東京地方裁判所 平成9年(ワ)23877号 判決 1999年10月25日
原告
大場敏道
被告
埼玉福山通運株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して、金二八一万〇九二七円及びこれに対する平成四年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを三〇分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、連帯して、金八六五九万五八一三円及びこれに対する平成四年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 本件事故の発生
(一) 日時 平成四年四月一日午後五時ころ
(二) 場所 東京都豊島区東池袋二丁目二二番の一先の国道二五四号の道路(以下「本件道路」という。)上
(三) 被告車 被告埼玉福山通運株式会社(以下「被告会社」という。)が保有し、被告笹原勇(以下「被告笹原」という。)の運転する普通貨物自動車
(四) 被害者 原告
(五) 態様 原告が本件道路上を横断中、中央線寄りの第二車線上を直進してきた被告車と衝突した。
2 本件事故の結果
本件事故により、原告は、頸椎捻挫、外傷性頸椎椎間板症の傷害を負い、東京都立大塚病院に平成四年四月一日から平成九年一〇月七日まで(予備的に、平成九年四月一日(症状固定日)まで、を主張)通院を余儀なくされ、頸部痛、めまい、左上下肢しびれ・脱力感、左手指巧緻性の低下等の後遺症が残存した。
3 被告笹原の過失責任
本件事故は、被告笹原の前方不注視によるものである。
4 損害額の算定
(一) 治療費 三八万三七五三円
(二) 通院交通費 二三万一六〇〇円
(予備的主張 一三万六八〇〇円)
通院一回について往復のタクシー代一二〇〇円を要するので、主位的に東京都立大塚病院に通院した全通院日数一九三日分、予備的に平成九年四月一日までの一一四日分を請求する。
(三) 医師に対する謝礼 五万円
(四) めがね代 八万八〇六五円
(五) 休業損害 四九五〇万円
(予備的主張 二七三五万四〇〇〇円)
(1) 主位的主張
原告は、本件事故当時、ブータン王国に設立されたドルック・ジャパンヒマラヤ株式会社の代表取締役副社長として月額七五万円の収入を得ていたが、本件事故による負傷により就業することができず、平成四年四月一日から平成九年九月三〇日までの間の収入四九五〇万円を得られなかった。
算定式は、以下のとおりである。
七五万円×六六か月=四九五〇万円
(2) 予備的主張
原告は、本件事故当時、五七歳であり、賃金センサス平成五年第一巻第一表の五七歳の大卒男子の平均年収は九九〇万一〇〇〇円(平均月収は八二万五〇八三円)であるところ、原告の休業損害を算定するに当たっては、原告がブータン王国で就労していたことを考慮すると自賠責保険で用いる五七歳の年齢別平均給与額である四五万五九〇〇円を基礎収入とするのが相当であり、休業期間を平成四年四月一日から症状固定時である平成九年四月一日までの六〇か月間として算定すると、休業損害額は二七三五万四〇〇〇円となる。
算定式は、以下のとおりである。
四五万五九〇〇円×六〇か月=二七三五万四〇〇〇円
(六) 逸失利益 二二九二万五七〇〇円
(予備的主張 一三九三万五七六八円)
(1) 主位的主張
原告の後遺症は、神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限される内容の症状であり、後遺障害別等級表第九級一〇号(労働能力喪失率三五パーセント)に該当する。症状固定日である平成九年四月一日当時、原告は六二歳であるから、将来の就労可能年数九年(新ホフマン係数七・二七八)として算定すると、以下のとおりとなる。
七五万円×一二×〇・三五×七・二七八=二二九二万五七〇〇円
(2) 予備的主張
基礎収入を月額四五万五九〇〇円として算定すると以下のとおりとなる。
