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東京地方裁判所 平成9年(ワ)6487号 判決 1998年9月25日

原告

キクエイ都市開発株式会社

右代表者代表取締役

菊池彦一

右訴訟代理人弁護士

遠藤直哉

萬場友章

田中秀一

新谷桂

水野靖史

被告

株式会社ダイケン・プランニング

右代表者代表取締役

南俊次

被告

株式会社和創ハウジング

右代表者代表取締役

朝倉重夫

右両名訴訟代理人弁護士

黒沢雅寛

被告

宮本嘉代子

右訴訟代理人弁護士

朝倉正幸

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  株式会社ダイケン・プランニング(以下「被告ダイケン」という。)及び被告宮本嘉代子(以下「被告宮本」という。)は、原告に対し、それぞれ二〇七万〇三〇〇円及びこれに対する被告ダイケンについては同年四月一五日から、被告宮本については平成九年四月一三日からそれぞれ支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社和創ハウジング(以下「被告和創」という。)は、原告に対し、四一四万〇六〇〇円及びこれに対する平成九年四月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、宅地建物取引業者である原告が、被告和創の仲介によって被告ダイケンと被告宮本との間で成立した不動産の売買契約に関し、右の売買契約は、原告の仲介行為によって契約成立の見込となったのに、被告ダイケンと被告宮本が原告からの報酬請求を不当に免れる目的で原告を排除して締結したものであり、また、被告和創は原告の仲介による契約成立を故意に妨害して報酬請求権を侵害したものであるとして、被告ダイケン、被告宮本に対しては民法一三〇条に基づき(予備的主張として寄与度に応じた仲介報酬請求権)、被告和創に対しては民法七〇九条に基づき、それぞれ仲介報酬額相当の金員の支払を求めている事件である。

二  争いのない事実

1  原告は、不動産の取得、所有、賃貸及び管理等を主たる業務とする株式会社であり、東京都より免許を受けて、宅地建物取引業を行っている。また、被告ダイケンは、経営コンサルタント業並びに不動産の売買、仲介、賃貸及び管理等を主たる業務とする株式会社であり、被告和創は、不動産の仲介、賃貸及び管理等を主たる業務とする株式会社である。

2  被告和創の仲介により、平成八年一〇月七日、被告ダイケンと被告宮本の間で、被告ダイケンが建築した新宿区西早稲田三丁目<番地略>所在の借地権付き新築一戸建て分譲住宅(以下「本件住宅」という。)につき、売買契約が成立した(以下「本件売買契約」という。)

三  争点

1  原告の主張

(一) 原告は、平成八年九月二日ころ、被告ダイケンに対して、本件住宅を販売するために宣伝活動をしたいと申し入れ、同日ころ、被告ダイケンはこれを承諾したので、原告と被告ダイケンとの間で、本件住宅の売買に関する媒介契約が成立した。

(二) 被告宮本は、前同月八日、原告の主催する現地売出し(現地見学会を開いて販売活動を行うことで、オープンハウスともいう。)を訪れ、本件住宅を見学し、同月一九日には被告宮本の同居人が現地を訪れ、同年一〇月一日には被告宮本とその同居人が一緒に現地を訪れた。原告担当者は、被告宮本が本件住宅の購入に強い意欲を持っていると考え、同月三日、被告宮本宅に赴き、本件住宅の購入方を勧めたところ、被告宮本は、同日、本件住宅購入の仲介を原告に依頼し、六五〇〇万円で本件住宅を購入する旨の買付証書を原告担当者に交付した。したがって、前同日、原告と被告宮本との間に本件住宅販売に関する媒介契約が成立した。

(三) 被告ダイケンと被告和創とは、極めて密接な資本提携関係を有し、一つの建売住宅販売業務に関し、同一の企業グループ内での企画・建設部門と販売部門という形で連携を取りながらこれまで数多くの不動産の販売を行ってきたものであるところ、原告が被告宮本から本件住宅の買付証書を取得したことを知って、被告和創は、本件住宅売買の仲介による手数料を原告から横取りすべく、被告ダイケンは、原告に対する仲介手数料の支払を免れる目的で、被告和創の媒介によって被告ダイケンと被告宮本の売買契約を成立させ、原告の媒介による売買契約が成立するのを意図的に妨害した。被告宮本は、被告ダイケンと被告和創との右のような関係を知って、本件住宅の売買契約を成立させたものである。被告和創の右行為は、不法行為に当たり、被告ダイケン及び被告宮本の右行為は、条件成就の妨害行為(民法一三〇条)に当たる。

