東京地方裁判所 平成9年(ワ)8955号 判決 1999年9月30日
原告
雪印乳業株式会社
右代表者代表取締役
片山純男
右訴訟代理人弁護士
品川澄雄
同
吉利靖雄
右補佐人弁理士
青山葆
外二名
被告
麒麟麦酒株式会社
右代表者代表取締役
佐藤安弘
右訴訟代理人弁護士
片山英二
同
北原潤一
同
林康司
右補佐人弁理士
小澤誠次
同
川口嘉之
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告は、別紙「物件目録」一記載の物件(以下「被告遺伝子組換EPO」という。)を製造し、使用してはならない。
二 被告は、別紙「物件目録」二記載の物件(以下「被告製剤」という。)を製造し、販売してはならない。
三 被告は、その所有に係る被告遺伝子組換EPO及び被告製剤を廃棄せよ。
四 被告は、被告製剤について、販売のために宣伝広告してはならない。
第二 事案の概要
本件は、「酸性糖タンパク質」についての特許権を有する原告が、被告の製造する遺伝子組換エリスロポエチン及びこれを使用した製剤は、いずれも原告の右特許権を侵害するものであるとして、被告に対し、それらの製造の差止め及び廃棄、製剤の販売の差止め等を求めている事案である(以下、エリスロポエチンを「EPO」と略称することがある。)。
一 争いのない事実
1 原告は、主に乳製品及びその他の食品を製造販売し、医薬品等の製造販売をも業とする株式会社であり、被告は、ビール等の酒類、食料品及び医薬品等の製造販売を業とする株式会社である。
2 原告は、左記の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。
記
発明の名称 酸性糖タンパク質
出願年月日 昭和五八年二月二一日
出願番号 特願平二―三六六九〇号
分割の表示
特願昭五八―二六三九九号の分割
登録年月日 平成八年五月一七日
特許番号 第二五一九五六一号
3 本件発明に係る明細書(平成六年九月五日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「次の(a)〜(e)の性質を示す酸性糖タンパク質;
(a) ゾジウム ドデシル サルフェート(SDS)電気泳動を行ったエリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマ細胞より得られ、SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いて、あらかじめSDS処理を行ったエリスロポエチン含有液を精製することによって得ることができ、
(b) 少なくとも約四五、〇〇〇単位/mgタンパク質以上のエリスロポエチン比活性を有し、
(c) SDS―PAGE法で分子量三〇、〇〇〇〜四〇、〇〇〇を示し、
(d) セファデックス(ファルマシア製)によるゲル濾過法で分子量四五、〇〇〇〜六五、〇〇〇を示し、
(e) 逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析により単一のピークを示す。」
4 本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである(以下、分説された各構成要件を、その符号に従い「構成要件一」、「構成要件二a」のように表記する。なお、構成要件二が更に他の一定の性質を有する酸性糖タンパク質であることをも含意するかどうかについでは、争いがある。)。
「一 酸性糖タンパク質であること。
二 該酸性糖タンパク質は、次のaないしeの特徴又は性質を示すこと(なお、aが性質を示したものかどうかについては、争いがある。)。
a ゾジウム ドデシル サルフェート(SDS)電気泳動を行ったエリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマ細胞より得られ、SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いて、あらかじめSDS処理を行ったエリスロポエチン含有液を精製することによって得ることができること。
b 少なくとも約四五、〇〇〇単位/mgタンパク質以上のエリスロポエチン比活性を有すること。
c SDS―PAGE法で分子量三〇、〇〇〇ないし四〇、〇〇〇を示めすこと。
d セファデックス(ファルマシア製)によるゲル濾過法で分子量四五、〇〇〇ないし六五、〇〇〇を示すこと。
e 逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析により単一のピークを示すこと。」
5 被告は、被告遺伝子組換EPOを製造し、これを使用して被告製剤を製造し、販売しており、また、被告製剤について、医療機関にパンフレットを配布したり、人工透析専門医家向け月刊雑誌上に記事を掲載するなどして、その販売のための宣伝広告をしている。
6 被告遺伝子組換EPOは、少なくとも以下の特徴を有する遺伝子組換ヒトエリスロポエチンである。
(一) 酸性糖タンパク質であり、
(二) 以下の測定法により、約二一万単位/mgタンパク質のin vivoエリスロポエチン比活性を有し、
活性測定法: 正常マウス法[Hayakawa, T.et. al. Biologicals,vol.20,243-251(1992)]
タンパク質定量法: Lowry法(標準タンパク質: 牛血清アルブミン)
[Lowry, O.H., et. al., J.Biol. Chem.,vol.193,265-(1951)]
(三) セファデックスG一〇〇(ファルマシア社製)によるゲル濾過法で、約五六、〇〇〇の分子量を示し、
(四) 逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析により別紙記載のとおりのクロマトチャートを与える。
7 被告遺伝子組換EPOは、構成要件一及び構成要件二dを充足する。
二 争点
被告遺伝子組換EPO及び被告製剤が本件発明の技術的範囲に属するか。
1 被告遺伝子組換EPOが構成要件二aを充足するか。
2 被告遺伝子組換EPOが構成要件二bを充足するか。
3 被告遺伝子組換EPOが構成要件二cを充足するか。
4 被告遺伝子組換EPOが構成要件二eを充足するか。
5 構成要件二が更に他の一定の性質を有する酸性糖タンパク質であることをも含意するか。
三 当事者の主張
1 争点1(構成要件二aの充足性)について
(原告の主張)
(一) 本件発明は、新規な酸性糖タンパク質に関する発明であって、その技術的意義は、「特定のモノクローナル抗体と結合し得る」という特性を利用して、エリスロポエチンを不純物タンパク質を実質的に含まない純粋なタンパク質として初めて取得したことにある。すなわち、これまでの宮家博士らによって採用された方法で得られるヒトエリスロポエチン(以下「宮家EPO」という。)には五〇%を超える不純物タンパク質が含まれていたが、本発明者らは、その原因としてSDS電気泳動法においてヒトエリスロポエチンに近接して泳動される不純物たるタンパク質の混入が避けられないことを見出し、これを効率よく除去するために、SDS処理(SDSを混合し、加熱処理すること)を行ったヒトエリスロポエチンには結合するがSDS処理を行った該不純物タンパク質とは結合しないモノクローナル抗体の作製に成功し(本判決末尾添付の特許公報〔以下「本件公報」という。〕三欄二一行ないし三二行)、これを用いて「ヒトエリスロポエチン」を初めて該不純物タンパク質を含まない実質的に純粋なタンパク質として取得したものである。したがって、本件発明に係る酸性糖タンパク質たるエリスロポエチンは、これまで取得されたことのない実質的に純粋なエリスロポエチンであって、新規な物質であり、構成要件二aは、その酸性糖タンパク質の性質の一つを示すものである。