四五万五九〇〇円×一二×〇・三五×七・二七八=一三九三万五七六八円
(七) 通院慰謝料 二五一万円
(予備的主張 二一四万円)
通院期間について、主位的に平成九年一〇月七日までを、予備的に同年四月一日(症状固定日)までを主張しており、それに対応する慰謝料を請求する。
(八) 後遺症慰謝料 六四〇万円
(九) 弁護士費用 五〇〇万円
(予備的主張 三〇〇万円)
(一〇) 合計 八七〇八万九一一八円
(予備的主張 五三四八万八三八六円)
5 損害のてん補
原告は、被告らから、四九万三三〇五円の支払を受けている。
6 よって、原告は、被告会社に対し被告車の運行供用者としての責任(自賠法三条)に基づき、被告笹原に対し不法行為に基づき、連帯して、金八六五九万五八一三円及び本件事故の日である平成四年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(本件事故の発生)のうち、(一)から(五)は認める。
2 請求原因2(本件事故の結果)のうち、原告が頸椎捻挫の傷害を負ったことは認め、その余は不知。
本件事故と相当因果関係のある通院期間は、平成四年八月二一日までである。
3 請求原因3(被告笹原の過失責任)は争う。
4 請求原因4(損害額の算定)はいずれも不知。
5 請求原因5(損害のてん補)は認める。
三 抗弁
1 抗弁1(消滅時効)
(一)(1) 本件事故と相当因果関係のある治療期間は平成四年八月二一日までであり、遅くとも同日までには症状が固定した。
(2) 右の日から三年間が経過したので、被告らは、消滅時効を援用する。
(二)(1) 原告は、平成六年三月二三日から同年一〇月一七日まで治療を受けておらず、本件事故と相当因果関係のある治療期間は平成六年三月二三日までであり、遅くとも同日までには症状が固定した。
(2) 右の日から三年間が経過したので、被告らは、消滅時効を援用する。
(三)(1) 原告は、本件事故に遭遇した平成四年四月一日の時点で、後遺障害が発生する可能性がないことを予見することができた。
(2) 右の日から三年間が経過したので、被告らは、消滅時効を援用する。
2 抗弁2(過失相殺・請求原因3に対して)
本件事故は、原告が雨中酩酊し、本件道路の横断歩道近くの横断禁止場所を横断中に発生したものであり、本件道路が幹線道路であることからすると、原告の損害に対しては、五割の過失相殺がなされるべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(消滅時効)の(一)から(三)の各(1)の事実は否認する。
本件事故と相当因果関係のある治療期間は少なくとも平成九年四月一日までであり、同日が症状固定日である。
2 抗弁2(過失相殺)の主張は争う。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1(本件事故の発生)の(一)から(五)の各事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因2(本件事故の結果)及び抗弁1(消滅時効)について
1 甲二、六の1から263、七の1、2、一〇、一一、一四、乙一の1、2、二、三、原告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告の通院状況及び症状の推移
(1) 通院先と通院状況
ア 原告は、本件事故発生日である平成四年四月一日に東京都立大塚病院(以下「大塚病院」という。)整形外科に受診し、平成五年四月二日からは、同病院リハビリテーション科(以下「リハビリ科」という。)にも受診し始めた。大塚病院の整形外科及びリハビリ科には、平成九年四月一日までに合計一六〇日(平成四年四月二四日及び同年六月九日は原告本人は通院せず、自覚症状を記載した紙片を医師に送付し、処方を受けたに過ぎない。甲一〇)通院しており、通院頻度については、平成四年四月から平成五年三月までは、整形外科に月平均約二回(計二四日)の通院にとどまっているが、リハビリ科の受診を始めた同年四月から平成六年三月までの通院状況は、月平均約五・五回(計六六日。その多くがリハビリ科のみ又は同科及び整形外科の受診である。)にも及んだ。しかし、原告の通院は同年三月二二日を最後にしばらく途絶えたが、同年一〇月一八日に再開し、その後、平成九年四月一日までの通院頻度は月平均約二・三回(計七〇日。右同様、リハビリ科のみ又は同科及び整形外科の受診である。)である。なお、原告は、同日以降も同病院の前示各科に通院している状況が認められる。
