東京地方裁判所 平成9年(ワ)8351号 判決
原告 東磐梯リゾート株式会社
右代表者代表取締役 渡部悦子
右訴訟代理人弁護士 鈴木善治
被告 大東京火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 瀬下明
右訴訟代理人弁護士 江口保夫
同 江口美葆子
同 豊吉彬
右訴訟復代理人弁護士 中村威彦
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金六〇〇〇万円及びこれに対する平成八年九月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、普通火災保険契約に基づき、所有する建物が火災により焼燬したとして、損害保険金の支払を求めるものである。これに対し、被告は、右火災は原告の取締役等の故意により発生したものであるとして、免責を主張している。
一 争いのない事実等
1 当事者
(一) 原告は、旅館業を営む会社であり、所有する福島県耶麻郡猪苗代町大字蚕養字沼尻山甲二八五五番地の七三、家屋番号二八五五番七三の建物(以下「本件建物」という。)において「雪月花」という名称の旅館を経営していた。なお、原告の代表取締役である渡部悦子(以下「悦子」という。)の夫である渡部一男(以下「一男」という。)も原告の取締役を務めている(以下、悦子と一男を合わせて「一男夫婦」ということがある。)。
(二) 被告は、損害保険業を業とする会社である。
2(一) 本件建物は、昭和四二年に建築されたが、雪月花の営業のため平成二年一二月から平成三年二月にかけて大幅な改装工事が施されたものであり(乙第一、第三一号証)、本館と別館とが渡り廊下で接続された構造になっている(別紙「東磐梯リゾート株式会社・湯乃宿雪月花・建物配置図」参照)。
(二)(1) 本件建物の本館は木造平家建延床面積約三四五・八七平方メートルの建物であり、宴会場、調理場、事務室等から成る(別紙「湯乃宿雪月花本館見取り図参照」)。
(2) 本件建物の別館は、木造平家一部二階建、延床面積約五七一・九九平方メートルの建物で、一階部分には、中央に東西に延びる廊下があり、それに沿って南側に東の端から八畳間の客室四部屋が並び、更に六畳間を伴った一〇畳間の客室が続く。また、北側には従業員用として洋間二部屋と八畳間の和室(以下この八畳間を「八畳従業員和室」という。)及び台所が並ぶ。そして、この東西に延びる廊下は南北に延びる廊下(以下「大浴場廊下部分」という。)に繋がる。この大浴場廊下部分の南端には八畳間の客室と一〇畳間の客室があり、北側に行くと男女の浴室に至る(以上については、別紙「湯乃宿雪月花別館一階見取り図」参照)。そして、一階中央廊下に対応して二階にも東西に延びる廊下があり、その南側に八畳間の客室四部屋と六畳間の客室一部屋が並ぶ。この二階廊下の東端が渡り廊下を経由して本件建物の本館に続いている(以上については、「別紙湯乃宿雪月花別館二階見取り図」参照)。そして、八畳従業員和室の北側中央に出窓があり、そこにFF式ファンヒーター(以下「本件FF式ファンヒーター」という。)が設置されていた。また、大浴場廊下部分の、別紙「湯乃宿雪月花別館一階見取り図」記載の押入れと西側出入口との中間付近の西側壁側に温風暖房機が設置されていた(以下「本件温風暖房機」という。)。
(3) 本件建物の別館の北側に約一〇メートル程度の距離を置いて、一男夫婦ら(一男、悦子及び同人らの長女である望)が居住する自宅がある(別紙「東磐梯リゾート株式会社・湯乃宿雪月花・建物配置図」記載の渡部一男宅である。)。
3 普通火災保険契約の締結
原告は、被告と、平成七年一一月一五日、概ね以下の内容の普通火災保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
(一) 保険期間
平成七年一一月一六日から平成八年一一月一六日まで
(二) 保険の目的
本件建物
(三) 保険金額
本件建物の本館 四〇〇〇万円
本件建物の別館 六〇〇〇万円
(四)保険金の支払
(1) 被告は、火災によって「保険の目的」について生じた損害に対して、損害保険金を支払う。
