東京地方裁判所 平成9年(ワ)4033号 判決
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
米澤幸子
同
渥美三奈子
同
江守英雄
右訴訟復代理人弁護士
宮島佳範
被告
乙川太郎
右訴訟代理人弁護士
野中信敬
同
野中智子
同
鈴木隆
右訴訟復代理人弁護士
櫻井義之
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告に対し、一億一七二〇万八四六四円並びに内二〇〇万円に対する平成四年七月一六日から、内二〇〇万円に対する平成四年一〇月二四日から、内二三万円に対する平成六年一月二二日から及び内一億一二九七万八四六四円に対する平成一〇年六月四日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二 事案の概要
一 事案の要旨
1 本件は、法律事務を弁護士に委任した原告が、弁護士である被告に対し、(1)支払った金員の返還及び(2)委任契約の債務不履行(弁護過誤)に基づき損害賠償の請求をした事案である。
2 原告は、第三者に対して実体のない老人ホーム建設協力費名目で貸し付けた金員の返還及び同人のために根抵当権を設定した自己所有の不動産の確保を依頼したと主張し、委任した弁護士である被告に対し、(1)原告が被告の請求に応じて被告に支払った金員の一部が、事件処理のために使われていないなどとして、不当利得返還請求権に基づき過払金合計四二三万円並びに内二〇〇万円の支払った日(送金日)の翌日である平成四年七月一六日から、内二〇〇万円の送金日の翌日である同年一〇月二四日から及び内残金二三万円の送金日の翌日である平成六年一月二二日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、(2)被告が弁護士としての善良なる管理者の注意義務(以下「善管注意義務」という。)に基づいて適切な事件処理をしなかった債務不履行により、本来であれば原告が有する債権を全額回収できていたはずであるのに回収できなかったとして、債務不履行に基づく損害賠償として右債権額と実際に回収できた額の差額である一億一二九七万八四六四円及びこれに対する訴えの変更の申立書送達の日の翌日である平成一〇年六月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
二 前提となる事実等(証拠により認定した事実は証拠番号を付す。)
1 当事者
原告は、大正一二年一月二三日生まれの女性であり、被告は、第一東京弁護士会所属の弁護士(一四期)である。
2 事件の経緯
(一)丙山次郎(以下「丙山」という。)に対する貸付けと返済
(1) 原告は、丙山の母が原告の勤務する病院に通院していたことから、丙山やその妻と知り合った。丙山は、原告が長年看護婦として働いて貯めた預貯金などにより相当な資産を有することに目を付け、原告に対し、実際にはその意思がないのに、老人ホームを建設するので協力して欲しいと持ちかけた。原告はこれを信じて、老人ホーム建設資金として、丙山に対し、左記の各日時に、合計六一六三万三五六二円を貸し付けた。
記
昭和六一年一〇月二〇日
五〇〇万円
昭和六二年 三月一三日
一三〇〇万円
(甲第二九号証、第三六号証の一ないし四、第四一号証及び原告本人尋問の結果)
七月一〇日
一五〇〇万円
昭和六三年 二月二九日
六〇〇万円
六月一四日
三一一万円
六月二七日
二六〇万円
七月一三日
一五二万三五六二円
七月二〇日三〇〇万円
九月 二日
一〇〇〇万円
平成元年 一月三一日
二四〇万円
(2) 丙山は、原告に対し、左記の各日時に合計二三九〇万円を返済したため、実質的に原告が丙山に貸し付けて返済されていないのは三七七三万三五六二円である。
記
昭和六二年 一月二〇日ころ
四〇〇万円
昭和六三年 六月一四日 二〇万円
七月一三日 二〇万円
平成元年 三月一八日二〇〇万円
平成二年 八月八日 一五〇万円
一一月一五日
一六〇〇万円
(二) 根抵当権設定登記
(1) 原告所有の別紙物件目録記載一ないし三の不動産(以下「青梅の不動産」という。)には、昭和六三年九月二九日、別紙登記目録記載一1の根抵当権設定登記がされた。
(2) 原告が所有していた別紙物件目録記載四ないし六の不動産(以下「相模原の不動産」という。)には、平成二年八月二八日、別紙登記目録記載二の根抵当権設定登記がされた。
(三) 連帯根保証契約の締結
(1) 原告は、昭和六三年九月二八日、アサヒ株式会社(以下「アサヒ」という。)に対し、主債務者を丙山、極度額を三〇〇〇万円として、連帯根保証した。
(2) 原告は、平成二年八月二八日、アサヒに対し、主債務者を丙山、極度額を四〇〇〇万円として、連帯根保証した(甲第四九号証の一、二)。
3 被告による事件処理
(一) 不動産仮差押命令申立て
(1) 被告は、平成四年六月二日、原告の代理人として、東京地方裁判所八王子支部に、原告が丙山に貸し付けた二〇〇〇万円の貸金返還請求権による債権者代位権に基づき、丙山の△△物産有限会社(以下「△△物産」という。)に対する請求権を被保全債権として、△△物産を債務者とし、△△物産名義の別紙物件目録記載七ないし一九の各土地を仮差押えするべく、仮差押命令申立事件を申し立てたが、丙山の△△物産に対する右請求権の疎明が十分できなかったため、取り下げた(乙第三三号証、弁論の全趣旨)。
(2) 被告は、平成四年七月二日、原告の代理人として、東京地方裁判所八王子支部に、原告が丙山に貸し付けた二〇〇〇万円の貸金債権を被保全債権とし、法人格否認の法理に基づき、丙山が実質的に経営していた△△物産を債務者とし、△△物産名義の土地について不動産仮差押命令を申し立てた(東京地方裁判所八王子支部平成四年(ヨ)第三五六号事件。(以下「①事件」という。)。
(3) 被告は、同月一七日、原告の代理人として、東京法務局八王子支局に、原告から送金を受けた六〇〇万円(後記4(一)参照)の内から①事件の担保として四〇〇万円を供託した(平成四年度金第二〇三八号)。
(4) 東京地方裁判所八王子支部は、同月一七日、前項の四〇〇万円の担保を立てさせ、仮差押解放金を二〇〇〇万円として、別紙物件目録記載七ないし一九の各土地につき仮差押決定をした。
(5) △△物産は、仮差押解放金二〇〇〇万円を供託したため、同年九月一一日、前項の仮差押決定は取り消された。
(6) あさひ銀ファクター株式会社(以下「あさひ銀ファクター」という。)は、平成五年二月一六日、△△物産を債務者として、前項の仮差押解放金の還付請求権に対する債権差押命令を申し立てた。原告は、平成七年三月二九日、右仮差押解放金のうち、一七五万五〇九八円の配当を受けた。
(二) 貸金返還請求訴訟
(1) 被告は、平成四年九月二四日、原告の訴訟代理人として、東京地方裁判所八王子支部に、△△物産を相手方として貸金二四七三万三五六二円の支払を求める訴えを提起する手続をとった(東京地方裁判所八王子支部平成四年(ワ)第一九四六号事件。以下「②事件」という。)。同支部は、平成五年九月二二日、請求認容の判決を言い渡した。
(2) △△物産は、平成五年一〇月八日、右判決に対して東京高等裁判所に控訴した(東京高等裁判所平成五年(ネ)第四〇四二号事件。以下「③事件」という。)が、同裁判所は、平成六年九月一三日、控訴棄却の判決を言い渡した。
(三) 競売執行停止仮処分の申立て
被告は、平成四年一二月中頃、原告の代理人として、アサヒを相手方として、青梅の不動産及び相模原の不動産の競売の執行停止を求める仮処分を申し立てようとした(以下「④事件」という。)が、受理に至らず、窓口指導により申立てを取りやめた。
(四) 根抵当権設定登記抹消登記手続請求訴訟
被告は、平成四年一〇月二六日、原告の訴訟代理人として、東京地方裁判所八王子支部に、アサヒ外三名を相手方として、青梅の不動産及び相模原の不動産についてなされた根抵当権設定登記等(別紙登記目録記載の各登記を含む。)の抹消登記手続を求める訴えを提起した(東京地方裁判所八王子支部平成四年(ワ)第二二五七号事件。以下「⑤事件」という。)。なお、その後、アサヒ以外の被告については訴えを取り下げた。
(五) 支払命令異議事件
(1) アサヒは、原告及び丙山を相手方として、青梅簡易裁判所に、貸金三三五五万五三四二円の支払いを求める支払命令を申し立てた(青梅簡易裁判所平成四年(ロ)第一〇三四号事件)。同裁判所は、平成四年一一月二五日、支払命令を発した。
(2) 被告は、平成五年一月一四日、原告の訴訟代理人として、右支払命令に対して異議を申し立てたため、通常訴訟に移行し(東京地方裁判所八王子支部平成四年(ワ)第二八〇六号事件。以下「⑥事件」という。)、⑤事件と併合された。
(六) 訴訟上の和解
被告は、平成五年一二月一五日、原告の訴訟代理人として、アサヒとの間で、⑤事件及び⑥事件について、以下の内容の訴訟上の和解を成立させた。
(1) 原告は、アサヒに対し、昭和六三年九月二八日付け丙山とアサヒとの間の元金三〇〇〇万円の金銭消費貸借契約にかかる連帯保証債務として、三三五五万五三四二円及びうち二九九二万四一七八円に対する平成四年八月一五日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による遅延損害金の支払義務のあることを認める。
(2) 原告は、アサヒに対し、平成六年一月三〇日限り、(3)の取下げ及び登記手続と引換えに、前項の金員のうち三〇七七万円を支払う。
(3) アサヒは、前項の期日限り、前項の金員の支払を受けるのと引換えに、青梅の不動産についての東京地方裁判所八王子支部平成四年(ケ)第七五五号不動産競売申立事件を取り下げ、かつ、別紙登記目録記載一1、2の各登記の抹消登記手続をする。
(4) 原告がアサヒに対し(2)の金員を約定どおり支払ったときは、アサヒは、原告に対し、(1)の金員から(2)の金員を控除した残金の支払義務を免除する。
