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東京地方裁判所 平成9年(ワ)6393号 判決 1999年4月15日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  本件請求

原告は、被告が、原告との間で、原告による宅地開発事業の必要資金等として合計三九億九五〇〇万円の融資を原告に行う旨の契約を締結したにもかかわらず、一部の融資しか実行しないという債務不履行により損害を被ったと主張して、債務不履行による損害賠償の内金請求として三億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成九年五月一〇日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

すなわち、原告は、株式会社S(保証会社という。)による債務保証の下、被告が、原告との間で、原告による宅地開発事業である「三田プロジェクト」(本件事業という。)の必要資金として三五億二七〇〇万円及び予定される事業期間中の支払利息相当額四億六八〇〇万円の合計三九億九五〇〇万円を融資するとの契約を締結したにもかかわらず、合計一〇億三〇〇〇万円の融資をなしたのみで、残額の融資を実行せず、この債務不履行により本件開発事業の遂行が不可能となり、この結果、合計一七億四六〇〇万円を超える次の損害を被ったと主張した。

一  本件事業の直接経費として支出した金員九億二六四四万二九九〇円

二  右経費支出のための借入により、被告に対し支払をなした利息金二億一七七五万二五二一円

三  保証会社に対し支払をなした保証料等の所要経費一六九六万六九八三円

四  本件事業のための土地の取得費用一一億六一一六万二四九四円と右土地の現在の時価処分額一億円強との差額として少なくとも一〇億六一〇〇万円

五  本件事業のための間接経費二億〇九七〇万円

六  本件事業が完成した場合の得べかりし利益四億七六〇〇万円

その上で、原告は、被告が原告に対して有する一〇億七二七〇万九七二三円の貸金債権と、原告が被告に対して有する前記各損害賠償請求債権のうちの一七億四六〇〇万円とを対当額において相殺する旨の意思表示をなし、その結果、原告は被告に対し六億七三二九万〇二七七円の損害賠償請求権を有すると主張し、被告に対し、債務不履行による損害賠償として、右六億七三二九万〇二七七円のうち三億円及びこれに対する平成九年五月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めているものである。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び確実な証拠により明らかに認められる事実

1  原告は、宅地建物取引業、主として宅地の開発及びマンションの建築を営業の目的として、昭和五八年一一月に設立された株式会社である。

2  原告は、平成二年三月、被告飯田橋支店(被告支店という。)に当座預金口座を開設した。

右口座開設以降、被告支店の冬野一次長(冬野という。)や被告支店行員の夏野厚(夏野という。)らが、しばしば原告の事務所を訪れ、原告のマンション建築に関する事業進捗方針を聴取するようになった。

3  原告は、従前開発事業をなすに際しては、主として中央信託銀行株式会社(中央信託銀行という。)から融資を受けていたが、本件事業資金の融資を被告から受けることを検討し、平成二年八月ころ、夏野に対し、借地権者の存在する東京都港区三田<略>所在の土地(本件土地という。)を購入し、同土地上にマンションを建設することを目的とする本件事業を計画している旨を説明した。

4  同年九月五日、原告は被告に対し、原告名義の「借入申込書」と題する書面(本件書面という。)を提出した。本件書面は、被告の定める様式によるものではなく、市販の罫紙を用いたもので、資金使途、借入申込金額、借入希望時期・金額・内訳・返済期日、事業収支概要の各項目があり、末尾には、本件事業の概要やスケジュール予定、収益試算表等の資料が添付されていた。資金使途の欄には「三田プロジェクトの土地代、工事代他」とあり、借入申込金額の欄には、買取方式の場合の金額(三五億二七七八万円)及びその内訳並びに等価交換方式の場合の金額(一六億〇一五一万円)及びその内訳が記載され、借入希望日時・金額・内訳・返済期日の欄及び事業収支概要の欄にも、買取方式と等価交換方式のそれぞれの場合に関する記載がなされている。また、本件書面の添付書類によれば、本件事業は、本件土地上に七階建てのマンションを建設するというものであり、同土地には七人の借地権者がおり、原告は右借地権者から土地明渡しを受けた上で、右マンションの建設を行うものとされていた。(乙第一号証)

5  被告は、本件事業に関する融資について、保証会社が原告の債務の保証をなす条件のもとでこれを行うこととし、同月七日、その旨原告に伝えた。

6  同月一〇日ころ、被告担当者が原告担当者を帯同して、保証会社に赴き、原告担当者は、保証会社に対し、本件事業の説明をした。

7  原告と保証会社は、同月二八日、原告が被告から七億五〇〇〇万円の借入れをするにつき、被告に対し負担する一切の債務について、保証会社が保証し、原告が保証会社に対し、借入残高に対し年利率〇・五パーセントの保証料を支払う旨の保証委託契約を交わした。そして、原告は、被告との間で、借入金額を七億五〇〇〇万円、弁済期を平成四年一〇月三一日、利息を年八・五パーセントの割合とする金銭消費貸借契約を交わし、被告から、本件土地購入代金、諸経費及び事業期間中の支払利息分合計として右の額を借り入れ(第一融資という。)、保証会社は、右保証委託契約に基づき、第一融資につき原告が被告に対し負うべき一切の債務を保証した。原告は、同日、株式会社T(Tという。)から、代金五億九六二一万四〇三八円で本件土地を買い、前記借入金をもって右代金を支払い、本件土地の所有権移転登記を経由するとともに、同土地上に、極度額を九億円、債権の範囲を金銭消費貸借取引、保証委託取引、立替払委託取引、保証取引、手形債権、小切手債権及び手形割引債権、債務者を原告、根抵当権者を保証会社とする根抵当権(本件根抵当権という。)を設定し、保証会社は、右根抵当権設定登記を経由した。(争いがない。<証拠略>)

