前で、原告と故Bとの間に財産をめぐるトラブルがあった、原告には金銭疑惑がある、との印象を一般読者に与え、原告の名誉を毀損する。

また、夫婦共有名義で取得していた不動産を原告単独名義にしたことを「ナゾ」と指摘することにより、原告の夫婦仲が悪かったとの印象を一般読者に与えるものであり、原告の社会的評価を低下させる。

(2)  記述九について

論評であるが、前段部分において、日本料理店の経営者の「別居はないでしょう」との発言を引用しながら、「仲がよい家族でした」という原告の言葉に対し、「『?』をつけないわけにはいかなかった」とつなげ、ことさら疑問を呈するという構成となっている。この論評は、前段部分の日本科理店の経営者のコメントの内容とは正反対の結論を導き出しており、到底公正な論評とはいい難い。原告と故Bとの夫婦仲に疑問を呈することにより、原告と故Bとの夫婦仲がうまくいっていなかったとの印象を一般読者に与えるものであり、原告の名誉を毀損する。

(3)  記述一〇について

原告の発言内容を原告の実家が否定しているとの事実を記載することにより、原告が嘘をつくような人物であるとの印象を一般読者に与えるものであり、原告の名誉を毀損する。

(4)  記述一一について

原告の不動産ビジネスにはトラブルが絶えなかったというような印象を一般読者に与えるものであり、原告の名誉を毀損する。

(5)  記述一三について

原告の言動が、自己中心的であり、一人娘の遺体と対面した直後の母親のものとは思えないほど異常であったとの印象を一般読者に与えるものであり、原告の名誉を毀損する。

(二) 被告らの主張

記述一ないし一三は、前記のとおり、いずれも原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものではない。また、記述四、九ないし一一及び一三が、原告主張のような理由で原告の社会的評価を低下させるものとはいえない。

(1)  記述四について

「夫婦仲が良かった、仲の良い家族であった」と原告が強調している夫婦間で夫婦共有名義の不動産を妻単独名義に変更したことを「ナゾ」と記述しただけで原告の社会的評価を低下させたものとはいえない。

(2)  記述九について

原告が当時一三歳の一人娘を置いて長期間南仏ニースに滞在して音信がなかった事実などを踏まえて、原告の言う「仲が良い」に「?」をつけたとしても、原告の社会的評価を低下させたとはいえない。

(3)  記述一〇について

原告の社会的評価を低下させたことは争う。

この記述は、原告か、又は原告の実家の人のいずれかが、事実と異なったことを言っているということを記載したものであり、その理由についても、思い違いか嘘かということを言っていない。この記述をもって、原告が「故意」に「嘘をつく」人物と記載したものとはいえない。

(4)  記述一一について

原告の社会的評価を低下させたことは争う。

ビジネスにはトラブルは付き物ともいえ、特に訴訟社会といえるアメリカにあってビジネスに絡む紛争が存在していたことは、決して原告の社会的評価を低下させるものではない。我が国においてもそれ自体は不名誉とはいえない。

(5)  記述一三について

記者会見の際になされた原告の要求について正当に評したもので、これが原告の社会的評価を低下させたことは争う。

3  争点3について

(一) 被告らの主張

本件記事は、公共の利害に関する事実に係り、公益を図る目的に出たものである。

すなわち、本件記事は、アルツハイマー病研究の世界的権威者である故Bとその娘が何者かにより殺害されるという社会的に重大な関心事であった本件射殺事件に関係すると思われる各種情報の一つとして遺族である原告の言動、行動についての報道をなしたものである。

(二) 原告の主張

被告らの主張を争う。

4  争点4について

(一) 被告らの主張

仮に、記述四、九ないし一一及び一三が原告の社会的評価を低下させるとしても、次のとおり、その内容はいずれも真実であり、又は正当な評価である。

(1)  記述四について

当時アメリカ現地で別居報道等がなされたことは真実であり、また、現地に夫婦共有名義で取得していた不動産三軒につき、これを原告単独名義に変更したことも真実である。

また、「ナゾ」とは評価に係るものであるところ、夫婦が不動産など重要な資産を購入する場合、夫婦共有名義とするか、又は夫名義とするのが通常であり、いったん夫婦共有名義にしたものは、夫婦間に特段の事情の変化がなければ単独名義に変えないのが一般といえる。逆に、夫婦共有名義の不動産等を夫単独名義や妻単独名義に変えるのは、離婚話が進行し、財産分与手続の一環として行われることが世上多く見られる。そうであるとすれば、「夫婦仲が良かった、仲の良い家族であった」と原告が強調している夫婦間で夫婦共有名義を妻単独名義に変更したことを「ナゾ」と評価するのは当然のことといえる。

(2)  記述九について

夫婦共有名義の不動産を原告単独名義に変えていた事実、また、当時一三歳の一人娘を置いて南仏ニースに滞在していた事実、しかもその間原告が故Bや一人娘と音信がなかった事実、また、日本に帰国した時故Bの実家に顔を出さなかった事実などを踏まえて総合的に判断するとき、「仲が良い」に「?」を付けることは正当な評価といえる。特に、一三歳という思春期まっただ中の一人娘であれば、その生活態度、進路、健康状態等につき、夫婦間で頻繁に連絡を取り合って相談することが通常であること、また、夫婦仲が良ければそれぞれの実家に努めて顔を出す配慮が働くものであるところ、これらをしてなかったという事実などから考えれば、これらをしていなかった原告に関し「夫婦仲」に「?」を付けたとしても正当な評価といえるものである。

(3)  記述一〇について

被告毎日新聞社記者が本件射殺事件について取材することとなり、他の週刊誌報道、テレビ報道等を注意深く調査していたところ、原告の実母が民放テレビに出演し、その際、原告のアメリカにおける不動産ビジネスの元手が原告の父親の遺産や原告の実家から出ているとの点につき明確にこれを否定する発言をしていることを確認しており、記載内容は真実であるか、真実であると信じたことにつき相当な理由がある。

