東京地方裁判所 平成9年(ワ)3261号 判決 1998年3月24日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
一 請求
1 被告本多一夫は原告に対し、別紙物件目録一及び二記載の建物を明渡し、かつ、平成九年三月二一日(訴状送達の日の翌日)から右建物の明渡し済みに至るまで一か月金一〇五万円の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社王将フードサービスは原告に対し、別紙物件目録一記載の建物を明渡し、かつ、平成九年三月二二日(訴状送達の日の翌日)から右建物の明渡し済みに至るまで一か月金六〇万円の割合による金員を支払え。
3 被告更生会社株式会社京樽管財人加藤義和及び同管財人池田靖は原告に対し、別紙物件目録三記載の建物を明渡し、かつ、平成九年五月一日から右建物の明渡し済みに至るまで一か月金四五万円の割合による金員を支払え。
二 事案の概要
本件は、別紙物件目録記載の一棟のビルを原告が所有し、ビル管理等を業とする訴外会社に一括して賃貸し、同会社が被告本多一夫に転貸し、同人がその余の被告(訴外株式会社京樽を含む。)に再転貸していたところ、訴外会社が原告に対し、賃貸借契約期間(二〇年間)満了前に更新しない旨を通知し、その後、右契約期間が満了したことにより、原告が被告らに対し、賃貸借契約が終了しその旨被告らに通知したので、転借人あるいは再転借人である被告らの転借権は消滅したとして、右転借建物の明渡しを求めた事案である。
三 争いのない事実等
1 原告は、別紙物件目録記載の一棟のビル(以下「本件ビル」という。)を所有する。
2 訴外日本ビルプロヂェクト株式会社(以下「訴外会社」という。)は、主としてビルの管理、賃貸を業とする会社である。
3 原告は、昭和五一年ころ本件ビルを建設し、同年一一月三〇日、訴外会社に左記の条件で賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、そのころ本件ビルを引き渡した(甲第一、第一四号証、弁論の全趣旨)。
(一) 期間 昭和五一年一二月一日から昭和七一年(平成八年)一一月三〇日までの二〇年間
(二) 賃料 月額四八七万五〇〇〇円。毎月末日限り翌月分支払い。
(三) 転貸の承諾
原告は、訴外会社が本件ビルをテナントに賃貸することをあらかじめ承諾する。
4(一) 被告本多一夫(以下「被告本多」という。)は、訴外会社から別紙物件目録一及び二記載の建物(以下「本件一の建物」、「本件二の建物」という。)を転借し、同建物を占有している。
(二) 被告株式会社王将フードサービス(以下「被告王将」という。)は、被告本多から本件一の建物を再転借し、同建物を占有している。
(三) 訴外株式会社京樽(以下「訴外京樽」という。)は、被告本多から本件二の建物を再転借した。
5(一) 訴外会社は原告に対し、本件賃貸借契約を更新しない旨を通告してきた。
(二) 原告は、平成七年一二月ころ到達の書面により、被告本多、同王将、訴外京樽に対し、本件賃貸借契約が期間満了により終了し、右被告らの転貸借も終了すべき旨を通知した(甲第一四号証、弁論の全趣旨)。
6 平成九年三月三一日、東京地方裁判所において、訴外京樽に対し、更生手続開始の決定がなされ、加藤義和及び池田靖(以下「被告管財人ら」という。)が管財人に選任され、同建物を占有している。
四 争点
1 賃貸人は、期間満了による原賃貸借契約の終了をもって、当然に転借人(再転借人)に対して対抗することができるか。
(被告本多の主張)
(一)(1) 被告本多の転借は、原告の承諾のもとになされた適法なものであり、また、被告本多には何らの背信行為も存しない。本件において、合意解除とは、本件原賃貸借契約の期間満了に際して、契約を更新しないことにつき、合意をする場合を含むと解すべきであり、そうでなくとも、その法的取扱について、合意解除に準ずるべきである。