(5) 原告は、アサヒに対し、平成二年八月二八日付け丙山とアサヒとの間の元金四〇〇〇万円の金銭消費貸借契約にかかる連帯保証債務として、四〇〇〇万円及びこれに対する平成三年八月二八日から支払済みまで年23.725パーセントの割合による遅延損害金の支払義務のあることを認める。
(6) 原告とアサヒは、相模原の不動産について、アサヒが提起した東京地方裁判所平成四年(ケ)第一二〇一号競売申立事件の手続を維持することに同意した。
(7) アサヒが前項の競売の結果、配当金を受領したときは、アサヒは、原告に対する(5)のその余の支払義務を免除する。
(七) 告訴手続
被告は、原告の代理人として、平成五年一〇月一五日、丙山を詐欺、横領等の事実による告訴する手続をとった。
4 原告による被告への交付金
(一) 原告は、平成四年七月一五日、被告に対し、六〇〇万円を送金した(以下「交付金①」という。)。被告は、同月一七日、原告の代理人として、うち四〇〇万円を①事件の担保として供託した。
(二) 原告は、平成四年九月一七日、被告に対し、一五〇万円を送金した(以下「交付金②」という。)。
(三) 原告は、平成四年一〇月二三日、被告に対し、二〇〇万円を送金した(以下「交付金③」という。)。
(四) 原告は、平成六年一月二一日、被告に対し、三一〇〇万円を送金した(以下「交付金④」という。)。被告は、同月二四日、原告の代理人として、うち三〇七七万円を前記3(六)の和解に基づいてアサヒに対し送金した。
(五) 原告は、平成五年一〇月二〇日、被告に対し、前記三(七)の刑事告訴手続の報酬として一〇万円を支払った。
三 争点
1 不当利得返還請求について
原告は、被告が交付金①から①事件の担保として供託された四〇〇万円を控除した残額二〇〇万円、交付金③全額である二〇〇万円及び交付金④からアサヒに対し送金された三〇七七万円を控除した残額二三万円を合算した額四二三万円を法律上の原因なくして利得したものである旨主張する。
これに対し、被告は、交付金③の二〇〇万円については、⑤事件の着手金として受領した旨主張し、その余の計二二三万円については、⑥事件の着手金請求権及び①事件ないし⑥事件の報酬請求権を自働債権として相殺する旨主張するところである。
そこで、争点は、左記(一)ないし(三)である。
(一) 交付金③が不当利得に当たるか否か
(1) 交付金②はどの事件に対する着手金として送金されたものか。
(2) 交付金③の趣旨いかん。⑤事件の着手金として送金されたものか否か。
(二) ⑥事件の着手金請求権の有無及びその額
(三) ①事件ないし⑥事件の報酬請求権の有無及びその額
2 債務不履行に基づく損害賠償請求について
原告は、被告が事件処理にあたり、委任契約上の善管注意義務に違反したことにより損害を受けた旨主張し、債務不履行に基づく損害賠償を請求している。
そこで、争点は、左記(一)、(二)である。
(一) 被告の善管注意義務違反の有無
(1) 原告から事情を聞いた弁護士として行うべき訴訟提起の方針決定
被告は、根抵当権抹消登記手続請求訴訟ではなく、連帯保証人の事前求償権に基づく求償金債権を被保全権利とする仮差押えを前提として、求償金請求訴訟を提起すべきであったか。
(2) 仮差押命令申立ての被保全債権額を丙山に対する貸金債権二〇〇〇万円としたことの適否
(3) 仮差押命令の目的物として、△△物産が販売を予定していた建売住宅を加えなかったことの適否
(二) 原告の損害の有無及びその額
四 争点に関する当事者の主張
1 不当利得返還請求について
(一)交付金③が不当利得に当たるか否か
(1) 原告の主張
(ア) 交付金②について
原告は、平成四年五月、被告に対し、丙山に対する貸付金の回収及び丙山のために担保権を設定した青梅の不動産と相模原の不動産の確保を相談し、事件処理を委任したい旨依頼し、被告はこれを承諾したところ、同年九月一七日、被告から着手金の請求があり、原告は、被告に委任した事件、即ち前記二3記載の事件全体の着手金であると考えて、同日、被告に対し、交付金②を送金した。
(イ) 交付金③について
原告は、同年一〇月二一日に被告から請求を受け、同月二二日、印紙代諸費用等として交付金③を送金したのであって、実費を差し引いた後、原告に返還されるものと思っていたものであり、原被告間で、交付金③を⑤事件の着手金とする旨の合意は存在しない。
したがって、交付金③は、被告による不当利得である。
(2) 被告の反論
(ア) 交付金②について
原告は、被告に対し、当初、丙山に対する貸金の回収を依頼した。その事情聴取の過程で、原告は、「丙山にだまされて青梅の不動産及び相模原の不動産に丙山のために担保権を設定してしまった」と説明し、「いずれ右各不動産の確保もして欲しい」と依頼した。
被告は、原告に対し、「被告が具体的事件を受任するにあたっては、事件の経済的利益に応じた着手金を支払う必要があること、被告が事件処理に成功した場合には、ほぼ着手金と同額の報酬を支払う必要がある」旨説明した。
被告は、①事件の仮差押命令を受けた後、原告の丙山に対する債権を整理し、法人格否認の法理に基づいて△△物産に対する②事件の貸金返還請求訴訟提起の準備をして、同年九月一四日、原告に対し、訴状の最終案を送付するとともに、①事件及び②事件の着手金として一五〇万円を請求し、原告は、同月一七日、右請求に基づいて交付金②を送金したもので、これにより原被告間で、交付金②が①事件及び②事件の着手金である旨の合意が成立した。
(イ) 交付金③について
②事件提起後、被告は、アサヒらに対する⑤事件提起の準備をし、同年一〇月二一日、原告に対し、訴状を送付するとともに、「交付金②は①事件及び②事件の着手金であり、⑤事件の提起については改めて費用が必要である」旨を説明し、印紙代等諸費用込みの着手金二〇〇万円を請求した。原告は、右請求に対して、着手金は既に支払済みであるなどの苦情を述べることもなく、同月二三日、交付金③を送金している。したがって、原被告間で、交付金③が⑤事件の着手金であるとの合意が成立していた。
(二) ⑥事件の着手金請求権の有無及びその額
(1) 被告の主張
(ア) ⑥事件の着手金の合意について
被告は、平成四年七月一七日、①事件の担保四〇〇万円を供託した後、原告に対し、①事件の結果を報告し、交付金①の残金二〇〇万円については、「いずれ、実費等の清算をしなければならないので、預かっておく」旨伝えた。
被告は、平成五年二月四日、原告に対し、⑥事件において相手方であるアサヒの提出した各書証の写しを送付するとともに、⑥事件の着手金として二〇〇万円を請求した。被告は、原告に対し、⑥事件のもとになる支払命令異議申立事件を受任するに際し、「新件として着手金が必要になる」旨説明し、原告はこれを了承していたし、右金額は、弁護士会報酬規定に照らしても相当な金額であった。したがって、原被告間では、⑥事件の着手金を二〇〇万円とする旨の合意が成立した。
被告は、平成六年九月二七日、平成五年一二月に⑤事件及び⑥事件が和解で終了し、平成六年九月に②事件の控訴審である③事件が原告勝訴判決により終了したことにより、被告の受任事件が終了した旨報告した際、原告に対し、預り金としていた交付金①の残金二〇〇万円の返還請求権と右合意に基づく⑥事件の着手金請求権(予備的に後記(イ)記載の報酬請求権)を対当額にて相殺する旨の意思表示をした。
(イ) 本件における着手金相当額
第一東京弁護士会弁護士報酬規則(以下「報酬規則」という。)によれば、⑥事件の着手金相当額は、①事件について、被保全債権二〇〇〇万円を基準として四四万八三三三円、②事件及び③事件については約二四七五万円の貸金返還請求事件であるから、二四五〇万円の経済的利益を基準とすると各一五七万円、⑤事件については、その経済的利益の額は、根抵当権の極度額を基準とすると一億一〇〇〇万円、実際の被担保債権額を基準にすると約九八八九万円、不動産の最低競売価格を基準とすると合計約七三〇〇万円であるから、着手金は少なくとも二〇〇万円を下ることはなく、⑥事件について、請求債権額約三三五五万円を基準として二〇二万円である。このように、実質的にみても、被告の請求は相当である。
(2) 原告の反論
(ア) ⑥事件の着手金の合意について
原告は、平成五年二月四日、被告から費用の追納として二〇〇万円の請求を受けたが、趣旨が不明であったので支払わなかった。すなわち、原被告間で、⑥事件の着手金を二〇〇万円とする合意は存在しない。
(イ) 本件における着手金相当額
②事件の経済的利益は訴額である二四七三万三五六二円であり、報酬規則によれば着手金は一五八万一六七八円であるが、本件は、借用証があって、通帳や元帳で資金の出所を容易に特定できるなど、事案は複雑でない上、原告が詐欺により全財産を失ったという同情すべき事情があるのであるから、報酬規則の規定に基づき三〇パーセントの減額をするのが相当である。よって、着手金相当額は一一〇万七一四七円である。
なお、①事件は保全事件であって、特に着手金の合意をしていないのであるから、本案の②事件に含まれると考えるべきである。
②事件で被告がした訴訟活動は、相手方が欠席のもとで行った原告本人尋問だけであり、控訴審での対応が実質的に②事件の着手金に見合う訴訟活動であるので、③事件の着手金は②事件に含まれる。
⑤事件及び⑥事件は実質的に同一事件であり、⑤事件は、敗訴確実で、相手が高利の金融会社であることから、有利な和解も見込めなかったのである。原告は、被告からこのような見通しを説明されていれば、⑤事件を委任することはなかったのであるから、着手金請求権は発生しない。
(三) ①事件ないし⑥事件の報酬請求権の有無及びその額
(1) 被告の主張
(ア) 報酬支払の合意について
