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東京地方裁判所 平成9年(ワ)5567号 判決 1998年11月12日

原告

西村信一

被告

ユタカタクシー株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、金一〇三八万四一八五円及びこれに対する平成八年八月七日から支払済みまで年五分の割合による金員の各自支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、金二憶〇〇九五万六九五五円及びこれに対する平成八年八月七日から支払済みまで年五分の割合による金員の各自支払をせよ。

第二事案の概要

一  本件は、横断歩道上を横断中、自動車と衝突する事故に遭って傷害を負った原告が、加害車の運転者である被告平田照明(以下「被害平田」という。)に対し民法七〇九条に基づき、加害車の所有者である被告ユタカタクシー株式会社(以下「被告会社」という。)に対し自動車損害賠償保障法三条に基づき、右交通事故により原告が被った損害賠償を訴求した事案である。

なお、立証は、記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

二  争いのない事実等

1  次のとおりの交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

(一) 事故の日時 平成八年八月七日午後一〇時五四分ころ

(二) 事故の場所 大阪市北区角田町九番一七号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 事業用普通乗用自動車(なにわ五五う八四五三)(運転者・被告平田、所有者・被告会社)

(四) 事故の態様 原告が、本件事故現場の横断歩道を西から東に横断中、本件事故現場を北から南に進行してきた加害車と衝突した(なお、事故の詳細については、後記のとおり当事者間に争いがある。)。これにより、原告は、頭蓋底骨折、脳挫傷、右大腿骨骨折、右脛腓骨骨折等の傷害を負い、平成九年一月二〇日に症状固定の診断をうけ、記銘力、見当識障害、作話を認める(コルサコフ症候群)等の後遺障害が残り、自動車損害賠償責任保険上、後遺障害一級に該当するとの認定を受けている。

2  損害のてん補

原告は、被告会社の自動車賠償責任保険から金三〇七九万二六一三円、被告らから三五万〇二〇〇円のてん補を受けた。

3  責任原因

被告平田は、本件事故につき過失が認められる場合、民法七〇九条に基づき、被告会社は、本件事故当時加害車を所有し、これを自己の運行の用に供していたものであるから後記免責の主張が認められない限り、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(当事者間に争いのない事実、証拠〔甲第二号証、第四号証の二、第五、六号証、第九号証、第二〇号証の一・二〕及び弁論の全趣旨により認める。)

三  争点

1  本件事故の態様(被告平田の過失の有無、過失相殺割合)

(一) 原告の主張

(1) 本件事故現場は、鉄橋の支柱により加害車から右前方の見通しが全くきかない場合で、しかも、主要駅近くで歩行者が多い横断歩道上であることからすれば、速度を十分落として右前方の安全確認をすべき注意義務があるのにこれを怠り、また、制限速度を大幅に超えて走行した過失がある。

(2) 原告は、本件事故現場の横断歩道を歩行者用信号が青又は青点滅で渡り始め、横断途中で赤信号に変わったところで本件事故に遭ったもので、いまだ歩行者がいるかもしれない横断歩道に、大幅な制限速度超過で走行してきた被告平田の過失によるところが大きく、過失相殺の割合は二〇パーセントを超えることはない。

(二) 被告らの主張

(1) 被告平田の無過失等

被告平田は青信号に従って走行していたもので過失はなく、本件事故は、専ら赤信号にもかかわらず無理な横断を行った原告の過失によるものであり、加害車には構造上の欠陥も機能の障害もなかった。したがって、被告平田は、本件事故によって原告に生じた損害を賠償すべき責任はなく、被告会社としても、自動車損害賠償責任保険法第三条ただし書により、原告に生じた右損害を賠償すべき責任はない。

(2) 過失相殺

仮に(1)が認められないとしても、本件事故は、被告平田が青信号で加害車を進行させていたところ、原告が赤信号にもかかわらず、加害車の直前を横断したという原告の過失によるところが大きく、八〇から九〇パーセントの過失相殺をすべきである。

2  原告は、本件事故による損害を後記のとおりであると主張する。

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様(被告平田の過失の有無、過失相殺割合)

1  本件事故現場の状況

本件事故現場は、西日本旅客鉄道株式会社大阪駅付近の国道一七六号線(以下「本件道路」という。)にある横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上である。本件道路は、北から南に向かう加害車進行方向が車道幅員約一三・五メートルの四車線、反対方向は、車道幅員約一二・二メートルの三車線であり、その中央には幅員約三メートルの分離帯、東西には歩道が設置され、時速四〇キロメートルの速度制限がされている。また、本件横断歩道は、幅員約一三・二メートルないし一四・八メートル、長さ約二八・八メートルで、歩行者用信号機及び本件道路の車両用信号機が設置されている。本件道路の中央分離帯部分には、本件横断歩道から北側にかけ約八〇メートルにわたって約〇・六メートル四方の鉄道陸橋の支柱が約〇・九メートルの間隔を空けて多数建てられているほか、本件横断歩道の直近には南北約八・九メートル・東西約二・五メートルの柱があり、この柱と右支柱の間にもフェンスが張られていることから、加害車の進行方向から西方(原告の横断してきた方向)の見通しは非常に悪く、本件横断歩道の歩行者は中央辺りに来て初めて視認できる状況にある。なお、右鉄道陸橋の北側にも横断歩道があり、車両用の信号機が設置されているが、そこからある程度進行しなければ本件横断歩道の車両用信号機を確認することができない。本件横断歩道は、本件事故当時歩行者が多く、歩行者用信号機が赤になってもなお多数の歩行者が横断していることが多い。

