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東京地方裁判所 平成9年(ワ)2795号 判決 1997年11月17日

原告

市川幸雄

右訴訟代理人弁護士

柳沢義信

被告

朝日火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

野口守彌

右訴訟代理人弁護士

赤木巍

主文

一  被告は、原告に対し、金八五〇万円及びこれに対する平成七年九月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨。

第二  事案の概要

本件は、原告が、「原告は、亡有井哲美(以下、亡有井という)を同乗させて同人所有の加害車Aを運転中、亡有井を死亡させたため、亡有井の遺族から民法七〇九条に基づき損害賠償請求訴訟を提起されて敗訴判決を受けた。他方、本件事故の加害車Bを所有し、亡有井に運行供用車責任を負った高松市場運送株式会社(以下、高松市場という)は、加入していた四国交通共済協同組合(以下、四国共済という)を通じて、自賠責保険に基づき、亡有井の遺族に保険金を支払った。そして、四国共済は、高松市場に代位して原告に対し、損害賠償金の求償金請求訴訟を提起し、原告は給付を命じる敗訴判決を受けた。そこで、原告は、四国共済と和解契約を締結し、求償金として八五〇万円を支払ったとして、被告と締結していた自家用自動車保険契約(他車運転危険担保特約付)に基づき、右支払相当額の保険金の支払を求めた」のに対し、被告が、「①民法七〇九条は交通事故事犯には適用がない、②仮に適用があるとしても、原告には亡有井に対する不法行為が成立しないから、被告には保険金の支払義務はない、③原告は前記損害賠償請求訴訟において民法七〇九条の責任発生原因事実を争わなかったから、自家用自動車保険普通保険約款第六章一般条項一四条に定める保険契約者の義務に反する」として支払を拒否している事案である。

一  前提事実(争いのない事実等、証拠を明示した以外の部分は争いのない事実)

1  原告は、平成三年四月一一日、被告との間において、原告所有の自家用小型自動車日産ローレル、登録番号山梨五七に××八を被保険自動車、原告を被保険者として、以下の内容で自家用自動車保険契約(以下、本件契約という)を締結し、自家用自動車保険普通保険約款に基づき、被告は、原告に対し、保険証券記載の自動車の所有、使用又は管理に起因して他人の生命又は身体を害すること(以下、対人事故という)により、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を賠償責任条項及び一般条項に従って填補することを約した。

(一) 証券番号 六九一八〇〇一二九七三

(二) 保険期間 平成三年四月一八日午後四時から同四年四月一八日午後四時まで

(三) 対人賠償 一名について無制限

(四) 自損事故 一名について一四〇〇万円

(五) 無保険車障害 一名について二億円

(六) 対物賠償 五〇〇万円

(七) 搭乗者障害 一名について一〇〇〇万円

(八) 次の内容の他車運転危険担保特約(以下、本件特約という)

(1) この特約は、保険証券記載の自動車(以下、被保険自動車)の用途及び車種が自家用自動車であり、かつ、その所有者及び普通保険約款賠償責任条項の記名被保険者が個人である場合にも適用される。

(2) 保険会社は、記名被保険者が自ら運転者として運転中の他の自動車を被保険自動車とみなして被保険自動車の保険契約の条件に従い、普通保険約款賠償責任条項を適用する。

2  右約款第一章賠償責任条項一条によると、被告は、被保険自動車の所有、使用、又は管理に起因して、他人の生命又は身体を害することにより、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を(中略)填補することになっている(甲第三号証)。したがって、仮に原告が本件事故について民法七〇九条による法律上の損害賠償責任を負担する場合には、被告は原告に対し、右責任を填補しなければならない。

3  事故の発生(甲第一、第四、第五号証の一、二)

原告は、加害車Aを運転中、左記交通事故を発生させた(以下、本件事故という)。

(一) 日時 平成三年一二月一一日午前一〇時五〇分頃

(二) 場所 長野県茅野市金沢中央自動車道西宮線下り162.1キロポスト付近

(三) 加害車A 普通乗用自動車(山梨五七せ××八一、運転者原告)

加害車B 大型貨物自動車(香川一一き××九二、所有者高松市場、運転者兜勝美)