(四) 被告らの妨害がなければ、本件住宅については、原告の仲介によって売買代金を六七〇〇万円とする売買契約が成立したはずであるから、被告ダイケン及び被告宮本は、条件成就を故意に妨げたものとして媒介契約上の報酬支払義務を免れず、売買代金額の三パーセントに当たる二〇一万円と消費税分六万〇三〇〇円の合計二〇七万〇三〇〇円を原告に支払うべきである。また、被告和創は、不法行為による損害賠償として、原告が被告ダイケン及び被告宮本から得られたはずの報酬金相当額四一四万〇六〇〇円を原告に支払うべきである。

なお、被告らの行為が条件成就を故意に妨害したといえなくても、原告の仲介行為が本件売買契約の成立に大きく寄与していることは明らかであるから、被告ダイケン、被告宮本は、寄与度に応じた報酬を支払うべきであるところ、本件における原告の寄与度に勘案すれば少なくとも請求金額の二分の一の報酬を支払うべきである(予備的主張)。

2  被告和創、被告ダイケンの主張

(一) 仮に原告と被告ダイケンとの間に、本件住宅の売買に関する媒介契約が成立したとしても、それは拘束力の弱い一般媒介契約であり、他の仲介業者も自由に仲介することはでき、他の仲介業者の仲介によって売買契約が成立した場合には、被告ダイケンは、原告に対して仲介手数料を支払うべき義務は負わないものである。

(二) 本件においては、原告は、被告宮本の六五〇〇万円の買付証書をもとに被告ダイケンと売買価額の交渉をしようとしたが、右被告宮本の買受希望価額と被告ダイケンの販売希望価額との差が大きいとして、交渉に入ることすらできず、原告からその報告を聞いた被告宮本は、原告の仲介によって本件住宅を購入することをあきらめざるを得なかった。

(三) 被告和創は、平成八年九月二九日、本件住宅等について現地売出しを行ったが、右同日、被告宮本が現地に見学に来たため、被告和創の担当者は、被告宮本に販売活動を行った。その過程で、被告和創の担当者は、同年一〇月五日、被告宮本が原告に買付証書を提出していることを知ったが、その時点において、原告による本件住宅の売買についての実質的な交渉はされていなかった。

(四) そこで、被告和創の担当者が被告ダイケンと被告宮本の間に立って売買価額の交渉をした結果、合意をみたので、平成八年一〇月七日に代金六五五〇万円で本件売買契約が成立したものであって、原告の仲介行為と本件売買契約成立との間には何ら因果関係はなく、また、被告和創の行為が不法行為として非難されるべきいわれはない。

3  被告宮本の主張

(一) 原告と被告宮本との間で本件住宅の購入に関する一般媒介契約が成立したことは認める。

(二) しかし、被告宮本は、原告担当者を通じて本件住宅を六五〇〇万円で購入する旨申し込んでもらったが、被告ダイケンから右金額での売買を断られてしまったのであり、被告宮本は、その時点で本件住宅の購入をあきらめた。この時点で、原告と被告宮本の一般媒介契約は、明示又は黙示の合意解除が成立したものというべきである。

(三) その後、被告宮本は、被告和創との間で媒介契約を締結し、被告和創に売買価額の交渉をしてもらった結果、本件売買契約が成立したものであり、原告の仲介行為によって本件売買契約が成立したのではない。また、被告宮本は、本件売買契約成立に伴う仲介手数料を被告和創に支払っており、仲介手数料の支払を不当に免れる意図は毛頭なかったのである。

第三  判断

一  証拠(甲一の1、2、二ないし四、五の1ないし3、六の1ないし9、乙一ないし七、丙一、証人山村裕、同滝本重人、同武島英巳、被告宮本嘉代子)並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件売買契約が成立した経緯等について、以下の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

1  被告ダイケンは、平成八年八月(なお、以下においては特に断らない限り平成八年を指し、月日のみで表示する。)。本件不動産の所在地に、本件住宅を含めて三棟の一戸建て建売住宅(この三棟は、売出し当時A号棟ないしC号棟と名付けられていたが、本件住宅はC号棟に当たる。以下三棟を併せて「本件建売住宅」という。)の建築を開始し、そのころ、この三棟をそれぞれ借地権付きで六九八〇万円の価額で売り出すことを不動産仲介業者間のコンピューターネットワーク「アットホーム」に登録した。なお、本件建売住宅は、一一月に完成の予定であった。