(2) ただし、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意若しくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害については保険金を支払わない。
4 火災の発生
平成八年四月一一日午前三時五〇分ころ、本件建物の別館で火災が発生し、その一部が焼燬した(別紙「東磐梯リゾート株式会社・湯乃宿雪月花・建物配置図」参照。以下「本件火災」という。)。ただし、本館には延焼しなかった。
5 原告の保険金請求と被告の支払拒否
原告は、被告に対し、本件火災後、本件保険契約に基づき保険金を請求したが、被告は、原告に対し、平成八年九月二四日付けで保険金の支払を拒否する旨の通知をした。
二 争点
1 本件火災は、保険契約者である原告の取締役ないしその業務を執行する機関の放火によるものであるか。
(被告の主張)
以下の諸事情を総合すると、本件火災は放火によるものであり、かつ、右放火は原告の取締役ないしその業務を執行する機関がしたものであることが明らかである。
(一) 本件火災の出火原因は放火であること
(1) 本件建物の別館の焼燬状況は、八畳従業員和室及び大浴場廊下部分の本件温風暖房機が置かれている付近において著しいこと、大浴場廊下部分と八畳従業員和室との間には台所があるが、この台所を経由してどちらかがどちらかに延焼した形跡は見られないことなどからして、本件火災の出火場所は、八畳従業員和室及び大浴場廊下の本件温風暖房機付近の二箇所と推察される。
(2) ア 八畳従業員和室に設置されていた本件FF式ファンヒーターについては、本件火災当時、差込プラグが抜かれており、また、右従業員和室に以前住み込んでいた原告の元従業員竹内正明(以下「竹内」という。)が平成八年二月末に原告を退職してからは、同室は使用されていなかったものである。
したがって、八畳従業員和室からの自然発火は考えられない。
イ 本件建物においては、平成八年四月九日まで客が宿泊していたが、それ以後本件火災の当日まで客はなく、本件火災当時、本件温風暖房機は使用されていなかった。また、原告の従業員菊池若子(以下「菊池」という。)は、同年四月九日の朝、大浴場廊下部分を電気掃除機を使って掃除する際、本件温風暖房機の差込プラグをコンセントから抜いてこのコンセントを電気掃除機の電源として使用した後、宿泊客がいないので、本件温風暖房機の差込プラグをコンセントに入れないままにしておいたものである。
したがって、大浴場廊下部分の本件温風暖房機付近からの自然発火も考えられない。
(3) 以上のとおり、本件火災は、本件建物別館の八畳従業員和室及び大浴場廊下部分の本件温風暖房機付近の二箇所を出火原因とするものであり、かつ、自然発火の可能性はないものであるから、放火によるものであることが明らかである。
(二) 本件火災は原告の取締役ないしその業務を執行する機関による放火が原因であること
(1) 外部の者による放火の可能性がないこと
本件建物は、山間地の中腹にあり、人里から数百メートルの距離にあって、夜間は、歩行者や車の往来もなく、道路及び本件建物の敷地は真っ暗で、かつ、本件火災当時積雪があって本件建物の周囲を回ることは困難な状態にあったものである。そして、当時使われていた本件建物の出入口は、本館の玄関、仕込み搬入口(事務室出入口)、裏口、一男夫婦らの自宅に面した別館一階の脱衣室横の出入口(以下「浴場出入口」という。)の四箇所であったところ、本件火災当時、右のうち玄関と裏口は施錠されていた。残る本館の仕込み搬入口からは、内部に精通していない者が本件火災の出火場所にまでたどりつくことは困難である上、放火するのであればすぐ手近なところですれば目的を達せられるのであって、このように奥深くにまで侵入して放火をすることはまず考えられない。また、別館の出入口から侵入するためには、深夜真っ暗な中で積雪の残る山道を迂回して別館の建物の裏に回らなければならない上、一男夫婦らの自宅に近づき、自宅の玄関前を通らなければならず、その場合、見知らぬ者が近づけば、右自宅内にいる二匹の犬が吠え、発見されるおそれがあった。
したがって、本件火災が、外部の者による放火を原因とするものであるとは考えられない。
(2) 一男夫婦の旅館経営の状況
