大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京地方裁判所 平成9年(ワ)23775号 判決 1999年2月12日

原告

株式会社住宅金融債権管理機構

右代表者代表取締役

中坊公平

右訴訟代理人弁護士

山中尚邦

藤田浩司

被告

株式会社長谷工コーポレーション

右代表者代表取締役

合田耕平

右訴訟代理人弁護士

山之内三紀子

右訴訟復代理人弁護士

鈴木弘美

主文

一  被告は原告に対し、四三〇〇万円及びこれに対する平成八年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、二億四〇〇〇万円及びこれに対する平成八年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、特定住宅金融専門会社である訴外株式会社住宅ローンサービス(以下「住宅ローンサービス」という。)が、その貸付債権担保のために抵当権を有していた訴外株式会社ジーエムイー(以下「ジーエムイー」という。)所有の建物を、被告の従業員が、その所有者ジーエムイー及び抵当権者住宅ローンサービスの了解なく、被告の業務の執行として取り壊したことにより生じたとする、民法七一五条に基づくジーエムイーから被告に対する損害賠償請求権について、住宅ローンサービスから右抵当権の被担保債権を譲り受けたとする原告が、右抵当権に基づく物上代位によってその支払を求めている事件である。

本件の主たる争点は、①被告の使用者責任の有無、②右建物の取壊しによりジーエムイーが被った損害額、及び③ジーエムイー側の事情による過失相殺の有無及びその割合である。

一  争いのない事実等

1  原告は、特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別処置法(平成八年法律第九三号)により設立された株式会社であり、特定住宅金融専門会社(以下「旧住専」という。)七社から貸付債権その他資産を譲り受けてその回収等の処理を行う目的で設立された会社である。

2  旧住専のうちの一社である住宅ローンサービスは、ジーエムイーに対し、昭和六三年一二月二六日、八億円を次の約定で貸し付けた(以下「本件①貸付け」又は「本件①借入れ」という。)(甲五)。

(一) 利率 年6.4パーセント

(二) 第一回返済日

昭和六四年二月八日

(三) 第二回以降返済日

毎月八日

(四) 最終回返済日

昭和八四年一月八日

(五) 昭和六五年一月八日まで元本据置き、据置期間中の利息は各返済日に後払い。その後、毎月元利均等払い。

(六) 期限の利益喪失 ジーエムイーが住宅ローンサービスに対する債務の一つでも期限に弁済しなかったとき、本件①借入れについて当然に期限の利益を失う。

3  住宅ローンサービスは、訴外株式会社テイー・エム・エス(以下「テイー・エム・エス」という。)に対し、昭和六三年一二月二六日、三億五〇〇〇万円を次の約定で貸し付けた(以下「本件②貸付け」又は「本件②借入れ」という。)(甲六)。

(一) 利率 年6.4パーセント

(二) 第一回返済日

昭和六四年二月八日

(三) 第二回以降返済日

毎月八日

(四) 最終回返済日

昭和八四年一月八日

(五) 昭和六五年一月八日まで元本据置き、据置期間中の利息は各返済日に後払い。その後、毎月元利均等払い。

(六) 期限の利益喪失 テイー・エム・エスが住宅ローンサービスに対する債務の一つでも期限に弁済しなかったとき、本件②借入れについて当然に期限の利益を失う。

4  別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)は、ジーエムイーの所有であった。

5  ジーエムイーは、住宅ローンサービスに対するジーエムイーの本件①借入れによる債務、及び住宅ローンサービスに対するテイー・エム・エスの本件②借入れによる債務の担保のため、本件建物の敷地である本件土地及び本件建物(以下、本件土地及び本件建物を併せて「本件土地建物」という。)を共同担保として、次のとおり抵当権を設定した(甲一、乙一)。

(一) 本件①借入れによる債務の担保

横浜地方法務局金沢出張所昭和六三年一二月二六日受付第四二八八五号(あ)抵当権設定(以下「本件①抵当権」という。)