(2) 原賃貸借契約の合意解除の場合には、賃借人たる訴外会社が転貸人の地位から離脱しても、原告は被告本多に対し合意解除の効果を対抗することができないから、転貸借関係は原告と被告本多間に移行し、原告は転貸人の地位を承継することとなる。
(二)(1) 本件にあっては、被告本多と訴外会社間の転貸借及び被告本多と被告王将、訴外京樽間の再転貸借契約はいずれも適法に成立しているものである。
(2) したがって、原告が期間満了に基づく賃貸借の終了をもって、被告らに対抗するためには、その正当性の有無につき、被告らの事情を斟酌しなければならない。
(3) 本件建物は、商業店舗賃貸を目的として築造され、首都圏を中心に大型建物の賃貸借を業とする訴外会社に転貸を許容して一括賃貸されたものである。被告本多は本件建物の所在地である下北沢において多年小型店舗の賃貸借を業としてきたところ、訴外会社の再転貸の承諾をもとに、本件建物の一部を転借のうえ、被告王将及び訴外京樽に再転貸したものである。
(被告王将の主張)
(一) 土地賃貸借契約の合意解除は、特別の事情のない限り地上建物の賃借人に対抗できないとされている以上、期間満了の場合でも同様に解しないと均衡を失することになる。
(二) 転借人が存在する場合に、原賃貸借契約が更新されず期間満了で終了する場合には、更新拒絶、解約申入れが有効なために要求される正当事由が必要で、右正当事由の判断に際しては、転借人の事情をも考慮されることになるから、期間満了により転貸借が当然終了すると解することはできない。
(三) 正当事由について
(1) 被告王将が被告本多から転借している本件一記載の建物は、被告王将が東京地区に進出した時期に下北沢店として開店した店舗であり、下北沢店を閉店、撤退することは、被告王将にとってイメージダウンとなる。
(2) 被告王将の下北沢店は、駅前という好立地であるため、関西地区に比べて知名度の劣っている東京地区において被告王将の知名度アップに貢献している。
(3) 被告王将の下北沢店は、平成九年四月から一〇月までの間、月平均六五四万円の売上があり、被告王将にとって営業上重要な店舗である。
(被告管財人らの主張)
(一) 賃貸人と賃借人間の原賃貸借契約の期間満了という事実のみで、原賃貸借契約を終了させ、転借人の権利を消滅させることは借家法の趣旨に反して許されない。
(二) 現在の賃貸借契約において、期間の定めがもうけられている実質的な理由は、賃料の値上げ、更新料請求の時期を定めたにすぎず、更新が前提となっている場合がほとんどである。
仮に、賃貸借契約の期間が終了時期を定めた合意であったとしても、原告は被告本多への転貸を承諾した以上、原賃貸借契約に基づき転借人が存在することを十分承知していたはずである。
賃貸人と賃借人(転貸人)間の合意解除が転借人に対して対抗することができないとの判例の趣旨は、賃借人に債務不履行があり、賃貸人に損害が発生するような場合は別として、賃貸人と賃借人側の事情のみで適法な転借人の地位が左右されるのは、信義則からも許されないことを根拠とするものである。
したがって、賃貸人が期間満了による終了をもって転借人に対抗するためには更新拒絶の場合と同じく転借人との間でも正当事由あるいは転借人側の事情を考慮すべきであることは信義則上当然である。
(三) 正当事由または信義則上考慮すべき転借人の事情について
(1) 被告本多は訴外会社から昭和五一年一一月三〇日、期間二〇年の約定で本件建物を賃借し、これを訴外京樽に転借して生活の資金としている。他方、原告によると期間満了による原賃貸借契約終了の理由は、訴外会社の資金繰り難であり、転借人との間では正当事由は一切存在しない。