2  右「アットホーム」の登録情報を見た原告は、平成八年九月二日、被告ダイケンに対して、本件建売住宅の現地売出し(オープンハウス)を同月七日と八日に開催したい旨し申入れたところ、被告ダイケンはこれを承諾した。そこで、原告は、本件建売住宅の概要等を記載した新聞折込広告を頒布した上で、右の両日、現地売出しを実施し、その後も同月一四日、一五日、一六日の三日間被告ダイケンの了承の下で、現地売出しを開催した。

3  自分が住むための居宅を探していた被告宮本は、原告の頒布した折込広告を見て、九月八日、原告開催の現地売出しを訪れ、本件建売住宅を見学した。現地では、原告の社員である山村裕(以下「山村」という。)が被告宮本に応対したが、被告宮本は、原告のアンケートに住所氏名を記載して回答した。被告宮本は、右現地売出しの後も何度か本件建売住宅を見に行ったが、山村も被告宮本の自宅に何度か本件建売住宅の購入を勧める電話をした。

4  一方、被告和創は、被告ダイケンの承諾を得て、新聞折込広告を頒布した上で、八月三一日、九月一日の両日、九月二八日と二九日の両日及び一〇月五日と六日の両日の三回にわたって、本件建売住宅の現地売出しを開催したが、被告宮本は、九月二九日、被告和創の現地売出しを訪れ、被告和創のアンケートにも住所氏名を記載して回答した。このとき、被告宮本は、被告和創の社員である武島英巳(以下「武島」という。)に対し、原告にも本件建売住宅の見学をさせてもらっていること、A号棟を購入する希望があることを伝えた。武島は、被告宮本が帰ってまもなくA号棟については被告和創の仲介により売買契約が成立する見込みとなったため、被告宮本宅へファクスで、A号棟は無理になったのでC号棟(本件住宅)ではどうかという連絡を入れた。

なお、本件建売住宅について現地売出しを行ったのは、原告と被告和創の両社のみであった。

5  被告宮本は、一〇月一日、本件建売住宅の現場で、原告の山村と会い、A号棟はどうなっているかと尋ねたところ、山村は、売主の被告ダイケンに確認したところではA号棟は契約予定との回答だったと答えた。被告宮本は、A号棟が購入できないことを知ってがっかりしたが、山村がB号棟かC号棟ではどうかと勧めたため、どちらかというとC号棟と返事をした。

6  一〇月三日、山村から被告宮本のもとに電話があったため、被告宮本は、条件的に購入できる金額ならC号棟を購入したいと伝えた。そこで、同日夜、山村は、被告宮本宅を訪れ、被告宮本と購入条件等を話し合ったが、被告宮本は、六五〇〇万円ならC号棟を購入すると山村に述べた。山村が六五〇〇万円で売主と交渉をすることを約束したため、被告宮本は、購入価額を六五〇〇万円とする買付証書(甲三)に署名押印して、これを山村に交付した。

7  一〇月四日、山村は、被告ダイケンに本件住宅を六五〇〇万円で購入を希望する客がいることを伝え、六五〇〇万円で売って欲しい旨電話で申し入れた。これに対して、被告ダイケンは、本件住宅は、新築中の建物であるので値引きはできない旨回答した。そこで、山村は、同日夜、電話で被告宮本に、本件住宅は値引きはできないと言われ、六五〇〇万円では売買は成立しなかった旨を伝え、一〇月五日と六日に被告和創の現地売出しがあるので、売れ残るようであれば再度考えましょうと述べた。被告宮本は、A号棟が既に売買が決まったことから、本件住宅も売出価額で売れてしまうのではないかと落胆した。

8  翌一〇月五日、被告和創の武島は、被告宮本に本件住宅の購入方を勧める電話をかけたが、その際、被告宮本は、武島に対し、原告を通じて本件住宅を六五〇〇万円で買いたい旨を被告ダイケンに申し込んだが断られたこと、原告は売れ残ったらその時点で考えるということであったが、売れてしまうのではないかと心配していること、A号棟なら売出価額でも欲しかったが、本件住宅は借地面積が広く地代が高くなるので、六五〇〇万円位での購入を希望していることなどを告げた。これに対して、武島は、本件建売住宅は、売主がオープンにしているのでどの業者でも仲介でき、被告和創又は他の業者の仲介によって他の客が購入してしまうかも知れないこと、A号棟も被告和創が仲介して契約が成立しているし、売主から信頼されているので契約ができるよう努力することを告げ、被告和創にやらせて欲しいと伝えた。被告宮本がこれを承諾すると、武島は、被告ダイケンに、本件住宅が買主との間で売買交渉が進んでいる状態である「売止め」になっていないことを確認した上、被告宮本宅に赴き、被告宮本に本件住宅を六五〇〇万円で購入する旨の購入申込証書(乙四)を記載してもらった。その際、被告宮本は、武島に対し、原告にも買付証書を出しているが大丈夫かと尋ねたが、武島は、被告ダイケンに確認したところ「売止め」になっていないし、原告は被告ダイケンから断られているのだから法的には何も問題はないと答え、被告宮本の都合を聞いて契約の予定日を一〇月七日の夜とし、場所を被告和創の事務所と指定した。