被告は、原告に対し、「被告が具体的事件を受任するにあたっては、事件の経済的利益に応じた着手金を支払う必要があること、被告が事件処理に成功した場合には、ほぼ着手金と同額の報酬を支払う必要がある」旨を説明した。したがって、原被告間では、被告が各事件処理に成功した場合には、相当額の報酬を支払う旨の合意が成立していた。
(イ) 報酬額の算定方法
報酬規則では、弁護士報酬は一件ごとに定めるものとし、裁判上の事件は審級ごとに一件とする旨定められている。したがって、弁護士報酬は、各事件ごとに算定すべきである。
また、報酬規則においては、弁護士報酬及び費用等は、報酬規則の定めるところによるとし、報酬規則の遵守義務及び報酬規則の最低額未満をもって事件等を取り扱う旨の表示・宣伝の禁止を定めている。したがって、報酬規則は、弁護士報酬を算定する際の単なる参考資料ではなく、遵守すべきものである。
依頼者と弁護士との間で、報酬についてあらかじめ明確な合意がない場合であっても、事件の難易、訴額及び労力の程度ばかりでなく、依頼者と平生からの関係、所属弁護士会の報酬規定等その他諸般の状況をも審査し、当事者の意思を推定し、もって相当報酬額を算定すべきである。本件においては、被告は、事件処理につきいずれも成功しているものであるから、被告は、原告に対し、各受任事件について右の方法に従って算定した相当額の報酬請求権を有している。
(ウ) 本件における報酬相当額
①事件は、法人格否認の法理を適用して仮差押決定を得たものであり、事件が複雑な場合にあたるから、報酬相当額は四四八万三三三円である。
②事件及び③事件については、経済的利益は、現実の回収額ではなく、判決で認容された額を基準とすべきであり、回収可能性は、報酬規則による標準額の三〇パーセントの増減額要素として考慮すべきである。よって、原告の経済的利益は約二四五〇万円であり、報酬相当額は、少なくとも標準額一五七万円から三〇パーセント減額した一〇九万九〇〇〇円である。
⑤事件及び⑥事件については、原告は、和解により合計四九三四万九九七三円の経済的利益を得たから、報酬規則による報酬相当額は二八〇万八九九九円である。
被告は、平成六年九月二七日、原告に対し、報酬支払についての協議を求め、交付金④の残金二三万円の返還請求権と①事件ないし⑥事件の報酬請求権とで対当額において相殺する旨の意思表示をした。
(2) 原告の反論
(ア) 報酬の合意について
原告は、平成六年九月二七日になって初めて説明を受けるまで、被告から報酬について説明を受けたことはなく、報酬支払の合意は存在しない。
(イ) 報酬額の算定方法
弁護士報酬は、弁護士会の報酬規則が絶対基準になるわけではない。依頼者との間で別段の定めがない場合には、事件の難易、訴額及び労力の程度ばかりでなく、依頼者との平生からの関係、所属弁護士会の報酬規定等その他等諸般の状況をも考慮し、当事者の意思を推定し、もって相当報酬額を算定すべきである。被告の主張は、いずれも弁護士会報酬規則を機械的に適用したもので不当である。
(ウ) 本件における報酬相当額
①事件については、△△物産は、丙山の自宅に看板を出しているだけで実体を有していないこと、同社の代表取締役が丙山の妻であることを考慮すると、法人格否認の法理を適用することは、容易に考えつくはずであるから、事件が複雑な場合にあたらない。②事件については、被告はほとんど訴訟活動をしていない上、勝訴とはいっても、丙山がその資産を失った後で得られたものであって、現実の執行可能性がないから、報酬請求権は発生しないか、仮に発生するとしても減額されるべきである。③事件は②事件の控訴事件であるから、報酬については両事件併せて一事件として考えるべきである。
結局は、①事件ないし③事件で、原告が得た経済的利益は、配当で得た一七五万五〇九八円であり、弁護士会の報酬規則によれば報酬は二一万円となるが、着手金に比べて成果は乏しく、経済的利益がないに等しいので、報酬請求権は発生しない。
⑤事件及び⑥事件については、被告は、原告の意思に基づかずに訴訟上の和解をしてしまったものであり、その内容も、原告がより確保したかった相模原の不動産を確保できなかったのであるし、青梅の不動産を確保したとはいえ、和解当時の青梅の不動産の経済的価値よりも高額な和解金を支払うというものであり、実質的には敗訴に近いものであったから、原告に経済的利益はなく、報酬請求権は発生しない。
2 債務不履行に基づく損害賠償請求について
(一) 被告の善管注意義務違反の有無
(1) 原告の主張
(ア) 訴訟の方針決定について
被告が事件受任直後に前記二2(二)の根抵当権設定登記の登記申請書類を閲覧していれば、登記申請の委任状に原告の自筆の署名があり、実印が押印され、印鑑証明書が添付されていることが判明し、その抹消登記手続訴訟で勝訴するには、原告の署名が原告の意思に基づかないものであるという事情が必要となることが認識できたはずである。しかし、原告は、丙山から、不動産の権利証について担保提供中と記載された預り証を差し入れられており、原告から聴取した事情を精査すれば、原告には、青梅の不動産及び相模原の不動産を担保に供する認識はあったと判明し、被告としては、詐欺又は強迫により意思表示を取り消すことは極めて困難であると判断できた。
金融業者が第三者から担保提供を受ける場合には、当該第三者との間で連帯保証契約を締結するのが通常であるし、原告は、何枚も書類を書かされたと説明していることからすると、被告は、原告が根抵当権設定登記手続の際、同時に連帯保証契約を締結したことも予測できた。
したがって、原告から委任を受けた弁護士としては、委任を受けた連帯保証人の事前求償権に基づく求償金債権を被保全権利とする仮差押えを前提として、求償金請求訴訟を提起すべきであった。
(イ) 被保全債権額について
原告は、丙山に対し、前記二2(一)のとおり、三七七三万三五六二円の損害賠償請求権又は貸金返還請求権を有していたほか、丙山から委託を受けた保証人として、元本と遅延利息合計七七〇〇万円の事前求償権を有していた。
仮差押命令申立てを受任した場合、弁護士としては、証拠によって裏付けられる貸金返還請求権は全部被保全債権とすべきであり、一部を被保全債権とするのは特別な理由がある場合に限られる。
原告は、被告に対し、丙山に対する貸金債権全額を請求して欲しい旨依頼し、原告が丙山に対して三七七三万三五六二円の貸金債権を有していることを裏付ける借用証、預金通帳、預金口座元帳の写し等の文書が被告のもとに届けられていたのであるから、被告は、仮差押命令申立ての被保全債権を、丙山に対する貸金返還請求権全額の三七七三万三五六二円とすべきであった。しかしながら、被告は、原告から提示されていた文書を見落とし、何ら合理的理由もなく、また、被告が被保全債権とした二〇〇〇万円の貸金返還請求権の一部の四〇〇万円は既に弁済されているため、丙山から異議を申し立てられるおそれがあったのに、右二〇〇〇万円のみを被保全債権としたのである。
さらに、被告は、原告が有する前記(ア)の事前求償権については全く被保債権としなかった。
(ウ) 仮差押対象物件について
被告は、事件を受任する際に原告から説明を受けたため、△△物産名義の土地上に、建売住宅六棟が存在することを知っていた。①事件の申立て当時、六棟のうち、別紙物件目録記載一三、一四、一七、一八の土地上の建売住宅である同目録記載二〇ないし二三の四棟の建物(以下「四棟の建物」という。)が売却されずに売れ残っていたから、四棟の建物を仮差押命令申立ての対象とすることは可能であり、これを仮差押えしておけば、原告の損害を回復することができたはずである。
しかし、被告は、原告が建売住宅を仮差押して欲しい旨依頼しているにもかかわらず、それを無視し、未登記建物の仮差押えを避けて安直に事件を処理しようとしたため、土地のみを仮差押命令申立ての対象とし、四棟の建物をその対象としなかった。しかも、前記(イ)のとおり、被保全債権を二〇〇〇万円と低額にしたことから、△△物産に仮差押解放金を積まれて仮差押命令を取り消されてしまった。
(2) 被告の反論
(ア) 訴訟提起の方針決定について
原告は、当初、被告に対し、丙山に対する貸金の回収を依頼したのであり、その事情聴取の過程で、「丙山にだまされて青梅の不動産及び相模原の不動産について丙山のために担保権を設定してしまった」と説明し、「いずれその抹消手続もして欲しい」と依頼したのである。したがって、当初、貸金返還請求訴訟を本案とし、その保全のために仮差押決定を得ようとしたことに何ら問題はない。
(イ) 被保全債権額について
被告は、①事件申立て当時、原告から、昭和六二年三月一三日付けの貸付金一三〇〇万円の貸付けの事実を告げられていなかったし、その裏付けとなる書証を受け取っていなかった。したがって、右一三〇〇万円の貸付金を特定して疎明することはできなかった。被告は、①事件申立て当事、原告から受け取った貸付けの裏付けとなる文書のうち、丙山が自署しており、内容が明確な借用証の金額に基づいて、被保全債権を二〇〇〇万円とすることを決めた。
なお、被告は、②事件の申立時においても、右一三〇〇万円の貸付金については、原告から裏付けとなる文書を受け取っていなかった。被告は、原告から事情を聴取し、受けた取った文書をもとに貸付けと弁済の関係を整理した結果、貸金返還請求額を二四七三万三五六二円とすることを決めたものである。
被告は、原告から、原告が丙山の委託を受けて連帯根保証人になっている旨の話は聞いておらず、契約書等の書類を見せられたこともなかった。また、原告の後続の依頼は、青梅の不動産及び相模原の不動産に設定した根抵当権設定登記の抹消登記手続であったところ、被告は、①事件受任時において、原告の物上保証が真意に基づくものでなかったと主張する原告に対し、「物上保証の意思は争えないから、受託保証人の事前求償権を行使するべきである」と助言する義務はなかった。
さらに、仮差押えの担保は被保全債権に比例して高額になるものであるから、被保全債権をむやみに高額にしても原告が担保を準備できないおそれがある。被告は、原告の資金準備の都合も考慮して被保全債権額を決めた。