8  原告と保証会社は、平成三年三月一九日、原告が被告から二億八〇〇〇万円の借入れをするにつき、被告に対し負担する一切の債務について、保証会社が保証し、原告が保証会社に対し、借入残高に対し年利率〇・五パーセントの保証料を支払う旨の保証委託契約を交わした。そして、原告は、被告との間で、借入金額を二億八〇〇〇万円、弁済期を平成四年一〇月三一日、利息を年八・五パーセントの割合とする金銭消費貸借契約を交わし、被告から、本件土地の借地権者の一人である甲山太郎(甲山という。)からの借地権買収資金、建物解体費等の必要経費及び支払利息分として右の額を借り入れ(第二融資という。)、保証会社は、右保証委託契約に基づき、第二融資につき原告が被告に対して負うべき一切の債務を保証した。原告は、同日、保証会社との間で、本件根抵当権の極度額を一二億五〇〇〇万円に変更することを約し、保証会社はその旨の附記登記を経由した。(争いがない。<証拠略>)

9  原告は、被告に対し、本件土地の借地権者の一人である乙山花子(乙山という。)からの借地権買取資金一億二二〇〇万円(<証拠略>)及び支払利息分の金員の融資を求めたところ、被告は融資を実行しなかった(争いがない。)。

10  原告は、利息の支払は続けていたものの、第一、第二融資の弁済期である平成四年一〇月三一日を経過しても、両融資金の弁済を完了しなかった。そこで、被告と原告は、右両融資の元本合計一〇億三〇〇〇万円をまとめてこれを元本とし、弁済期を平成六年二月二八日とする準消費貸借契約(本件準消費貸借という。)を締結したが、同日を経過しても原告は弁済を完了せず、両者は右弁済期を平成七年二月二八日に変更した。しかし、平成六年七月以降は、原告は利息の支払も行わず、右変更後の弁済期を経過しても債務の弁済を完了しなかった。(争いがない。)

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  争点一

原被告間において、本件事業所要資金としての三五億二七〇〇万円及び予定される事業期間における利息金四億六八〇〇万円の合計三九億九五〇〇万円の融資契約が成立したか、否か。

(一) 原告の主張

原告と被告との間において、平成二年九月一〇日、本件事業資金総額三五億二七〇〇万円と見込事業期中の支払利息相当額との合計額についての融資契約が成立した。

(1) 原告は、平成二年八月ころ被告に対し、本件事業について、借地権付きの本件土地を購入し、七人の借地権者から借地権を買い取る方式(買取方式)で本件土地の明渡しを受け、本件土地上にマンションを建設する計画であること、事業資金としては三五億円余が必要とされることを説明し、右資金全額の融資を申し入れたところ、被告は、同月末ころに、右資金全額の融資を実行したいとの内意を原告に伝えた。

そこで、原告は、同年九月五日、被告に対し、本件事業に要する総額三五億二七〇〇万円の資金使途を記載した本件書面を提出した。これに対し、被告は、同月七日、右資金と支払利息の外、保証料を含めて融資をするが、保証会社に原告の債務の保証をしてもらった上で融資を実行したい旨、原告に打診した。原告は、同日これを了承した。

同月一〇日、原告担当者らは、冬野とともに保証会社を訪れ、本件事業に関し、買取方式で進めること等を説明し、さらに、事業資金として総額で三五億円余を要すること、被告の要請で、事業期間中の支払利息分及び保証会社に支払う保証料を含めて融資を受けることになっている旨説明したところ、保証会社は、右融資全額について、原告の債務保証をなすことを約した(本件全額保証委託契約という。)。これを受け、同日、原告と被告は、本件事業の必要資金全額の三五億二七〇〇万円及び見込事業期間中の支払利息分四億六八〇〇万円の合計額について融資をなすとの融資契約(本件全額融資契約という。)を締結したものである。

(2) 平成二年三月二七日に、いわゆる総量規制がなされ、原告はその規制対象となったが、本件事業の企画開発時期は右総量規制の後であった。また、本件事業の開発予定期間としては三年が必要であった。このように、原告としては、被告から資金全額の融資を受けられる旨の明確な約束がない以上は、本件事業の実行に着手することができない特別の事情が存在した。だからこそ、原告は、被告に対し、本件事業資金の外、見込事業期間中の支払利息分の融資も受けることを要請し、その明確な同意を得た上で事業に着手したのである。そして、被告も右の事情を認識していた。

(3) 原告が、同年九月五日に、被告に対して本件書面を提出したのは、本件事業の具体的説明のためではない。本件書面中に、等価交換方式の記載も存在するが、それは単なる便宜上のものにすぎず、借入申込の具件的内容は、買取方式による資金融資の申込であった。