9  武島は、一〇月五日、被告ダイケンの滝本重人営業課長(以下「滝本課長」という。)に、仲介手数料はいらないから、六五〇〇万円で売ってもらえないかと申し入れたが、滝本課長は、仲介手数料を放棄しても六五〇〇万円では売れない、六六〇〇万円以下にはならないと答えた。なお、A号棟は、一〇月二日、被告和創の仲介で六六〇〇万円の現金払いという形で売買契約が成立していたが、被告和創は、この売買でも被告ダイケンに対する仲介手数料を放棄している。

10  そこで、武島は、翌六日、上司とともに被告宮本に会い、何とか一〇〇万円上乗せしてもらえないかと申し入れた。これに対し、被告宮本は、一〇〇万円は無理だが五〇万円くらいなら何とかすると返事をした。武島らは、売主、買主双方の希望価額になお開きがあるもののその差が五〇万円であったことから、直接売主である被告ダイケンと買主である被告宮本を契約の席で会わせてしまえば何とかまとまるのではないかと考え、契約日と予定していた一〇月七日の夜、契約成立ということで両者を引き合わせることにした。

11  一〇月七日の夜、被告宮本、武島、被告ダイケンの社員らが被告和創の事務所に集ったが、その場で被告宮本が了解した価額が六五五〇万円であることが被告ダイケン側に伝えられた。被告ダイケンの社員は、六六〇〇万円で契約ができると考えていたため、話が違うということで武島と話し合い、さらに、滝本課長とも電話で連絡を取り合った結果、滝本課長も、被告宮本が既に契約するつもりで来ている以上六五五〇万円で売ることもやむを得ないとして、六五五〇万円で売買を成立させることを了解した。そこで、被告宮本と被告ダイケンは、同日、売買代金額を六五五〇万円とする本件売買契約を成立させ、被告宮本は持参していた手付金二五〇万円を被告ダイケン側に交付した。

12  本件売買契約成立後、被告宮本は、契約ができたことを原告に話してもよいかと武島に聞いたところ、武島からかまわないと返答されたため、一〇月八日、山村に電話して、被告和創の仲介により本件住宅を購入したことを報告した。

また、被告宮本は、後日、被告和創に対して、仲介手数料等として二〇二万九六〇八円を支払った。

13  なお、被告ダイケンは、旧商号を和創企業株式会社といい、もとは被告和創の一部門を独立させて設立された会社であり、現在は資本の提携関係者や役員の交流はないものの、これまでの経緯から現在も密接な取引関係を有している。本件建売住宅のうちB号棟も、平成九年二月、被告和創の仲介により六五〇〇万円で売却されている。

二  右認定事実に基づき判断する。

1  まず、本件建売住宅について原告が被告ダイケンに現地売出しの了解を求め、被告ダイケンがこれを承諾したことは、単に被告ダイケンが原告のする現地売出しを事実上了解したというにとどまらず、被告ダイケンは、原告が本件建売住宅について仲介行為をすることを了承し、原告の仲介によって売買が成立した場合にはしかるべき報酬を支払うことを黙示的に約したもの、すなわち、媒介契約をしたものと解すべきである。

もっとも、右事実だけしか存在しない本件にあっては、右媒介契約は原告のみが本件住宅の仲介をできるというほどの拘束力を持つものとはいえず、被告ダイケンが他の業者に仲介を委託し、あるいは自ら買主を見つけて売買をすることは何ら妨げられないというべきで、そのようにして売買が成立した場合には、原告に報酬を支払うことを要しないことはもちろんである。

2  次に、被告宮本が原告に対して買付証書を交付したことは、被告宮本が本件住宅の購入に関して仲介行為を委託し、原告の仲介によって売買が成立した場合にはしかるべき報酬を支払うことを黙示的に約したもの、すなわち原告と被告宮本との間に媒介契約が成立したものというべきである(原告と被告宮本との間では、媒介契約の成立自体は争いがない。)。

