大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)835号 判決

原告 A

右訴訟代理人弁護士 池田紳

被告 成富信方

右訴訟代理人弁護士 吉岡進

畑中耕造

武田清一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  請求

被告は原告に対し一二〇万円及びこれに対する平成九年二月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、本件とは別の訴訟において被告が原告に関して供述した部分が原告の名誉を毀損するものであるとして損害賠償を求めたものであり、前提となる基本的な事実並びに原告及び被告双方の主張は以下のとおりである。

1  前提となる事実(争いのない事実を基本とするが、証拠による場合は適宜関係証拠を掲記する)

(一)  原告は日本アニメーション株式会社の代表取締役であり、被告は第一東京弁護士会に所属し渉外事件を専門分野とする弁護士である。両名は昭和六二年三月に設立された「東京中央ロータリークラブ」と称する親睦団体(以下「本件ロータリークラブ」という)の会員として知り合い、また、同じくその会員であったB(以下「B」という)及びC(以下「C」という)とも同団体の活動を通じて互いに知人関係にあった。なお、被告は当時外国との取引を手掛けていたCの依頼を受け、その法律問題の処理を手伝っていた。

(二)  被告は、Bの出資を得て平成三年一月七日に設立され、同人、D(以下「D」という)及びCが代表取締役に就任したリサイクル・テクノロジー株式会社(以下「RT社」という)の監察役の地位に就いた。

RT社は、スイスのゴミ処理機械製造会社であるオルガン・フェイザー・テクノロジー・カンパニー(以下「オルファ社」という)が開発し特許権を有する全自動一般家庭ゴミのリサイクル・システム(以下「本件リサイクル・システム」という)の日本における特許実施権者(以下「本件ライセンシー」という)の資格取得を目的として設立されたものである。被告は、RT社の設立に先んじて、平成二年初めころ、被告の長年の友人であるグラッブなるスイス人から日本における本件ライセンシーとなる会社の紹介依頼を受けたことから、以後オルファ社との右ライセンシー契約締結の交渉にかかわるようになった。なお、右契約締結を熱心に推進したのは被告の友人で日本でリサイクル事業に従事していたDであり、同人は実際にスイスに赴き、オルファ社の実験工場で本件リサイクル・システムを見学した上で、被告に対し日本に右システムを導入することの意義の大きさを説いたものである。さらに、本件ライセンシー取得には多額の資金を要した(特許実施料(以下「ロイヤルティー」という)として基本契約締結時に一〇〇万ドル、以後毎年一月末に各一〇〇万ドルをオルファ社に支払うことを要する)が、その資金のないDから本件ロータリークラブ会員中から右出資金提供者を探すよう求められた被告がCに持ち掛けたところ、Bを紹介され、同人がこれを承諾して出資者となったものである(甲一、二、弁論の全趣旨)。

(三)  被告はDらと共に、RT社の設立に先立つ平成二年一二月中旬、オルファ社から日本における本件ライセンシーに関する独占的実施権を取得することの承諾を取り付け、そのための基本契約書を取り交わした(以下右独占的実施権取得に関する合意を便宜「本件ライセンシー契約」といい、右契約書を「BA」という)。

そこで、Bは前記出資の約束に従い三〇〇万ドル(以下「本件三〇〇万ドル」という)を太陽神戸銀行から借り入れ、平成三年一月一四日スイス・チューリッヒのジュリアス・ベア銀行(以下「JBB」という)に開設されたC名義の口座に送金した。右入金の際、被告及びCはJBB本店で右送金手続を見守った。そして、被告とCは右入金後、内一〇〇万ドルをRT社名義でオルファ社に約定のロイヤルティーとして送金した。

その後、RT社は二年目のロイヤルティーを支払ったものの、三年目である平成五年度分のロイヤルティー不払のため、同年九月一日オルファ社から本件ライセンシー契約を解除された。こうしてRT社はさしたる業績を見ないまま本件ライセンシーを失い、営業活動ができなくなった。

