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東京地方裁判所 平成9年(ワ)3383号 判決 1998年10月05日

原告

小師康弘

右訴訟代理人弁護士

川口雄市

被告

東京油槽株式会社

右代表者代表取締役

朝倉寿治

右訴訟代理人弁護士

篠崎芳明

小川秀次

金森浩児

小川幸三

小見山大

寺嶌毅一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二二四万三〇〇〇円及び内金一五四万三〇〇〇円に対する平成七年二月二〇日から並びに内金七〇万円に対する平成九年三月七日から各年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  当事者等

被告は、倉庫業等を目的として昭和六二年四月一日に設立された株式会社である。

原告は、昭和六二年四月一日から被告の従業員として、平成七年一月二〇日に満六〇歳で定年退職するまで七年一〇か月被告に勤務した。

2  退職金未払分

被告において退職金は、昭和六三年一〇月一日制定の被告の退職金支給規程八条、九条によれば、退職当時の基本給に勤続年数に応じた支給率を乗じて算定されるところ、原告の退職当時の基本給は三七万三〇〇〇円、勤続年数は七年一〇か月であったから、次のとおりとなる(但し、右退職金支給規程一一条により一〇〇円未満の端数は一〇〇円に切上げる。)。

三七万三〇〇〇円×{(七か月-六か月)÷一二×一〇か月+六か月}(支給率は六・八三となる。)=二五四万七六〇〇円

ところで、退職金は、右退職金支給規程四条によれば、退職の日から三〇日以内に全額支給されることになっているにもかかわらず、被告は、原告に対し、退職金として一七七万七七〇〇円しか支払わず、七六万九九〇〇円が未払いである。

3  差額賃金

平成六年四月当時、原告が被告から支給されていた賃金は、基本給月額三七万三〇〇〇円、資格手当(職制手当)月額六万円であったところ、被告は、何らの理由もなく、一方的に、同年五月以降平成七年一月二〇日に原告が退職するまでの九か月間、基本給月額三一万七一〇〇円、資格手当(職制手当)月額三万円にそれぞれ減額したので、その差額は七七万三一〇〇円となる。

4  慰謝料等

原告は、被告の従業員として七年一〇か月まじめに勤務してきたにもかかわらず、何らの理由もなく、一方的に賃金を減額された上、退職金が一部未払いとされたことにより著しい精神的苦痛を被ったものであり、これを慰謝するには五〇万円を下らない。

さらに、原告は、本件訴訟提起のために、弁護士に依頼しなければならなくなり、その費用として二〇万円を要する。

5  よって、原告は、被告に対し、右退職金未払分、差額賃金、慰謝料及び弁護士費用の合計二二四万三〇〇〇円及び内金一五四万三〇〇〇円(退職金未払分、差額賃金)につき退職日から三〇日後の平成七年二月二〇日から、内金七〇万円(慰謝料、弁護士費用)につき訴状送達の日の翌日である平成九年三月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の認否

1  原告の主張1の事実のうち、原告の入社年月日及び勤続年数は否認し、その余は認める。

原告が被告に入社したのは、昭和六二年一〇月一日であり、したがって、勤続年数は七年三か月と二〇日である。

2  同2の事実のうち、被告が原告に対し、退職金として一七七万七七〇〇円を支払ったことは認め、その余は否認する。

原告の退職金は、後記の新就業規則(給与規程及び退職金支給規程を含む。)によれば、次のとおり一七七万七七〇〇円であるから、未払いはない。

三七万三〇〇〇円×{(三・五か月-二・五か月)÷一二×三か月+二・五か月}(支給率は二・七五である。)+五〇円(一〇〇円未満切り上げ分)+七五万一八七五円(後記の退職年金過積立分)=一七七万七七〇〇円

3  同3の事実のうち、被告が原告の賃金を減額したこと、その差額金額は認め、何らの理由もなく、一方的に行ったとする点は否認する。

4  同4及び同5は争う。

三  被告の反論

1  平成六年四月一日改定の就業規則(以下「新就業規則」という。)に対する同意

(一) 平成六年四月一日、給与規程及び退職金支給規程を含む被告の就業規則は改定されたところ、本件に関する規定は次のとおりとなり(ただし、給与規程一四条一項、退職金支給規程五条一号、六条一項は、改訂前と同様の規程(ママ)である。)、五七才以降、基本給を三〇パーセント、資格手当(職制手当)を五〇パーセント減額すること(以下「本件減給条項」という。)及び退職金の算定基礎となる勤続年数を五七才で頭打ちとすること(以下「本件退職金条項」という。)が、いずれも明記されている。