しかし、被告宮本は、原告との媒介契約があるからといって、被告宮本自身が買主と直接交渉して売買を成立させたり、他の者との間で本件住宅の購入に関する媒介契約を締結したりすることが許されなくなるわけではない。

3  もっとも、買主又は売主の依頼した仲介業者の仲介活動により売買希望価額にあと僅かの差が残っているだけでまもなく売買契約がするに至る状態にあるような場合に、買主又は売主が右業者を排除して直接売買契約を成立させたようなときは、買主又は売主は、業者の仲介によってまもなく売買契約の成立に至るべきことを熟知して故意にその仲介による契約の成立を妨げたものとして、民法一三〇条により、報酬支払義務を免れないことがあるというべきである(最高裁昭和四五年(オ)第六三七号同年一〇月二二日第一小法廷判決・民集二四巻一一号一五九九頁参照)。

4  また、前記認定によれば、被告和創と被告ダイケンとの間にも、本件建売住宅について、原告と被告ダイケンの場合と同様、被告和創が仲介行為をし、それによって売買が成立した場合には被告ダイケンがしかるべき報酬を支払う趣旨の媒介契約があったというべきである。したがって、被告和創が被告ダイケンのために買主を探し、売買を成立させるべく仲介活動をすること自体は何ら問題はなく、たとえ、原告が仲介活動を行っている者に対してであっても、自ら仲介活動のための働きかけをすることは、その態様において著しく取引上の信義則に反するなどの特段の事情のない限り、自由競争の範囲内に属することであり、許されないわけではないというべきである。

三1  かかる見地に立って本件をみるに、前記認定によると、被告宮本は、原告が開催した現地売出しに赴き、原告の担当者と接触し、本件建売住宅購入の希望があることを告げているところ、被告和創が開催した現地売出しにも被告宮本が赴き、被告和創の担当者も被告宮本に対して住宅購入の働きかけを行っているが、被告宮本が最初に本件住宅が売りに出されていることを知ったのは原告の新聞折込広告によるものであり、一〇月三日までは、原告の担当者の方がより積極的に被告宮本に働きかけ、同日、原告が被告宮本から六五〇〇万円で本件住宅を購入する旨の買付証書の交付を受け、翌四日、被告ダイケンに右金額での購入を申し込んでおり、原告を通じて本件住宅の購入が申し込まれた日から三日後の一〇月七日に、被告宮本の買受希望価額とさほど離れていない六五五〇万円で本件売買契約が成立していることが明らかである。

したがって、原告の仲介活動によって被告ダイケンと被告宮本の売買が成立する間際に、被告和創の介入によって本件売買契約が締結されたように見えなくはない。

2  しかしながら、原告は、一〇月四日に六五〇〇万円での購入申込みを被告ダイケンに断られてからは、被告和創が販売活動を行っているのを知りながら、売れ残るのを待つという態度に出て、被告宮本の買受希望価額で購入が可能となるような活動をしなかったのであって、被告和創の介入がなければ、原告の仲介によって売買契約が成立するに至るような状態になっていたわけではない。原告や被告宮本は、被告ダイケンから六五〇〇万円での売買を断られた時点においては、原告の仲介行為によって被告宮本の買受希望価額か又はそれに近い形で売買が成立するとは考えていなかったものとうかがわれるからである。