また、同月二八日作成の保証委託契約証書(乙第三号証)及び金銭消費貸借契約証書(甲第八号証の一)では、同日、原告が、保証会社に対し、七億五〇〇〇万円について保証の委託をなし、保証会社による保証を得て、被告から融資を受けた形式となっているが、右融資は、本件全額融資契約に基づく融資の一部の実行にすぎず、右融資額についての保証会社による保証も、本件全額保証委託契約の一部の実行にすぎない。そもそも、本件事業は、本件土地を購入し、同土地の借地権者から借地権を買い取って、同土地上にマンションを建設して付加価値を付け、それを売却して利益を得ることを目的としており、これにより被告からの融資金を返済するというものであった。被告においても、本件土地の購入資金のみを融資しても、その経済的意義は全くない。被告は、本件事業を一体として評価し、これに関する融資実行を約定したのである。

(4) 被告は、都市銀行として、貸手の立場を濫用し、契約を締結しながら、双方署名よる合意文書の作成を避け、また、念書の発行を一切せず、一方的に借手に対し文書を差し入れさせる慣行をとってきた。本件では、被告は本件書面を受け取っているが、被告の右の慣行に照らすと、被告が本件書面を受け取ったことは本件全額融資契約が成立した証左である。

(5) 被告は、保証会社による債務保証を受けており、被告が、本件全額融資契約に基づき原告に対し融資を実行するとしても、保証会社に保証を求めれば、保証会社が保証を拒絶することなどありえないし、原告も、被告又は保証会社に求められれば、抵当権設定等の担保の提供に当然に応じるのであるから、被告は、本件全額融資契約についての保全措置をとっているものである。

(二) 被告の主張

原告と被告との間で、本件事業の買取方式に必要な資金等三五億二七〇〇万円余及び事業期間中の支払利息分の金員の合計額について、融資契約は成立していない。

(1) 原告と被告との間で、三五億二七〇〇万円余についての融資契約書は存在しない。金融機関において、将来の融資義務を負担する融資形態としては、分割実行型証書貸付契約及び極度付当座貸越契約があるが、第一融資及び第二融資は右のいずれの契約でもなく、直接金額を貸し付ける単純な証書貸付契約である。

(2) 原告は、平成二年九月五日、被告に対し、本件書面を交付して、初めて、本件事業の具体的内容を説明した。

本件書面は、「借入申込書」なる名が付いているものの、その内容は事業計画書ないし説明資料の域を出るものではなく、同書面に記載された借入予定金額は、必要資金予定額をそのまま記載したものであって、実際の融資の際になされたのと異なり、返済期限までの利息相当額の借入分を考慮してはいないし、利率、返済方法、保証等の借入条件の記載もない。すなわち、本件書面は、融資契約の申込書面とはいえない。

また、本件書面には、本件事業に関し、買取方式の場合と、等価交換方式の場合とについて、スケジュールや収益試算表、総所要資金額等の記載がある。原告は、土地開発に際し、買取方式や等価交換方式を適宜組み合せて調整する「比例配分方式」というノウハウを用いていたのであり、本件事業においても、平成二年九月の時点では、本件土地の借地権者との交渉は具体化していなかった以上、どのように買取と等価交換を組み合せて事業が実行されるかは流動的であった。したがって、原告が本件事業に要する資金額、ひいては原告が被告から借り入れる額も確定していなかったのである。

以上のような事情に照らせば、原告が被告に対し、平成二年九月五日に三五億二七〇〇万円余の融資契約の申込をなしたとはいえないし、被告が、原告に対し、右金額を融資することを約束することはあり得ない。そもそも、融資金額が確定していない以上、原告と被告との間で、融資契約が成立する余地はない。

(3) 被告は、原告に対し、同月七日ころ、本件事業に関する融資について、保証会社が原告の債務の保証をなす条件のもとでこれを行う旨述べたが、これは、原告に対する融資の枠組みが保証会社の保証付融資となったということであり、本件事業の総所要金額について、保証会社の保証付との条件で融資することを約したものではない。

(4) 被告は、同月中旬から、保証会社への説明等を経て、原告との間で、本件土地の取得資金が七億五〇〇〇万円であると確定してから、利率、返済方法及び保証等の条件を定め、右金額の融資について、内部意思決定手続をとり、第一融資を行った。すなわち、被告は、平成二年九月の時点で、金額が確定した本件土地取得資金の融資について、原告から申込を受け、これを承諾して融資を実行したにすぎず、被告内部において、三五億二七〇〇万円余の金額については融資するか否かの協議も意思決定もしていない。

(5) 金融機関は、将来の融資義務を伴う融資形態をとるときには、その将来発生しうる融資額全体について保証等の保全措置をとる。しかし、本件では、被告と原告との間では、三五億二七〇〇万円余の融資をすることを前提とした保全措置は講じられていない。

2  争点二

被告の債務不履行により原告に損害が生じたか否か、及びその額。

(一) 原告の主張

原告は、平成三年六月中旬ころに乙山と借地権付建物売買契約(<証拠略>)を締結した時点では、他の借地権者との交渉もほとんど成し遂げており、被告が本件全額融資契約どおりに融資を実行すれば、本件事業は完了した。すなわち、被告が、第一、第二融資以外の融資を実行しなかったために、原告は、本件事業の遂行が不可能となってしまったのである。