(就業規則)

第八条 定年及び退職

1 定年

<1> 管理職社員は満五七才に達した月の二〇日をもって原則として管理職を外れる(管理職定年)ものとする。二一日以後出生の管理職社員は翌月の二〇日をもって管理職を外れるものとする。

(給与規程)

第一四条(基本給)

1 基本給は職能給とする。

2  満五七才到達時より満六〇才到達時迄の社員の基本給は満五七才到達前の基本給の一〇〇分の七〇を基準とする。

第一九条(資格手当)

2 管理職定年に達した社員は、資格手当として次の区分により月額金を支給する。

<5> 参事職 三〇、〇〇〇円

(退職金支給規程)

第五条(支給事由)

退職金は、次の各号の一に該当するときに支給する。

<1> 定年に達したため退職したとき。

第六条(受給資格)

1 前条の規定によって退職金の支給を受けることができる者は、本採用後勤続満三年以上の従業員とする。

第七条(勤続年数の計算)

前条及び第八条の勤続年数の計算は、次の各号による。

<1> 本採用の日より起算し、退職発令の日までとする。但し、満五七才到達の日を限度とする。

第九条(算定基礎額)

退職金算定の基礎額は、退職発令の日における当該従業員の基本給とする。

但し、満五七才到達時以降の退職者は、満五七才到達時の基本給を退職金算定の基礎額とする。

ここでいう基本給は、給与規程一四条の基本給をいう。

(二) 被告は、「それまでの退職金規程を本件退職金条項に変更したことにより生じた分配金(勤続年数を六〇歳まで算入する前提で退職年金の積立を行っていたことにより生じた余剰金)を退職時に支給することに同意する」旨の同意書(同書面には、本件退職金条項が添付されていた。)を作成し、平成六年二月ころから同年五月ころまでの間に本件退職金条項の適用を受ける全従業員に署名・捺印を求めており、原告を含め本件退職金条項の適用を受ける全従業員が、右同意書に任意に署名・捺印した。よって、原告を含め被告の全従業員が、本件退職金条項に明示の同意をした。

(三) また。被告は、本件減給条項の適用を受ける全従業員を対象に個人面接による説明を行っており、原告に対しても、平成六年二月一六日、個人面接が行われ、本件減給条項の詳細な説明をした。原告は、右面接が行われた二日後の同月一八日、資格手当(職制手当)の減額についてはこれを了承した上で、被告担当者に対し、「基本給は何とか考えてもらえないか。」と懇願したのに対し、被告が「基本給の減額は一五パーセントとする。」旨申入れたところ、これを明確に受け入れた。原告以外の従業員も、全員が、面接後、本件減給条項に同意した。

2  黙示の同意

仮に前記1の明示の同意が認められなかったとしても、原告は、本件退職金条項、本件減給条項を含む就業規則の内容を熟知していたにもかかわらず、就業規則の改定に異議を申し立てず、退職後二年以上経過した平成九年一月三一日付けの請求書の送付まで何らの異議申立てを行わず、被告が支給した退職金等を異議なく受領しているから、右各条項に対し、少なくとも原告の黙示の同意があったというべきである。

3  賃金債権の消滅時効

本件においては、最終の賃金弁済期である平成七年一月二五日から二年以上が経過しているから、被告は賃金債権の消滅時効を援用する。

四  原告の認否及び反論

1  被告の主張1は否認する。

被告には、労働組合がないところ、新就業規則に同意する旨の意見書に従業員代表として署名・捺印している今村和司(以下「今村」という。)は、当時、被告のボイラーマンであり、被告から業務多忙中に至急署名・捺印するように求められて、内容を確認する余裕もなくこれに応じることを余儀なくされたものであるから、新就業規則は無効である。

原告は、新就業規則を受領していないし、その説明を一切受けておらず、内容も全く知らなかったものであり、被告が主張する同意書は、原告が署名・捺印する当時白紙であったもので、明示の同意はしていない。

2  同2は争う。

前記のとおり、原告は就業規則の変更について一切知らなかったので、減給された際及び退職金の計算書が示された際、被告担当者に対し、抗議もしており、異議申立てをしなかったということはない。したがって、原告は、黙示の同意もない。