原告は、本件建物を改装し、旅館「雪月花」を開業した際の工事代金の一部が未払であったため、本件建物等につき、競売申立てがされ、平成七年一〇月二六日、福島地方裁判所会津若松支部によって不動産競売開始決定がされている。
また、本件火災当時、原告の預金残高はわずかで、金融機関に対する債務の弁済も遅延しがちであり、取引先に対する買掛金等の支払も怠っていた。そして、一男夫婦は、パチンコに時間を費やすなど旅館経営に熱意を失っていたものである。
したがって、一男夫婦には、保険金取得のため、本件火災を引き起こす動機があった。
(3) 以上からして、本件火災が、原告の取締役ないしその業務を執行する機関による放火を原因とするものであることは明らかである。
(原告の主張)
本件火災は放火によるものではなく、原告が経済的に困窮していたとの事実も存在しない。
2 本件建物別館の焼損の程度
(原告の主張)
本件火災によって、本件建物の別館は全損した。
(被告の主張)
本件建物の別館は未だ全損に至ってはいない。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 本件火災の出火場所について
以下の諸点からすると、本件火災の出火場所は、本件建物の別館の大浴場廊下部分及び八畳従業員和室の二箇所から別々に出火したものと認めるのが相当である。
(一) 本件建物の別館の焼燬状況
証拠(乙第一号証、第七号証、第一六号証、第二三号証の一、二、第三三号証、第三五、第三六号証、証人渡部一男、証人榊原正敏、証人野々村眞一)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件火災による焼燬の状況をみると、一階は従業員用洋間、八畳従業員和室及び台所並びに大浴場廊下部分、男女便所、男女脱衣室に及び、二階は廊下及びリネン室に及んでいる。
(2) このうち大浴場廊下部分と八畳従業員和室の焼燬状況が最も激しい。
大浴場廊下部分では、本件温風暖房機の設置場所付近における焼燬状況が最も激しい。この付近では、天井が焼け落ち、床板が焼け抜けて床の根太部分が露出し、その上に本件温風暖房機が南側を向いて転倒していた。更に、付近の天井小屋裏から二階リネン室床下まで焼燬し、布団類及び二階の壁体に設置された配電盤、リネン室への小階段も焼燬落下している。他方、大浴場廊下部分から大浴場北側脱衣所までは、焼燬が及んでいるものの、だんだんと弱くなって薫焼程度で焼け止まっている。大浴場廊下部分南側から別館の一階及び二階への焼燬状況については、一階客室廊下より、むしろ天井小屋裏への延焼及び二階客室廊下への延焼が認められる。そして、大浴場廊下部分の屋根は、熱により変色していた。このような状況から判断すると、大浴場廊下部分付近においては、本件温風暖房機付近において出火した火が周囲に燃え広がったと見るのが自然である。
次に、八畳従業員和室については、小屋裏部分及び北側出窓付近の焼燬が最も激しくなっている。北側出窓付近においては、火が北側出窓下方付近から燃え上がり、屋根裏に達している痕跡がみられる。そして、腰張り下部の幅木まで激しく焼けており、本件FF式ファンヒーター付近を起点として畳部分は全体的に表面が焼燬した状況を呈している(なお、本件FF式ファンヒーターそのものは、本件火災によっても倒れないままであった。)。この付近の屋根のトタンは、変色、変形し、軒先、軒裏まで焼燬している。また、部屋の天井は焼けて落下し、同室の押入部分から小屋裏部分にかけては、垂木の一部と屋根のトタンを残しただけで焼け落ちた状況になっている。そして、同室の壁体内部間仕切り材の焼燬状況についてみると、部屋全体に内側半分くらいまでの焼燬状況であるが、南側に行くに従ってだんだん弱くなっている。また、隣室の従業員用洋室をみると、屋根裏部分の焼燬は激しいが、全体的には焼燬されないままの残存部分が多い。さらに、大浴場廊下部分と八畳従業員和室との間にある台所部分はそれほど焼燬していない。このような状況から判断すると、八畳従業員和室付近においては、本件FF式ファンヒーター設置個所付近において出火した火が周囲に燃え広がったと見るのが自然である。
(二) 大浴場廊下部分からの出火と八畳従業員和室からの出火との相互関連性について