これにより、原告は、以下のとおりの損害を被ったものであり、被告は、この損害について、原告に対し賠償の責を負う。

(1) 原告が本件事業の直接経費として支出した金員九億二六四四万二九九〇円

(2) 右経費支出のため、原告が被告から借入をなしたが、その利息として平成二年九月二八日から平成六年五月三一日までに支払った金員二億一七七五万二五二一円

(3) 保証会社に対し支払った保証料等の諸経費一六九六万六九八三円

(4) 本件事業のために本件土地等の取得費用として支出した金額一一億六一一六万二四九四円と、現時点での時価約一億円との差額の損失が少なくとも一〇億六一〇〇万円

(5) 原告が本件事業を行う期間において、一般管理費として支出した金員のうち、三分の一に相当する金員が本件事業のための間接経費であり、この金員が二億〇九七〇万円

(6) 本件事業が完成した場合に原告が得べかりし利益四億七六〇〇万円

(二) 被告の主張

原告の右主張は争う。

(1) 第二の二1(二)で指摘したとおり、本件全額融資契約は成立していないのであるから、被告に債務不履行はなく、被告が損害賠償の責を負うことはない。

(2) 原告は、本件事業と同時期に、本件事業と同様に、借地権者の存在する土地を購入し、借地権買取ないし等価交換を行った上で、土地上に建物を建設して販売することを目的とする事業を開始したが、それらの事業は、土地買取はなされたものの、建物建設はなされず、購入した土地を第三者に売却しており、事業は完遂していない。また、原告は、平成三年六月以降、被告に対し、本件事業に関する融資を積極的に求めてくることがなく、事業の変更を含めた事業計画の提示もなかった。かかる事情からして、被告が融資をしなかったことと、本件事業が頓挫したことの間には、因果関係があるとはいえない。

三  証拠関係

証拠の関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第三  争点に対する判断

一  原被告間の交渉及び融資の経緯

前記第二の一の事実に証拠(後掲のとおり。)を併せると、原被告間の交渉及び融資の経緯は次のとおりであると認められ、原告代表者尋問の結果中右認定に反する部分並びに<証拠略>中の右認定に反する部分は、右認定事実及びその認定に供した証拠関係に照らしていずれもそのとおりには信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告は、平成元年末ころより、被告支店の担当者から、融資案件があれば紹介してほしいとの申し出を受けるようになった。平成二年三月ころには、原告は、被告支店に当座預金口座を開設した。(<証拠略>)

2  夏野は、同年七月に、被告支店の得意先係新規先担当として、被告の新規融資先を開拓する職務に就いたが、原告についても、新規融資が見込める会社であるとして、その事務所を何度か訪問した(乙第八号証、証人夏野)。

3  同年八月上旬ころ、原告は、本件土地を購入し、同土地上の建物に居住している借地権者と交渉を行い、その明渡しを受けた上でマンションを建設することを目的とする本件事業を行うことを決定し、同土地の購入を同年九月末を目途に行うこととして、従前の開発事業に際し主として融資を受けていた中央信託銀行に対し、本件事業資金の融資を打診した。しかし、同銀行から、原告がすでに同銀行に対して別の事業資金の融資申込をしており、同時に二つの事業資金の融資を行うことについては銀行本部の承認を得るのが困難であり、時間的に間に合わない旨の回答を受けた。そこで原告は、被告から本件事業資金の融資を受けることを考え、そのころ原告の事務所を訪問した夏野に対し、底地である本件土地を購入し、同土地上にマンションを建設する事業計画があることを紹介した。夏野は、被告として融資を検討するに値する事業であると考え、本件土地の登記簿謄本をとったり、現地調査を行うなどした。(<証拠略>)

4  同月下旬ころ、原告は、夏野に対し、本件事業について融資を頼みたいので原告事務所に来るよう連絡した。これを受け、同年九月五日、冬野と夏野が原告の事務所を訪問し、原告代表者佐藤仁明(佐藤という。)及び原告の経理担当者であった鈴木順(鈴木という。)と面談した。佐藤及び鈴木は、冬野及び夏野に対し、原告の業務内容やこれまで手がけた事業その他の実績及び財務状態について説明するとともに、本件書面(乙第一号証)を提出し、本件事業計画の内容やスケジュール等に関して具体的な説明をなし、本件土地の借地権者から土地明渡しを受ける方法について、買取方式と等価交換方式とがあるとして、それぞれの方式によった場合の必要資金を明らかにし、原告としては、買取方式の方が利益が上がるので、まずは買取方式で交渉に当たり、借地権者が原告による借地権の買取りに応じなかった場合には、等価交換方式で明渡しを実現させる予定であること、原告としては、本件事業のような土地開発事業における借地権者との交渉についてはノウハウを有しており、本件事業では全ての借地権者と買取方式で交渉を成立させることができると考えていること、いずれの方式によっても、交渉を成立させ、本件事業をスケジュールどおり進める自信があることを述べ、本件事業資金の融資を行うように依頼した。冬野及び夏野は、本件書面等の資料を受領し、右融資について被告支店と本部の稟議にかけると回答し、佐藤らに対し、被告としては原告に対する融資を行う意向である旨伝えた。(<証拠略>)

5  原告と本件土地の所有者であったTは、同日、国土利用計画法二三条一項に基づく本件土地売買についての土地売買等届出書を作成し、同月六日、同書面を港区長宛に提出した。原告は、同日、原告の関連会社であるU株式会社を経由して、Tに対し、一億九〇〇〇万円の貸付をなしたが、右貸付は、実質的には、本件土地購入の手付金交付の意味をもっていた。(<証拠略>)

6  被告は、原告の財務状態や業績、本件事業の内容を分析し、原告に対する融資の可否を検討した結果、原告に対する初めての融資案件であること、全ての借地権者について買取方式をとれば事業資金総額は約三五億円となり、原告の会社の規模と比較すると融資額が過大になることから、保証会社が原告の債務の保証をなせば、被告として、原告に対する融資を行うことができるということになり、同月七日、冬野は、原告に対し、保証会社の保証が付けられれば融資を行う旨、電話で通知した(<証拠略>)。