(二) 本件②借入れによる債務の担保

横浜地方法務局金沢出張所昭和六三年一二月二六日受付第四二八八五号(い)抵当権設定(以下「本件②抵当権」という。)

6  ジーエムイーは本件①借入れにつき、平成四年七月八日に支払うべき元利金の支払を、テイー・エム・エスは本件②借入れにつき、平成五年一〇月八日に支払うべき元利金の支払をそれぞれ怠った(甲七、八)。

7  原告は、平成八年一〇月一日、住宅ローンサービスから、本件①貸付け及び本件②貸付けによる各債権を譲り受け、住宅ローンサービスは、ジーエムイーに対し本件①貸付債権の、テイー・エム・エスに対し本件②貸付債権の各譲渡を、平成八年一〇月二日到達の確定日付ある内容証明郵便にて通知した(甲九及び一〇の各1、2)。

右債権譲渡に伴って、前記5記載の抵当権設定各登記について、次のとおりの抵当権移転付記登記がされた。

(一) 本件①抵当権について

横浜地方法務局金沢出張所平成九年二月二六日受付第四九八七号抵当権移転登記

(二) 本件②抵当権について

横浜地方法務局金沢出張所平成九年二月二六日受付第四九八八号抵当権移転登記

8  平成九年一〇月八日現在、原告のジーエムイーに対する本件①貸付けによる貸付金元金残額は三億五五八八万七五五八円、原告のテイー・エム・エスに対する本件②貸付けによる貸付金元金残高は一億四三九四万九五七五円である(甲一一、一二)。

9  当時、被告従業員であった根岸茂樹(以下「根岸」という。)は、本件土地建物の購入を希望している者から被告が建物建築工事を受注できるものと軽信し、右土地建物の売買が行われる前である、平成八年六月三日ころないし同年七月二日ころまでの間、訴外渡有興業株式会社(以下「渡有興業」という。)をして、本件建物を取り壊させた(ただし、附属建物符号3を除く主たる建物一棟と附属建物三棟(符号1、2及び4)が取り壊されたものであり、以下特に断らない限り、本判決においては、本件建物の取壊し、解体という語を使用する場合は、その意味で使用する。)。

10  原告は、本件①抵当権及び本件②抵当権に基づいて、平成九年四月一〇日、平成八年六月三日ないし同年七月二日までに、被告の従業員根岸が渡有興業をして本件建物を取り壊させたことにより、使用者責任に基づきジーエムイーが被告に対して有する損害賠償請求権について債権差押命令を受け、右命令は、平成九年四月一一日に被告に、同月二五日にジーエムイー及びテイー・エム・エスにそれぞれ送達された(甲二、三)。

二  争点(1ないし3)

1  被告の使用者責任の有無

(原告の主張)

本件建物は、ジーエムイーが工場・倉庫として使用していたものであるが、ジーエムイーは平成八年前半ころから、本件土地建物を共に売却することを検討し、訴外株式会社トーリョウ(以下「トーリョウ」という。)との間で売買についての交渉を行っていた。

被告は、トーリョウが本件土地建物を購入した場合、トーリョウから同所における建物の建替えを受注しようと考えており、被告従業員であった根岸は、平成八年七月ころ、売上成績を上げたいがために、ジーエムイーとトーリョウとの売買がされる前に、所有者であるジーエムイー、購入予定者であるトーリョウ及び抵当権者である住宅ローンサービスのいずれにも無断で、解体業者に本件建物の解体を指示し、解体させてしまった。

ジーエムイーとトーリョウとの売買は、その後間もなくして締結されないこととなった。

根岸による本件建物の取壊しは、同人が被告の業務の執行として行った行為である。

(被告の主張)

根岸による本件建物の取壊しは、被告における同人の裁量権を遙かに逸脱しており、被告の業務の執行として行ったものとはいえない。

2  本件建物の取壊しによりジーエムイーが被った損害額

(原告の主張)