イ 原告は、大塚病院の他の診療科にも受診しており、平成五年五月一八日から平成九年二月二五日までの間に、眼科に六日、皮膚科に一六日通院している。また、この他、平成四年四月二八日に新東京病院(千葉県松戸市)に、平成四年四月二八日及び同年五月一日に東京大学医学部附属病院脳神経外科(以下「東大病院脳神経外科」という。)に、平成六年四月一一日から同年九月二〇日までの間(通院実日数六日)に朝日生命成人病研究所附属病院(以下「朝日生命病院」という。)にそれぞれ通院していた。
(2) 大塚病院の整形外科及びリハビリ科以外の診療科並びに大塚病院以外の病院での診察結果等
ア 大塚病院眼科及び皮膚科
右各診療科での診察結果等は不明であるが、本件事故直後から通院している大塚病院整形外科及びリハビリ科の診療録(甲一〇、一一)には本件事故による負傷の治療と眼科及び皮膚科での受診とを結びつける記載もなく、右両診療科での診療が本件事故と相当因果関係にあるとは認められない。
イ 新東京病院
同病院では交通事故による外傷の治療がなされたと推認できるが、そこでの診療科目、診断内容、診察結果は不明である。
ウ 東大病院脳神経外科
頭頸部外傷と診断され、レントゲン、CTスキャン、MRIによる精密検査を受けたが、特段の異常は診断されず、平成四年五月一日に治癒の診断を受けた。
右診察結果は、脳神経外科によるものであり、身体外傷を治療する整形外科によるものではない。したがって、右のとおり、平成四年五月一日に治癒との診断を受けたことをもって、本件事故によって負傷した原告の治療が完了したと認めることはできない。
エ 朝日生命病院
高血圧症、狭心症、脳血管障害の疑いありと診断され、治療を受けた。
しかし、右傷病名及び東大病院脳内神経外科での前示診察結果からすると、朝日生命病院での診療が本件事故と相当因果関係にあるとは認められない。
(3) 大塚病院整形外科での診察結果等
ア 原告は、本件事故直後に救急受付で同病院同科に受診した。その際の診察医の所見については、右肩から上腕にかけての関節痛、局所がはっきりせず、動きも比較的よい、肩鎖関節マイナス、レントゲン骨折なし、経過観察と診療録上記載された。原告は、診察医に対し、頸部を前屈させるとめまいがある旨、頸部から左肩にかけてのしびれを訴えていた様子がうかがえる(甲一〇P1の「1」、「2」)。なお、診察医は、原告の状態について、「Drunken State」と記述する(訳文では「意識モウロウ状態」と付されている。)が、後に述べるように、原告の事故当時の様子からすると、「泥酔状態」の趣旨とも解され、来院時の原告の様子が必ずしも重篤であることを表すものとは解し難い。
その後も、原告は、担当医に対し、首を前屈させた時のめまいや過度の後屈時などの吐き気、首の痛み、左手指等のしびれ等を継続的に訴えており、日常生活や仕事において、前屈時にめまいがするなどの支障等も述べており、平成四年一二月に実施されたMRI検査によれば、第三・第四頸椎から第六・第七頸椎までの頸椎の変形性変化が認められた。平成五年四月二日にリハビリ科(頸椎牽引、ホットパック)に、原告の希望により受診するようになってからは、原告は同科での治療を有効と感じ、それ以前に比べて通院頻度が多くなった。しかし、原告の症状は牽引後の状況等、全体的には幾分改善傾向にはあったものの、前屈時のめまいや首の痛み、左上肢等のしびれ等一進一退を繰り返す症状を担当医に訴えていたことが認められる。
