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東京地方裁判所 平成9年(ワ)7469号 判決 1999年1月13日

原告 X

右訴訟代理人弁護士 遠山秀典

被告 都市環境開発株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 若山保宣

同 西村國彦

同 舟橋茂紀

同 泊昌之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一八〇〇万円及びこれに対する平成九年四月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  被告は、ゴルフ場を設立、運営している会社であり、原告はそのゴルフ場のゴルフクラブの会員である。本件は、原告が、右ゴルフクラブを退会し、預託金の据置期間も満了したとして、被告に対し預託金の返還を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  争いのない事実

被告は、千葉県市原市において、預託金会員制ゴルフクラブである鳳琳カントリー倶楽部(以下「本件倶楽部」という。)を設立、運営している会社である。他方原告は、昭和六二年四月二日、入会金二〇〇万円と入会保証預託金一八〇〇万円(以下「本件預託金」という。)の合計二〇〇〇万円を支払い右倶楽部の会員となった。本件預託金については、入会保証預託金証書の発行の日(右同日)から一〇年間の据置期間が設けられていた(平成九年四月二日で一〇年の期間満了)。被告は、原告に対し、平成八年九月一九日付けで、右据え置き期間を本件倶楽部の会則(以下「本件会則」という。)第一五条一項(以下「本件条項」という。)により、理事会の同意を得て、一〇年間延長することを決定したこと(以下「本件決議」という。)及びその理由を直接告知することにより通知したが、原告は、被告に対し、平成九年四月三日被告に到着した内容証明郵便において、本件倶楽部を退会する旨通知するとともに、本件預託金の返還を請求した。

2  本件会則には以下の条項があることが認められる(乙一)。

「入会保証預託金は、入会保証預託金証書の発行の日より一〇年間据置くものとする。」(第一三条三項)

「会社は、理事会の同意を得て、会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき、又は、本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき、あるいは、天災地変、社会情勢の著しい変化、その他止むを得ない事態が発生したときは、第一三条三項の据置期間を一定の範囲内延長することが出来る。」(本件条項)

「会社は、前項により据置期間を延長した場合、会員に対し、理由を付して据置期間の延長を通知しなければならない。」(第一五条二項)

「入会保証預託金は、据置期間経過後、本倶楽部退会の際、入会保証預託証書及び会員証と引換えに返還する。但し、理事会の承認による、入会保証預託金の据置期間延長の場合は、その延長期間経過後とする。」(第一三条六項)

3  被告は、原告の本件倶楽部への入会に先だって、原告に対し、予め本件会則やパンフレット等を交付したこと、及び原告の作成にかかる正会員入会申込書には、「貴倶楽部個人・法人会員として、クラブ会則を承認のうえ募集要項に従い入会を申し込みます。」との記載がなされていることが認められる(乙二、乙五四)。したがって、原告は本件会則を承認して、本件倶楽部に入会したものである。

三  争点

1  本件決議の有効性について

①本件決議の本件条項の要件該当性

②手続きの相当性(理事会の決議を持ち回り決議によることの可否)

2  本件決議について、事情変更の原則の適用の有無

四  被告の主張

1  争点1①について

(一) 被告は、後述((四))のように、本件条項記載の事態が発生したと判断したことから、平成八年八月三〇日付けの理事会の同意を得て、同月三一日に、本件条項に基づき、本件預託金を含む本件倶楽部の入会保証預託金の据置期間を更に一〇年間延長することを決定した。

(二) 本件条項が規定された経緯

本件条項は、会員からゴルフ場経営を委託された被告が、ゴルフ場の安定経営を可能にすべく、会員権相場の著しい預託金額面割等の予想外の事態による預託金返還請求の殺到に対処するために規定されたものである。

すなわち預託金会員制ゴルフクラブにおいては、会員から集めた預託金をゴルフ場用地の買収・開発資金・当座の運営などの事業資金として使用する。他方、ゴルフ場経営会社の事業収益はせいぜい年一億円(多くても二億円)に過ぎないため、集めた預託金全額に対応する返還原資を、償還期限までに蓄えることはできない。そのため、預託金会員制ゴルフクラブにおいては、会員は自らゴルフ会員権市場において会員権を売買処分して投下資本の回収を図るものとされていた。しかし、会員権相場が預託金額面額を長期的に且つ著しく大幅に割り込むと、会員は投下資本の回収をゴルフ場会社に対する償還請求権の行使という方法で行おうとするようになり、ゴルフ場会社に対し、預託金返還請求が殺到することになる(いわゆる「預託金償還問題」)。かかる場合に、預託金全額の返還原資を有さないゴルフ場会社が、緊急避難的に右事態に対処すべく設けたのが、「据置期間の延長の制度」である。これにより、ゴルフ場経営会社は、一定の期間内に、会員権の分割等の措置を講じて、会員権の価格が預託金額面額を割り込まないようにする、ないしは、一部会員の返還請求に対応する償還原資を準備して、返還請求に対処することが可能になる。