(一) 本件建物無断解体による損害額は、解体当時の建物自体の価値を基準とすべきであり、それは、同等(同一面積、同一構造)の建物を建築した場合にかかる建築費を基準とし、経過年数による減価を加味して算出するのが妥当である(東京地方裁判所平成四年九月一六日判例時報一四六五号九六頁等参照)。

財団法人日本不動産研究所作成の「消滅建物の積算価格調査」(甲二三、以下「原告報告書」という。)によれば、本件建物の平成八年七月時点での価値は一億三八〇〇万円から一億九二〇〇万円の間と算定されている(価格の幅は、減価修正を定額法で行うか、定率法で行うかの差で、定額法による場合が一億九二〇〇万円、定率法による場合が一億三八〇〇万円である。)。

本件建物に関して算定した再調達原価を基にして、「公共用地の取得に伴う損失補償基準」における現価率を使用して試算すると、本件建物の総額は約三億一三〇〇万円となる。

本件建物については、適法行為による損失補償の場合でも三億一三〇〇万円となるのであるから、本件の根岸の行為のように、違法行為による場合には、懲罰的な観点を加味し、右額を上回る損害額を認定しても不当ではない。したがって、本訴における請求額二億四〇〇〇万円は至極妥当な金額である。

(二) 被告提出の鑑定評価書(乙九)に対する反論

被告提出の鑑定評価書(乙九、以下「被告鑑定書」という。)の算出方法は次のとおり不当である。

(1) 被告鑑定書では、結論として、建物が存在した場合の建物及び敷地の合計金額と、対象土地の更地価格を比較し、前者が後者よりも一六〇〇万円高いことから、本件建物が解体されなかったとしたら一六〇〇万円の残存価値があるとする(二頁)。そして、その前提として、建物及び敷地の合計額を算出する過程で、土地と建物の価値の分配(土地五億八八〇〇万円、建物七五〇〇万円)をしておきながら(二〇頁)、最終結論は、その分配を無視し、建物が解体された場合とされなかった場合の差額が建物の価値であるという考え方をしている。しかし、建物滅失による損害賠償は、所有者が把握していた建物の価値の補てんとしてとらえるべきであり、更地価格との比較において求めるべきではない。

(2) また、被告鑑定書では、建物が存在した場合の建物及び敷地の合計金額を算出するに、土地更地価格から解体費用を控除している(一五頁)。建物存続を前提とした価値を求める中で解体費用を控除するのは論理矛盾である。

(3) 加えて、被告鑑定書では、建物の積算価値を求める過程で、耐用年数による減価をした上で(一六頁)、さらに観察減価を大幅にしている(一七頁、対象建物①は五〇パーセント、②は九〇パーセント、③・④は一〇〇パーセント)。その理由として、物理的損傷については「特に著しい損傷は認められない」としながら、「工場は…その内部の設備等の特殊性が強いために、市場性が劣ると思われる」との理由をあげている。しかしながら、本件建物が所在していた場所は、工業地域であり、その中に建築されている工場が、工場であるが故に市場性が低いとするのは到底理解できない。また、「設備等の特殊性が強いため」としているが、本件建物は、建物自体に特殊な設備が備え付けられていたわけではなく、建物自体に特殊性があり、汎用性がないといったたぐいのものではない。

(被告の主張)

(一) 本件建物解体(附属建物三棟を含む。)により、ジーエムイーが被った損害は、被告鑑定書(乙九)に記載されたとおり約一六〇〇万円にとどまる。

(二) 被告鑑定書の合理性、及び原告報告書(甲二三)が妥当でないこと

(1) 原告報告書(甲二三)は、本件建物について類似の同様な建物の建築費を参考にして、新規の再調達価格を求め、ここから定額法ないし定率法に基づく減価修正を行ったものを本件建物の価格であるとしている。