(4)  記述一一について

被告毎日新聞社の記者が現地で取材した際、原告の不動産ビジネスにつき現地でトラブルが多くあったとの取材結果を得たのであり、その取材先、原告との関係から考えて、真実であり、そうでないとしても、これを真実と信じるについて相当の理由がある。

具体的な不動産トラブルとして、次の<1>ないし<4>の各事実がある。

<1> 原告が投資のために購入していた建物の賃借人との間でトラブルがあったこと(記述一一中の日本人の主婦のことである)

<2> 原告の自宅と隣家との間で、隣地に植えてあった樹木の枝が境界を越えていたことで、原告が切ろうとしたところ、相手は弁護士を立てて抗議してきたこと

<3> 原告の所有となった投資用不動産への入居者を決めるに際し、原告は少数民族者の入居に難色を示したが、故Bがその入居を認めたことで夫婦間で争いがあったこと

<4> <3>の争いの結果、賃貸借期間満了時の更新に際しても引き続き少数民族者の入居を認めるか否かにつき故Bとの間で争いがあったこと

このような取材結果を得た上で、「不動産が彼女のビジネスであったことは確かなようで、皮肉にもトラブルが絶えなかった」と評したものであり、これは正当な評価である。

(5)  記述一三について

原告が娘Cの遺体と対面した当日、原告の年齢を故Bと同じにして報道してほしいと記者に要望したことは真実である。

原告の発言は、当時のロサンゼルスの日本人記者会の幹事会社の記者による代表取材の過程において、担当記者に対し、原告自身が他社の記者にも伝えてほしいと付言して発言したものであり、担当記者が各社を代表して取材していることを了知した上で、各社が原告に関し報道するに際しての具体的な要請として述べたものであるから、正に「記者会見の席」での発言である。一般の取材活動にあっては、記者が取材対象者から情報を得る行為がすべて取材なのであり、それ故、右発言も取材中のものである。

原告にとって、最も身近といえる夫、娘が突然に死亡し、しかもその遺体と対面した直後であれば悲しみに打ちひしがれ、気も動転しているのが一般といえるにもかかわらず、自己が故Bより年上であることにつき、何とかしてほしいと要求することを、一人娘を失った母親とも思えないと評しても、これは正当な評価といえるものである。

(二) 原告の主張(被告らの右の主張に対する認否、反論)

(1)  記述四について

現地新聞紙「サンディエゴ・ユニオントリビューン」に、別居報道、離婚寸前説、原告に対する金銭疑惑などについての記事が掲載されたことは認める。しかし、APやロイターはいずれも通信社であり、通信社の配信記事は一般読者の目に触れるものではない。「サンディエゴ・ユニオントリビューン」や通信社の配信を根拠に、右のような内容がマスコミをにぎわせていた状況が存在したといえるかは疑問である。

現地に夫婦共有名義で取得していた不動産三軒につき、原告単独名義に変更したことが真実であることは認める。

(2)  記述九について

南仏に滞在していたのは一か月であり、それを「当時一三歳の一人娘を置いて長期間南仏ニースに滞在していた」と評価することは誤りである。また、原告は、必要に応じて故Bや娘Cと連絡を取り合っていたのであり、原告が故Bらと音信がなかったというのは真実ではない。さらに、原告が長期間南仏ニースに滞在していたという点は、毎年恒例のことであるから、これが夫婦の不仲を推認させる理由とはなり得ない。

原告が日本に帰国した時に、故Bの実家に顔を出さなかったという点については、そもそも原告と故Bとの帰国のタイミングが少しずれていたため、原告と一人娘が日本に帰国した際に故Bの実家に顔を出さなかったのであり、それが直ちに夫婦仲に疑問を抱かせる理由にはなり得ない。したがって、被告らによる「『?』をつけないわけにはいかなかった」との論評は公正な論評とはいえない。

(3)  記述一〇について

原告の実母が民放テレビに出演し、インタビューに応じて不動産ビジネスの元手が原告の父親の遺産や原告の実家から出ているという事実を否定する発言をしたことはない。原告は実家から援助を受けている。

また、自らの裏付け取材をしていないという意味においては真実と信じるに足る相当の理由として全く不十分である。原告の実母がテレビのインタビューに対して原告の話を否定する発言をしたことを見ただけで、被告らとしての独自の裏付け取材をしていないのであり、このような場合、真実と信じるにつき相当な理由は認められない。

(4)  記述一一について

原告の不動産ビジネスにトラブルが絶えなかったという事実は否認する。ある日本人の主婦が取材に応じて、このような内容を話した事実は知らない。原告が借主のある日本人の主婦に対して「すごい剣幕でどなりこんだ」という事実は存在しない。

そもそも水道代は借主が支払うものとされており、水道代が高いといって原告が借主の下に怒鳴り込む必要はない。

(5)  記述一三について

原告の発言は、記者会見が終わった後になされたものであり、「記者会見の席」で行われたものではない。

記者会見は、平成八年五月一〇日の午後一〇時ころから約二〇分間、マリオットホテルにおいて、読売新聞と東京放送の二社の記者二名に対し、行われた。取材終了後、原告は、記者が録音していた録音テープのスイッチを切ったことを確認した後、読売新聞の記者であった河野博子に対し、個人的な依頼として、「自分と夫の年齢を一緒にしてほしい」という趣旨の話をし、このことを他社の記者にも伝えてほしいとは述べたが、これはあくまでも記者会見後の雑談としてなされた発言である。