(四)  ところで、その後Bは、本件ライセンシー契約締結の当初取得費用が実際には一〇〇万ドルであったのに、被告から三〇〇万ドルであると虚偽の説明を受けてその旨誤信させられ、前記のとおり本件三〇〇万ドルを送金し、差額の二〇〇万ドルを詐取されたとして、被告に対し同額の損害賠償請求の訴えを提起した(当庁平成六年(ワ)第17233号損害賠償請求事件。以下「別訴」という)。

別訴では、<1> 本件ライセンシーの取得費用額について被告からBに対して直接説明がされたか、<2> 太陽神戸銀行の融資担当者に対する被告の説明内容及び右担当者に提出された三〇〇万ドルと記載された基本契約書の写しの作成経緯、<3> JBBのC口座に入金された後の本件三〇〇万ドルの使途等が争点とされた。別訴は、平成一〇年一二月二一日判決が言い渡され、Bが全部勝訴し、現在控訴審でなお審理が継続中である(甲三、弁論の全趣旨。以下「別訴判決」という)。

(五)  被告は、別訴において陳述書(本訴提出の甲一。以下「別訴陳述書」という)を提出しその中で、また被告本人尋問(以下「別訴本人尋問」という)において、本件で原告が名誉毀損であると主張する事項に関係する陳述ないし供述をしている。

2  原告の主張

(一)  被告は、別訴陳述書及び別訴本人尋問において、次のとおり陳述及び供述に及んだ。

(1)  別訴陳述書

ア 「特に平成二年七月頃から同年一一月初め頃迄は、同クラブ(東京中央ロータリークラブ)の創立に貢献した訴外A氏が同クラブを私物化し恰も「Aロータリークラブであると非難する他のロータリークラブの会長たちの動きに同調し、東京中央ロータリークラブ内でも、A排撃運動がE、F、G会員等によって引き起こされ、他クラブの会長達や更には秋山ガヴァナーをも巻き込んだ大騒動に発展し」た。

イ 「原告は『甲第3号証』がBAであると主張するが、これは前記のA、I会計士、C及び原告のいずれかが変造したものである。」

(2)  別件本人尋問

ア 「本当は出席がものすごくうるさくて、欠席ばかりすると除名されちゃうというのが規則だったんですが、中央ロータリークラブはAさんと言う、このクラブを作った方が勝手にそこら中から会員を集めたり、出席なんぞしなくても構わねえよなんていうことになったもんですから、・・・」

イ 「当時は先ほど申し上げたような中央ロータリークラブ大混乱があって、A排撃運動が起こりました。これはAさんがめちゃめちゃに会員を増やしたり、でたらめなことをやっているというのを、よそのクラブの会長さんが問題にして、それを取り上げて、今度は我々クラブの中でも、Eっていう弁護士だの、F、あるいはGとかHとか、そういう連中がA排撃運動を起こしたもんですから、もうそれは大変だったんですね。」

ウ 「(『甲第3号証』は)それ(ライセンスアグリーメント)を見ないと書けない文です。」「・・・(ライセンスアグリーメントの)一部コピーを持ってたのを、一〇月の九日にIさんという会計士、中央ロータリーの人ですが、その人とAっていう前に申し上げたその二人が、おれがBとの間のあんたのいろんな問題解決してやるから、その英文と両方よこせと言ったんで、そのとき初めて渡したわけです。」

エ 「いつのころからか中央ロータリークラブのAというのが、おれがこのオルファのプロジェクトのいろんな世話をやくだなんて言って、いつの間にか入ってきていろんなことをやりだしたわけです。」「要するに、Aが入ってきて、ロータリークラブというのは奉仕の精神だとかいろんなことを言って、結局、本当はAがやりたかったと思うんですけど、・・・」

(二)  右の陳述ないし供述のうち、「クラブの私物化」、「A排撃運動」、「でたらめなことをやっている」等の点は、虚偽であるし、その点を措いても、別訴とは何らの関連性もなく、殊更に原告の名を繰り返し持ち出して批判をしているもので、意図的に原告の名誉を害するものである。

また、BA変造の点に関しては、別訴陳述書ではAが右変造をしたと断定しており、別訴本人尋問では「変造」という言葉を使わないながらも、右陳述書と同義の内容の供述を繰り返している。BAの変造者が何人であるかは別訴の争点とされたが、それが被告であることは明白であり、別訴判決も明確にその旨の判断を下しており、これ以上の議論を要しない。変造行為は場合によっては犯罪構成するものであり、原告の名誉を毀損するものである。