(当事者間に争いのない事実、証拠〔甲第一〇、一一号証、第一二号証の一ないし七、第一三号証の一・二、第一四号証、第二一号証、乙第一号証の一・二、第二号証一ないし六、第三号証、証人伊藤信幸及び同染谷雍子の証言、被告平田照明本人尋問の結果〕並びに弁論の全趣旨により認める。)

2  1の認定事実及び証拠(甲第一〇、一一号証、第一二号証の一ないし七、一三号証の一・二、第一四号証、乙第一号証の一・二、第二号証一ないし六、第三号証、証人伊藤信幸の証言、被告平田照明本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すると、(一) 加害車は、本件横断歩道により一つ手前の信号機を青信号で通過し、一番右側の車線(進行方向に向かって。以下同じ)を時速約五八キロメートルで本件事故現場付近まで進行したこと、(二) 加害車が原告との衝突地点から約五四メートル手前に来たとき、既に、加害車進行方向の車両用信号(本件横断歩道付近に設置されていたもの)は青になっていたこと、(三) 加害車と同一車線には、加害車に約一〇メートル先行して車一台が走行しており、原告は、その車と加害車との間を相当な勢いで横断したこと、(四) 本件事故当時、本件横断歩道上の走行者は原告以外にいなかったこと、以上の事実を認めることができる。

これに対し、原告は、<1> 通行量の多い反対車線の本件横断歩道を中央分離帯までは原告が無事に渡り終えていることからすれば、渡り始めた時点での歩行者用信号は青又は青点滅であったとするのが自然である、<2> 証人伊藤信幸の供述内容についても、同証人は右から三番目の車線を走行し、加害車の左後方に位置していたのであるから、加害車の前に原告が出て来るのが見えるはずがなく、また、同証人は、被告平田と同業者で、被告会社が所属するタクシー業界に属する者であることから被告らに有利な供述をする可能性が高いなどと主張する。しかしながら、原告の<1>の主張は、首肯しうる推論とはいえないし、<2>の主張についても、同証人の供述する視認位置からして同一方向の前方車両が視野に入ることは何ら不自然なことではないうえ、同証人の職業を根拠としてその信用性に疑念があるとする原告の指摘は当裁判所の採用するところではない。結局、原告の主張は採用できない。

3  以上の事実を前提に検討する。本件横断歩道は、主要駅の近くにあって、本件事故当時も多数の歩行者が利用し、歩行者用信号が赤信号になってもなお横断する歩行者も多く、付近を通過する自動車運転者としては、信号を無視しても横断する歩行者のあり得ることを予想して、横断する歩行者の有無に注意を払って通行すべきであるところ、前記1のとおりの見通しの悪い状況で、被告平田は、制限速度を約一八キロメートルも超えて漫然と走行し、そのため、本件横断歩道の直前になって初めて原告を発見したというものであり、被告平田には右の点に過失があるから、被告らには、本件事故によって原告に生じた損害を賠償する責任がある。

もっとも、本件横断歩道の車両用信号は、少なくとも被告平田が本件横断歩道の約五四メートル手前にさしかかった際には青であったが、車両用信号が青になる前に歩行者用・車両用信号ともに赤の状況があったこと、前記(四)のとおり、本件事故の際、本件横断歩道上には既に横断する人もいなくなっていたことからすると、原告は歩行者用信号が赤になってから渡り始めたと推認することができ、また、原告は加害車と前車とのわずかの間を横断しており、原告自身が進行してくる車両を確認して横断を中止するなどわずかの注意を払いさえすれば、本件事故を回避することができたはずであり、原告には、これらの点に過失があることは明らかである。そして、右双方の過失を対比すると、原告対被告・七五対二五とするのが相当である。

したがって、被告らは、本件事故により原告に生じた損害を、右の過失割合に基づいて賠償すべき責任がある。

二  原告の損害について

1  治療費 四九万二八二九円(原告主張額・同額)

証拠(甲第一五号証の一ないし一八)によれば、原告が治療費三二四万七七二〇円を支出したことが認められ、証拠(甲第二二号証)により認められる千葉市から国民健康保健法に基づく保険給付として支給された高額療養費二七五万四八九一円を右治療費から差し引いた頭書金額を原告の損害ということができる。

2  付添費 一〇〇万二〇〇〇円

(原告主張額・一〇四万四〇〇〇円)

原告の前記傷害の程度等を考慮すると、入院中、近親者の付添が必要であったと認められ、近親者付添費用としては日額六〇〇〇円が相当であるから、本件事故日から症状固定日(平成九年一月二〇日)までの一六七日間分の頭書金額を損害と判断する。

3  入院雑費 二一万七一〇〇円

(原告主張額・二二万六二〇〇円)

