東京地方裁判所 平成9年(刑わ)122号 判決 1998年10月13日
主文
被告人を懲役二年及び罰金八〇〇〇万円に処する。
未決勾留日数中一五〇日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
本件公訴事実中詐欺の点については、被告人は無罪。
理由
【罪となるべき事実】
被告人は、
第一 大阪府豊中市緑丘<番地略>に居住し、「Y石油商会」の名称で石油売買仲介業等を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、必要経費の金額を過大に計上するなどの方法により所得を秘匿した上、
一 平成四年分の実際総所得金額が五億六三五六万七二七円(別紙1の1の所得金額総括表及び修正貸借対照表参照)であったにもかかわらず、平成五年三月一五日、大阪府池田市城南二丁目一番八号所轄豊能税務署において、同税務署長に対し、平成四年分の総所得金額が七〇〇一万九四〇〇円で、これに対する所得税額が三〇四〇万二〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億七七一七万二五〇〇円と右申告税額との差額二億四六七七万五〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れた
二 平成五年分の実際総所得金額が一億五六二一万八一五四円(別紙1の2の所得金額総括表及び修正貸借対照表参照)であったにもかかわらず、平成六年三月一五日、前記豊能税務署において、同税務署長に対し、平成五年分の総所得金額が八〇〇六万三九六〇円で、これに対する所得税額が三五三三万一〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額七三〇九万一三〇〇円と右申告税額との差額三七七六万三〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れた
三 平成六年分の実際総所得金額が一億八一六九万九八九九円(別紙1の3の所得金額総括表及び修正貸借対照表参照)であったにもかかわらず、平成七年三月一五日、前記豊能税務署において、同税務署長に対し、平成六年分の総所得金額が八六三二万六三五〇円で、これに対する所得税額が三六四三万六五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額八三三九万七〇〇〇円と右申告税額との差額四六九六万五〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れた
第二 関西国際空港株式会社(以下「関空会社」という)の代表取締役社長として関西国際空港施設の管理等の同社長の業務全般を統括するとともに、同社が同空港施設の維持管理、環境衛生管理及び清掃等の業務を行わせるため資本金の半分以上を出資して設立した関西国際空港施設エンジニア株式会社(以下「施設エンジニア」という)に対して同空港施設の管理のため必要な事項を指示するなどの職務に従事していたAに対し、
一 関空会社において施設エンジニアに委託して行う関西国際空港旅客ターミナルビル(以下旅客ターミナルビルという)の清掃業務について被告人の知人B経営の大幸工業株式会社が元請業者のもとで下請業者として選定されるようにするなど好意ある取り計らいを受けたことの謝礼の趣旨及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨並びに関空会社において被告人経営のジェイ・アイ・コンサルティング株式会社(以下「JIC」という)が開発する予定であった防犯用特殊ゴミ袋の使用を検討するなどの好意ある取り計らいに対する謝礼の趣旨のもとに、平成六年四月一一日、京都市東山区八坂新地末吉町<番地略>の料亭「富美代」において、酒食遊興の接待(一人当たり七万三七五一円相当)をするとともに、化粧箱入り金地金一個(三〇〇グラム、時価四二万三三三〇円)を供与し、
二 前記第二の一のとおり旅客ターミナルビルの清掃業務の下請業者の選定について好意ある取り計らいを受けたことの謝礼の趣旨及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに、平成六年一〇月一七日、前記「富美代」において、酒食遊興の接待(一人当たり一二万九〇三七円相当)をするとともに、絵画一点(鍋井克之作「牡丹」、時価一〇〇万円相当)を供与し、
三 前記第二の二記載の趣旨のもとに、平成七年一〇月三日、同区新宮川町通松原下る西御門町<番地略>の料亭「小澤」において、酒食遊興の接待(一人当たり五万三一七三円相当)をするとともに、現金三〇万円を供与し、
四 前記第二の二記載の趣旨のもとに、平成八年四月一一日、同区八坂新地末吉町八八番地の料亭「美の八重」において、酒食遊興の接待(一人当たり八万五九六三円相当)をするとともに、額面合計一〇万円分の商品券を供与し、
もって、前記Aの職務に関してわいろを供与した
ものである。
【証拠】<省略>
【判示第二の争点に対する判断】
(被告人及び弁護人の主張)
以下の理由から、被告人は無罪である。
一 大幸工業株式会社(以下「大幸工業」という)が旅客ターミナルビルの清掃業務の下請業者として採用されたのは、被告人のA(以下「A」という)への働きかけによるものではなく、地元問題をとりまとめた同社の業績によるものであり、Aから業者採用に関して好意ある取り計らいを受けたことはなかった。
二 被告人がAに対して防犯用特殊ゴミ袋の話をしたのは酒席での雑談の域を出ず、同ゴミ袋の採用について働きかけたとは言えないし、Aから同ゴミ袋に関して好意ある取り計らいを受けたことはなかった。
三 Aに対する本件各接待及び各金品の供与は、わいろの趣旨でなされたものではなく、また、被告人にはわいろであることの認識はなかった。
四 被告人は、関空会社は民間会社であると思っており、社長であるAが準公務員的性格を有していることを認識していなかった。
(当裁判所の判断)
第一 大幸工業の旅客ターミナルビル清掃下請業務の受注に関するAの好意ある取り計らいの有無
一 関係各証拠から認定できる事実
証拠欄記載の各証拠によれば、以下の各事実を認定することができる。
1 関空会社は、平成五年四月一四日の役員会において、子会社に関西国際空港の施設の維持、管理を行わせる方針を立て、同年七月三〇日、そのための子会社である施設エンジニアを設立した上、同年九月八日の役員会において、旅客ターミナルビルの清掃業務については、施設エンジニアから民間業者に発注することとし、その民間業者(以下元請業者という)の選定は、応募業者から提出される実施計画やコストについての提案書を審査して行う、いわゆるプロポーザル方式によって行う方針を立てた。
なお、関空会社は、地元対策として、地元との共存共栄を標榜していた上、関西国際空港施設の清掃業務について、地元の業者から受注のための働きかけを受け、地元の自治体からも地元の業者を使うように申入れを受けていたが、他方で、旅客ターミナルビルの清掃業務の元請業者には、高度な技術と実績がある大手の業者を選定しなければならないこともあって、地元業者の組入れにつきどのように対応すべきか苦慮していた。
施設エンジニアは、同年一〇月四日、旅客ターミナルビルの清掃業務を発注する元請業者を募集し、C関空会社施設部長(以下「C」という)、吉原知巳施設エンジニア施設部担当取締役らが、応募してきた業者から二〇社を選定した上、プロポーザル方式による審査を行い、元請業者として六社を選定し、関空会社の施設部担当の常務取締役であり施設エンジニアの役員を兼任していたD(以下「D」という)を経由して、施設エンジニアの代表取締役を兼任していたAの決裁を受け、平成六年一月七日、選定された六社に対して、準備打合会に出席を求める案内を送付した。
2 被告人の知人であるB(以下「B」という)は、産業廃棄物の処理等を行っている大幸工業を経営しており、かねてから大幸工業において旅客ターミナルビルの清掃業務などの関西国際空港の仕事を受注したいと考えていたところ、被告人と出会った際に、右のような業務受注の希望を伝えていた。
一方、被告人は、平成五年四月から、数回にわたり、Dを関空会社に訪ねて、関西国際空港のメンテナンス業務について尋ねるなどし、同年九月三日、京都の料亭「中里」においてAを接待し、Aに対して、大幸工業が地元の清掃業者の問題を解決できれば、大幸工業を清掃業務の下請業者として使ってもらいたい旨申し入れたところ、Aから、Dに話しておくから、Dに話をするように言われた。
そこで、被告人は、同年九月一七日ころ、Dを関空会社に訪ねたところ、Dから、Aからは話は聞いているが、具体的な話を聞きたいと言われたので、大幸工業とBについて説明し、同年一〇月六日ころ、再度Dを訪ねて、Bが地元の業者を押さえることができると言っているので、大幸工業を清掃業務の下請に起用するように申し入れた。
そして、Bは、同月ころ、被告人から、地元の業者をまとめれば関西国際空港の清掃下請業務を受注できると言われ、他方、大林組関西国際空港工事事務所副所長で同空港建設協力会の会長代理であるE(以下「E」という)からも、同じ趣旨のことを言われたことから、地元の業者に働きかけ、地元の業者から大幸工業が窓口になって関西国際空港の清掃業務を受注することについて了解を得て、その旨を被告人及びEに報告した。
3 ところで、Cは、旅客ターミナルビルの清掃業務について、大手の清掃業者に地元の活用をしてもらうことが解決の方向であると考えて、関西国際空港の建設について地元の団体、業者間あるいは関空会社との連絡調整に当たっていた前記Eらから情報を収集していたが、平成五年一〇月ころ、Dから、大幸工業が地元の清掃業者をまとめることができるか調べるように言われたことから、Eに「D常務が、関空の清掃について、大幸を使って地元清掃業者をまとめたらいいなぁと言っているんだけれど、大幸ってどんな会社ですか。地元業者をまとめるそんな力があるんですか」と尋ねた。
Dは、大幸工業について説明したが、そのとき、関空会社は、大幸工業に地元の業者をまとめさせて、関西国際空港の清掃業務に大幸工業を使おうとしていると思い、自分も大幸工業を使って地元の清掃業者をまとめさせようと考えて、前記2のとおり、Bに対して、地元の清掃業者をまとめれば関西国際空港の仕事を受注できると勧め、後日、Bから地元の業者をまとめた旨の報告を受けたことから、同年一二月中旬、C及びDに対し、元請業者の下請に入るのに適当な地元の業者として、大幸工業を含む数社の推薦をするとともに、元請業者と推薦する下請業者との組合せについて提案した。
被告人は、平成六年一月七日ころ、Dを関空会社に訪ね、Dから、旅客ターミナルビルの清掃業務について選定された元請業者名等が記載された施設エンジニア作成の「旅客ターミナル地区清掃委託業者選定審査報告書」と題する書面の交付を受けた。
4 施設エンジニアは、平成六年一月一〇日及び一二日に元請業者六社の担当責任者を集めた打ち合わせを行い、関空会社は地元との共存共栄を基本方針としているので、元請業者六社で連絡協議会及びワーキンググループを作って、地元対策に当たるように求め、元請業者六社は、連絡協議会及び七つのワーキンググループを設けた。
Cは、元請業者六社と地元の下請業者との組合せは、関空会社が表立って関与すると、トラブルが生じた場合、責任を問われる可能性があるので、関空会社が表に出ることを避け、関空会社の意向をEと元請業者の一つである株式会社ジャパンメンテナンスの代表取締役Fに伝え、その両名が元請業者六社の連絡協議会をリードして決定するのがよいと考え、FとEを引き合わせる機会をもうけるなどして、元請業者六社と下請に入る地元の業者五社との組合せが、元請業者六社の連絡協議会において自発的に決定された形をとることとした。
これを受けて、同年二月八日に開かれた地元対策ワーキンググループ分科会において、Eが、元請業者六社のもとに地元の業者五社を下請業者として入れる組合せの案を示し、さらに、同月一四日に開かれた元請業者六社の役員が出席した連絡協議会において、Fが、前記元請業者と下請業者との組合せを発表したことから、元請業者はそれを受け入れ、その結果、大幸工業は、元請業者から旅客ターミナルビルの清掃業務を受注し、同年八月から下請業者を使ってその業務を行うようになった。
被告人は、同年二月か三月、Bから、大幸工業が元請業者から旅客ターミナルビルの清掃業務を受注することになったことを聞いた。
5 Bは、平成六年九月一九日ころ、自らが設立して代表理事を務めている大阪ベントナイト事業協同組合の資金から用立てた一〇〇万円を被告人に支払い、同月二八日、同協同組合の資金から三菱銀行天満支店Y石油商会名義の普通預金口座に三〇〇万円を振込送金し、また、平成七年四月、被告人が実質的に経営するJICの代表取締役であるGとの間で業務委託契約を締結し、同月から毎月三〇万円をJICに支払うようになり、Gから求められて、平成八年四月からは、毎月支払う金額を四〇万円に増額し、同一〇月三一日、Gから資金繰りの窮状を訴えられ、銀行から融資を受けて、六〇か月分の委託料二四〇〇万円をJICに前払いした。
二 大幸工業の業務受注に関する被告人及びAの関与
1 前記一認定の事実によれば、被告人は、Aに大幸工業が地元の業者をまとめることができたら同社を旅客ターミナルビルの清掃業務の下請業者として採用して欲しい旨を申し入れ、Aが、その旨をDに取り次ぎ、これを受けたDは、被告人からの働きかけもあって、Cに大幸工業について調査するように指示し、Cが、Eに対して大幸工業に関する情報を訪ね、その後、被告人及びEから地元の業者をまとめることができたら下請業者として採用される旨を言われたBが地元の業者をまとめたことから、C及びEらが元請業者と下請業者の組合せを検討し、元請業者がこの組合せ案に従ったことによって、大幸工業が旅客ターミナルビルの清掃下請業務を受注するに至ったものと認められる。