本件倶楽部においても、右据置期間延長の制度を採用することとされた。その際、すでに第二次オイルショック時に預託金償還問題が発生していたことから、被告は、据置期間の延長を「天災地変その他の不可抗力の事態」という要件だけで対処することが難しいと判断し、単なる経済変動とはいえない長期的且つ大幅な経済状態の変動による預託金償還問題に対処すべく、「社会情勢の著しい変化」、「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき」、及び「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき」との要件を加えた。また、あくまでも返還期限を明示して預託を受ける以上、会員の預託金返還請求権を実質的に剥奪することのないように配慮をしなければならないという趣旨を明確にするために、「一定の範囲内」延長することができるとの限定を付した。

(三) 本件倶楽部の会員募集状況

本件倶楽部は、昭和五九年に建設計画が起こり、昭和六一年七月からゴルフ場の工事が開始され、平成元年八月に工事が完成し、平成元年九月二四日にグランドオープンを迎えた。会員権の募集は、昭和六一年九月から平成三年五月まで八次にわたって行なわれ、総会員数は法人・個人をあわせて八六九名であり、預託金の総額は金二二三億四三〇〇万円である。

(四) 本件倶楽部の預託金返還問題に対する対応と本件決議

バブル経済の崩壊により、会員権の価額がピーク時の六分の一(ゴルフ場によっては一〇分の一以下)程度に下落するという事態が発生した。本件倶楽部においても、額面割れを起こしている会員権の預託金額の総額は金一九九億五三〇〇万円にのぼり、数十億単位の預託金償還請求がなされることが予想された。そして、本件倶楽部における会員権の募集が昭和六一年九月から行なわれたことから、平成八年九月から預託金償還問題が発生することになるため、被告は、平成五年ころより、右預託金償還問題に対する対応の検討を始めた。被告の預託金の総額は、前述のとおり金二二三億四三〇〇万円であるところ、本件倶楽部の用地買収、ゴルフ場建設費に支出された金額は金二三二億二五〇〇万円であり、集められた預託金は全てゴルフ場の用地、コース工事、クラブハウスの建築費に充てられている。他方、被告の近年の純利益は、年間一億円に満たない金額であり、被告の平成八年七月三一日時点における現金及び預金の合計は一億五〇一三万一六〇一円であった。このような状況において、被告が自己資金において、預託金の返還に応じることは不可能であったので、被告は、メインバンクに融資を申し入れたが、ゴルフ場の資産評価が下落していること等から預託金償還資金としての融資には応じることは難しいとの回答を受けた。また会員権相場の下落の中補充募集も困難であり、さらに経営的にもゴルフ場来場者数の下落やプレーフィーの低価競争という厳しい状況下にあった。被告の役員らは、預託金償還問題への対応について会員や理事に意見を聞いたところ、本件倶楽部の維持のためには据置期間を延長することもやむを得ないとの意見が多かった。

そこで被告は、預託金据置期間の延長を行なう以外に本件倶楽部を維持する途はないと決断し、理事会の同意を得て、本件決議を行ったのである。

すなわち、会員の預託金償還に応じた結果、被告が倒産することは、会員の利益の著しい侵害(プレー権の事実上の消滅、ゴルフ会員権の財産的価値の急落、倒産したゴルフ場ということでのステータス感の喪失等)となるから、本件条項の「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれがあるとき」に該当すると判断した。また誰も予期しえなかったバブル経済の崩壊にともない被告の準備している償還原資をこえる預託金の償還請求が発生することは、本件条項の「社会情勢の著しい変化」「その他やむを得ない事態が発生したとき」に該当し、これによる経営悪化という異常事態に対処することは、本件条項の「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき」に該当すると判断した。

