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東京地方裁判所 平成9年(ワ)7707号 判決 1998年10月26日

原告

株式会社第一コーポレーション

右代表者代表取締役

甲山A夫

右訴訟代理人弁護士

牛久保秀樹

南惟孝

被告

有限会社サンリスト

右代表者代表取締役

乙川B子

乙川B子

乙川C雄

丙谷D美

乙川E代

乙川F郎

被告乙川C雄、同丙谷D美、同乙川E代及び

同乙川F郎訴訟代理人弁護士

高井佳江子

主文

一  被告有限会社サンリスト及び被告乙川B子は原告に対し、連帯して金一九一〇万〇五〇一円及び内金一八九三万八三六八円に対する平成八年六月六日から支払済みまで年一八パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告有限会社サンリスト及び被告乙川B子との間に生じた分は右被告らの、原告とその余の被告らとの間に生じた分は原告の各負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一と同旨

2  被告乙川C雄(以下「被告C雄」という)及び同丙谷D美(以下「被告丙谷」という)は原告に対し、それぞれ四七一万五七七一円及び内四六八万一一八二円に対する平成八年六月六日から支払済みまで年一八パーセントの割合による金員を支払え。

3  被告乙川E代(以下「被告E代」という)及び同乙川F郎(以下「被告F郎」という)は原告に対し、それぞれ二三五万七八八五円及び内二三四万〇五九一円に対する平成八年六月六日から支払済みまで年一八パーセントの割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告有限会社サンリスト(以下「被告会社」という)及び乙川B子(以下「被告B子」という)は、公示送達による呼出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

2  被告C雄、同丙谷、同E代及び同F郎(以下併せて「その余の被告ら」という)

(一) 原告のその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  消費貸借契約の締結

原告は被告会社、同B子及び乙川G江(以下「G江」という)三名を連帯債務者として、同人らに対し、平成元年七月一七日、次の約定で二〇〇〇万円を貸し付けた(以下「本件消費貸借契約」といい、G江の右借受金債務を「本件債務」ということがある)。

(一) 被告会社、同B子及びG江は、原告に対し本件消費貸借契約による債務を連帯して支払う。

(二) 利息

年八・七パーセント

(三) 返済方法

平成元年九月五日までに二四万二四三四円、同年一〇月から平成三一年八月まで毎月五日限り一五万六六二六円ずつ支払う。

(四) 特約

一回の懈怠により当然に期限の利益を喪失し、直ちに残元金及びこれに対する年一八パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

2  利息の改定合意

原告と被告会社及び同B子は、平成三年三月一九日、本件消費貸借契約に係る約定利息を同年四月六日から年一〇・〇八パーセントに変更し、同年五月から平成三一年八月まで毎月五日限り一七万六一五六円ずつ支払うことを合意した。

3  G江の本件債務の相続

(一) G江は平成二年五月七日死亡した。

(二) 乙川H介(以下「H介」という)、被告C雄、同丙谷及び同B子はG江の子であり、同人の本件債務を法定相続分に従って相続した。

(三) H介は平成四年九月死亡し、被告E代は同人の妻であり、同F郎はその子であり、H介の右(二)の債務を法定相続分に従って相続した。

4  債務不履行

本件消費貸借契約に係る平成八年六月五日の弁済期分の支払がないまま同日は途過した。

5  よって、原告は本件消費貸借契約に基づき、被告会社及び同B子に対し、連帯して一九一〇万五〇一円及び内一八九三万八三六八円に対する平成八年六月六日から支払済みまで約定の年一八パーセントの割合による遅延損害金を、同C雄及び同丙谷に対し、それぞれ四七一万五七七一円及び内四六八万一一八二円に対する右同日から支払済みまで約定の年一八パーセントの割合による遅延損害金を、同E代及び同F郎に対し、それぞれ二三五万七八八五円及び内二三四万〇五九一円に対する右同日から支払済みまで約定の年一八パーセントの割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否(その余の被告ら)

1  請求原因1、2は不知。

2  同3の(一)、(二)及び(三)の身分関係は認め、本件債務の相続は否認する。

3  同4は認める。

三  抗弁―意思能力の欠如

G江(明治四二年○月○日生)は本件消費貸借契約締結の際、満八〇歳の高齢に達していた上、痴呆症に罹患し意思能力を欠いていた等の事由があり、契約意思の合致がなく、右契約は成立していない。

四  抗弁に対する認否

否認する。

理由

一  証拠(≪証拠省略≫)並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因1のうち被告会社及び同B子に係る本件消費貸借契約の成立並びに右契約に係る契約書(≪証拠省略≫。以下「本件ローン契約書」という)に連帯債務者としてG江の署名、押印があること並びに同2の各事実が認められる。

二  本件消費貸借契約のうちG江に係る部分の成立について

1  本件ローン契約書、不動産抵当権設定契約証書(≪証拠省略≫。以下「本件抵当権設定契約書」という)及び領収書(≪証拠省略≫。以下「本件領収書」という)のG江の氏名、押印部分が同人の自署による署名であり、その所有印章を用いて自ら押印したものであることは当事者間に争いがないから、右各文書はいずれも特段の事由のない限り真正に成立したものと推定すべきであり、右各書証によれば、G江に係る本件消費貸借契約の成立が推認されることになる。