イ 原告の担当医は、初診時から平成五年六月一八日受診時までは中西尚史医師又は石橋徹医師であったと推測されるが(乙一の1、2)、平成五年七月八日受診時から平成八年一二月二四日受診時までは原医師、平成九年一月七日受診時以降は田中英俊医師であった。
ウ 担当医であった石橋医師は、平成四年一一月一一日の時点で、当月中には就労が可能となり、翌一二月には症状が固定し、後遺症は残存しないとの見通しを持っていたが(乙三)、その後も、通院する原告に対し、治療を中止し、症状固定と判断することなく、治療行為及び経過観察を継続してきた。
エ 担当医であった原医師は、従前どおり、原告に対する治療行為及び経過観察を継続していた。また、原告が、平成六年三月二二日の診察時に前屈時のめまい、左上下肢のしびれを訴えていたこと、その後、同年一〇月一八日の再診時までの約七か月間来院しなかったものの、この間の原告の容態について聴取し、症状が未だ改善していないと判断したこと等から、再びリハビリ科での受診を指示しており、その後も、原告の治療を中止して症状固定と判断することなく、原告に対する治療行為及び経過観察を継続した。
原医師の担当期間中、原告の症状に、めまい、しびれ等についてはあまり変化がなかったが、原告は、平成八年一〇月二九日の診察時に、同医師に対し、自分の容態について、日常生活上障害はあまりない旨、週二回の牽引でも効果があるので続けている旨述べている。
オ 担当医であった田中医師は、原告の平成九年二月二五日時点での症状について、頸部が後屈時に左上肢のしびれがあるものの、巧緻性は保っている(「keep」と記載)こと、めまいは従前と同様であることとの診察をした上、診療記録上これまでの原告の症状にあまり変化がないことも相まって、MRI検査で病態を把握し、様子を見た上で、後遺症扱いにしようとの方針を立てた。そして、田中医師が平成九年二月二六日にMRI検査を実施したところ、前示アと同様、軽度の頸椎性変化を認めた。田中医師は、本件事故前から頸椎の変形性変化が存し、それが本件事故による頸椎捻挫が引き金になって、脊髄神経を圧迫する症状、頸椎椎間板症が発症し、原告が自覚症状として訴える前示各症状が生じたと考え、従前の担当医も同様の見解であったのではないかと推測した。そして、原告の症状は今後も改善が見込めないと判断し、右方針どおり、平成九年四月一日に原告と相談の上、同日をもって症状固定日とした。
田中医師は、原告の傷病名については、原告が本件事故前には特にめまいやしびれ等の症状がなかったのに、本件事故による頸椎捻挫が契機となって発症したことから、頸椎椎間板症が外傷性であると判断し、頸椎捻挫及び外傷性頸椎椎間板症としたものである(甲二)。
カ 原告は、症状固定日の後である四月八日から継続的に大塚病院に通院し、平成九年一二月五日までの間に、リハビリ科のみ又は同科及び整形外科の受診日数は三三日に及んでいる。しかし、頸部痛、左上下肢等のしびれや脱力感、めまい等の症状は依然続いている状況にあることが認められる。
(二) 症状固定日の確定と根拠
本件事故による治療を開始した平成四年四月一日から平成九年四月一日の田中医師による症状固定の診断時までの五年間に及ぶ治療期間は、原告の症状に必ずしも大きな改善の効果をもたらしたわけではなく、やや長期に過ぎる感も否めない。しかしながら、<1>一般に、患者の治療効果の有無や見込み、症状固定の時期の見極め等は、患者に最も近い医療技術専門家としてその容態を管理し、治療に当たる担当医の合理的な判断に委ねられるものと解するのが相当であるところ、原医師までの原告の担当医らは、原告に対し、経過観察中として治療行為を継続してきており、ことに、原医師は、約七か月間も来院していなかった原告に対して、それまでの容態等を聴取した上、従前と同様の治療行為と経過観察を継続したこと、<2>原告がリハビリ科に受診し始めてからは通院頻度も高まり、かつ徐々にではあるが一応の日常活動における快復傾向も窺えないではないこと、<3>原告の症状固定を診断した田中医師による、原告の症状分析、治療期間中の原告の改善状況の把握と今後の見通し等に特段不合理な点は認められないこと、を総合すると、田中医師による、原告の症状固定日が平成九年四月一日であるとの診断は合理的かつ相当なものと認められる。