(三)  被告の右陳述ないし供述は、弁護士でありながら、別訴における自己の不法行為責任を免れんとするあまり、原告が別訴とは関わりがなく、全く反論の機会がないのをよいことに、別訴には無関係な上に事実無根の虚偽事実を持ち出して原告を繰り返し一方的に批判するものであり、故意に基づく違法な行為である。

(四)  被告の右各行為は、アニメーション番組等で著名な日本アニメーション株式会社代表取締役という重要な地位にあり、かつ本件ロータリークラブの創設に貢献し、同クラブの発展に尽力してきた原告の名誉感情を著しく傷つけ、かつ、原告の社会的評価をも毀損したものであり、これによって原告の被った精神的苦痛を金銭に見積もれば一二〇万円を下ることはない。

よって、原告は被告に対し、請求欄記載の金員を支払うよう求める。

3  被告の主張

(一)  本件ロータリークラブに関する事項について

(1)  別訴陳述書及び別訴本人尋問中に、原告指摘の陳述ないし供述部分があることは認めるが、右はいずれもその前後の文脈の中で解釈されるべきである。

すると、指摘される部分はいずれも当時本件ロータリークラブにおける原告の行動に関する他のロータリークラブの会長達の評価を述べているものであり、原告の名誉を侵害する行為には当たらないか、又は原告の名誉を侵害する程度に至るほど原告を否定的に評価するものではない。

(2)  また、指摘の各事実は、被告がBから不法行為責任を問われた別訴において、被告の防御権行使の必要上述べたものだあり、事件との関連性がありかつその供述内容・方法に著しく不適切な点はなく、違法性がないというべきである。

すなわち、本件ロータリークラブでの原告の評価に関する部分は、別訴において、Bが右クラブの会合などで被告から本件ライセンシー契約の話を持ちかけられたと主張するため、その反論反証として、当時右クラブでは原告の排斥運動などで大騒動のさなかであり、理事であった被告はその対処に忙殺され、Bと話し合う機会などなかったことを述べたものである。

また、原告とオルファ社との契約問題に介入したとの点も、別訴において被告がCと共謀してJBBのC名義口座に振り込めれた本件三〇〇万ドルの一部を引き出し騙取したと主張するのに対し、被告はCが一時的に借用したものであり、被告としてはその後Cが右口座に送金して借用分を返還したと思っていたとの事実を立証するため、右口座に右金員が存在することを原告に話したことがあるという事実を述べたものであり、その際、なぜそのようなことを原告に話したかの理由として、原告がオルファ社との契約問題に介入した経緯を述べたものである。

(二)  BAの変造に関する事項について

(1)  被告は、原告はBAを変造したとは述べていない。右文書の変造は別訴の争点の一つであったところ、被告は変造に係るBAを調査した結果、右変造の一部は後に作成されたライセンス・アグリーメント(BAとは異なる文書である)を見ないと書けない文であると判断し、被告がその変造者ではないことの反論反証として、全く客観的状況だけに基づいて、当時右変造が可能である者の範囲を画定し、それを原告、I会計士、C及びBと述べたにすぎない。したがって、原告の名誉を侵害するような行為は存在しない。

(2)  BAの変造問題は別訴の重要な争点の一つであり、右変造が被告によりされたものであるとのBの主張を否認し(別訴判決は被告が変造したと認定しているが事実誤認であり、被告は控訴して争っている)、当時の客観的状況を踏まえ、可能な限り真相に迫ろうとして合理的な推論を重ね、その可能性のある者の範囲を述べたものであり、訴訟における防後権の行使として許されるものである。