記者会見後のオフレコでの発言を、「記者会見の席」での「自己中心的な言動」として評価の対象とすることは、およそ公正な論評とはいえない。

5  争点5について

(一) 原告の主張

本件記事は、原告と故Bが結婚した年、出会った場所、その当時の原告と故Bの所属、自宅以外に所有していた三軒の邸宅の名義を平成七年九月八日に故Bの夫人である原告名義に変えたことなど私生活上の事柄を原告に無断で公表したものであり、原告のプライバシーを侵害する。

(1)  原告につき、実名で表記し年齢を公表しているが、いずれも他人に知られたくない私的事項であり、原告に承諾なく、被告らがこれらの事項を公表したことは、他人に知られたくない私的事項をみだりに公表されないという利益ないし権利としてのプライバシーを侵害するものである。

(2)  原告夫妻が、自宅以外に三軒の不動産を購入していたこと、その不動産の所有名義、その名義変更の事実及び変更の日時を公表しているが、これらは、いずれも他人に知られたくない私的事項であり、原告に承諾なく、被告らがこれらの事実を公表したことは、原告のプライバシーを侵害するものである。

(3)  本件記事には、「B夫妻が結婚したのは一九八一年のことだった。出会いはパリで、Bさんがパスツール研究所の研究員、Aさんが料理学校に留学していたころである。四年間の交際を経て結婚するのだが、Bさんの父親である易者のDさん(八四)の話では、Aさんのほうが結婚に積極的だったという。」という記述があるが、これは、原告と故Bが結婚した年、出会った場所、その当時の原告と故Bの所属(昭和五六年当時、原告が料理学校に留学しており、故Bがパスツール研究所の研究員であったこと)、交際期間及びどちらが結婚に積極的であったかなどの事実を公表するものである。これらの事実は、いずれも他人に知られたくない私的事項であり、原告に承諾なく、被告らがこれらの事実を公表したことは、原告のプライバシーを侵害するものである。

本件記事においては、原告と故Bが結婚した年や結婚に至る経緯などは何ら報道すべき必然性のないものであって、プライバシー侵害の違法性が阻却されることもない。

(二) 被告らの主張

原告の主張する事項は、いずれも原告のプライバシーには当たらず、本件記事は原告のプライバシーを侵害するものではない。

仮に、プライバシーを侵害するとしても、本件記事は、公益性があり、違法性はない。

(1)  原告の実名、年齢について

社会的関心事を報道するにつき、加害者、被害者に限らず関係人についても、その特定のために実名、年齢を表示することは当然許される。また、特に秘匿すべき事項でもないことから、実名、年齢報道はプライバシー侵害とはいえず、社会的関心の高い報道について報道記事の内容等を理解するのに必要な限度での報道として許容されるものである。

(2)  不動産の名義について

不動産の名義が誰であるか、また、いつ何を原因として移転したか等は、プライバシーとは全く無関係なものである。何人によっても入手できる情報、公示されている情報にプライバシーの問題は存しない。

(3)  原告と故Bとの関係について

法律上の正式な夫婦であった者に関して、その結婚した年、結婚に至る経緯は、基本的には特に秘匿性の高いものとはいえないのであり、プライバシー侵害とはいえない。また、故Bのプライバシーは原告のプライバシーとは関係がない。社会的関心の高い事件報道にあって、報道記事の内容等を理解するのに必要な範囲で法律上の正式な夫婦について、これらの事実を報道することは当然許容されるものである。

6  争点6について

(一) 原告の主張

(1)  原告は、夫と娘を失って悲痛のどん底にあったところ、被告らの記事により、夫の射殺に関与したかのような疑いをかけられ、興味本位の視線を浴びることが多くなった。そのため、原告は、親族や友人とも疎遠となり、さらに新しい人間関係を築くことも困難となった。その結果、原告は、精神的に回復困難な打撃を受けるとともに、原告の社会的評価は回復できないほど著しく低下した。

原告の精神的苦痛を慰謝するためには、少なくとも金一四〇〇万円の金銭の支払を命ずることが相当である。

また、原告は、原告の受けた損害を回復するためにやむなく原告訴訟代理人らに訴訟の提起、追行を依頼したが、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の損害としては金一〇〇万円が相当である。

以上のとおり、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、合計金一五〇〇万円の支払を求める。

(2)  被告毎日新聞社が発行する「サンデー毎日」は、全国で約二四万部発行されており、その影響力は多大であるところ、「サンデー毎日」の読者は、一般に本件記事の内容を真実であるものと受け止めているため、本件記事が掲載されたことにより、現在においても原告が本件射殺事件に関与した疑惑がある等と認識しており、原告の名誉毀損状態を回復するには、別紙記載の謝罪広告を同記載の条件で一回掲載させるとともに、前記第一、三の措置をさせることが必要である。

(二) 被告らの主張

争う。

原告が被告毎日新聞社に対し、報道被害を受けたと強く主張していたことから、同被告は本件記事で指摘した点を含め原告についてなされた報道内容に関して原告に反論の機会を与えることとし、「サンデー毎日」誌上に原告の反論内容を正確に記述することで原告の名誉回復のための相当な処分をした。被告毎日新聞社が、原告の反論内容を同一媒体誌上に、切迫した時間に相当のスペースを用いて掲載して報道したことで、被告毎日新聞社としては、原告の名誉侵害に対する「適当なる回復処分」を既になしたものであることから、原告が被告らに対し、重ねて損害賠償請求や謝罪広告の掲載等を求める権利は既に消滅している。

第三争点に対する判断

一  本件記事による名誉毀損(争点1)について

1  原告は、本件記事は、記述一ないし一三を含むことなどにより、全体として「原告が本件射殺事件に関与していた」との印象を一般読者に与えるものと主張するが、次のとおり、記述一ないし一三はいずれもそのような印象を一般読者に与えるものとはいえず、また、本件記事全体としても、そのような印象を一般読者に与えるものとは認められない。