(三) 後遺症の存在と程度
前示(一)の(3)カで述べたとおり、原告には、頸部痛、左上下肢のしびれ、脱力感、めまいなどの後遺症が残存し、これらの影響により、稼働自体に明らかな支障があるとまでは認められないものの、各関係身体部位の動きや感覚に支障をもたらしている状況にあることを認めることができる。そして、前示(一)の(3)オのとおり、右各症状について医学的に合理的な説明が可能であることも併せると、頸部、左上下肢の前示症状については、局部に神経症状があるものとして、めまいについては、精神神経症状を残すものとして、それぞれ一四級に相当する後遺障害があると考え、これらを総合考慮し、原告には、後遺障害一四級相当の後遺症が残存したと認めるのが相当である。
2 抗弁1(消滅時効)について
前示のとおり、原告の症状固定日は平成九年四月一日であり、かつ、原告には一四級相当の後遺障害が残存したのであるから、抗弁1の(一)から(三)の主張は、いずれもその前提事実が認められないので、失当である。
三 請求原因3(被告笹原の過失責任)及び抗弁2(過失相殺)について
1 本件事故態様
(一) 乙四から六、原告本人、被告笹原本人の各供述及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件道路は、池袋方面と大塚方面とを結ぶ通称春日通りであり、両側に自転車の通行可能な歩道が設置された片側二車線の幹線道路である。本件事故現場付近はビルの建ち並ぶビジネス街であり、速度制限は時速五〇キロで、駐車禁止、人の横断禁止の交通規制がなされている。
本件事故当時は雨天のため薄暗い状況であり、路面は濡れた状態であったと認められる。
(2) 被告笹原は、本件事故当時、本件道路の中央より第二車線上を池袋方面から大塚方面に向けて被告車を運転して時速約五〇キロで走行していた。本件事故当時、被告笹原は、連続ワイパーを使用していたが、真っ暗というほどの暗さではなかったため、前照灯もスモールランプも点灯させずに走行していたところ、左前方に横断者である原告を発見して危険を感じ、ハンドルを右に切り、続いて急制動措置をとったが、停止することができず、停止寸前のところで、原告に衝突した。
(3) 原告は、本件事故当時、本件道路脇の神山ビルの自販機でたばこを買って事務所に帰るために本件道路を神山ビル側から反対側に横断しようと左右を確認したところ、走行する車がなかったので、横断を開始したが、本件道路の大塚方面に向かう車線の第二車線付近で右方から走行してきた被告車と衝突した。なお、原告は、本件事故前、会合でビールを飲んでおり、酔った状態であった。
(二) 被告笹原は、本件事故当時、原告が傘をさしていた旨供述するが、そのような傘が事故現場に遺留されていた状況がうかがえず、原告が本件事故当時傘をさしていたとは直ちに認められない。しかし、被告笹原が連続ワイパーを使用しており、本件事故直後に現場にかけつけた警察官が作成した捜査報告書には、被害者である原告が酩酊者であり、本件事故が雨中の横断中の接触事故である旨の記載があることからすると、本件事故当時は雨天であったと認められ、さらには、本件事故発生時刻からすると、相当程度薄暗かった状況であったと推認することができる。
2 被告笹原の過失及び過失相殺割合
以上の事実を総合すると、被告笹原には、雨天で暗い感じを受けていたのであるから、視界を確保するとともに第三者に自車の存在を知らしめるために前照灯を予め点灯させ、前方の安全確認を十分に尽くしながら走行すべきであるのに、これを怠った前方不注視の過失がある。他方、雨天の見通しの良くない夕暮れ時に、横断禁止の交通規制のなされている幹線道路を安易に横断した原告にも、本件事故発生について相当な不注意があったというべきであって、本件事故による原告の損害額に対しては、三〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。なお、原告が本件事故当時酒に酔った状態であったことは特段過失相殺上考慮すべき要素ではない。