3  同3は争う。

原告は、被告を平成七年一月二〇日定年退職したが、同月二一日から三月二〇日まで被告の嘱託として勤務した後退職し、それから二年以内の平成九年一月三一日付けの請求書をもって、被告に対し、差額賃金の請求をし、それから六か月以内の平成九年二月二四日に本件訴訟を提起しているから、時効は中断している。

また、原告は、身体障害者四級(左膝関節機能全廃)である上、平成七年一月から平成九年四月まで椎骨脳底動脈循環不全のため、通院治療中であり、被告に対する権利行使が不可能であった。およそ、消滅時効は権利行使ができるときから進行するのであるから、この間時効は進行しない。

さらに、原告は平成六年二月に満五九歳になっており、満五七歳で管理職定年だといわれても承諾できないからと断っているのであり、権利行使が現実に期待できなかったから時効は進行しない。

五  時効中断の主張に対する被告の認否

原告の主張のうち、定年退職の日、被告の嘱託であった期間は認め、その余は争う。

原告が請求するのは定年退職時までの差額賃金であるから、最終弁済期は平成七年一月二五日であり、嘱託の期間は無関係である。また、権利者の不在・疾病等の事実上の障碍は、時効の進行を妨げるものではない。さらに、賃金債権は、弁済期が到来していれば、その性質上、権利行使が可能となるのであり、有効性を争ったからといって、それが確定するまで権利行使が現実に期待できないというものではない。

第三当裁判所の判断

一  原告の入社時期について

1  (証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、倉庫業等を目的として、東京油槽倉庫株式会社(以下「東京油槽倉庫」という。)と日商岩井株式会社が共同出資して、設立された株式会社である。被告の設立に伴い、東京油槽倉庫の従業員は、全員同社を退社して、被告に移籍することになったが、昭和六二年四月一日に設立登記された当初は、開業準備のためにコンピューター・エンジニアやタンク・倉庫の入出庫取扱者など一部の従業員が被告で就労していたにすぎず、実際に開業したのは、同年一〇月一日であった。一方、東京油槽倉庫は、被告設立後も一時存続していたが、後に解散した。

(二) 原告は、昭和四五年に東京油槽倉庫に入社し、被告の設立に伴って、同社を退社し、被告に移籍した従業員で、倉庫の引渡し等の業務に従事していたところ、原告の昭和六二年分の給与所得の源泉徴収票(<証拠略>)には、給与の支払者として東京油槽倉庫、退職年月日として、昭和六二年九月三〇日とそれぞれ記載され、それまでは同社が原告に対し、給与を支払った扱いとなっている。また、同社を退職する際の退職金は、昭和六二年九月三〇日まで勤務したことを前提として算定されている。

2  ところで、原告が被告に入社したのは、昭和六二年四月一日であり、同日から被告の本店所在地の神奈川県川崎市において就労した旨主張し、陳述書(<証拠略>)にも同趣旨の記載があり、本人尋問中にも同様の供述部分がある。

しかし、まず、前記の原告の従事していた業務内容からみて、被告設立当初から原告が川崎において就労していたというのは疑問である。その点はともかくとしても、前記によれば昭和六二年九月三〇日まで、東京油槽倉庫から原告に対して給与が支払われ、同社からの退職金も昭和六二年九月三〇日までを勤続年数として支払われていること、被告が実際に開業したのが同年一〇月一日であることは明らかである(なお、原告は、その本人尋問において、源泉徴収票(<証拠略>)、原告の退職金支払いに関する振替伝票(<証拠略>)について、偽造されたものであるかのような供述をするが、右各書類をみても、そのようなことを疑わせる形跡はないし、原告の供述を裏付けるような証拠もない。)し、前記の被告設立の経緯からすると、東京油槽倉庫の全社員がいっせいに昭和六二年一〇月一日に入社したとする小倉高文(以下「小倉」という。)の陳述書(<証拠略>)の記載は信用できる。これらのことからすると、原告本人尋問における右供述部分はにわかに信用することはできず、むしろ、仮に、原告が被告の開業準備等のために、昭和六二年一〇月一日以前に被告において就労していた事実があったとしても、当時はいまだ東京油槽倉庫の従業員であり、被告に入社していなかったというべきであり、他に原告の主張を認めるに足りる証拠もないから、原告の主張を認めるは(ママ)できない。