(ウ) 仮差押対象物件について
被告は、①事件申立て当時、原告から△△物産名義の土地上の建売住宅の存在は知らされておらず、①事件申立てのための登記簿謄本等の調査の際も、建売住宅の表示登記及び保存登記はなされていなかったことから、建物が存在することを知ることができなかった。
また、未登記建物に対して仮差押をするためには、表示登記をする関係上、測量等が必要であるが、そうした必要な行為を丙山らに知られずに行うのは困難である。したがって、建売住宅を仮差押命令申立ての対象としなくても、被告に善管注意義務違反はない。
(二) 原告の損害額
(1) 原告の主張
(ア) 原告は、丙山に対し、前記(一)(1)(イ)のとおり、三七七三万三五六二円の損害賠償請求権又は貸金返還請求権と、七七〇〇万円の受託保証人の事前求償権を有していたのであるから、原告の丙山に対する債権は合計一億一四七三万三五六二円であった。
(イ) 前記(一)(1)(ウ)のとおり、①事件申立当時、△△物産は、別紙物件目録記載一三、一四、一七、一八の土地上に同目録記載二〇ないし二三の四棟の建物を有していた。③事件が確定した平成六年当時、右四筆の土地の路線価は一平方メートルあたり一八万五〇〇〇円であり、合計面積は460.52平方メートルである。そして、公道に接していないことから二割減価し、土地と地上建物を一括して売却する場合、土地の売却価格は、更地の時価から建物の敷地利用権相当額二割を控除した金額になること、一般に路線価は時価の七割とされることを考慮すると、右四筆の土地の時価合計額は七七八九万三六六八円である。
四棟の建物の売出価額の合計額が三億〇一七〇万円であり、通常、建売住宅は原価に三割程度の利益を上乗せした売出価額が決定されていることからすると、右原価合計額は二億三二〇七万六九二三円となる。平成四年当時の底地の時価を右と同様の方法で算定すると、九二六三万〇三〇八円となるから、売出当時の四棟の建物の時価合計額は、右原価から平成四年当時の土地の時価を控除した一億三九四四万六六一五円となる。これに住宅用木造建物の耐用年数二四年に応じて定額法による二年分8.4パーセントの減価消却をすると、平成六年当時の四棟の建物の時価は合計一億二八九〇万四四五〇円となる。
(ウ) 仮に、③事件の勝訴判決確定後に右四筆の土地及び四棟の建物を一括して任意売却して換金した場合、土地の売却価格七七八九万三六八八円は、一億七九七〇万二五〇五円の債権を有していた先順位担保権者のあさひ銀ファクターに優先的に配当され、建物の売却価格一億二八九〇万四四五〇円は、あさひ銀ファクターの残債権額と原告の債権額とで按分される結果、原告は、六八二九万九一七二円の配当を受けることができたはずである。
したがって、四棟の建物を仮差押えの対象としていれば配当を受けていたはずである六八二九万九一七二円から、実際に原告が①事件の仮差押解放金の分配金として配当を受けた一七五万五〇九八円を控除した六六五四万四〇七四円が原告の損害額となる。
(2) 被告の反論
(ア) 原告は、四棟の建物を仮差押えしておけば、六八二九万九一七二円の配当を受けることができた旨主張するが、原告の主張には次の各点で誤りがあり、理由がない。
(イ) 競売価格の算定について
原告は、四棟の建物について、建売住宅の売出価格は原価の三割を上乗せして設定されるとして原価を算定しているが、その根拠が薄弱であるし、売出価格合計三億〇一七〇万円という価格で実際に売買されたかどうかも不明である。
原告は、土地及び建物について、時価で売却することを前提としているが、競売の場合、最低競売価格は一般に時価の七割とされるから、時価を基準とするのは誤りである。
(ウ) あさひ銀ファクターの△△物産に対する債権額について
原告は、あさひ銀ファクターの債権額を一億七九七〇万二五〇五円として算定しているが、これは平成五年四月二八日当時の残元本額であり、△△物産が、四棟の建物とその敷地の根抵当権設定登記を抹消するために売却代金からあさひ銀ファクターに対して一部弁済した後の残元本額である。しかし、原告が強制競売するとすれば、右一部弁済がなされていないことを前提とするから、あさひ銀ファクターの債権額は原告主張の額より高いはずである。また、債権額には遅延損害金をも加算すべきである。
(エ) 原告の丙山に対する債権額について
原告は、丙山に対し、一億一四七三万三五六二円の債権を有していたと主張するが、前記(一)(2)(イ)のとおり、仮差押申立当時において、一三〇〇万円の貸金債権については、被告は原告から説明を受けておらず、裏付けとなる文書を示されてもいなかったから、債権の存在を主張し、疎明することは不可能であった。また、受託保証人の事前求償権については、原告は、連帯根保証人となった事実及び保証の内容を明確に認識しておらず、連帯根保証人となる意思もなかったというのであるから、当時その内容を確定して疎明することは不可能であった。さらに、七七〇〇万円という金額の根拠も薄弱である。よって原告主張の債権額は根拠がない。
(オ) 因果関係について
原告が主張する被告の債務不履行と損害との間には因果関係がない。
第三 当裁判所の判断
一 甲第一号証の二、第八号証、第一二、第一三号証、第一四号証の一ないし六、第一五ないし第二〇号証、第二一、第二二号証の各一ないし三、第二五、第二六号証、第二八号証の一ないし七、第二九ないし第三二号証、第三六号証の一ないし四、第三八ないし第四一号証、第四四号証の一、二、同号証の三の一、二、第四九号証の各一ないし三、第五一号証、乙第二、第三号証、第四号証の一ないし四、第五ないし第一一号証、第一四ないし第一九号証、第二〇号証の一、二、第二一号証、第二八ないし第三〇号証、第三三号証、第三六号証、原告、被告各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 前記第二・二2(一)(1)の原告の丙山に対する貸付金のうち、昭和六一年一〇月二〇日の五〇〇万円と昭和六二年七月一〇日の一五〇〇万円については、丙山は、それぞれ貸付日付けの借用書を原告に差し入れたが、その他については、貸付時には借用書は作成されなかった。
原告は、平成三年ころ、アサヒの担当者から、「丙山が原告の不動産を担保に供した借入金の利息の支払を怠っている」と聞いて、丙山にだまされているのではないかと考え、丙山に対し、借用書の作成を求めた。丙山は、原告の求めに応じ、同年一二月一六日付けで、一〇四三万三五六二円についてのもの、一〇〇〇万円についてのもの、額面一〇〇万円の国債三枚についてのもの、青梅の不動産の権利証についてのもの及び相模原の不動産の権利証についてのものの計五通の借用証を作成して原告に差し入れた。さらに、原告は、丙山に対し、同年一二月二七日付けで、「丙山がアサヒに対して利息の滞納をしていることを指摘して返済するよう求めるとともに、『金銭二〇〇〇万円余も同時に返して下さい』として原告に対する返済を求める」旨の内容証明郵便を送付した。
2 その後、丙山から貸付金の返済がないため、原告は、平成四年二月ころ、親族から紹介を受けた牧野弁護士に相談した。牧野弁護士は、丙山のため根抵当権を設定した不動産を売却して、債務を清算していく方針を採ろうとしたことから、不動産を確保したいと考えていた原告は、右方針に納得できず、取引金融機関である霞農業協同組合(以下「霞農協」という。)の顧問弁護士であった被告に相談することとした。
原告は、同年五月一四日ころ、被告に面談して、丙山に老人ホーム建設資金名目で金を貸し付けていること、原告所有の不動産を担保に提供していること、その際、金融業者の関係者に囲まれて内容がわからないまま多数の書面に署名させられたこと等の経過を説明し、丙山に対する貸金債権の回収と不動産の確保について相談した。被告は、事件を受任すると回答したため、原告は、同月二〇日、牧野弁護士に対する依頼を断って、被告に事件処理を委任した。
3 被告は、原告から、丙山が昭島市内に分譲のための不動産を所有していると聞いたことから、これを仮差押えする方針を立て、平成四年五月二七日ころ、事務員に、登記簿等を調査させたところ、丙山が実質的に経営する△△物産名義の別紙物件目録記載七ないし一九の土地(以下「一三筆の土地」という。)があることとが判明した。なお、その時点で、一三筆の土地上には、建売住宅六棟が建築されていたが、うち一棟は他人名義になっており、一棟は表示登記のみで保存登記がされておらず、別紙物件目録記載二〇ないし二三の建物(以下「四棟の建物」という。)は未登記であった。
なお、四棟の建物は、平成四年五月二九日に表示登記され、平成四年八月三日ないし六日に△△物産を所有者として保存登記されるとともに、あさひ銀ファクター(当時の商号は首都圏ファクター株式会社)が極度額三億一〇〇〇万円、協和埼玉銀行が極度額一五〇〇万円の根抵当権を設定した。
4 被告は、平成四年六月一日、一三筆の土地について、債権者代位の構成で仮差押申立てをすることとし、申立書を作成して原告に送付した。その後、右申立書を裁判所に提出したものの、十分な疎明ができずに取り下げた。
そこで、被告は、法人格否認の法理で構成し直すこととし、同年七月二日、①事件を申立て、その後、法人格否認の要件の疎明のために、丙山のもとで働いていたことがある中村藤嗣の報告書を疎明資料として提出した。
なお、被告は、①事件の申立ての際には、着手金の請求をしなかった。
5 被告は、①事件の仮差押決定が出る前に、仮差押えの担保として六〇〇万円を用意するように原告に指示し、原告は、これに応じて交付金①を送金したが、結果的に担保は四〇〇万円と決定され、被告は四〇〇万円を供託して仮差押決定を得た。残金の二〇〇万円は、原告に返却されず、被告が預かった。