また被告としては、延長した期限内に会員権の価額が預託金額を割り込まないように企業努力をおこなう、あるいは再度の償還期限に返還に対処しうるように営業利益を蓄える必要があるところ、不況の長期化とそれに伴いゴルフ場会員権市場の状況が最低の状態であることや、被告としては、株主会員制への移行や理事会の権利能力なき社団化による会員代表者と事業者との共同経営システムへの移行など再度来るべき償還問題を抜本的に解決する方法も検討していることから、右新システムへ移行後の不同意会員の数、一〇年間の物価上昇、返還請求率、相場の回復率を考慮して、一〇年の延長期限を決定した。

(五) 被告は、本件決議とともに会員権の分割も決議し、右会員権の分割について各会員の同意をとる作業を行ってきたが、その際、本件決議についても事後的に同意をとっている。そして、本件決議について同意している会員は、平成一〇年六月末日で会員数の八七・九パーセントに達する。このように本件決議は会員の圧倒的多数によって支持されているのであり、本件決議について、会員総会の決議があったのと同視しうる。

(六) 被告は、据置期間の一〇年間の延長により、会員に対して期間的に資金調達に関して迷惑をかけることになるため、以下のような代替措置、代償措置をとった。すなわち(1)年会費の免除(預託金据え置き期間の延長及び会員権の分割に同意した会員に対し、年会費六万円を一〇年間免除する。)、(2)名義変更を停止しない措置(会員権の分割を行うにあたって会員権相場に悪影響を与えるため名義変更を停止するのが通常であるが、名義変更を停止しないことにより、分割後の会員権を市場で売却することによる資金調達の方法を確保する。)、(3)登録会員制度の充実(会員権を譲渡せずに一口につき一名に限り登録会員を設けることを認める。)、(4)委員会の充実(従来の運営委員会、会員資格審査委員会等に加え、前述の新システムの準備委員会のほか、広報委員会、会員権委員会等を創設し、会員相互のコミュニケーションをはかり、広く会員の意見をゴルフ場経営に反映させる仕組みを取り入れている。)である。

2  争点1②について

本件会則によると、「理事長は会社において選任委嘱する(第二四条一項)「理事は、理事長が会員の中から、会社の承認を得て、委嘱する。」(第二五条一項)「理事会は理事長及び理事をもって構成する。」(第二六条一項)「理事会は会則第五条、その他本会則に定められた事項を協議若しくは決議する。」(第二六条二項)と規定されている。本件倶楽部の理事は極めて多忙であり、全ての理事が一同に会するのは不可能であるため、同倶楽部における理事会は持ち回り決議にならざるを得ない。今回の理事会においても、全ての理事にあらかじめ会社から議題を提案し、個別に同意書を取り集める方法が採られ、全ての理事の同意書を集めた段階で理事長が理事会議事録に署名押印したものである。

3  争点2について

(一) バブル経済崩壊の経済活動一般に与えた影響及びゴルフ会員権相場に与えた影響は大きく、ゴルフ業界においても、老舗であり、業界ナンバーワンの地位を占め、「堅実な」経営会社と評されていた日東興業が事実上倒産するに至っている。このような状態は、誰もが全く予想できなかった未曾有の事態である。

(二) そもそも預託金会員制ゴルフクラブにおいては、銀行の預金とは異なり、その投下資本の回収は会員権相場での売却によるものと考えられていた。しかしバブル崩壊後の平成不況下における会員権価格の暴落及びその期間の長期化のため、投下資本の回収は市場での売却によるという預託金会員制ゴルフクラブにおける会員契約締結時の基礎事情が変わったのである。そして預託金制度のメカニズムが全く機能せず、預託金返還請求が殺到するという事態は、事業者及び会員の契約の当事者を含め、契約時他の誰にも予想できなかったことである。また被告を含めゴルフ場会社の返還原資の不足は、(1)営業収益の減少、(2)ローン購入者の不払による代位弁済による不測の資金流出、(3)返還請求の続出、(4)右(1)から(4)を背景にマスコミなどの報道に影響された会員権購入者の減少による新規募集・補充募集による調達資金の減少などによって生じたものであり、これは被告の責めに帰すべからざる事由である。また以下のようなゴルフ会員契約の法的性質ないしゴルフ会員権の権利の性質等からして、事情変更の原則の適用が積極的に肯定されるべきである。第一に、事情変更の原則の適用が比較的肯定されやすい「継続的契約」である。第二に、多数の会員の権利保護に資することになること。第三に、当該預託金返還請求を行っている原告にもさほどの被害を与えず(年会費も免除される)、逆に、原告の財産権保護にも資する。第四に、ゴルフ場維持の理念に資する。第五に、ゴルフ場経営会社の側のみならず、一般の会員、事実上の監督官庁である通商産業省、各種マスコミなどによっても、事情変更の原則の適用が肯定されるような意識が形成されていると見られることである。

