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東京地方裁判所 平成9年(ワ)2734号 判決 1998年3月04日

甲乙丙事件原告

X

甲事件被告

株式会社テレビ高知

右代表者代表取締役

岡村大

外三名

乙事件被告

株式会社中国放送

右代表者代表取締役

堀口勲

乙事件被告

山陽放送株式会社

右代表者代表取締役

石井稔

丙事件被告

株式会社新潟放送

右代表者代表取締役

高澤正樹

丙事件被告

静岡放送株式会社

右代表者代表取締役

松井純

右被告八名訴訟代理人弁護士

松尾翼

奥野泰久

西山宏

道あゆみ

主文

一1  被告株式会社テレビ高知は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告株式会社テレビユー福島は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告中部日本放送株式会社は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告アール・ケー・ビー毎日放送株式会社は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二1  被告株式会社中国放送は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告山陽放送株式会社は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三1  被告株式会社新潟放送は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告静岡放送株式会社は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

六  この判決は、第一項ないし第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

以下、甲事件被告株式会社テレビ高知を「被告テレビ高知」、甲事件被告株式会社テレビユー福島を「被告テレビユー福島」、甲事件被告中部日本放送株式会社を「被告中部日本放送」、甲事件被告アール・ケー・ビー毎日放送株式会社を「被告RKB毎日放送」、乙事件被告株式会社中国放送を「被告中国放送」、乙事件被告山陽放送株式会社を「被告山陽放送」、丙事件被告株式会社新潟放送を「被告新潟放送」、丙事件被告静岡放送株式会社を「被告静岡放送」という。

第一  請求の趣旨

一  甲事件

1  被告テレビ高知は原告に対し、二五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告テレビユー福島は原告に対し、二五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告中部日本放送は原告に対し、二五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告RKB毎日放送は原告に対し、二五万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は甲事件被告四名の負担とする。

6  1ないし4につき仮執行宣言

二  乙事件

1  被告中国放送は原告に対し、五〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告山陽放送は原告に対し、五〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は乙事件被告二名の負担とする。

4  1及び2につき仮執行宣言

三  丙事件

1  被告新潟放送は原告に対し、五〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告静岡放送は原告に対し、五〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は丙事件被告二名の負担とする。

4  1及び2につき仮執行宣言

第二  事案の概要

一  当事者の地位について

弁論の全趣旨(争いのない事実を含む。)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告

原告は、保険金詐欺を目的とした自分の妻に対する殺人未遂事件(以下「殴打事件」という。)及び殺人事件(以下「銃撃事件」という。)の被告人として公判に付されているものであり、いずれも無罪を主張している。

2  被告ら

(一) 被告らは、いずれも放送法による一般放送事業等を目的とする株式会社である。

被告らは、いずれも我国有数のテレビ放送会社であり、それぞれの地域社会における影響力は極めて大きなものである。

(二)(1) 被告テレビ高知はテレビ高知を放送している。

(2) 被告テレビユー福島はテレビユー福島を放送している。

(3) 被告中部日本放送はCBC中日を放送している。

(4) 被告RKB毎日放送はRKB毎日を放送している。

(5) 被告中国放送は中国テレビを放送している。

(6) 被告山陽放送は山陽テレビを放送している。

(7) 被告新潟放送は新潟放送テレビを放送している。

(8) 被告静岡放送はSBSテレビを放送している。

(三) 昭和六〇年一〇月一六日、被告らは「三時にあいましょう」という番組(以下「本件番組」という。)を放送した。

二  本件番組の内容について

証拠(甲五)によれば、被告らは、別紙反訳書(乙一八)に記載したことを内容とする放送(以下「本件テレビ放映」という。)をしたことが認められる。

三  原告の主張

1  被告らの違法行為

被告らは、本件テレビ放映において全く虚偽の内容である本件番組を放送することにより原告の名誉を著しく毀損した。

2  原告の損害

地域社会において極めて著名なメディアであり、信用性も高い被告らにより、本件テレビ放映を放送されたことは、原告の信用を大きく失墜させ、多大の精神的苦痛、打撃を与えるものであり、その影響するところは極めて深刻なものであって、これにより、原告は、少なくとも被告一社あたりについて一〇〇万円を下らない損害を被った。