右のように、大幸工業が旅客ターミナルビルの清掃業務の下請業者に選定されたのは、被告人がAにその旨の申入れをし、Aが被告人の申入れをDに取り次いだことが大きな契機になっており、大幸工業が旅客ターミナルビルの清掃業務の下請業者に選定されるにつき、Aによる好意ある取り計らいがなされたことは明らかである。
2 なお、弁護人は、大幸工業が旅客ターミナルビルの清掃業務の下請業者として採用されたのは、地元問題をとりまとめた同社の業績によるものであると主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、大幸工業が下請業者に採用されたのは、まず被告人がAに採用の申入れをし、Aが被告人の申入れをDに取り次いだことが大きな契機になっていることが明らかであり、地元問題のとりまとめは、その条件のひとつにすぎないと考えられる。
3 また、弁護人は、大幸工業が下請業者に採用されたのは、地元対策や清掃業者選定について事実上大きな影響力をもつEが関空会社へ働きかけたことが契機となったもので、元請業者側も、関空会社の方針に無理なく従ったものである旨を主張する。
この点につき、Eは、A被告事件における証人尋問調書(弁一二)において、独自の判断で主導的な役割を担ったかの供述をしている。
しかしながら、Eは、検察官調書(甲七六)においては、前記一3で認定したとおり、Cからの問いかけが契機になった旨の供述をし、右供述はBの検察官調書(甲六九)及びA被告事件における証人尋問調書(弁一七)における各供述に符合して信用できるところ、Eの右証人尋問調書における供述は、C及びBの捜査段階及びA被告事件における証人尋問調書における各供述からは、Eが、Cから大幸工業について尋ねられる以前に、独自の調査と判断から、Bに対して地元の業者をまとめるように働きかけていた形跡が全くうかがえないことからしても、信用できない。
なお、Cは、A被告事件における証人尋問調書(弁一〇、一一)において、元請業者が大幸工業を含む下請業者を採用した経緯について、元請業者と地元の下請業者との組合せは、Eが原案を作り、元請業者六社の連絡協議会で自主的に打ち合わせをしており、元請業者の考えが地元の業者の要望にうまく合わないとできないのであるから、元請業者らの最終的判断に任せざるを得なかった旨供述し、Dも、A被告事件における証人尋問調書(弁八、九)において、清掃業務の下請体制を決めるのは元請業者であるなどと同じ趣旨の供述をしている。
しかしながら、Cは、検察官調書(甲六四)においては、前記一4に認定したとおり関空会社がリードした旨を供述している上、右検察官調書における供述は、松前眞二(甲六六)、田中隆雄(甲七九)、森和典(甲八〇)、坂井範夫(甲八一)、馬場宏(甲八二)、竹内久義(甲八三)及び川端章弘(甲八四)の各検察官調書における供述と符合して信用性が高く、これに反する右C及びDの証人尋問調書における供述は到底信用できない。
第二 防犯用特殊ゴミ袋の使用検討に関するAの好意ある取り計らいの有無
一 関係各証拠から認められる事実
証拠欄記載の各証拠によれば、次の各事実が認められる。
1 被告人は、平成五年一二月ないし平成六年一月ころ、梱包資材の販売等を行っているサンキ産業株式会社の経営者森田輝夫から、関西国際空港の保安対策として、ゴミ袋に爆発物や有害物質を仕掛けられるのを防ぐため、それらに対応する防犯用特殊ゴミ袋を採用してはどうかという提案をされた。
2 被告人は、JICで防犯用特殊ゴミ袋を開発することにして、平成六年一月二六日、京都の料亭「小澤」でAを接待し、その際、Aに対して、関西国際空港で防犯用特殊ゴミ袋を採用するように申し入れたところ、AからDに話しておくから同人に話をするように言われ、同年三月一日ころ、Dを関空会社に訪ね、Aから防犯用特殊ゴミ袋について聞いているかと尋ねると、DがAから聞いていると答えたので、関西国際空港で採用してもらえないかと持ちかけたところ、Dから、担当のCと相談するように言われた。
そこで、被告人は、Gに対して、防犯用特殊ゴミ袋の検討を指示し、Gは、森田と連絡をとって検討を進め、同年四月一三日ころ、検討結果をまとめた書面を持参して、Cを関空会社に訪ね、紫外線を当てると化学薬品を使用した印刷が反応するような防犯用特殊ゴミ袋について説明し、さらに同月下旬にも、Cを訪ねて、防犯用特殊ゴミ袋を採用するように働きかけた。
3 Cは、関空会社保安部から意見を聴いたところ、防犯用特殊ゴミ袋を採用する必要はないとの回答を受け、コストがかかりそうであったこともあって、同ゴミ袋は採用しないことにして、Dの了解を得て、平成六年五月一六日ころ、Gにその旨を伝えた。
二 被告人は、A被告事件における証人尋問調書(弁一五、弁護人の反対尋問)において、「小澤」でAを接待した際、防犯用特殊ゴミ袋について話をしたが、それは座を盛り上げるための一般的な紹介にとどまるし、また、関空会社にDを訪ねた際のDの対応は、Aから事前に特殊ゴミ袋についての話を聞いていた様子ではなかった旨供述している。
しかしながら、被告人は、検察官調書(乙一五)及びA被告事件における証人尋問調書(弁一三、検察官の主尋問)においては、前記一2に認定したとおり供述しているところ、被告人の右検察官調書における供述は、Aに対して関西国際空港で防犯用特殊ゴミ袋を採用するように申し入れた状況について、Aから、成田空港建設に反対する過激派から自動車に放火されたことがあり、そのとき自動車にあったお守りだけが燃えなかったというエピソードを紹介された旨供述するなど、具体性があり、森田から提案を受けて、Aに防犯用特殊ゴミ袋の採用を申し入れ、AからDと話をするように言われて、Dに働きかけたところ、DもAから話を聞いていると答えたという経過も自然である上、Dが検察官調書及びA被告事件における証人尋問調書(弁八)において、一貫して、被告人が、平成六年三月一日ころ、関空会社に訪ねてきて、関西国際空港で防犯用特殊ゴミ袋を使うように申し入れてきた際、Aにも話してあると述べていた旨供述していることとも符合しており、信用できる。
これに対し、前記二冒頭の被告人の供述は、被告人が早い段階から防犯用特殊ゴミ袋の採用を積極的に関空会社に働きかけていながら、Aに対しては一般的に防犯用特殊ゴミ袋のアイデアを紹介するにとどめ、その後、Dに対してのみ同ゴミ袋の採用を申し入れるというものであって、いかにも不自然である上、右のとおり、A被告事件の公判を通じて供述を変遷させた理由について合理的な説明がなされておらず、信用できない。
三 以上によれば、被告人から防犯用特殊ゴミ袋の採用申入れを受けたAが、その旨Dに取り次ぎ、Dから指示を受けたCが関西国際空港における特殊ゴミ袋の使用について検討したものであり、被告人が、Aから、関西国際空港において、特殊ゴミ袋の使用を検討することにつき好意ある取り計らいを受けたことは明らかである。
第三 わいろ性の有無及び被告人のわいろ性の認識
一 被告人は、第一八回公判及びA被告事件における証人尋問調書(証拠欄14記載の証拠)において、Aを尊敬しており、Aが自分と個人的に付き合ってくれているということが自分にとって大きな支えであったから、本件各接待及び金品の供与は、それに対して社会通念上許されるお礼の気持ちを表したもので、一種の講演料のようなものであるとわいろ性及びその認識を否定する趣旨の供述をし、また、判示第二の一の接待等は、Aの後輩が関西に来たため宴席を設けたものであり、判示第二の二の接待及び絵画供与は、関西国際空港の開港祝いの趣旨、判示第二の三の接待及び金員供与は、Aの退院祝いの趣旨、判示第二の四の接待等は、花見の宴席を設けたものである旨供述している。
そこで、これまで検討してきたところを踏まえて、被告人が判示第二のとおり行ったAに対する接待及び金品供与のわいろ性並びにその認識について検討する。
二 関係証拠によると、次の各事実を認めることができる。
1 被告人は、大幸工業に関西国際空港の清掃業務を受注させようと考えて、平成五年九月三日、京都の料亭「中里」においてAを接待した際、Aに対して、大幸工業が地元の清掃業者の問題を解決できたら大幸工業を下請業者に使ってもらいたい旨を申し入れたところ、Aから、Dに話しておくので、被告人からもDに話すように言われたため、同年九月一七日ころ及び同年一〇月六日ころ、Dを関空会社に訪ねて、Bは地元の業者を押さえることができるので、大幸工業を清掃業務の下請に起用するように申し入れた。
2 Dは、Aから被告人の申入れを聞き、かつ、被告人からも直接申入れを受けて、大幸工業が地元の業者をまとめることができるのであれば、大幸工業の地元の業者と抱き合せで下請に入れることを考え、Cに指示して情報を収集した上、大幸工業を清掃業務の下請に入れることとして、その旨Aに報告した。
3 その結果、大幸工業は、清掃業務の下請に入り、平成六年八月からその業務を行うようになり、Bは、同年九月一九日ころ、被告人から誘われて食事を共にした際、一〇〇万円を被告人に支払い、さらに、同月二八日、Y石油商会名義の預金口座に三〇〇万円を振込送金した。
また、Bは、平成七年四月、Gとの間で、JICが大幸工業に対して毎月旅客ターミナルビルの清掃管理業務の研究及び企画業務の報告をし、大幸工業がJICに対してその委託料として毎月三〇万円を支払う旨の業務委託契約を締結し、同月から毎月三〇万円をJICに支払うようになり、平成八年四月からは、毎月支払う金額を四〇万円に増額し、同年一〇月三一日、Gから資金繰りの窮状を訴えられ、六〇か月分の委託料二四〇〇万円をJICに前払いした。
なお、被告人は、検察官調書(乙一七)において、JICに支払われた右の金員は、いずれも大幸工業が旅客ターミナルビルの清掃業務の下請業務を受注できたことに対する謝礼の意味であった旨供述し、更に、第一八回公判において、平成六年九月に支払われた合計四〇〇万円は、大幸工業が旅客ターミナルビルの清掃業務の下請業務を受注することができたことに対する謝礼の趣旨もあった旨を供述している。
その他の証拠関係に照らしても、右金員は、いずれも、大幸工業が旅客ターミナルビルの下請業者に選定されたことに対する被告人への謝礼の趣旨で交付されたものと認められる。
4 被告人は、平成六年一月二六日、京都の料亭「小澤」においてAを接待した際、関西国際空港で使用する防犯用特殊ゴミ袋を開発したい旨申し入れたところ、Aから、Dに話しておくので同人と話をするように言われたため、同年三月一日ころ、Dを関空会社に訪ねて、防犯用特殊ゴミ袋を関空会社で採用するように働きかけたが、同年五月一六日ころ、CからGに対し防犯用特殊ゴミ袋不採用の通知があった。
三 右認定のとおり、被告人は、Aに対して、直接、宴席での接待の際、大幸工業を清掃業務の下請業者として起用するように申し入れ、関西国際空港で防犯用特殊ゴミ袋を使うように申し入れている。
しかも、被告人が、判示第二の一ないし四のとおりAを接待し、同人に金品を供与した時期は、大幸工業が清掃業務の下請業者に内定し、その後業務を行うようになって、被告人がBから継続してその謝礼を受け取っていた時期であり、また、被告人が判示第二の一のとおりAを接待し、金品を供与した時期は、被告人がDに対して防犯用特殊ゴミ袋を採用するように働きかけていた時期である。
これらの事情に照らすと、たとえ被告人がAと個人的に親しい関係にあり、また、被告人の公判供述のとおり、判示第二の各接待及び金品の供与を行う名目があったとしても、被告人が判示第二の一ないし四のとおり行ったAに対する接待及び金品供与が、旅客ターミナルビルの清掃業務を大幸工業が受注できるように好意ある取り計らいを受けたことの謝礼の趣旨及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨によるものであり、また、右のうち判示第二の一の接待及び金品の供与が、防犯用特殊ゴミ袋に関する提案を関空会社において検討してもらうなどの好意ある取り計らいに対する謝礼の趣旨も含むものであることは明らかである。
そして、被告人において右の趣旨を認識していたことも優に認定できる。
なお、弁護人は、判示第二の三及び四の接待及び金品供与について、被告人が大幸工業の旅客ターミナルビルの清掃業務の受注について働きかけた時期、あるいは、大幸工業が下請業務を実際に受注した時期からの時間的な間隔が大きく、大幸工業が旅客ターミナルビルの清掃業務を受注できるように好意ある取り計らいを受けたことの謝礼の趣旨ではない旨主張するけれども、被告人は、右二3のとおり、判示第二の三及び四の接待及び金品供与がなされた時点においても、Bから継続して謝礼を受け取っていたものであり、その後の平成八年一〇月三一日に大幸工業からJICに対して二四〇〇万円が支払われていることに照らしても、右各接待及び金品供与は、右に認定した趣旨であったものと認められる。
第四 準公務員性の認識について
一 被告人は、第一八回公判及びA被告事件における証人尋問調書(証拠欄14記載の証拠)において、関空会社は株式会社であるから民間会社だと思っており、Aに対して接待をし、あるいは金品を供与することについては何らの規制もないと思っていたという趣旨の供述をしている。
二 しかしながら、被告人は、検察官調書(乙一四)においては、関空会社は半官半民の組織であって、平成四年ころ、その経営に国家予算も注ぎ込まれているということを知り、関空会社が普通の民間会社とは異なった規制を受けているのは当然だと理解していた旨供述しているところ、その内容は、具体的かつ合理的であって信用できる上、右公判及び証人尋問調書においても、関空会社の扱う事業の公共的性格、関空会社につき大阪府が出資していることを知っていた旨供述していることに照らしても、被告人においてAの準公務員性について認識していたことが優に認められる。これに反する前記被告人供述は信用できない。