このような手法によって求められる建物価格は、言うなれば本件建物の帳簿上の価格(簿価)であるが、しかし、不法行為に基づく損害賠償において、不法行為者が賠償すべきは、これにより権利者が被った経済上の損害であり、本件のような建物についての権利侵害では、その建物の市場価格が求められるべきである。

確かに、簿価と市場価格は必ずしも乖離するものではないが、近年のように不動産価格の下落が著しい状況では、調達価格を前提として一定割合の減額を規則的に行って算出する簿価格ではその下落速度に追いつかず、市場価格はこれを遙かに下回るものとなってしまっていることは衆人の認めるところである。

また、原告報告書の手法による算定の結論が適正なものであるためには、「(調査対象建物について)維持管理の状態は普通程度であり、特別な減価がないこと」が前提とされている。しかし、実際には、本件建物は、解体時にはほとんど管理使用されておらず、窓ガラス等が割られ内部にも何者かが侵入した形跡すらあるという荒れた状況であった(乙二)。したがって、この点でも、原告報告書の結論はその判断の前提に誤りがあり、適正な価格を算出し得ない。

さらに、本件建物のうち一棟(附属建物符号1)には石綿(アスベスト)が使用されており(乙二、四)、近年のアスベスト使用建物に対する評価を前提とすれば、この建物についての市場価格は著しく下落しているものといえる。

(2) 原告は、被告鑑定書において、敷地と建物の合計価格から更地としての敷地価格を控除した額を建物価格としている点について、これを不当であると主張する。

しかし、原告が有する抵当権は本件建物とその敷地を共同担保として価値を把握していたものであり、建物が消滅したことによる損害は、建物の価格を抽象的に算出して決定されるべきではない。建物が滅失したことにより、敷地がその拘束から解かれて更地としての価値を取得すれば、これにより敷地に対する抵当権が把握する価値は上昇する。

したがって、こうした場合に、抵当権者が被る損害は、敷地と建物の合計価格から更地としての敷地価格を控除したものにとどまるのは当然である。

本件において、原告が建物価格そのものについての物上代位を主張して被告に損害の賠償を求めるのは、原告が被った損害の実状を考慮すれば不当な請求であり、認められるべきものではない。仮に、原告による物上代位が抽象的には建物価格の範囲で認められるとしても、本件では権利の濫用というほかない。

(3) 原告は、被告鑑定書において、土地積算価格の算出に際して、更地価格から建物解体費用を控除していることを批判している。

しかし、被告鑑定書は、鑑定方法の基準として原価法を中心に採用しており、この際、積算価格算定の基礎となるのは再取得原価である。そして、この事例で再取得されるのは、建物と建物を乗せた状態での土地である。

土地価格は、地上建物の有無によって大きく変動することは一般に認識されている。地上に建物があれば、その建物の現状がどうあれ、土地はその利用価値を減殺されたと評価され、それが土地価格を低下させる。市場においては、土地は更地であってそれをいかようにも利用可能であるときに更地価格に相当する価値が認められるものであり、地上に建物がある場合には、購入者はこの撤去を前提とした価格を見込むものである。

したがって、地上建物が存在する場合の敷地の価格は、更地価格から建物解体費用を控除したものとなる。

3  過失相殺の有無及びその割合

(被告の主張)

本件では、本件建物解体の経緯において、ジーエムイー側にも重大な過失があり、事案の公平な解決のためには、賠償責任の決定において、この過失を当然に斟酌すべきである。

すなわち、根岸が本件建物の解体に着手したのは、ジーエムイーの承諾があったからである。したがって、この承諾が、実際には、当時売買交渉中の相手方であるトーリョウの承諾を前提としていたものであったとしてもそのことは明示されず、当時の交渉状況から、根岸が本件建物を解体した上での売却の方向で話が進行しているものと考え、解体に着手したとしても無理からぬ面があった。