五  原告の主張

1  争点1①について

(一) 本件ゴルフ倶楽部は、預託金会員制のゴルフクラブであり、会員は経営に一切関与することができないから、経営に関する責任は挙げて会社が負担し、会員は負担する必要はない。したがって、本件条項の、「会社の経営を円滑にするために必要のあるとき」や「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき」に、「据置期間を」「延長することができる」との規定は、預託金会員制ゴルフクラブとは相反する規定であるから本来無効と解されなければならない。

(二) 万一有効であるとしても、本件条項のような会員の権利義務に関する内容については、理事会が契約当事者の一方である被告の業務執行機関にすぎないこと、預託金返還の問題は昭和五五年前後の第二次オイルショックのときにも発生しており、会社は会員権を市場で換金できない場合には、会員が会社に対し預託金の返還を求めてくることは十分に予測できたはずであることから「天災、地変にも匹敵するような真にやむを得ない経営上の理由」と極めて制限的に解釈されなければならない。

(三) 入会を募集した時から、「会社の経営」や「本倶楽部の運営」について具体的にいかなる変化があり、いかなる「天災地変、社会情勢の著しい変化」が発生し、それが預託金の返還と具体的にどのように関連するか、なぜ全額を更に一〇年間もの長期間延長しなければならないのか、さらに延長期間経過後に延長した理由をどのように解消し、据え置いた預託金を具体的にどのように返還するのかを明らかにしたうえでの「理事会の同意」でなくてはならない。平成八年八月三〇日の理事会において、右の点が議論された形跡はない。被告が、会員から集めた預託金はゴルフ場会社の事業資金になり、ゴルフ会員権の価額は上昇するから、入会会員は預託金償還期限が到来してもゴルフ会社に預託金償還請求しないという考え方を前提として、現在償還原資が存しないが、単に一〇年ほど期間が経過すれば会員権価額が上昇し、入会会員は会員権を会員権市場で売却し、ゴルフ会社に償還請求しないという理論で、本件決議をなしたとすれば、それは預託金「拒置期間の延長」ではなく「返還の拒否」に他ならない。

被告は、会員の八七・九パーセントが本件決議に事後的に同意していることから、本件決議について、会員総会の決議が存するのと同視できると主張するが、会員が被告の現状を正確に意識し、かつ一〇年後に預託金が返還される可能性が乏しいことを知って同意したのか、また理事会の会議における内容を正確に理解して同意をしたのか疑問であるうえ、そもそも会員の預託金請求権のような基本的権利が「会員総会の決議」のみによって制限されるとは解されない。

2  争点1②について

本件条項によれば、理事「会」の同意が必要とされているところ、被告主張の持ち回り会議の方法では、理事の協議と意見の交換により「社会的に最高レベルの見識と地位を備えた」者達の知識と経験は結集できないから、本件において理事「会」の同意があるとはいえない。

3  争点2について

本件決議に事情変更の原則の適用があるとの被告の主張については争う。

そもそも「預託金」である以上、約定にしたがった返還請求があった場合には、返還が可能でなければならない。

会員権を購入しようとする者は、値上がりした場合、市場による売却により一定の利益を得ることも可能であるが、値下がりした場合でも一〇年間の後には、最低でも預託金を返還してもらえることを前提としている。会員権価格の下落は、昭和五五年の第二次オイルショックの時にも発生しており、被告の主張するように「事業者及び会員の契約当事者を含め他の誰にも予想しえなかったこと」ではない。また、被告の主張する「営業収益の減少」、「ローン購入者の不払いによる代位弁済による不足の資金流出」はいずれも預託金の返還期間を延長する理由とならず、「返還請求の続出」は虚偽である。

被告は、預託金償還の目途をもっているわけではなく、一〇年もすれば会員権相場が回復し、会員は会員権の譲渡により預託金額を回収することができ、仮に預託金の償還があったとしても、被告としては新規(補充)募集することで対応できるであろうという程度のことしか考えていないのであるから、本件で預託金の償還期間を一〇年間も延長しなければならない理由は存しない。

