東京地方裁判所 平成9年(ワ)4743号 判決 1998年9月22日
東京都中央区日本橋本町三丁目五番一号
原告
三共株式会社
右代表者代表取締役
河村喜典
右訴訟代理人弁護士
久保田穰
増井和夫
右訴訟復代理人弁護士
橋口尚幸
富山県婦負郡婦中町萩島三六九七番地の八
被告
株式会社陽進堂
右代表者代表取締役
下村健三
右訴訟代理人弁護士
板井一瓏
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告は、別紙一「物件目録」記載のロキソプロフェンナトリウムを含有する製剤(以下「被告製品」という。)を、平成一一年五月末日まで、さらに健康保険法の適用を受ける薬剤としては平成一二年七月末日まで、製造し、販売してはならない義務を有することを確認する。
二 被告は、被告製品(商品名「リンゲリーズ錠」)に関する承認番号(〇六AM)第〇六七一号の医薬品製造承認(以下「本件製造承認」という。)を放棄せよ。
三 又は、被告は、本件製造承認を原告に譲渡せよ。
第二 事案の概要
本件は、存続期間が満了した特許権の権利者であった原告が、特許権の存続期間中に本件製造承認を得た被告に対し、被告製品の製造販売は右期間満了後も特許権の侵害になると主張して、被告製品を製造販売しない義務があることの確認と本件製造承認の放棄又は譲渡を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 原告の特許権
原告は次の特許権(以下「本件特許権」という。)の特許権者であった。本件特許権は、その存続期間が平成九年四月五日の経過により満了して、消滅した。
(一) 発明の名称 置換フェニル酢酸誘導体及びその製法
(二) 出願年月日 昭和五二年四月五日
(三) 出願番号 昭五二-三八九〇六号
(四) 出願公告年月日 昭和五八年一月二七日
(五) 出願公告番号 昭五八-四六九九号
(六) 登録年月日 昭和五八年一〇月二八日
(七) 特許登録番号 第一一七三三六二号
(八) 存続期間満了日 平成九年四月五日
2 本件特許権の明細書の特許請求の範囲1項の記載(以下「本件特許請求の範囲」といい、同項記載の発明を「本件特許発明」という。)は、別紙二「特許請求の範囲」記載のとおりである。
3 ロキソプロフェンナトリウム
本件特許請求の範囲記載の化合物の式において、R1としてメチル基を選択し、nとして1を選択して得られる化合物の一般名をロキソプロフェンといい、そのナトリウム塩をロキソプロフェンナトリウムという。
ロキソプロフェンナトリウムは非ステロイド性鎮痛・抗炎症剤であり、慢性関節リウマチ、変形性関節症、腰痛症、肩関節周囲炎等の消炎、鎮痛に優れた効果を有し、しかも消化管障害が少ないという特性を有している。
原告は、昭和六一年に、「ロキソニン」という商品名でロキソプロフェンナトリウム製剤の医薬品製造承認を取得し、その製造販売をしている。
4 被告製品の製造販売
平成六年三月一五日、被告は、商品名を「リンゲリーズ錠」として、ロキソプロフェンナトリウム製剤の医薬品製造承認(本件製造承認)を取得した。また、被告製品は、販売のため実際上必要な健康保険法上の薬価基準にも収載され、同年、被告は、被告製品の製造販売を開始した。
5 原告と被告の間の仮処分及び訴訟
原告は、被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属し、その製造販売は本件特許権の侵害に当たると主張して、その差止めを求める仮処分を富山地方裁判所に申し立て(同庁平成六年(ヨ)第九六号)、平成七年二月七日、原告の申立てを認める仮処分が発令された。そのころ、被告は、被告製品の製造販売を中止し、また、前項の薬価基準収載も取り消された。
この間、被告は、平成六年一一月二九日、原告を相手方として、本件特許権に基づく被告製品の製造販売差止請求権が存在しないことの確認を求める訴訟を東京地方裁判所に提起し(当庁平成六年(ワ)第二三三六〇号)、原告は、反訴として、被告製品の製造販売の差止め及び損害賠償の支払を求めた(当庁平成七年(ワ)第八一〇号)。平成八年四月一九日、東京地方裁判所において、右両事件につき、被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属し、その製造販売が本件特許権の侵害に当たることを認める判決(以下「前訴判決」という。)が言い渡された。その主文は以下のとおりである(当事者の表示は本件のものに置き換えた。)。
「一 被告は、被告製品を製造し、販売してはならない。