第五 以上によれば、被告人は、Aに対して、大幸工業を旅客ターミナルビルの清掃業務の下請業者として採用するように働きかけ、あるいは、防犯用特殊ゴミ袋の採用について働きかけたものであり、本件各接待及び各金品の供与は、いずれも、それらの働きかけについてAから好意ある取り計らいを受けたことに対するわいろの趣旨でなされたものであって、被告人はそのことやAが準公務員であることを認識していたものと優に認められる。
【一部無罪の理由】
(詐欺被告事件の公訴事実の要旨)
本件公訴事実の要旨は、「被告人は、大阪市北区南森町<番地略>に事務所を置いて『Y石油商会』の名称で石油売買仲介業等を営むものであるが、石油製品の業者間転売取引においてその売掛金入金日と買掛金支払日との間に意図的に期日差を設けることによって実質的融資を受けることを目的とするいわゆるサイト差取引と称する売買形態を利用し、三井鉱山株式会社(以下『鉱山』という)等から石油製品を購入すると同時に、鉱山に再度これを売却する形態をとった上、売掛金支払日を意図的に売掛金入金日の九〇日後に設定する等の方法により自己が実質的に融資を受けることを目的とするサイト差取引の売買代金名下に鉱山から金員を騙取しようと企て、平成七年二月ころ、数回にわたり、東京都中央区日本橋室町<番地略>所在の鉱山の事務所において、鉱山の石油部副部長H(以下『H』という)を介し、鉱山の代表取締役副社長I(以下『I』という)に対し、真実は自己に右サイト差取引における買掛金を支払って実質的融資の返済を行う意思も能力もないのに、これあるように装い、自己には多額の収入が見込めるので、買掛金を確実に支払うことができる旨虚偽の事実を申し向け、Iをしてその旨誤信させ、よって、同年五月三一日ころから同年八月三一日ころまでの間、前後四回にわたり、鉱山経理部担当者をして、大阪市北区天神橋<番地略>所在の株式会社大和銀行南森町支店のY名義の普通預金口座に前記売買代金名下に現金合計二三億九三〇九万八三四〇円を振込入金させ、もって人を欺いて財物を交付させたものである」というものである。
(検察官及び弁護人の主張)
一 本件において、被告人が、公訴事実記載のとおりの鉱山等とのサイト差取引を利用して、鉱山から現金合計二三億九三〇九万八三四〇円を被告人名義の銀行口座に振込入金させて、同額の実質的融資を受けたこと、現在に至るまでその借入金の返済を履行していないことについては、検察官と弁護人に争いがないが、以下の点で主張が異なっている。
二 検察官の主張
1 被告人には本件実質的融資の返済の意思、能力がなかった。
2 被告人には欺罔の意思があり、Hをいわゆる故意ある幇助的道具として利用した欺罔行為が認められる。
3 Iは、被告人に返済の意思、能力があるものと誤信して本件実質的融資を行った。
三 弁護人の主張
以下の理由から、被告人は無罪である。
1 被告人もHも、本件実質的融資を返済できると相当の理由をもって信じており、欺罔の故意がない。
2 Hは、Iに本件実質的融資の決裁を求めるにつき、報告すべき事項を隠蔽するとともに虚偽の事実を申し向けて、Iを誤信させたことはない。
3 Iに誤信があったとしても、それは本件実質的融資の決裁をしたことと因果関係がない。
4 被告人は、Hを道具として利用したことはない。
(当裁判所の判断)
第一 関係各証拠から認定できる事実
一 当公判廷で取り調べた関係各証拠は、特に、被告人の公判供述、第一一回ないし第一七回公判調書中の被告人の供述部分、被告人の検察官調書(乙二ないし七、乙二五ないし三二)、Hの公判供述、I(第四回、第五回)、H(第六回、第七回)、J(第一〇回)及びP(第九回、第一〇回)の各公判調書中の供述部分、査察官調査書(甲二二)、J(甲三七ないし三九、一三二、一三四、一三五)、K(甲四〇、四一、一四一)、H(甲四二、一二三、一二四)、I(甲一一九ないし一二一)、真弓政博(甲一二六、一二七)、L(甲一三八)、岸柾文(一四〇)、江口慶一(甲一四二)、P(甲一四三)、M(甲一五三)、中野武(甲一六二)及び武田順子(甲一六四)の各検察官調書並びに報告書(甲一六五、一六九、一七〇)などによれば、以下の事実が認められる。
二 サイト差取引の意義
石油製品の業者間転売取引(以下「石油業転取引」という)として、A→B→C→D→Eと順次石油製品の売買が行われる「商流」と呼ばれる過程において、E→D→C→B→Aと売買代金が支払われる際、その代金決済期限(サイト)を、例えば、E→D及びB→Aにおいては三〇日とし、D→C及びC→Bにおいては一二〇日とすることにより、Dは、Eから三〇日後に代金の支払いを受けることができるのに対し、Cへの支払いはその九〇日後でよく、その間代金相当額を手元に滞留させて費消することができ、実質的に融資を受けたことになる。
このように商流中に意図的に決済期限の差を設けることにより実質的融資を受けることを目的とする取引をサイト差取引という。
右の場合にサイト差取引を一回限りのものとすれば、Dは、代金相当額につき、九〇日間の実質的融資を受けるのみであるが、毎月同額のサイト差取引を継続すれば、四か月目に一回目の取引分を決済し、五か月目に二回目の取引分を決済するというように、順次決済がなされることになり、代金相当額の三か月分がDの手元に滞留し続けることになる。
この場合、サイト差取引の枠組み全体を解消するには、新たな取引を打ち切り、Dにおいて、月々のサイト差取引による新たな代金が入って来ない状況下で、自己の手元に滞留させて費消した資金に相当する金員を調達して、順次四か月前の取引代金を支払って精算する必要がある。
三 三菱石油株式会社と被告人の関係等
被告人は、昭和六一年ころから、ノンバンクや国土産業株式会社(以下「国土」という)等の取引先などから多額の金員を借り入れ、株式及びゴルフ会員権の購入などをしていたが、バブルの崩壊等による保有株式及びゴルフ会員権の価格下落などのため、平成三年末時点で資産約三七億円に対し、約六四億円の借入金を抱え、その元利金の返済に追われる状態となった。
他方、被告人は、三菱石油株式会社(以下「三石」という)に対して、通産省が石油元売り各社に対して行政指導によって各社の生産枠を割り当てていた問題でアドバイスをしたり、その件に関する調査報告、工作をするなど、同社のため各種貢献を行った。
三石は、被告人に対して、生産枠調整問題の貢献に対する報酬として、昭和六二年暮れころから二年間にわたって月額約二〇〇〇万円ずつ合計約五億円を支給した。
その支給方法は、三石が国土に石油業転取引で利益を落とした上、国土がその八五パーセントの金額を石油業転取引における口銭名目で被告人に支払うというものであった。
三石は、右約五億円の支給完了後の平成元年暮れころ以降も、被告人の各種貢献に対して報酬支払いを継続することとし、平成四年一月から平成五年三月までの間には合計約一二億七〇〇〇万円が支払われた。
平成五年四月以降は、報酬支払いの窓口を国土から鉱山に変更し、かつ、半期に一度の口銭前払取引となった。口銭前払取引とは、鉱山が三石から指示された金額の資金を石油製品取引の口銭という形で被告人に前払いしておき、後に三石から石油業転取引の口銭という形で手数料分及び利息分を上乗せした資金の補填を受けるというものである。
その支給実績は、同年五月三一日に約五億円、同年一〇月八日に約七五〇〇万円、同年一〇月二九日に約七億二五〇〇万円、平成六年四月二八日に約七億円となっており、同年下期にも同程度額が予定されるまでになった。
被告人は、このように三石から報酬を得ていたにもかかわらず、借入金の返済あるいは交際費の支出などのため、その資金繰りは改善されなかった。
四 国土を窓口とするサイト差取引の経緯
被告人は、前記のように、国土を介して三石から報酬を得ていたが、これのみでは資金繰りに窮するとして、三石の本社販売部工業燃料課長J(以下「J」という)及び国土のエネルギー建材部長Kらに相談し、平成四年八月ないし九月ころから、三石の実質的金利負担の下におけるサイト差取引による実質的な無担保融資を受けるようになった。
このサイト差取引は、三石が販売元となる石油業転取引の商流において、三石から最終のユーザーに至る間の業者の中に国土を介在させ、国土の直近下流の業者に対する売掛金の支払いは、月末締めの翌月未払いで実行されるのに対し、国土による直近上流の業者に対する買掛金の支払いは、月末締めの四か月後月末未払いで実行することにより、国土の手元にサイト差による三か月分の代金相当額の資金を滞留させるもので、そのサイト差による実質的金利負担は、三石が国土の上流に入る業者に対し、石油製品の販売価格を通常よりも下げる方法で行われた。
その商流と各取引当事者間のサイト(決済期限)は、三石→(三〇日)→日商岩井→(三〇日)→蝶理→(一二〇日)→鉱山→(一二〇日)→国土→(三〇日)→関西菱油→(三〇日)→三喜興産→(三〇日)→東邦石油(以下「商流①」という)となっていた。
商流①のサイト差取引に際して、国土が当該石油製品をその子会社である京阪物産株式会社に売り、同社が被告人が実質的に経営していたJICに売り、同社がこれを国土に売り戻すという副流をつけることにより、商流①のサイト差取引によって国土に滞留した資金を被告人が実質的に使用した。
商流①のサイト差取引においては、前記のように、サイト差取引の枠組み全体を解消する場合には、新たな取引を打ち切り、JICにおいて月々のサイト差取引による新たな代金が入って来ない状況下で、JICに滞留させて費消した資金に相当する金員を調達して、順次四か月前の取引代金を支払って精算する必要があるところ、被告人にその返済資金がなかったため、平成六年末時点に至っても、国土との右サイト差取引は解消されないまま、国土がJIC、実質的には被告人に対し、一二億円余りを融資している状態が継続していた。
五 三石の被告人に対する前払口銭の減額と鉱山を窓口とするサイト差取引開始の経緯
被告人は、平成六年上期において、三石から半期約七億円の報酬を得ていたが、同年五月ころ、三石の常務取締役であるL(以下「L」という)が、被告人に対する報酬が増額されている状況を知り、その事務担当者であったJに対し、右報酬額を当初の月額約二〇〇〇万円、半期で約一億二〇〇〇万円にまで減額するよう指示したため、被告人は、資金繰りに窮することとなった。
そこで、被告人は、Jに自己の資金繰りに協力するよう求め、さらに、Jが鉱山における被告人との取引担当者であったHに被告人の資金繰りへの協力を求め、同年下期において、三石主導で新たにサイト差取引が組まれ、当該取引金額を月額約一億七〇〇〇万円とすることにより、三か月分の約五億一〇〇〇万円が被告人に実質的に融資されることになった。
このための商流と各取引当事者間のサイトは、鉱山→(一二〇日)→株式会社ドミニオン・インターナショナル→(一二〇日)→Y石油商会→(三〇日)→鉱山(以下「商流②」という)というものであった。
このサイト差取引による実質的融資は、平成六年一〇月三一日に約一億八〇〇〇万円、同年一一月三〇日に約一億七五〇〇万円、同年一二月三〇日に約一億五九〇〇万円、平成七年一月三一日に約一億七〇〇〇万円が実行された。
六 国土からのサイト差取引による実質的融資の返済要求と鉱山を窓口とする新たなサイト差取引開始の経緯
平成六年暮れころ、商流①のサイト差取引につき、国土が被告人に対して約一二億円の未収金勘定を解消するよう強く求めるようになり、被告人がJにその処理を依頼したことから、JがHに協力を求め、商流②のサイト差取引に月額約四億円を上乗せした月額約五億七〇〇〇万円のサイト差商流を組み立て、Y石油商会に約三か月分の約一七億一〇〇〇万円を滞留させた上、その中の月額約四億円分は国土へ返済させる方法により、国土の要請に応じることとなった。
Hは、平成七年二月一〇日ころ、Iにその旨説明して新たなサイト差取引の決裁を受け、同月二八日、Y石油商会に対して約五億九八〇〇万円の実質的融資が実行された。
その商流と各取引当事者間のサイト差は、三石→(三〇日)→日商岩井→(三〇日)→蝶理または伊藤忠商事→(一二〇日)→鉱山→(一二〇日)→国土→(一二〇日)→ドミニオン→(一二〇日)→Y石油商会→(三〇日)→鉱山→(三〇日)→三石または三喜興産(以下「商流③」という)というものであった。
ところが、同年二月中旬ころ、国土がドミニオンに対して与信を与えることについて難色を示してきたため、同月二七日ころ、Hは、Iにその旨説明し、商流③から国土とドミニオンを外した新商流でサイト差取引を行うことについて決裁を受けた。
この場合の商流と各取引当事者間のサイト差は、三石→(三〇日)→日商岩井→(三〇日)→蝶理または伊藤忠→(一二〇日)→鉱山→(一二〇日)→Y石油商会→(三〇日)→鉱山→(三〇日)→三石または三喜興産(以下「商流④」という)というものであった。
なお、商流④のサイト差取引において鉱山がY石油商会に直接与信を与えるに際して、サイト差取引の枠組み全体を二、三年で解消することなどが条件とされていた。
そのための返済原資を得るため、被告人は、マレーシアにおけるプロジェクト事業の情報を日本企業等に持ち込み、参入を促すとともに、プロジェクト事業主体と日本企業等との間の斡旋や仲介を行って、日本企業等が受注できた場合に、成功報酬各目で収入を得るというコンサルティング活動を行うことを計画し、同年一月中旬ころ、M(以下「M」という)、N(以下「N」という。)、アマッド・アブドゥラ(以下「アマッド」という。)とともに、マレーシアの現地法人としてトランス・パシフィック・コンサルティング・グループ(以下「TPCG」という。)を設立した。
この商流④のサイト差取引により、鉱山から被告人に、同年三月三一日に約六億三八〇〇万円、同年四月二八日に約六億三二〇〇万円、同年五月三一日に六億三五八四万六八九〇円、同年六月三〇日に七億一〇三九万七三二一円、同年七月三一日に七億二六七九万六七四五円の実質的融資が実行された。
同年八月三一日には、同じ商流で三億二〇〇五万七三八四円に減額されて鉱山から被告人への実質的融資が行われたが、この減額は鉱山によって三億円分が同年五月分の返済と相殺されたことによるものであった。