すなわち、変造に係るBAは、さくら銀行銀座支店が保管していたものである。常識的には、右BAは右銀行からBが融資を受けるに際し資料として提出したものとみられるが、同人はこれを否定し、右銀行は右提出者を不明としている。他方、Cは別訴においては右BAは知らないと証言していたところ、刑事事件においては一転して、被告が変造したと述べているが、その供述内容は矛盾に満ちている。被告自身は右変造には全く関与していないし、変造に係るBAを右銀行に提出してもいない。事実はこのように判然としないのである。原告は、それを見なければ右変造に係るBAを作成できないと思われるライセンス・アグリーメントに接することができた可能性があったのであるから、被告の右推論は合理性があり、許容されるものである。したがって、被告の右供述は訴訟における被告の防御権行使の必要上述べられたものであり、別訴事案との関連性がありかつその供述内容・方法に著しく不適切な点はないから、違法性がないというべきである。

三  裁判所の判断

1  本件ロータリークラブに関する事項についての名誉毀損の成否

(一)  別訴陳述書及び別訴本人尋問中に原告が指摘する陳述ないし供述部分があること自体は当事者間に争いがない。

しかし、証拠(甲一、二)に照らして検討すると、被告の主張(1) (一)ア、(二)ア及びイの部分は、いずれも別訴における争点の一つとされた、被告が本件ライセンシーの取得費用を中心とする右取得契約についてBに説明したかどうかという点に関するものであり、当時本件ロータリークラブでは原告の言動やクラブ運営をめぐって内部紛争が生じており、これが他のロータリークラブにも知れわたるところとなるほどで、被告は当時本件ロータリークラブの理事でもあったことから右紛争の鎮静に追われ、本件ライセンシー契約の件についてBと話し合うゆとりなどなかったことを訴える過程で述べられているものであり、その表現も他のロータリークラブの会長達の評価を述べる形を採っており、一応別訴における被告の防御権の行使の一環と見ることができるほか、その内容、表現方式にも殊更原告を誹謗中傷しようとの意図に出たものと評されるようなものは窺われない。さらに、同(1) (二)エは本件ライセンシー契約の問題に原告が介入していたことを述べるものであるが、そのこと自体格別原告の社会的評価に消極的影響を与えるような内容のものとは解されない。

(二)  右に加え、被告の右陳述ないし供述は、ロータリークラブという限定された親睦団体内部にとどまる事柄に関するものである上、原告は本件ロータリークラブがどのような会員からなるどのような特質を有するロータリークラブであり、当時の運営の実状がどうであったのか等について格別これを明らかにしようとしないのであるから、このような親睦団体において原告が受けた評価が原告の社会的地位をどのように侵害し、低下させるものであるのかも定かには判断し得ないというべきである。

(三)  右のとおりであり、原告の本件ロータリークラブに関する被告の陳述ないし供述が名誉毀損に当たる旨の主張は理由がなく、失当といわざるを得ない。なお、原告の右主張は原告の名誉感情を侵害するとの趣旨も含むものと解されなくはないが、そうであるとしても、損害賠償をもって償わせるほどの違法があるものとまでは認めがたく、この点も理由がないものというべきである。

2  BAの変造に関する事項についての名誉毀損の成否

(一)  別訴陳述書及び別訴本人尋問中に原告が指摘する陳述ないし供述があることも当時者間に争いがない。

しかし、右の点も、証拠(甲一、二)を検討すると、右陳述及び供述自体その前後の文脈と併せ考察すると、被告は原告がBAを変造したと断定しているとまではいえないのであり、被告においてBAの変造部分とされる箇所を検討した結果、被告が右部分を作成するのに不可欠であると考えたライセンス・アグリーメントの内容を知り得る立場にあった者すべてを客観的に指摘したにとどまるものと解するのが相当であり、この点に関する被告の弁明にも相応の理由があるものと認められる。

加えて、BA変造の点も別訴の重要な争点の一つとされていたのであり、被告が自身に対してかけられた右変造の疑いに反論反証を加えるために、右の推論を立て、その過程に原告名も登録することになったものであって、殊更に原告を誹謗中傷する意図があったなどの事情を窺うことはできず、被告の右の陳述、供述を違法と認めることは困難というべきである。

(二)  なお、原告は右BAの変造者は被告であるとの断定の上に論旨を組み立てており、その根拠として別訴判決(甲三)を提出しているが、右判決は控訴審で継続中であり、また、当審においては右の変造者が何人であるのかを判断するのに足りる証拠の提出はないのであり、原告の右主張は理由がない。

3  よって、原告の請求は、その余について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!