(2) さらに、被告らは本件建物において寿司の販売を行っている。このことは原告も承知していたはずである。
本件建物における店舗は、平成七年度で約一億〇七六七万円、平成八年度で約九七一四万円の売上げを計上している。店舗段階での利益はもちろん、店舗設備費用等を差し引いた店舗貢献利益段階でも平成四年度は四八七六万円、平成八年度で二三一三万円を計上している。被告らにとって業務上重要な店舗である。このような業務上の拠点の一つを原告と訴外会社との原賃貸借契約の期間満了による終了の一事をもって失うことは、被告らにとって多大の損失を被るものであり、借家法の趣旨、信義則からも許されない。
(原告の主張)
(一)(1) 本件に適用される旧借家法四条は、原賃貸借契約が期間満了で終了した場合、この終了は転借人に対抗し得ることを当然の前提としているのであって、被告ら主張の制限は文理解釈上どこからも出てこない。
(2) 本件賃貸借契約の契約期間である二〇年は、民法上許される最長期間である。
また、二〇年は、鉄筋コンクリート造のビルを前提としても、その有用性を保つためには本格的な改修や諸設備の更新を必要とする時期であり、借家人側からみても、その有形、無形の投下資本を回収するに十分な期間といわなければならない。
原告と訴外会社がこのような長期間を設定したことは、賃貸借契約(転貸借契約を含めて)の存続期間を予定したものにほかならない。
被告本多、同王将及び訴外京樽は当初からのテナントであり、二〇年の経過により契約が終了する可能性のあることを十分認識しながら転貸借契約をそれぞれ締結したものである。
(3) 借家において賃貸人は転貸を承諾するか否かは自由であるから、転貸の承諾にあたって、自己に対抗し得る転貸借期間を限ることも自由であるところ、通常は原賃貸借契約の存続期間の範囲内とするのが当事者の合理的意思に合致し、本件も例外ではない。
(4) 本件の場合も、原告は賃借人である訴外会社の責任において転貸することを認めたに止まり、訴外会社との契約消滅後における転借人の無契約状態における独自の占有使用まで承認したわけではない。
他方、訴外会社も転貸にあたっては、期間二〇年の賃貸借契約であることを開示するとともに、転貸期間はいずれも原賃貸借契約期間の範囲内としており、被告本多、同王将及び訴外京樽も本件賃貸借契約の形態を十分に知りまたは知りうべかりし状況にあった。したがって、転貸の承諾を根拠に原賃貸借契約期間満了による消滅後もなお、原告に対抗し得る使用権原を有するかのごとき被告らの主張は理由がない。
(二) 原告側の事情
本件ビルは、衣料品、雑貨等の小売業者を中心的テナントとして企画された商業ビルであり、建築後二〇年余りを経過し、この間外壁、床等を一部補修してきたが、いずれも当面必要な箇所を応急的に処置したにとどまる。老朽化は覆いがたく、特に、阪神大震災の経験からして、安全面からいっても大規模な補強工事をなすことが必要となっている。しかも、建物の内外装・設備の劣化に当初から潜在していたレイアウト上の欠点も加わり、本件ビルの立地条件が極めて良好であるにもかかわらず、集客力、特に、二階部分のそれが著しく落ちている。そこで、顧客を二階へ誘導するための外階段の新設を含む改修工事は、今後商業ビルとしての生命を維持する上で必要不可欠のところ、被告らの店舗部分はその位置・構造からして右改修に際して変更が不可避であるため、明渡しを求めるに至ったものである。
2 使用相当損害金
(原告の主張)
本件一、二の建物使用相当損害金は、それぞれ一か月六〇万円、四五万円である。
五 判断
