大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京地方裁判所 平成9年(ワ)9014号 判決 1998年10月26日

原告

株式会社佐藤製作所

右代表者代表取締役

佐藤傳治郎

右訴訟代理人弁護士

小口隆夫

新井旦幸

被告

サンキョー株式会社

右代表者代表取締役

阿部浩

右訴訟代理人弁護士

佐藤誠一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  本件について当裁判所が平成九年五月一四日にした強制執行停止決定はこれを取消す。

四  本判決は、前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が東京地方裁判所平成八年(ヲ)第九一八四号不動産引渡命令正本に基づき、別紙物件目録記載の建物に対してした強制執行を許さない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文第一、二項同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、訴外佐藤達也(以下「達也」という。)に対する東京地方裁判所平成八年(ヲ)第九一八四号不動産引渡命令正本に基づいて、同裁判所執行官に対し、強制執行の申立てをし、同裁判所執行官は、平成九年四月一七日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)に対する引渡執行に着手した(以下「本件引渡執行」という。)。

2  原告は、造花及び造花材料の製造販売を目的とする会社であるが、昭和五一年四月一日、達也から、本件建物を賃料一ヶ月二万円、期間二〇年間との約定で、倉庫として使用する目的で賃借した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

3  原告は、そのころ、達也より、本件賃貸借契約に基づき、本件建物の引渡を受け、以後占有している。その後、原告は、達也の承諾を得て、一〇五五万円の費用をかけて本件建物を改修し、昭和六一年七月からは、本件建物を原告の事務所兼社宅として使用してきた。

4  達也と原告は、平成八年四月一日、賃料一ヶ月一〇万円、期間二〇年間として本件賃貸借契約を更新した。

5  よって、原告は、被告に対抗できる賃借権を有しているので、右引渡命令に基づく本件建物の引渡執行の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。同2乃至4は否認する。なお、本件建物は、三で述べるとおり、達也が自宅として使用しており、原告が占有しているものではない。

三  抗弁

原告と達也は、本件賃貸借契約を締結する際、いずれも右契約を締結する意思がないのにその意思があるもののように仮装することを合意した。

現に、本件建物は達也の自宅として使用されているし、達也は、本件建物に関する東京地方裁判所平成三年(ケ)第九八四号事件、東京地方裁判所平成四年(ヌ)第四八二号事件の競売手続及び本件引渡執行手続において、執行官の調査等に対し、本件賃貸借契約の存在について一切主張してもいない。そして、執行官は、それぞれ、各現況調査報告書及び強制執行調書において、本件建物の占有の状況につき、達也が家族とともに、居住している旨の認定をしているのである。また、達也は原告の取締役であり、かつ、本件建物のもと所有者である。このように、本件賃貸借契約は実体を伴うものではない。

四  抗弁に対する認否

本件賃貸借契約が通謀虚偽表示であることを否認する。達也と原告との関係及び執行官の現況調査等の本件建物の占有の認定が被告主張のとおりであることは認めるが、執行官の本件各調書における記載内容は、本件賃貸借契約の契約書、確定申告書等を精査していないなど不十分な調査に基づくものであり、誤った結果となっているにすぎない。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件賃貸借契約について

1  弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一号証、第二号証、証人佐藤達也の証言(以下「達也証言」という。)及びこれによって真正に成立したと認められる甲第八号証によれば、原告と達也が、昭和五一年四月一日付けで、本件賃貸借契約の契約書を作成していること、平成八年四月一日付けで本件賃貸借契約が賃料一ヶ月一〇万円、期間二〇年に更新する旨の契約書を作成していることが認められ、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第五号証の一ないし五、第七号証の一ないし四によれば、昭和六二年から平成三年まで、原告は本件建物の賃料を支払った旨確定申告していたこと、達也も、昭和六二年から平成二年まで確定申告の際、本件建物の賃料を所得として申告していたことが認められる。右認定事実によると、原告の主張する本件賃貸借契約は一見存在するかのように思われる。

2(一)  しかしながら、他方で、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一号証、同第一一号証、ないし第一五号証によれば、原告の取締役(昭和五八年一〇月三一日から同五九年六月三〇日まで、及び平成元年一〇月二〇日から同三年三月三一日までは代表取締役)で、本件建物のもと所有者である達也は、本件建物に関する東京地方裁判所平成三年(ケ)第九四八号事件における競売手続において、執行官森伊都夫に対し、平成三年七月二日又は七月一六日、本件建物の使用状況に関して、「私の自宅」と回答し、本件賃貸借契約の存在について主張は全くしなかったこと、前記乙第一号証及び、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第五号証によれば、右競売手続において、現況調査の結果、右執行官は本件建物は達也の自宅であると認識したことが認められる。