四 請求原因4(損害額の算定)及び同5(損害のてん補)について
1 治療費 二四万一七六〇円
前示認定事実のほか、甲六の1から229によれば、新東京病院分五万六七〇〇円、東大病院分七四三〇円、大塚病院整形外科及びリハビリ科での治療分のうち症状固定日である平成九年四月一日までの分として証拠上認められる一七万七六三〇円の合計額を認定する。
2 通院交通費 認めない
前示認定事実によれば、原告は、本件事故により大塚病院に一六〇回通院をしたことになるが、原告の住居地が東京都豊島区南池袋であるのに対し、大塚病院の所在地は同区南大塚であり、果たしてタクシーを現実に利用していたかどうか不明であるのみならず(領収書が提出されていない。)、原告の身体状況からみて、医学的に全通院期間にわたってタクシーを利用する必要性があったとまでは認められない。
なお、新東京病院及び東大病院への通院交通費の明細が不明である以上、この分についても、通院交通費を認定し、確定するに足りる証拠がない。なお、後述するとおり、慰謝料の斟酌事情として考慮することとする。
3 医師に対する謝礼 認めない
医師又は看護婦の診療行為に対しては、既に、その対価として治療費を計上しており、治療費とは別に対価たる報酬を支払わなければならない特別な事情が認められない本件においては、仮に、右謝礼を支払ったとしても、本件事故との相当因果関係は認められない。
4 めがね代 認めない
本件事故によって原告の使用するめがねが損傷したであろうことはうかがえるが、この損害額を認定するに足りる証拠は全くない。なお、後述するとおり、慰謝料の斟酌事情として考慮することとする。
5 休業損害 認めない
(一) 休業損害を算定する前提となる基礎収入について
(1) 原告の実収
原告は、本件事故当時、ドルック・ジャパンヒマラヤ株式会社の役員報酬として月額七五万円の収入があった旨主張し、これに沿う証拠として甲三、四、五の1、2、一二の1、2、一三を提出し、原告本人もこれに沿う供述をする。
しかしながら、原告が提出した書証は、いずれも内容に信頼性のある公文書とは異なる私文書であり、かつ、供述証拠に過ぎないのであって、原告本人の供述と同様、このような証拠のみでは、原告が月額七五万円もの高額な収入を得ていたとは到底認められない。
(2) 賃金センサス又は自賠責保険基準を用いることの不当性
原告は、休業損害を算定するための基礎収入として、自賠責保険基準の平均給与額である月額四五万五九〇〇円を用いるべきである旨を予備的に主張するが、原告が月額四五万五九〇〇円もの収入を得ることができる蓋然性を認めるに足りる証拠がない以上、これを休業損害を算定する基礎収入とすることはできない。
かえって、原告の供述によれば、その収入の一部又はほとんどが現地での必要な資材調達の費用等のために費消され、それゆえ収入がなかったことも少なくなかったことが認められるのであって、現実の給与収入が仮にあったとしても、右主張の金額には及ばないことが推認される。
(3) 結局、原告の主張に係る前示各月収は、本件における原告の休業損害額を算定するための合理的かつ相当な基礎収入額として認めることはできない。
(二) 休業の必要性又は休業との相当因果関係について
原告は、めまいやしびれ等の症状のため、ブータン王国に赴いて就労することができなかった旨主張し、これに沿う証拠として甲八、九の1、2を提出し、原告本人もこれに沿う供述をする。
確かに、原告がめまいやしびれ等の症状によって仕事ができないとの記述は、大塚病院整形外科の診療録(甲一〇)にもしばしば見受けられる。しかし、それらの各証拠は、いずれも原告本人の主観的な認識が文書上表明されたに過ぎないものであって、原告の訴える前示の各症状が、医学的観点からみて、原告の職務遂行を不可能にすることを裏付けるものではない。
