東京地方裁判所 平成9年(ワ)4806号 判決 1998年7月29日
原告
酒巻順
被告
西武運輸株式会社
主文
一 被告は、原告に対し、金九三万八八〇四円及びこれに対する平成六年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、六分の一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分について、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金六二六万九三一二円及び内金五六六万九三一二円に対する平成六年一二月一九日から、内金六〇万円に対する平成九年三月二八日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、信号機による交通整理が行われていない交差点を南から北へ進行した自転車に、西から東へ進行してきた軽四輪貨物自動車が衝突した交通事故について、自転車に乗っていた者が、軽四輪貨物自動車の所有者に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき損害の賠償を求めた事案である。
一 前提となる事実(証拠を掲げないものは争いがない)
1 交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 発生日時 平成六年一二月一九日午後四時〇五分ころ
(二) 発生場所 東京都板橋区東新町二丁目四三番一号先路上
(三) 加害車両 被告が所有し、外山卓が運転していた軽四輪貨物自動車(練馬四〇み二九一六)
(四) 被害車両 原告が運転していた自転車
(五) 事故態様 加害車両が被害車両の側面に衝突した。
(六) 結果 原告(昭和五〇年三月二二日生まれ)は、本件事故により左眼瞼打撲挫傷、右足舟状骨、右第一趾骨骨折の診断を受け、次のとおり金子病院に入通院して治療を受けた(甲三、四の1・2、五の1・2、一〇の1~6)。
入院 平成六年一二月一九日から平成七年一月一八日(合計三一日)
通院 平成七年一月一九日から同年三月五日(実日数四日)
入院 平成七年三月六日から同月九日(合計四日)
通院 平成七年三月一〇日から同年四月一八日(実日数四日)
通院 平成九年三月一日から同月一七日(実日数六日)
2 責任原因
被告は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。
二 争点
1 過失相殺
(一) 被告の主張
本件事故発生場所は交差点であり、原告が進行してきた道路の交差点の手前には車止めが設置されており、この道路の交差点の反対側には一時停止標識が存在する。したがって、被告が進行してきた道路は原告が進行してきた道路に対して優先性を有するというべきである。ところが、原告は、急に交差点に飛び出してきたもので、被告はブレーキをかけたが間に合わず衝突するに至ったのであるから、原告には少なくとも四割の過失がある。
(二) 原告の反論
原告は、車止めの場所で片足をついて一時停止し、交差道路の状況を確認したところ、加害車両がまだ約二五メートル先を交差点に向かって走行していたことから、十分通り抜けられる距離であるとして判断して交差点に進入したもので、過失はない。本件事故は、被告の徐行義務違反、脇見運転により発生したものである。
2 各損害額
第三争点に対する判断
一 過失相殺(争点1)
1 前提となる事実及び証拠(甲二、六の1・2、一一、乙一、二の1~8、七、九、証人外山卓、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故発生場所は、桜川一丁目方面から環状七号線東山方面に向かってほぼ東西に走る西から東への一方通行路(以下「東西道路」という。)と環状七号線小茂根方面から川越街道・桜川出張所に向かってほぼ南北に走る南から北への一方通行路(以下「南北道路」という。)が交差する交差点(以下「本件交差点」という。)である。東西道路は、最高速度が時速三〇キロメートルに制限されており、その幅員は四・四メートルであるが、北側には幅員一・二メートルの路側帯が設置されているため、走行有効幅員は三・二メートルである。この道路の南側には石神井川が流れており、道路の南側に沿って高さ一・四メートルの防護柵が設置されている。北側には建物が建ち並んでいるため、東西道路を西側から進行してくる車両の運転席からは、南北道路の見通しは南北ともに悪く、本件交差点の東南角には、交差道路の進行状況を確認するためのミラーが設置されている。