被告人は、相殺を受けず被告人の口座に入金された三億二〇〇五万七三八四円を、同年五月分のサイト差取引の未相殺部分の決済には充てず、以後商流④のサイト差取引は中断された。
第二 被告人の本件当時の返済能力
一 被告人の借入金に関する査察官調査書(甲二二)、Oの検察官調書(甲一六四)などによれば、以下の事実が認められる。
平成六年一二月三一日時点で、被告人の銀行、ノンバンクその他からの借入れは、元本残高約五四億五八三七万円であった。
そのうち金融機関の大口借入先として、ノンバンクのだいぎんファイナンス株式会社、大阪信用金庫新大阪支店、大阪中央信用金庫梅田支店などがあったが、いずれも返済期限を徒過し、担保割れ状態で担保の売却処分もままならず、同年末現在、右三者に対してだけでも元本残高が約三三億六四九万円あり、前年度末から元本返済額は合計約一億四〇三六万円、利息支払額は合計約八四〇六万円にすぎず、その前年である平成五年の元本返済額及び利息支払額と比較すると、それぞれ約三億三〇七〇万円及び約一億二二〇七万円減少している。
また、被告人の平成七年の資金調達状況をみても、一月は約六四〇〇万円の出金超過、二月は約二七〇〇万円の入金超過、三月は約五三〇万円の入金超過、四月は約三二〇〇万円の入金超過、五月は約四四〇〇万円の出金超過、六月は約一六〇〇万円の出金超過、七月は約九〇万円の出金超過、八月は約九七〇〇万円の入金超過、九月は約一億円の出金超過、一〇月は約三四〇〇万円の出金超過、一一月は約三六〇〇万円の出金超過、一二月は約二四〇〇万円の出金超過となっており、商流③及び商流④のサイト差取引による滞留資金を使うことのできた同年二月ないし四月と、商流④のサイト差取引による入金を先行分の決済に回さなかった同年八月を除くと、毎月出金超過状態であった。
二 短期的返済能力
1 商流④のサイト差取引において、被告人は、最初の三か月において受け入れる実質的融資は自由に利用し得るが、四か月目以降の実質的融資金は、三か月前に受け入れた先行分の実質的融資金の返済用資金として入ってくるだけである。したがって、商流④のサイト差取引が継続されるためには、被告人は、四か月目以降の資金を他の使途に充てて費消することなく、順次先行分の実質的融資金の返済に充てなければならない。
2 ところで、Hの検察官調書(甲一二三)及びJの検察官調書(甲一三二)などによれば、平成六年一〇月末から商流②のサイト差取引を行うに当たって、Jは被告人から、HはJから、それぞれ被告人が月額約八五〇〇万円の運転資金を必要としている旨聞いていたこと、商流②のサイト差取引によって、月額約一億七〇〇〇万円で三か月分の約五億一〇〇〇万円が被告人の自由に使える金額となるが、これは、同年一〇月末から平成七年三月末までの六か月分の運転資金に使うことが予定されており、一月当たりにすると約八五〇〇万円になることが認められる。
そして、被告人は、同年三月末に右運転資金を使い果たした後も、従前同様の諸活動をしようとすれば、商流④のサイト差取引の枠組み全体が解消されるまでの間、二、三年にわたって、月額約八五〇〇万円の運転資金を調達しなければならなかった。
ところが、第二の一で認定した被告人の財産状態からすると、それだけの資金調達は困難であり、商流④のサイト差取引の決裁当時から、被告人が先行分のサイト差取引の決済に回すべきものを運転資金に流用して破綻する危険はかなりあったと考えられる。
3 しかし、Jの検察官調書(甲一三二)添付のY石油商会作成の平成七年三月三日付け「資金繰りについて」と題する書面には、平成六年一〇月から平成七年三月に一億五〇〇〇万円の資金ショートが生じたとしているが、その内訳をみると、通常経費の増大三〇〇〇万円とともに、年末年始の諸経費二〇〇〇万円や、三石の代行として提供した政治資金一億円が挙げられている。
そうすると、前記の月額約八五〇〇万円という運転資金の中にもそのような交際費や政治資金的なものが相当部分含まれていると推認される。
確かに、被告人は、政治家、官僚、スポーツ選手等の人脈を活かして、他の政治家や官僚等に人脈を広げ、そうして開拓した人脈を活かすことにより三石等への各種貢献をするなどして、報酬を得ていたから、人脈を維持し拡大するための交際費や政治資金等が必要であり、被告人としてはできる限り減らしたくなかったと言える。
しかし、かかる交際費や政治資金は、手形の決済資金等のように特定の時期に特定の金額が絶対に必要で、それが調達できなければ直ちに経済的に破綻するものとは異なり、ある程度は時期を遅らせたり、減額したりすることも可能と考えられる。
また、Oの検察官調書(甲一六二)によれば、被告人は、平成七年二月に国土の江口社長個人から合計八五〇〇万円を借り入れており、商流④のサイト差取引以外の手段で運転資金を調達することが全くできない状態であったわけではない。
そうすると、運転資金の相当部分を占める交際費や政治資金等を圧縮するとともに、他から運転資金を調達することにより、先行分のサイト差取引の実質的融資金の返済に充てるべき資金を費消することなく返済を続けることが不可能であったとまでは認め難い。
三 長期的返済能力
1 前記のように、商流④のサイト差取引は、二、三年で全体の枠組みを解消することが条件とされており、被告人としてはその資金を調達しなければならない。その見込みに関しては、次の2、3が問題となる。
2 マレーシア・プロジェクトに関するコンサルティング活動等による収入見込み
(一) Mの検察官調書(甲一五三)における供述
(1) 商流④のサイト差取引の決裁時点において以下のプロジェクト等があった。
(2) ヘリコプターをマレーシア警察に売り込むプロジェクトに関し、川崎重工業が入札に参加しており、受注できた場合は、一〇〇万円弱が被告人個人の取り分として見込まれた。
しかし、その後、入札は流れ、平成七年八月末に、外国メーカーが受注した。
(3) テナガナショナル株式会社の水力発電所建設プロジェクトに関し、平成七年一月ころ、丸紅関係者を現地に案内し、同年二月ころコンサルティング契約を締結したが、マレーシア政府の承認という政治的問題があった。
丸紅が受注に成功した場合、多くて一億三〇〇〇万円が被告人個人の取り分と見込まれた。
しかし、同年夏ころになって、建設プロジェクト自体が解消してしまった。
(4) マレーシアの国策会社の製鉄工場建設に伴い、平成六年一二月ころ、圧延機の建設プロジェクトを伊藤忠が受注したい旨の話が持ち込まれていたが、コンサルティング契約の締結には至っていなかった。
プロジェクトが成功した場合、二五〇〇万円から二六〇〇万円程度が被告人個人の取り分として見込まれた。
しかし、その後、伊藤忠がプロジェクトに消極的になり、平成七年秋ころにはプロジェクトはつぶれた。
(5) 平成七年一月ころ、Nの知人のスウェーデンのゴミ処理システム販売権を持つ者からクアラルンプール国際空港ターミナル建設をしていた日本のゼネコンへの売り込みを依頼され、同年二月末から三月初めにかけて、右ゼネコンに話を持ち込み、同年八月ころ一二億円で受注できた。
当初手数料は一〇パーセントの約束であったところ、受注後相手方が一三〇〇万円しか出せないと言い出した。当初の約定によれば、手数料が一億二〇〇〇万円で、うち二〇〇〇万円が被告人の取り分として見込まれた。
(6) サラワク州の電力公社の計画する新しい送電網の建設計画に基づいて送電用トランスを供給するプロジェクトにつき、Qが受注するためルーマニアから見積りを取り寄せるなどしており、手数料を三パーセントとすると被告人の取り分は約八〇〇万円と見込まれた。
しかし、後日、見積りが出た時点で設計が駄目だということで話が潰れた。
(7) KLリニアシティープロジェクトというクアラルンプールのモノレール建設プロジェクトに関し、日立や伊藤忠などに話を持ち込むとともに、平成七年二月末ころ、マレーシアから視察団を日本に呼ぶ話を進め、同年四月一〇日ころ視察が実現した。
受注額は当初五〇〇ないし六〇〇億円が見込まれており、その後半額程度の規模になったが、当初の額で受注できた場合には、約二パーセントの一〇ないし一二億円が手数料となると見込んでおり、手数料を一二億円とすると約二億円が被告人の取り分として見込まれた。
(二) Pの検察官調書(甲一四八)における供述
(1) 平成七年三月中旬ころ、被告人とマレーシアに行き、プロジェクトの内容や現状を調査した結果、KLリニアシティープロジェクトとセランゴール州の変電・送電拡張設備プロジェクトが有望と思われた。
KLリニアシティープロジェクトについては、事業主体であるプリパド社のチュー社長が、モノレール建設に強い意欲を示すとともに、日本のモノレールシステムに強い興味を示しており、TPCGの会長のアマッドがプリパド社の出資者であることと合わせると、プロジェクトの規模が縮小されたり、立ち消えになることは考えられず、アマッドのコネを利用して紹介先の企業にプロジェクトを受注させることは、確実とは言えないにしても、十分可能と思われた。
セランゴール州の変電・送電拡張設備プロジェクトについては、商流④のサイト差取引の決裁当時にあったサラワク州における送電用トランスの供給の件から話が発展したもので、TPCGがQに受注を働きかけていたが、事業主体のテナガ電力公社の株主は大蔵省であり、Nがプロジェクトの情報を仕入れていたダトー・ヤップというブローカーが、大蔵大臣の派閥にいる大臣と親しく、そうした人脈を使うなどすれば、Qに受注させる可能性があると思った。
(2) 平成七年四月中旬ころ、チューらが来日して、伊藤忠や日立製作所の担当者と会って国内のモノレールを見学し、同月下旬ころ、Pと被告人がマレーシアに行った際、チューは日立との契約交渉を望んでいた。
同年六月下旬ころ、チューが、マレーシアを訪問していた被告人とPに、プロジェクト報酬について、商社が出してくる見積金額の一〇パーセントを手数料として上乗せして契約し、上乗せ分の四分の三をチューが裏リベートとして取り、四分の一をTPCGに渡すこととし、伊藤忠の大まかな見込みを基に第一期工事と第二期工事の工事金額をそれぞれ二〇〇億円とすると、TPCGの手数料は合わせて一〇億円くらいになると言ってきた。
その後、伊藤忠、日立とプリパド社の間で具体的な事業計画を立案し、契約金額の見積りを出すなどして交渉していたものの、技術的な問題がまとまらず、契約は進まなかった。
同年一二月ころ、伊藤忠は、プリパド社の親会社のベルジャヤ社の総帥のタンと直接交渉するようになり、平成八年春ころ、チューは、タンの関与により、チューにおいて契約金額を操作できなくなったから、TPCGの報酬は伊藤忠から出してもらうようにと言い出したが、伊藤忠からは、応じられないと言われた。
また、外国企業との受注競争によって、受注金額が第一期と第二期工事を合わせて三〇〇億円程度に下がってしまい、伊藤忠も日立もほとんど利益が出なくなり、伊藤忠からはTPCGには五〇〇〇万円しか払えないと言われた。
(3) セランゴール州変電・送電設備プロジェクトに関し、平成七年五月二二日、Nからファックスで、予想契約額は約二四五億円であり、Qがプロジェクトを受注できた場合には、プロジェクトの契約金額の3.5パーセントの約八億六〇〇〇万円をTPCGの報酬として受け取ることができる見通しである旨の報告をしてきた。
同年五月中に、テナガ電力公社の総裁が大蔵大臣らと会談し、Qと随意契約を行うことを承認することになっていたが、結局会談は行われず、契約内容も流動的だった。
平成八年秋ころ、プロジェクトの見直しがされ、プロジェクト自体が解消してしまった。
(三) TPCGのコンサルティング活動から得られる収入は、TPCGが情報を提供するなどした日本企業がプロジェクトの事業主体と受注契約を締結して、受注額や日本企業の利益が確定した段階で初めて具体的取り決めをすることができるものであるところ、前記のM(甲一五三)及びP(甲一四八)の各検察官調書によれば、商流④のサイト差取引の決裁当時、被告人らの斡旋、仲介によりプロジェクトの事業主体と日本企業が受注契約を締結した案件は一つもなく、将来的にも受注できるか否か明らかでなかった上、プロジェクト事業主体側の事情により突然プロジェクト自体が解消することもあり得、日本企業が受注に成功したとしてもいくら報酬が入るか未確定であって、TPCG側で見込みを立てていたにとどまるなど、不確実な要素が多くあったと言える。
実際、後日、事業主体と日本企業間で受注契約が締結されたのは、モノレール建設プロジェクト及びクアラルンプール国際空港ターミナル、ゴミ処理システムプロジェクトなどにとどまり、両プロジェクトによってTPCGが得られることとなった報酬額は、第一五回及び第一六回公判調書中の被告人の供述部分によると、前者が七〇〇〇万円、後者が一七〇〇万円にとどまっている。
そうすると、商流④のサイト差取引の決裁当時、マレーシア・プロジェクトに関するコンサルティング活動等による収入をもって、商流④のサイト差取引の枠組み全体を解消する確実な返済原資と期待することはできなかったと言える。
しかし、反面、前記各プロジェクトは、架空のものではなく、現実に進行していたものであるから、商流④のサイト差取引の決裁の時点では、日本企業が受注する可能性も否定できず、被告人ないしTPCGが報酬を得る可能性がなかったとは言えない。
特に、Qの検察官調書(甲一四八)にあるように、KLリニアシティープロジェクトについては、商流④のサイト差取引の決裁後間もない時期に、伊藤忠が受注することに成功した場合、伊藤忠が原価で出した見積金額に、事業主体の会社の社長への裏リベート及びTPCGの報酬として一〇パーセントを上乗せして発注し、その上乗せ分の四分の一相当額で、第一期と第二期の受注金額を各二〇〇億円とした場合は合計一〇億円がTPCGの手数料になる旨、事業主体の会社の社長から話があったというのであるから、商流④のサイト差取引の決裁の時点においても、将来TPCGそして被告人が相当額の報酬を得る可能性は少なからずあったと言うべきである。
