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東京地方裁判所 平成9年(ワ)28175号 判決

原告 小荒井譲

右訴訟代理人弁護士 坂口禎彦

同 阿部哲二

被告 昭和保温工業株式会社

右代表者代表取締役 小荒井剛

右訴訟代理人弁護士 林展弘

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三〇二一万四一八八円及びこれに対する平成一〇年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告と訴外富国生命保険相互会社(以下「富国生命」という。)は、平成二年六月二七日、保険者を富国生命、保険契約者を被告、被保険者を原告、保険金額を金一億円、保険金受取人を被告とする生命保険契約を締結した(以下、「本件保険契約」という。)。本件保険契約は終身保険で、本件保険契約締結に際し原告はこれに同意した。

2(一)  原告と被告は、本件保険契約締結と同時に本件生命保険契約と一体のものとして、原告の死亡ないし高度の後遺障害を条件として富国生命から被告に支払われる保険金につき、原告が被告に引渡しを求めることができる旨合意した。

(二)  仮に(一)が認められないとしても、原告と被告は、本件保険契約締結の際、別個に、原告の死亡ないし高度の後遺障害を条件として富国生命から被告に支払われる保険金につき、原告が被告に引渡しを求めることができる旨合意した。

(三)  仮に(一)及び(二)が認められないとしても

(1)  会社は、労働者を被保険者とする個人保険契約や団体定期保険契約を悪用して不労な利得を得ることは本来許されないから、会社が自ら雇用する労働者や取締役を被保険者として保険契約の契約者兼保険金受取人となった場合には、信義則上の義務として、特段の事情がない限り、会社が受け取った高度障害保険金あるいは死亡保険金は、被保険者となった当該労働者もしくは取締役ないしはその遺族に保険金相当額を支払う義務があると解するべきである。

(2)  したがって、本件保険契約締結の際原告が被保険者となることを同意するにあたり、被告が受け取る保険金を原告もしくはその遺族に引き渡す旨の明示の合意がなかったとしても、原告と被告との間には、信義則上の義務として、被告が富国生命から受け取った保険金相当額を原告に引き渡す義務があるというべきである。

3  原告は、平成三年一一月八日、病気により高度の障害を負い、療養生活に入った。

4(一)  本件保険契約の保険金は、平成四年七月一六日、まず本件保険契約の保険料につき質権者であった訴外株式会社第一勧業銀行池袋西口支店(以下「第一勧業銀行」という。)に金一億円が支払われ、右質権の被担保債権の弁済として利息金合計六〇一万四八一二円が支払われた。

(二)  本件保険契約の保険料として、被告が支払った保険料は合計三九七七万一〇〇〇円である。

5  原告は、被告から、本件保険契約の保険金の内金二四〇〇万円につき、退職金として支払を受けた。

6  よって、原告は、被告に対し、前記2の合意ないし信義則上の義務に基づき、保険金一億円から、前記4(一)及び(二)の利息金及び保険料の合計四五七八万五八一二円を控除し、さらに、前記5の原告が被告から退職金として支払を受けた二四〇〇万円を控除した残額である金三〇二一万四一八八円及びこれに対する支払請求の翌日である平成一〇年一月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2(一)及び(二)はいずれも否認する。原告は当時被告の代表取締役であり、原告と被告との合意を実際に行う当事者はいずれも原告であるから、原告の主張する合意は、原告の内心の意思にすぎず、意思表示としては存在しない。

同2(三)(1) 及び(2) はいずれも争う。

3  同3ないし5はいずれも認める。

三  抗弁(請求原因2(一)及び(二)に対し)

請求原因2(一)または(二)の合意が成立するとしても、右合意は、取締役と会社間の自己取引であって、その合意は会社との関係で無効である。

四  抗弁に対する認否

1  本件保険契約は、保険会社と被告が保険契約を締結することにより、一方では、被告が保険金支払請求権を富国生命に対して取得し、同時に他方では、被告が受領した保険金を被保険者たる原告に支払うという二つの側面を一体のものとして包含する契約であるから、請求原因2(一)の合意のみが自己取引に該当するとはいえない。