また、本件交差点から二五メートルほど西側の東西道路の北沿いに東新児童館という保育園が存在している。南北道路については、本件交差点の南側部分に幅員四メートルの宮前橋が架かっており 本件交差点へ進入する宮前橋の出口部分には、高さ九〇センチメートル、幅七〇センチメートルの逆U字型の車止めが三基設置されている。この車止めは、宮前橋の出口を塞ぐように三基が東西に並んで設置されており 中央にある車止めは、その他の車止めよりもやや橋の奥である南側に存在している。正面から見たときの中央の車止めとその左右の車止めの間隔はいずれも約五〇センチメートルであり、自転車に乗ったまま通り抜けることは可能である。南北道路について、本件交差点の北側部分は幅員六 七メートルの道路であるが、左右に路側帯があるため、それを除いた走行有効幅員は三・九メートルである。本件交差点のすぐ北側の南北道路上には一時停止線が引かれており、一時停止の標識が存在する。
(二) 原告は、自転車に乗って本件交差点を南から北へ進行するため、南北道路を走行して宮前橋を通行した。原告は、宮前橋の北出口で車止めが設置されている場所に差しかかり、中央の車止めの脇で片足をついて停止したが、左方を十分確認することなく本件交差点に進入した。他方、外山卓は加害車両を運転し、本件交差点を東方向に直進するため、東西道路を西から東へ向かって時速約三〇キロメートルで走行していた。外山卓は、東新児童館から帰宅する途中の親子らに気を取られて宮前橋からの通行車両を確認することを怠り、本件交差点の約三メートル手前で本件交差点に注意を向けて本件交差点に進入しようとしたところ、約二メートル先を宮前橋から本件交差点に進入してきた被害車両を発見した。外山卓は急ブレーキをかけたが間に合わず、加害車両の前部が被害車両の左側面中央から後部にかけての部分に衝突した。加害車両は、衝突後約二・五メートルほど進行して停止し、原告は、本件交差点の東北角付近に自転車ごと転倒した。
2 これらの認定事実に対し、原告は、車止めの場所で停止した際、東西道路の西側から進行してくる車両の確認をしたところ、東新児童館前を走行して来る加害車両を発見したが、まだ距離があるので安全であると判断して本件交差点に進入したと主張し、これに沿う原告本人の供述及び陳述書(甲一二)の記載がある。
しかし、認識した加害車両の位置が東新児童館前であるとすれば、本件交差点からわずか二五メートル程度の地点に加害車両を発見したことになるが、この程度の距離で安全であると判断することがあるのか疑問がないではない。また、衝突態様について、原告の陳述書(甲一一)には、加害車両が突然衝突してきた旨の記載がある上、原告は、本人尋問においても、加害車両が速度を上げてきたか分からないとか、速度を上げていたから衝突したと思うなどとあいまいな供述をしており 衝突直前の加害車両の動向についてまったく把握をしていないことがうかがわれる。わずか二五メートル先に加害車両を発見していながら、本件交差点を進行する際に、その動向にまったく注意を向けていないのは不自然である。これらの事情に照らすと、原告が東西道路の安全を確認して加害車両を発見したことには疑問があるというべきである。もっとも、わざわざ一時停止しながら左方の確認を十分しないのは逆に不自然であるといえなくもない。しかし、原告は、停止をしたといっても、片足を付いたにすぎないのであるから、その際に、眼の前を通過する車両の有無だけを確認して直ちに交差点に進入することも考えられないではなく、不自然とまではいえない。
したがって、原告本人の供述及び陳述書の記載は直ちには採用できない。
他方、証人外山卓は、被害車両はブレーキをかけないような速度で勢いよく本件交差点に進入して来たとして、原告が一時停止をしなかったことをうかがわせる供述をする。たしかに、原告が加害車両を確認したことに疑問があることからすると、原告は、そもそも、車止めの場所で停止しなかったのではないかとの疑問は残る。しかし、外山卓が被害車両を発見したのは衝突直前であるから、その際の印象がどれほど正確なものか疑問がないではない。宮前橋の本件交差点の手前には、車止めが存在し、自転車が直進することはできないのであるから、少なくとも、被害車両がブレーキをかけないような速度で本件交差点に進入することは困難であることを併せて考えると、この証言は直ちには採用できない。