(一)(1)  記述一の1について

記述一の1は、「追跡ワイド 気になる『ふたり』」との大見出しであり、本件記事を含む本件特集記事全体に共通する主題を表示したものであるところ、右特集記事として取り上げられている記事は、本件記事のほか、「巨人・土井コーチが漏らした若殿一茂の傍若無人」と題する記事、「『尊師』と『法廷対決』に挑む井上被告の弱点」と題する記事、「シマゲジに『あの程度の人物』呼ばわりされた野中広務の剣幕」と題する記事及び「『任天堂』と『セガ』の売上高逆転劇に見る『トップ神話』の崩壊ショック」と題する記事である(乙五)。右大見出しは、本件サンデー毎日の発行、発売された当時における社会的に関心を引きそうな話題の中でも渦中の中心人物が二人いるもの等について、その社会的関心を引きそうな点を「気になる」と、話題の対象とされている中心人物が二人いる点等を「ふたり」とそれぞれ表現したものであり、本件記事についていえば、本件射殺事件に関する周辺事情が社会的に関心を引きそうであるという意味で「気になる」と、話題の対象とされている中心人物が原告と故Bの二人であるという意味で「ふたり」とそれぞれ表現したものであるといえる。

このように、記述一の1は、本件特集記事に共通する右のような性格を抽象的に表現した大見出しを本件特集記事冒頭に掲げることにより、一般読者の関心を引こうとするものであるが、これを超えて、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとはいえない。

(2)  記述一の2について

記述一の2は、本件特集記事の導入文であり、「親愛が一転、憎悪に変わる瞬間がある。」との文言で始まり、これに「友好が対立に転じることも。」との文言が続いている。そして、本件特集記事の一つとして本件記事が掲載されていることに照らせば、この文言部分のみを本件記事に直結させて読むとすると、原告と故Bとの関係が、以前は親密なものであったのが一転して憎しみあうものになったとの印象を読者に与えかねないものともいえる。しかし、「友好が対立に転じることも。」との文言に続いて「その逆もしかり。『ふたり』-ならばこそであろう。」との文言があり、憎悪、対立の関係から親愛、友好の関係に転じることもあるということを併せて示していることによって、むしろ全体として人間関係のあり方を一般的に述べたとの印象を与える記述となっていること、本件特集記事の中には、前記(1) のとおり、本件記事のほかに四つの記事が取り上げられており、それらはいずれも様々な人間模様等を描いた記事であるが、殺人事件に結びつくような極めて強い憎悪、対立を描いたものではないこと、後述のとおり、本件記事のうちこれ以外の部分に、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるような記述は認められないことなどに照らせば、記述一の2は、原告と故Bとの夫婦仲の良さに疑問があったことなどを示唆することはあっても、これを超えて、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとはいえない。

(3)  記述一の3について

記述一の3は、本件射殺事件に関する記事についての小見出しであるが、「サンディエゴ射殺事件」という文言は、「B教授夫人」という表示の右肩に記載されており、原告が本件射殺事件の被害者である故Bの夫人であるということを説明、特定するものにすぎない。「『潔白抗議』にほの見える夫婦仲」という文言は、本件記事以外に多数のマスメディアから本件射殺事件に関する報道がなされ、その中には原告の本件射殺事件への関与を示唆するようなものも含まれていたという状況下において、原告がそのような行き過ぎた報道に対する抗議の会見をした事実を指摘した上で、右会見の内容から、原告と故Bとの夫婦関係がうかがわれるということを示唆したものであり、これを超えて、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象まで一般読者に与える効果は認められない。

(二) 記述二について

記述二は、原告が「潔白会見」をしたとの事実を記載しているが、一般読者の通常の注意と読み方を基準とすると、この部分は、原告が、自分は本件射殺事件には関与していないということを主張しているという事実を認識させるだけであり、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を与えるものとは到底いえない。また、「なんと」という感動詞が冒頭に付いているが、これは、記述二の直前に記載されている「いまだ犯人像さえ浮かんでいないが、」という文言を受けるものであり、犯人像さえ浮かんでいない状況下において「潔白会見」をしたということに対する驚きを一般読者に伝える効果はあっても、原告の行った会見に対する否定的な意味が込められ、原告が本件射殺事件の犯人として疑われるかのごとき印象を与えるものとはいえない。

(三) 記述三について

記述三は、記述二を受けて、「潔白会見」における原告の発言内容を記載したものであるが、その発言内容は、原告が自分を犯人扱いするような報道に対して憤りを覚えていること及び自分が犯人ではないということであり、このことは、原告が本件射殺事件に関与していたのではないかという疑惑報道に対する原告の強い抗議の姿勢を一般読者に伝えるものではあっても、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるとは認められない。

(四) 記述四について

記述四は、当時の米国のメディアによって、原告夫妻が別居していること、離婚寸前であるとの説があること、不動産の名義を夫婦共有名義から原告個人の名義に変えたこと、原告に対する金銭疑惑があることなどが盛んに報道されていたとの事実を記載したものであるが、これらの事実は、一部、原告の社会的評価を低下させる可能性はあっても、いずれも何ら原告が本件射殺事件に関与していたことを示唆するものとはいえない。

(五) 記述五について

記述五は、記述四のような報道があったため、原告が、会見において、「私たちは仲の良い家族でした。夫は私にとても甘かったのです。」と強調したということを指摘したものであるが、記述四のような報道に対する原告の反論を伝えるものにとどまり、これを超えて、原告が本件射殺事件に関与していたとの疑惑があるとの事実を間接的ないしえん曲に摘示するものとはいえない。「だからこそ」という接続詞は、記述四のような報道と、原告の反論との間の因果関係を示すものであるが、この言葉に、原告が本件射殺事件に関与していたとの疑惑を一般読者に印象づけるという効果までは認められない。

