東京地方裁判所 平成9年(ワ)5772号 判決 1998年3月24日
原告 X1
原告 X2
原告 X3
右三名訴訟代理人弁護士 小笠原耕司
被告 山口電設株式会社
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 竹谷智行
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 被告は、原告X1に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する平成八年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告X2に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成八年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告X3に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成八年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の従業員であった亡B(以下「亡B」という。)の相続人である原告らが、被告と訴外朝日生命相互会社(以下「朝日生命」という。)との間で、亡Bを被保険者として生命保険契約が締結された際、亡Bと被告との間で、本件保険契約に基づく死亡保険金を亡Bの相続人に引き渡す旨の合意が成立しており、仮に右合意が成立していないとしても、条理に基づき、被告において、右死亡保険金を亡Bの相続人に引き渡すべき義務を負うなどと主張して、亡Bの死亡後に被告が受領した死亡保険金のうち、原告らの相続分に対応する部分の支払を請求する事案である。
一 争いのない事実等(認定事実には証拠を示す。)
1(一) 原告X1(以下「原告X1」という。)は、亡Bの妻である。
原告X2及び原告X3は、亡Bの子である。亡Bの子としては、原告らのほか、Cがいる。
(二) 被告は、ビルの電気工事を主たる業務とする株式会社である。
(三) 亡Bは、昭和六〇年ころから、被告の従業員として勤務していた(被告代表者)。
2 被告は、平成六年八月一日、朝日生命との間で、亡Bを被保険者とし、死亡保険金を三〇〇〇万円とする定期保険特約付終身保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。亡Bは、右契約締結の際、被告が自らを被保険者として本件契約を締結することを承諾した。
3 亡Bは、平成八年九月一二日、癌のため死亡した。
4 被告は、同月末日ころ、朝日生命から、本件契約に基づく死亡保険金として、二九九九万八二九四円の支払を受けた(甲第四号証、以下「本件保険金」という。)。
5 被告は、亡Bの死亡後、原告らに対し、亡Bの退職金として、合計七〇〇万円を支払った。
二 争点
1 亡Bと被告との間で、本件契約締結時に、亡Bの死亡の際支払われる死亡保険金の全部又は一部に相当する額を亡Bの相続人に支払う旨の合意が成立したか否か。
2 本件契約上、本件保険金の受取人が原告らであると解すべきか否か。
3 被告による本件保険金の受領が、原告らとの関係で不当利得となるか否か。
三 原告の主張
1 本件保険契約締結の際、亡Bと被告との間で、亡Bが死亡した場合に支払われる保険金の全部又は一部に相当する額を、亡Bの相続人に支払う旨の合意が成立した。
2 また、本件契約の趣旨は被告会社の従業員の福利厚生にあることに照らせば、本件契約上の死亡保険金の最終受取人は、亡Bの相続人であると解すべきであり、被告らは、原告らに対し、本件保険金の全部又は一部に相当する額を支払うべき義務を負う。
3 商法六七四条一項本文は、契約締結者以外の第三者を被保険者として生命保険契約を締結するときには、被保険者の同意が必要であるとしているが、右規定の趣旨は、賭博保険の禁止及び被保険者の人格権の尊重にある。本件契約は、本件保険金を被告に帰属させる趣旨で締結されたとすれば、前記商法の規定の趣旨に著しく反し、公序良俗に反する無効な契約であって、被告による本件保険金の受領は、不当利得に該当する。
第三当裁判所の判断
一 争点1(本件契約に基づく死亡保険金の支払についての合意の存否)について
原告らは、亡Bと被告との間で、本件契約締結の際、被告が亡Bの死亡時に支払を受ける死亡保険金の全部又は一部に相当する額を亡Bの相続人に支払う旨の合意が成立したと主張する。
しかしながら、本件全証拠によるも、右合意の成立の事実を認めるに足りる証拠はない。
また、<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、被告は、従業員の業務中における事故に備え、損害賠償の支払原資を確保するために本件契約を締結したことが認められ、右事実によれば、本件契約に基づく死亡保険金は、被告が受領した後、事故の態様や従業員の損害に応じて損害賠償の支払に供されることが予定されていたというべきであるから、被告と亡Bとの間で、被告が、亡Bの死亡時に、その死亡の原因を問わず、当然に死亡保険金の全部又は一部に相当する額を亡Bの相続人に対して支払う旨の合意が成立したとは認め難い。
以上によれば、原告らの前記主張は理由がない。
二 争点2(本件契約上の受取人の解釈)について
原告らは、被告が本件契約を締結した趣旨が従業員の福利厚生にあることに照らして、本件契約に基づく死亡保険金の最終受取人は亡Bの相続人であると解すべきであり、被告は、原告らに対し、本件保険金の全部又は一部に相当する額を支払うべき義務があると主張する。
しかしながら、証拠(乙第一号証)によれば、本件契約上、保険金の受取人が被告と定められていることは明らかであるし、前記のとおり、被告は、従業員の業務中における事故に備え、損害賠償の支払原資を確保するために本件契約を締結したものであることに照らせば、本件契約上、死亡保険金の受取人が原告らであると解することはできず、原告らの前記主張は理由がない。
三 争点3(不当利得の成否)について
原告らは、本件契約は、商法六七四条本文の趣旨に照らして、著しく公序良俗に違反しており無効であるから、被告による本件保険金の受領は、不当利得に該当すると主張する。
しかしながら、右商法の規定は、保険契約者以外の第三者を被保険者とする生命保険契約の効力発生要件として、被保険者の同意を要求するものにすぎず、保険金が最終的に誰に帰属すべきかについて、契約当事者を拘束する趣旨に出るものではないことは明らかであるから、右規定を根拠に、本件契約が公序良俗に反するものということはできない。
なお、前記のとおり、被告は、従業員の業務中の事故に伴う損害賠償の支払原資の確保のため本件契約を締結したものであるから、本件のように、従業員が病気のため死亡した場合に被告が受領した死亡保険金を保有することは、本件契約締結の目的に照らすと、被告が予想外の利益を享受する結果となる面は否めない。しかしながら、右のような結果は、本件契約の締結に伴う当然の結果であるといわざるを得ず、本件契約が公序良俗に反すると解すべき根拠となるものとはいえない。
以上によれば、原告らの前記主張も理由がない。
四 よって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本光一郎 裁判官 坂本宗一 前澤達朗)