(四) なお、Mの検察官調書(甲一五三)などによれば、TPCGが得た報酬のうち、半分がTPCGに留保され、残り半分について、アマッドが三分の一、MとNで三分の一を取り、被告人個人が得るのは全体の六分の一となっている。
しかし、第一六回公判調書中の被告人の供述部分等によれば、セランゴール州変電・送電設備プロジェクトに関してはTPCGの報酬について被告人が自由に使うことにつき他のメンバーから了解を得ていたというのであり、他のプロジェクト報酬についても同様の了解を得れば、TPCGが得た報酬のかなりの金額を商流④のサイト差取引の返済資金に充てることが可能であったとも考えられる。
3 三石からの追加的資金援助の見込み
被告人は、平成六年下期に前払口銭が減額される際に、R(以下「R」という)ら三石の上層部が、いずれ時期を見て再開する旨約束していたなどと供述している。
しかし、同年上期に約七億円あった三石からの前払口銭が同年下期に約一億七〇〇〇万円まで大幅に減額されたばかりであり、商流④のサイト差取引の決裁がなされたし当時、その枠組み全体を解消すべき二、三年の期間に、前払口銭が復活することを期待できるような特段の事情の変更があったとは認められないこと、Jの検察官調書(甲一三二)添付の平成七年二月一六日付け三石副社長宛ての商流③のサイト差取引の決裁資料に、被告人に対し「総額の増額は認められない旨二月初旬言明」との記載があることなどからすると、被告人が商流④のサイト差取引の枠組み全体を解消するため、三石から追加的な資金援助をしてもらうことは容易ではなかったとも考えられる。
他方で、Jの検察官調書(甲一三二)によれば、商流④のサイト差取引の決裁後、被告人がJに運転資金分の上乗せを求め出し、平成七年五月分からは運転資金分の上乗せが実現していることが認められ、Hの第一九回公判における供述等によれば、三石は、平成八年にもマレーシア・プロジェクトを進めるための資金などを新たなサイト差取引によって被告人に提供していることなどが認められる。
なお、L(甲一三九)及びR(甲一四〇)の各検察官調書において、両名とも、そもそも商流③や商流④のサイト差取引について事前に知らされていなかった旨供述しているが、Jは、検察官調書(甲一三二)においてRに報告した旨断言している上、前記平成七年二月一六日付け三石副社長宛ての商流③のサイト差取引の決裁資料が存在しており、前払口銭が減額される際にJが以後被告人に関することは全て三石上層部に報告するよう指示されていたなど、Jの右供述に沿う事実があることからすると、L及びRの右供述は信用できない。
これらのことからすると、三石は、被告人への資金提供を可及的に減額したいという希望を持っていたものの、被告人が経済的に破綻した場合に、三石の被告人に対する従前の資金提供や、その前提としての被告人の三石に対する各種貢献の内容が世間に露見することをおそれ、渋々ながら被告人の要求に応じて資金提供を続けていたものと推認される。
そして、このような三石と被告人の特殊な関係からすると、商流④のサイト差取引の決裁当時、三石が、右サイト差取引全体の枠組み解消のため、鉱山以外を窓口とする新たなサイト差取引を組むなどして、被告人に資金提供する可能性が全くなかったとは言い切れない。
4 このように、本件時点において、マレーシア・プロジェクトに関するコンサルティング活動等による収入や三石からの追加的資金援助の見込みが全くなかったわけではない。
四 小括
以上検討したところによれば、本件当時、被告人に返済能力が全くなかったとまでは認められない。
第三 Hによる欺罔行為及びIの錯誤の有無
一 商流③及び商流④のサイト差取引の決裁の際のHとIのやり取りについての関係者の供述内容は、以下のとおりである。
1 Iの検察官調書(甲一一九、一二〇)における供述
(一) 平成七年二月一〇日ころ、Hが商流③のサイト差取引の決裁を求めてきた。
Hは、「商流①のサイト差取引を通じて国土の滞留させてY石油商会に回していた金額が一二億円余りに膨らんでしまい、国土が資金繰りがきつくなったため、その滞留債権の回収圧力を強めている。三石が、商流①のサイト差取引を鉱山に移してこの滞留債権を肩代わりして欲しいと要請しているので、鉱山として応じたい」旨説明した。
そして、Hは、「そのために商流③のサイト差取引を組み、Y石油商会に九〇日間資金を滞留させ、金額を月額五億七〇〇〇万円に増額し、三か月分計一七億一〇〇〇万円の与信をY石油商会に与え、そのうち月額四億円分が国土のY石油商会に対する一二億円の滞留債権の返済資金に充てられる」旨説明した。
Hは、稟議書にも「当社決裁条件の変更なし」と記載しているように、商流①を商流③に変更しても代金決裁の基本的条件は変らず、危険が増大する要因はないという説明をした。
また、Hは、商流③のサイト差取引を行うメリットとして、「当社の取引量が増え、売上拡大が見込めます。鉱山の受け取る口銭も、従前の一キロリットル当たり五〇円から一〇〇円に改訂する旨内諾を得ています。三石に恩を売っておけば、今後の業容拡大に役立つと思います」という意見を述べた。
(二) 商流③のサイト差取引を決裁した二週間くらい後に、Hが商流④のサイト差取引についての稟議書の決裁を上げてきて、それに基づいて説明を受けた。
Hは、「国土がY石油商会に対する与信枠をこれ以上増やすことに抵抗したことから、三石サイドが商流③のサイト差取引から国土を排除することを決定したが、三石がY石油商会に対する資金援助を継続する必要上、国土を外して鉱山が直接Y石油商会に与信を与える商流④のサイト差取引に協力して欲しいと要請してきているので、それに応じたい」旨求めてきた。
Hに、「鉱山が損害を被る危険はないのか。回収の目途はどうなっているのか」と確認したところ、「Yさんは東南アジアに利権を持っており、政府関係者にもコミッションをばらまいて相当な力を持っています。今、マレーシアでモノレールの建設プロジェクトの受注に動いており、一〇〇億円ないし二〇〇億円の工事を日本の企業に落とさせるということです。このプロジェクトを受注できればコミッションだけでも大変な金額になり、またYさんはその他のプロジェクトにも食い込んでいます。ですから、多少時間はかかるかもしれませんがプロジェクトの利権収入で滞留債権は回収できます」旨説明した。
Hは、被告人に入るコミッションについて、日本企業の受注金額の五ないし一〇パーセントが支払われる、二、三年のうちには複数のプロジェクトによって被告人に次々と多額の手数料収入が入り、それによって鉱山が滞留させた資金は確実に回収できる旨言っていた。
さらに、Hは、「今回のサイト差取引については、三石が保証するという覚書を入れてもらいます」と言っていた。
2 Hの検察官調書(甲一二四)における供述
(一) Hは、平成七年一月末ころから二月初めころにかけて、Iに、「実は国土がYへ金を貸していたようです。その金額は一二億円程度とのことで、三石のJから鉱山でそれを肩代わりしてもらえないかと言ってきています。YもJもマレーシアの件で収入が見込めると言っています。鉱山の受け取る口銭もキロリットル当たり五〇円から一〇〇円に増額するよう交渉しています。もし、Jの要請を断れば、鉱山が三石との提携を深め、石油ビジネスを展開していくことは不可能になります」と言って、決裁を求めた。
Iは、「三石がそこまで頼んできたのだからやるしかないな。マレーシアの収入も間違いなく見込めるんだな」と言ってきたので、Hは、「はい、大丈夫ですから」と答え、Iの口頭決裁を得た。
その際、Hは、Iにこの件を了解してもらうために障害となるような、被告人が極めて多額の負債を抱えており、資金繰りにも困っていたこと、実は被告人が手がけていたマレーシア・プロジェクトについても、その具体的実現性等が未知数であること等余計なことは、敢えて一切言わなかった。
Hがこのような事情を報告しない以上、このような不安材料は存在しないという前提の下で、Iは説明を聞いているのであり、そのことは十分分かっていた。
Iの口頭決裁を得た後、Hは、鉱山の決裁条件が従来と変更ないこと、口銭の改定を三石に依頼していること、三石主導であるので、基本的問題は生じず、サイト差の解消の責任は三石が負い、可及的速やかに処理することを三石のL社長に確認済みであること、三石を中心に様々な取引が確立すると確信していることなどを記載した決裁書類を作成し、社内決裁を得た。
(二) 平成七年二月下旬ころ、Iに、「国土がどうしてもドミニオンへは売れないと言ってきています。仕方がありませんので、三石のJとも話して国土を外すしかありません。そうすると鉱山が直接Yへ売りを立てるしかありません」と言ったところ、Iが「Yへ売りを立てるしか方法はないのか」と尋ね、Hが「やるとしたらそれしか方法はありません」と答えたところ、Iは、「仕方がないな」と言って承認してくれた。
ここでもIに対しては、被告人の資産状態が劣悪であるなどということは敢えて言っていない。
口頭で了解を得た後、稟議書を作成しIらに決裁を仰いだ。稟議書には、被告人の資産状態が極めて悪く、資金繰りに困っているためにどうしても融資を続行させる必要があると記載すべきであったが、そのような余計なことは記載せず、むしろ、Iらに決裁してもらい易くするために、口銭の利益がどのくらいあり、さらにその増額が見込めるといった、鉱山にとってのプラス面のみを記載した。
3 Hの第六回公判調書中の供述部分
(一) Iには、Y石油商会としては月額一億円くらい使っているようだというところから話しているし、三石がそれだけのことをやるからには何かいろいろとあるでしょうとか、Y石油商会がパンクするということ自体が、一番、三石は困るわけだから、めったなことではトラブルは起きないと思いますよというような説明は、常に何かの機会のときにはしていた。Hが把握していた限りのYの借財はIも分かっている。
(二) 商流④のサイト差取引の返済の当てとして、Iに、二、三年の中で約三〇億円くらいの収入がY石油商会に発生する見込みであると、あと二、三年で消すつもりで三石にも相談していますと報告した。
4 前記IとHの各供述は、基本的部分において一致する内容となっているが、両名の検察官調書においては、HがIに被告人の資産状態が劣悪であることについて報告しなかった旨一致して供述されているのに対し、第六回公判調書中のHの供述部分においては、Y石油商会が月額一億円くらい使っていることなど、Hが把握している限りの被告人の財産状態をIに伝えていたとする点で食い違っている。
この点、第六回公判調書中のHの供述は、何かの機会のときに話したなどと抽象的に表現されているにとどまり、日時、場所や前後の状況などが説明されておらず、具体性に欠ける上、HがIに真実と齟齬する報告をしていたとなると本件詐欺の共犯者となりかねない立場にあったことなどをも併せ考えると、信用性に乏しい。
そうすると、
① 被告人が従前のサイト差取引分に加えて銀行等からも借入れをしており、多額の負債があって、月額約八五〇〇万円の運転資金を必要としていることなど、被告人の財産状況につき知り得た事実(後記三参照)を報告しなかった
② マレーシア・プロジェクトによる報酬について確実性がないのに、確実性があるかのごとく二、三年内にサイト差取引の枠組み全体を解消できる多額の収入が発生する旨報告を行ったとの二点で、HはIに真実と齟齬する内容を伝達したと認められる。
二 Hの欺罔行為及びIの錯誤について
前記①②の二点についてHがIに真実と齟齬する内容を伝達したことが客観的に詐欺の欺罔行為に当たるか、また、Iにおいて意思決定に影響が及ぶような重大な錯誤に陥っていたと認められるかについて検討する。
1 商流③及び商流④のサイト差取引につき決裁した理由に関するIの供述は以下のとおりである。
(一) 検察官調書(甲一一九ないし一二一)における供述
(1) 商流③のサイト差取引において、国土から受け取る手形が決済される限りにおいて、鉱山は損失を負うおそれはなかった。
業績を悪化させていた国土に対する与信枠を約一七億円まで拡大することには若干のちゅうちょがあったが、国土の含み資産の大きさなどからして、国土の手形が不渡りになるおそれはないものと判断し、この際三石の要請を受け入れて恩を売っておけば、鉱山が不足がちの灯油、軽油あるいは重油を三石から優先的に供給してもらえたり、あるいは三石と組んでガソリンの販売を拡大できるというメリットがあると思い、商流③のサイト差取引を承認決裁した。
(2) 商流④のサイト差取引の決裁当時、被告人が商流①のサイト差取引による債務以外に、ノンバンクあるいは銀行などに対し約五〇億円以上もの過大な借入金を負い、しかもその大半が株式やゴルフ会員権の投資の失敗に起因するものであって、その返済に苦しんでいるという事情は全く知らなかった。
そのような状況であれば、サイト差取引によって毎月支払われる代金を被告人が自分の資金繰りに流用してしまったり、ついに倒産の事態に至って、サイト差取引がパンクして鉱山が損害を被るおそれがある上、被告人に滞留させた資金の回収についても、被告人がこのような多額の負債を負い返還を迫られている状況の中で、二、三年内に鉱山に確実に返済を行うことは極めて困難であることは明らかであった。
(3) 大企業の三石が石油の仲介業者にすぎない被告人に対し半期に五億円あるいは八億円もの資金提供を続けたという実績一つをとっても、被告人自身が経済力を含めた相当の力を維持しているものと思われた。
(4) マレーシア・プロジェクトについても、以前、Hがベトナムに石油ビジネスの探査に行った際、被告人の口添えで石油公団の副総裁など要人に会うことができたとの報告を受けていたから、被告人が東南アジアの政府筋に食い込んでおり、プロジェクトが受注できるという話も本当であろうと思った。
(5) 三石の保証はもちろん重要な要素であったが、それよりも与信を与える相手方である被告人個人に返済能力があるかどうかが最も重要な問題であった。いくら三石が保証するといってもこれは最悪の場合の手当にすぎないものであって、保証責任の履行を求めることで三石との間でトラブルを発生させてしまうことにもなりかねず、そうなれば今回のサイト差取引によって三石との関係を更に深めようという本来の目的にも反することになる。