構成要件二aに掲げられた製法を経て得られた物たるエリスロポエチンには、構成要件二aのプロセスを経て初めて付与される性質が備わるが、この性質とは、本件発明の対象たるエリスロポエチンが良く精製されていることであり、この点で従来の技術と区別できるものであって、例えば構成要件二dの「セファデックス(ファルマシア製)によるゲル濾過法で分子量四五、〇〇〇〜六五、〇〇〇を示す」ことや、構成要件二eの「逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析により単一のピークを示す」ことなどを挙げることができる。そして、構成要件二aに掲げられた手順に従って有効成分を回収したところ、構成要件二bないしeの性質を有する物質が得られれば、構成要件二aの性質を示すものといえる。
(二) 被告は、構成要件二aについて、本件明細書の特許請求の範囲に記載された「精製することによって得ることができ」という表現を捉えて、これを「精製することによって得ることができた」という製法要件であると解し、本件発明に係る目的物質は、当該製法要件に掲げられた方法によって得られたものに限定されると主張している。
しかし、本件明細書の特許請求の範囲には、
「次の(a)〜(e)の性質を示す酸性糖タンパク質;
(a) ソジウム ドデシル サルフェート(SDS)電気泳動を行ったエリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマ細胞より得られ、SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いて、あらかじめSDS処理を行ったエリスロポエチン含有液を精製することによって得ることができ、(以下省略)」
と明確に記載されており、構成要件二aは、本件発明に係る目的物質である酸性糖タンパク質の「性質」の一つを示していることが明らかである。そして、「特定のモノクローナル抗体を用いて精製することによって得ることができる」というのは、「特定のモノクローナル抗体と結合し得る」、そして「その結合体からその物を回収できる」ということを意味しており、構成要件二aが「性質」の一つを示すことは、一般に特定のモノクローナル抗体と結合するという性質が、分子量が小さい通常の有機化合物の特定手段として、融点、赤外線吸収スペクトル、核磁気共鳴スペクトル等によるのに匹敵する、あるいはこれらを凌駕する優れた精密かつ緻密な手段であることからも裏付けられる。
仮に、構成要件二aが性質ではなく、製法について示しているものであるとしても、本件発明の技術的範囲をその製法によって得られたものに限定して解釈すべきではない。我が国の物質特許の運用基準においては、「製造方法のみによる特定は認められない。」という原則が維持されているが、このことは、物質特定の手段として製造方法を請求項に記載した場合の技術的範囲がその製造方法で製造されたものに限られないことを意味している。近時の東京高等裁判所判決(東京高判平成九年七月一七日・判時一六二八号一〇一頁)も、右の運用基準を支持しており、我が国においては、製法規定付き物質クレームが当該製法で製造されたものに限定されないという解釈と実務が定着している。
(三) 原告が被告製剤に含まれる有効成分を構成要件二aに掲げられた手順に従って回収するという実験をしたところ、本件発明に係るモノクローナル抗体に対して結合性があり、かつ、構成要件二bないしeに示された性質を有する物質が得られた(甲第七号証の一)。また、被告の研究者作成の論文(甲第六号証)には、遺伝子組換エリスロポエチンを、構成要件二aと同様、SDS処理して得られた変性エリスロポエチンを抗原として作製したモノクローナル抗体を固定化した吸着カラムに、SDS処理した遺伝子組換エリスロポエチンあるいはSDS処理をしない遺伝子組換エリスロポエチンを流したところ、いずれの場合もカラムに吸着されたことが記載されており(一八〇頁右欄一七行ないし二七行参照)、被告遺伝子組換EPOが本件発明に必須の抗体と結合する性質を有することが裏付けられる。したがって、被告遺伝子組換EPOが構成要件二aの性質を示すことは明らかである。
(四) 被告は、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、SDS処理によって立体構造が変化して抗体の結合性が異なったものであり、天然のエリスロポエチンとは異なる物質であると主張している。
しかしながら、立体構造については、本件明細書の特許請求の範囲には全く記載されていない。そもそも、タンパク質化学の分野でタンパク質の精製に際してSDS処理を行うということは、単に複雑な立体的三次元構造を有しているタンパク質にSDSを作用させて、一時的にこれを線状構造に変化させるとともにSDSの付加による負の電荷を当該分子に与えて精製を容易にすることを目的とするものに過ぎず、構造の変化したタンパク質を最終目的物質として得るために行うのではない。このことは、当該技術分野の常識に属することであって、SDS処理によって分離精製を行った後は、当然にSDSを脱離させて元の三次元構造を復元させるのである。そして、SDS処理とエリスロポエチン活性は、技術常識上両立し得ないものであり、エリスロポエチンは、SDS処理された状態では本来の生理活性を有し得ないが、SDSを脱離させると生理活性を有するに至るものである。もし本件発明に係るエリスロポエチンについてSDS処理による構造変化が起こっているとするならば、当然エリスロポエチンとしての生理活性も失われてしまうことになる。したがって、本件特許発明の酸性糖タンパク質は、SDSが除かれた、SDSと結合していないエリスロポエチンであり、抗体に対する結合性やタンパク質の立体構造が天然のエリスロポエチンとは異なる物質ではない。
たしかに、本件明細書の発明の詳細な説明(本件公報一三欄一二行ないし一四欄四行)には、本件発明に係る酸性糖タンパク質が「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する。」という特性を有する旨の記載がある。しかし、SDS処理された状態では本来の生理活性を発揮し得ないことは、当業者がよく理解しているところであり、また、エリスロポエチン活性の測定に際しては、その溶液が緩衝液によって希釈され、この希釈状態ではSDSがエリスロポエチンから除去され、エリスロポエチン本来の三次元構造が復元されることも、当業者が当然容易に理解するところである。そうすると、本件明細書の右記載については、常識ある専門家やSDS処理の目的と意義を理解している当業者であれば、「SDS処理された時」といった趣旨の言葉を補って解釈するのが当然である。そして、本件明細書の発明の詳細な説明(本件公報四欄二二行ないし二三行)に本件特許発明に使用するための抗体の特性が記載されていることから明らかなように、「強い結合」とはSDS処理したエリスロポエチンに対する反応のことであり、「ゆるやかな結合」とは抗体から離脱したエリスロポエチンのことであるのは自明である。
また、本件明細書の発明の詳細な説明(本件公報九欄二五行ないし三四行)には、SDS処理を行った抗原エリスロポエチンが五〇、〇〇〇単位のエリスロポエチン比活性を有している旨の記載があるが、これについても、本来のエリスロポエチンを復元させてその活性を測定しているのであり、常識ある当業者がこれを構造が変化したエリスロポエチンの活性を測定したものと理解することはあり得ない。
さらに、原告は、平成四年一一月二四日付け意見書(乙第五号証の三)において、「EPOをSDS処理を行い、タンパク質の立体構造が変化したものを抗原として作成したモノクローナル抗体が発明上必須となっています。SDS処理によりタンパク質の立体構造が変化することにより、タンパク質の抗原性が変化したEPOに対して結合性を有しているモノクローナル抗体によって、初めて本願発明の目的が達成可能となったのであり、引用刊行物2とは全く異なる技術であります。本願発明は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有する酸性糖タンパク質を対象とするものであります。」と記載しているが、その真意は、SDSによって立体構造が変化したエリスロポエチンに対する抗体を得て、この抗体を用いてSDS処理されたエリスロポエチンを結合させ、そして抗体から離脱させることによって、元の構造に戻ったエリスロポエチンを得ることができるとの趣旨である。抗体が発明上必須であること、抗体が結合して回収される酸性糖タンパク質が構造変化しているものであることは、本件発明に使用する抗体の特性と回収の工程での現象を説明したものであって、本件発明の対象であるエリスロポエチンについて言及したものではない。