(四) 態様 雨天時に高速道路の追越車線を高速度で走行した加害車Aが、走行車線に進路変更しようとした際、ハンドルを取られてガードレールに激突した後、追越車線に停止したところ、追越車線を高速度で走行してきた加害車Bが加害車Aに追突し、加害車Aに同乗していた亡有井が受傷し、その後死亡した。

なお、亡有井は、本件事故当時、自己が所有する土地の造成工事の状況視察のため、自己所有の加害車Aを原告に運転させ、自ら同乗していた。

4  遺族からの訴訟(甲第四号証の一、二)

(1) 亡有井の相続人である妻有井晴代、子有井かおり、同ちえ(以下、有井晴代外二名という)は、同六年一月七日、原告と兜勝美を被告として、甲府地方裁判所平成六年(ワ)第三号をもって、民法七〇九条、七一九条に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

(2) 同裁判所は、同年一二月一六日、亡有井について好意同乗による減額と過失相殺処理の上、「被告らは、原告に対し、各自、原告有井晴代に対し、金一〇八三万一八四三円、その余の原告らに対し、各金三六一万〇六一四円及び各金員に対する平成三年一二月一一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え」との判決をし、同判決は確定した。

5  求償金請求訴訟と和解契約(甲第五号証の一、二、第六、第七号証)

(1) 四国共済は、本件事故の加害車Bを所有し、その運行供用者であった高松市場との間の自賠責保険契約に基づき、前記判決後、有井晴代外二名に対し、前記損害金及び遅延損害金等合計二四九六万九六二三円を支払った。

(2) 四国共済は、同六年一二月一六日、原告を被告とし、甲府地方裁判所平成七年(ワ)第一二号求償金請求訴訟を提起し、右支払額の支払を求めた。

(3) 右裁判所は、同七年七月一七日、「自動車保険契約に基づき、保険者が交通事故の共同不法行為者の一人である被保険者を代位して、被害者に対し、全額の損害金を賠償したときは、代位して支払った金額につき、被保険者と他の共同不法行為者の過失割合に従って他の共同不法行為者に対して求償権を代位行使することができるものと解すべきところ……原告(四国共済)は……訴外会社(高松市場)に代位して、亡有井の相続人の代理人に二四九六万九六二三円を支払っているので、被告(本件原告)に対し、右金員のうち、被告(本件原告)の過失割合である四割に相当する金九九八万七八四九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求することができるというべきである」として同金員の支払を命じ、同判決は確定した。

(4) 原告は、右求償金の支払について、同七年九月一日、四国共済と和解契約を締結した上、同七年九月七日、四国共済に対し、求償金として八五〇万円を支払った。

6  本件特約の趣旨、適用要件(甲第三、第九号証)

(1) 他車運転危険担保特約は、記名被保険者、その配偶者又は記名被保険者の同居の親族が、被保険自動車以外の自動車を臨時に運転する場合、借用した自動車に任意保険がついていない場合には無保険状態で運転することから、その危険を回避するため、対人・対物賠償保険、自損事故保険を拡張することにより、その利便を図るとともに自動車事故被害者の救済を図ることを目的とする制度であり、いわば記名被保険者等が運転中の他車は、本来、被保険自動車ではないが、これを保険証券記載の被保険自動車とみなし、被保険自動車について発生する賠償責任の場合と同じ保険による保護を付与するものである。

(2) 右特約の適用要件は、①他の自動車の用途及び車種が、自家用の普通乗用車等であること、②賠償責任条項の記名被保険者、その配偶者又は記名被保険者の同居の親族が所有する自動車以外の自動車であること、③記名被保険者、その配偶者又は記名被保険者同居の親族が常時使用する自動車ではないことである(他車運転危険担保契約一条、二条)。

(3) 本件事故についても、①加害車は自家用普通乗用自動車であること、②記名被保険者である原告、その配偶者又は原告の同居の親族が所有する以外の自動車(亡有井の所有)であること、③右原告らが常時使用する自動車ではないこと等の適用要件を具備している。

二  争点

1  原告

(1) 原告は、被告との間で、自車(ニッサンローレル、山梨五七に××八)について、本件特約付の本件契約を締結していたところ、その保険期間中に他車である亡有井所有の自家用普通乗用自動車を運転中、本件事故を惹起し、よって、同人を死亡させた。