一方、本件建物の解体において、ジーエムイーは、建物所有者としての当然の注意を尽くさず、根岸からの解体申入れに対して、安易に「トーリョウさんが買ってくださるのならご自由に」とのみ応じて、これを承諾した(甲一八)。本件建物についての売買契約は、この時点では成立していたわけではなく、さらに、本件建物にはジーエムイーら二社の債務についての抵当権がいまだ存続していたのであるから、根岸の申入れがあったとしても、ジーエムイー自ら買主となるべきトーリョウに問い合わせるなどの注意を払うべきであった。

したがって、こうした注意を払うことなく、安易に解体申入れに応じたジーエムイーには重大な過失があり、事案の公平な解決のためには、この過失は当然に斟酌されるべきである。

(原告の主張)

被告の過失相殺の主張は理由がない。

根岸作成の顛末書(甲一八)によれば、「トーリョウ田中社長には同意を得ておりませんし、ジーエムイーにも着手後報告したところ、ジーエムイーとしてはトーリョウが買ってくださるのなら、ご自由にとのことでした。」と記載されており、根岸は、本件建物解体着手の時点で、ジーエムイー及びトーリョウのいずれの承諾を得ていなかった。つまり、根岸は、ジーエムイーとトーリョウの売買合意が整わないうちに、しかも、いずれの了解も得ずに、本件建物の解体を行ったものであり、無断解体以外の何ものでもない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(被告の使用者責任の有無)について

1  証拠(甲一、一四ないし二二、乙一ないし三、五の1ないし5、六ないし九)及び弁論の全趣旨によれば次の事実を認めることができる。

(一) 平成七年ころ、当時被告の営業三部のチーフ職にあった根岸は、トーリョウが工場用地を求めていることを知り、ジーエムイーが所有する本件土地をトーリョウが購入した上で、被告において、トーリョウから本件土地上の新築工場建物の建築工事の受注を請けることを計画し、ジーエムイーとトーリョウに本件土地の売買についてはたらきかけを行うとともに、本件土地の抵当権者数社に任意売却の協力を要請していた。

(二) ジーエムイーは、本件土地につき、平成八年三月八日にトーリョウとの間で不動産売買にかかる協定書を締結するとともに、同日に国土利用計画法による届出をし、同月二五日不勧告通知を受けた。

(三) 根岸は、トーリヨウからの依頼による本件業務がチーフ職に就いてから始めての仕事であり、どうしても、被告において自己の営業成果を計上したかったことなどから、トーリョウの社長からは、本件土地売買契約成立後に本件建物の解体に着手せよと告げられていたにもかかわらず、本件土地建物の売買契約がいまだ成立しておらず、本件土地建物に抵当権、横須賀税務署にかかる差押え、及び横浜市の参加差押えが存在していることを知りながら、本件建物解体工事完了までにはトーリョウへの土地売却が成立しているだろうと軽信し、トーリョウの本件土地購入後に本件建物解体に着手するために必要であるとして、同社から徴求していた、解体工事の白地の注文書を利用して、トーリョウ、ジーエムイー及び抵当権者からその承諾を得ることもなく、無断で右注文書に必要事項を記入して、被告社内において、トーリョウが、平成七年六月に本件土地建物を取得済みであることの虚偽の報告をし、本件建物解体工事着手の被告の社内手続をとった。

(四) その結果、被告建築部から渡有興業に対し、平成八年三月半ばころ、本件建物の解体依頼があり、渡有興業は、水道局によりジーエムイー名義の水道メタが撤去されるなどした後である平成八年六月三日ころから本件建物の解体工事に着手し、同年七月三日ころ、本件建物(ただし、附属建物3を除くことは前述のとおり。)の解体工事が終了した。

(五) 根岸は、本件建物解体工事に着手した後になって、ジーエムイーに本件建物解体工事に着手したことを報告したところ、ジーエムイーは、右解体工事はトーリョウの意向によるものであると誤信し、根岸に対し、トーリョウが本件土地建物を買ってくれるのならば、本件建物の解体については自由にやってよい旨の意向を述べた。