本件特許発明に係る酸性糖タンパク質がSDSと結合していないエリスロポエチンであることは、本件明細書の特許請求の範囲全体の記載から明らかであり、SDSの除去工程については、特許請求の範囲の「精製によって得ることができ」という記載に含まれているというべきである。
(被告の主張)
(一)(1) 構成要件二aは、本件発明の対象物を製造方法によって特定したものであり、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、同構成要件に掲げられた製造方法(精製方法)によって得られたものに限定されると解すべきである。
すなわち、特許庁の「物質特許制度及び多項性に関する運用基準(昭和五〇年一〇月)」によれば、化学物質を特定するに当たって特許請求の範囲に製法の記載が認められる場合とは、化合物名、化学構造式又は性質のみで十分特定できない場合とされており、化学物質の発明において特許請求の範囲にその製法が記載されている場合には、それ以外の構成要件のみをもってしては目的物は特定しえず、製法以外の特許請求の範囲記載の構成要件のみを基準として右目的物と第三者の製造販売する物の同一性を判断することはできない。そうすると、製法によって発明の目的物が特定されている特許発明の場合、第三者としては、異なる製法を用いて製造された物についてまでこれが特許発明の目的物と同一であるとして特許侵害の責を負わされると、不測の損害を被ることとなる。他方、出願人としては、本来、特許発明の目的物につきその構造を解明しこれを用いて特許請求の範囲において明確に特定することができたのに、係る手間を省き安易に製法による特定をすることで先願の地位をいち早く確保することを選択した以上、第三者が右製法とは異なる製法によって物を製造した場合にこれに対して権利行使することができなかったとしても、その不利益は自ら甘受すべきというのが公平に合致する。したがって、その発明の技術的範囲は、当該製法によって製造された物に限られるというべきである。米国の判例においても、製法によって特許発明の目的物を特定したクレーム(いわゆる「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」)の場合、その特許発明の技術的範囲は当該プロセスによって製造された物に限定されるとの考えが支配的である。
本件明細書において新規な物として具体的に開示されているのは、構成要件二aに掲げられた方法を用いて精製することによって得られた、特定のエリスロポエチン比活性を有する物のみであり、出願人たる原告は、このようにして実際に創製された物を新規な物であるとして本件特許出願による権利保護の対象とし、その物を特定するための必要不可欠な手段として、右精製方法の構成要件を記載したものと考えられる。
したがって、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、構成要件二aに掲げられた製造方法によって得られたものに限定されると解すべきである。
(2) 原告は、構成要件二aがその酸性糖タンパク質の性質の一つを示すものであると主張するが、その性質については、構成要件二bや構成要件二eに示される性質と同じであるかのように述べており、結局、構成要件二aは、本件発明において無意味かつ不必要な構成要件であるということになり、不合理である。
(3) 被告遺伝子組換EPOは、ヒトエリスロポエチン遺伝子を組み込んだベクターをチャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)に導入してこれを形質転換し、形質転換された遺伝子組換CHO細胞を培養した後、SDS処理を行わず、かつ、抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いないで単離することによって得られたものである。したがって、被告遺伝子組換EPOは、構成要件二aを充足しない。
(二) 仮に、構成要件二aについて、本件発明の対象たる酸性糖タンパク質が、構成要件二aに掲げられた製法によって得られたものと同一物であることを意味し、特許請求の範囲記載の製法以外の製法によるものであっても物として同一である限り特許侵害が成立すると解するとしても、被告遺伝子組換EPOは、以下に述べるとおり、構成要件二aによって示された本件発明に係る酸性糖タンパク質と同一であるということができないから、構成要件二aを充足しない。
(1)① 構成要件二aには、本件発明の対象は、「SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いて、あらかじめSDS処理を行ったエリスロポエチン含有液を精製することによって得ることができ」ると記載されている。
構成要件二aに係るモノクローナル抗体の性質については、本件明細書の発明の詳細な説明(本件公報四欄一八行ないし二六行)に、次のとおり記載されている。
「(イ) 天然EPOとは、ゆるやかな結合性を示す。
(ロ)1)SDS処理EPOに対して強い親和力を有する。
2)SDS―PAGE法で三五、〇〇〇〜二五、〇〇〇に分離し、G一〇〇ゲルロ過で八〇、〇〇〇〜一二、〇〇〇(一二〇、〇〇〇の誤植と思われる。)の分子量の位置に溶出するEPO活性をほとんど示さないものとも結合する。」
また、本件発明に係る酸性糖タンパク質の性質については、本件明細書の発明の詳細な説明(本件公報一三欄一二行ないし一四欄四行)に、次のとおり記載されている。
「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する。」
右記載によれば、天然のエリスロポエチンが、これに対してゆるやかな結合性を有するという性質を有する本件発明に係る抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有するなどということはありえないから、本件発明の対象物は、天然のエリスロポエチンとは異なる物といえる。また、右記載によれば、本件発明の対象物は、「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する」ものであり、これは要するにSDS処理を行ったエリスロポエチンというのと同じである。
② さらに、原告は、本件発明の出願審査の過程において、本件発明に係る酸性糖タンパク質は公知のエリスロポエチンと同一であるとの特許庁審査官の指摘を受けたのに対して、平成四年一一月二四日付け意見書(乙第五号証の三)において、「本発明ではEPO比活性五〇、〇〇〇単位/mgという高比活性のEPOをSDS処理を行い、タンパク質の立体構造が変化したものを抗原として作成したモノクローナル抗体が発明上必須となっています。」として、SDS処理されたエリスロポエチンを抗原として認識しこれに対して強い結合性を有するモノクローナル抗体が本件発明において必須であると述べるとともに、「SDS処理によりタンパク質の立体構造が変化することにより、タンパク質の抗原性が変化したEPOに対して結合性を有しているモノクローナル抗体によって、初めて本願発明の目的が達成可能となったのであり、引用刊行物2とは全く異なる技術であります。本願発明は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有する酸性糖タンパク質を対象とするものであります。」と断言して、SDS処理を行ったことによりその立体構造が変化し、しかもエリスロポエチン活性を有する特殊な酸性糖タンパク質であることを強調している。