二 被告は、原告に対し、四七五七万四〇〇〇円及びこれに対する平成七年五月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告の請求を棄却する。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、本訴反訴を通じて四分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
六 この判決は、一、二項に限り、仮に執行することができる。」
被告は、前訴判決に対し控訴したが(東京高等裁判所平成八年(ネ)第二三九四号)、平成九年一月三〇日に東京高等裁判所により控訴棄却の判決が言い渡された。被告はこれに対し上告せず、前訴判決は確定した。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
1 原告が被告に対し、本件特許権の存続期間満了後の一定期間につき、被告製品の製造販売をしてはならない義務を負うことの確認を求めることができるか。
(一) 原告の主張
(1) 本件特許権の対象である医薬品を製造販売するためには、薬事法により必要とされる種々の試験をして、厚生省より製造承認を得なければならない。そして、平成九年四月五日に本件特許権の存続期間が満了した後に右試験を開始した場合には、試験をして承認申請をするのに要する期間及びその後承認を得るまでに通常要する期間を考えると、製造承認を得られるのは、平成一一年五月末ころになる。
また、被告製品は、一般の薬局で売られるのでなく、医師により処方される薬剤であり、健康保険の適応される医薬でなければ医師が処方しないという現状からすれば、薬価基準に収載されないと販売は不可能である。右のとおり平成一一年五月ころに製造承認を得た場合には、薬価基準に収載されるのは平成一二年七月ころになる。
(2) 被告に対して被告製品の製造販売の差止めを命じた前訴判決の主文第一項には期限が付されていないから、同判決は、本件特許権の存続期間内に限定することなく、広く将来にわたって被告に不作為を命じたものと解すべきであり、本件特許権の存続期間満了後もその効力は継続している。しかし、不作為命令の判決の執行には手間がかかるので、紛争を未然に防ぐため、被告が被告製品の製造販売をしてはならない義務を負うことの確認を求めておくのが適切である。
よって、原告は被告に対し、請求の趣旨第一項記載の各期間につき、前訴判決の効力として、被告が被告製品を製造販売しない義務を負うことの確認を求める。
(3) 仮に前訴判決の主文第一項が本件特許権の存続期間満了後の差止めを命じていないと解されるとしても、原告は被告に対し、予備的に、被告が被告製品の製造販売を前記各期間行ってはならない義務を負うことの確認を求める。
右請求の根拠は、以下のとおりである。
ア 本件製造承認は、本件特許権に対する侵害行為の結果得られたものであるから、これを利用して被告製品を製造販売することは、本件特許権の期間満了後であっても、不法行為に当たる。すなわち、被告が本件特許権の存続期間中に被告製品の製造販売をした以上、承認申請のために本件特許発明の実施に当たる試験をした行為が特許法六九条一項により特許権の効力が及ばないとされる「試験」に該当すると解することはできない。右のような違法な製造販売行為に対しては、損害賠償だけでなく、直接的かつ実効的な救済として差止請求を認めるべきである。
イ 不法行為を理由とする差止めが認められないとしても、適法な製造承認に基づかずに医薬品を製造販売することは、強行法規である薬事法に違反するから、民事法上の差止めが認められるべきである。
ウ また、適法に得られたものでない本件製造承認の番号を被告製品に付することは、商品の品質及び内容につき誤認を与える表示に当たる。原告はこれにより営業上の利益を害されているから、不正競争防止法二条一項一〇号、三条により、右表示を付した被告製品の販売を差し止める請求権を有する。
(4) よって、原告は被告に対し、平成一一年五月末日まで被告製品を製造販売しない義務を、さらに、健康保険法の適用を受ける薬剤としては平成一二年七月末日まで製造販売しない義務を被告が有することの確認を求める。
(二) 被告の主張
特許権の存続期間を定める特許法の規定に照らせば、前訴判決の主文第一項の効力が及ぶのは本件特許権の存続期間の満了までである。そして、本件特許権が既に存続期間満了により消滅した以上、被告製品を製造販売することは自由であり、原告が被告に対し被告製品の製造販売につき禁止その他を求める法律上の根拠は全くない。また、本件製造承認の番号は厚生省の適法な承認により付されたものであり、被告製品にこれを付することを、誤認表示ということはできない。原告の主張は、特許権の期間終了後も独占権を事実上延長することを求めるものであり、特許法の趣旨に照らし、到底認められないものである。