7  同月一〇日、佐藤と冬野は、保証会社に赴き、佐藤は、保証会社に対し、原告の業務内容や実績について述べるとともに、本件書面を提出して、本件事業の概要や資金について説明を行って、債務の保証を依頼し、冬野も、被告が原告に対し、本件事業に必要な資金を融資することを検討しており、資金は買取方式で行われれば約三五億円、等価交換方式で行われれば約一七億円であることを説明し、保証会社に対し、被告の原告に対する融資について、原告の債務を保証することを打診した。保証会社としては、本件事業に関してより具体的な内容を知りたいとの希望をもち、実務担当者レベルで話をすることになり、同月一一日、鈴木、夏野と、保証会社担当者が話合いを行った。鈴木は、本件事業について、その内容や期間、必要とされる資金等の具体的な説明をなし、資金の融資を被告に依頼しており、保証会社の保証が得られれば融資を受けられること、及び近く本件土地購入資金が必要になることを述べた。夏野も、保証会社に対し、保証会社が原告の債務について保証をすれば、被告は、原告に対し融資をする意向であるとして、原告に対する融資について保証をなすよう申し入れるとともに、近く実行されることになっている本件土地購入資金と諸経費分の七億五〇〇〇万円の融資について保証をするよう依頼した。(<証拠略>)

8  同月二〇日過ぎころ、保証会社の保証が付くことを条件に、原告に対して七億五〇〇〇万円を融資することを認める旨の、被告の審査部門の決裁が下りた(<証拠略>)。

9  同月二七日、原告及びTに対し、港区長から、本件土地の売買について、国土利用計画法二七条の四第一項の規定に基づく勧告をしないことを決定した旨の通知がなされ、原告は、右通知がなされたことを被告に伝えた。同日、保証会社において、被告の原告に対する七億五〇〇〇万円の融資について、原告の債務を保証することを認める決裁が下りた。(<証拠略>)

10  同月二八日、原告は、被告に対して銀行取引約定書を提出するとともに、被告との間で、第一融資の契約を締結し、佐藤は、被告に対し、右銀行取引約定書に基づく取引により原告が被告に対して負担する債務について、主債務の元本極度額を七億五〇〇〇万円と定め、連帯して保証することを約した。また、原告は、保証会社に対して取引約定書を提出し、保証会社との間で、原告が被告に対して負うべき第一融資契約上の債務を保証会社が保証することを委託する契約を締結し、保証会社は、被告に対し、右保証をなした。同日、原告は、Tから、本件土地を買い受け、同土地の所有権移転登記を経由するとともに、同土地上に本件根抵当権を設定した。(<証拠略>)

11  同年一一月七日、佐藤、鈴木及び夏野が保証会社に赴き、佐藤と鈴木は、保証会社に対し、本件土地の借地権者との折衝状況の一覧表を示し、本件事業の進捗状況を報告した。その内容は、借地権者のうち丙山常男(丙山という。)が話合いの席に着かないので、同人を被告として建物収去土地明渡請求の訴訟を提起したが、和解で決着をつける予定であること、他の借地権者とは数回交渉を行い、全体としては借地権売却に反対の雰囲気があるが、個々の折衝においては条件次第で売却の意思が見られる者もおり、予定どおり成約できそうであるというものであった。(<証拠略>)

12  平成三年二月ころ、原告は、甲山との間で借地権売買について合意し、同月二〇日、同人から、本件土地(その一部で六九・四二平方メートル)の借地権付き建物を二億四七三〇万一一五二円で売り渡すことを承諾する旨の書面を受領した。そして、原告は同月二一日、甲山とともに、国土利用計画法二三条一項に基づき、港区長に対し、右借地権売買の届出をなした。(<証拠略>)

13  原告は、同月二二日ころ、被告及び保証会社に対し、本件土地の借地権者との交渉状況を書面で報告するとともに、甲山の借地権についての売渡承諾書の写し及び国土法の届出書写しを送付した。右書面によれば、甲山のほか、乙山との間でも交渉がまとまりつつあるものの、丙山との訴訟では和解は成立しておらず、他の借地権者との問では週一回程度の交渉を続けているものの、売買条件の合意には至っておらず、未だ借地権売却に消極的な態度をとっている者も二人いる状況であった。(<証拠略>)

14  同月二八日、原告は、港区長より、前記甲山との借地権売買について国土利用計画法二七条の四第一項の規定に基づく勧告をしないことを決定した旨の通知を受けた。そこで原告は、被告に対し、右借地権売買代金に弁済期までの利息相当額を加え二億八〇〇〇万円を融資するよう申し入れた。被告が保証会社に対し、右融資について原告の債務の保証をなすよう依頼したところ、保証会社は、原告からの借地権者との折衝に関する報告の内容から、当初の借地権者との交渉終了予定時であった同年六月までに交渉が終了するか疑問であるとして、本件事業の進捗に対する懸念を示した。被告は、保証会社に対し、甲山の借地権売買代金の融資については保証をなすよう要請したところ、保証会社は、右融資による原告の債務の保証をなすことは了承したが、以後の融資金全額について保証をすることは難しいとの意向を示した。(<証拠略>)

