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東京地方裁判所 平成9年(ワ)4763号 判決 1998年2月27日

原告

株式会社住友銀行

右代表者代表取締役

西川善文

右訴訟代理人弁護士

海老原元彦

廣田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

若林茂雄

被告

東京商銀信用組合

右代表者代表理事

金聖中

右訴訟代理人弁護士

髙初輔

右訴訟復代理人弁護士

飯田修

被告

松平商事株式会社

右代表者代表取締役

松平重夫

被告

三和興産株式会社

右代表者代表取締役

米本節子

右訴訟代理人弁護士

小代順治

被告

株式会社武富士

右代表者代表取締役

武井保雄

右訴訟代理人弁護士

遠藤徹

被告

三和ファイナンス株式会社

右代表者代表取締役

山田紘一郎

右訴訟代理人弁護士

嶋田雅弘

被告

アコム株式会社

右代表者代表取締役

木下恭輔

右訴訟代理人弁護士

綿貫繁夫

主文

一  原告と被告東京商銀信用組合及び被告松平商事株式会社との間において、原告が別紙供託金目録記載の各供託金の還付請求権を有することを確認する。

二  被告三和興産株式会社は、原告に対し、金六八七七万円及びこれに対する平成九年三月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告株式会社武富士は、原告に対し、金五六五五万円及びこれに対する平成九年三月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  被告三和ファイナンス株式会社は、原告に対し、金六三五四万五五七七円及び内金四八八二万五二九六円に対する平成九年三月二九日から、内金一八七万七八九六円に対する平成八年一二月二六日から、内金一八七万七八九六円に対する平成九年一月二六日から、内金一八七万七八九六円に対する平成九年二月二六日から、内金一八七万七八九六円に対する平成九年三月二六日から、内金一八七万七八九六円に対する平成九年四月二六日から、内金一八七万七八九六円に対する平成九年五月二六日から、内金一八七万七八九六円に対する平成九年六月二六日から、内金一五七万五〇〇九円に対する平成九年七月二六日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

五  被告アコム株式会社は、原告に対し、金四二四三万二〇〇〇円及びこれに対する平成九年三月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

六  訴訟費用は被告らの負担とする。

七  この判決は、主文第二項ないし第六項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、被告松平商事株式会社(以下「被告松平商事」という)が所有していた別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)の根抵当権者であった原告が、物上代位権に基づき、本件建物の賃借人である被告三和興産株式会社、被告株式会社武富士、被告三和ファイナンス株式会社及び被告アコム株式会社(以下この被告四名を総称して「被告賃借人ら」という)に対して有する被告松平商事の賃料債権の差押えをし、その取立権に基づき、被告賃借人らに対し、右差押命令到達後の賃料の支払を求めるとともに、被告松平商事及び同被告から被告賃借人らに対する将来の賃料債権を包括的に譲り受けた被告東京商銀信用組合(以下「被告東京商銀」という)に対し、被告賃借人らが債権者不確知を理由に、被供託者を被告東京商銀又は被告松平商事としてそれぞれ供託した供託金について、供託金還付請求権の確認を求める事案である。

一  争いのない事実等(認定事実には証拠を示す)

1  被告松平商事は、昭和六一年一一月二九日、原告に対し、その所有する本件建物について、債務者松平商事、根抵当権者原告、極度額五億円、債権の範囲銀行取引・手形債権・小切手債権とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という)を設定し、根抵当権設定登記を経由した(甲一の一、甲二)。

被告松平商事は、昭和六二年二月二八日、原告との間で、本件根抵当権の極度額を三五億円に変更する旨合意し、右変更について根抵当権変更の付記登記を経由した(甲一の二、甲二)。

被告松平商事は、平成五年七月三〇日、原告との間で、本件根抵当権の極度額を二八億円に変更する旨合意し、同年八月一一日、右変更について根抵当権変更の付記登記を経由した(甲一の三、甲二)。

2  原告は、平成四年一〇月二七日、被告松平商事に対し、金二三億円を弁済期平成四年一〇月二八日との約定で手形貸付の方法により貸し付けた(甲三、以下「本件貸金」という)。

3  被告賃借人らは、平成六年六月当時以降、被告松平商事から、以下のとおり、本件建物の一部をそれぞれ賃借し、現在まで使用している(原告と被告賃借人らにおいて、それぞれの賃貸借契約について争いがない)。

(一) 被告三和興産株式会社(以下「被告三和興産」という)

賃借部分 本件建物のうち、三階及び四階部分各42.37坪

賃料 月額二六四万五〇〇〇円

賃料支払方法 毎月二五日に翌月分を前払

(二) 被告株式会社武富士(以下「被告武富士」という)

賃借部分 本件建物のうち、五階部分42.37坪

賃料 月額一九五万円

賃料支払方法 毎月二五日に翌月分を前払

(三) 被告三和ファイナンス株式会社(以下「被告三和ファイナンス」という)