2 原告が被告に対し、本件製造承認の放棄又は譲渡を求めることができるか。
(一) 原告の主張
(1) 前記1(一)(3)アのとおり、本件製造承認は、違法な特許権侵害行為の結果として得られたものであり、これを放置すると被告がこれを利用して被告製品を製造販売するおそれがある。
よって、侵害行為の差止請求に際して侵害の予防に必要な行為を請求できる旨を認めた特許法一〇〇条二項により、原告は被告に対し、本件製造承認を放棄することを求める。
(2) 被告が原告の特許権を侵害して本件製造承認を得たことは、法律上の原因なくして他人の財産により利益を受けたものである。他方、原告は、被告が被告製品を販売し得る立場となり、原告の製剤の売上げが奪われるおそれが生じたことにより、損失を被った。
したがって、原告は被告に対し、不当利得の現物返還として、本件製造承認を原告に譲渡することを求めることができるというべきである。もっとも、本件製造承認は被告が原始的に取得したものであり、事案の性質上、譲渡よりも放棄の方が適当と思われるので、不当利得に基づく請求として、第一次的に本件製造承認の放棄を求め、第二次的に本件製造承認の原告への譲渡を求める。
(3) 被告による本件製造承認の保有は、客観的には他人(原告)の事務に当たるものを悪意で自己(被告)のためにする意思をもって管理する場合であるから、いわゆる準事務管理に該当する。したがって、民法の事務管理の規定が類推適用されるところ、被告が本件製造承認を保有することは原告の意思に反するから、民法七〇〇条により、被告は右管理を継続し得ない。
よって、原告は被告に対し、民法七〇一条、六四六条により、本件製造承認を原告に譲渡することを求める。
(二) 被告の主張
(1) 特許法一〇〇条二項による請求は特許権の存在を前提とするものであるところ、本件特許権は、その存続期間の満了により消滅している。したがって、原告の主張には、理由がない。
(2) 被告が本件製造承認を得るために本件特許発明の実施をしたことは、特許法六九条一項に定める試験研究に該当するものとして合法的なものであり、厚生省は、被告から提出された資料を総合判断した上、適法に製造承認したものである。また、被告が本件製造承認を取得したこと自体によっては、被告に利得は生じていないし、原告において何らの損失も被っていない。したがって、本件に不当利得の規定が適用される旨の原告の主張は、理由がない。
(3) 準事務管理という原告の主張については、被告に対する請求を基礎付ける具体的事実が不明であり、その主張する内容自体理解することができない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(被告製品を製造販売しない義務を負うことの確認請求)について
1(一) 原告は、前記第二、二1(一)(2)のとおり、被告製品の製造販売の差止めを命じた前訴判決の主文第一項には期限が付されていないので、本件特許権の存続期間満了後の被告製品の製造販売にも効力が及んでいると主張している。そこで、この点について検討する。
(二) 特許法は、発明者に対して発明を独占的に実施する権利を付与するとともに、独占権を認めるべき期間を一定期間に限定し、その後は何人も当該発明を自由に利用できるものとすることにより、発明者の利益と国民一般の利益との調整を図り、もって発明を奨励し、産業の発達に寄与するという目的を達成しようとするものである(特許法一条参照)。特許法の趣旨が右のようなものであることに照らせば、特許権者は、特許法の規定する特許権の存続期間(同法六七条一項)が満了した後においては、もはや当該特許発明の実施をする権利を専有する地位(同法六八条)を有しないものであるから、特許権に基づく差止め等(同法一〇〇条一項、二項)を求めることができないことは明らかである。本件特許権は、その存続期間が平成九年四月五日の経過により満了したものであるから、原告の本件特許権に基づく差止請求を認める余地はない。
(三) 前記のとおり、原告被告間においては、本件特許権につき、被告製品の製造販売が本件特許権を侵害するものであると判断して、原告の被告に対する差止請求を認容した前訴判決が存在する(前記第二、一5参照)。前訴判決主文第一項は、現に行われている特許権侵害行為の停止とともに将来の侵害行為の予防として(同法一〇〇条一項参照)、被告に対し、被告製品の製造販売を禁止するものであるが、前訴判決の右判断は事実審口頭弁論終結時を基準時とするものであり、前訴判決の既判力も右時点における判断について生ずるものであるから、その後に存続期間が満了したことにより本件特許権が消滅したことが明らかな現時点においては、前訴判決を理由として原告が本件特許権に基づく差止請求権を有しているということはできない。