15  同年三月一九日、原告と被告との間で第二融資がなされ、佐藤は、被告に対し、第一融資の際に被告と締結した保証契約の元本極度額を一〇億三〇〇〇万円に変更することを約し、第二融資に関しても、被告に対して原告の債務を原告と連帯して保証した。また、原告と保証会社との間で右融資についての保証委託契約が成立し、保証会社が右融資に基づく原告の債務について保証をなすとともに、本件根抵当権の極度額が一二億五〇〇〇万円に増額された。同日、原告と甲山は、甲山の本件土地の借地権付き建物を代金二億四七三〇万一一五二円で売買する契約を締結した。(<証拠略>)

16  同月下旬ころ、冬野及び夏野と、保証会社担当者が、原告に対する融資についての対応を決めるため協議を行ったが、保証会社は、本件事業が予定どおり完成して、原告が弁済期に弁済をなしうるのか疑問であるとして、以後の融資について全額保証をすることは困難であるという最終的な結論を伝えた。被告としても、保証会社の保証がない限り原告に対する融資をしないという方針であったことから、借地権者の借地売買同意書等、本件事業完成の見通しを確認しうる書類が提出された段階で改めて融資を検討するということになり、その旨原告に伝えた。(<証拠略>)

17  同年四月八日ころ、原告は、被告に対し、右時点における本件土地の借地権者との交渉状況一覧表を提出した。右書面によれば、原告と本件土地の借地権者との間で、借地権の売買契約が成立したのは、甲山との間のみであり、丙山との訴訟は継続し、他の借地権者との間でも進展はあまりみられなかった。その後、乙山との間では、本件土地の借地権付き建物売買に関して合意に至り、被告に対し、右売買代金及び諸費用等の融資をなすよう求めたが、被告は、融資はできない旨回答した。原告は、同年六月一二日、乙山との間で、右売買契約を締結するとともに、右代金の一部金として二二〇〇万円を自己資金で支払った。同契約においては、同年八月末日までに乙山が本件土地上の建物から退去して、これを引き渡すとともに、原告が残代金一億円の支払をなすこととされていたが、原告は、被告からの融資を受けることができなかったため、同日までに右残代金の支払をなすことができず、原告と乙山は、同年一二月二七日、右一億円のうち中間金として七五〇万円及び移転補償金として二〇〇万円を支払い、乙山の建物引渡し及び原告の残金支払を平成五年六月末日限り行うことで合意した。(<証拠略>)

18  第一融資及び第二融資の弁済期である平成四年一〇月三一日を経過しても、原告は被告に対し弁済をなすことができなかった。被告が原告に対し、本件事業の状況につき報告を求めると、原告は、既に買取の済んだ甲山以外の借地権者からの本件土地明渡しについては、以後等価交換方式で進めることとし、平成六年二月には借地権者らからの明渡しを完了させ、平成七年二月にマンション建設工事を完成させる計画である旨の説明をなした。被告は、原告が利息の支払は続けていたこともあり、保証会社とも協議の上、原告との間で、右両融資の弁済期を、借地権者らからの明渡完了予定時である平成六年二月末日に変更することで合意するとともに、平成四年一一月三〇日には本件準消費貸借契約を締結し、保証会社は、右契約に基づき原告が被告に対して負担する債務を保証した。その後、原告と被告は、右準消費貸借契約の弁済期を平成七年二月二八日に変更したが、平成六年七月に至って、原告は利息の支払も行わないようになり、右変更後の弁済期を経過しても弁済はなされなかった。被告は、保証会社に対し、右準消費貸借契約に付随する保証債務の履行を求め、保証会社は、平成八年三月二一日、被告に対し、右準消費貸借契約の元本及び利息の弁済をなした。(<証拠略>)

二  争点一について

1  消費貸借契約は要物契約であるところ、前記一の認定各事実によれば、被告から原告に対し、三五億二七〇〇万円及び事業期間中の支払利息相当額四億六八〇〇万円の合計額相当の金員が交付された事実は認められないから、右金額について消費貸借契約が成立したとはいえない。そこで、右金額について融資をなすことの合意がなされたか、すなわち、消費貸借の予約又は諾成的消費貸借契約の成立が認められるか否かを検討する。

2  前記認定のとおり、平成二年九月五日の時点において、原告が、本件書面を提出して、本件事業について説明し、これを買取方式で進めたい旨を明らかにした上で、本件事業資金の融資を行うよう依頼し、冬野及び夏野が、被告として、原告に対して融資を行う意向であると告げていることが認められる。また、乙第一号証によれば、本件書面においては、借入金の返済期が、本件土地上にマンションが完成してこれを販売する予定時期であった平成四年一〇月とされていることが認められ、被告としては、原告の返済原資として第一には右マンションの販売収入を考えていたことは明らかである。そして、前記認定のとおり、被告担当者は、同月七日には、保証会社の保証が付けば原告に対し融資を行う旨原告に伝えていた事実も認められる。

3  しかしながら、総額四〇億円近い金員に関する融資契約が金融機関との間で締結されたというのであれば、右の事実を証する契約書面が作成されるのが通常であるところ、原被告間において、本件事業資金額全体及び支払利息相当額について融資をなす旨の契約書が交わされたことはなく、被告が、原告に対し、本件事業資金全体及び支払利息相当額について融資をなす旨の融資証明書を交付した事実もない。