二  被告の新就業規則について

1  (証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告の給与規程及び退職金支給規程を含む就業規則は、平成六年三月二九日に変更届が出され、同年四月一日付けで改定されたところ、右変更届には、今村が従業員代表として署名・捺印した就業規則に同意する旨の意見書が添付されている。被告には労働組合はなく、今村は被告のボイラーマンであり、被告においては管理職ではない従業員の中で最年長者であり、他の従業員からの信頼が厚かった。

新就業規則の内容は、被告の主張のとおりであり、本件減給条項、本件退職金条項を明記するものである。

(二) 新就業規則への改定に伴い、被告は平成六年四月二五日付けの書面で、就業規則の改定及び本件減給条項、本件退職金条項を含む改定内容について説明した文書を作成して全従業員に配付した。また、被告は、「それまでの退職金規程を本件退職金条項に変更したことにより生じた分配金(勤続年数を六〇歳までとする前提で退職年金の積立を行っていたことにより生じた余剰金)を退職時に支給することに同意する」旨の同意書(<証拠略>)を作成し、高倉総務管理本部長及び総務部所属の小倉が、平成六年二月ころから同年五月ころまでの間、原告を含めた本件退職金条項の適用を受ける全従業員に対し、順次二名ずつ被告の会議室に呼んで新就業規則における改定内容を説明した上、同意書に署名・捺印してもらった。

(三) 被告代表者、高倉総務管理本部長及び児玉営業本部長補佐は、本件減給条項について、その適用を受ける全従業員に対し、個別的に面接して説明しており、原告に対しても、平成六年二月一六日に実施された。その結果を記載したとする原告の個人別説明記録(<証拠略>)には、平成六年二月一八日、原告から、児玉営業本部長補佐に対し、資格手当(職制手当)の減額には同意するが、基本給の減額は再考して欲しいとの申出があり、検討の結果、当初基本給を二(ママ)〇パーセント減額する予定であったものを一五パーセントの減額にとどめ、基本給を三一万七〇〇〇円とすることで原告も了承した旨記載されている。

(四) 平成六年五月から、原告の賃金は、実際に基本給三一万七一〇〇円、資格手当(職制手当)三万円に減額して支給され、平成七年一月二〇日、定年退職するまでの九か月間、右賃金のままであった。また、退職金は、本件減給条項、本件退職金条項を適用して算定した金額に退職年金過積立分を加算した合計一七七万七一〇〇円が支給された。なお、退職金の計算根拠については、原告の退職以前に小倉が退職金計算内訳(<証拠略>)を原告に対して交付し、説明したのに対し、原告は、保険会社に対する企業年金保険給付金請求書(<証拠略>)に捺印した。

原告は、平成七年一月二〇日、被告を定年退職した後、引き続き同年三月二〇日までの二か月間、被告に嘱託として勤務した。その後、平成九年一月三一日付けの書面で、被告に対し、差額賃金及び退職金の未払分の請求をしたが、それまでに、給与の変更等があった場合、対象社員への辞令発行及び給料手配の業務に従事していた小倉に対し、原告から異議を述べられたことはない。

2(一)  まず、原告は、同意書(<証拠略>)への署名・捺印は認めるものの、原告が署名・捺印した当時、「同意書」の記載と氏名欄の間の説明書部分が白紙であったこと、就業規則の改定内容を記載した三枚目が添付されていなかったことを主張し、陳述書(<証拠略>)には同趣旨の記載があり、原告本人尋問中にも同様の供述部分がある。

しかし、右書面の形式からみて、後に右説明書部分を加えたことを窺わせるような点はないし、右同意書には、本件退職金条項の適用を受ける全従業員が署名・捺印しているところ、右説明書部分の記載もなく、就業規則の改定内容も添付されないまま、多数の従業員が誰一人異議をとどめることなく署名・捺印したというのはいかにも不自然である。また、原告も同意書に署名・捺印する際、内容についてはともかく、小倉から説明を受けたこと(原告本人尋問の結果)からすると、何らかの書面に基づいて説明されたものと考えられる。

これらのことからすると、この点に関する原告の供述部分は直ちに信用することはできず、原告の主張は採用できないのであって、結局、原告は、本件退職金条項について認識した上、同意書に署名・捺印したものというほかない。