入院雑費は一日あたり一三〇〇円が相当であり、前記一六七日間の入院期間分の頭書金額をもって本件事故と相当因果関係のある損害と判断する。

4  入院に伴う付添親族の宿泊費及び交通費

六五万六八八九円(原告主張額・一三〇万一四〇三円)

原告の母親染谷雍子(埼玉県川越市在住)が、原告の付添のために大阪市に赴き、同市内で宿泊を余儀なくされたことは証拠(甲第一八号証の一ないし五、第二一号証)により明らかであるから、母親の住居が遠方であったことを考慮して平成八年八月七日から同月二二日までのホテル代一七万〇四三〇円、平成九年一月までに支出した家賃及び共益費合計二七万六〇四〇円並びに仲介手数料及び保険料六万四九五〇円が本件事故による損害というべきである(甲第一八号証の一ないし五参照)。原告は、電話代、水道費、食費等についても本件事故による損害であると指摘するが、これを採用することはできない。

交通費については、原告及び付添った原告の母親の自宅との往復について、本件事故のあった平成八年八月分及び原告の移動費用を含む平成九年一月分の新幹線費用合計一四万五四六九円(甲第八号証参照)について相当因果関係がある。

5  将来介護費用 三〇七八万三七三五円

(原告主張額・三六九四万〇四八二円)

証拠(甲第四号証の一・二、第五、六号証、第二〇号証の一・二、第二一号証、証人染谷雍子の証言)によれば、原告には、前記第二の二1(四)のとおりの後遺障害が残り、一人では食事等の基本的な日常的所作をすることができず、常時介護を要する常況にあること、及び現に近親者による介護が行われていることが認められ、これによると、近親者介護費用として、症状固定時の四〇歳における平均余命期間の範囲内である三八年間分(日額五〇〇〇円)をライプニッツ方式(年五分)により中間利息を控除して現価を算定した頭書金額を原告の損害として認めるのが相当である。

6  将来雑費 (原告主張額・八〇〇万三七七一円)

症状固定後の雑費については、必要性を認めるに足りる証拠がない。

7  休業損害 三四万二四六五円

(原告主張額・三七万四四八八円)

証拠(甲第二三号証)によれば、本件事故当時の原告の収入額は年六二五万円と認められる。原告は、事故当時、賃金センサス平成七年第一巻第一表企業規模計産業計男子労働者新大学卒全年齢の平均年収以上の収入を得ていたものであるから、右平均年収を基礎とすべきであると主張するが、右を認めるに足りる証拠はない。そして、本件事故日から症状固定日までのうち原告主張の平成九年一月一日から同月二〇日までの二〇日間の休業損害は、右収入額を日割計算した頭書金額が相当である。

8  後遺障害逸失利益 九九七一万二九七二円

(原告主張額・一億〇一八一万八八九一円)

(一) 原告の事故前の収入は、前記7で認定したとおり年六二五万円であるが、右収入は、原告が平成七年五月から柳道実業株式会社に就職して間もないという状況の下でのものであると認めることができ(甲第二一号証参照)、したがって、これを逸失利益の基礎収入とすることは妥当でない。そこで、原告の学歴等(同号証)を考慮し、賃金センサス平成八年第一巻第一表企業規模計産業計男子労働者新大学卒全年齢の平均年収である六八〇万九六〇〇円を基礎とするのが相当である。

(二) 前記第二の二1(四)のとおり、原告は後遺障害等級一級であることから、原告は労働能力の一〇〇パーセントを喪失したと認められる。

(三) 以上からすると、原告の逸失利益は、症状固定時四〇歳から六七歳までの二七年分をイプニッツ方式(年五分)により中間利息を控除して現価を算定した頭書金額と判断する。

9  慰謝料 二八一〇万〇〇〇〇円

(原告主張額・三〇〇〇万〇〇〇〇円)

前記原告の受傷内容、入院期間、後遺障害の程度その他本件に顕れた事情を総合考慮すると、傷害慰謝料としては二一〇万円、後遺障害慰謝料としては二六〇〇万円、以上の合計額である頭書金額をもって原告の慰謝料額とするのが相当である。

10  小計 一億六一三〇万七九九〇円

11  過失相殺と既払金の控除

前記認定の過失割合によって、右10の損害額から七割五分を減額すると、残額は四〇三二万六九九八円となり、前記第二の二のてん補額三一一四万二八一三円を控除すると九一八万四一八五円となる。

12  弁護士費用 一二〇万〇〇〇〇円

(原告主張額・一八〇〇万〇〇〇〇円)

原告が本件訴訟の提起、遂行を原告代理人に委任したことは、当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、頭書金額が相当である。

13  総計 一〇三八万四一八五円

(原告主張額・二億〇〇九五万六九五五円)

三  結語

以上の次第であるから、原告の請求は、被告らに対し、二の13の一〇三八万四一八五円及びこれに対する本件事故日である平成八年八月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用について民訴法六一条、六四条ただし書、六五条一項本文、仮執行宣言について同法二五九条一項に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 園部秀穗 馬場純夫 田原美奈子)

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