(六) 記述六について

記述六は、「私たちは仲の良い家族でした。夫は私にとても甘かったのです」との記述を受けて、会見において、記者が原告に対し、本件射殺事件当日に原告が南仏ニースにいたことが難を逃れたようにも受け取れるとの辛らつな質問をしたという事実を記載したものである。そして、右質問は、原告が本件射殺事件に関与していたのではないかとの疑惑を持って発せられたという印象を一般読者が受ける可能性も否定できない。しかし、記述六に続いて、原告が、右質問に対し、「『日本に帰国し、その後フランスに滞在するのはストレス性の湿しんを治すためで、毎年の習慣です』と説明した」との記述があり、このような反論の部分をも併せて読めば、記述六が、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとまでは認められない。

(七) 記述七について

記述七は、原告が、南仏滞在中の一か月間に、一切家族と連絡を取らなかったとの事実を記載したものであるところ、原告とその家族との間の関係がうまくいっていたのかという点につき疑問を与える内容ではあるものの、これを超えて、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとまではいえない。

なお、この記述は、前記(六)の記者による質問に対する原告の反論部分に逆説的に続いている部分であるが、原告の右反論内容自体を否定するものではなく、原告とその家族との関係に関し、一か月間もの間連絡を取らなかったのは通常の仲の良い家族としては不自然ではないかという疑問を提起したものにとどまるから、記述六からの一連の文章を併せて読んでも、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとはいえない。

(八) 記述八について

記述八は、原告と故Bの実家との間の関係が必ずしも親密な関係ではなかったのではないかということを示唆する内容となっているが、一般に妻が夫方の実家と親密な関係にないということは特段珍しいことでもなく、このような内容を記載したからといって、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとは到底いえない。

(九) 記述九について

記述九は、原告の自宅近くの日本料理店経営者が原告夫妻の別居を否定する発言をしていることを紹介した上で、原告が南仏滞在中に家族との間で連絡を取らなかったことなどの点から、マスコミが、原告の言う「(家族の)仲が良い」という点に疑問を抱いているとの内容となっている。これは、原告とその家族との間の関係が必ずしも良好ではなかったとの印象を与える記述ではあるが、右日本料理店経営者の発言も引用した上での記述であることをも考慮すれば、右のような印象を超えて、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとはいえない。

(一〇) 記述一〇について

記述一〇は、「そして、もう一つの『?』が、三軒の不動産を夫婦共同名義からAさん個人の名義に変えた件である。」との疑問に対し、原告が「離婚の準備などという憶測は間違いです」と説明し、もともとこの不動産ビジネスは、父親の遺産と、山梨市で会社を経営する実家から持ってきた金を元手に始めたものだと繰り返し強調したことを記述した部分に続き、原告の実家では原告が強調した不動産ビジネスの元手に関する事実を否定していると指摘した上で、原告の発言の真偽が分からなくなると結んでいるものである。右の「そして、もう一つの『?』が、」から記述一〇までの一連の文章全体を読むと、原告が離婚準備のために不動産を夫婦共同名義から原告個人名義に変えたのではないかという疑問があり、原告の発言内容の真偽には疑問があるとの印象を一般読者に与えるものといえるが、これを超えて、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとまではいえない。

(一一) 記述一一について

記述一一は、原告の不動産ビジネスにトラブルが絶えなかったようであるということを指摘した上で、その一例として、原告から物件を借りていたとされる日本人主婦の発言を紹介している。そして、その発言は、原告が水道代の請求に関してすごい剣幕で怒鳴り込んできたことがあること、原告から家を借りて嫌な思いをしている人が多いことを内容としている。この部分は、原告が不動産ビジネスにおいてトラブルを多発させていたこと、激しい性格の持ち主であることなどの印象を一般読者に与えるものとはいえるが、これを超えて、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとまではいえない。

(一二) 記述一二について

記述一二は、原告の言動等に疑問が目立ち、マスコミがそこに触れたため、原告があえて記者会見を開いてマスコミ批判をしたなどという内容であるが、原告の言動等に不自然な点が目立ったとの印象を与えるものであっても、その後に続く「妻と夫-聞けば聞くほど分からなくなるが、不動産ビジネスがもとで恨みを買い、B教授は巻き添えをくったのではないかと見る向きは残っているようだ。」との記載をも併せて読めば、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとは到底いえない。

(一三) 記述一三について

記述一三は、原告が、遺体と対面した直後の会見の席で、自分が夫より年上なのが弱みであること、自分の年齢は夫と一緒にしてほしいことを発言したと指摘した上で、これを自己中心的な言動と評し、地元記者から「とても、殺された一人娘の遺体と対面した後の母親の姿とは思えなかった」との声が出たという事実を記載したものである。「とても、・・・思えなかった」との記載は、これのみを一見すると確かに、原告が本件射殺事件に関与していたのではないかという印象を与えかねないものともいえる。しかし、右記載の直前に「誤解を呼び、」という文言を入れており、右記載内容が誤解に基づくことを示していること、前記(一二)のとおり、記述一三の直前に、本件射殺事件の原因として原告がその不動産ビジネスに関して恨みを買って、故Bらがその巻き添えをくったのではないかという説を紹介していることなどをも併せ考慮すれば、前後の文章と併せて記述一三を読む限り、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとはいえない。

2  以上のとおり、本件記事は、原告の言動や原告の私生活等における不自然な点等を指摘する内容の箇所を含むものの、これを超えて、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与える内容は含んでおらず、本件記事全体を見ても、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるものとはいえない。

3  この点、原告は、陳述書(甲四、六四)及び原告本人尋問において、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を持った者がいたことを指摘し、本件記事が右のような印象を一般読者に与えたものであると主張する。