執行手続の迅速かつ能率的な遂行を図るという目的に照らし、法制度上、判決手続と強制執行手続とが分離され、執行機関は判決において確定された請求権を表示する債務名義に基づいて盲目的に執行をするものとされていることから、判決が成立した後に実体法上の請求権に変動が生じた場合であっても、債務者において請求異議の訴えを提起して債務名義の執行力を排除しない限り、債権者は、判決を債務名義としてその執行手続を追行することができる。このような意味において、本件においても、債務名義たる前訴判決が存在する限り、原告は、被告に対して、前訴判決主文第一項に基づいて被告製品の製造販売の差止めについて強制執行手続を申し立てることができるものではあるが、前記のとおり、既に本件特許権が存続期間の満了に伴い消滅した現在においては、被告が請求異議の訴えを提起して前訴判決主文第一項の執行力の排除を求めることができることは明らかである(なお、本件のように実体法上の請求権が消滅したことが何人にも明白な状況下においては、原告が前訴判決を債務名義として被告に対して強制執行手続を追行することは、被告に対する不法行為を構成するものというべきである。)。
(四) 本件訴訟において、原告は、前訴判決が存在することを理由として、被告に対して、被告製品を製造販売しない義務のあることの確認を求めているものであるが、前に説示したとおり、原告の差止請求権を認めた前訴判決の既判力は現時点においてはもはや及ぼないものであり、前訴判決主文第一項は、実体法上の請求権が消滅したにもかかわらず、なお債務名義として存在しているというにすぎないから、前訴判決の存在に基づいて前記確認を求める原告の請求に理由のないことは明らかである。
2 原告は、前記第二、二1(一)(3)のとおり、被告に対して、本件特許権の存続期間満了後の一定期間につき被告製品の製造販売の差止めを求め得る実体法上の権利を有すると主張するので、この点につき検討する。
(一) まず、原告は、不法行為に対する差止めとして、被告製品の製造販売を求めることができると主張する(前記第二、二1(一)(3)ア)。
不法行為に対する救済としては、金銭賠償を原則とするものというべきである(民法七〇九条参照)。仮に、不法行為に該当する法益侵害行為が現在行われており、将来にわたって同様の侵害行為が反復継続されるおそれが明らかに認められるときに、一定の要件の下にその差止めを請求することができる場合があると解し得るとしても、特許権ないし特許発明の実施品の製造販売による利益は、生命身体のような普遍的な法益ではなく、特許法の規定により初めて与えられる経済上の利益にすぎないものであり、かつ、特許権の侵害に対しては特許法に基づく差止請求(特許法一〇〇条)が認められていることに照らせば、これらの利益の侵害についてこれに加えて不法行為に対する一般的差止請求権を理由としての差止請求を認める必要があるものとは認められず、これらの点を考慮すると、そもそもこれらの利益の侵害に対して事後における損害賠償請求に加えて不法行為を理由とする事前の差止請求を認めるべきものと解することはできない。加えて、本件においては、既に本件特許権が存続期間の満了により消滅した以上、現時点において被告が被告製品を製造販売する行為が本件特許権を侵害するものと評価することもできない。原告は、被告が本件特許権の存続期間中に本件製造承認の申請のために必要な試験を行ったことが本件特許権の侵害になるから、本件製造承認は適法に得られたものではなく、これに基づいて現時点において被告が被告製品の製造販売を行うことは不法行為に該当する旨を主張する。しかし、仮に原告の主張するように被告製品の製造承認の申請に必要な試験を行ったことが本件特許権を侵害するものと評価されることがあるとしても、過去における被告の特許権侵害行為を理由として、本件特許権の消滅した現時点において被告が被告製品の製造販売を行うことが被告との関係で違法行為に該当するということはできないし、また、後記のとおり、本件製造承認が薬事法上違法であるということもできないから、いずれにしても、被告が現在被告製品を製造販売する行為が原告に対する不法行為を構成するということはできない(なお付言するに、侵害者が特許権存続期間中の侵害行為を基礎として存続期間満了後早期に特許発明の実施品の市場に参入することにより利益を得た場合に、特許権存続期間中における特許権侵害行為に基づく損害賠償の範囲に、侵害者が存続期間後に得た利益のうち一定期間に対応する部分を、存続期間内における特許権侵害行為と相当因果関係のある逸失利益相当額として、含めることができるかどうかは、本件〔特許権存続期間満了後における差止請求の可否〕とは別個の問題というべきであり、この点については積極に解する余地もあろう。)。