右のような状況の中で、被告和創の武島は、被告宮本の希望に近い形で売買を成立せせるべく、被告ダイケンとの交渉に入ったのであるが、武島が被告ダイケンとの交渉に成算があると考えたのは、一〇月二日に被告和創の仲介によりA号棟が六六〇〇万円で成約に至ったことを知っていたからであろうことは容易に推認することができる。武島にとっては、現金での売買という売主にとって都合の良い条件があったとはいえ、本件建売住宅三棟の中では一番人気が高かったA号棟でさえ六六〇〇万円で成約したのであるから、仲介業者売主側に対する仲介手数料を放棄すれば、被告宮本の買受希望価額に少しの上積みをするだけで成約するであろうとの見通しが立ったのである。これに対して、原告側はA号棟が六六〇〇万円で売買されたことを知らなかったから、被告宮本の買受希望価額の六五〇〇万円にあと一〇〇万円を上乗せして交渉することを思い浮かばず、売れ残るのを待つという選択をせざるを得なかったのである。結果的に被告ダイケンと被告宮本の本件売買契約の価額は六五五〇万円となり、原告が申し入れた購入金額(被告宮本の買受希望価額)との差五〇万円は僅かともいえるが、六五五〇万円で成約できるであろうと見通しを付けた被告和創と、この見通しを付けられず、売れ残るのを待つという選択をした原告との間には、A号棟についての情報の有無という点で決定的な違いがあったのである。また、売主に対する仲介手数料無しでなら六六〇〇万円で売ってもよいとの内意を被告ダイケン側から被告和創が引き出すことができたことには、これまでの右両被告の密接な取引関係もあったであろう。しかし、そうだからといって、高く売れればそれに越したことはないというのが被告ダイケンの立場であるから、A号棟についての情報や、場合によっては六六〇〇万円で本件住宅を売ることもやむを得ないとする被告ダイケンの内意を原告に教えなかったからといって、被告ダイケンが責められるいわれはない。また、売れ残るのを待つという選択をした原告に対し、被告宮本の買受希望価額で何とか購入できるよう交渉すると積極的に申し入れた被告和創に改めて仲介を委託した被告宮本も責めることはできないというべきである。被告宮本には、本件住宅を取得するために支払うべき仲介手数料の支払を免れようとの意図はなかったことも明らかである。

3  右の事柄を勘案すると、本件売買契約は、被告ダイケンから売主の支払う仲介手数料無しなら六六〇〇万円で売って良いとの被告ダイケンの内意を聞き出し、被告宮本に一〇〇万円の上乗せを求め、最終的には双方を説得して当初の被告宮本の買受希望価額の六五〇〇万円に五〇万円の上積みをさせることにより成約させようとした被告和創の仲介行為によって成立したものというべきであり、被告ダイケン及び被告宮本が原告の仲介による売買契約の成立を故意に妨げたものと評価することはできないというべきである。したがって、原告は、被告ダイケン及び被告宮本に対して、民法一三〇条を根拠に、本件売買契約成立に見合った報酬を請求することはできないといわざるを得ない。

4  原告は、予備的主張として、本件売買契約の成立については、原告の仲介行為が大きく寄与したというべきであるから、被告ダイケン、被告宮本は寄与度に応じた報酬を支払うべきであると主張する。

しかしながら、前記の認定事実によれば、被告和創が被告ダイケンに対する仲介手数料を放棄したことが六五五〇万円という価額で本件売買契約が成立した大きな要因となっていることは明らかであり、この仲介手数料の放棄がなくても本件売買契約が成立したであろうとは考えられないから、仲介手数料を放棄してもらうことにより売買価額を引き下げた被告ダイケンに対し、寄与度に応じた報酬を求めるのは論理が矛盾していることになる。また、被告宮本は、被告和創の仲介がなくても買受希望価額に近い六五五〇万円で本件売買契約を成立させ得たとはいえないし、また、現に被告和創に対して仲介手数料として二〇二万九六〇八円を支払っているのであって原告の仲介による売買契約が成立しなかったことによって特段の利益を受けていないことにもかんがみれば、被告宮本も原告に対し、寄与度に応じた報酬を支払うべき関係にあるとはいえないというべきである。

したがって、原告の被告ダイケン及び被告宮本に対する右予備的主張も失当である。

5  また、被告和創は、自ら開催した現地売出しによって被告宮本の存在や同被告の本件建売住宅を購入の希望を知り、原告とは別個に被告宮本に本件建売住宅の購入方を働きかけていたこと、原告のした六五〇〇万円での購入申込みが一度被告ダイケンによって断られた後に被告宮本から購入申込みの委託を受けていること、原告は被告和創が被告宮本から右委託を受けた当時、被告ダイケンとの交渉は売れ残るのを待って行うという態度であったことなどに照せば、被告和創が被告宮本から委託を受けたのは被告宮本が原告に買付証書を出した後であり、被告和創が右買付証書のことを知っていたとしても(なお、被告ダイケンが被告和創に被告宮本から原告に買付証書が交付された事実を教えたことを認めさせるに足りる証拠はない。)、被告ダイケンと売買価額の交渉をして本件売買契約を成立させたことをもって、著しく取引上の信義則に反したものということはできず、これをもって不法行為に当たると解することはできないというべきである。被告和創において被告ダイケンとのこれまでの密接な取引関係や有利な情報を利用したとしても、この結論は変わらない。企業活動にとって、自社にとっての有利な状況を利用するのはけだし当然のことだからである。したがって、原告の被告和創に対する損害賠償請求も理由がないといわざるを得ない。

四  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官大橋弘)

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