③ 原告は、もし本件発明に係るエリスロポエチンについてSDS処理による構造変化が起こっているとするならば、当然エリスロポエチンとしての生理活性も失われてしまうことになるとして、本件特許発明の酸性糖タンパク質は、SDSが除かれたエリスロポエチンであり、抗体に対する結合性やタンパク質の立体構造が天然のエリスロポエチンとは異なる物質ではないと主張するが、本件明細書の発明の詳細な説明(本件公報九欄二五行ないし三八行)には、本件発明に係るモノクローナル抗体を取得するためのSDS処理を行った抗原EPOが五〇、〇〇〇単位のEPO比活性を有することが明記されていることや、前記の本件明細書の記載及び本件発明の出願経過からすれば、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、SDS処理による立体構造の変化とエリスロポエチンの生理活性が両立したものであり、そのタンパク質自体、再びSDS処理をしなくても、「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する」という性質を有するものというべきである。
④ 以上によれば、本件発明の対象物は、天然のエリスロポエチンではなく、SDS処理を行ったことによりその立体構造が変化し、しかもエリスロポエチン活性を有する特殊な酸性糖タンパク質であることが明らかである。
(2) 被告遺伝子組換EPOは、SDS処理をすることなく製造されたものであり(乙第九号証)、SDS処理によってもたらされる立体構造の変化は生じていない。また、被告遺伝子組換EPOは、「天然のエリスロポエチンにはゆるやかな結合性を有するがSDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体」に対して強い結合性を有するものではない。
2 争点2(構成要件二bの充足性)について
(原告の主張)
(一) 被告遺伝子組換EPOの約二一万単位/mgタンパク質という比活性は、四五、〇〇〇単位/mgタンパク質以上とされている構成要件二bを充足する。
(二) 被告は、本件発明の出願時の技術水準などを根拠に、構成要件二bには、六〇、〇〇〇単位又は七〇、四〇〇単位/mgタンパク質という上限が含意されており、被告遺伝子組換EPOは約二一万単位/mgタンパク質であるから、構成要件二bを充足しないと主張する。しかし、甲第一七号証(宮家博士の論文)にも七〇、四〇〇単位/mgタンパク質のほか、一二八、六二〇単位/mgタンパク質や九三、九四〇単位/mgタンパク質といった数値が記載され、エリスロポエチンがより高い比活性を示し得るものであることを十分に推察させる記述があることなどから明らかなように、本件特許の出願以前から比活性の高いエリスロポエチンが存在することが当業者に知られており、本件発明に上限を定めなければならない積極的な理由はない。
また、被告は、本件発明に係るエリスロポエチンの純度に関し、比活性の数値をもってこれを比較しようとしているが、糖タンパク質については、タンパク質としての純度が変わらなくても、糖鎖の構造等の影響を受けて著しく比活性が変動することは、極普通に起こることであって、比活性だけが変化した物質を別物質として取り扱うことは、当該技術分野では行われておらず、当該物質の合成を生体内で規制している遺伝子、当該タンパク質の構造、分子量などの物理化学的性質、抗原性(特定の抗体の誘導とその抗体との親和性)、特異的受容体との結合性およびその結合によってもたらされる生物学的活性(生理活性)等に基づいて物質としての把握がなされるのが通常である。被告自身、二一万単位も七万単位も同一の高純度・高品質のエリスロポエチンと称しており、エリスロポエチンの純度に関し、比活性の数値をもって比較をすることは誤りである。
さらに、被告は、被告遺伝子組換EPOは、エリスロポエチン比活性に関し、本件明細書による開示の範囲を超え、出願人の認識限度をはるかに超えた性質を有するものであるから、構成要件二bを充足しないと主張するが、生体内生理活性物質に関しては、人為的に合成したものが天然品より高活性であったり、作用持続性であったりすることは、決して少なくなく、二一万単位/mgタンパク質程度の比活性は、本件特許出願時の当業者がその可能性を十分考慮し得た範囲のものである。出願時点に二一万単位の比活性のものが存在していないか、又は明細書にその数値が記載されていないからといって、これを権利範囲から排除すべき理由はなく、近時の均等論に関する最高裁判決に照らしても、技術的範囲の解釈は、出願時点ではなく侵害時点を基準にするのが相当である。
したがって、少なくとも、二一万単位/mgタンパク質程度のエリスロポエチン比活性を構成要件二bから除外すべき理由は全くない。
(被告の主張)
(一) 構成要件二bは、「少なくとも約四五、〇〇〇単位/mgタンパク質以上のエリスロポエチン比活性を有し」というものであり、比活性の下限については定めがあるものの、上限については何も定められていない。しかしながら、本件発明の出願時の技術水準においては、宮家EPOを超える比活性のエリスロポエチンを取得することはできず、いかなる方法によれば右取得が可能かということも知られていなかった。宮家EPOを超える比活性のエリスロポエチンが存在することが明らかとなったのは、遺伝子組換によって創製されたエリスロポエチンが公知となってからである。比活性の構成要件である構成要件二bに上限がないとすれば、本件発明の出願時点において実際に創製されず、また創製することが不可能であり、出願人において認識していなかったエリスロポエチンですらも、形式上右構成要件を充たしてしまうことになる。特許による独占権は、発明を開示した代償として与えられるものであり、特にいわゆる化学物質発明は、新規で、有用、すなわち産業上利用できる化学物質を提供することにその本質が存することからすると、実際に創製されず、出願人も認識しなかった物に対しても右発明の技術的範囲が及ぶような解釈をすることは許されるべきではない。したがって、構成要件二bには、約六〇、〇〇〇単位/mgタンパグ質又は約七〇、四〇〇単位/mgタンパク質という上限が含意されているものと解すべきである。
原告は、本件発明のほか、構成要件二aの製法(精製法)に一段階の工程を加えた改良された精製法によって得られたエリスロポエチンの発明について、本件発明の対象たる酸性糖タンパク質(エリスロポエチン)とは純度が相違するのでこれとは異なる物であるとして特許出願し(特願平二―一四二四二〇)、特許を得ているが(以下、この発明を「後願発明」という。)が、本件明細書(本件公報七欄一九行ないし二六行)及び後願発明の明細書(乙第七号証の一、一二九二頁右下欄五行ないし最終行)には、エリスロポエチンの純度は液中のタンパク質のエリスロポエチン活性(単位)を測定することによって決めることができると記載されており、原告は、本件出願から後願発明の出願にあたって、エリスロポエチンという同一の名称で称される物の間でも、エリスロポエチン活性(比活性)が高い方がエリスロポエチンとして純度が高く、また純度が異なれば物としても異なる、との認識に立脚していたことが明らかである(原告は、第二準備書面七頁において、ヒトエリスロポエチンの純度に関し比活性の数値をもって比較をすることは誤りであるなどと述べているが、比活性の数値をもってエリスロポエチンの純度を比較していたのは、原告自身である。)。また、後願発明に係る酸性糖タンパク質は、製法の点を除いてはエリスロポエチン比活性以外に本件発明の酸性糖タンパク質と異なるところはなく、後願発明に対して特許権が付与されたのも、その酸性糖タンパク質が約六〇、〇〇〇単位/mgタンパク質又は約七〇、四〇〇単位/mgタンパク質以上のエリスロポエチン比活性を有していたからにほかならない(後願発明の明細書に開示されたエリスロポエチンの比活性は、八八、〇〇〇単位/mgタンパク質又は八一、六〇〇単位/mgタンパク質である。)。したがって、構成要件二bに上限値が含意されているものと解することは、新規な物の発明たる本件発明の対象物と、同様に新規な物の発明たる後願発明の対象物とが相違するとの原告の認識にも整合するというべきである。