証拠(乙第一号証、第七号証、第一六号証、第二三号証の一、二、第三三号証、第三五、第三六号証、第三八号証、証人竹内正明、証人野々村眞一)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 前記のように、大浴場廊下部分と八畳従業員用和室との間には台所がある(なお、その南側部分は大浴場廊下部分と八畳従業員和室等との通路になっている。)が、台所と大浴場廊下部分との隔壁には屋根裏まで耐火ボードが貼られている。そして、この耐火ボードは、本件火災後も残存していて、右隔壁内の間柱も焼けていない。
(2) また、台所と八畳従業員用和室との間の間仕切り材は、八畳従業員和室側から焼燬、炭化しているが、台所の内部自体はそれほど焼燬していない。プラスチック製のバケツも溶解することなく残存しているほどである。台所の天井裏をみても、梁の一部が炭化した部分もあるが、それほど焼燬していない。それは、大浴場廊下部分と八畳従業員和室との通路になっている南側部分においても同じである。
このような点からすると、大浴場廊下部分からの火が台所部分(南側の通路部分を含む。)を経由して八畳従業員和室に延焼した(あるいは逆に八畳従業員和室の火が台所部分を経由して大浴場廊下部分に延焼した)とは考え難い(なお、炎の燃焼速度の比率は、上方向へは二〇であるのに対し、横方向へは一、下方向へは〇・三にすぎないものであること《乙第三八号証》などからして、間の台所部分にはそれほど火が回らなかったのに、台所南側の通路部分の上方を通った火が八畳従業員和室の本件FF式ファンヒーターの設置場所付近に《あるいは大浴場廊下部分の本件温風暖房機の設置場所付近に》下りてきて、その結果、延焼が起きるという事態も考え難いものである《証人野々村眞一》。)。
(三) 結論
そうすると、本件火災は、大浴場廊下部分の本件温風暖房機の設置場所付近と八畳従業員和室の本件FF式ファンヒーター設置個所付近の二箇所から別々に出火したものと認めるのが相当である(なお、猪苗代消防署は、平成八年四月一一日午前四時一二分ころ、本件火災を覚知して現場に出動し、四時二九分ころから消火活動を開始したが、現場に臨んだ当時、大浴場廊下部分の出入口付近及び八畳従業員和室の開口部付近から火災が激しく噴出していたことが目撃されている《乙第一号証》。このことも右の二箇所から別々に出火したことの裏付けとなる。)。
2 本件火災の出火原因について
次に、この出火の原因に関しては、以下の諸点を挙げることができる。
(一) 本件火災は、前記のように、出火場所が二箇所あるところ、二箇所からの出火という事態は、本件火災が放火によるものであることを強く疑わせるものである(放火以外の自然的な原因などにより、たまたま相前後して二箇所から出火するという事態は想定しにくい。)。
(二) そして、出火場所とされた前記の場所の状況を検討しても、以下のように、これといった有力な出火原因は見当たらない。
すなわち、証拠(甲第二号証、乙第一号証、第三三号証、第三七号証の一、二、第三九号証、証人渡部一男、証人竹内正明)によれば、以下の事実関係が認められる。
(1) 雪月花の宿泊客は、平成八年四月七日から九日朝まで常連の客が宿泊していたが、同日以降は宿泊客がいなかった。本件火災の前夜は従業員も午後五時ころには帰宅し、一男や悦子も自宅に戻って午後九時すぎころ以降本件建物は無人の状態であった。そして、一男や悦子は、本件建物から自宅に戻る際には特に異常はなかったと述べている。なお、本件火災前日の一男らの食事の支度等は、すべて本館の厨房でまかなっており、別館の台所は使用されていない。
(2) 別館の八畳従業員和室は竹内が使用していたが、竹内が平成八年二月に原告を退職して以後長らく使用されないままであり、本件FF式ファンヒーターのプラグはコンセントから抜かれた状態になっていた(なお、隣の従業員用洋室についても、本件火災発生前相当期間使用されていなかった。)。
(3) 本件温風暖房機のプラグは、四月九日に宿泊客が帰った後、従業員(菊池若子)が電気掃除機で付近の掃除をする際にコンセントから抜き、代わりに電気掃除機のプラグを差し込んで使った。同人は、宿泊客もいなかったことから、掃除が終わった後も、本件温風暖房機のプラグをコンセントに差し込まないままにしていたのであり、本件温風暖房機は本件火災の前に作動していなかった。