しかし、本件記事以外にも、多数の報道機関によって本件射殺事件に関する報道がなされ(甲三五ないし四八参照)、その中には、原告が本件射殺事件に関与していたとの印象を一般読者に与えるような内容の報道が含まれていた可能性もあるから、仮に原告が指摘するように、右のような印象を持った者がいたとしても、そのことから直ちに本件記事が右のような印象を与えたものとはいえず、原告の主張は前記判断を左右するものではない。

二  記述一ないし一三による名誉毀損(争点2ないし4)について

1  原告は、記述一ないし一三がそれぞれ本件射殺事件に原告が関与していたとの印象を一般読者に与えることにより原告の名誉を毀損すると主張するが、右主張の理由のないことは、右一の1の(一)ないし(一三)に見たとおりである。

2  そこで、次に、記述四、九ないし一一及び一三が右のような印象を与えなくとも、これとは別に原告主張のような理由で原告の名誉を毀損したか否かについて判断する。

(一) 記述四について

(1)  記述四は、米国や日本でのマスコミ報道の内容を紹介する間接的な表現をとっているものの、原告と故Bの夫妻が別居しており、離婚寸前であったとの印象や原告は三軒の豪邸の所有名義を夫婦共有名義から原告個人名義に変えた「ナゾ」を含む金銭疑惑があったとの印象を一般読者に与えかねず、原告の社会的評価を低下させうるものといえる。

(2)  そこで、右記述を含む本件記事の公共性、公益性について判断する。

本件記事は、アルツハイマー病研究の権威であった(甲三の2、3、弁論の全趣旨)故B及びその娘Cが米国カリフォルニア州ラホヤ市で何者かによって射殺されるという、当時社会的に重大な関心を引いていた事件に関する周辺事情の報道の一環として、故Bらの遺族である原告の言動等について公表したものである。

したがって、被告らの行為は、公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあるものといえる。

(3)  次に、記述四の内容の真実性等について判断する。

ア 証拠(乙二の1ないし4、三の1ないし3、証人河野俊史)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 本件射殺事件が発生した後、米国サンディエゴの地元新聞紙である「サンディエゴ・ユニオントリビューン」により次のような内容を含む報道がなされた。

<1> 一九九六年五月六日付け

しかし、同僚たちは、彼(B氏)がとても物静かで、個人の生活については自分自身の内にとどめていた(公にしなかった)とも言う。彼は、結婚していたが、何年も前に奥さんと別居していた、と被らは言う。警察はB氏の仲違いした(疎遠な)妻、Aさんの所在について明らかにすることを拒んでいる。資産記録によると、B夫妻は一九九五年六月に四寝室、二階建てのラホヤの家を八〇万ドルで購入した。その家は、B氏と妻の双方が所有者となっている。

<2> 一九九六年五月一〇日付け

友人らは、夫妻は別居していたと言っている。当局者はまた、八〇万ドルの不動産やBMW、メルセデス(ベンツ)を含むB氏の富が彼の殺害と関連しているのかどうか、解明しようとしている。彼は私的な財団や全米アルツハイマ-協会から年間一〇万ドルを交付されていたほか、NIH(国立衛生研究所)からUCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)のアルツハイマー病研究基金への約一四〇〇万ドルの研究助成金の割当てを受けていた。

<3> 一九九六年五月一九日付け

彼の机の上に置かれた一三歳の娘、Cさんの写真だけが、(同僚らに)彼の家族生活をうかがわせるすべてだった。彼女は五月七日、ラホヤの家のドライブウェーで四六歳の父とともに射殺された。「もし、目にしても、彼の奥さんだとは分からなかったでしょう。」B氏と一〇年以上の知り合いで親しい友人だという同僚は言う。「被らは数年間も、別れて暮らしていた・・・彼との私的な会話はよく思い出せない」

B氏の財布から金がなくなっていないことから、物取りの犯行という線は浮上していない。海とゴルフコースを見下ろす彼の家には手は付けられていなかった。しかし、B夫妻が所有していた家やその他の財産が、殺人担当の捜査員や同僚を驚かせた。B氏は仰々しくなく、金持ちだということをうかがわせるものはない。とはいえ資産記録によると、B氏と彼の妻は、八月に八〇万ドルで家を購入した。その同じ月か九月初旬に、夫妻はデルマーハイツの三つの家の所有権をAさんの個人名義に移した。なぜ、夫妻がそうしたかは分からない。資産記録によると、三寝室、二バスの家々-一つはカーウッドコート、二つはオーシャンビスタロードの-は二八万ドル、三一万一六六七ドル、二八万七一六五ドルの価値がある。デルマーハイツの家々には借家入が入居し、そのうち何人かは不動産屋に世話をしてもらったために家主のことは知らない。警察の捜査員もB氏の同僚も、どこから金が来たのか不思議に思っている。彼(B氏)の年収は一〇万二〇〇〇ドルだった。「そんな資産を持っている研究者はめったにいるもんじゃない」と同僚は言う。「本当に驚いた」

<4> 一九九六年五月二七日付け

Aさんは、土曜日(五月二五日)の夜、事件の起きた家で五時間のインタビューで、通訳を介して、彼らの資産が違法な手段によって得られたのではないか、夫婦が仲違いしているのではないか、といった彼女の夫の記憶に疑いを投げかけるような推測に大変困惑していると語った。

彼女は、夫妻が別居しているという研究室の同僚のうわさを怒りをもって否定した。

しかし、彼女は、自分自身の長期の旅行や彼の仕事に関与することへの消極さが、周囲に夫婦仲が悪いとの印象を与えたかもしれないことを認識している。夫が他の人に「自分は独身だ」と言っていたと教えられた、と彼女は言う。もし、事実でも、それはおそらくジョークだったろうと、彼女は言う。彼女の夫が他の女性と関係を持っていたとのうわさを信じるかどうか尋ねると、彼女は言った。「知りません。もし、事実でも、私は知りません。」