被告遺伝子組換EPOは、活性測定法を正常マウス法とし、タンパク質定量法をLowry法(標準タンパク質:牛血清アルブミン)とした場合に約二一万単位/mgタンパク質のエリスロポエチン比活性を有するものであり、構成要件二bに含意された前記上限値を大幅に上回るものであるから、構成要件二bを充足しない。
(二) いわゆる化学物質発明は、新規で、有用、すなわち産業上利用できる化学物質を提供することにその本質が存するから、その成立性が肯定されるためには、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とするというべきである(東京高判平成六年三月二二日・判時一五〇一号一三二頁参照)。ある有用なものが将来創製される可能性が開示されても、それが実施し得ないものである以上、単なる願望の開示にすぎず、特許権の保護の対象となる発明の開示とはいえない。
本件明細書においては、エリスロポエチン比活性四五、〇〇〇単位/mgタンパク質及び六〇、〇〇〇単位/mgタンパク質の酸性糖タンパク質について製造され確認されたという事実が開示されてはいるが、被告遺伝子組換EPOのごとく約二一万単位/mgタンパク質ものエリスロポエチン比活性を有する化学物質が製造・確認されたという事実は勿論のこと、これが出願時の技術水準の下で実際上製造可能であることについてすら一切開示されていない。
そうすると、たとえ構成要件二bについて形式上比活性の上限の記載がなかったとしても、被告遺伝子組換EPOは、エリスロポエチン比活性に関し、本件明細書による開示の範囲を超え、また、前記のとおり、出願人の認識限度をはるかに超えた性質を有するものであるから、構成要件二bを充足しないというべきである。
3 争点3(構成要件二cの充足性)について
(原告の主張)
被告遺伝子組換EPOのSDS―PAGE法で測定した分子量は、約三八、〇〇〇であり(甲第七号証の一、実験報告書五頁「SDS―PAGE法による分子量の測定」参照)、構成要件二cを充足している。
この点について、被告は、後記のとおり主張するが、被告の主張する分子量の数値は、これまでに被告が被告遺伝子組換EPOのSDS電気泳動による分子量として公表している値と大きく異なるものであり、また、被告による実験結果(乙第一〇号証)からも正しく導かれておらず、技術常識からは全く考えられないような独自の手法を用いた科学的根拠に欠けるものにすぎない。他方、原告が実験によって確認した被告遺伝子組換EPOの分子量の値は、被告が公表している値にほぼ一致している。
(被告の主張)
被告遺伝子組換EPOについてSDS―PAGE法によって分子量を測定すると、分子量約四〇、〇〇〇ないし約四九、〇〇〇の電気泳動像を示し、その泳動像の中心値は分子量約四四、〇〇〇を示すから、構成要件二cを充足しない。
4 争点4(構成要件二eの充足性)について
(原告の主張)
構成要件二eの「単一のピーク」とは、逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析によって得られたグラフチャートがある保持時間にひとつの先端をもつピークをいう。逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析によりグラフチャートがひとつの先端をもつピークを示すとき、単一物質の存在が示唆されることは、本件特許出願当時、当業者には技術的常識である。そして、被告遺伝子組換EPOも、これを逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィーによって分析した結果によると、単一のタンパク質ピークを示した(甲第七号証の一、実験報告書五頁「逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィーによる純度検定」参照)。したがって、被告遺伝子組換EPOは、構成要件二eを充足する。
この点について、被告は、後記のとおり主張するが、本件特許請求の範囲の「単一ピーク」の意味をそのように解さなければならない理由はなく、また、別紙に記載された被告遺伝子組換EPOのクロマトチャートは、原告の実験報告書(甲第七号証の一)のHPLCクロマトグラフィーの結果と全く一致しているのであるから、被告遺伝子組換EPOが構成要件二eを充足するものであることは明らかである。
(被告の主張)
構成要件二eにおける「単一ピーク」とは、せいぜい佐々木教授作成の実験成績証明書(乙第八号証)に記載されたクロマトチャートに示されたピークパターン程度、あるいはより不純物を含有することを示すピークパターンを意味するものと解するほかなく、被告遺伝子組換EPOについての逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析によるクロマトチャートは、別紙記載のとおりであり、右証明書のものと異なるから、被告遺伝子組換EPOは、構成要件二eを充足しない。
5 争点5(構成要件二が更に他の一定の性質を有する酸性糖タンパク質であることをも含意するか)について
(被告の主張)
本件発明に係る酸性糖タンパク質の性質は、構成要件二aないしeに示されたものに尽きるものでない。本件明細書の発明の詳細な説明(本件公報四欄三六行ないし四〇行、一四欄六行ないし八行)においては、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、クーマシー・ブリリアントブルー・バインディング・アッセイで卵アルブミンを標準タンパク質とした場合、E1%cm(以下「E値」という。)=13.1を示すことが記載されており(E値は、一%タンパク溶液中を一cm光が進んだ場合の二八〇nm波長の光の吸収値であり、個々のタンパク質毎に固有の値を示すものである。)、本件発明に係る酸性糖タンパク質をE値13.1という性質によって特定することが可能であることが本件明細書に明確に記載されている以上、構成要件二は、右性質を有する酸性糖タンパク質であることをも含意するものと解すべきである。
被告遺伝子組換EPOは、クーマシー・ブリリアントブルー・バインディング・アッセイで卵アルブミンを標準タンパク質とした場合、E値8.2を示す酸性糖タンパク質であり(乙第一〇号証参照)、本件発明におけるE値13.1と著しく異なっている。
したがって、被告遺伝子組換EPOは、構成要件二を充足しない。
(原告の反論)
E値については、本件明細書の特許請求の範囲に何ら記載されていない。そもそもE値は、標準とする卵白アルブミンの製品の差やロットによって変動するものであり、物質を特定するための性質としては適さない値である(甲第一八号証参照)。それゆえに特許請求の範囲にもこれを記載しなかったのであり、被告遺伝子組換EPOについても、標準とする卵白アルブミンを適宜選択することによってE値が13.1を示すことが当然あり得るものである。したがって、構成要件二は、本件発明に係る酸性糖タンパク質がE値13.1という性質を有することを含意するものではない。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(被告遺伝子組換EPOが構成要件二aを充足するか)について
1 甲第二号証、乙第四号証及び第五号証の一ないし七並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件明細書の記載