右認定に沿わない証人渡部一男の供述部分は、乙第三七号証の一、二(四月九日に大浴場廊下部分を掃除した従業員である菊池若子との対話を録音したもので、その内容は信ぴょう性が高いというべきである。)、乙第三九号証(火災直後の平成八年四月一九日付けの悦子及び一男作成の「経緯書」と題する書面で、通常、宿泊客がいないときは館内の暖房はすべてスイッチが切られることや、悦子が本件火災前日に帰宅する際廊下のヒーターは作動していなかったように感じられたのであり、そのスイッチは切れていたと思うということが記載されている。)や証人竹内正明の供述と対比して、信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。
したがって、本件FF式ファンヒーターや本件温風暖房機が出火原因になるとは考え難い。また、本件全証拠によるも、電気系統の故障等による出火をうかがわせる痕跡もない。たばこの火の不始末による出火も、夜九時すぎ以降別館は無人であったのであるから、考え難い(前記のように、そもそも出火場所である八畳従業員和室は長らく使用されていなかったし、大浴場廊下部分にだれかが入り込んで深夜たばこを吸うなどということも考え難い。)。また、本件火災前日の一男らの食事の支度等は、すべて本館の厨房でまかなっていたのであるから、台所の火の不始末なども考え難い。
(三) 他方、証拠(乙第一、第二号証)によれば、出火場所である前記の二箇所で灯油が検出されている。これは、以下のように、放火を裏付ける根拠となり得るものである。
すなわち、まずこのうち大浴場廊下部分の本件温風暖房機付近で検出された灯油について検討すると、前記のように、本件温風暖房機は本件火災により転倒したが、乙第一一号証によれば、本件温風暖房機が火災で転倒したとしてもそれにより灯油が漏れる可能性は乏しいものであって(温風暖房機は、一般に、最高で一五度傾けば自動的に給油がストップする構造になっている。また、本件温風暖房機は送油管方式で灯油が供給される構造になっている《乙第七号証》ところ、送油管方式の温風暖房機が灯油タンクからの送油管を温風暖房機に接続する方式としてはくい込み式とフレア方式の二種類があるが、いずれも金属管を直接温風暖房機にねじ込んで接続する方式であって、接続部分から灯油が漏れるとか、接続部分が外れることは考えにくい構造になっているものである。)、灯油は人為的にまかれた可能性が高いと判断される。
また、八畳従業員和室で検出された灯油についてみると、甲第一二号証の二九、三三、三五によると、本件旅館の各客室で使用されていたファンヒーターについては、送油管は途中からゴム管(ゴムホース)になっていたことが認められるのであり、このことからして、本件FF式ファンヒーターの送油管の一部もゴムでできていた可能性を否定できないところ、乙第一〇号証の一、第二二号証によれば、ゴム管の場合は、火災の熱でゴムが燃え、その結果そこから灯油が流出することがあり得るものである。しかし、前記のように、大浴場廊下部分から八畳従業員和室に延焼した事実はなく、八畳従業員和室は独立して出火したものであるところ、前記のように、八畳従業員和室は長く使用されておらず、出火原因になるようなものは見当たらないのであるから、八畳従業員和室において何か不明の原因により出火し、その火でゴム管が燃えて灯油が流出したという可能性よりも、人為的に灯油がまかれ、それに火がつけられたという可能性の方が高いというべきである。
(四) 結論
以上の点を総合すると、本件火災の原因は、何者かによる放火であると推認するのが相当である。
3 放火の実行者について
そこで、以上を前提として、だれがこの放火行為を行ったのかを検討する。この点に関しては、以下の諸点を挙げることができる。
(一) 以下のような現場の状況からして、外部から第三者が本件建物に侵入して出火場所に至り、放火するということは考え難い。
すなわち、証拠(乙第一号証、第七号証、第三三号証、証人渡部一男、証人竹内正明、証人榊原正敏)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認定できる。