これに対し、△△物産は、仮差押解放金二〇〇〇万円を供託したため、同年九月一一日、仮差押えが取り消され、その後、一三筆の土地は他に売却された。
右解放金二〇〇〇万円については、△△物産の債権者のあさひ銀ファクターが還付請求権を差し押さえたことから、原告も配当に参加したものの、一七五万五〇九八円の配当を受けたにとどまった。
6 被告は、平成四年九月一四日、原告に対し、①事件の本訴として、△△物産を被告として、丙山に対する二四七三万三五六二円の貸金の返還を請求する内容の②事件の訴状とともに、「着手金として、金一五〇万円を下記口座にお振り込み下さるようお願い申し上げます。」と記載した書面を送付した。右書面では、「尚、アサヒ株式会社に対する手当をしなければなりません。とりあえず、調停でも申し立てて少しかきまぜてやろうかと考えています。」とも記載している。これに応じて、原告は、交付金②を振込送金した。
7 アサヒが競売を申し立てたことにより、青梅の不動産については平成四年一〇月一六日、相模原の不動産については同月二六日、競売開始決定がなされた。原告は、裁判所が自宅を調査していることに気づき、被告に連絡して対応を求めた。被告は、競売停止の仮処分の申立書を作成し、裁判所に提出しようとしたが、事件として受け付けられるには至らなかった。
8 そこで、被告は、根抵当権抹消登記手続請求訴訟を提起する方針を立て、平成四年一〇月二一日、原告に対し、⑤事件の訴状とともに、「ご報告の件」と題する書面を送付し、その中で、「先回のは、先ほど説明しました仮差押と本訴の着手金でしたので、今回もまた新件ということで費用を戴くことになりますが、無理のないところでやってください。」、「印紙代ほか諸費用込みということで、二〇〇万円ほどつくれればつくってください。」と記載した。これに応じて、原告は、交付金③を振込送金した。
9 被告は、平成五年二月四日、⑤事件及び⑥事件でアサヒが提出した書証等とともに、「御連絡の件」と題する書面を原告に送付し、その中で、①事件、②事件、⑤事件及び⑥事件を並べて、「裁判がいくつも重なってまいりましたので、費用の追納をお願いしなければと存じます」と記載して、二〇〇万円を請求した。しかし、原告は、これに応じなかった。
10 アサヒは、⑤事件及び⑥事件の審理の過程で、「平成五年九月三〇日現在で、丙山を主債務者とする連帯保証契約に基づき、原告に対し、元本、遅延損害金等合計九八八九万三一〇四円の債権を有している」と主張し、解決案として、「約定遅延損害金を引き下げ、八六八〇万円余りを支払う」旨の提案をした。これに対し、被告は、アサヒが、詐欺または強迫により原告に連帯保証契約をさせたというような原告の主張に不快感を示していたことから、これを謝罪する書面を出した上で、遅延損害金を全部免除するなど債務の一部免除と、根抵当権設定不動産の買戻しを求めて交渉した。原告は、⑤事件及び⑥事件の和解期日に出頭した際、「自宅である青梅の不動産よりも相模原の不動産を優先して確保したい」旨希望を述べたが、被告や裁判官から、「自宅を確保した方が良いのではないか」と助言された。結局、同年一二月一五日、前記第二・二3(六)のとおりの内容で訴訟上の和解が成立したが、和解が成立した期日には原告は裁判所に出頭しなかった。
原告は、平成六年一月二一日、被告に対し、右和解金支払のため、交付金④を送金した。被告は、このうち三〇七七万円を右和解に基づきアサヒに振り込み、残金の二三万円は被告が預かることにし、原告には返却しなかった。さらに、相模原の不動産は競売され、アサヒに対し三九〇〇万円が配当された。
11 被告は、③事件が確定したことにより原告の訴訟事件が終了したことから、平成六年九月二七日、原告に対し、「一連の事件処理に対する日本弁護士連合会の規定による報酬等の額は、②事件の着手金、報酬各一五〇万円、③事件の着手金、報酬各一五〇万円、①事件の報酬一〇〇万円、⑤事件及び⑥事件の着手金四七〇万円、報酬二三五万円の合計一四〇五万円になる」と記載し、うち既に受領しているのは一五〇万円であり、前記5の二〇〇万円の預り金を充当すると、残金約一〇〇〇万円余りが未納になるとして、「これについてのご意見を頂戴したいと存じます。」と記載した「ご連絡の件」と題する書面を送付した。
12 なお、原告は、前記5の配当金を除き、丙山又は△△物産から現実に債権を回収できておらず、前記和解により保証債務を履行した分について主債務者である丙山に対する求償もできていない。そのいずれも今後実現する見込みはたっていない。
二 不当利得返還請求について
1 争点1(一)(交付金③が不当利得に当たるか否か)について
(一) 交付金②について
(1) 前記一6で認定した事実によれば、被告は、原告に対し、②事件の訴状とともに、着手金として一五〇万円請求する書面を送付し、これに応じた原告が交付金②を送金したのであって、この時点までに被告が着手していた事件は、①事件と②事件だけであるから、原被告間で①事件及び②事件の着手金を一五〇万円とする合意があり、右着手金として交付金②が支払われたものと認めることができる。
(2) 原告は、交付金②は被告に委任する事件全体についての着手金との趣旨であると主張し、その本人尋問における供述(二四頁)及び甲第四一号証(一二頁)にはこれに沿う部分がある。
しかしながら、第一に、①事件及び②事件は、丙山に対する貸付金の返還を求める事件であるのに対し、⑤事件は、丙山の債権者であるアサヒに対して原告所有の不動産に設定した根抵当権の抹消登記を請求する事件であり、⑥事件は、アサヒから原告に対し提起された貸金請求事件であって、①事件及び②事件とは当事者も訴訟物も全く異なるものである。第二に、着手金は、原則として事件ごとに発生するものであるところ、前記認定事実によれば、この時点では、原告は根抵当権を設定した不動産の確保を被告に相談していたものの、アサヒからの競売の申立てがされる前であり、被告において、⑤事件を提起する方針は定まっておらず、アサヒに対する方針を検討中の段階であったことがうかがわれるのであるから、このような段階で、今後提起するすべての事件についての着手金を一度に請求することは想定することができない。第三に、乙第三六号証によれば、報酬規則に基づく着手金標準額は、①事件については、被保全債権額二〇〇〇万円に対応する四四万八三三三円、②事件については、訴額の二四七三万三五六二円を経済的利益の価額とみて、これに対応する一五八万一六七八円であるところ、一五〇万円の請求は①事件及び②事件の着手金としては報酬規則に照らして相当なものということができる。
以上によれば、交付金②は①事件及び②事件の着手金とするのが当事者の合理的意思に合致するものであって、右原告の供述及び甲第四一号証の記載部分を採用することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 交付金③について
(1) 交付金③について、原告は、実費として支払ったもので、清算して返金されるべきものであると主張し、被告は、⑤事件の着手金であると主張する。
そこで検討するに、前記一8で認定した事実によれば、被告は、原告に対し、⑤事件の訴状とともに、印紙代ほか諸費用込みで二〇〇万円を請求する書面を送付し、これに応じた原告が交付金③を送金したものであるから、原被告間で、⑤事件の着手金を二〇〇万円とする合意があったと認めることができる。
(2) 原告は、本人尋問において、右書面の趣旨がわからなかったため被告の事務所に電話をかけたところ、被告の事務員から被告の言うとおりにするよう指示され、知人からも、事件処理で手を抜かれるといけないから支払うようアドバイスされたことから、趣旨がわからないまま交付金③を送金したという趣旨の供述をし(二五頁)、甲四一号証にも同趣旨の部分がある(一一頁)。
しかしながら、交付金③以前に原告から被告に対し支払われたのは、①事件の供託費用との名目で支払われた交付金①と前記交付金②だけであるから、右書面で「先回のは、先ほど説明しました仮差押と本訴の着手金でしたので」という部分は交付金②を指すことは明らかである。そうすると、右書面は、交付金②と対比させて「今回もまた新件と言うことで費用を頂く」としているのであるから、文言上、⑤事件の着手金を別途請求する趣旨のものとみることができる。右書面では、続けて、「印紙代ほか諸費用込みということで、二〇〇万円ほどつくれればつくってください。」と記載されており、これは、本来は着手金とは別途請求される実費を含めて着手金として二〇〇万円とする趣旨であることが明らかで、原告の主張のように、実費を精算して返金するというものと解することはできないというほかない。
実質的にみても、乙第三六号証によれば、報酬規則では、根抵当権抹消登記手続請求事件の着手金は、原則として、被担保債権額をもって経済的利益の価額として、これを基準に定めることとされており、本件の被担保債権額は、元金だけでみても青梅の不動産については三〇〇〇万円、相模原の不動産については四〇〇〇万円の計七〇〇〇万円で、着手金の標準額は三六四万五〇〇〇円となるから、⑤事件の着手金として実費を含めて二〇〇万円という金額は相当なものということができる。
(3) なお、この点について、原告は、「⑤事件は敗訴確実で、有利な訴訟上の和解も見込めなかったのであり、このような見通しを説明されていれば⑤事件を被告に委任しなかったのであるから着手金請求権は発生しない」と主張する。しかしながら、一般に物上保証人が根抵当権設定登記の抹消登記を請求し、右設定登記の効力を争った場合、抹消が認められないとしても、債権者が元金の一部や遅延損害金を減額するなどして和解により解決することは十分あり得るのであって、本件全証拠によっても、⑤事件は敗訴確実であるとか、有利な和解も見込めなかったということはできない。仮に、原告の右主張を前提としても、被告に対する説明の適否の問題が生じることは格別、原告が被告に訴訟活動を委任した⑤事件の着手金請求権の有無に直ちに影響するものとはいえない。したがって、いずれにせよ右主張を採用することはできない。