この点について、原告は、被告においては、融資に関し、被告と借主の双方が署名した書面や、被告による融資証明書等の念書の作成をなさず、一方的に借主側から文書を差し入れさせる慣行がとられており、右慣行に照らせば、被告が本件書面を受け取ったことは、本件全額融資契約の締結を示すものであると主張する。確かに、本件において原告と被告との間で成立した銀行取引約定や金銭消費貸借契約及び佐藤と被告との間で成立した連帯保証契約は、いずれもその契約の証として、原告あるいは佐藤作成の銀行取引約定書、金銭消費貸借契約証書及び保証書等を被告に差し入れる形式によって締結されていることが認められる(<証拠略>)。しかしながら、右の各書面は、その形式及び趣旨から、事前に当事者間で約定された必要事項を、被告所定様式による用紙に記入して完成されたものであることが明らかである。ところが、本件書面の形式、内容及び添付資料並びに本件書面が被告に提出されるに至る経緯とその際の状況は先に認定したとおり(第二の一の4、第三の一の4)であって、これを右銀行取引約定書等と同視することができないことは明らかである。

しかも、融資申込書の提出を受けた金融機関は、その融資を実行するか否かを検討するとなれば、右申込書を受領した上で検討をなすものであるから、右申込書の受領が直ちに消費貸借契約の予約ないしは諾成的消費貸借契約の締結を示すものとはいえない。まして、<証拠略>によれば、本件書面の受領に関与した冬野は被告支店の次長職、夏野は被告支店得意先係の新規先担当であり、いずれも融資に関する最終決定権限を有していなかったことが認められるものである。また、前記認定のとおり、原被告間においては、従前融資契約を締結したことはなく、第一融資が被告の原告に対する初めての融資であったこと及びその際には原告から金銭消費貸借契約証書が差し入れられていることからすれば、原被告双方の合意書面又は被告による融資証明書等の書面が作成されていればともかく、そのような事情の認められない本件においては、原告提出にかかる本件書面を被告が受領することで、総額四〇億円近い巨額の金員に係る消費貸借契約の予約又は諾成的消費貸借契約が成立するような関係が原被告間で醸成されていたとも認められないのであって、原告の右主張を採用することはできない。

4  また、原告が、被告担当者に対し、本件事業に関して、その予定所要資金を含めて具体的に説明したのは、平成二年九月五日に本件書面を示して説明をなしたのが最初であり、右の時点では、原告としては買取方式をまずは選択する方針であり、買取方式で本件土地の借地権者との交渉を成立させる自信をもっていることを明らかにしていたものの、本件土地の借地権者との具体的な交渉は始まっておらず、最終的に買取方式、等価交換方式のいずれの方式をどのように組み合わせて事業を完了させることになるかについて確実な見通しはなく、事業資金総額は確定していなかったこと、本件書面では、買取方式、等価交換方式それぞれの場合について、借入希望日、借入金額及びその内訳、並びに返済期日の記載があり、同書面に添付された「損益計画表」と題する書面では、期間中に発生する利息額が計算されてはいるものの、本件書面に記載された借入金額及び内訳は、事業資金として必要となる額の予定を記載したものにすぎず、本件第一及び第二融資でなされたような支払利息分の金員等に関する考慮はなされていないこと、本件書面には利息等の借入条件は記載されていないこと、そして、原告が被告に銀行取引約定書を提出したのは、本件書面提出後二〇日余りを経て被告から第一融資がなされた九月二八日であることが認められ、本件書面の記載内容や被告担当者に対する本件書面の提出時期からすると、本件書面をもって本件全額融資契約に係る申込書面と認めるのは困難である。

もっとも、原告は、同年八月の時点で、被告に対し、本件事業について具体的に説明をしていたと主張し、佐藤は、<証拠略>における供述において、原告は、同月に事業収支表等本件事業概要の資料を既に被告支店に送付していたと述べ、鈴木も、<証拠略>において同様に述べている。しかし、右各証拠においても、具体的にいかなる資料を被告に送付したのか明らかでない上、佐藤は、原告代表者尋問において、同年九月五日以前に原告従業員が、被告に対し、本件事業について資金等の具体的な説明をしたか否かは知らないこと、資料をファクシミリで送付したとは聞いたが、原告従業員のうちの誰が、被告担当者のうちの誰に対して、いかなる資料を送ったかについての報告は受けていない旨を供述しており、同年八月の時点で、原告が被告に対し、本件事業概要の資料を送付していたとする佐藤及び鈴木の各供述証拠は信用することができず、原告の右主張は採用することができない。

そして、前記認定のとおり、平成二年九月の時点では、原被告間で、本件土地の購入に際し必要な資金を前提として被告が原告に対し融資すべき額が決定され、その額についての金銭消費貸借証書を作成の上、第一融資が実行されたのであり、平成三年三月に実行された第二融資も、原告と甲山との間で、甲山が有していた借地権の売買及びその条件が合意されたのを受けて、原告が、右借地権購入に必要となった額の融資を申し込み、その額について金銭消費貸借契約証書が作成された上で行われていること、乙山からの借地権購入に必要な資金の融資を原告が被告に申し込んだ際にも、乙山との間で代金及び支払方法の合意がなされたことを受けて、その合意に基づいて融資希望額を決定していることが認められ、右事実は、個別の融資申込みごとに融資金額や融資条件等に関して原被告間でその都度合意が形成されたことを端的に示すものであるが、第一、第二融資以外に、具体的に融資金額や融資条件等に関して、原被告間で合意がなされた事実は認められない。