(二)  また、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二号証によれば、達也は、本件建物に関する東京地方裁判所平成四年(ヌ)第四八二号事件における競売手続において、執行官森猛に対し、平成四年一〇月二八日、本件建物の使用状況に関して、本件賃貸借契約の存在を全く主張しなかったこと、従って、右執行官も、達也が所有者で、家族と共に住居として使用している旨認定したことが認められる。

(三)  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四号証によれば、平成九年四月一七日、本件引渡執行に臨場した執行官松下博夫は、本件建物につき、現場の状況及び達也の陳述を総合して、達也が全部占有しているもので、それ以外の第三者は占有していない旨認定したことが認められる。

3 右2(一)ないし(三)の各事実によると、達也は、原告の取締役であるのにもかかわらず、本訴に至る前の本件建物に関する競売手続や、強制執行手続中に、本件賃貸借契約の存在を主張したことが全くなかったのである。このことは、不可解というほかないが、原告は、この点につきなんら合理的な説明をするところがない。この点は、達也が本件賃貸借契約について実体を伴うものとして認識していなかったことを意味するものと解される。

4(一) 3で述べたところから、本件賃貸借契約の存在は甚だ疑わしいとの判断を導くことも可能であると考えられるが、さらに、第三者に賃借権を対抗できる引渡があったというには、第三者に賃借権の存在を認識させるに足りる事実的な支配の移転が必要であるから、以下では、この面に着目して判断する。

(二)  前記乙第一号証、第二号証添付の写真からは、平成三年当時及び平成四年当時、本件建物の表札は達也及びその家族の名義になっていたこと、その外観も個人の住宅そのものであること、その内部も、会社事務所として使用されている形跡はなかったことが認められる。

(三)  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第八号証、弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる乙第九号証によれば、平成九年六月一九日、本件建物につき占有移転禁止仮処分の執行(東京地裁平成九年(執ハ)第六六〇号ないし六六三号)がなされた際、達也は、初めて本件賃貸借契約に関して「本件建物の一階のダイニングキッチンを原告の事務所として使用している」旨陳述したが、臨場した執行官松下博夫は、「棚の一部に会社の書類等が入っていて、達也がその場所で会社事務を処理している状況がうかがえるものの、ダイニングキッチンの隅の一部で独立性がなく会社占有の認定は困難である」と判断したこと、平成九年四月一七日、本件引渡執行に立ち会った成本建二は、本件建物の内部について、普通の自宅そのもので、会社の事務所が入っているという様子は全くなかったと認識したことが認められる。

これに対して、達也は、右ダイニングキッチン部分で、会社の事務を処理しており、その使用方法は昭和六一年の本件建物の改修工事以来変わらない旨証言しており、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証の四(平成一〇年三月三日撮影にかかる写真)によると、一見右ダイニングキッチンにおいて会社の事務が処理されているように見られなくもない。しかしながら、前記乙第一号証添付の写真二二(平成三年七月ないし一〇月撮影)及び乙第二号証第四三丁上段添付の写真(平成四年一一月撮影)では、右ダイニングキッチンは、会社の事務の処理に使用しているようには到底見ることはできず、従前からそのような方法で使用していたとは推認することはできない。さらに、弁論の全趣旨より真正に成立したと認められる甲第六号証の一ないし八、前記甲第五号証の一ないし五、同第七号証の一ないし四の二、同第八号証及び達也証言をもってしても、本件建物の他の部分について原告が使用していると認めることはできない。

(四) 以上のとおり、本件建物について、原告の占有を認めることはできない。従って、本件建物について第三者に原告の賃借権を認識させるに足りる事実的な支配の移転があったとみることはできない。

5 長年原告の取締役をしている達也が執行官の現況調査に対して本件賃貸借契約の存在を主張しなかったこと、及び前記の本件建物の使用状況からすれば、本件賃貸借契約は実体のないものであったというほかないから、原告の主張する権原なるものは、本件建物の買受人である被告に対抗できるものとはいえない。

三  なお、本件は、以上のとおり、実体法上原告の請求に理由がないというべきものであるが、原告の主張は、手続法的にも問題があるように思われる。すなわち、前述のとおり、本件は原告の取締役である達也が、本訴に至る前の一連の執行手続において本件賃貸借契約の存在を主張する機会が十分あったにもかかわらずこれをせず、それどころか「本件建物は自宅である(自宅として使用している)」旨述べていたという事実がある。原告と達也との密接な関係を考慮すると、このような事実関係の下においては、原告が本訴を提起して、本件賃貸借契約を主張すること自体、手続法上の信義則(民事訴訟法二条参照)に反し許されないと解される余地もあるように思われるので、付言しておきたい。

四  以上によれば、結局、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、強制執行停止決定の取消しおよびその仮執行宣言について民事執行法三八条、同三七条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官加藤新太郎)

別紙物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例