しかし、右各書証の成立の推定は、以下に検討するとおりこれを妨げる十分な事由が認められる上、かえって、G江には右契約締結の意思能力に多大な疑問があり、少なくとも契約意思の合致があったとはいい難いというべきである。

2(一)  本件消費貸借契約の内容は、原告が被告会社(被告B子が代表取締役である)の運転資金として貸し付けた二〇〇〇万円について、G江が被告会社及び同B子と連帯して三〇年の長期にわたって分割弁済するというものである。

ところで、G江は明治四二年○月○日生れであり、右契約締結当時既に七九歳の高齢であったから、右契約内容に従えば、確実に同人の他の子である被告C雄、同丙谷及びH介に本件債務を相続させ、その支払を負担させる結果をもたらすことになる。現にG江は本件ローン契約書に署名した日から約一〇ヵ月後に死亡し、相続が開始している。

しかも、証拠(≪証拠省略≫、被告丙谷本人)及び弁論の全趣旨によれば、右貸金は専ら被告B子が経営する被告会社の運転資金としての融資金であり、G江はもちろん、被告B子以外の子らには何らの利益をもたらすものではない。また、G江は後に認定するとおり当時高齢と痴呆のため自力で生活を営むことができず、被告丙谷の家族(以下「被告丙谷ら」という)と同居して、世話を受けていたものである。被告B子がこのようなG江及び被告丙谷らに格別の援助をしていた事実もない。

このように、本件消費貸借契約の目的、当時のG江の置かれた状況、被告B子とその余の弟妹及びG江との関係等を踏まえて考察してみると、G江が右のような内容の金銭の借入れを行うなどは経験則に照らして不自然なことであり、その成立過程に少なからぬ疑問を抱かざるを得ないというべきである。なお、被告B子はG江及びその夫乙川I作(以下「I作」という)の養女であるが(被告丙谷本人)、右事実のみから右に指摘した疑問を払拭することは困難である。

(一)  そこで、進んでG江の本件消費貸借契約締結の経緯及び当時の同人の症状等について検討を加える。

前記認定事実に証拠(≪証拠省略≫、被告丙谷本人)によれば、本件消費貸借契約締結の経緯に関して次の事実が認められる。

(1) 被告B子は原告の従業員である丁沢J平(以下「丁沢」という)らを伴って、平成元年七月一七日、被告丙谷ら宅に一人でいたG江を訪れ、本件ローン契約書、本件抵当権設定契約書に自署、押印させたが、被告B子は同丙谷に事前にも事後にも右事実を知らせていない。

なお、G江が右各契約書に自ら記載したのは氏名のみであり、住所は被告B子が記載している。本件領収書も同様である。

(2)ア G江は、本件消費貸借契約締結のころ、被告丙谷らと同居して介護用ベットに寝たり起きたりの生活を送っていたが、高齢に加え痴呆が進行して一人で置いておける状態ではなかったため、日中同被告らが勤務先に出ているときは同被告の娘が在宅してその世話に当たり、同被告らが一家で旅行などに出掛けるときは被告C雄方に預けられるなどしていた。

イ G江の痴呆症状を窺わせる具体的事情は次のとおりである。

(ア) G江は生来几帳面な性格であったが、昭和六〇年ころから物忘れが激しくなり、酢のビンなどの同じ物を幾つも買ってきたり、物を収納した場所が分からなくなったり、水を出しっ放しにしたり、ガスを付けっ放しにして鍋を真っ黒に焦がしたり、おでんの食材に卵を殻のまま入れたりするなどの行動が頻発するようになり、一人にしておくことが危険な状態となった。

(イ)平成元年になると、テレビを見ていても内容が理解できず、説明を受けても「分かった」といいながら直ぐにまた聞き返すということを繰り返し、得意であった料理も調味料を間違えたり方法も分からなくなって、気落ちして寝込んだりするようになった。また小学生の孫と同じようにお菓子やアイスクリームを欲しがり、突然孫の手から取り上げて食べてしまったことがあった。

また、電話に出てもうまく話が通じなかったり、逆に痴呆の症状を慮って教えてあった短縮ダイヤルを闇雲に押して電話をかけ、どこにかけたか自分で分からず、電話の相手に対し「あんた誰」と聞いたり、同年五月ころ被告C雄の妻に対し「家に帰りたくても道が分からないので交番に行こうと思うんだ、でも交番の場所が分からないんだけどあんた知ってる?」と意味不明の電話をかけるなどしている。さらに、突然所在が不明になり探していたところ、「近所にコーラを買いに行ったが売ってくれなかったのでタクシーに乗ってきた」などと意味不明の言動に及んだこともあった。