(6) 三石が協力要請してきた以上、三石は、商流④のサイト差取引を毎月同程度の規模で継続することについては責任をもってやるであろうから、被告人が受け取った代金を他に流用したり被告人自身が倒産するような事態にならない限り、途中でこの取引がパンクすることはなく、また、被告人に滞留させた一七億一〇〇〇万円についても、この程度の金額であれば口銭前払取引を通じてのこれまでの被告人の実績や、マレーシア等のプロジェクトを前提とする限り十分返済可能であり、可及的速やかに回収を図れると判断した。
そして、三石の依頼の応じることにより、三石とのパイプを太くでき、種々の取引上の便宜を受けられ、かつ、業務拡大を図れることなどのメリットも含めて総合判断し、商流④のサイト差取引を承認決裁した。
(二) 第四回、第五回公判調書中の供述部分
(1) 商流④のサイト差取引の決裁時点で、被告人の財務状態が五〇億円もの借入を抱えていることを知っていたら、商流④のサイト差取引は認めなかった。
被告人の財務状態に注意が行かなかったのは、石油に関する仕事だけをやっているわけではない上、信用調査の資料といったものは、決裁前に大体そろっており、本件でも信用状態その他は全部やっていると思っていたからである。Hは、非常に有能な部下で、信頼していた。
被告人の返済能力も三石が背後についていることも両方とも絶対必要条件である。何もないのに、保証があるからといって、実質的融資に応じたりしない。保証や担保を取るときは終わりのときである。
もちろん、三石からの協力要請によるものだからサイト差取引は継続されるであろう、三石主導の石油取引の上に乗っているから、安心であるという意識はあった。被告人の決済能力について、それほど不安を持っていなかったのは、被告人の石油業界における地位と、被告人の背後に三菱グループの一員として確固たる力を持っている三石がついているためである。三石が被告人への資金提供を打ち切り、保証責任を否定して、訴訟にまで発展することは予想していなかった。
(2) Hは、被告人がマレーシアで主としてモノレールの建設プロジェクトの受注に動いていて、その関係でかなりのお金が入りますよと、自信を持って明言していた。Hがベトナムに石油ビジネスの探査で行ったことがあり、帰って来て名刺を見せ、あそこはほとんど軍が管轄しているらしいが、被告人の紹介で次長クラスに会えたと聞いたことがあった。
(3) 従前半期に五億円、一番初めは年間一三億円という金が三石から被告人に流れていたという実績がり、被告人にとっては、一回三億円、四億円というのは賄える金であると思っていた。現に、国土を窓口として、破綻しないで商流①のサイト差取引を何年かずっと続けてきたことを勘案すると、これを引き受けても、時間がたてば解消できると思っており、こんなに急に破綻するとは思っていなかった。
(4) 鉱山には、三石の依頼に応じることによって、口銭のアップと、取引量の増大が図れるメリットがあった。また、それまで三石とはほとんど取引がなかったところ、特約店契約が締結でき、今後それをフルに活用して石油製品の販売を伸ばしていきたいと考えていた。当時はガソリンが大変もうかっていたから、ガソリンスタンドを増やして商売を広めたかった。灯油、軽油、A重油等がなかなか手に入らないことから考えると、元売りと直接取引をする数が増えるというのは非常にメリットがあると考えた。
2 以上のIの供述によれば、Iには、三石に保証責任の履行を求めるときは三石との関係が絶たれる最後のときという意識があるから、被告人の返済能力につき全く関心がなかったわけではないと認められる。
したがって、Iは、被告人が平成六年末時点で約三〇億円の資産しかないにもかかわらず約五四億円もの負債を抱えて大幅な債務超過状態であり、短期間で資金繰りが破綻しかねない危険があると分かっていれば、三石の保証があるとしても、商流④のサイト差取引に応じなかった可能性が高かったと考えられる。
3 ところで、Hは、被告人の財産状態の点につき、後記三のようにその詳細を認識していたわけではなく、仮にHが前記一4①の知り得た限度でIに報告していたとしても、他方で、被告人が国土を窓口として商流①のサイト差取引を破綻させずに何年か継続させてきたことなどからすると、Iは、被告人の資金繰りが苦しいという以上に、短期間で資金繰りが破綻しかねない危険があるとまで認識するのは困難であったと考えられる。そして、被告人の資金繰りが苦しいこと自体は、Hの報告を待つまでもなく、通常の融資の形態ではなくサイト差取引という特殊な方法で資金調達しようとしていること、国土に一二億円の未払金があることなどから、経理部長の経験もあるIには分かっていたはずである。
しかるに、Iは、Hに被告人の財産状態について詳しい調査、報告を求めるなどしていない。
Iが、石油関係以外の業務もやっていた多忙であり、Hのことを非常に有能な部下であると信頼していたとしても、Iは、一方で、与信先である被告人個人に返済能力があるかどうかが最も重要な問題と考えていた旨供述しており、かかる考えを持っていた者の態度として、Hに信用調査をやっているかと一言聞くことすらしなかったというのは、不自然である。
そして、Iが、前記のように、従前の商流①のサイト差取引が破綻せずに続いているという意識や、三石が背後についているという意識があった旨、捜査公判を通じて自認していることからすると、Iとしては、それらの事情があるから、被告人の資金繰りは苦しいものの、短期間で資金繰りに行き詰って先行分の取引の決済に充てるべき商流④のサイト差取引による資金を他の用途に流用して破綻するようなことはなく、もし、商流①のサイト差取引のように、月々の取引と決済は継続しているが全体の枠組みが解消されないまま未収金が残るような事態になっても、三石が別の企業を窓口として新たなサイト差取引を組むなどすれば解消できると判断し、それゆえ被告人の財産状態について詳しい調査、報告を求めるなどしなかった可能性が十分ある。
そうすると、一4①の被告人の財産状態についてHが知り得た事項を報告しなかったことがIの意思決定に重要な影響を及ぼしたとは必ずしも言えない。
4 次に、一4②のマレーシア・プロジェクトからの収入見込の点についても、Iは、プロジェクトの具体的内容、進行状況、収入見込やその根拠等について資料や追加報告を求めるなどしておらず、マレーシア・プロジェクトにより二、三年内に三〇億円の収入が発生する見込みであるとの報告を鵜呑みにしている。
しかし、Iにしても、鉱山という大企業の経営者を務める立場にあるのであって、プロジェクトを仲介するコンサルティング活動から得られる収入が、受注契約の締結によって受注額や受注企業の利益が確定した段階で初めて具体的取り決めをすることができるものであり、それ以前は、そもそも受注できるのか否か明らかでない上、プロジェクト事業主体側の事情により突然プロジェクト自体が解消することもあり得るなど、不確実な要素が多くあることは容易に予想できたはずである。
それにもかかわらず、Iが、格別な根拠もなくHの報告を鵜呑みにしたのは、前記のように、被告人が先行分の取引の決済に充てるべき商流④のサイト差取引による資金を他の用途に流用して破綻するようなことはなく、被告人が二、三年にわたってサイト差取引を破綻することなく継続し続けていくことができると考え、それだけの時間的余裕があれば、東南アジアの政府要人とも関係の深い被告人が商流④のサイト差取引を前面解消するだけの報酬を得ることは不可能ではなく、仮にその期間内にできなくても、三石が背後についていることから、サイト差取引の期間を延長しプロジェクト報酬が得られるまで待つこともでき、最悪の場合でも三石に保証責任の履行を求めることにより、鉱山以外を窓口とする新たなサイト差取引を組んでもらうなどすれば、資金の回収は可能であると判断したことによる可能性が否定できない。現に、本件サイト差取引が破綻した後、鉱山は、Yの未履行債務について三石に対してその負担を求めている。
右のように、Iは、商流④のサイト差取引が解消できない危険性はかなり小さく、むしろ本件に応ずることにより、三石に恩を売り、タイアップを強化するメリットの方が大きいと総合判断し、商流④のサイト差取引の決裁をしたものと推認される。
そうすると、Hがマレーシア・プロジェクト収入の確実性について真実と齟齬する報告をしたことが、Iの意思決定に重要な影響を及ぼしたとは必ずしも言えない。
5 以上に照らすと、前記一4①及び②の二点の被告人の返済能力について、HがIに真実と齟齬する内容を伝達したことは、客観的に詐欺の欺罔行為とは認め難く、Iにおいて意思決定に影響が及ぶような重大な錯誤に陥っていたとも言い難い。
三 本件当時の被告人の返済能力についてのHの認識等
1 Hの検察官調書(甲一二三、一二四)における供述
(一) 鉱山を窓口とする三石から被告人への前払口銭が減額されることになった後の平成六年六月末ころ、Jから、被告人の経費が足りないので同年上期分の口銭を追加で支払えないかと相談を受け、断ったが、なおもどうしても何とかならないかと言われ、知人の株式会社タイトーの青木明に依頼し、同年七月二九日付けで同社から被告人に一億七〇〇〇万円を融資してもらった。その返済原資は、同年下期の前払口銭を一億七〇〇〇万円にし、それを充てることとなった。
その後、同年九月ころ、Jから、被告人の事務所経費や生活費が足りなくて金を作ってやらなければならないが、サイト差取引で被告人に資金を滞留するようにするから協力してもらいたいと依頼され、同年一〇月末からの商流②によるサイト差取引に応じることにした。
その金額が月額一億七〇〇〇万円の三か月分の五億一〇〇〇万円である理由について、当時はよく分からなかったが、同年一一月ころ、Jから、被告人のところの経費が八五〇〇万円くらいかかるようだと聞いたことがあり、その六倍が五億一〇〇〇万円であるから、同年一〇月末から平成七年三月までの経費を融資する目的で行われたものと思う。したがって、同年三月時点においては、被告人の手元には右五億一〇〇〇万円は全く残らないことになっていた。
(二) 平成七年一月にJから商流②のサイト差取引に商流①のサイト差取引分を上乗せして欲しいと依頼があった際、被告人が国土から融資を受けた金を返済する様子が全くなく、鉱山で肩代わりしても確実に返済を受けられるものとは到底期待し難い状況であったこと、平成六年秋ころ、被告人が、銀行なんか利息さえ支払っておけばいいなどと言っており、金融機関からも多額の金を借りておきながら、誠実に返済しようとする姿勢が全く見られなかったことから、一旦はJの依頼を断った。
平成七年一月下旬から二月上旬ころ、Y石油商会の事務所で、J、Pを含めて被告人と会っており、マレーシア・プロジェクトの内容説明があった。
被告人からは、特にクアラルンプールのモノレール建設の件が有望であるとの話があり、「マレーシアは、絶対大丈夫だから、是非何とか頼む」という意味のことを言われた。
しかし、被告人の言っていたマレーシア・プロジェクトの内容は、どれもこれも全く具体性を欠くものであり、モノレールの件にしても、話としては魅力的であったが、これから取り組むつもりだといった程度の状態であり、被告人にこの件で本当に収入があるのか、あるとしても、いつ、いくら入るのかといった具体的見込みは、被告人も言っていなかった。
極めて不確実で未知数ではあったが、被告人の言葉を信じる限りは、マレーシア・プロジェクトによる収入にも希望がないわけではないと自分に言い聞かせる気持ちでこの話に乗った。
2 Hの第六回、第七回公判調書中の供述部分及び第一九回公判における供述
(一) 前払口銭の支払いが減額され、平成六年九月か一〇月初めくらいに、Jの方から、被告人に経費削減を求めているが、なかなかできないという話の中で、被告人の経費が大体四五〇〇万か五〇〇〇万という説明を受けた。その後八五〇〇万円くらいと聞いた。
被告人の財産状態は調査していないが、被告人に国土を介した形での一二億円の借金があり、それを返せないことは分かっていた。被告人に商流①と商流②のサイト差取引による合計約一七億円の借金があるほか、同年一〇月末に銀行に一億円返済しなければならないことを、多分Jから聞いていた。
(二) Jから商流②のサイト差取引に商流①のサイト差取引分を上乗せして欲しいと依頼があった際、金額が約一七億円と非常に高額になること、国土の一二億円と同様に滞ってしまうのではないかという危惧がなくはなかったこと、従来から三石の意向に従って協力してきたのにそれ以上のことをやる必要があるのかという気持ちがあったことから、一旦は依頼を断った。検察官調書には、右依頼を断った理由として、被告人から銀行なんか利息さえ支払っておけばいい旨聞いたことも記載されているが、そのような発言を聞いた事実はない。
(三) 商流④のサイト差取引の決裁当時、マレーシア・プロジェクトに関しては、口頭の合意も含めて、被告人に、いつごろ、どういう名目の金がどれくらい入るか、何も決まってなかった。
しかし、収入見込みとして、Pから、プロジェクトの総金額が四〇〇億円で、それに対して何パーセントという形で、伊藤忠やマレーシア側から一〇億円とか収入が見込めるといった話は口頭でされていた。Pは、マレーシアに先に行っていたNやMからそうした情報を得ていたと思うが、確認はしていない。
(四) 商流③やそれを変更した商流④のサイト差取引については、三石からの依頼である上、石油業界の中では元売りは親のような存在であり、親が子を見放すことは一〇〇パーセントあり得ない、石油業界に二〇年近くいるが、一度もそういうトラブルは起きておらず、元売りというのはきちんとやってくれる存在であると思っていたから、ほとんどリスクは考えていなかった。
三石が被告人にどれほどの資金提供をしているかといった両者のつながりについては、鉱山が関与している部分しか分からなかったが、これだけの金を払うわけだから、相当のものだろうという気持ちはあった。