1 前記争いのない事実及び証拠(甲第一、第二、第五ないし第八、第一三号証、乙第一、第二号証、丙第一、第二号証、丁第一号証)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件ビルは、昭和五〇年一一月一八日、昭和五一年一〇月末日に新築すると同時に原告代表者の先代である佐藤太郎(以下、「佐藤」という。)と訴外会社との間で賃貸借する旨の予約契約を締結した。その内容は、賃貸借の対象は本件ビル全体とし、設計の内容については訴外会社の要望を最大限に取り入れること、訴外会社は賃借に当たり、建設協力金として、三億八五〇〇万円を佐藤に預託し、佐藤はこれを建築資金等に充当すること、本件ビルの設計、管理、施工については佐藤を施主とし、訴外会社またはその指定する者がこれを行う。工事費等は二億四〇〇〇万円とすること、訴外会社は、本件ビルを店舗または事務所として使用する目的で借受け、訴外会社はその責任においてこれを一括または分割して第三者に転貸することができ、転貸人の住所、氏名、業種については予め佐藤に通知すること、賃料は、月額四〇〇万円である。賃貸借期間は、本件ビルの引渡しから満二〇年間とし、佐藤または訴外会社が文書をもって期間満了時の六か月以前に相手方に解約の申入れまたは条件変更の意思表示をなさなかった場合は賃貸借期間は自動的に延長すること、本件ビルの管理、環境の維持に必要な処理を委託すること等の定めがあった。
その後、原告が設立され、原告と訴外会社との間で本件賃貸借契約が締結された。
(二) 被告本多は、昭和四三年三月一八日、小田急下北沢駅前の角地を取得して、喫茶店等を開業していたところ、昭和五〇年初めころから、佐藤と訴外会社が本件ビルの建築を計画し、隣接地であった被告本多所有地の買収交渉を始めた。佐藤は被告本多に対し、本件ビルを建築後、被告本多のために賃貸店舗スペースを確保し、再転貸することを承諾する旨約束したので、被告本多は、佐藤へ土地・建物を売却することとした。そして、昭和五一年三月一三日、被告本多は訴外会社との間で、本件ビル建築後の店舗賃貸借予約契約についての念書を取り交わした。その後、同年三月二五日、被告本多は、その所有土地・建物を原告に売却した。
訴外会社と被告本多は、昭和五一年一二月一日、本件ビルのうち、一階の一部について店舗使用目的で転貸借契約を締結し、転貸借期間は昭和五一年一一月三〇日から昭和七一年(平成八年)一一月三〇日まで、ただし、訴外会社または被告本多が期間満了の六か月前までに相手方に対し、何らの意思表示をしないときは、この転貸借契約は同一条件でさらに二年間更新されるものとし、その後の期間満了についても同様とすること、月額賃料は四五万円とすること、敷金は五〇〇万円、保証金は四〇〇〇万円、保証金の返済は一〇年間無利息据置きとし、一一年目から年率二パーセントの利息をつけて一〇年間均等割賦返済とすること、再転貸については、予め訴外会社の書面による承諾が必要であること等の定めがあった。
そして、被告本多は訴外会社の書面による承諾を得て、訴外京樽及び株式会社アサヒブロイラーに再転貸し、昭和五四年一月九日、アサヒブロイラーに転貸中の店舗を訴外会社の承諾を得て被告王将に転貸した。
(三) 原告と訴外会社との間では、賃料の増額を巡って紛争が起こり、昭和五六年には賃料月額五五〇万八七五〇円とする調停が成立し、昭和五七年には原告が訴外会社に対し、賃料増額訴訟を提起して、昭和六〇年三月二九日に裁判上の和解が成立し、昭和五七年一二月一日から賃料を月額六一〇万円とし、時期改定期を昭和六〇年一二月一日とすることとなった。その後も訴外会社が賃料増額に応じなかったため、二度の和解を経て、昭和六三年一二月一日から賃料を月額七六〇万円とすることとなった。平成三年には空調設備の老朽化により、同設備の更新と内外装等の補修工事を行い、原告が約一億円を負担することにより、同年一二月から賃料を月額八五五万円とすることとなった。