第三争点に対する判断

一  争点1①について

1  証拠(後記掲記)及び弁論の全趣旨から、以下の事実が認められる。

本件倶楽部は、昭和五九年に建設計画がおこり、平成元年九月二四日にオープンした。また、本件倶楽部の会員権の募集は昭和六一年九月一日から八回にわたり行われ、最終的に預託金の総額は約二二四億円となった(乙三二、三八、五四)。当時は、預託金会員制のゴルフクラブが一般的であり、また会員が支払った預託金を回収するには、会員権市場で売却するのが通常であったことから、被告もゴルフ場経営に際して同様に、会員からの預託金をもってゴルフ場の建設費用とし、一定の償還費用を用意することで足りると考え、ゴルフ場がオープンした以後もそのように経営を行ってきた。ただ当時すでに第二次オイルショックによる会員権相場の低落により預託金償還問題が生じており、経済情勢に著しい変動があり預託金の償還問題が生じた際に、預託金の据置期間の延長を、従来の他のゴルフ場の会則と同様に「天災地変その他の不可抗力の事態」という要件のみで対処するのは難しいと考えた被告は、本件会則を作成するにあたり、検討のうえ、預託金の据置期間の延長について独立の項目を設けるとともに、「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき」「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき」「天災地変、社会情勢の著しい変化、その他やむを得ない事態が発生したとき」に「一定の範囲内」で期間を延長できるとした(乙一、三二、五四)。

その後、バブル経済の崩壊により、ゴルフ会員権の相場がピーク時の六分の一に下落するという事態になり、本件倶楽部においても、額面割れの会員権が相当数(額面割れの会員総額約二〇〇億円)にのぼり、会員が、市場での売買ではなく、被告に対し預託金の返還を求めることが予想されるに至った。被告に対する償還期限は、平成八年九月からであったが、被告はその二年前の平成五年ころから、預託金の償還問題について検討し始めた。しかし、被告の営業状態としては、収益弁済できる程度のものではなく、また手持ちの現金及び預金は約一億五〇〇〇万円程度であって、償還に対応できる資産もなかった。さらに銀行借入は当時ゴルフ場への融資が厳しかったことから不可能となり、新規の会員の募集も、当時の相場の状況からは難しかった。このため、被告役員は手分けをして数百人の会員に個別に相談したところ、ゴルフ場をつぶさないで、償還期限を一〇年間延長することもやむを得ないという意見が多数であったことから、当時の被告の状況が本件条項に規定する「会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき」「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのあるとき」「天災地変、社会情勢の著しい変化、その他やむを得ない事態が発生したとき」という要件にあたるものと判断し、また預託金の償還が何年間にもわたること、バブル経済崩壊後の不況の長期化及びゴルフ場をとりまく環境の厳しさから一〇年の期間が必要であると判断し、一〇年間の預託金の据置期間の延長を理事会にはかり、平成八年八月三〇日、全理事の同意を得て、理事会の決議を得たうえ、同月三一日本件決議をなした。

本件決議に際し、被告は、会員権の分割及び会員以外でも一口につき一名プレーできるという登録会員制度も決議した。そして再度の償還期限に備えて、右会員権の分割により、預託金額と会員権価格との差額の縮小をはかり、会員権の価額が預託金額を割り込まないようにすること、人員削減や事務所の移転による賃料削減等の一般管理費の削減及びゴルフ場の来場者数の増加をはかるといった営業努力という経営努力により、今後一〇年間で約二〇億円の内部留保金を蓄えることに加え、基本的にゴルフ会員権相場に左右されない例えば株主会員制の導入を検討するべく新システム準備委員会を発足させた(乙一九、乙二〇、乙二七の一、乙三八、乙四八、乙七三ないし乙八五)。

被告は、本件決議後、各会員に役員が手分けをして本件決議の内容の説明及び本件決議についての同意を得るべく努力し、平成一〇年一〇月二八日現在において、全会員の八九・三パーセント(会員権価額の八五・七パーセント)の同意を得た(乙五五)。

2  ところで本件倶楽部において、理事長の任免は、被告の委嘱により決定され、会員が関与しないこと、会員総会がないこと等(乙二)に鑑みれば、本件倶楽部は被告と一体視しうるものであり、各個の会員とゴルフクラブを含んだ被告との関係は、二者の法律関係と捉えられる。そして被告は、原告の本件倶楽部への入会に先だって、原告に対し、予め本件会則やパンフレット等を交付したこと、及び原告の作成にかかる正会員入会申込書には、「貴倶楽部個人・法人会員として、クラブ会則を承認のうえ募集要項に従い入会を申し込みます。」との記載がなされていることが認められる(乙二、乙五四)から、原告は本件会則を承認して、本件倶楽部に入会したものといえる。したがって、本件会則は、原告、被告間の契約内容を規定するものといえる。