被告人にほかに借金があっても、商流③や商流④のサイト差取引による約一七億円分については、三石が保証しているという認識があり、それが被告人の資産調査をしなかった大きな理由である。
3 Pの検察官調書(甲一四三、一四八)における供述
(一) 平成六年八月か九月ころ、Hから商流②のサイト差取引についてドミニオンにも協力して欲しいと求められた際、Hに手書きのメモを見せられ、「三石は、平成三年には六億円を、平成四年には一〇億円を、平成五年には一四億円を、平成六年上期には七億円の資金を前払口銭という形でYに提供した。しかし、社内事情により、Yへの前払口銭は月々二〇〇〇万円、半期に一億二〇〇〇万円に減額された。ところが、Yは、毎月の経費がたくさんかかるので、それでは月五〇〇〇万円も足りない。加えて、ベトナムなどの事業の経費や銀行からの借入れなどもあり、半期には前払口銭の一億二〇〇〇万円のほか五億円が必要になる」旨説明を受けた。
(二) 平成七年二月三日ころ、Y東京事務所に、P、被告人、H、J、Mが集まり、Mからマレーシア・プロジェクトについて一覧表に基づいて説明してもらったが、その時点でTPCGで報酬を受け取る見通しが具体的に立っているものがある旨の説明はなかったと記憶している。
その場で、Jは、被告人に、経費を半分くらい削って、一か月三〇〇〇万円か四〇〇〇万円にできないのかと求めたが、被告人は、困難であると答えるにとどまった。
その日、被告人は、借金は、利息だけを払って一部棚上げにしているが、経費を削るのは難しいなどと言っていた。
(三) 平成七年三月中旬ころ、被告人とマレーシアに行き、プロジェクトの内容や現状を調査した後、同月末ころ、大阪のY石油商会の事務所に、被告人、Hらと集まったときなどに、Hに、「マレーシアでアマッドらTPCGの関係者とも会ったし、TPCG外部の協力者とも会ってプロジェクトの話ができた。プリパド社でチューとも会った。ダトー・ヤップには会えなかった。成約に持ち込める可能性があると思われるのは、KLリニアシティーとセランゴール州の変電・送電拡張設備プロジェクトくらいだ」という視察の内容のままの報告をした。
Hには、実態以上に成約の見込みやTPCGの報酬について期待を持たせるような報告をしたことはなかった。
4 被告人の第一四回、第一六回、第一七回公判調書中の供述部分
(一) 商流②のサイト差取引を行うに当たって、銀行の返済があるという話はしたかもしれないが、具体的に、何を幾らという話はしていない。Hから大雑把な資金繰り状態は聞かれたかもしれない。
(二) 本件サイト差取引を始める際、Hらに、うちは経費として月八五〇〇万円くらい要るから、減額された報酬ではとてもやっていけないから何とかしてくれという話をしていたと思う。
何故、幾らお金が足りないのか、具体的には説明しなかったと思う。説明しにくいこともたくさんあるから、JやHもそこまでは聞こうとしなかった。とにかくこれだけ要る、ということしか話さず、それを幾らかでも節減してくれというやり取りに終始した。
(三) 平成七年二月三日に、被告人の資金繰りについて、J、Hと話をした。JとHから、かなり強く、もっとY石油商会の経費を減らせと、半分くらいにしろ、四〇〇〇万円にしろと言われ、それは無理だと返事をした。
(四) JにしてもHにしても、平成七年三月三日付け「資金繰りについて」と題する書面に書いてあるように、大阪信用組合に返済をしなければならないような、そういう借金があるんだということは分かっていた。
5 以上の各供述によると、商流④のサイト差取引の決裁当時、Hは、被告人が従前からの商流①と商流②のサイト差取引分の約一七億一〇〇〇万円に加えて、銀行等からも一億円以上の借入れをしていること、三石からの前払口銭が減額されたにもかかわらず、月額約八五〇〇万円の経費が必要であり、資金繰りに困っていること、マレーシア・プロジェクトに関するコンサルティング報酬について、被告人に、いつごろ、どれくらい入るか、口頭の合意も含めて具体的に決まっていないことなどは知っていたと認められる。
しかし、商流②のサイト差取引を行うに当たってHがPに被告人の資金繰りを説明した手書きのメモや、平成七年三月三日付け「資金繰りについて」と題する書面も、いずれも紙一枚の簡単な説明があるのみで、被告人の全体的な財産状態を示すものではなく、前記のH、P及び被告人の各供述によっても、右各書面の内容以上にHに被告人の財産状態が知らされていたとうかがわせる証拠はない。
そうすると、Hが被告人に平成六年末時点で約五四億円もの巨額の負債があるのに対し資産が約三〇億円しかなく、大幅な債務超過状態にあることなど財産状態の詳細まで知っていたとは認め難く、したがって、Hにおいて、被告人が先行分の決済に充てるべき資金を他の運転資金に費消し、商流④のサイト差取引が短期間で破綻しかねない危険があるとまで認識していたかは疑問がある。
もっとも、第一〇回公判調書中のPの供述部分によれば、Pは、「平成六年一〇月末に一億円銀行に返済しなければならないほかに、被告人が銀行から数十億円借金していることを、同年一二月にHとベトナムに行った以降に、Hから聞いたことがある」旨供述しているが、同年一二月以降いつまでの間にその話を聞いたのか時期が不明確であり、商流④のサイト差取引開始後にその旨聞いた可能性も否定できない。
また、マレーシア・プロジェクトに関するコンサルティング活動による報酬の見込みについても、確かに具体的、確定的なものではなかったが、前記のように、各プロジェクトは、架空のものではなく、現実に進行していたものであって、商流④のサイト差取引の決裁の時点では、日本企業が受注する可能性も否定できなかったのであるから、Hとしても、二、三年間商流④のサイト差取引を継続させる間にそれを全面解消するだけの報酬が得られる可能性があり、そうでなくともサイト差取引の期間を延長するなどすれば、その間に成功するプロジェクトが出てきて、いずれ商流④のサイト差取引を解消することができると考えていたとしても不合理とは言えない。
さらに、Hは、前記三3(一)のように、三石が、口銭前払取引により、被告人に、平成三年には約六億円、平成四年には約一〇億円、平成五年には約一四億円、平成六年上期には約七億円の資金を提供し、同年下期に大幅に減額したものの、その後も引き続き資金提供しており、右減額による被告人の運転資金不足を補うために商流②のサイト差取引を開始したことなど、三石が被告人に巨額の資金提供をしなければならない事情があることを知っていたのであるから、借りに、被告人がマレーシア・プロジェクトに関するコンサルティング報酬等で商流④のサイト差取引を解消できなくなった場合にも、商流①のサイト差取引による国土の未収金を解消するために新たに商流③のサイト差取引を組んだのと同様に、三石が鉱山以外を窓口とする新たなサイト差取引を行うなどして、商流④のサイト差取引を解消することが可能であると考えていたとしても不合理とは言えない。
なお、前記三1、2のように、Hは、検察官調書においては、「平成六年秋ころ、被告人が銀行なんか利息さえ支払っておけばいいんやなどと言っていた」旨供述しているのに対し、公判供述においては、これを否定している。
右検察官調書における供述は、被告人がどのような経緯、状況でHにそのような発言をしたのか不明で、具体性に乏しく、仮に、かかる発言があったとしても、必ずしも、利息を払っておけば当面の返済要求を回避できると考えていたという以上に、最終的に借入れを踏み倒すつもりまであったことを意味するものではないから、右発言をもって、直ちに、被告人に商流④のサイト差取引による実質的融資金を返済する意思がなかったとは言えない。
6 これらのことからすると、Hが、被告人に返済能力がないと認識していたとは認め難く、そうすると、自己のIに対する報告が同人の意思決定に影響を及ぼし、同人を重大な錯誤に陥らせるものであると認識していたとも認め難い。
四 小括
以上によれば、客観的な面とHの主観的な面のいずれからしても、Hが決裁時にIに対して真実と齟齬する報告をしたことをもって詐欺の欺罔行為と評価することには疑問があり、Hの右報告によってIにおいて意思決定に影響が及ぶような重大な錯誤に陥っていたとも言い難い。
第四 被告人とHの意思連絡状況及び被告人の犯意等
一 商流③、④のサイト差取引では、被告人が直接Iに実質的融資の依頼をしていないので、被告人のHへの依頼状況ないし被告人とHの意思連絡状況は、極めて重要な問題である。
検察官は、被告人は、本件実質的融資についての返済意思、能力を有していなかったものであるところ、平成七年一月下旬ないし二月上旬ころ、Hに対し、鉱山において本件サイト差取引による実質的融資に応じてもらいたい旨の直接的依頼をし、また、これとは別にJを介してHに同様の依頼をしており、その依頼は、鉱山における本件実質的融資の最終決裁権者の了解を何としても取り付けて欲しいとの趣旨にほかならず、換言すれば、最終決裁権者を欺罔して欲しい旨の依頼であり、右依頼に基づいて、情を知ったHはIに対する欺罔行為を行っているのであるから、それはとりもなおさず、被告人自身がHを介することにより、鉱山における本件実質的融資実行の最終決裁権者Iに対し、欺罔行為を行ったものにほかならない旨主張しているので、以下検討する。
二 被告人からHへの依頼状況
1 Hの検察官調書(甲一二四)における供述
平成七年一月二三日や二月三日など同年一月下旬から二月上旬にかけて、Y石油商会の事務所において、被告人、J、Pらと会った。
これらの会合の意味は、被告人からマレーシア・プロジェクトの内容説明の場であったが、裏を返せば、それで収入があるから、国土の被告人に対する商流①のサイト差取引による実質的融資を鉱山に肩代わりしてもらいたいという懇願の場であった。
被告人からは、特にモノレール建設の件が有望であるとの話があり、「マレーシアは、絶対大丈夫だから、是非なんとか頼む」などと、マレーシア・プロジェクトは、すぐにでも契約にこぎつけることができて、被告人に収入が入るから、返済の心配はない旨言ってきた。
2 Hの第六回公判調書中の供述部分
被告人に対する援助協力について、被告人から直接強く頼まれたのではなく、Jから頼まれた。本件のサイト差取引による実質的融資の方法を発案したのはJである。
いろんな打合わせをする中で、被告人から、「よろしく頼むな」くらいのことは言われていたが、それ以上に、鉱山上層部に対して、被告人の資産状態であるとか、マレーシアの収入見込みであるとか、あるいは三石が責任を持つとかどうとかいうことについて、ごまかして決裁を取ってくれと頼まれたことはないし、被告人のためにそこまでやる理由はない。
3 以上のHの捜査、公判における供述のほか、平成七年一月下旬ないし二月上旬ころ、被告人とHが接触した場面に同席していたJ(甲一三二)、P(甲一四三、一四八)、被告人(乙二五)の各検察官調書や公判調書中のJ(第一〇回)、P(第九回、第一〇回)及び被告人(第一七回)の各供述などをみても、被告人から直接ないしJを介してHに働きかけたとみられるのは、同年二月三日ころ、被告人の事務所で、「マレーシアは、絶対大丈夫だから、是非なんとか頼む」「よろしく頼む」などと申し向けたことのみである。
三 そうすると、右のように、被告人がHに「マレーシアは、絶対大丈夫だから、是非なんとか頼む」とか「よろしく頼む」と頼んだことが最終決裁権者であるIを欺罔して欲しいという依頼であり、Hがそれを応諾したと評価できるかが問題となる。
1 この点、まず、いかなるサイト差取引の商流を組むかについては、基本的に、資金提供を行う三石が決する事項であり、実際にも、被告人は具体的な商流の組立てに関与していない。
また、商流③のサイト差取引の決裁の時点では、鉱山は被告人に対して直接の売主となっていないのであって、鉱山は国土に与信を与えるにすぎないのであり、Iは、国土から受け取る手形が決済されるかどうかを問題とすればよく、この時点で鉱山にとって被告人の返済能力、返済意思は直接問題とならない。
その後商流④に変更され、鉱山が直接被告人に対して売主となり、与信を与えることになるが、この商流変更は国土が社内的事情によってサイト差取引の継続を嫌がったという事情によるものであって、被告人から鉱山に直接の取引相手になるよう求めたものではない。
そして、前記二の3のH、J、P及び被告人の捜査、公判における各供述などをみても、商流③のサイト差取引の決裁が行われた平成七年二月一〇日以降、同月二七日の商流④のサイト差取引の決裁までの間に、被告人がHに対して何らかの働きかけをしたとうかがわせる証拠はない。
2 ところで、第二で検討した被告人の返済能力に関する事情に加えてマレーシア・プロジェクトが全くの架空のものではなく、TPCGを設立し、事業主体の視察団を日本に招くなど、プロジェクトを成功させて報酬を得るべく被告人らが実際に活動していたことなどからすると、被告人に返済意思が当初から全くなかったとは認め難い。
確かに、被告人は、平成七年八月に先行する同年四月分のサイト差取引の決済に回すべき金員を他の用途に使っており、鉱山がサイト差取引の中断を言い渡していたとしても、先行分の返済義務がなくなるわけではないことなどからすると、同年八月の時点では被告人に返済意思がなく、そのことが同年二月ころでも被告人に返済意思がなかったことを推認させるようにも思われる。
しかし、商流④のサイト差取引の決裁が行われた同年二月二七日の時点で、被告人が従来必要としていた月額約八五〇〇万円をはるかに上回る三億二〇〇〇万円余りもの運転資金が必要になることをうかがわせる事情はなく、同年八月の時点で鉱山が被告人の資金調達に協力するのを渋り始めたことに被告人が腹を立て、返済意思を失ったものとも考えられ、やはり、当初から被告人に返済意思がなかったと断ずることはできない。
また、被告人としては、新たなサイト差取引を組むのか否か、その商流の参加者を誰にするのかといった融資の形式には関心がなく、商流①のサイト差取引を解消して国土の未収金を清算するため、それに代わる何らかの実質的融資を得られればよいのであって、その窓口となる相手がどうしても鉱山でなければならない事情はない。