(1) 本件明細書の特許請求の範囲には、「次の(a)〜(e)の性質を示す酸性糖タンパク質」という記載に続いて、「(a)ソジウム ドデシル サルフェート(SDS)電気泳動を行ったエリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマ細胞より得られ、SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いて、あらかじめSDS処理を行ったエリスロポエチン含有液を精製することによって得ることができ」などと記されており、本件明細書の発明の詳細な説明(本件公報三欄四五行ないし四欄一〇行)にも、発明の構成と効果に関する説明として、本件発明に係る酸性糖タンパク質の性質について、右と同様の記載がある。
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明には、「本発明は、特定の処理を行ったエリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマ細胞より得られたモノクローナル抗体に結合可能な特定の酸性糖タンパク質に関する。」と記載されており(本件公報二欄五行ないし八行)、右のハイブリドーマ細胞については、「②免疫原EPOはSDS電気泳動により調製をしたEPOである。」と記載され(本件公報四欄一一行ないし一六行)、また、右のモノクローナル抗体の性質(反応性)については、
「(イ) 天然EPOとは、ゆるやかな結合性を示す。
(ロ)1) SDS処理EPOに対して強い親和力を有する。
2)SDS―PAGE法で三五、〇〇〇〜二五、〇〇〇に分離し、G一〇〇ゲルロ過で八〇、〇〇〇〜一二〇、〇〇〇(本件公報に一二、〇〇〇とあるのは誤記と認める。)の分子量の位置に溶出するEPO活性をほとんど示さないものとも結合する。」
と記載されている(本件公報四欄二一行ないし二六行)。
(3) 本件発明に係る酸性糖タンパク質を取得するための原料たるエリスロポエチン含有物については、本件明細書の発明の詳細な説明に、「精製しようとするEPO含有液をあらかじめSDS処理を行い、この抗エリスロポエチンモノクローナル抗体にSDS処理されたエリスロポエチンを効果的に吸着させることによって精製する。」(本件公報五欄六行ないし九行)、「この方法における原料であるEPO含有物としては、正常人尿若しくは貧血患者尿又はその各処理物、或は、EPO産生細胞の培養上清液又はEPO産生細胞移植動物の体液、組織抽出液若しくは尿などが挙げられる。例えば、貧血患者尿をロ過、濃縮、脱塩して得た全尿タンパク質又はその含有液が使用される。尿中のプロテアーゼを失活させるため予めフェノール処理又は加熱処理を行ってもよい。また、SDS処理を行う。ここでいうSDS処理は実施例に示すようにSDSを混合し加熱処理することをさす。」と記載され(本件公報六欄四八行ないし七欄七行)、実施例として、「原料液を調製するため本実施例の抗原タンパク質の調製の冒頭で記載した限外ロ過装置を用いて調製した全尿タンパク粉末五〇mg(二、九〇〇単位)をPBS一〇mlに溶解し、外液四〇lのPBSに対し、一夜透析を行い、遠心後、上清液を得、原料液一〇mlを得た。この試料に二%濃度になるようにSDSを加え、一〇〇℃、三分間加熱処理後、外液一〇lのPBSに対し、一夜透析を行い、遠心後、上清液(原料液)一〇mlを得た。」(実施例一、本件公報一一欄三九行ないし四六行。なお、一液透析とあるのは誤記と認める。)、「原料を調製するため実施例一と同様に、限外ロ過装置を用いて調製した全尿タンパク質粉末五〇mg(二、九〇〇単位)を二%SDSを含むPBS一〇mlに溶解し、一〇〇℃三分間加熱処理後外液一〇lのPBSに対し、一夜透析を行い、遠心後、上清液一〇mlを得た。」(実施例二、本件公報一二欄一七行ないし二一行)、「原料液は、実施例二と同様に、全尿タンパク質粉五〇〇mg(二九、〇〇〇単位)を二%SDSを含むPBS五〇mlに溶解し、一〇〇℃三分間加熱処理した後、外液四〇lに対し、一夜透析を行い、遠心後、上清液五〇mlを得、PBSで五倍希釈した。」(実施例三、本件公報一二欄三六行ないし四〇行)と記載されている。
(4) 本件明細書の発明の詳細な説明(本件公報一三欄一二行ないし一四欄四行)には、本件発明に係る酸性糖タンパク質が有する特性について、「①SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する。」と記載されている。
(二) 本件発明の特許出願経過
原告は、平成二年二月一七日、昭和五八年二月二一日にエリスロポエチンの製造方法についてした特許出願(特願昭五八―二六三九九号、特開昭五九―一五五三九五号)を分割し、新たに本件発明に係る物質等について特許出願をした。右出願当初は、発明の名称を「ハイブリドーマ細胞」とし、その明細書(乙第五号証の一)の特許請求の範囲には、「(1) エリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマ細胞。(2) 特許請求の範囲(1)のハイブリドーマ細胞より得られたモノクローナル抗体。(3) 特許請求の範囲(2)のモノクローナル抗体を結合させてなる吸着剤。(4) 特許請求の範囲(2)のモノクローナル抗体に結合可能であり、少なくとも約四五、〇〇〇単位/mgタンパク質以上のエリスロポエチン比活性を有する、分子量約三〇、〇〇〇〜四〇、〇〇〇の酸性糖タンパク質。」と記載し、また、発明の詳細な説明には、右発明に係る酸性糖タンパク質(エリスロポエチン)取得の原料であるエリスロポエチン含有物についてSDS処理を行ったものに限られない旨を記載していた。
特許庁審査官は、右出願に対し、平成四年八月二五日付けで拒絶理由通知を発した。
原告は、同年一一月二四日付け手続補正書(乙第五号証の四)において、発明の名称を「糖タンパク質」、特許請求の範囲を「SDS電気泳動を行ったエリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマ細胞より得られたモノクローナル抗エリスロポエチン抗体(モノクローナル抗体)に結合可能であり、少なくとも約四五、〇〇〇単位/mgタンパク質以上のエリスロポエチン比活性を有する、分子量約三〇、〇〇〇〜四〇、〇〇〇(SDS―PAGE法)の酸性糖タンパク質。」と改め、発明の詳細な説明についても、「以上実施例1〜3で得られたEPO(本発明目的物の酸性糖タンパク質)は、いずれも下記の特性を有する。①SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する。」と追記するなどの補正をした。また、同日付け意見書(乙第五号証の三)において、「本発明ではEPO比活性五〇、〇〇〇単位/mgという高比活性のEPOをSDS処理を行い、タンパク質の立体構造が変化したものを抗原として作成したモノクローナル抗体が発明上必須となっています。SDS処理によりタンパク質の立体構造が変化することにより、タンパク質の抗原性が変化したEPOに対して結合性を有しているモノクローナル抗体によって、初めて本願発明の目的が達成可能となったのであり、引用刊行物2とは全く異なる技術であります。本願発明は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有する酸性糖タンパク質を対象とするものであります。」などと述べた。
これに対し、特許庁審査官は、平成六年六月二日付けで、「The Journal of Biological Chemistry, Vol.252, No.15」(一九七七年刊行)の五五五八頁ないし五五六四頁を引例とし、これに記載された酸性糖タンパク質(これは、ゲル濾過クロマトグラフィー等の七工程にも及ぶ多段階の精製を経て得られる天然のエリスロポエチンである。)も前記モノクローナル抗体に結合可能であることは明らかであり、右補正後の発明は右引例に記載された天然のエリスロポエチンと実質的に区別し得ないものと認められるとして、特許法二九条一項三号又は二九条二項により特許を受けることができないことを理由に、拒絶理由通知を発した。