(ウ) 本件消費貸借契約が行われた月である平成元年七月九日、G江は姪の子の結婚式に招待されていたが、被告丙谷はG江の右のような状態から同人を出席させることができず、同月末ころ同被告がG江を病院に連れて行きCTスキャンを撮ったところ、医師から「脳が萎縮しているので痴呆は治らない」と告げられた。

(エ) 平成元年九月末ころ、富士貿易という会社からG江所有の建物に根抵当権を設定した旨の通知が来たため、事情の分からない被告丙谷がG江に問いただしたところ、本件ローン契約書に署名押印したことを聞かれているものと思い込んだ同人は「B子が男の人と来て、名前を書けと言われた、判子も押した、怖かった」と答えたが、どういう書類に判子を押したかは答えられなかった。なお、同人は、同年のお盆のころ、訪ねてきた姪の戊野K子とお茶を飲んでいた際、聞かれもしないのに、自ら「お前ねえ、B子がこわい人二人連れて来て、判子を押せ押せというから押したんだよ」「(何に押したか)分からない。押せ押せというから押したの」などと話している。

(オ) G江は平成二年一月一一日から同月二三日までの間横浜市民病院に入院したが、その際の看護記録(≪証拠省略≫)には「うつ症状(ぼけ)があり」「お部屋ここですよと声をかけるとうなずくもなかなかはいろうとしない」「これが終わったらそろそろ帰りましょうかねと繰り返す。病院ということを忘れている様子」「応対はハイハイとあるがはっきりしないところあり」「何をするか分からないので転室する」などの記載がある。

(三)  以上(一)(二)の認定によれば、G江は本件ローン契約書、本件抵当権設定契約書に署名、押印した当時、痴呆のため判断能力が著しく低下しており、少なくとも本件消費貸借契約や本件抵当権設定契約などの法律関係を理解する能力を有していたとは認められず、右署名は、同人の右判断能力の欠如を利用した被告B子の強制の下に行われたものと推認するのが合理的というべきである。

3(一)  これに対し、原告は、G江が本件消費貸借契約及び本件抵当権設定契約の内容を理解し、担当者の丁沢もそのことを確認した上で右契約締結に及んだものであると主張し、その裏付けとして、G江の自署押印の事実を指摘し、また、丁沢の報告書(≪証拠省略≫)や右各契約締結時に撮影したG江の写真(≪証拠省略≫)等の証拠を提出している。

(二)  しかし、G江が氏名を自署した点を強調するのであれば、なぜ住所についても自署を求めなかったのか疑問が残る。また、本人確認をしたところ、明確に質問に答えたとし(≪証拠省略≫)、右確認を証する書面(≪証拠省略≫)も提出しているが、右書面には「お手数ですが、本人確認のため、記入して下さい」とわざわざ注意書きをした上で「作成年月日」、「氏名」、「生年月日」、「本籍地」、「年齢」、「干支」、「職業欄」、「家族構成欄」等の詳細な項目が設定されているにもかかわらず、G江が記入しているのは「氏名」、「生年月日」、「年齢」、「干支」のみであり、その余は空欄である。殊に、家族欄に何らの記載も求めていないのは、前記認定の本件消費貸借契約の内容及びG江の年齢に照らし、本件債務が同人の相続の対象となることが必至であることが予見できたのであるから、金融業者の処理として極めて不自然であり、重大な落ち度があるというべきである。

さらに、丁沢はG江の判断能力はしっかりしていた旨陳述しているが(≪証拠省略≫)、前記認定の同人の痴呆状態に照らすと、到底措信し難い。丁沢は、金融業者の担当者として、二〇〇〇万円もの金員を被告B子の営む会社の運転資金として融資するのであるから、G江の相続のことを考慮して、家族構成はもちろん、今回の融資の件について家族の承諾を得ているか等について当然に問いただしておくべき注意義務を負っていたのであり、これらのことをしておけば、同人の判断能力に対する疑念は容易に抱けたはずであり、融資の不自然さにも思い至ったはずである。

(三)  右のとおりであり、原告の右主張及び提出の証拠はいずれも前記認定、判断を左右するには足りない。

なお、平成元年四月二七日、被告B子の要求により、G江の亡夫であり同B子及びその余の被告らの父親であるI作の財産分割協議書(≪証拠省略≫)が取り交わされ、G江も右協議書に署名、押印している。しかし、右署名、押印については、G江は遺産分割の意味を理解していなかったが同人の不利益になるものではないので署名押印させたというものであり(被告丙谷本人)、右説明には相応の合理性が認められ、右分割協議書の作成の点もG江の判断能力に関する前記認定を覆すに足りるものではない。

4  以上のとおりであり、本件ローン契約書、本件抵当権設定契約書及び本件領収書のG江作成部分はいずれも真正な文書とは認められず、右文書によりG江に係る本件消費貸借契約及び本件抵当権設定契約成立の事実を認めることはできず、当時のG江の判断能力に照らすと、少なくとも右契約は契約意思の合致があったとはいい難く、その成立を認めるには足りないというべきである。

三  よって、原告の被告会社、同B子に対する請求はいずれも理由があるから認容するがその余の被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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