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東京地方裁判所 平成9年(ワ)9562号 判決 1998年9月21日

主文

一  甲事件につき、原告と被告との間において、原告が年寄名跡花篭の取得者たる地位を有することを確認する。

二  乙事件につき、原告は、財団法人日本相撲協会の年寄名跡花篭の地位を有しないことを確認する、との請求につき訴えを却下する。

三  乙事件につき、その余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  甲事件

主文一項と同旨

二  乙事件

1 原告は、財団法人日本相撲協会の年寄名跡花篭の地位を有しないことを確認する。

2 原告は、財団法人日本相撲協会に対し、年寄名跡台帳の襲名継承登録の抹消手続をせよ。

3 原告は、被告に対し、財団法人日本相撲協会昭和三二年一一月三〇日発行の「年寄名跡證書(花篭)」を引き渡せ。

第二  事案の概要

本件は、相撲の年寄名跡の地位ないし権利の帰属等をめぐる争いであり、原告が被告から年寄名跡花篭の権利の贈与を受けたとして、被告に対し年寄名跡花篭の取得者たる地位の確認を請求し、これに対し、被告は右権利を原告に贈与したことはないとして、原告に対して、原告に年寄名跡花篭の取得者たる地位がないことの確認、年寄名跡台帳の襲名継承登録の抹消手続及び年寄名跡證書花篭の引渡しを各請求した事案である。

一  争いのない事実

1 当事者等

(一) 原告

原告は、平成三年五月二六日、財団法人日本相撲協会(以下「日本相撲協会」という。)の理事会の詮衡を経て年寄名跡花篭を襲名・継承した。なお、年寄名跡は、日本相撲協会に力士として在籍・所属し、一定の資格を有するもののみに襲名継承が許されている権利ないし地位である。

原告は、平成四年秋以降山梨県北都留郡上野原町上野原字桐ノ木三九五六番地一において、相撲部屋である花篭部屋を運営していたが、平成八年一二月に、原告の肩書地に移転し、現在は同所において右花篭部屋の運営をしている。

(二) 被告

被告は、山梨県上野原町を本拠として、不動産開発、売買、仲介等を業とするウエノハラスポーツヒルズ株式会社を経営している。

2 平成二年八月三〇日ころ当時、被告は年寄名跡花篭の権利ないし地位(以下「本件権利」という。)を有していた。

二  争点

被告は、原告に対し、本件権利を贈与したか。

三  争点に対する当事者の主張

(原告の主張)

被告は、原告に対し、平成二年八月三〇日ころ、本件権利を贈与し、年寄名跡證書花篭(以下「本件證書」という。)を交付した。

(被告の主張)

被告は、原告に対し、本件権利を贈与したことはない。

被告は、平成二年二月二四日、花田勝治(以下「勝治」という。)に本件證書を預託したが、その後平成二年八月三〇日ころ、勝治が原告に対し本件権利を使用貸借した。その際被告は、<1>花篭部屋の運営は、被告が代表取締役として経営するウエノハラスポーツヒルズ株式会社の営業本拠地である山梨県上野原町の相撲部屋施設にて行うこと、<2>原告は、被告の事業に貢献すること、<3>賃貸期間は五年間とすること、との条件付きで右使用貸借を承諾し、勝治及び原告も右条件を承諾した。

被告は、勝治に対し、平成七年一一月二七日、本件證書の預託契約を解除する旨の意思表示をして、本件證書の返還を求めた。

第三  当裁判所の判断

一  争点に対する判断

(一) 《証拠略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 勝治は、相撲の現役力士の時は若乃花の四股名で横綱をつとめ、現役引退後は二子山となり、日本相撲協会理事長、相撲博物館の館長を各歴任したものである。

勝治は、原告の相撲の師匠であり、原告を子どものころから預かり関脇となるまでに育て上げた。

被告は、勝治の相撲の師匠である元花篭親方中島久光の息子である。勝治は、被告のことを、被告が子どものころからよく知っており、被告が結婚したときは仲人をつとめた。

(2) 被告は、平成二年ころ当時、本件権利を有していたものの、年寄名跡を襲名継承するのに必要な資格がなかったため、自ら花篭部屋を継承運営することはできなかった。

そのため、被告は、当初、力士「玉竜」に本件権利を譲って、当時閉門となっていた花篭部屋を再興させることを考えていた。

ところが、その話を伝え聞いた勝治は、平成二年ころ、被告に対し、花篭部屋の継承者として自分の弟子である原告を推薦する旨を述べた。

(3) そこで、被告は、同年八月二四日ころ、仙台で相撲の巡業中であった原告を訪ね、原告に対し花篭部屋を再興してくれないか、山梨県上野原町に部屋を構えて欲しいなどと持ちかけた。