よって、原告は、甲事件被告らに対しては、一部請求として損害金二五万円ずつの支払いを求め、乙事件被告ら及び丙事件被告らに対しては、一部請求として損害金五〇万円ずつの支払いを求める。

四  被告らの主張

1  原告の社会的評価低下の不存在

(一) 原告の社会的評価低下の有無は、本件訴訟における判決言渡しのときを基準とすべきである。

(二) 原告は殴打事件につき昭和六三年八月七日、懲役六年の実刑判決を受け、平成六年六月二二日に殴打事件についての控訴審において原告の控訴が棄却されており、銃撃事件につき同年三月三一日、殺人既遂罪により無期懲役刑の判決を受けている。

本件テレビ放映は、殴打事件、銃撃事件に密接に関連類似するものであり、本件訴訟における判決言渡しのときの原告の社会的評価は、本件テレビ放映によってではなく、右事件の一連の刑事事件の判決によって、低下しているものといえる。

2  原告の精神的損害の不存在

仮に、原告が、本件テレビ放映の内容を最近になって知ったものであるとしても、知った時点から一〇年以上前の本件テレビ放映の内容により、金銭をもって慰藉するに値するだけの精神的損害が原告に生じたものということはできない。

3  過失の不存在

被告らは、キー局(番組を制作し系列局に電波を発信する基幹局)である株式会社東京放送(以下「東京放送」という。)の制作番組を放映したものであり、本件番組が生放送であり、それがキー局からの発信と同時に放映されるものである以上、その際、番組の内容につき独自に検討し変更する余地も権限もない。

したがって、被告らには、本件テレビ放映を放送したことについて過失がない。

4  事実の言明と意見の表明

(一) テレビというマスメディアを通じて、ある表現がなされた場合には、右表現が具体的な事実の言明を意味する場合(報道番組における記者の報道)と意見の言明にとどまる場合(討論番組におけるコメンテーターのコメント)とがある。

ある意見言明の表現が特定人の名誉を毀損するか否かについては、事実言明の表現の場合と、その判断を異にするものである。

なぜなら、事実の正当性は証拠によって決せられるのに対し、意見の正当性はまさに表現を尽くした議論を通じて決せられるのであって、憲法二一条(表現の自由)の趣旨から意見の表明は数ある表現の中でもより厚く保護されるべきだからである。

また、ある表現が意見言明にとどまる場合には、これを受け止める視聴者は、意見が正当性を有するか否かにつき自ら判断できる立場にあるのであり、当該意見によりただちに視聴者の判断・印象を形成するものではないのであるから、一見すると名誉毀損的な意見言明であってもただちにはその者の社会的評価を低下させることには繋がらないからである。

(二) 一般的に名誉毀損にあたる意見言明が、(1)公共の利害に関する事実についてのものであって、(2)①意見の形成の基礎をなす事実(意見の基礎事実)が当該放送において記載されており、かつ、その主要な部分につき真実性の証明があるかもしくは放送の公表者において真実と信じるにつき相当な理由があるとき(免責事実)、または、②当該放送が公表された時点において、意見の基礎事実が既に新聞、週刊誌またはテレビ等により繰り返し報道されたため、社会的に広く知れ渡った事実もしくはこのような事実と当該放送に放映された免責事実からなるときであって、かつ、(3)当該意見をその基礎事実から推論することが不当不合理なものといえないときには、右のような意見の公表は不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。

(三) 右(二)の考え方は、テレビというマスメディアの特殊性を考慮するときには、特に強い説得力を有するものといえる。

なぜなら、テレビの出演者・コメンテーターの意見・コメント中に放送上好ましからざる表現が含まれていた場合であっても、放送局サイドでその場で規制することは生放送においては事実上不可能であって、これを放送局に強いるならば、討論番組等の生放送はその全てを自粛せざるを得ないからである。