2(一)  仮に本件保険契約と保険金引渡の合意が別個独立の契約であるとしても、保険金引渡請求権を発生させる被告と原告との合意は取締役会の承認を要する自己取引に該当しない。

そもそも自己取引が取締役会の承認を要するとされたのは、同取引においては取締役がその地位を利用し自己の利益を図り会社に損害を与える虞があるからであるから、実質的に会社に損害が発生しないような場合には、自己取引として評価する必要はなく、取締役会の承認も必要でない。

(二)  本件では、保険契約は会社の福利厚生の一環としてなされるところその保険料は会社の計算上全て経費として計上されること、仮に保険金の支払事由である被保険者の死亡・高度障害という事由が発生し保険金が支払われるときも保険会社の出捐においてなされるもので、会社は一時的に受領した保険金の中からこれを被保険者または遺族に支払うだけであることからすれば、会社には何ら損害は発生していない。

(三)  したがって、保険金引渡しの合意は取締役会の承認を得る必要はない。

五  再抗弁

1(一)  右合意が取締役会の承認を要する自己取引にあたるとしても、次のとおり、取締役会の承認があったものと解される。

(二)  すなわち、本件保険契約は、その性質上、会社の福利厚生の一環として締結されるものであり、その保険金の使途は被保険者の死亡退職金・功労金ないしは療養費として支払われるものであるから、本件保険契約とその保険金の引渡しの合意とは、不可分一体のものでは密接な牽連性を有するものである。

(三)  而して、本件においては、保険契約を締結するに際して支払う保険料として三九七〇万円の多額を借財により賄っているのであるから、これは取締役会の承認を必要とするところ(商法二六〇条二項二号)、後の決算において何ら問題とされていないこと、被告は本件の保険金を保険会社に請求していること、被告の現代表者は本件保険契約及び合意の当時も被告の取締役であり業務執行を監督していたものであること等からすると、本件の合意も取締役会の承認があったとみるのが自然であり、そう解するべきである。

2  本件保険金引渡しの合意が取締役会の承認を要する自己取引にあたるとしても、前記1、(三)の事情及び被告が本件の保険金の一部について原告の退職金とし、これを原告に支払っていることからすると、被告は、本件保険金引渡しの合意について追認したというべきである。

3  仮に被告が本件の保険金の一部を退職金として原告に支払ったことが被告の追認の意思表示でなかったとしても、本件保険契約の趣旨・目的等に照らすと、法定追認の規定を類推適用するべきである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1(一)ないし(三)の主張は争う。同2、3の内、被告が本件の保険金の内二四〇〇万円を原告の退職金とし原告に支払った事実は認め、その余の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これらの各記載を引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2について

1  証拠(甲四、五、八、証人永井晴樹)によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  平成二年六月二七日当時原告は被告の代表取締役であり、原告が被告の代表者として本件保険契約を締結した。

(二)  原告は、平成元年六月か七月ころ、当時第一生命保険相互会社の外務員であった中島和子の訪問を受けて、いわゆる経営者保険への加入を勧誘された。右中島は原告を三回訪問し、三回目には上司と共に訪問したが、契約成立に至らず、契約書の用紙及び取締役会議事録の用紙を置いて帰った。

(三)  原告は、平成二年六月ころ、被告の取引先であった第一勧業銀行から紹介されて、当時富国生命で保険の募集をしていた永井晴樹から、いわゆる経営者保険への加入を勧誘され、本件保険契約締結に至った。

永井は、原告に対して、富国生命が作成した「オーナー・プラン」と題するパンフレット(甲八、以下「本件パンフレット」という。)を示して説明を行った。

2(一)  請求原因2(一)について判断する。

(1)  証人永井晴樹は、本件保険契約締結の際、被告の代表取締役であった原告に対し、本件パンフレットを示して、オーナー社長が万一のときのため、例えばその企業が厳しい経済状態であったときに、退職慰労金等、確保することが難しいかもしれないので、そういう企業のオーナーを失ったときの企業が受けるダメージを少しでも補填できるように保障でカバーできたらということで説明した旨証言する。