さらに、証人外山卓は、加害車両が被害車両に衝突した部位は、加害車両の前部中央よりもやや右側(運転席側)であるとの証言をし、外山卓作成の陳述書(乙七)にも同趣旨の記載がある。しかし、証人外山卓は、他方で、加害車両の正面のやや右寄りが被害車両の後輪に衝突したとも証言している上、本件事故後に原告が転倒した場所が加害車両の左ななめ前であることを併せて考えると、右の証言及び陳述書の記載は採用できない。
3 右の認定事実によれば、被告は、左右の見通しが悪い信号機の設置されていない交差点を直進するのであるから、一方通行路を右側から進行してくる車両などの存在に十分注意し、かつ、できる限り安全な速度で本件交差点を通行する注意義務があるのに、これを怠り、保育園から帰宅する親子らに気を取られて右方の確認をすることも、速度を落とすこともなく漫然と時速約三〇キロメートルで本件交差点に進入した過失がある。他方、原告も、自転車で同様の交差点を直進するのであるから、一方通行路を左方から進行してくる車両などの存在に十分注意して本件交差点に進入すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件交差点の手前で停止しながら、左方の確認を十分することなく交差点に進入した過失がある。
この過失の内容(特に、外山卓が、本件交差点の直前まで交差点へ注意を向けていない点は重要視せざるを得ない。)、本件事故の態様などの事情を総合すると、本件事故に寄与した原告の過失割合は、二割とするのが相当である。
二 損害(争点2)
1 治療費(請求額三万八四四〇円) 一〇三万三〇四七円
原告は、金子病院における入通院治療費として一〇三万三〇四七円を負担した(甲四の2、五の2、一〇の1~6)。
原告は、このうち、三万八四四〇円のみを請求しているが、過失相殺を前提として損害総額を認定するため、ここに掲げる。
2 入院雑費(請求額四万五五〇〇円) 四万五五〇〇円
入院雑費としては、一日あたり一三〇〇円の入院三五日分として四万五五〇〇円を相当と認める。
3 入院付添費(請求額一〇万五〇〇〇円) 〇円
証拠(甲一二、原告本人)によれば、原告は、金子病院に入院中、歩行が困難であり トイレに行くときなどに付添が必要であったこと、金子病院は、完全看護の病院であったが、より安心して介護をしてもらうため、原告の母に付添看護をしてもらったことが認められる。しかし、原告の母の付添看護について医師の指示があったと認めるに足りる証拠はなく 原告の年齢、症状の部位及び内容を併せて考えると、原告の母の付添看護と本件事故との間に相当因果関係は認められないというべきである。
4 入通院交通費(請求額一万九三二〇円) 一万九三二〇円
証拠(甲三、一二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成七年三月ころまでは松葉杖をついており、金子病院への入退院及び通院にタクシーを利用したこと(ただし、本件事故当日の入院時は除く)、タクシー代金は、平成七年四月一八日の通院までは片道六〇〇円であり、平成九年三月の通院の際には片道六六〇円であったこと、平成九年三月の通院は、スモールキャンセラーを抜去するためのものであったこと、原告は、平成七年四月ころからは本件事故当時アルバイトをしていたロイヤルホスト江古田店での勤務を再開し、その通勤に自家用車を利用していたことが認められる。
この認定事実によれば、少なくとも、平成七年四月一八日までの通院においてはタクシーを利用したのはやむを得なかったということができる。平成九年三月の通院については、すでに働いていたことからするとタクシーを利用しなければならなかったか否か若干疑問がないではないが、スモールキャンセラー抜去のための通院であること、通院回数が六回にとどまること、一回のタクシー代が高額でないことを考慮し、この際のタクシー利用も本件事故と相当因果関係を認める。
したがって、本件事故と相当因果関係のある入通院交通費は、入退院二回(ただし、一回目の入院時は除く)及び通院一四日の合計三一回の利用(このうち、一九回は片道六〇〇円、一二回は片道六六〇円)で一万九三二〇円を認める。
5 学業廃止に伴う損害(請求額二七一万七七二〇円) 〇円
原告は、本件事故後、歩行が困難となり、平成五年四月から通学していた東京工学院専門学校が通学に約一時間半を要する遠隔地にある上、所属していた情報処理専門学科が実習を主とするもので身体の負担に耐えられず、退学せざるを得なくなったとして、本件事故当時までに支払った学費、教材費、通学費などの合計二七一万七七二〇円を本件事故に基づく損害として請求する。しかし、仮に、原告が主張するとおりであったとしても、これらの費用は、本件事故の有無にかかわらず原告が支払わざるを得なかった費用であり、本件事故との間に相当因果関係は認められない(条件関係すら認められない)というべきである。