(四) 訴外会社は、かねて、本件ビルの転貸方式による経営が採算に合わないので撤退したい旨の意向を漏らしていたところ、平成六年二月二一日、原告に対し、賃貸借予約契約四条三項(賃貸借期間)により、契約期間満了後は新たに更新しない旨の通知をしてきた。
(五) 平成八年(一九九六年)一一月二五日、原告は被告本多らに対し、平成八年一一月三〇日の経過をもって原賃貸借契約が期間満了により終了する旨の通知をした。
(六) 平成八年初めころ、原告の代行である平山企画から、本件ビルの全転借人に対し、訴外会社が賃貸借関係から離脱もしくは撤退することに伴い、原告と転借人らとの間で直接の賃貸借契約を締結したいとの趣旨で、賃貸借予約契約案が各転借人らに提示された。その内容は、契約予定日は、平成八年一〇月一日、期間は同日から三年間、保証金坪当たり五〇〇万円、賃料坪当たり月額六万五〇〇〇円というものであった。その後、同年五月一七日、平山企画から賃貸借契約案が再び提示され、契約期間平成八年一二月一日から終期未定、保証金坪当たり約二六六万四〇〇〇円、賃料坪当たり月額約四万七〇〇〇円であった。その後、転借人らは折衝を経て、平成八年一一月一八日、平山企画と転借人らとの間で、原告との直接の賃貸借契約について、保証金の代わりに、敷金を賃料の一二か月分とすること、期間は五年毎の更新とすること等の合意をした。そして、同月二五日、原告代理人から右内容を含む契約を早急に締結すること、訴外会社に預託中の保証金については転借人と訴外会社との間で直接処理、解決するようとの文書を受領し、転借人らは同月二八日、訴外会社と一堂に会して、保証金返還処理に関する協議が行われ、同年一二月分以降の賃料振込について、原告の口座が指定された。そして、同年一二月中旬から下旬にかけて、順次、訴外会社は原告及び銀行との調整を経つつ転借人らに保証金を返還していった。転借人らは訴外会社が脱退しても原告との関係においては、本件ビル上の賃借関係は、基本的に守られるものと信じており、原告との契約上の敷金等の原資とするためにも保証金の返還は不可欠であった。
2 以上の事実を前提に、原告主張の賃借人である訴外会社による更新しない旨の通知及び転貸人である被告らに対する通知により本件賃貸借契約の期間満了によって終了したことによって、被告らが原告に転貸借を対抗できない旨の主張について判断する。
本件において適用される旧借家法四条によれば、原賃貸借契約の期間満了により転貸借関係も終了する旨規定されているところ、右規定は、特別の事情のない限り、賃貸借の期間満了による賃貸借契約は終了し、転貸の基礎が失われるから、転借人は賃貸人に対抗することができない旨を規定したものであると解される。そこで、賃貸人及び賃借人、転借人間に特別の事情がある場合には、転借人は賃貸人に原賃貸借契約の終了をもって、賃貸人に対抗することができると解されるので、以下、特別の事情の有無について検討する。
(一) 賃借人、転借人側の事情
賃借人である訴外会社は、採算の悪化から本件賃貸借契約の更新を拒絶していること、被告本多は、前記認定のとおり、本件ビル建築のために自己所有土地を売却し、転貸について原告の承諾を得ていること、原告は訴外会社に転貸して賃料収入を得ることを主たる目的としており、訴外会社は実質は原告の代わりに賃貸借契約に基づく賃貸人の義務の履行としての本件ビルの維持、管理を行っていること、再転借についても被告本多は訴外会社の承諾を得ており、これまで何らの問題も起こしていないこと、訴外京樽は、本件ビルにおいて昭和五一年一二月から寿司のテイクアウト店舗として営業を行っており、下北沢店は、下北沢駅の前という立地条件もよく、集客力も売上の上位に位置する店舗であること、売上からみると平成四年度では一億四二五三万円、平成五年度で一億三二八一万円であった、その後、景気の低迷から平成八年度の売上は九七一四万円になったが、売上から人原費(売上原価及び店舗人件費)と店舗運営費を差し引いた店舗運営利益は三五四一万円であり大幅な黒字を計上している。なお、訴外京樽は、平成九年三月三一日に会社更生法に基づき、更生手続の開始決定を受けた。このような状況の中で、一億円近い売上を計上する下北沢店を失うことは訴外京樽再建のうえで大きな打撃となる。