(1) 本件建物所在地付近は、山間部の中腹にあって、夜間は車の往来も少ない場所である。そして、本件火災が発生した当時、本件建物の周囲には本件建物の屋根からの雪下ろしによって生じた高さ約二メートルの積雪があり、また、周囲は真っ暗であったから、建物の回りを歩くことは困難な状態にあった。
(2) 本件建物の通常使用されている出入口は、本館の玄関、本館東側の仕込搬入口、本館の裏口、一男らの自宅の向かい側にある別館の浴場出入口の四箇所しかないところ、本件火災当時、右の玄関と裏口は施錠されており、内部に通じていない者にとっては本件建物の出入口を探すのも容易でない状況であった。
そして、仮に本館東側の仕込搬入口から侵入した場合、本館から渡り廊下を経由して別館の二階側に入り、次に一階に降りて更に廊下を通って出火場所に至る必要があり(別紙各図面の<1>ないし<5>をたどることになる。)、内部に通じていない者が夜間に出火場所まで至ることは著しく困難である(また、内部の状況を知らない者がわざわざこのような奥にまで入り込んで放火するということも考え難い。)。
また、本件建物別館の浴場出入口から侵入するためには、積雪のある一男夫婦らの自宅の北側の道路を進んで自宅東側の脇を通り、自宅南側に出て、そこから西側に出て侵入する以外にないところ、右道路には街灯が設置されていなかったし、一男らの自宅には犬が二匹飼われていたから、一男らの自宅南側を通る際に自宅内にいる犬に吠えられ、発見される恐れが高かったものである。なお、本件火災の発生直前に、右自宅内の二匹の犬が見知らぬ者の接近を感知して吠えた事実は認められない。以上のとおりであるから、内部に通じていない者が外部から侵入して本件出火場所に至り、放火するということは考え難い。
また、旅館の内部をよく知る者(従業員ないし元従業員等)の場合でも、外部から本件建物内に入り込み(なお、前記のように、本件火災当時本件建物は無人であった。)、わざわざ一番奥まった、一男の自宅に近接した本件の出火場所に赴き、放火するということは考え難いというべきである(出火場所は一男らから一番発見されやすい場所であり、内部に通じている者なら、そこを避けるのが普通と考えられる。)。なお、内部に通じている者で放火した疑いがある者が存在することについての証拠も提出されていない。
(二) 他方、原告及び原告を経営する一男夫婦は、以下のように、債権者から本件建物等につき競売申立てがされるなど経済的に切迫した状況にあったことが認められる。
すなわち、証拠(甲第二号証、乙第一号証、第四号証、第六号証、第八号証、第九号証の一、二、第一七号証、第三一号証、第三三号証、証人渡部一男、証人竹内正明、証人榊原正敏)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
(1) 一男は、従前、有限会社沼尻山荘を経営し、本件建物のある土地の向かい側の土地(先代渡部保所有のもの)に建物(ホテル沼尻山荘)を建築して旅館業を営んでいたが、経営不振に陥り、有限会社沼尻山荘は和議手続に入り、ホテル「沼尻山荘」の建物とその敷地は売却されて負債の支払に充てられた。そこで、(一男は沼尻山荘を倒産させたことなどから)今度は悦子を代表者にして原告を設立し、先代所有(その後一男の母親渡辺スミイの所有となる。なお、渡辺スミイは、平成七年一〇月一三日に死亡した。)の土地上にあった沼尻山荘の旧館を全面的に改装して本件建物にし、「雪月花」という名前で旅館業を再開したものである。
(2) しかし、本件建物の改装工事の費用が高額になり、請負人である渡辺建設に対する請負代金の支払が滞ったことから、渡辺建設は、平成七年一〇月二六日、請負代金残金三三九七万六八〇〇円の不払を理由として、前記の渡部スミイが元所有し、右当時相続財産となっていた土地(本件建物の敷地)及び本件建物について不動産競売の申立てをし、同日、福島地方裁判所会津若松支部から競売開始決定がされた。
(3) 原告は、税金の支払を相当額滞納していた。また、本件火災保険契約の保険料についても、原告は、平成八年一月分及び二月分の保険料の支払を怠った。そのため本件火災保険契約はいったん失効したが、原告は、平成八年三月一八日、三回分の保険料をまとめて払い、これを復活させた。
(4) 右競売手続において交付要求された税金及び届出された債権の合計は、元本に限定しても金七〇七五万〇六九九円にのぼる(うち渡部スミイ分が金一五四〇万四一〇〇円)。なお、競売手続における評価人の評価では、渡部スミイ元所有土地の評価額は二五〇九万円、建物評価額は本館及び別館合わせて三四三八万九〇〇〇円とされた。