(四) 本件テレビ放映は、殴打事件(○○さん殴打事件)の被疑事件につき原告が逮捕されたあと、逮捕前に実際原告と面談した評論家等の番組出演者の意見の言明を放送したものであり、右放映時点を基準としても、本件テレビ放映によって原告が受けていた社会的評価をさらに低下させ、原告の名誉を毀損したものと認めることはできない。

5  消滅時効

(一) 本件番組は、昭和六〇年一〇月一六日に放送され、本件テレビ放映から本件提訴まで一一年以上を経過している。

この間、原告は、逮捕・勾留中であったものの、被告らのキー局である東京放送を含む多数のマスコミに提訴し、かつ、「情報の銃弾」という図書を執筆、出版し、また、雑誌「創」にも昭和六一年一二月から昭和六三年四月まで合計一六回にわたり連載記事を寄稿したものである。

原告が、右の数多くの提訴、マスコミ批判の執筆のいずれの面においても多数の資料・情報を収集し、かつ、これらに極めて強い関心をもっていたことは明らかである。

したがって、原告は、遅くとも、平成元年三月までには、本件番組における本件テレビ放映の内容を了知していたものといえる。

(二) 被告らは、平成九年一一月五日の第四回口頭弁論期日に陳述した第一準備書面において民法七二四条前段の消滅時効を援用する。

第三  当裁判所の判断

一  名誉毀損の有無について

1  本件テレビ放映が、原告の名誉を毀損するか否かの判断をするにあたっては、一般視聴者の通常の注意と理解の仕方を基準として、放映内容が名誉毀損事実の存在を視聴者に印象づける内容のものであるか否かを検討すべきである。

証拠(甲五、乙一八)によれば、本件テレビ放映は、原告の人間性について、嘘をつく性癖があること、小さいときから嘘を続けてきた人間であること、人間信じられないから女を騙していること、乱交パーティーに出たことがあること、スワッピングパーティーに出たことがあること等を内容としており、右放映内容は原告の名誉を著しく毀損するものといわざるを得ない。

2  たしかに、証拠(甲五、乙一八)によれば、本件テレビ放映の内容は、原告が逮捕される前に原告と面談した評論家等の番組出演者の原告についての意見の言明を放送したものではあるが、その内容には、殴打事件、銃撃事件とは直接の関連性のない原告個人の具体的な人物評であり、原告個人がそのような人格や過去を有する人物であるとの印象を一般視聴者に与えるものであって、およそ公共の利害に関するものとはいえず、本件テレビ放映の内容が意見の表明であるからといって、不法行為責任の成立の妨げとなることはない。

3  なお、被告らは、テレビの出演者・コメンテーターの意見・コメント中に放送上好ましからざる表現が含まれていた場合であっても、放送局サイドでその場で規制することは生放送においては事実上不可能であって、これを放送局に強いるならば、討論番組等の生放送はその全てを自粛せざるを得ない旨主張するが、右主張は、放送局の社会的公器としての責任を放棄する主張であって、およそ採用することはできない。

二  原告の社会的評価低下の有無及び精神的損害の有無について

1  不法行為の被侵害利益としての名誉(民法七一〇条、七二三条)とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価のことであり、名誉毀損とは、この客観的な社会的評価を低下させる行為のことにほかならない。

テレビ番組による名誉毀損にあたっては、右番組が放映され、一般視聴者が、これを視聴し得る状態になった時点で、右番組により事実を摘示された人の客観的な社会的評価が低下するのであるから、その人が、当該番組の放映を知ったかどうかにかかわらず、名誉毀損による損害は、その時点で発生していることになる。

2 テレビ番組の放映によって名誉毀損による損害が生じた後に、右番組により事実を摘示された人が有罪判決を受けたとしても、これによって、番組放映の時点において、その人の客観的な社会的評価が低下したという事実自体に消長を来すわけではないから、その人が有罪判決を受けたという事実は、これによって損害が消滅したものとして、既に生じている名誉毀損による損害賠償請求権を消滅させるものではない。