その際、原告が本件権利の譲受金額につき尋ねたのに対し、被告は、お金の問題ではないなどと述べた。

(4) 原告は、同年八月二六日、勝治を訪問し、被告が原告を訪ねてきて花篭部屋の再興を頼んだことを報告した。

(5) 同年八月二七日、原告と被告は勝治宅を訪問した。勝治宅では最初に、被告と勝治が原告から少し離れたところで花篭部屋を原告に継承させることを確認しあった後、被告と勝治は各々、原告に向かって「しっかりやってくれよ。」などと言い、これに対し、原告は、被告と勝治に対して「一生懸命やらせてもらいます。」などと返答した。

(6) 被告は、同年八月二八日ころ、原告宅に本件證書を持参し、原告にこれを渡した。

(7) 原告は、同年八月三〇日、日本相撲協会に本件證書を持って行き、名義登録の手続をした。原告は、右手続が済んだ後直ちに被告の入院先に訪ね、手続が済んだことを報告した。その一か月後に、被告は、原告に会った時に、原告に対して上野原町には五年くらいいてくれなどと言った。

(8) 原告が平成三年五月二六日に現役力士を引退し年寄名跡花篭を襲名・継承した後、原告と被告は、どのような形で部屋を開設するか等について何度か話し合いを持った。

(9) その後、原告と被告の間で、花篭部屋の建物の建築等に関して意見の食い違いがあったことなどから、原告は、本件権利の譲渡につきその内容を書面で明確にしておく必要を感じ、平成四年二月ころ、原告と被告の共通の知人であり当時テレビ山梨の社長であった中山典村(以下「中山」という。)に対し、文書の作成に立ち会って欲しいと依頼した。

原告、被告及び中山は、同月八日、青山あたりにあるふぐ料理店に集まり、そこで原告と被告は原告が準備してきた協定書(以下「本件協定書」という。)に署名し、中山は立会人として署名した。捺印については原告と中山はその場で各署名部分に捺印したが、被告はその場で印鑑を所持していなかったことから一旦本件協定書を持ち帰り、後日捺印してから原告らに本件協定書を送付した。本件協定書には、被告は原告に年寄名跡花篭に係る一切の権限を無償で移転したこと、原告が花篭の地位を承継させるときは今回の承継と同じ方法で花篭を襲名するにふさわしい人物に承継すること、原告と被告の間には本件協定以外には何らの債権債務がないことを確認すること、これらの事実及び事項について原告被告間で合意する旨の記載がされている。本件協定書作成の際、被告は、再度原告に対し、上野原町に五年間くらいはいて欲しいなどと言ったものの、それ以外に、本件協定書の記載について疑問を呈したり、異議を述べたりするようなことは一切なかった。

(10) 原告は、平成四年一〇月ころ、山梨県上野原町に花篭部屋を開設した。花篭部屋の建物は被告が建築したが、原告も部屋の建物建築の費用等として合計で六〇〇〇万円程度の出捐をした。

(11) 原告は、平成八年末に、上野原町から東京の両国へ花篭部屋を移転した。

以上の事実を総合すれば、平成二年八月三〇日ころ、被告が原告に対し、本件権利を贈与した事実が認められる。

(二) 右事実認定の補足説明等

(1) 被告は、本件権利は贈与したものではなく、勝治が原告に対し本件権利を使用貸借し、被告は、<1>花篭部屋の運営は、被告が代表取締役として経営するウエノハラスポーツヒルズ株式会社の営業本拠地である山梨県上野原町の相撲部屋施設にて行うこと、<2>原告は、被告の事業に貢献すること、<3>賃貸期間は五年間とすること、との条件付きで右使用貸借を承諾したにすぎない旨主張し、被告本人の陳述書においてこれに副う供述をする。

確かに、前記(一)の認定によれば、被告は原告に対し自分が経営するウエノハラスポーツヒルズ株式会社の本拠地である山梨県上野原町での相撲部屋の開業を幾度となく要望しており、実際にも原告は平成四年に上野原町に花篭部屋を開設したことが認められるところ、相撲場所の行われる両国国技館から遠く、力士にとって通勤等の点において何かと不便な山梨県に相撲部屋が開設されることは通常ではあまりないことであろうという点を考慮すれば、本件権利譲渡に際し、原告が相撲部屋を上野原町に開設することにつき被告が強い希望を表明していたことを推認することはできる。

しかし、被告が主張する使用貸借の合意(返還約束)の存在を裏付ける他の客観的証拠はないし(被告が主張するような使用貸借の事実は被告本人尋問からさえも直接に窺うことはできない。)、そもそもその所有者が相撲部屋を運営し、力士を養成する立場となる年寄名跡の地位ないし権利を将来返還することを前提として貸し借りするなどということはその性質上通常一般にはありえないことであるという点をも考慮すれば、被告本人の前記供述記載部分はたやすく信用することはできない。