(二)  次に、原告は、個人別説明記録(<証拠略>)について、被告が勝手に作文したものである旨主張し、陳述書(<証拠略>)には同趣旨の記載があり、原告本人尋問中にも同様の供述部分がある。

しかし、原告も平成六年二月一六日、本件減給条項についての説明を個別的に受けたことは認めており(原告本人尋問の結果)、その際、原告は、その本人尋問において、「勘弁して欲しい。」と告げて応じなかった旨供述するところ、具体的な内容はともかく、右書面上、平成六年二月一六日時点で直ちに承認したわけではない旨記載されていることと一致する、さらに、同月一八日、児玉営業本部長補佐と話したことも原告は認めている(原告本人尋問の結果)。ただ、原告は、その本人尋問において、同月一八日も、一六日のときと同様「勘弁して欲しい。」と述べて減給を拒否した旨供述するが、減給率が変更された経緯が具体的に記載されていることに照らせば、右記載に合致する内容のやりとりが実際になされたことは容易に推認することができる。これらのことからすると、仮に一部不正確な記載や伝聞が含まれていたとしても(住宅ローンや実母の病気などの家庭事情について)、右個人面接記録が全体として作文であるということはできないし、それをもって、直ちに原告が本件減給条項に同意したことを疑わせるということもできないのであって、陳述書(<証拠略>)の記載や原告本人尋問のこの点に関する供述部分は直ちに信用することができない。むしろ、これまで述べてきたことからすれば、原告は、本件減給条項について認識した上、これに同意したというべきである。

(三)  さらに、原告は、就業規則変更届に添付された意見書(<証拠略>)に従業員代表として署名・捺印した今村は、ボイラーマンにすぎず、内容の確認もせず、被告に言われるままに署名・捺印した旨主張し、陳述書(<証拠略>)には同趣旨の記載があり、原告本人尋問中にも同様の供述部分がある。

しかし、原告は、平成六年三月九日には被告から就業規則の改定について記載された書面の交付を受けたというのであり(原告本人尋問の結果)、本件退職金条項、本件減給条項についても同年二月ころから五月ころにかけて説明されており、右今村も同意書に署名・捺印している(<証拠略>)。

これらのことからすると、右今村名の意見書が作成された平成六年三月二四日ころ、原告や今村を含む被告の従業員は、就業規則の改定内容について認識していたものと推認することができる(なお、この点に関連して、原告は、新就業規則については一切知らなかったし、就業規則も受領していない旨主張し、その本人尋問においてもこれに沿う供述をするが、原告自身平成六年三月九日就業規則の改定について記載された書面の交付を受けたこと、平成六年二月一六日本件減給条項についての説明を受けたことを認めていること、新就業規則はB五版の水色のファイルにして全従業員に配付した旨<人証略>が具体的に証言していることなどに照らせば、原告の右供述部分は直ちに信用できない。)。加えて、小倉が今村に意見書を作成してもらう際、あらかじめ同人の都合を聞いて内容を説明したこと(<証拠・人証略>)からすれば、少なくとも今村が新就業規則の内容について何も知らないまま意見書を作成したということはできない。

なお、原告本人尋問における供述部分や陳述書(<証拠略>)の記載は、いずれも伝聞にすぎず、その信用性に疑いがある上、今村が原告に述べたことが事実であるとしても、それが真実であることを裏付ける証拠もないので、右各証拠は採用できない。

3  右の事情及び減額された給与や支給された退職金に対し、原告が平成九年一月三一日ころまで異議を述べたことがないことなども併せて考慮すれば、原告は、本件減給条項、本件退職金条項について内容を認識した上、これに明確に同意したものというべきである。

なお、原告本人尋問には、異議を述べた旨の供述もあるが、前記認定のとおり、それは小倉に対するものではなかったし、原告本人の供述によっても、減給について一回、退職金について一回のみであり、しかもその時期は、いずれについても平成六年二月までの間であることからすれば、仮にそのような事実があったとしても、それは、被告に対して異議を申立て、各差額分の支払いを求める意思からの発言というものではなく、単に不満を述べた程度のものであったというべきである。また、原告は、退職後約二年間も異議を述べなかった理由について、体調不良であったためというが、それも通院加療中であったというのであり(原告本人尋問の結果)、被告に対する異議申立てができない状況であったとは考えにくい。

三  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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