また、被告王将は、昭和五四年四月に東京地区の看板になる店として開業した。現在の店の営業現況は、平成九年四月から一〇月までの平均月商は六五四万円であり坪当たりの売上は六五万四〇〇〇円(賃借面積一〇坪)であり、東京地区三〇店舗の直営店の中で高田馬場店に次ぐ売上高となっている。ただ、家賃が高額のため、営業利益は劣っているが、開業以来一八年になり、被告王将の知名度アップに非常に貢献しており、閉店、撤退は考えられない状況にある。
(二) 原告の事情
他方、原告は、本件ビルの二、三階及び地下は営業不振でよいテナントが定着せず、特に二階はビルの立地条件からアプローチが良ければ入居店舗も繁盛が期待できるとして、その活性化のために街路から直接に二階に顧客を誘導できるような外階段の設置等が不可欠であるとし、さらに、平成三年に老朽化の著しかった空調設備を更新し、一部内外装工事を施工したが、現在築後二〇年を経ていること、内外装も汚れや時代遅れが目立っていること、耐震性の強化が要請されること、本件ビルの将来を考えると右のような改造を断行する必要があるとする。
しかしながら、原告は、被告らに対して、明渡しを求めた条件として、転貸は一切行わないこと、本件ビルの老朽化に伴う改修工事に全面的に協力し、一切補償を求めないこと、改修工事終了再入居後は賃貸条件を改定すること等とし、再転借人である被告王将らに対しては、直ちに明渡しを求めている。
(三) 右の事実によれば、賃借人が賃貸借契約の更新が当然予定されているにもかかわらず、敢えて賃貸人に対し更新しない旨の通知をし、もって更新を拒絶しており、このような場合は、賃借人の思惑により転借人の地位が著しく不安定となって、賃借人の権利放棄と解する余地もあるところ、直ちに賃貸人が転借人に対して対抗することができるとすると、旧借家法における転借人の地位の保護の趣旨及び一般に賃貸人と賃借人間の合意解除の場合において賃貸人は転借人に原賃貸借契約の終了をもって対抗できないとの解釈の前提とされている民法三九八条の趣旨に反することとなる。そして、賃貸人と転借人とのそれぞれの前記各事情を比較考量すると原告の本件ビルの明渡しの必要性に比して、被告らの営業継続の必要性が大であることは明らかであることを考慮すると、現時点においては、賃貸人である原告は、特別の事情が存することによって原賃貸借契約の終了をもって転貸人に対抗することができないと解するのが相当である。
3 よって、原告の被告らに対する請求は理由がないので、主文のとおり判決する。
(別紙)
物件目録
(一棟のビルの表示)
所在 世田谷区北沢二丁目一〇五四番地二二、同番地二三、同番地二七、同番地二八、同番地二一
家屋番号 一〇五四番二二の二
種類 店舗
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付四階建
床面積 一階 三六〇・〇八平方メートル
二階 三九六・一〇平方メートル
三階 三九六・一〇平方メートル
四階 七七・四一平方メートル
地下一階 三八七・九七平方メートル
一 右ビルのうち、一階の別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結び囲まれた黒斜線部分、三六平方メートル(一〇・八九坪)
二 右ビルのうち、一階の別紙図面ニ、ハ、ホ、へ、ト、チ、リ、ヌ、ニの各点を順次直線で結び囲まれた赤斜線部分、一九・八三四平方メートル(六坪)
<省略>