(4) よって、右原告の供述及び甲第四一号証の記載部分を採用することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 小括
以上によれば、交付金③が不当利得に当たるとの原告の主張は理由がないものといわざるを得ない。
2 争点1(二)(⑥事件の着手金請求権の有無及びその額)について
(一) 被告は、⑥事件の着手金二〇〇万円を請求したのに原告が支払わないとして、前記一5のとおり被告が預かっていた交付金①の残金二〇〇万円の返還請求権と右着手金請求権とを対当額にて相殺すると主張するので、⑥事件の着手金請求権の有無について検討する。
(二) 被告は、原告に対し、前記第二・二3(五)の支払命令異議申立てを受任するに際し、新件として着手金が必要になる旨説明して原告の了承を得ており、そのうえで⑥事件の着手金として二〇〇万円を請求したと主張する。
しかしながら、右のような説明をして原告の了承を得たことを認めるに足りる証拠はない。そして、前記一9で認定した事実によれば、被告が⑥事件の資料とともに原告に送付した二〇〇万円を請求する書面には、⑥事件の着手金を請求する旨明記はされていない。そればかりか、右書面では、①事件、②事件、⑤事件及び⑥事件を並べて「費用の追納」を請求しているが、前記のとおり、被告は、①事件、②事件及び⑤事件について、既に着手金(⑤事件については諸費用込み)を原告に請求してこれを受領しているのであるし、事件としては終了している①事件に追加の費用が生じることは考えられないのであるから、右書面は請求の根拠が不明確なものであるといわざるを得ない。これに対し原告は納得せず、右二〇〇万円を支払っていないのであるから、結局、原被告間で⑥事件の着手金を支払う旨の合意があったこと、被告が原告に対し⑥事件の着手金の請求をしたことを認めることはできず、他に右被告の主張を認めるに足りる証拠はない。
(三) もっとも、弁護士に訴訟事件を委任した場合、具体的な合意がなくても、特段の事情がない限り、相当の報酬(着手金、報酬金等)を支払う黙示の合意があるものと推認される。そして、事件の性質、難易、訴額及び労力の程度の見込み、依頼者との関係等を勘案し、報酬規則を基本として合理的なものと認められる額の着手金請求権が発生するものと解される。そこで、⑥事件の着手金請求権の有無とその額について検討する。
確かに、報酬規則によれば、着手金等の弁護士報酬は一件ごとに定めるものとされているところ(同規則第三条参照)、弁護士報酬算定の単位となる事件とは、形式的な審判の対象と同一であると解する必要はなく、むしろ報酬規則の趣旨に照らし、弁護士の労力、活動、得られるべき利益等の観点から具体的、実質的に判断すべきであると解される。
そのような観点から検討を加えると、⑤事件は原告として提起した根抵当権抹消登記手続請求事件であり、⑥事件は保証債務履行請求事件の被告として応訴するものであるから、形式的には別事件ということができる。しかしながら、⑥事件は、請求された債権は⑤事件で抹消登記を求める対象である青梅の不動産に設定した根抵当権の被担保債権の保証債権であり、⑤事件と相手方や争点を共通にするものであり、⑤事件及び⑥事件は、実質的には同一の紛争をめぐる訴訟であって、社会的には一個の事件であるべきである。実際にも、⑤事件及び⑥事件の審理は併合され、一括して訴訟上の和解が成立しているのであるから、被告による訴訟活動の面からみても、別事件として着手金請求を認めるのが相当ということはできない。
そうすると、原被告間で特別の合意がない以上、着手金を含む報酬の算定に当たっては、⑤事件及び⑥事件は一個の事件として扱うのが相当というべきであり、前記1(二)のとおり、被告は、⑤事件の着手金を受領しているのであるから、⑥事件の着手金を別個に請求することはできないといわざるを得ない。
(四) したがって、⑥事件の着手金請求権と相殺するとの被告の右主張は理由がない。
3 争点1(三)(報酬の合意及び相当額)について
(一) 被告は、前記預かり金二〇〇万円及び前記一10のとおり被告が預かっていた交付金④の残金二三万円の返還請求権(計二二三万円)と①事件ないし⑥事件の報酬請求権とで対当額にて相殺すると主張する(前者の二〇〇万円については予備的主張)ので、報酬請求権の有無及びその額につき検討する。
(二) 報酬請求権の有無
被告は、ほぼ着手金と同額の報酬が必要なことを初めの受任時に原告に説明したと主張し、その本人尋問における供述及び乙第三三号証には右主張に沿う部分がある。しかしながら、右被告の供述等は、原告に対する説明の内容については曖昧であり、本件の経緯に鑑みれば、初めの受任時には事件処理の方針がすべて定まってはいなかったとみられることからすると、右被告の供述等を直ちに採用することはできず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、本件においては、明示的な報酬支払の合意はないというほかないが、前記2(三)で述べたとおり、弁護士に訴訟事件を委任した場合、特段の事情がない限り、相当額の報酬を支払う旨の黙示の合意があるものと推認される。そして、右報酬額は、所属弁護士会の定める報酬規定を基本として、訴額、依頼者の得た経済的利益、事件の性質や難易及び事件処理に要した労力の程度等の諸般の事情を総合考慮して算定すべきである。
(三) 本件における報酬相当額
乙第三六号証によれば、報酬規則に基づいて本件の報酬額を算定すると、以下のようになる。
(1) ②事件及び③事件については、終局判決で原告の勝訴判決が確定しており、経済的利益の価額は認容額の二四七三万三五五二円であるから、これに対応する標準報酬額は、一五八万一六七七円となる。ところで、報酬規則においては、報酬金は事件の内容により標準額の三〇パーセントの範囲内で増減できるとされている(同規則第一八条2参照)ところ、前記一5、12のとおり、原告が実質的に回収できたのは、仮差押解放金からの配当金一七五万円余りであり、今後の回収の見込みは少ないこと、他にも丙山に対する一三〇〇万円の貸付金が回収不能になっていること、物上保証、連帯保証により、多額の経済的負担を余儀なくされていること等の諸事情を考慮すると、右標準額から三〇パーセントの減額をするのが相当というべきである。そうすると、その報酬額は、一一〇万七一七三円となる。
この点について、原告は、実際に回収できた額は仮差押解放金からの配当金一七五万円余りであるから、被告に支払った着手金一五〇万円を控除するとほとんど経済的利益はないに等しいとして報酬請求権は発生しないと主張する。しかしながら、報酬は委任した訴訟事件が成功したことに対する対価であり、事件の終了後に現実に回収できたか否かによって成功の程度が影響されることはないこと、報酬額の算定に当たり現実の回収額を基準とすると、勝訴判決が確定しても、執行が終了するまで報酬額が定まらないことになること、債務名義を得れば、将来回収の可能性が全くないとはいえないことに鑑みると、報酬額の算定の基礎となる経済的利益の価額は、実際の回収額ではなく、得られた債務名義の額によるべきである。実際の回収額や将来の回収可能性の点は、前記三〇パーセントの増減により考慮されるものというべきである。よって、原告の右主張を採用することはできない。
(2) 次に、⑤事件及び⑥事件については、前記一10のとおり、一括して訴訟上の和解が成立しているところ、本件のように、債務の支払義務の存在を認めた上で、一定の額の支払等で残債務を免除する内容の和解が成立した場合は、支払義務を負う債務の額と、実際に負担した額との差額をもって原告が確保した経済的利益の価額であると解すべきである。そうすると、本件の場合、原告が支払義務を負う債務の額は、原告が和解において支払義務を認めた元本債務と和解時までの遅延損害金の合計約一億〇三五〇円となる。他方、原告は、青梅の不動産に担保権を設定した債務につき三〇七七万円を支払い、相模原の不動産に担保権を設定した債務については、相模原の不動産を競売に付して、その売却代金からアサヒに約三九〇〇万円が配当されたことにより、残債務は免除されたというのであって、和解により原告が負担した額は合計約六九七七万円となる。よって、経済的利益の価額は約三三七三万円となり、これに対する標準報酬額は、二〇三万一五〇〇である。そしてアサヒからの借入金は、原告の利益のためには一切使用されていないこと等本件一連の経過に鑑みると、前記②事件及び③事件と同様に、標準額から三〇パーセントの減額をするのが相当である。そうすると、その報酬額は、一四二万二〇五〇円となる。
この点について、原告は、被告が原告の意思に基づかずに訴訟上の和解をしてしまい、青梅の不動産よりも優先的に確保したかった相模原の不動産を失い、確保した青梅の不動産にしてみても、経済的価値よりも高額の和解金を支払うこととなったなどとして、実質的には敗訴に近いものであって経済的利益はないと主張し、原告の本人尋問の中にも、右主張に沿う供述部分がある。しかしながら、前記一10で認定したとおり、原告は、和解期日において、「青梅の不動産より相模原の不動産を優先して確保したい」旨の希望を述べたが、裁判官から相模原の不動産よりも自宅である青梅の不動産を確保する方向で和解することを勧められており、本件和解成立後特段異議を述べることなく、和解金の支払をしていることに照らして、右供述部分を採用することはできず、他に原告の意思に基づかずに和解したと認めるに足りる証拠はない。また、原告が、仮に、主観的には自宅よりも相模原の方を確保したかったとしても、客観的に算定されるべき経済的利益の価額の算定に影響することはない。また、乙第三〇号証によれば、競売手続における青梅の不動の評価額は二八三七万円であったことがうかがわれるが、仮に原告の主張のとおり、青梅の不動産の経済的価値が原告が支払った三〇七七万円よりも少なかったとしても、原告は、青梅の不動産に担保権を設定するとともに、右担保権の被担保債権である丙山の貸金債務について連帯保証しており、いずれにせよ債務全額につき支払義務を負うことに変わりはないのであるから、これをもって、原告に経済的利益がないということはできない。したがって、原告の右主張を採用することはできない。