5  さらに、被告は、原告への融資に関する担保として、保証会社による保証をとっているが、右保証は、第一、第二融資それぞれの時点で、各融資金額についてなされているにすぎず、右両融資において連帯保証人となっている佐藤との間でも、各融資金額について連帯保証を受けたものであって、被告は第一、第二融資の融資合計額を超えて担保を得てはいない。この点について、原告は、被告が本件全額融資契約に基づく融資をなすこととして、保証会社に対し保証をなすよう求めれば、保証会社がこれを拒絶することは考えられず、また、原告が、被告又は保証会社に対して物的担保の設定を拒絶することもないのだから、被告は実質的に本件全額融資契約についての担保設定を受けていたと解されるとの主張をしている。しかし、保証会社は、主債務者たる原告の経済状態等事情の変化があれば、当然には原告の債務の保証をなすとはいえず、実際にも、前記認定のとおり、本件事業の進捗状態に懸念を抱いて、事業資金全額の融資について保証をすることはできないと被告に伝えているし、原告から現実に取得していない担保をもって、被告が実質的に担保を得ているということはできず、原告の右主張はこれを採用することができない。

6  以上の事実及び判断に照らすと、平成二年九月五日に、原告から本件書面が提出され、冬野及び夏野が、原告に対し、本件事業資金の融資を行う意向を伝えたこと、その際、冬野らは、原告の返済原資としてマンションの販売収入を第一に考えていたこと、同月七日に、冬野が、原告に対し、保証会社の保証が付けば融資を行う旨を原告に伝えたことをもって、被告が本件事業資金総額約三五億円及び本件事業期間に発生する利息分の融資を行うことを確定的に約束したと認めるには足りない。そして、右両日や同月一〇日、一一日及びその他の期日においても、被告が、原告に対し、右金額の融資を確定的に約したと認めるに足りる証拠もない。

もっとも、<証拠略>には、同月七日に冬野が、原告に対し、本件事業資金全額の融資実行について本部稟議が下りた旨連絡してきたとする箇所があり、原告代表者尋問の結果中にも同旨の供述があるが、前記認定のとおり、同日の段階では、被告において原告に対する融資に関し本部の稟議はまだ下りていないと認められる上、仮に冬野が右の趣旨の発言をなしたとしても、右各証拠によっても、冬野は同時に、原告に対し、保証会社の保証が付くことが融資の条件となると伝えていることが認められるところ、前記認定のとおり、同日の段階では、原告は保証会社との間で本件融資に関する保証委託申込をなしていないのみならず、<証拠略>によれば、原告は保証会社と従前取引をしたことはなかったことが認められ、これらの点に鑑みれば、前記各証拠によっても、同日、原被告間において、本件事業資金全額についての消費貸借の予約又は諾成的消費貸借が成立したと認めることはできない。

7  ところで、原告は、平成二年九月一〇日、保証会社に本件事業の説明をなし、本件融資に関し保証を依頼したところ、保証会社はこれを了承して、保証会社との間で保証委託契約が締結され、これを受けて同日、被告との間で本件事業資金総額約三五億円についての融資契約を締結したと主張し、佐藤は<証拠略>において、鈴木は<証拠略>において、それぞれ右主張に沿う供述をしている。

しかし、同日ないし同月一一日に、原被告間で契約書面や合意書面が交わされていないこと、被告が原告に対して融資証明書等の書面を交付してもいないことは前記のとおりである上、右両日において、原告と保証会社との間で契約書面や合意書面が交わされたり、保証会社が原告に対して原告の債務を保証することを約する書面を交付したとも認められない。そして、保証会社が原告の債務の保証をなすのは初めてであり、保証会社は、佐藤らから説明を受ける前に、本件事業に関する資料を被告から受け取り、原告や本件事業に関する説明も受けていること、原告のみならず被告も保証をするよう求めたこと、及び保証会社が保証をなせば、被告が原告に対し融資をする意向であると認識していたことは前記認定のとおりであるが、原告において本件土地の借地権者との交渉も始めておらず、事業資金総額も確定していない本件事業について、原告代表者である佐藤らと初めて面会してその説明を受けた席において、保証会社が約三五億円もの本件事業資金全額の融資について債務の保証をすることを約するとは考え難く、これらの点を総合すれば、同月一〇日ないし同月一一日に、原告と保証会社との間で、本件全額融資について保証委託契約が成立したと認めることはできない。そして、被告が、原告に対し、保証会社の保証が付くことが融資の条件であると伝えていたことに照らせば、前記の佐藤及び鈴木の供述は信用することができず、原告の前記主張も採用することができない。

8  以上のとおりであり、他に、原被告間において、本件事業資金三五億二七〇〇万円及び本件事業期間中の支払利息分の金員四億六八〇〇万円の合計金額について、消費貸借の予約ないし諾成的消費貸借契約が成立したことを認めるに足りる証拠は存在しないから、原告が本件全額融資契約締結日と主張する平成二年九月一〇日のみならず、その他の期日においても、原被告間で、右合計金額について、消費貸借の予約又は諾成的消費貸借契約が成立したと認めることはできない。

したがって、争点一に関する原告の主張は理由がない。

三  結論

以上の認定及び判断の結果によると、本件全額融資契約は、これを消費貸借の予約又は諾成的消費貸借契約と解してもその成立は認められないのであるから、争点二について検討するまでもなく、右契約の成立を前提とする原告の本訴請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。

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