そこで、原告は、同年九月五日付け手続補正書(乙第五号証の七)において、発明の名称を「酸性糖タンパク質」と改め、特許請求の範囲について、「モノクローナル抗エリスロポエチン抗体に結合可能であり」などの記載を本件明細書記載のとおりに改め、発明の詳細な説明についても、エリスロポエチン取得の原料をSDS処理を行ったエリスロポエチン含有物に限定し、実施例もすべてSDS処理を行ったものを原料に使用した例に変更するなど、本件明細書記載のとおりに改める旨の補正をした。また、同日付け意見書(乙第五号証の六)において、「ゲル濾過法による分子量において、本願発明は四五、〇〇〇〜六五、〇〇〇であるのに対し、引例は少なくとも六七、〇〇〇を必ず上まわるものである。」、「本願発明は前記した特許請求の範囲の(a)、(d)及び(e)という要件において引例のエリスロポエチンと相違し本願発明の酸性糖タンパク質は引例のエリスロポエチンと同一ではない。」、「本願発明は前記したSDS処理をしたエリスロポエチン含有液を特定のモノクローナル抗エリスロポエチン抗体を用い精製することによって得られるものである。」などと述べた。
平成八年五月一七日、右補正後の明細書に基づき、本件特許権の設定登録がされた。
2 本件においては、構成要件二aが本件発明に係る酸性糖タンパク質の製造方法を掲げていることから、まず、本件発明に係る酸性糖タンパク質がその製造方法によって得られたものに限定されるかどうかを、検討する。
一般に、特許請求の範囲が製造方法によって特定された物であっても、対象とされる物が特許を受けられるものである場合には、特許の対象は飽くまで製造方法によって特定された物であって、特許の対象を当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然はなく、これと製造方法は異なるが物として同一であるものも含まれると解することができる。右のように解すべきことは、特許庁の「物質特許制度及び多項性に関する運用基準(昭和五〇年一〇月)」が、特許請求の範囲の記載要領につき、「(1) 化学物質は特定されて記載されていなければならない。化学物質を特定するにあたっては、化合物名又は化学構造式によって表示することを原則とする。化合物名又は化学構造式によって特定することができないときは、物理的又は化学的性質によって特定できる場合に限り、これらの性質によって特定することができる。また、化合物名、化学構造式又は性質のみで十分特定できないときは、更に製造方法を加えることによって特定できる場合に限り、特定手段の一部として製造方法を示してもよい。ただし、製造方法のみによる特定は認めない。」と定めている趣旨にも合致するものである。
本件においては、前記認定のとおり、構成要件二aが本件明細書において「性質」の一つとして記載されていること等に照らしても、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、必ずしも構成要件二aに掲げられた製造方法によって得られたものに限定されるものではなく、その製造方法によって特定される物と同一の構造ないし特性を有する限り、構成要件二aを充足するというべきである。
3(一) そこで、構成要件二aによって特定される物の構造ないし特性とはどのようなものかについて、検討する。
(二) 前記1(一)認定の本件明細書の記載によれば、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、SDS処理をしたエリスロポエチン含有液をその取得の原料とし、SDS処理をしたエリスロポエチンを免疫原として作製されたハイブリドーマ細胞によって産出された抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に、右原料液中のSDS処理をしたエリスロポエチンを吸着させることによって取得されるものであり、「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体」に強い結合性を有するという特性を有するものであると認められる。このような抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する酸性糖タンパク質とは、右モノクローナル抗体に強い結合性を有することから天然のエリスロポエチンとは異なるものであり、また、その取得の原料がSDS処理をしたエリスロポエチン含有液に限られていることなどに照らせば、SDS処理をしたエリスロポエチンであるといわざるを得ない。そして、SDSがタンパク質と複合体を形成し、タンパク質の立体構造を変化させることに照らせば、本件発明に係る酸性糖タンパク質とは、SDS処理がされ、抗体に対する結合性やタンパク質の立体構造が天然のエリスロポエチンとは異なったエリスロポエチンであって、構成要件二aは、本件発明に係る酸性糖タンパク質が右のような天然のエリスロポエチンと異なる構造等を有することを示しているというべきである。
(三) 本件発明に係る酸性糖タンパク質の構造等を右のように解すべきことは、前記1(二)認定の本件発明の特許出願経過からも裏付けられる。
すなわち、前記1(二)認定の本件発明の特許出願経過によれば、本件発明は、二度にわたる拒絶理由通知及び補正を経て、最終的に本件明細書記載のとおり特許登録されるに至ったものであり、殊にその目的物たる酸性糖タンパク質が天然のエリスロポエチンと実質的に区別し得ないという拒絶理由に対し、原告は、当初、本件発明に係る酸性糖タンパク質取得の原料についてSDS処理を行ったエリスロポエチン含有液に限定していなかったところ、本件発明において使用されるモノクローナル抗体自体、天然のエリスロポエチンと緩やかではあるものの結合する性質を有することから、これを予めSDS処理を行ったものに限定する旨の補正をし、本件発明に係る酸性糖タンパク質と天然のエリスロポエチンとが異なる物質であることを明確にしたものである(原告自身、平成四年一一月二四日付け意見書において、本件発明について、エリスロポエチンの中でも立体構造が変化し、かつ、エリスロポエチン活性を有する特殊な酸性糖タンパク質を対象とするものである旨を明確に述べているのは、前記認定のとおりである。)。そして、原告自身、ゲル濾過法による分子量において、本件発明に係るエリスロポエチンが六五、〇〇〇であるのに対し、引例に記載された天然のエリスロポエチンが六七、〇〇〇をわずかに上まわるにすぎないような場合があり得ることを想定していたものであり、右のような分子量の相違について物質の区別を示すものとしての有意性が否定され得る余地があることを併せ考えれば、原告にとっても、構成要件二aは、本件発明に係る酸性糖タンパク質と天然のエリスロポエチンとを異なる物質として区別するための構成要件として重要な意義を有していたと認められる。
したがって、前記のとおり、本件発明に係る酸性糖タンパク質とは、SDS処理がされ、抗体に対する結合性やタンパク質の立体構造が天然のエリスロポエチンとは異なったエリスロポエチンであり、構成要件二aは、本件発明に係る酸性糖タンパク質が右のような天然のエリスロポエチンと異なる構造等を有することを示したものというべきである。
(四)(1) 原告は、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、SDSが除かれた、SDSと結合していないエリスロポエチンであり、抗体に対する結合性やタンパク質の立体構造が天然のエリスロポエチンとは異なる物質ではない旨を主張する。
しかし、SDSの除去が特許請求の範囲に記載されていなければ、本件発明がSDSと結合していない酸性糖タンパク質に係る発明であるということはできないところ、本件明細書には、SDSを除去する工程が何ら記載されていない。そして、前記認定のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明(本件公報一三欄一二行ないし一四欄四行)には、本件発明に係る酸性糖タンパク質の特性について、「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する。」と明確に記載されていることなどを併せ考えれば、原告の主張は採用することができない。(なお、乙第一六号証によれば、特許庁も、SDSの除去方法が周知慣用の手段であるとしても、そのような処理を行うことが特許請求の範囲に記載されていなければ、本件発明がSDSと結合していない酸性糖タンパク質に係る発明であるとはいえないと考えていたことが認められる。)