しかし、本件会則が、被告が多数の会員を募集するために、一律に被告がその内容を決定して作成したものであり、原告には、被告とゴルフ会員権契約を締結するか否かの自由しかなかったものであること、及び本件条項が、一定の要件はあるものの、契約の一方当事者である被告の判断により、預託金の償還請求という他方当事者である原告(会員)の基本的な権利に制約を課すものであることを考慮すると、本件条項の適用については制限的に解すべきである。すなわち「社会情勢の著しい変化」とは会員契約締結時には予期しえなかった程度のものであるべきであり、「会社の経営を円滑に遂行するために必要があるとき」や「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのある場合」とは、据置期間の延長の他に取りうる手段がなく、据置期間を延長することにより被告の事業を継続でき、延長期間内に預託金の償還問題について、被告において何らかの目途を立てられる蓋然性があるというような、真に会社の経営や会員の利益のために必要な場合であるべきであって、なおかつ、実質的に会員の預託金返還を剥奪するような長期にわたるものでないという限度において、有効なものであると解するのが相当である。

この点、本件ゴルフ倶楽部が預託金会員制のゴルフクラブであり、会員は経営上の責任を一切負担しないから、経営上の負担を会員に求める本件条項は無効であるとの原告の主張は採用しえない。また原告は、仮に有効であるとしても天災地変と同視しうるほどの理由がなければならないと主張するが、前記認定のとおり本件条項が規定された経緯や趣旨及び規定の文言上から、原告主張のような天災地変と同視しうるものでなくてはならないとまでは認められないことから、右原告の主張も採用しえない。

3  そこで本件決議についてみるに、まずバブル崩壊後の経済状況の変化は「天災地変」ではないし、また事業経営者として経済変動は当然考慮すべきであり、実際に、前記認定のとおり被告はこれに備えるべく預託金の据置延長期限の要件を検討していたのであるから、これを予期しえない「社会情勢の著しい変化」にあたるとはいえない。

次に「会社の経営を円滑に遂行するために必要があるとき」「本倶楽部の運営上会員の利益を著しく阻害するおそれのある場合」に該当するかについて検討する。本件においては、前記認定のとおり、平成八年当時、被告には、想定しうる預託金の償還総額について返還する資力がなく、これに応じることは被告の倒産を意味し、据置期間の延長の他には、当時被告には取りうる手段はなかったこと、再度の償還期限の到来に備えるため一定の償還資源(一〇年後に約二〇億円)を留保できるように売上増収のための営業努力、経営努力を行う予定であり、すでに事務所の移転により年二〇〇〇万円程度の経費削減を図っていること、会員権の分割により、預託金額と会員権相場価額の差の縮小を図っていること、償還期限の延長に対する代償措置として登録会員制度を設けていること、及び被告は、会員権相場に左右されることのない株主会員制ゴルフクラブへの移行を検討し、その委員会をすでに発足させており、延長措置及び会員権の分割について現状約九割の会員の同意を得られていることに鑑みれば、その移行についてもかなりの蓋然性を期待しうることが認められる。

以上の事実を綜合考慮すれば、本件決議の当時、被告には据置期間の延長以外に取るべき手段はなく、また本件決議は、単に倒産の時期を遅らせるにすぎないようなものではなく、被告の事業の存続をはかり、延長した期限内に、被告において、株主会員制ゴルフクラブ等の新システムへの移行も含め、預託金の償還問題について何らかの目途を立てうる蓋然性のあるものといえるから、少なくとも真に会社の経営のために必要な場合として、「会社の経営を円滑に遂行するために必要があるとき」という要件には該当するといえる。また延長期間については、契約当初の償還期間を越えるものでなく、会員の預託金返還請求を実質的に剥奪するものとまではいえない。以上により、本件決議は有効であると考える。

二  争点1②について

原告は本件ゴルフ倶楽部の理事会は業務執行機関であるから、会社における取締役会と同様実質的討議をする必要があるから、持ち回り決議は許されないと主張する。

本件条項上、確かに理事「会」の決議を要すると規定され、「会」である以上会議体であることが原則であるが、「会」と規定されていても必ずしも常に会議体であることが要求されているわけではなく(有限会社法四二条参照)、少なくとも本件のように理事全員の同意のある場合は、持ち回りの方法によることも許されるとするのが相当である。

三  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 川畑公美)

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