賃借部分 本件建物のうち、七階部分42.37坪

賃料 月額一八七万七八九六円

賃料支払方法 毎月二五日に翌月分を前払

(四) 被告アコム株式会社(以下「被告アコム」という)

賃借部分 本件建物のうち、八階部分42.37坪

賃料 月額一六三万二〇〇〇円

賃料支払方法 毎月二五日に翌月分を前払

4  被告松平商事は、平成六年六月一日、被告東京商銀に対し、同被告に対する債務を担保するため、被告賃借人らに対する平成六年七月分以降の賃料債権(賃貸借契約が更新された場合には、右更新後の賃料債権を含む)を譲渡する旨約し(乙二の一ないし八、以下「本件債権譲渡」という)、被告三和興産、被告三和ファイナンス及び被告武富士は同月一六日付内容証明郵便により、被告アコムは同月二一日付内容証明郵便により、被告東京商銀に対し、それぞれ右債権譲渡について承諾した。

5  東京地方裁判所は、平成六年八月一一日、債権者を原告、債務者及び所有者(抵当権設定者)を被告松平商事、第三債務者を被告賃借人らとする債権差押命令申立事件について、原告の本件根抵当権による物上代位権に基づき、被告松平商事が被告賃借人らに対して有する賃料債権のうち、差押命令送達時以降に支払期が到達する分から請求債権額(本件貸金のうち一二億円)に満つるまでの部分(被告三和興産について四億円、その余の被告賃借人らについて各二億円)を差し押さえる旨の命令(以下「本件差押命令」という)を発し、同命令は、被告松平商事に対し平成六年八月一八日、被告三和興産に対し同月一六日、被告武富士に対し同月一三日、被告三和ファイナンス及び被告アコムに対し同月一五日、それぞれ送達された(甲四、以下「本件差押え」という)。

6  被告賃借人らは、本件差押命令の送達後、以下のとおり、被告東京商銀に対し、平成六年九月分以降の本件建物の賃料をそれぞれ支払った。

被告三和興産 平成六年九月分から平成八年一〇月分まで(合計六八七七万円)

被告武富士  平成六年九月分から平成九年一月分まで(合計五六五五万円)

被告三和ファイナンス

平成六年九月分から平成八年一〇月分まで(合計四八八二万五二九六円)

被告アコム  平成六年九月分から平成八年一〇月分まで(合計四二四三万二〇〇〇円)

7  被告賃借人らは、別紙供託金目録記載のとおり、本件建物の賃料について、債権者不確知を理由として、被供託者を被告東京商銀又は被告松平商事としてそれぞれ供託した。

8  なお、本件建物は、平成九年八月二七日、東京地方裁判所平成六年(ケ)第三四四一号不動産競売申立事件により、買受人に売却された(弁論の全趣旨)。

二  争点

1  本件債権譲渡と本件差押えの優劣

2  被告賃借人らの被告東京商銀に対する賃料の支払(前記争いのない事実等6)が、債権の準占有者に対する弁済として有効か否か。

3  仮に前記2で弁済が有効と認められる場合、原告は、民法四八一条一項に基づき、被告賃借人らに対し、重ねて賃料の支払を請求することができるか否か。

三  被告らの主張

1  争点1について

(被告松平商事を除く被告らに共通の主張)

民法三七二条が準用する民法三〇四条一項ただし書にいう「払渡又は引渡」には、債権譲渡を含むと解すべきであり、本件においては、被告東京商銀は、平成六年六月までに本件債権譲渡について対抗要件を具備したものであるから、その後に被告賃借人らに送達された本件差押命令は、本件債権譲渡に劣後する。

判例(最高裁第一小法廷昭和五九年二月二日判決・民集三八巻三号四三一頁、以下「昭和五九年判決」という)も、物上代位権の行使のために差押えが必要とされる趣旨について、物上代位権の効力の保全とともに、目的債権の弁済をした第三債務者又は目的債権を譲り受け若しくは目的債権につき転付命令を得た第三者等が不測の損害を被ることを防止しようとすることにあると述べ、右被告らの主張と同旨の判示をしている。

2  争点2について

(被告賃借人らに共通の主張)

仮に、本件差押えが本件債権譲渡に優先するとしても、被告賃借人らは、昭和五九年判決の趣旨等から、被告東京商銀が債権者であると信じて、前記争いのない事実等6記載のとおり賃料の支払をしてきたものであって、被告賃借人らには、被告東京商銀が債権者であると信じたことについて過失はなく、右賃料の支払は債権の準占有者に対する弁済(民法四七八条)として有効である。

3  争点3について

(被告武富士、同三和興産及び同アコムの主張)

原告の指摘する昭和四〇年一一月一九日の最高裁判決は、転付命令が競合し、優先権を有しない転付債権者に対する弁済がされたという限定的な事例について、民法四八一条一項の適用を認めたに過ぎず、本件のように、既に将来の賃料債権が譲渡され、債権が譲受人に移転した後に差押えがされた場合においては、民法四八一条一項は適用されないと解すべきである。