(六) その後、トーリョウは本件土地の購入意欲を失うようになり、ジーエムイーからトーリョウへの本件土地建物の売却は実現せず、その後、本件土地、及び本件建物のうち解体されなかった附属建物符号3の二階建工場は、トーリョウへの売却の話とは全く関係なく、平成九年九月二六日、ジーエムイーから訴外ランズバーグ・インダストリー株式会社に六億一〇〇〇万円(消費税込み)で売却された。

2  以上によれば、当時、被告従業員であった根岸は、違法に本件建物を解体させ、これによりその所有者であるジーエムイーの所有権を侵害したことが認められ、また、根岸の右行為は、被告の事業の執行として行われたものであるものと認められるから、本件建物の解体によりジーエムイーが被った損害は、根岸が被告の事業の執行により加えた損害といえ、たとえ、根岸の右違法行為が、被告内部において根岸に与えられている裁量権の範囲を逸脱したものであったとしても、ジーエムイーの損害が、根岸による被告の事業の執行により加えられたものであることを否定する理由となるものではない。

二  争点2(ジーエムイーの被った損害額)について

1  原告は、本件建物無断解体による損害額は、解体当時の建物自体の価値を基準とすべきであり、それは、同等(同一面積、同一構造)の建物を建築した場合にかかる建築費を基準とし、経過年数による減価を加味して算出するのが妥当であると主張し、原告報告書(甲二三)によれば、本件建物の再調達原価から減価修正を行った金額として、解体された本件建物の積算価額は、一億三八〇〇万円(定率法による減価修正)ないし一億九二〇〇万円(定額法による減価修正)となり、また、右算定の再調達原価を基にして「公共用地の取得に伴う損失補償基準」における現価率を使用して試算すると、本件建物の価額は約三億一〇〇〇万円となると主張する。

これに対し、被告は、原価法を主としてこれに収益還元法を加味し、本件土地建物一体の価額を求め、これから、比準価額及び収益価額を検討した上で算出された更地としての本件土地価額を控除した残額一六〇〇万円が、解体された本件建物価額であるとする被告鑑定書(乙九)に合理性があり、ジーエムイーが被った損害額は一六〇〇万円にとどまると主張する。

2(一)  そこで検討するに、土地と建物が同一の所有者に属する場合、その所有者は、経済的には、土地利用権付きの建物と、土地利用の負担を負った土地を有していることになるから、その土地上の建物が消失した場合、建物消失による損失を受けるが、一方、土地部分にはその利用の負担のないものとして経済的価値の増加が発生するものといえ、建物消失による損害額を算定するにおいて、土地建物一体の価額から更地価額を控除するという、被告鑑定書の手法によることは合理性があると考えられる(土地について、利用権の負担がなくなったことによる経済的価値の増加分は、損益相殺の対象となるとも考え得る。)。

他方、建物価格を算出するに、原告主張のような、同等(同一面積、同一構造)の建物を建築した場合にかかる建築費を基準とし、経過年数による減価を加味して算出する手法のみにより、その敷地土地につき利用の負担がなくなったことによる経済的価値の増加分を全く考慮しないとするならば、それは被告鑑定書の前記手法に比べて合理性に劣るものといわざるを得ない。

(二)  次に、原告は、被告鑑定書において、建物が存在した場合の建物及び敷地の合計金額を算出するに、土地更地価格から解体費用を控除していること(乙九・一五頁)について、建物存続を前提とした価値を求める中で解体費用を控除するのは論理矛盾であると主張し、これに対し、被告は、地上に建物があれば、その建物の現状がどうあれ、土地はその利用価値を減殺されたと評価され、それが土地価格を低下させるもので、市場においては、土地は更地であってそれをいかようにも利用可能であるときに更地価格に相当する価値が認められるものであり、地上に建物がある場合には、購入者はこの撤去を前提とした価格を見込むものであるから、地上建物が存在する場合の敷地の価格は、更地価格から建物解体費用を控除したものとなると主張する。