以上のとおり、過去の本件特許権の存続期間中に被告が被告製品を製造販売した行為が不法行為に該当するとしても、これを理由として損害賠償請求を求めることはともかく、被告に対して本件特許権の消滅後も被告製品の製造販売の差止めを求めることができるとは到底解することができないものであって、不法行為に対する差止請求をいう原告の主張は理由がない。
(二) 次に、原告は、被告が本件特許権の存続期間中に本件製造承認の申請のために必要な試験を行ったことが本件特許権の侵害に当たるから、本件製造承認は適法に得られたものでないと主張して、薬事法に基づいて被告製品の製造販売の差止めを求めている(前記第二、二1(一)(3)イ)。
しかしながら、薬事法の規定による医薬品の製造の承認は、医薬品の有効性や安全性を確保して国民の健康衛生の向上を図ることを目的とするものであって、製造の承認を与えるに当たって、当該薬品の製造が第三者の特許権を侵害しないことが要件とされているものではないから、仮に、原告の主張するように被告製品の製造承認の申請に必要な試験を行ったことが本件特許権を侵害するものと評価されることがあるとしても、与えられた製造承認がそのことによって直ちに違法になるということはできない。また、本件製造承認は、薬事法一四条一項の規定に基づいて厚生大臣により与えられたものであるところ(甲第六号証)、取消訴訟を経ないでその効力を否定しなければならないようなその他の重大かつ明白な瑕疵のあることをうかがわせる事情も何ら認められない。
右によれば、本件製造承認が薬事法上違法であるという原告の主張は、採用することができない。
(三) さらに、原告は、不正競争防止法に基づいて被告製品の製造販売の差止めを求めているが(前記第二、二1(一)(3)ウ)、右(二)で述べたとおり、本件製造承認の番号が薬事法上違法に付与されたということはできない。したがって、本件製造承認の番号を被告製品に付することが品質又は内容につき誤認を与える表示(不正競争防止法二条一項一〇号)に当たるという原告の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
(四) したがって、本件特許権の存続期間満了後も被告製品の製造販売の差止めを求め得る実体法上の根拠があるとする原告の主張は、すべて失当である。
3 以上によれば、被告に対し被告製品の製造販売をしてはならない義務を負うことの確認を求める原告の請求は、理由がない。
二 争点2(本件製造承認の放棄又は譲渡の請求)について
1 まず、原告は、特許法一〇〇条二項に基づき、本件製造承認の放棄又は原告への譲渡を求めるが(前記第二、二2(一)(1))、右法条により侵害の予防に必要な行為を請求しうるのは特許権の存続期間に限られることは前記一1に説示したとおりであるから、原告の右請求を認めることはできない。
2 次に、原告は、不当利得をその請求の根拠として主張している(前記第二、二2(一)(2))。しかしながら、本件製造承認は、薬事法一四条一項の規定により厚生大臣により被告に与えられたものであるから(甲第六号証)、被告において「法律上ノ原因ナクシテ他人ノ財産又ハ労務ニ因リ利益ヲ受ケ」たということはできないし、被告が本件製造承認を有していること自体によって原告に損失を及ぼしたということもできないから、原告の右主張は理由がない。
3 さらに、原告は、準事務管理を主張して、本件製造承認の放棄又は譲渡を求めている(前記第二、二2(一)(3))。原告の主張する準事務管理の理論自体、法律上採用し得るものかどうか疑問なしとしないが、その点をおくとしても、本件製造承認は、被告が自ら被告製品を製造するために薬事法上所定の手続を経て取得したものであるから、これを「原告の事務」ということはできない。したがって、原告の準事務管理の主張も、その前提を欠くものであって、採用できない。
4 以上によれば、原告が被告に対して本件製造承認の放棄又は譲渡を求め得る法律上の根拠はなく、原告の請求はすべて理由がないというべきである。
三 よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成一〇年五月二八日)
(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 長谷川二 裁判官 中吉徹郎)
(別紙一)
物件目録
左記化学式を有する2-〔4-(2-オキソシクロペンタン-1-イルメチル)フェニル]プロピオン酸ナトリウム二水和物(一般名ロキソプロフェンナトリウム)
<省略>
(別紙二)
特許請求の範囲
一般式
<省略>
(式中R1は水素原子または低級アルキル基を示し、nは1乃至2の整数を示す。)を有する置換フェニル酢酸誘導体及びその塩。