四  原告の主張

1  争点1について

抵当権の目的不動産が賃貸された場合には、抵当権者は目的不動産の賃借人に対して有する賃料債権について物上代位により抵当権を行使することができる。そして、右物上代位権は、抵当権設定登記により第三者に対する対抗要件を具備するものである。

そして、抵当権者の物上代位権の行使による賃料債権の差押えは、差押後に発生する将来の賃料債権に対しても効力を有し、その効力は差押命令が第三債務者である賃借人に送達されたときに効力を生ずる。

他方、民法三七二条が準用する同法三〇四条一項ただし書において、物上代位による差押えに優先するとされる「払渡又は引渡」は、弁済と同視できる処分と解すべきところ、将来発生する賃料債権は、転付命令の対象性を欠くものであるから、これを譲渡したとしても、弁済と同視できる処分とはいえず、右払渡又は引渡には該当しないというべきである。

2  争点2について

被告賃借人らの準占有者に対する弁済の主張は、要するに、本件における債権譲渡及び物上代位による差押えに関する事実関係を誤りなく認識した上で、自己の法的見解に基づいて、本件債権譲渡が物上代位に優先すると判断して弁済したことについて過失がないというに過ぎず、このような場合には被告賃借人らが右弁済について無過失であったということはできない。

3  争点3について

最高裁昭和四〇年一一月一九日判決(民集一九巻八号一九八六頁)は、債務者の弁済が債権の準占有者に対する弁済として債権者に対する関係で有効であるとしても、その弁済の効力を他の差押債権者に対しても主張できるか否かは別個に考えることを要するとして、民法四八一条一項に基づき、債務者は差押債権者に対して被差押債権の消滅を主張することはできない旨判示しているのであり、右判旨に照らせば、仮に被告賃借人らの弁済が被告松平商事との関係で有効であるとしても、原告は、民法四八一条一項に基づき、被告賃借人らに対して重ねて支払を請求できると解すべきである。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件債権譲渡と本件差押えの優劣)について

被告らは、本件債権譲渡は、民法三〇四条一項ただし書の「払渡又は引渡」に該当し、本件債権譲渡が対抗要件を備えた後にされた本件差押えは、本件債権譲渡に劣後すると主張する。

しかしながら、民法三七二条が準用する同法三〇四条一項ただし書にいう「払渡又は引渡」には債権譲渡は含まれず、抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができると解するのが相当であるから(最高裁第二小法廷平成一〇年一月三〇日判決参照)、根抵当権者である原告が行った本件差押えは本件債権譲渡に優先し、原告は、被告賃借人らに対し、本件差押えによる取立権に基づいて、賃料の支払を請求することができるというべきである。

そうすると、原告は、被告賃借人らが、本件建物の賃料について前記争いのない事実等7記載のとおり供託した供託金について、供託金還付請求権を有することになるから、原告の本訴請求のうち、被告東京商銀及び被告松平商事に対し、別紙供託金目録記載の各供託金について供託金還付請求権の確認を求める部分は理由がある。

二  争点2(債権の準占有者に対する弁済の成否)

次に、被告賃借人らは、前記争いのない事実等6記載のとおり被告東京商銀に対して支払った賃料について、昭和五九年判決の趣旨等に従い、本件債権譲渡が本件差押えに優先すると信じて支払ったものであるから、右賃料の支払は債権の準占有者に対する弁済(民法四七八条)として有効である旨主張する。

しかしながら、前記一のとおり、抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差し押さえて物上代位権を行使することができると解される以上、物上代位に基づく差押命令が第三債務者に送達された後は、目的債権の譲受人は弁済を受領する権原を有しないのであり、このことは第三債務者においても明らかであるというべきであるから、このような場合、第三債務者において、右譲受人に対して弁済するにつき過失がないというためには、物上代位権者の抵当権に瑕疵があるためその効力を生じないと誤信してもやむを得ない事情があるなど、右譲受人を真の債権者であると信ずるにつき相当な理由があることが必要であると解すべきである。

この点、被告賃借人らは、昭和五九年判決の趣旨等に従い、本件債権譲渡が本件差押えに優先すると信じて被告東京商銀に対して賃料を支払った旨主張するが、右主張によっても、被告賃借人らは、前記争いのない事実等4及び5記載のとおりの本件債権譲渡と本件差押えに関する事実関係を正確に認識した上で、客観的には誤った法解釈を選択して被告東京商銀が債権者であると判断し、供託手続をとらないまま右弁済を行ったに過ぎないから、このような事情は、前記相当な理由に該当するとはいえないものである。したがって、被告賃借人らが、右弁済について無過失であったということはできず、被告東京商銀に対して行った右弁済はいずれも有効なものとはいえない。

以上によれば、原告は、被告賃借人らに対し賃料の支払を求めることができるというべきである。

三  よって、原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官安浪亮介 裁判官前澤達朗 裁判長裁判官相良朋紀は差支えにつき署名押印できない。 裁判官安浪亮介)

別紙物件目録<省略>

別紙供託金目録<省略>

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