そこで、検討するに、確かに後記(三)で認定のとおり、本件建物は、耐用年数に基づく減価に加えて、その機能的要因及び経済的要因等に基づく減価を行うことがより合理的であるといえ、そのために、観察減価として相当大幅な減価をすることになるが、他方、土地建物が一体の場合の価格を求めるにおいて「地上に建物があり、需要者は取り壊すことを前提として取得するであろうことから」解体費用を減価するとする考え(乙九・一五頁)については、証拠(甲一、一四ないし一六、一九ないし二四、乙一ないし四、五の1ないし5、八、九)によれば、本件建物所在地は都市計画法上の工業地域であって、また、本件建物の構造等に照らすと、本件建物につき、事務所・工場・倉庫としての汎用性が全くないとまではいえないものであると認められることに照らすと、必ずしも、本件土地建物の取得者が本件建物の取壊しを前提とするともいいきれず、そうすると、本件土地建物一体の価格を求める前提として本件土地の価格を求めるにおいて、解体費用を控除すべきとまではいえない。

なお、付言するに、本件土地建物の需要者は、本件建物を取り壊すことを前提として取得するであろうとの立場をとる場合、本件土地価格を求めるに際し本件建物の解体費用を控除することは、結局、経済的には、本件建物自体の価値を全く認めていないことになり(かえって、このような立場においては、需要者は、取得費に加えて、建物解体費用が必要であるということで、本件土地のみを更地として取得する場合よりも、本件土地建物を一体として取得する場合の価格を低く見積もることになると想定される。)、そのような立場と、本件土地建物一体の価格から本件土地の更地価格を控除して、本件建物の価値を求めるとの立場に整合性があるか疑問があるといわざるを得ない。

(三)  さらに、原告は、被告鑑定書において観察減価を大幅にしていることが妥当ではないと主張する。

ところで、建物について、類似の同様な建物の建築費等を参考にして再調達原価を求め、これから定額法若しくは定率法に基づく減価修正のみを行う、又は、右再調達原価を基にして「公共用地の取得に伴う損失補償基準」における現価率を使用して試算するとの方法(原告の主張方法)は、当該建物の現実の機能的要因や経済的要因(利用価値、市場性等)等を全く考慮しないことになるから、市場における価値を適切に反映するためには、可能である限り、当該建物の機能的要因及び経済的要因等に基づく減価を行うことがより合理的であると考えられるところ、被告鑑定書は、耐用年数による減価をした上で、更に、観察減価につき「対象建物①(本件建物のうち主たる建物)及び②(附属建物符号1)は、写真によると特に著しい損傷等は認められない。しかし、対象建物が工場であり、建物内の間取り、設備等は、その会社の生産活動に見合った形で設計されているのが通常であり、その利用価値は、運営に利害関係を持つ者が取得する場合でもない限り、ほとんどないものと認められる。つまり、工場は、中古住宅のように普遍的な利用価値をもつものではなく、その内部の設備等の特殊性が強いために、市場性が劣ると思われるのである。これらのことを勘案して、対象物件①の観察減価を五〇パーセント、対象物件②の観察減価を九〇パーセントと認定した。」(乙九・一八頁)、「対象建物③(附属建物符号2)及び④(附属建物符号4)は、建物の延床面積がそれほどあるわけではなく、特に、対象物件④は延床面積が7.9平方メートルしかない。ところが、対象土地の面積は、3299.34平方メートルあり、対象物件③及び④は、敷地との不適応等の機能的要因、対象建物と付近の他の建物との比較における市場性の減退等の経済的減価が認められる。つまり、同程度の面積の土地を取得する業者の事業規模等から検討して、このような小さな建物は、使い途が限られてくると判断した。これらのことを勘案して、対象物件③及び④の観察減価を次のように一〇〇パーセントと認定した。」(乙九・一九頁)との内容は、本件建物所在地が都市計画法上の工業地域であったこと(甲二三、乙九)など考慮しても、証拠(甲一、一四ないし一六、一九ないし二四、乙一ないし四、五の1ないし5、八、九)及び裁判所の経験則に照らして、合理的なものであると是認することができる。