3 よって、原告の社会的評価低下の有無は、本件訴訟における判決言渡しのときを基準とすべきであるとする被告らの主張は採用できない。

同様に、一〇年以上前のテレビ放映の内容により、金銭をもって慰藉するに値するだけの精神的損害が原告に生じたものということはできないとする被告らの主張も採用できない。

三  原告が有罪判決を受けた事実について

1  弁論の全趣旨及び当裁判所に顕著なる事実によれば、原告は、殴打事件につき昭和六三年八月七日、懲役六年の実刑判決を受け、平成六年六月二二日に殴打事件についての控訴審において、原告の控訴が棄却されたこと、銃撃事件につき同年三月三一日、殺人既遂罪により無期懲役刑の判決を受けたこと、本件テレビ放映の内容は、殴打事件、銃撃事件とは関連するものの、同一の事実ではないことが認められる。

2 名誉毀損による損害について名誉を害された人に支払うべき慰藉料の額は、事実審の口頭弁論終結時までに生じた諸般の事情を斟酌して裁判所が裁量によって算定するものであり、右諸般の事情には、名誉を害された人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価が当該名誉毀損以外の理由によってさらに低下したという事実も含まれるのであるから、名誉毀損による損害が生じた後に名誉を害された人が有罪判決を受けたという事実を斟酌して慰藉料の額を算定することは許される。

3  本件テレビ放映の内容と、原告が有罪判決の理由とされている事実とは、全く別個の事実であるから、原告が殴打事件、銃撃事件について有罪判決を受けたという事実を、慰藉料の額の算定要素として斟酌するとしてもそれに重きを置くことは相当でない。

四  被告らが、キー局(東京放送)の制作番組を放映したことについて

1  証拠(乙二三ないし三八)及び弁論の全趣旨によれば、被告らは東京放送とテレビジョン・ネットワークについての協定を結んでいること、本件テレビ放映も被告らが生放送である東京放送の制作番組をそのまま放映したものであることが認められる。

この点につき、被告らは、生放送である本件番組はキー局からの発信と同時に放映されるものである以上、番組内容につき独自に検討し変更する余地も権限もない(すなわち過失がない)旨主張する。

2  しかしながら、ネット局といえども、マスメディアとして社会的公器としての性格を持つ一個の独立した放送局である以上、その放送内容については、自社制作のものでなくても責任を追うべきである。

そして、ネット局といえども、放映前に番組内容がどのようなものであるかについてキー局に照会して知ることは可能であること、放送内容について責任を持つためにもキー局から送られてくる番組内容について事前に調査すべきであること、特に本件テレビ放映はいわゆるX事件についてのものであり、生放送であったとしても、その内容が、原告個人を攻撃する内容になるものであることは容易に予測し得たといえることからするならば、本件テレビ放映をしたことについて過失がないとする被告らの主張は採用することはできない。

五  消滅時効について

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件テレビ放映時、原告は、東京拘置所に身柄が拘束されていたこと、本件テレビ放映当時、原告に関し相当多数の報道がなされていたこと、本件テレビ放映時以後、今日に至るまで、原告の身柄拘束は続いており、自由にテレビやビデオを見れない状態にあることが認められる。

それゆえ、たとえ、原告が、自己のロス疑惑報道について関心を払い、友人らから右報道内容について情報を得ようとしていたからといって、被告らが主張するように遅くとも平成元年三月までに原告が本件テレビ放映の内容を知っていた蓋然性は極めて低いものといえる。

よって、消滅時効についての被告らの主張は採用できない。

六  被告らが賠償すべき損害額について

被告らが、ネット局であり、放送地域が限定されること、本件テレビ放映がなされたのは、原告が昭和六〇年九月一一日に殴打事件について殺人未遂容疑で逮捕勾留された約一か月後であること(右事実は当裁判所に顕著である。)、その他本件に現われた一切の事情を総合的に斟酌すると本件テレビ放映により原告が被った損害額は、被告一人あたり五万円をもって相当とする。

八  以上によれば、原告の本訴請求は主文掲記の限度で理由があるものといえる。

(裁判官小林元二)

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