6 休業損害(請求額八一万三三三二円) 四〇万六三九七円
証拠(乙五、原告本人)によれば、原告は、本件事故当時、東京工学院専門学校に通学しながら、ロイヤルホスト江古田店でウェイターのアルバイトをしており、平成六年一月から本件事故に遭うまでの約一年間に一四四万〇一四六円の収入を得ていたこと、原告は、本件事故の際の負傷により、少なくとも平成七年三月末日ころまでアルバイトをすることができなかったことが認められる。
この事実によれば、原告は、本件事故に遭わなければ、平成六年一二月一九日から平成七年三月末日までの一〇三日間で四〇万六三九七円(一円未満切捨)のアルバイト収入を得ることができたということができる。
1,440,146×103/365=406,397
原告は、本件事故当時まで遡って平成七年賃金センサス男子一八歳から一九歳の平均賃金程度である年間二四四万円を前提に休業損害を算定すべきであると主張する。しかし、原告が、本件事故に遭わなければ、年間二四四万円程度の収入を得ることができたと認めるに足りる証拠はない。したがって、この主張は理由がない。
7 慰謝料(請求額二二六万円) 一二〇万円
本件事故の態様、原告の負傷の内容及び程度、入通院期間などの諸事情を総合すれば、慰謝料としては一二〇万円を相当と認める。
これに対し、原告は、本件事故により東京工学院専門学校を退学せざるを得なくなったことの慰謝料としてさらに一〇〇万円を考慮すべきであると主張する。
証拠(甲九、乙三、原告本人)によれば、原告は、平成七年三月ころに東京工学院専門学校を退学することを決意し、同年四月ころからは、同校を退学してロイヤルホスト江古田店で当日の売上をコンピューター処理して本店に報告する仕事をするようになったこと、その際には自分の車を運転して通勤していること、原告は、本件事故前の平成六年五月ころから右専門学校の授業へ出席しないことが多くなり 出席率は、同年七月には五〇パーセント、同年九月には三〇パーセントと下がり続け、同年一〇月、一一月にはそれぞれ四五パーセント、六二パーセントと若干回復したものの、同年一二月には一九日に本件事故に遭い一三パーセントに止まっていたこと、本件事故当時、原告が右専門学校に通学するのには、バスと電車を乗継いで約一時間三〇分を要していたことが認められる。
この認定事実及び既に認定した原告の負傷の内容及び程度を総合すれば、次のとおり判断することができる。すなわち、原告の負傷は、通学時間を考慮しても、学校を退学しなければならないほどのものとまではいえない。通勤に自家用車を利用していることからしても、通学についても自家用車を利用するなど工夫することも考えられる。本件事故の半年ほど前からの学校への出席率の低下に加え、原告が本件事故後わずか三か月で退学を決意していることを併せて考えると、本件事故が退学を考える契機となった可能性は考えられるが、退学の理由は原告の個人的事情に負うところが大きいと判断するのが合理的である(原告も、本人尋問において、留年も考えたが、親に経済的な負担をかけたくなかったので退学した旨の供述をしている。)。
したがって、原告が専門学校を退学したことは本件事故と相当因果関係がないというべきであり この点を慰謝料として考慮する旨の原告の主張は理由がない。
8 過失相殺及び損害のてん補
以上の損害合計額二七〇万四二六四円から、本件事故に寄与した原告の過失割合として二割を減ずると、二一六万三四一一円となる。
被告は、金子病院に治療費として九九万四六〇七円、原告に対し三三万円の合計一三二万四六〇七円を支払った(乙六)。したがって、右の金額からこの金額を控除すると、原告の損害額の残金は八三万八八〇四円となる。
9 弁護士費用(請求額六〇万円) 一〇万円
原告は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任したもので(弁論の全趣旨)、本件認容額、審理の内容及び経過等に照らすと、本件事故と因果関係のある弁護士費用は一〇万円と認めるのが相当である。
第四結論
以上によれば、原告の請求は、被告に対して自賠法三条に基づく損害金として九三万八八〇四円及びこれに対する平成六年一二月一九日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 山崎秀尚)