(2) この点について、原告は、SDS処理とエリスロポエチン活性が技術常識上両立し得ないとして、SDSの除去工程については、特許請求の範囲の「精製によって得ることができ」という記載に含まれており、本件発明に係る酸性糖タンパク質の特性に関する本件明細書の右記載についても、「SDS処理された時」といった趣旨の言葉を補って解釈するのが当然であると主張する。そして、本件発明に係る酸性糖タンパク質についてはSDSが除去されて元の立体構造に復しており、その立体構造は天然のエリスロポエチンのものと実質的に変わらないと判断し得る旨が記載された甲第二六号証及び第二七号証(意見書)を証拠として提出する。
しかし、特許発明の技術的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず、この場合において特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するために明細書の他の部分の記載を考慮することができるものであるが(特許法七〇条参照)、本件明細書の特許請求の範囲に記載された「精製によって得ることができ」という文言については、通常の国語の意味としてSDSの除去工程を経ることが示されているものと解することは到底できず、また、本件明細書の発明の詳細な説明等の部分にもSDSを除去する工程が何ら記載されていないことは、前判示のとおりである。原告の右主張は、明細書の記載を離れて特許発明の技術的範囲を論ずるものであって、到底採用することができない。
仮に、原告の主張するようにSDS処理とエリスロポエチン活性とが技術上両立し得ないとしても、それにより本件発明の技術的意義が否定され、あるいは本件特許の有効性が否定されることがあることはともかく、本件発明の技術的範囲についての前記認定を左右するものではない。(もっとも、以下に述べるとおり、SDS処理とエリスロポエチン活性が両立し得ない旨の原告の主張自体、これを認めるに足りないから、原告の主張はその前提を欠くものであって、この点からも、原告の主張は失当である。すなわち、タンパク質についてはSDS処理をすると生理活性が失われるのが一般的であるとしても、エリスロポエチンについても右のようにいい得るものかは、必ずしも明らかではなく、かえって、本件明細書の発明の詳細な説明〔本件公報九欄二五行ないし三四行〕には、抗原として使用するSDS処理を行ったエリスロポエチンが五〇、〇〇〇単位のエリスロポエチン比活性を有している旨の記載があるものであり、また、原告自身、平成四年一一月二四日付け意見書〔乙第五号証の三〕において、「本願発明は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有する酸性糖タンパク質を対象とするものであります。」と述べていることは、前記認定のとおりである。そうすると、SDS処理とエリスロポエチン活性が技術常識上両立し得ないと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない〔この点につき、原告は、抗原として使用するSDS処理を行ったエリスロポエチンが五〇、〇〇〇単位のエリスロポエチン比活性を有している旨の本件明細書の記載について、本来のエリスロポエチンを復元させてその活性を測定している旨を、また、右の意見書の記載について、本件発明に使用する抗体の特性と回収の工程での現象を説明したものであり、本件発明の対象であるエリスロポエチンについて言及したものではない旨をそれぞれ主張するが、明細書における前後の文脈との関係からはそのように解し得ない上、これらを裏付けるに足りる証拠もない。〕。甲第二六号証及び第二七号証も、エリスロポエチンについてSDS処理をすると生理活性が失われ、SDSを除去すると生理活性が回復するという前提に立ち、本件発明に係るエリスロポエチンが生理活性を有することに基づいて推測しているものにすぎず、SDS処理とエリスロポエチン活性の関係について何らの実験的裏付け等を有するものではないから、これを直ちに採用することはできない。)
(3) したがって、SDS処理とエリスロポエチン活性が技術常識上両立し得ないとして、SDSの除去工程が特許請求の範囲の「精製によって得ることができ」という記載に含まれているなどという原告の主張は、採用することができない。
4 そこで、構成要件二aによって示された酸性糖タンパク質の構造等について、被告遺伝子組換EPOがこれを充足するかどうかを検討する。
被告遺伝子組換EPOが構成要件二aの構造等を有する物質であるというためには、(1)被告遺伝子組換EPOが構成要件二aの製法によって現に製造されている事実が認められるか、又は、(2)被告遺伝子組換EPOが構成要件二aの構造等、すなわち、SDS処理がされ、抗体に対する結合性やタンパク質の立体構造が天然のエリスロポエチンと異なっていることが認められる必要があるところ、本件においては、これらを認めるに足りる証拠はない。
原告は、原告による実験の結果(甲第七号証の一)を根拠に、遺伝子組換EPOが構成要件二aの構造等を備える旨を主張するが、右実験の手順は、被告製剤から得たエリスロポエチン含有液を原料液とし、これに対して予めSDS処理を行った上、これを本件発明に係る抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いて作製した抗体吸着カラムに通すというものであるから、右実験によっては、被告製剤に含まれていたエリスロポエチンが元々SDS処理をされ、抗体に対する結合性やタンパク質の立体構造が天然のエリスロポエチンとは異なるものであったということを確認することはできない。
また、原告は、甲第六号証(被告の研究者作成の論文)には、遺伝子組換エリスロポエチンを、SDS処理して得られた変性エリスロポエチンを抗原として作製したモノクローナル抗体を固定化した吸着カラムに、SDS処理した遺伝子組換エリスロポエチンあるいはSDS処理をしない遺伝子組換エリスロポエチンを流したところ、いずれの場合もカラムに吸着されたことが記載されていることを根拠に、被告遺伝子組換EPOが本件発明に係る抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に対して結合性を有し、構成要件二aの性質を示す旨を主張するが、甲第六号証に記載されているモノクローナル抗体は、SDS処理して得られた変性遺伝子組換エリスロポエチンを抗原として作製したものであって、本件発明に係るモノクローナル抗体と同一のものと直ちに認められるものではないし、被告遺伝子組換EPO自体を対象として行われた実験ということもできず、結局のところ、甲第六号証は、SDS処理して得られた変性遺伝子組換エリスロポエチンを抗原として作成したモノクローナル抗体に対する遺伝子組換エリスロポエチンの結合性について述べたものにすぎないから、これをもってはいまだ被告遺伝子組換EPOがSDS処理されたエリスロポエチンと同一の構造・特性を有すると認めるには足りない。
以上のとおり、被告遺伝子組換EPOが構成要件二aを充足すると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
二 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告遺伝子組換EPOが本件発明の技術的範囲に属するということはできないから、原告の請求は、いずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)
別紙物件目録<省略>
別紙クロマトチャート<省略>