(2) 原告は、本件事故による損害金を支払った四国共済から、求償を受け、平成七年九月七日、同共済に対し、八五〇万円を支払ったことにより、有井晴代外二名に対し、本件事故による損害を賠償したことになる。

(3) よって、被告は、原告に対し、本件特約に基づき、原告が民法七〇九条による損害賠償責任を負担したことによって生じた損害を填補する義務がある。

2  被告

(1) 自賠法は、民法の特別法であるから、交通事故事犯に民法七〇九条の適用はない。

(2) 仮に、民法七〇九条の適用があるとしても、本件事故について、亡有井側は、原告に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償請求もなしえない。

即ち、最高裁昭和五七年一一月二六日第二小法廷判決(民集三六巻第一一号二三一八頁)は、自己所有の自動車の運転を他人に委ねて同乗中、友人の惹起した事故により死亡した者が友人との関係において自賠法三条の「他人」に当たるということはできない旨判示している。その理由は、当該自動車の所有者は、事故の防止について中心的な責任を負う所有者として同乗していた者であり、同人はいつでも運転者に交替を命じ、あるいは、その運転について具体的に指示することができる立場にあったのであるから、特段の事情のない限り、自動車の具体的運行に対する被害者の支配の程度は、運転していた加害者のそれに比し、優るとも劣らなかったといえることにある。この解釈の根底には、賠償義務者とされる者以上に積極的、直接的に当該運行に関与して事故に至った被害者は、いわば賠償義務者以上に加害者的地位に立つといいうるのであって、その賠償義務者に対する関係においては保護に値しないとの考え方がある。してみると、民法七〇九条に基づく請求の場合にも当然に同趣旨が当てはまるといえる。

(3) 有井晴代外二名は、原告に対し、本件事故について、民法七〇九条の損害賠償を請求できないのに、原告は、被告の承認を得ないで責任原因を認めた。これは、前記約款第六章一般条項一四条所定の保険契約者の義務(損害賠償の請求を受けた場合には、予め被告の承認を得ないで、その全部又は一部を承認しないこと)に反するものであり、被告は、原告が承認なしに責任原因を認めた前記判決に拘束されるいわれはない。

第三  争点に対する判断

一  前提事実、甲第二、第一四号証、弁論の全趣旨によると、①原告は、被告との間で、自車について、本件特約付の本件契約を締結していたところ、その保険期間中に他車である亡有井所有の自家用普通乗用自動車を運転して本件事故を発生させ、同人を死亡させたこと、②原告は、本件事故の加害車Bを運転していた兜勝美とともに共同不法行為者として損害賠償請求訴訟を提起され、損害賠償として二四九六万九六二三円及びこれに対する平成三年一二月一一日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じる判決を受け、同判決は確定したこと、③四国共済は、加害者Bの運行供用者であった高松市場との間の自賠責保険契約に基づき、右損害金を有井晴代外二名に支払ったことを理由に、原告を被告として求償訴訟を提起したところ、同七年七月一七日、原告は、四国共済に対し、求償金として九九八万七八四九円及びこれに対する同七年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命じる判決を受け、同判決は確定したこと、④そこで、原告は、右求償金の支払について、同七年九月一日、四国共済と支払金額を減額する旨の和解契約を締結し、同七年九月七日、四国共済に対し、求償金として八五〇万円を支払ったこと等の事実が認められる。

右によると、原告は、本件事故による損害賠償として、亡有井の遺族である有井晴代外二名に対し、八五〇万円の損害を賠償したことになるから、被告は原告に対し、本件契約の本件特約に基づき、原告が民法七〇九条による法律上の損害賠償責任を負担することにより生じた損害を補填する義務がある(原告が本件事故について民法七〇九条による法律上の損害賠償責任を負担する場合には、被告が原告に対し、右責任を填補しなければならないことは当事者間に争いがない)。

二  被告の主張について

1  交通事犯と民法七〇九条の適用の有無

被告は、交通事犯については、自賠法三条の適用があり、民法七〇九条の適用はない旨主張する。しかし、両者は、制度趣旨はもとより、成立要件等を異にしており、請求権競合の関係にあるというべきであるから、右主張は採用しない。

