東京地方裁判所 平成9年(ワ)70349号 判決 1998年8月27日
原告
谷本臨海土木株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
仁平信哉
被告
更生会社a工業株式会社
管財人 Y
右訴訟代理人弁護士
小林信明
加々美博久
北澤純一
田中秀一
岡伸浩
主文
一 原告の更生会社a工業株式会社に対する別紙手形目録≪省略≫(一)記載の各約束手形金債務の存在しないことを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、原告が、更生会社a工業株式会社(以下「本件更生会社」という。)の管財人である被告に対し、原告の本件更生会社に対する別紙手形目録(一)記載の約束手形四通(以下「本件(一)手形」という。)についての手形金債務(以下「本件手形金債務」という。)は、本件更生会社の原告に対する別紙手形目録(二)記載の約束手形一通(以下「本件(二)手形」という。)についての手形金債務との相殺によって消滅したと主張して、本件手形金債務の不存在確認を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 被告は、本件更生会社(平成九年一〇月二三日東京地方裁判所の更生手続開始)の管財人であり、裁判所の許可を得て、更生債権等の調査及び認否等、その他法律上の紛争に係る訴訟等に関する行為についての職務を分掌している。(記録上明らかな事実)
2 原告は平成九年四月三〇日本件更生会社に対し本件(一)手形(手形金合計金四五一〇万円、平成九年八月三一日満期)を振り出した。
本件更生会社は平成九年五月二日本件(一)手形を訴外住友銀行亀戸支店(以下「訴外銀行」という。)に取立委任のため裏書譲渡し(以下「本件裏書」という。)、本件(一)手形は支払呈示期間内に支払場所に呈示された。(争いのない事実、≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)
3 原告は本件(二)手形(手形金五〇〇〇万円、平成九年九月五日満期)を所持している。本件更生会社は平成九年四月二一日本件(二)手形を振り出し、本件(二)手形は支払呈示期間内に支払場所に呈示された。(争いのない事実、≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)
4 平成九年一〇月二〇日、原告は被告(当時は、本件更生会社の保全管理人)に対し、原告の本件(二)手形についての手形債権をもって、本件更生会社の本件(一)手形についての手形債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をし(以下「本件相殺」という。)、その際、本件(二)手形を呈示したが、同手形上に一部支払の記載はされなかった。
しかし、被告は、本件相殺による本件手形金債務の消滅を認めず、本件更生会社が原告に対し請求の趣旨記載の債権を有すると主張している。(いずれも争いがない)
二 争点
本件更生会社から訴外銀行に対する本件(一)手形の裏書(本件裏書)は、いわゆる公然の取立委任裏書であるが、その趣旨ないし実質が被裏書人である訴外銀行の債権担保のためのものであった場合、本件相殺の効力は否定されるか。
1 被告の主張
本件裏書は、形式的には取立委任裏書である。しかし、その実質は次のとおりであった。すなわち、訴外銀行は自ら取り立てた約束手形金を本件更生会社に支払うことはせず、手形金から取立手数料を差し引いた残額を本件更生会社が訴外銀行内に開設した当座勘定口座に入金していた。訴外銀行と本件更生会社との間では、本件更生会社が訴外銀行に対し常時最低でも額面二億円以上の約束手形の取立委任を行うことが当座利用の条件とされ、常に取立の対象となる約束手形の残高が二億円以上になるように、順次、本件更生会社から訴外銀行に対して約束手形の取立委任裏書が行われていた。取立委任をした約束手形の残高が二億円を下回った場合には、訴外銀行は、取り立てた手形金を本件更生会社の当座預金口座に入金せず、訴外銀行預かりの別段預金口座に入金することとし、本件更生会社はその取立金については当座勘定を利用して資金化を行うことができない取扱いになっていた。このようにして、手形の取立委任が、訴外銀行による本件更生会社の当座勘定資金の確保の手段として利用されていた。
このような取引実態からすれば、仮に、被告が訴外銀行に対して本件(一)手形の返還を求めたとしても、取立委任を利用して当座勘定資金を確保するという、取立委任手形に対する銀行の担保的期待は一定の範囲で保護されるべきであると主張される可能性がある(ちなみに、このような担保的期待を実質的に考慮して、銀行取引約定書四条三項、破産法二〇四条一項による任意処分権により、銀行が手形を所持した上で、これを取り立てて、取立代金から優先弁済を受けることができるとした近時の裁判例もある。)。かかる事態を想定すると、本件裏書は、形式的には取立委任裏書であっても、実質的には担保のためのものであり、隠れた質入裏書に相当するか、仮に取立委任裏書であっても訴外銀行には固有の経済的利益が存するものである。そうすると、訴外銀行が手形上の権利を行使する場合、原告は、被告に対する人的抗弁を訴外銀行に対抗することができないものというべきである(手形法七七条一項一号、一九条二項)。
以上の次第で、被告としては、原告の本件相殺の主張を認めることはできない。
2 原告の反論
本件更生会社と訴外銀行が、本件裏書について取立委任裏書とは異なる約定をしていたとしても、有価証券法理としては、形式である取立委任裏書の法律関係にしたがって決せられるべきものであるから、本件相殺の効力は何ら妨げられない。さらに、本件(一)手形について、訴外銀行のための留置権が発生するとしても、また、訴外銀行が取立委任手形の取立代金から優先弁済を受ける権利を有しているとしても、これらの事由は、原被告間の本件相殺の効力を左右しない。
第三 争点に対する判断
一 前記第二の一の各事実によれば、本件更生会社の本件(一)手形の手形債権(原告の本件手形金債務)と原告の本件(二)手形の手形債権とは、相殺適状となった平成九年九月五日に遡って対当額において差引き計算され、本件手形金債務(本件(一)手形の手形金及び満期の日からの手形法所定の利息)は、その時点において消滅したことになる。なお、全証拠によるも、本件相殺は、会社更生法一六二条、一六三条により相殺権の行使が制限される場合に該当するものとは認められない。
二 被告の主張について
本件裏書の趣旨ないし経済上の目的が、訴外銀行においてこの手形金を取り立て取得し、これを本件更生会社に対する貸金の弁済に充てるなど、被裏書人である訴外銀行の債権担保のためのものであるとしても、右のような意図された実質関係よりも効力の弱い取立委任という形式が当事者間において当初から選択され、かつ、前記第二の一2の認定事実からすれば、訴外銀行は、取立委任裏書の被裏書人として、取立委任文言の記載された本件(一)手形を所持し、これを支払呈示したのであるから、このような裏書の効力としては、その形式ないし証券上の記載にしたがって、取立委任裏書による効力(手形法七七条一項一号、一八条)を有するにすぎないものと解するのが相当である。そうすると、本件(一)手形の手形上の権利は、取立委任裏書の裏書人である本件更生会社に帰属し、また、同手形の振出人である原告は、本件更生会社に対する人的抗弁をもって、被裏書人である訴外銀行に対抗することができるのであるから、本件裏書の趣旨ないし実質が訴外銀行の債権担保のためのものであったとしても、これによって本件相殺の効力が否定されるものではないということができる。
また、本件(一)手形について、訴外銀行のための留置権が発生し、あるいは、訴外銀行が取立委任手形の取立代金から優先弁済を受ける権利を有しているとしても、これらの事由から直ちに本件相殺の効力が妨げられるものとは解されない。
したがって、被告の主張は採用できない。
三 以上によれば、本訴請求は理由がある。
第四 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 加島滋人)