なお、被告は、本件和解による原告の経済的利益の価額は四九三四万九九七三円であると主張するが、本件の経済的利益の価額は、前記のように算定するのが相当であるから、右主張を採用することはできない。
(3) 以上によれば、被告は、原告から二二三万円を預かっているところ、②事件及び③事件の相当報酬額は、一一〇万円(一万円未満切捨て。以下同じ)、⑤事件及び⑥事件の相当報酬額は一四二万円となり、小計二五二万円となる。そうすると、①事件の報酬請求権の有無及び額について判断するまでもなく、本件で被告が原告に対して有する報酬請求権をもって、原告の預り金返還請求権を相殺する旨の被告の主張は理由があることになる。
4 小括
以上によれば、結局、原告の不当利得返還請求は理由がないことに帰するというほかない。
三 損害賠償請求について
1 争点2(一)(被告の善管注意義務違反の有無)について
(一) 訴訟提起の方針決定について
(1) 被告は、当初は貸金の返還を請求したいという相談で、不動産の取戻しの依頼を受けたのは後になってからであって、当初の原告の主たる目的は貸金の回収であった旨主張する。
しかし、前記一2に認定したとおり、原告が被告に相談したのは、初めに相談していた牧野弁護士が不動産を売却して解決を図る方針を採ろうとしたことから、不動産の確保を求める原告の意向にそぐわなかったためであること、甲第一九号証及び乙第一九号証によれば、原告が被告に渡したメモには、青梅の不動産と相模原の不動産を担保に供したことが記載されていること、原告は丙山にだまされたと認識しているのであるから、貸金の話をして、不動産を担保に供したことを話さないのは不自然であることからすると、原告が、当初、貸金を回収することのみに重点を置いていたということはできず、原告は、当初から貸金の返還とともに不動産の確保をも求めていたものと認めるのが相当である。
(2) 原告は、本件事件処理の委任を受けた弁護士としては、登記申請書類を調査すれば根抵当権設定登記の抹消登記請求が極めて困難であると認識できたはずであるから、根抵当権設定契約及び連帯保証契約の効力を争うのではなく、これを前提として、丙山に対する受託保証人の事前求償権に基づく求償金を請求する方針を立てるべきであったにもかかわらず、被告がこれを怠ったと主張する。
確かに、本件事件処理の委任を受けた被告としては、①本件根抵当権設定契約及び連帯保証契約を否認する方針で臨むか、②これらの契約の成立を前提として、受託保証人の事前求償権の行使などで対応する方針で臨むかの両様の選択肢があったものといえる。このような場合、弁護士としては、依頼者の意向を聴取し、関係資料を検討し、それぞれの選択の見通しないし利害得失を吟味した上で、方針決定をすべき注意義務があるものと解される。
(3) そうした観点から、原告の意向がどのようなものであったか、被告が、連帯保証契約の存在についてどのように認識していたかについて、本件を検討する。
そこで、原告の意向についてみると、前記一2で認定したとおり、原告は、被告に対し、「金融業者に囲まれていわれるままに書類を作成された」という趣旨の説明をしていたのである。また、弁論の全趣旨によれば、原告が本訴に書証として提出した連帯保証契約書は、⑤事件及び⑥事件において、アサヒが書証として提出したものと認められる。そうすると、原告自身、根抵当権設定契約や連帯保証契約を締結したという正確な認識はなく、これらの契約が存在するとすれば、この効力を争うという意向であったと評価することができる。
また、そうすると、①事件申立て当時、被告は、原告が連帯保証契約を締結していたことを示す契約書等の文書を受領していなかったものと推認され、被告が右連帯保証契約の存在を確認できる裏付け資料はなかったということになる。もっとも、甲第一八号証によれば、①事件の仮差押申立書には、「丙山は、原告の不動産に設定した根抵当権を利用して金融機関から借り入れた借金の額は七五〇〇万円に達しており、これに原告が保証の押印をされている。」旨記載されているが、甲第一九号証、第四八、第四九号証の各一ないし三によれば、原告が保証した借入れの額は合計七〇〇〇万円であって、金額が異なっていることからすると、被告は、連帯保証の事実を正確に認識して記載したのではなく、原告作成のメモに、「相模原抵当四五〇〇万円」「河辺抵当三〇〇〇万円」と記載されていることから、物上保証と同時に連帯保証契約をも締結しているのではないかと推測して、金額を右メモに合わせて記載したものとみることができる。
ところで、被告において、登記申請書類に原告の自筆の署名があり、実印が押印され、印鑑証明書が添付されていることが分かったとしても、根抵当権設定契約及び連帯保証契約の効力を争う法的構成としては、錯誤、強迫、詐欺等の可能性も考えられるところである。そして、登記の抹消が認められる見込みが必ずしも高いとはいえない場合であっても、根抵当権設定時の事情や相手方の訴訟の取り組み方等によっては、訴訟の中で和解的解決が図られる見込みがないわけではない。甲第一八号証によれば、被告は、原告の右意向を受けて、①事件の申立書でも、「文書偽造の可能性があるので、調査の上、担保権の抹消の裁判を提起する用意がある」旨記載しており、現実にも、そのように認識していたことが認められる。
そうすると、このような事情の下においては、被告としては、原告の意向を尊重し、これに沿う解決を図るために、根抵当権設定契約の成立を否認する方針を立て、根抵当権設定登記抹消登記請求を試みようと考えることは決して不合理とはいえない。
(4) さらに、受託保証人の事前求償権の行使については、その要件として、連帯保証契約の存在のほか、債務が弁済期にあること、即ち、本件についていえば、丙山が期限の利益を喪失したことが必要である。しかし、本件では、前記のとおり、原告自身が裏付け資料を伴う形で連帯保証の内容を正確に把握していたとはみられないし、丙山が弁済を怠ったことについては、原告がアサヒの従業員に聞いたという伝聞のほか客観的な資料がないのであるから、丙山が期限の利益を喪失したことを証拠により証明できる状態にあったとは認められない。もっとも、弁済状況の開示等債権者であるアサヒの協力を得ることは考えられないでもないが、本件全証拠によっても、当時そのような協力を得られる見通しがあったことを認めることはできない。
その上、事前求償権を行使する場合は、主債務者から立担保の申立てがあれば、求償額と同額の担保を立てなければならない(民法四六一条)ところ、丙山が立担保の申立てをすることは十分想定することができるし、そうした場合、当時、老後の蓄えをだまし取られたと訴えていた原告の財産状態からして、原告に七〇〇〇万円もの担保を用意できたとは考えられない。
この点について、原告は、事前求償権の疎明方法として、原告がアサヒの社員から丙山が利息の支払を怠っていることを聞いたことについての原告の報告書と、金融業者は物上保証人に連帯保証させるのが通常であること及び保証人には金銭消費貸借契約書の控えは渡されないことの経験則をあげている。しかし、原告がアサヒの社員から右の点を聞いたというだけでは、弁済期の到来についての疎明資料としては不十分とみられるし、原告が主張する金融業者は保証人に金銭消費貸借契約書の控えを渡さないという経験則が存在することを認めることはできない。したがって、原告の右主張を採用することはできない。
(5) 以上によれば、本件事件処理を委任された弁護士である被告が、本件において、訴訟提起の内容について、その方針決定を誤ったということはできないというべきである。
(二) ①事件の被保全債権の適否について
(1) 原告は、①事件の提起に際して、原告は丙山に対して、貸金債権三七七三万円三五六二円を有していたほか、丙山の債務に連帯保証していたことによる受託保証人の事前求償権七七〇〇万円を有しており、これら全額を被保全債権としておけば、容易に解放されることはなく、②事件の判決で執行していれば回収することができたのに、被告は、何ら合理的な理由なく貸金債権の一部である二〇〇〇万円のみを被保全債権にしたため、仮差押解放金を積まれて結果的にほとんど回収ができなかったと主張する。
(2) 丙山に対する貸金債権について
丙山に対する貸金債権の額については、前記一1、4、6に認定したとおり、原告は、被告に相談する前に、丙山に対して二〇〇〇万円の返還を請求する内容の内容証明郵便を送付していること、丙山が自署した借用書は、五〇〇万円と一五〇〇万円のものは借入時ころの日付で作成されており、実態を反映しているが、その他のものは、後日、原告の要求でまとめて作成されたものであって、金額が重複していたり、返済済みのものが入っている可能性があるなど、実態と合致していない恐れがあること、被告は、①事件の申立ての前に債権者代位の構成で作成した被保全債権を二〇〇〇万円とした不動産仮差押命令申立書を、②事件の提起前には訴状を原告に送付しているが、原告から被保全債権額や請求額について不満を述べたことをうかがわせる証拠はないことに加え、甲第一九号証、乙第一九号証によれば、原告が当時作成していたメモには、前記第二・二2(一)(1)の貸金のうち、昭和六二年三月一三日の一三〇〇万円については記載されておらず、二枚のメモの内容が一致していない部分もあることをあわせると、弁護士である被告として、被保全債権額を二〇〇〇万円とした判断は十分合理的なものと評価することができる。すなわち、貸金債権の一部である二〇〇〇万円のみを被保全債権としたことが弁護士としての善管注意義務に違反したものということはできないといわざるを得ない。