3  そして、その他の点については、被告鑑定書(乙九)の内容は十分に合理性があるものと認められる。

4  以上によれば、被告鑑定書(乙九)のうち、5の(1)Dウ「土地建物一体としての減価修正及び積算価格の認定」の方法(一九頁以降)において、市場性の減退に基づく五パーセント相当の減価により、土地及び建物一体としての積算価格を求めると、約六億九〇〇〇万円となり〔(647,000,000+79,800,000)×(1−5%)≒690,000,000〕、その内訳は、対象土地総額が六億一五〇〇万円〔647,000,000×(1−5%)≒615,000,000〕、対象建物が七五〇〇万円〔690,000,000−615,000,000=75,000,000)となる。

また、これを基にすると、被告鑑定書5の(2)d「総合還元利回りの認定」の方法(乙九・二三頁)において、還元利回りを算出すると、これは約5.6パーセント(結論として被告鑑定書と同じ結果)となる。

さらに、これを前提として、被告鑑定書5の(2)e「収益価格の認定」の方法(乙九・二三頁)において、収益価格を求めると、約五億七七〇〇万円となる。

その結果、対象物件の試算価格は、積算価格が六億九〇〇〇万円、収益価格が五億七七〇〇万円とするのが相当であり(被告鑑定書5の(3)「試算価格の認定」(乙九・二四頁)参照)、本件においては、積算価格を重視し、収益価格を斟酌するにとどめ、本件土地建物一体としての試算価格は総額六億九〇〇〇万円、その内訳は、土地が六億一五〇〇万円、建物が七五〇〇万円と認定するのが相当である。

そうすると、更地としての本件土地の価格は六億四七〇〇万円とみるのが相当であるから(乙九・一五頁、二五頁)、本件建物が解体されずに残っていたとしたら、解体された場合より四三〇〇万円(=690,000,000−647,000,000)の残存価値が認められるとするのが相当となる。

三  争点3(過失相殺の有無及びその割合)について

前記一の認定によれば、根岸は、被告において自己の営業成果を計上したかったことなどから、本件土地の購入を考えていたトーリョウからは、本件土地売買契約成立後に本件建物の解体に着手せよと告げられていたにもかかわらず、本件土地建物に抵当権、差押え及び参加差押えが存在していることを知りながら、本件建物解体工事完了までにはトーリョウへの本件土地建物売却が成立しているだろうと軽信し、トーリョウ、本件土地建物所有者であるジーエムイー及び抵当権者から解体の承諾を得ることもなく、本件建物解体工事着手の被告の社内手続をとったものであり、しかも、本件建物解体工事着手後に、根岸がジーエムイに対し、右解体工事に着手したことを報告したところ、ジーエムイーは、右解体工事はトーリョウの意向によるものであると誤信し、根岸に対し、トーリョウが本件土地建物を買ってくれるのならば、本件建物の解体については自由にやってよい旨を述べたものであり、以上によれば、ジーエムイーは、トーリョウが本件土地建物を購入することを条件に、トーリョウの意向に基づく本件建物の解体について異議がない旨述べていただけであり、根岸による無断の本件建物解体について承諾していたとは到底認められず、このような故意による違法行為を行った根岸及びその使用者である被告との関係で、ジーエムイーに過失相殺として斟酌されるべき過失があると到底認められるべきものではなく、その他、本件全証拠によっても、本件において、ジーエムイーに過失相殺されるべき事情は全く認められない。

第四  結論

したがって、本訴は、民法七一五条に基づいて、ジーエムイーが被告に対して有する本件建物滅失による損害賠償請求権について、原告が抵当権による物上代位により、被告に対して四三〇〇万円及びこれに対する本件建物取壊し完了の翌日である平成八年七月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由がある。

(裁判官本多知成)

別紙物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例