このように、原告は、税金なども滞納したうえ、債権者から本件建物や敷地について競売開始決定がされ、営業の本拠を失うおそれが生ずるほど追いつめられていたものである。しかも、一男は過去に沼尻山荘の建物と敷地を売却し、それで債務を整理しているから、今回競売で本件建物と敷地を失うことになると、財産(相続財産である土地も含む。)をほとんど失うことになるものと推認される。
この点に関し、証人渡部一男は、「雪月花」の営業は順調で黒字であり、渡辺建設への債務の返済についても、一男の本家に当たる田村屋が資金を借り受けて本件建物の別館を一部増築するなどしてこれを田村屋の従業員宿舎にし、その代わり田村屋が借り受けた資金の一部を原告に返済用の資金として提供することになっていたから、返済のめどがあったなどと供述する。しかし、甲第一号証によれば、旅館業による収入では交付要求された税金及び届出債権の支払は困難であったものと認められる(平成六年三月一日から平成七年二月二八日までの経常利益の額《約六四八万円》は、交付要求された税金及び届出債権の額の約一〇分の一にすぎないし、原告には相当額の累積赤字があったものである。)。また、田村屋が従業員宿舎の提供を受ける代わりに金融機関から融資を受けた資金の一部を原告に回すということについては、一男の供述を裏付ける甲第一三号証(田村屋の代表者渡辺恒昭の陳述書)もあるが、これらは、右融資の話は田村屋が既に立派な社員寮を持っていること(乙第三二号証の三及び証人榊原正敏の証言《乙第三三号証の同人の供述を含む。》により認められる。)と符合しないことや、証人榊原正敏の証言(田村屋の代表者渡辺恒昭が、榊原に対し、本件建物を従業員宿舎にするという話は出たが、田村屋が既に社員寮を持っているので具体化しなかったなどと説明したとするもの。乙第一九号証、第三三号証の同人の供述を含む。)に照らし、信用し難いというべきである。
(三) そして、別紙「東磐梯リゾート株式会社・湯乃宿雪月花・建物配置図」のとおり、一男夫婦の自宅は、本件の出火場所に近接しており、一男夫婦ないしその意を体した者が本件出火場所に立ち入ることは極めて容易であったと認められる。なお、乙第一号証によると、一男が本件火災の第一発見者であった。
(四) 結論
以上によると、本件火災は放火により発生したものと推認されるところ、<1>内部に通じていない外部の者が本件出火場所まで入り込んで放火を実行することは極めて困難であること、また、<2>内部に通じている者が、外部から入り込んでわざわざ一男夫婦の自宅に近い本件の出火場所にまで行って放火するということも考え難いこと、それに対し、<3>本件旅館の経営者である一男夫婦には本件建物に放火する動機がないとはいえないこと(火災で建物は失うが、火災保険金を得ることで債権者に対する支払が可能になり、かつ、敷地まで失うという事態を避けることができる。)、<4>一男夫婦ないしその意を体した者は本件出火場所に容易に立ち入ることができたこと、<5>本件火災の直前になって一男夫婦はいったん失効した本件火災保険契約を滞納保険料をまとめて支払うことにより復活させていること、といった点が認められるのであり、それに本件訴訟中にみせた原告側の行動(一男が八畳従業員和室に設置されていた本件FF式ファンヒーターを現在も保管しているということだったので、本件FF式ファンヒーターの送油管の一部にゴム管が用いられていたかどうか等を確認するため、一男と被告代理人らとが現場で本件FF式ファンヒーターを確認することになったが、当日、一男が提示したファンヒーターは、本件FF式ファンヒーターとは別物であった。右事実は当裁判所に顕著である。)なども考え合わせると、本件火災は、一男夫婦のいずれか一方又は双方(ないし同人らの意を体した者)による放火によって発生したものと推認するのが相当である。
二 結論
そうすると、本件火災は、原告の取締役の放火によって発生したものということになるから、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大坪丘 裁判官 浦木厚利 裁判官 辛島明)
別紙<省略>