(イ) 本件射殺事件が発生した後、AP通信(米国)により、次のような内容を含む記事が配信された。

<1> 一九九六年五月九日付け

UCSD(カリフォルニア大サンディエゴ校)のそのほかの同僚は、「彼(B氏)はとても物静かな男で、私生活についてはほとんど開かさなかった。」と言う。彼は何年も前から妻と別居していた、と同僚たちは言う。

<2> 一九九六年五月一〇日付け

B氏は何年も前から妻のAさんと別居していた。警察は、彼女(Aさん)が国外にいるので、まだ話を聞くことができない、と言う。

<3> 一九九六年五月一一日付け

殺害の連絡を受けて、B氏の仲違いしている妻のAさんは、バケーション先の南フランスのニースから(サンディエゴへ)飛んできた。

金曜日に日本の埼玉県から駆けつけたE氏(四八)は、殺された弟とその仲違いした妻の関係の私的詳細については、話すことを拒んだ。夫婦は何年も別居していたが、最近、ラホヤに八〇万ドルの家を買った。

イ 以上のとおり、本件射殺事件の発生から二〇日ほどの間に、米国の報道機関によって、原告夫妻が別居しており、事実上離婚に近いような状況にあったとの報道や、原告夫妻が所有するとされる複数の不動産の購入資金の出所に関し、一般読者が疑問を抱くような内容の報道がたびたびなされていたことが認められる。そして、原告が現地に夫婦共有名義で取得していた不動産三軒につき、原告単独所有名義に変更したことは当事者間に争いがなく、いったん夫婦共有名義とされていた不動産を婚姻期間中に一方の単独所有名義に変更することには何らかの理由があると考えられるところ、その理由が明確に判明していなかったことから、このことをもって「ナゾ」と表現することは相当性を逸脱してはいないものといえる。

したがって、記述四は、真実ないしは公正な論評というべきである。

(4)  そうすると、記述四は、原告の名誉を違法に侵害するものとはいえない。

(二) 記述九について

記述九は、原告の南仏滞在中に家族への音信がなかった点などを根拠に「夫人の言う『仲が良い』に『?』をつけないわけにはいかなかったようだ。」との表現により、原告と故Bとの間の夫婦仲に疑問を投げかけ、原告夫妻の仲が必ずしもうまくいっていなかったとの印象を一般読者に与えるものである。

しかし、一般読者にある夫婦間の関係がうまくいっていないとの印象を与えることは、現代社会においては、プライバシー侵害が生じる余地はあるとしても、必ずしも社会的評価を低下させるものとはいえないから、記述九は、原告の名誉を毀損するものとはいえない。

なお、証拠(乙四、証人河野俊史、原告本人)によれば、記述九は、河野記者のカリフォルニア州サンディエゴ市における取材や平成八年五月一〇日の代表取材の際に原告自身が南仏滞在中は家族と連絡を取らない主義にしていると説明したことに基づくものであることが認められ、その内容について真実と信じたことについて相当の理由があり、ないしは公正な論評というべきである。

(三) 記述一〇について

記述一〇は、原告の発言した内容について、原告の実家が否定していることを指摘した上で、原告の発言した内容の真偽について疑問を投げかけるものであるが、単に原告の発言の真偽が分からないということを記載しているにすぎず、原告が嘘をついているということを指摘しているわけではないこと、原告の発言と原告の実家の発言とのいずれが真実であるかについても全く記載していないことにも照らせば、記述一〇の程度の表現では、原告の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものとまではいえない。

なお、証拠(乙六、八、原告本人、被告平野安紀本人)によれば、原告の実家が否定しているとの記述は、原告の母親がマスコミの取材に対し原告の発言内容を否定していると受け取れる応答をしてこれが報じられたことを基にしてなされたものと認められ、被告らがこれを真実と信じたことについて相当の理由があったものである。

(四) 記述一一について

(1)  記述一一は、原告の不動産ビジネスにトラブルが絶えず、これは原告の側にも一因があるとの印象を一般読者に与えるものであるから、原告の社会的評価を低下させるものといえる。

(2)  記述一一を含む本件記事が、公共の利害に関する事実に係り、公益目的によるものであることは、前記(一)の(2) のとおりである。

(3)  記述一一の真実性等について判断する。

ア 証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告が不動産ビジネスを行っていたこと、原告所有の不動産物件に入居していたグアテマラ人との間で水道代などに関するトラブルが毎月のようにあったことが認められる。

イ また、証拠(乙六、証人河野俊史、被告平野安紀本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

河野記者は、本件射殺事件に関する取材をしていた際、原告ら家族と親しく交際していた日本人研究者の夫婦から、原告から物件の一つを借りたある日本人の主婦の発言として、おおむね、記述一一の内容どおりの話を聞いた。被告平野は、河野記者から右の取材内容について聴取し、これを記述一一の「物件の一つを借りた、ある日本人の主婦はこう話す。」以下の部分の記事にした。

ウ 前記ア認定の事実に照らせば、「いずれにしろ、不動産が彼女のビジネスであったことは確かなようで、皮肉にもトラブルが絶えなかったようだ。」との部分は真実であると認められる。

また、前記イ認定のとおり、河野記者が、取材中に、現地日本人研究者夫婦から、伝聞ではあるが、具体的なトラブルの例についての話を聞いていることが認められるところ、本件記事においては、河野記者が取材した時点においては伝聞であったものが、直接その日本人主婦が発言したような表現の記載になっている。しかし、その発言内容自体は、おおむね河野記者が取材中に得た現地研究者夫婦からの情報どおりに記載されており、河野記者の前記イの取材経過等に照らせば、この部分は、主要な部分について相当の根拠に基づく記述というべきである。