もっとも、《証拠略》によれば、本件権利がその性質上本来的に売買等の対象となるかどうかなどの点は措くとしても、それが現実には億単位の金額で取引されていることもあるということが認められるところ、かかる高価なものを贈与するというようなことは通常一般にありえないのではないかということが問題になるところである。特に、年寄名跡の地位ないし権利を譲渡した側において右権利の入手過程で実際に高額の出捐があったような場合はなおさらであるところ、被告本人、《証拠略》によれば、被告は本件證書を二億五〇〇〇万円を支払って山岸なる人物から入手したことが認められる。

しかしながら、他方、《証拠略》によれば、そもそも本件證書は被告の今は亡き父親が所有していたもので、もともと花篭部屋は被告の父親により運営されていたものであること、被告の父親が運営していたころは花篭部屋は多数の有名な力士を輩出しており名門の相撲部屋であったこと、そして本件證書は、被告が平成二年二月に入手するまで被告にとって全くの他人でありまた相撲関係者ではない山岸のもとに渡ってしまっていたことが認められ、これらの事実から被告がかつての名門の花篭部屋の再興を切に希望していたことが推認でき、さらに《証拠略》によれば、勝治は花篭部屋の出身であり、原告はその勝治の弟子であることから、原告はいわば花篭一門の出身であること、被告には自分自身で年寄名跡を襲名継承する資格がないこと、原告には年寄名跡を襲名継承する資格があることがそれぞれ認められるところ、これらの事情の下においては、被告が花篭部屋の再興のために、勝治が花篭部屋の継承者として推薦する原告に対して、本件権利を金銭的に無償で譲渡するというようなことは、たとえ被告の本件権利の入手経緯を考慮したとしても、それほど不自然なことではない。また、上野原町で花篭部屋を開業することは、実際に相撲部屋を運営していくことになる原告にかなりの負担を強いるものであるから、原告が右のような被告の希望に沿うかたちで当初同町に花篭部屋を開設したということは、本件権利の移転における金銭面での無償性をむしろ裏付けるものであるともいえる。したがって、本件権利が高価であるという一事を持って直ちに本件権利の贈与を否定することはできないというべきである。

(2) 本件協定書について、被告は、その成立の真正を認める一方で、それは被告が原告に本件権利を無償で使用させる旨の内容を記載したものであり、また書面上に「贈与」との記載はないなどと縷々主張するが、本件協定書を素直に読めば、本件権利を無償で原告に移転したこと、すなわち贈与の合意が確認されていることは明らかであり、被告の主張するような解釈を採るべき理由はない。

また、被告は、本件協定書作成当時中山から「中島は花篭部屋の実質上のオーナーなのだから上野原で事業に専念し、坂爪に相撲部屋をまかせ、同部屋の経営収益について支払を請求しないようにし、坂爪も上野原で頑張らせるため」との説明があったことや、その場で特に「贈与」との話はなかった旨を主張し、これに副う陳述をするが、右主張事実を裏付ける他の証拠はなく右供述は未だ信用できるものではないし、また仮に右主張事実が認められたとしても、本件協定書の記載内容に照らせば、それだけでは直ちに原告被告間の本件権利の贈与の事実を否定するものとまではいえない。

さらに、本件協定書は、その頭書に「太寿山の引退並びに花篭襲名披露大相撲を二月一一日両国国技館において挙行するに際して」と記載されているとおり、同日の三日前に急遽右興業のためとして作成されたものであるとも被告は主張するが、本件協定書に右のような記載があるからといって、本件協定書の本文が本件権利を原告に贈与したことを確認する趣旨であるとの前示のような解釈を妨げるものであるとはいえず、やはり右主張は採用できない。

二  被告の請求のうち乙事件請求1の請求について

原告の年寄名跡花篭の地位の不存在を求める乙事件の請求1の請求は、原告の被告に対する請求において確認を求めている権利関係と同一の権利関係の消極的確認を求めるものであるから、右原告の請求と実質的に同一の事件ということができる。また乙事件は甲事件の係属中に提起されたものである。

したがって、乙事件の請求1の請求に係る訴えは二重起訴の禁止(民事訴訟法一四二条)に触れるから、不適法として却下するのが相当である。

三  被告の請求のうち乙事件請求2及び3の請求について

これらの請求は、被告が本件権利を有していることを前提とするものであるところ、本件権利は原告が被告から贈与を受けて現在原告に帰属するものであることは前述のとおりであるから、これらの請求に理由がないことは明らかである。

四  以上判示してきたとおりであって、甲事件についての原告の請求は理由があるからこれを認容し、乙事件についての被告の請求中請求1の訴えはこれを不適法として却下し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成一〇年七月二七日)

(裁判長裁判官 梶村太市 裁判官 増森珠美 裁判官 大寄 久)

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