2  被告は、交通事故事犯一般について民法七〇九条の適用があるとしても、前記争点二2(2)の理由で、本件事故(被害者の亡有井が原告に加害車Aの運転を任せて同乗中、交通事故により死亡した)については、自賠法三条はもとより、民法七〇九条の適用もない旨主張する。

確かに、自賠法は、自動車による交通事故の増大とう憂慮すべき状況に照らし、被害者を救済するために特別に制定された法律であって、自ら直接運転せず、自車を他人に運転させていた者も、自賠法三条の「他人」に該当しないと評価しうる場合もあり得る。しかし、「他人」に該当しない場合でも、他人に運転をさせて自ら同乗していた者が、直接運転していた者の故意又は過失により交通事故に遭遇し、損害を被った場合にまで民法七〇九条の不法行為が成立しないと解するのは相当ではない。即ち、運行供用者責任は、故意又は過失を要件とせず、「運行利益」と「運行支配」を有している者に責任を認める制度であり、他人に運転を任せた被害者については、具体的な事実関係の下で両要件を具備する場合もあるから、他人性を否定できる場合がありうる。しかし、民法の不法行為責任は、事故の発生について加害者の故意又は過失を要件としているのであり、被害者が他人に運転を任せた行為が当然に事故の発生の責任原因(故意又は過失)を構成するものではないから、格別の事情のない限り、民法七〇九条の適用を否定することはできないというべきである(原告は、「右最高裁判決は、賠償義務者とされる者以上に積極的、直接的に当該運行に関与して事故に遭遇した被害者は、いわば賠償義務者以上に加害者的地位に立つといいうるのであって、その賠償義務者に対する関係においては保護に値しないとの観点から、他人性を否定したものであり、民法七〇九条に基づく請求の場合にも当然に同趣旨が当てはまる」旨を主張する。しかし、右判決は、被害者が自己所有の自動車の運転を加害者に任せていた場合、具体的な事実関係によっては、「運行利益」と「運行支配」を有していたと判断しうることがあり、そのような場合には、自賠法三条の「他人」に当たらないとの判断を示したものであり、右の被害者が運転者の故意又は過失により、交通事故に遭遇し、損害を被った場合についてまで民法七〇九条の適用を否定する趣旨ではない)。

そして、本件事故において、亡有井が原告に加害者Aの運転を認めたことが、本件事故の発生についての故意又は過失と同視すべき格別の事情を認めるに足りる証拠はないから、民法七〇九条の適用を否定することはできない。

3  被告は、「有井晴代外二名は、原告に対し、本件事故について、民法七〇九条の損害賠償を請求できないのに、原告は、被告の承認を得ないで責任原因を認めた。これは、前記約款第六章一般条項一四条所定の保険契約者の義務に反するものであり、被告は、原告が承認なしに責任原因を認めた前記判決に拘束されるいわれはない」旨を主張する。

右約款の規定は、加害者が交通事故の責任原因事実がないのに、被害者と通謀する等して安易に同事実を認めることを防止する趣旨であると解されるところ、前提事実、甲第一号証、第八号証の一、弁論の全趣旨によると、本件事故の態様・結果に照らし、原告が責任原因事実を否定することは困難であった(明白な事実について同事実を殊更否認することは訴訟上の信義則に反する虞があるし、本件事故は原告が過失を否認したとしても、その態様及び結果に照らし、容易に過失が認められる場合であったと考えられる)上、原告が右訴訟における相手方と通謀して責任原因事実を争わなかった等の事情を認めるに足りる証拠はないことに照らすと、原告が前記約款の趣旨に実質的に違反したとまでは到底認め難い(ちなみに弁論の全趣旨によると、被告は、右訴訟の存在を原告からの通知により知っていたと推認されるから、第三者として右訴訟に補助参加して、本件事故の責任原因事実を争うことは可能であった)。

したがって、被告には、前記約款違反を理由として、原告の本件契約(本件特約)に基づく保険金の支払を拒絶する正当な事由はない。

4  右1ないし3によると、被告の主張はいずれも失当である。

第四  結論

以上の次第であるから、原告の請求は理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 市村弘)

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