かえって、同病院整形外科で原告を担当した石橋医師が、平成四年一一月一一日付けの治療経過に関する担当医所見として、原告が頸椎前屈位にして仕事をしているとめまいが誘発される旨の原告の訴えを認識しながらも、原告の就労可能時期について平成四年一一月頃の見込みであると回答していることに照らすと、医学的、客観的にみて、治療期間中のかなり早い時期に、原告は就労可能な状況にあったのではないかと見ることもできるし、さらには、それ以前の時期についても、果たして、原告の供述するように、就労が困難であったとまでは直ちに認定することができないといわざるを得ない。また、原告は、大塚病院整形外科及びリハビリ科での治療期間中に、同病院皮膚科、眼科にも受診したり、朝日生命病院にも本件事故とは無関係な前示高血圧症等のために通院したりしており、仮に原告の休業の事実があったとしても、それが本件事故のみに起因するとまでは直ちに認め難い。
(三) 結論
結局、原告は、ブータン王国において就労し、何らかの収入を得ていたであろうこと、本件事故によって、一定の期間、就業できなかったであろうことが推測できないわけではないが、休業損害額を算定するに当たって重要な基礎収入額並びに休業の必要性及び相当な休業期間は、いずれも原告の主張、立証責任に属する事項であって、これらの重要事項について認定するに足りる証拠がない以上、休業損害額を算定し、確定することができなくとも、それは、主張、立証責任の当然の帰結として、原告が甘受するのもやむを得ないといわなければならない。なお、算定困難な休業損害があったとうかがえることについて、後述するとおり、慰謝料の斟酌事情として考慮することとする。
6 逸失利益 認めない
(一) 逸失利益を算定する前提となる基礎収入について
逸失利益を算定する前提となる基礎収入を認定することができないことについては、前示5(一)の(1)から(3)と同様である。
(二) 労働能力喪失率
前示のとおり、原告には、後遺障害別等級表の一四級相当の後遺障害が残存したと考えられるから、労働能力喪失率は五パーセントを用いるのが相当である。
(三) 労働能力喪失期間
前示の固定時の症状や程度、日常生活への具体的な影響のほか、治療経過からうかがえる症状の改善傾向が緩やかであること、原告が高齢であること等の事情を総合的に考慮すると、症状固定後五年間とするのが相当である。
(四) 結論
以上のとおり、原告の労働能力喪失率及び喪失期間を認定することはできるものの、逸失利益を算定するのに重要な基礎収入を認定、確定することができないので、休業損害と同様、逸失利益を算定することはできない。なお、算定困難な逸失利益があったとうかがえることについて、後述するとおり、慰謝料の斟酌事情として考慮することとする。
7 傷害慰謝料 二四五万円
原告が被った傷害の内容や程度のほか、損害が発生したことは容易に推測し得るものの、これを算定し、認定することが困難な物損や休業損害があることを加算事情として斟酌し、前示金額を相当と認める。
8 後遺症慰謝料 一六〇万円
原告の身体に残存した後遺症の内容、程度(固定後も治療を受けていること等)のほか、前項と同様、算定困難な逸失利益があることを加算事情として斟酌し、前示金額を相当と認める。
9 小計 四二九万一七六〇円
10 過失相殺後の金額 三〇〇万四二三二円
11 既払金(四九万三三〇五円)の控除後の金額 二五一万〇九二七円
原告が損害のてん補として右金額受領したことは当事者間に争いがない。
12 弁護士費用 三〇万円
本件事案の内容、訴訟の経過に右残額を総合勘案すると、原告に生じた弁護士費用のうち、三〇万円を被告らに負担させるのが相当である。
13 損害認定額 二八一万〇九二七円
五 結論
以上の事実によれば、原告の被告らに対する請求は、連帯して、金二八一万〇九二七円及びこれに対する不法行為の日である平成四年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡邉和義)