(2)  しかしながら、甲八号証によれば、オーナー保険の目的として、退職慰労金、弔慰金の他に、事業保障資金(借入金、相続対策資金、運転資金)が記載され、また、「退職慰労金のご準備」の欄には「事業の発展に多大な貢献をされた経営者・役員のためには、充分な退職慰労金を準備したいものです。その退職慰労金の財源としてもご利用できます。」と記載されていること、証人永井は、保険契約の使い途について、営業上、経営者や役員に対する保障としての退職金であることを中心にして、原告に対して契約締結を勧めた旨、本件保険契約の保険金額を一億円と定めたのは、一般基準によるもので、被告において退職慰労金の取決めがどうなっているかについて、被告の代表者である原告から具体的な話を聞いて定めたものではない旨証言していることがそれぞれ認められる。

(3)  (2) 認定の事実に照らすと、(1) の説明をもって、本件保険契約を締結した際、同時にこれと一体のものとして、本件の保険金を被告が原告に引き渡す旨の合意が成立したことを認めるに足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  請求原因2(二)について判断する。

(1)  原告が主張する合意は、個人としての原告と被告(会社)の代表者としての原告が合意をしたというものであるところ、これを認めるに足りる証拠はない。

(2)  なお、仮に、右合意が原告個人及び被告代表者としての原告の内心の意思として存在したとしても、右合意は、会社である被告が保険金受取人としての地位を失い、被告の取締役である原告(ないしその遺族)が保険金受取人としての地位を取得するものであるから、商法二六五条一項の取締役会の承認を要する自己取引に該当することは明らかである。

原告は、抗弁に対する認否2(一)ないし(三)のとおり、利益相反がなく取締役会の承認を要する自己取引に該当しないと主張するが、独自の主張であって採用できない。

また、原告は、再抗弁1のとおり、取締役会の承認があったとみるのが自然であると主張する。確かに、証拠(甲六の一ないし三三)及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約の保険料三九七〇万円を被告は第一勧銀から借入れていること、被告は本件の保険金を保険会社に請求していること、本件保険契約の当時被告の現代表者は被告の取締役であったことが認められるが、これらの事実から、取締役会の承認があったことを推認することはできない。

さらに、原告は、再抗弁2、3のとおり、被告が本件の保険金の一部を退職金として原告に支払ったことをもって、右取引ないし合意について被告の追認ないし法定追認があったと主張する。確かに、被告が原告に対して、本件の保険金の内二四〇〇万円を退職金として支払ったことは当事者間に争いがない。しかしながら、原告が主張する取引ないし合意は、本件保険契約による保険金につき、被告がその使途を決定することができず、そのまま全額を原告に引き渡す旨の合意であるから、保険金を受領した被告がその使途を決定した上でその一部を原告に支払ったとしても、これをもって、右取引ないし合意につき追認の意思表示があったと認定することも、追認の意思表示があったとみなすこともできないというべきである。

そうすると、仮に前記合意が存在したとしても、右合意の効果は会社である被告に帰属しないというべきである。

(三)  請求原因2(三)について判断する。

原告は、信義則の根拠として、請求原因2(三)(1) のとおり主張する。しかしながら、本件は、会社が、従業員を被保険者とし、会社を契約者かつ保険金受取人として、生命保険契約を締結するものではなく、会社が、代表者個人を被保険者とし、会社を契約者かつ保険金受取人として生命保険契約を締結するものであること、前記(一)認定の事実を総合すると、原告は本件保険契約の保険金がそのまま原告個人の退職慰労金、弔慰金になるわけではないことを認識した上で本件保険契約を締結したことが推認できること等に照らすと、原告の前記主張は首肯できず、採用することができない(なお、原告は、他人の生命の保険契約に関するものとして裁判例を挙げるが、これらの裁判例は、いずれも、会社が、従業員を被保険者とし、会社を契約者かつ保険金受取人として、生命保険契約を締結したものであるから、事案を異にするもので本件には適切でない。)。

3  そうすると、請求原因2(一)ないし(三)はいずれも理由がない。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 草野真人)

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