なお、原告は、右主張の根拠として、被告に霞農協の元帳等の書類が渡されていたことをあげ、被告は、これを否定する。しかし、仮に右元帳等が当時被告のもとに渡されていたとしても、それは、昭和六二年三月一三日に原告が一三〇〇万円を引き出したことを示すものに過ぎず、これが丙山に渡ったことを直接証明するものではない。また、右元帳等を疎明資料として右一三〇〇万円の貸金も合わせて被保全債権とした場合、前記原告作成の内容証明郵便やメモと矛盾することになるが、仮差押申立ては、相手方の弁解を聞かないで発令の可否が審理される手続であり、疎明資料につき相応の吟味がされることに鑑みると、右のような形式的矛盾がある場合には、迅速に仮差押決定を得ることの障害となることも考えられる。そこで、このような場合、弁護士としては、確実に疎明できる範囲に絞って被保全債権としたうえで、矛盾する部分はその後調査して本訴において追加するという方針を採ることも不合理とはいえない。そうすると、このことが前記判断を左右するものとはいえない。
(3) 受託保証人の事前求償権について
受託保証人の事前求償権については、前記(一)説示のとおり、本件事実関係のもとでは、これを被保全債権とすることを被告に期待することはできなかったというほかない。
そうすると、原告の(1)の主張は、これを認めることができない。
(三) ①事件の仮差押対象物件について
(1) 原告は、仮差押えの対象とした△△物産所有の土地に存在していた建売住宅四棟を仮差押対象物件とすべきであったと主張する。
しかしながら、前記のとおり、被告が被保全債権額を二〇〇〇万円としたことに善管注意義務違反は認められないのであるから、四棟の建物を対象物件にしていたとしても、アサヒに仮差押解放金を積まれれば、仮差押えは取り消されることになる。したがって、いずれにせよ、原告の主張は失当であるというほかない。
(2) なお、念のため検討するに、前記一3で認定した事実のとおり、被告が登記簿謄本を取り寄せて仮差押対象物件の調査をした当時は、四棟の建物については未登記であり、本件全証拠によっても、被告が、四棟の建物存在を認識していたことを認めるに足りる証拠はない。仮に、被告において住宅地図や現地を調査するなどして建売住宅の存在を認識することができたとしても、未登記の建物を仮差押えするには、申立書に債務者の所有に属することを証する書面と建物の図面及び各階の平面図を添付することが必要となり、右図面作成のための測量が必要となるが、△△物産や丙山に仮差押えの動きを察知されることなくこれらを収集することができる状況にあったとみることができる事情を認めるに足りる証拠はない。
ところで、四棟の建物は、結果として①事件申立時においては表示登記されていたのであるが、本件のように、弁護士が仮差押申立前に一度登記簿を調査した場合においては、調査時から申立てまで相当時間をおいたときは別として、通常は申立て時に再度登記簿を調査する義務があるとまでいうことはできない。本件では、登記簿調査時から①事件申立てまでの期間は一か月強であり、格別長い時間をおいているとはいえないから、被告が①事件申立て時に再度登記簿を調査しなかった結果、表示登記があることを認識できなかったとしても、被告に善管注意義務違反があったということはできないというほかない。
(3) したがって、被告が四棟の建物を仮差押申立ての対象にしなかったことは弁護士としての善管注意義務に反するものということはできないといわざるを得ないのである。
2 そうすると、争点2(二)(原告の損害の有無及びその額)について判断するまでもなく、原告の損害賠償請求は理由がないことになる。
四 補論
1 以上のとおりであって、結局、原告の本訴請求は法的にはいずれも理由がないことになるから棄却するほかないのであるが、当裁判所の本件についての見方を付言しておく。本件の内容と経緯に鑑みて、当裁判所としては、いくつかの点で当事者の理解を得ることが望ましいと考えるためである。
2 本件の発端は、原告が看護婦として懸命に働き蓄えてきた財産を丙山にだまし取られたというところにある。このような状況に置かれた原告としては、何らかの法的手段に訴えて、被害回復を図ろうと考えるのは当然であって、被告に事件処理を依頼したのもそのためである。
ところで、法的手段としての中核である訴訟手続(保全手続も含む)において、弁護士がどのような方針を決定し、それに沿った活動をしていくかについては、依頼者の意向、手持ちの資料の他、相手方の出方その他を総合して的確な見通しを形成することが不可欠である。そして、弁護士としては、法律専門職として、いうまでもなく高度かつ専門的知識を駆使してどのような法的措置を構ずるかを選択すべき注意義務がある。しかし、本件では、前記のとおり、認定した事実を前提として検討すると、弁護士である被告には、法的責任を問われなければならない落ち度はないというほかないのである。民事訴訟制度は、訴訟関係者皆が一所懸命事に当たっても、残念ながら必ずしも万全の結果が得られないこともあるのである。当裁判所は、まず、この点について、原告に是非理解して欲しいと考える。
3 本件訴訟は、当初、原告が本人で弁護士報酬等の返還を求めていたものであったが、その後、原告訴訟代理人らが受任し、損害賠償請求を追加するなど、原告の希望に添う形で訴訟物が設定された。原告訴訟代理人らの訴訟活動は、献身的なものであり、被告訴訟代理人らとの議論の応酬、裁判所の釈明に対する応答と主張の整理等は、極めて適切であったと評価できる。
当裁判所は、このことは、本件の経緯を考えると、弁護士不信に陥っていると思われる原告にとって大きな意味があったものと考える。本件訴訟において、原告は、原告訴訟代理人らによって、最高水準の法的助力が得られたものであることについて、是非理解して欲しいと思う。
4 被告訴訟代理人らの訴訟活動についても一言すると、この種の訴訟対応として、当事者の人格非難に及ぶことも少なからずみられるところ、被告訴訟代理人らは、主張その他において節度ある抑制的な訴訟活動を展開したといえる。原告訴訟代理人らの主張に対する的確な反論を試み、噛み合った争点を形成するに至ったことは、原被告訴訟代理人の法律専門職としての力量を示すものであり、評価できるものと考える。
5 当裁判所としては、それにもかかわらず、原告の境遇に同情を禁じ得ない。しかし、原告が法的責任を追及すべき相手方は、本件証拠関係による限り、丙山であって、被告でないことを理解して欲しいと思う。
本件は、法律専門職である弁護士に一定の教訓を与えるものと受け止められる。すなわち、本件は、詐欺被害にあった原告が、法的手段に訴えるべく弁護士に依頼したところ、一定の被害回復はみたものの、万全な結果を得られなかったとして、弁護士の執務に対して強い不満を抱いているものである。法実務に携わる我々には、原告のこうした心情を特異なものとして切り捨てるのではなく、相応の配慮を学ぶことが求められているように思う(原告の不満に表明の方法等については、客観的にみて、いささか行き過ぎの面があったという印象を受ける。そして、そのことが、被告を含む関係者の当惑を招き、原告が不満として真に訴えようとしているところが伝わらない原因でもあったように思われる。もとより、当裁判所は、この点について原告を責めているのではない。原告にとっては無理からぬ行動があったとしても、それが、他にどのように受け取られるか等についても冷静に考えて欲しいと思うのである。もっとも、原告訴訟代理人らが受任した時期以降については、3で述べたとおりであり、ここでは繰り返さない。)。すなわち、弁護士としては、依頼者に対して、適宜適切に状況についての説明をすることによって、このような依頼者の要望と得られる見込みの結果とのギャップを埋めるよう配慮すべきこと、事件処理にかかる費用又は弁護士報酬について誤解が生じないよう、例えば契約書を作成するなどして明確にするよう配慮すべきこと等を学ばなければならないのではないかと考える。これらの点は、弁護士の法的義務として云々しているのではなく(状況によっては法的義務になることもあろうが)、弁護士の民事司法過程において期待されるべき役割を自律的に遂行する上で要請されるものとして述べておきたい。
6 被告は、本件訴訟において、原告の主張立証に対抗せざるを得なかった。これは、被告の弁護士としての名誉を守るためにやむを得ないものではあったが、そもそも、弁護士として豊富な経験もあり実績もある被告としては、依頼者である原告からのクレームそれ自体が不本意であったものと考える。
本件のような経過をたどることなく、原告のクレームが終息することもあり得たことは、被告自身が、本人尋問(平成一二年六月二七日)において、「紛議調停、民事調停などで解決すれば良かった」旨率直に述べている(三一頁)ところからも明らかである。
7 そこで、当裁判所としては、本件について、当事者双方の事案理解が深まったことを契機として、被告に法的責任はないこと、原告が失った財産の少なからぬ部分が未回収であるという気の毒な状況にあることを前提に、恩讐を超えて、本判決後に和解することを勧めたい(なお、当裁判所としては、これまで述べた事情を考慮して、本判決の前に和解を試みるかどうか迷ったが、本件の内容、経緯等からして、一度は明示的に法的判断を示しておくべきであろうと考え、本判決をすることにしたものである。)。この点について、原被告の理解と原被告訴訟代理人らの適切な助力を切に期待する。
五 結論
以上に述べたとおり、法的請求としての原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・加藤新太郎、裁判官・片山憲一、裁判官・澤田久文)
別紙物件目録<省略>
別紙登記目録<省略>