したがって、記述九は、真実ないしは真実であると信じたことについて相当な理由が認められる。

(4)  結局、記述一一は、原告の名誉を違法に侵害するものとはいえない。

(五) 記述一三について

(1)  記述一三は、故Bらの遺体と対面した後の記者会見の席における原告の「私は主人より年上なのが弱みなのです。私の年齢は主人と一緒にしてください」との発言を引用し、これを「自己中心的な言動」と評した上、地元記者から「とても、殺された一人娘の遺体と対面した後の母親の姿とは思えなかった」との声が出たということを記載したものであって、原告には自己中心的な言動があったとの印象を一般読者に与え、原告の社会的評価を低下させるものである。

(2)  記述一三を含む本件記事が、公共の利害に関する事実に係り、公益目的によるものであることは、前記(一)の(2) のとおりである。

(3)  記述一三の真実性等について判断する。

ア 証拠(甲四、乙四、証人河野俊史、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

原告は、平成八年五月九日、滞在していたフランスのニースにおいて、マルセイユの日本領事館を通じて本件射殺事件のことを知り、パリ経由の飛行機で米国ロサンゼルスに向かった。原告は、翌一〇日、ロサンゼルス空港に到着し、ロサンゼルスの日本領事館の車でサンディエゴ市内の遺体安置所へ行き、故B及び娘Cの遺体を確認した。その後、マリオネットホテルにおいて、読売新聞社と東京放送の各一名の記者による原告に対する代表取材が行われた。右代表取材の内容は、原告の同意の下、テープに録音された。取材終了後、原告は、録音を終えたことを確認した後、読売新聞社記者の河野博子に対し、「お願いがあるの。主人と歳を同じにしてね。」と頼んだ。これに対し、河野博子は、「いまさら」と答えたため、原告は、「私の弱みなの。みんなに言ってね。お願いね。」と重ねて頼んだ。

河野記者は、右代表取材の後、河野博子ら代表取材を担当した記者から、原告の右各発言について報告を受けた。その場に居合わせた河野記者を含む報道各社の記者らからは、原告の右発言の内容に対し、驚きと疑問の声が出た。

イ 以上認定のとおり、原告が、故Bらの遺体と対面した直後の代表取材の後、読売新聞社記者の河野博子に対し、「私は主人より年上なのが弱みなのです。私の年齢は主人と一緒にしてください。」との趣旨の発言をしたことは、真実であると認められる。

そして、突然夫と娘を何者かに射殺され、その遺体と対面した後の妻が、夫より年上なのが弱みであるとした上で自分の年齢を夫と同じにしてほしいなどと記者に頼むことは、通常の感覚に照らせば不自然といわざるを得ないから、このことを評して「自己中心的な言動」と表現することは、論評として相当性を逸脱するものではない。

また、原告の右発言を伝え聞いた記者らの間で、原告の右発言に対して疑問の声があがったことは前記認定のとおりであるから、このことを「『とても、殺された一人娘の遺体と対面した後の母親の姿とは思えなかった』(地元記者)という声が出るのだろうか。」と表現することは、相当であるといえる。

なお、原告は、右発言は、記者会見後のオフレコ発言であり、記者会見の席での発言とはいえないなどと主張するが、前記認定のとおり、原告に対する代表取材の行われた場所において、代表取材終了直後に代表取材を行った記者に対してなされた発言であることに照らせば、右発言の内容を「記者会見の席で」と表現した上で記事にしても直ちに不当とまではいえない。

したがって、記述一三は、真実ないしは公正な論評というべきである。

(4)  以上のとおり、記述一三は、原告の名誉を違法に侵害するものとはいえない。

三  プライバシーの侵害(争点5)について

1  原告の実名、年齢について

本件記事は、本件サンデー毎日が発行、発売された当時、高い社会的関心の対象となっていた本件射殺事件の周辺事情について報道したものであるところ、本件射殺事件の被害者らの遺族に当たる原告の実名、年齢を右記事の中において公表することは、前記認定のとおり本件記事が違法に原告の名誉を毀損する内容とは認められないこと、本件サンデー毎日が発行、発売された時点においては、既に各種報道媒体により、原告の実名、年齢が社会に広く知れ渡っていたことをも併せ考えれば、報道目的を達成するために必要かつ相当なものであるというべきである。

したがって、本件記事の中において、原告の実名及び年齢を公表したことは、違法なプライバシー侵害には当たらない。

2  不動産の名義について

不動産を購入したという事実、その不動産の所有名義、名義変更の事実及び変更の日時は、いずれも、特段の事情がないかぎり、通常、他人に知られたくない私的事項とはいいがたい。そして、このことに、前記1のとおり、本件記事が、高い社会的関心の対象となっていた本件射殺事件の周辺事情について報道したものであり、右記事が違法に原告の名誉を毀損する内容とは認められないことをも併せ考えれば、本件記事の中において、原告夫妻が自宅以外に三軒の不動産を購入したこと、その不動産の所有名義、その名義変更の事実及び変更の日時を公表したことは、違法なプライバシー侵害には当たらない。

3  原告と故Bとの関係について

夫婦間の関係については、通常、公表されたくない私的事項といえる。しかし、前記1のとおり、本件記事が、高い社会的関心の対象となっていた本件射殺事件の周辺事情について報道したものであり、右記事が違法に原告の名誉を毀損する内容とは認められないことなどを考慮すれば、本件射殺事件の背景事情をより良く読者に理解させるために、原告と故Bが結婚した年、出会った場所、その当時原告が料理学校に留学しており、故Bがパスツール研究所の研究員であったこと、原告と故Bの交際期間及びどちらが結婚に積極的であったかなどの事実を公表することも、違法なプライバシー侵害に当たるとまではいえない。

第四結論

以上判示したところによれば、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 西村則夫 裁判官 内田博久 裁判官 下澤良太)

別紙<省略>

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