これらのことからすると、被告人には、自己の返済能力、返済意思についてIを欺罔したり、その旨Hに頼んだりする意図も必要も認め難く、もっぱら三石や鉱山に融資の依頼をしていたにとどまるとみるのが相当である。
3 他方、Hとしても、事前に被告人から融資の依頼があった商流③のサイト差取引においては、前記1のように、鉱山にとって被告人の返済能力、返済意思は直接問題とならないから、仮にIにこれらの点について当時知り得た状況を報告しても、国土の手形が間違いなく決済されることを説明すれば、容易に決裁を得られるのであって、右の時点であえてIに虚偽の報告をし、同人を欺罔しなければならない理由はない。
ところで、検察官は、第六回公判において、被告人とHは共同正犯の関係にある旨釈明したが、第九回公判において、それを撤回してHは故意ある幇助的道具である旨釈明し、論告において、Hが、被告人に返済能力、返済意思が欠如していることを未必的に認識しつつ、既に商流②によって平成六年一〇月から鉱山の危険負担のもとに被告人に対する実質的融資を開始してしまっていたことなどの従前の経緯及び被告人が直ちに破綻すれば右実質的融資も回収不能になることはもちろん、これまで被告人の資金繰りについて三石に協力し、同社との業務提携をも含めた同社の協力により鉱山の業務拡大を目論んでいた思惑等から、被告人の資金繰りに協力せざるを得ない立場に追い込まれ、被告人の道具として行動し本件に協力したものと主張するので、以下検討する。
(一) 商流②のサイト差取引はIに無断で開始されたものか
(1) Hの検察官調書(甲一二三)における供述
三石のJから依頼されて、被告人の資金繰りのため、被告人へ実質的融資をすることは可能であったが、このようなことを自分だけで判断することはできなかったので、平成六年九月ころ、鉱山本店の副社長室において、Iに、「Jさんの依頼で、Yの資金繰りのため協力してもらいたいと言ってきています。ドミニオンのPが協力してもいいと言っています」と相談したところ、Iは、「うちから金は出るのか。うちから直接売るのではないな」と言ってきた。
Y石油商会へ直接売りを立てるのはドミニオンであり、このサイト差取引が継続し被告人がパンクしない限り、鉱山が金を負担する事態にならないことから、「うちから金は出ません。Yとは仕入れの関係だけです」と、与信の問題はないという意味で答えたところ、Iは、「それなら稟議の必要はない」と言って承諾してくれた。
(2) 以上のHの供述は、会社組織に属する者一般の行動として自然であり、Iとのやり取りが具体的に描写され、稟議書が存在しない事情についても説明がなされている上、Hは、三石とのタイアップを強化する目的で、商流②のサイト差取引に応じることにしたものであるところ、従前から同様の目的で三石の依頼で口銭前払取引に協力していることを知っているIに事情を伏せなければならない理由は見出し難いことからしても、信用性が高い。
(3) これに対し、Iは、捜査、公判を通じて、本件当時、従前商流②のサイト差取引が行われていたことにつき知らなかった旨供述している。
しかし、I自身、被告人の返済能力等について十分な調査をしないまま本件実質的融資を決裁したことで社内的に責任追及されかねず、本件以前からサイト差取引が行われていることを知っていたことになると、より重い責任を取らされるおそれがある立場にあったと言える。
そして、商流②のサイト差取引をHが無断でやっていたとすると、商流③のサイト差取引の決裁の際に、国土の約一二億円を解消するという話であるのに、何故それを相当上回る約一七億一〇〇〇万円も滞留させるのか、Hに説明を求めるはずで、その時点で商流②のサイト差取引がIに無断で行われていたことが発覚すると考えられるところ、Iは、本件が刑事事件化するまで知らなかった旨供述しており不合理である。
加えて、第四回公判調書中のIの供述部分によれば、Iは、商流②のサイト差取引につき、「Hが勝手にやったことではないかと調書に書いてあるとすれば、そう思ったのだと思う」などと曖昧に答えるとともに、書面は残っていないかもしれないが、Hから口頭で決裁等を求められたことはなかったかとの質問に対しては、「覚えていませんね」と答える一方、商流④のサイト差取引の決裁を求められたことについて記憶があるかとの質問に対しては、「書面に残っているから」と答えるなど、客観的証拠がある点については供述するが、それがない場合には記憶がないなどとして供述を避けようとしているとも受け取れる部分が少なからずある。
さらに、商流②のサイト差取引が行われていたことに関するIによるHへの糾弾的行為をうかがわせる証拠もない。
これらのことからすると、商流②のサイト差取引の認識に関するIの供述は、信用性に乏しいと言わざるを得ない。
(4) なお、Hの部下でサイト差取引の実務面を担当していた真弓政博は、第八回公判調書中において、Hから商流②のサイト差取引について他の者には話すなと言われており、HはIに無断でやっていた旨供述している。
しかし、これもHが表沙汰にできない被告人への資金提供につき上層部がどのくらい関与しているのかを部下にできるだけ知らせないようにしていたため、真弓がHとIの関係を十分に把握していなかったことによるものとも考えられる。
(5) そうすると商流②のサイト差取引はIに無断で開始されたものとは認められない。
(二) 次に、Hが三石とのタイアップを強化し鉱山の業務拡大を図ろうとしていたという点についても、そもそも、鉱山の利益を図るつもりであるのに逆に鉱山に多額の損害を与えることを意図的にするのは不合理である上、三石とのタイアップを強化して鉱山の業務拡大を図る意図はHだけでなく、Iも同様に抱いていたものであるのに、そのようなIを騙すというのはメリットもなく、不自然である。
もし、Hが、被告人の資金繰りが短期間に破綻するかもしれないと危険を感じながら、その事情をあえて伏せてIを騙して商流③や商流④のサイト差取引の決裁をさせたとすると、その危険が現実化した場合、Hが一人で全ての責任を負うことになる。
むしろ、Hとしては、同様に三石とのタイアップを考えているIに対し、そのような危険があることを報告して、利害得失の判断を求めた方が、万一不測のトラブルが生じた場合、Iにも責任を負わせて危険の分散を図ることができるのであり、合理的である。
(三) このように、検察官が指摘する点は、いずれも、Hが積極的にIを欺罔する動機、事情とは評価し難い。
確かに、Hは、前記のように、商流③及び商流④のサイト差取引の決裁において、Iに対し、被告人の財産状態について知り得た事実を報告しなかったり、プロジェクト報酬が確実である旨真実と齟齬する報告をしている。
しかし、前記第三の三のように、Hは、被告人の財産状態の詳細を知らず、短期間のうちに被告人の資金繰りが破綻しかねない危険があると考えていたとは認められないのであり、そうすると、二、三年の時間的猶予があれば商流④のサイト差取引を解消するプロジェクト報酬を得ることも不可能ではなく、そうでなくとも、三石が背後についていることから、サイト差取引の期間を延長してプロジェクト報酬が得られるまで待ったり、最悪でも三石に保証責任の履行を求めることができると判断したとしても不合理ではない。
そして、Hは、被告人の財産状態に問題がなくはないものの、最終的に資金回収が可能であるなら、Iも決裁を承認するはずであるのに、Iが決裁をちゅうちょするようなことを伝えると、決裁のための資料を集めたり報告書を作成しなければならないなど事務手続が煩雑になると予想されることから、そうした点を伏せておけば面倒な手続をとらなくとも簡単に決裁が得られると判断し、真実と齟齬する報告をした可能性が十分ある。
(四) また、商流④のサイト差取引によって経済的利益を得るのは被告人のみである。
第七回公判調書中のHの供述部分や第一四回公判調書中の被告人の供述部分によれば、Hは、平成六年夏ころ、被告人から中元名目で約一〇〇万円分の商品券を受け取っているが、Hが自己の職を賭して被告人のために行動するほどのものとは言い難く、他に商流④のサイト差取引に関してめぼしい経済的利益を得ていない。
(五) 以上によれば、Hが、被告人の資金繰りに協力せざるを得ない立場に追い込まれ、被告人の意図するところに従って行動し本件の実質的融資に協力しなければならなかった事情は認められず、Hは、自らの自由意思に基づき、鉱山の利害得失を計算して行動したと言うべきであって、Hの行動を検察官が主張するような被告人の道具と評価することはできないし、また、Hが被告人と意思相通じてIを欺罔しなければならない動機、事情も証拠上認定し難い。
4 なお、検察官は、被告人が、本件実質的融資を返済する能力がないことを自覚しながら、検察官調書(乙二五)において、Hにおいて、鉱山上層部に対し、被告人には本件実質的融資の返済の意思、能力がある旨の説明をし、鉱山上層部がそれを前提にして右融資実行の意思決定をする旨認識しつつ、Hに鉱山による右融資の実行方を依頼した旨自認していると指摘し、かかる依頼をしたことは、とりもなおさず、被告人がHを介してIに対する欺罔行為を行ったことにほかならない旨主張している。
(一) 被告人の検察官調書(乙二五)における供述
融資を受けるに当たって、鉱山のIら上層部とは直接話し合っていないが、HがIらに必要なことを説明したものと思っていた。HがIらに対して、いつ、どのような内容の説明をしたのか詳しいことは分からない。
ただ、自分なりに、HがIらに対して、①Yは、政治家や官僚など豊富な人脈を持ち、三石の社長ら最高幹部からも絶大な信頼を得ており、信頼できる人物であって、借りた金は必ず返す人物であること、②Yは、マレーシアやベトナムのプロジェクトに真剣に取り組んでおり、それらのプロジェクトの成功の見通しも十分にあって、その成功報酬などで融資金を返済することが十分に可能であること、③Yに融資を行えば、将来においてYの協力を得ることができるため、融資を行うことにより鉱山にとってもメリットが生まれることという趣旨の説明を行ってくれているものと遅くとも平成七年二月の時点においては理解しており、Iらは、それを前提として鉱山のメリットなどを総合的に判断して融資をしてくれたものと理解していた。
(二) 右のような供述があるが、それは、Hの説明についての想定の域を出るものではなく、また、被告人自身が返済能力がないことを自認した上での供述ではないから、さほど重視することはできない。
なお、検察官が主張する被告人のHに対する「依頼」が、平成七年一月下旬ないし二月上旬の「マレーシアは、絶対大丈夫だから、是非なんとか頼む」とか「よろしく頼む」旨申し向けたことを意味するのであれば、いまだ鉱山が被告人に対して与信を与えることが決定していない商流③成立以前の段階で、Hに鉱山上層部に対して虚偽の報告をすることを被告人が意図的に依頼したことになるが、かかる状況をうかがわせるような具体的事情は証拠上見い出し難い。
また、商流③のサイト差取引の決裁後、商流④のサイト差取引によって鉱山が被告人に対して与信を与えることが決裁された同月二七日までの間に、被告人がHにかかる「依頼」を新たにしたとうかがわせる証拠がないことも、前記三1で認定したとおりである。
(三) そうすると、前記被告人の検察官調書における供述は、Hが被告人の意図するところに従って行動せざるを得ない立場にあったことや両者がIを欺罔すべく意思相通じていたことの根拠とはならない。
四 小括
これらの事情に照らすと、被告人がHに、商流③のサイト差取引の決裁前に、「マレーシアは、絶対大丈夫だから、是非なんとか頼む」とか「よろしく頼む」などと頼んだことは、資金援助をして欲しいとの依頼を意味するにとどまり、Iを欺罔してくれとの意味を必然的に含むものとは言えず、Hが決裁に当たってIにどのような報告をするかはHの自由な意思、判断に委ねられており、その後商流④のサイト差取引の決裁までの状況としても、Hが被告人の意図するところに従って行動せざるを得ない状況に置かれたり、両名がIを欺罔すべく意思相通じていたことをうかがわせる事情は見出せず、結局、被告人が欺罔の故意をもって、道具であるHを介して、あるいは、Hと意思相通じて、Iを欺罔したと認めるに足る証拠はない。
第五 結論
以上、関係各証拠を検討したところによれば、被告人に本件実質的融資の返済能力が全くなかったとまでは認めることができず、HがIに対して真実と齟齬する内容の報告をしたことを詐欺の欺罔行為と評価すること及びIにおいて錯誤に陥っていたかという点には重大な疑問がある上、被告人が欺罔の故意をもって、情を知ったHを幇助的道具として利用し、あるいは、Hと意思相通じて、Iを欺罔したと認めるに足る証拠もないので、結局、公訴事実の証明がないことに帰するから、本件公訴事実中詐欺の点については、刑訴法三三六条により、被告人に対し無罪の言い渡しをする。
【法令の適用】
罰条
判示第一の一ないし三 いずれも平成一〇年法律第二四号による改正前の所得税法二三八条一項、所得税法二三八条二項(情状による)
判示第二の一ないし四 いずれも関西国際空港株式会社法二六条一項、二五条一項前段
刑種の選択
判示第一の一ないし三 いずれも懲役刑及び罰金刑
同第二の一ないし四 いずれも懲役刑
併合罪の処理
刑法四五条前段
懲役刑につき 刑法四七条本文、一〇条
(刑及び犯情の最も重い判示第一の一の罪の懲役刑に法定の加重)
罰金刑につき 刑法四八条二項
未決勾留日数の算入 刑法二一条(懲役刑に)
労役場留置 刑法一八条
訴訟費用の不負担 刑訴法一八一条一項ただし書
【量刑の理由】
本件で有罪を認定した事件は、石油取引仲介業を営んでいた被告人による平成四年度から六年度までの三期分の所得税の過少申告ほ脱の事案と、関空会社の代表取締役に対して、関西国際空港施設の維持管理の職務に関し、四回にわたり、接待をするとともに金品の供与をした事案である。
所得税法違反については、ほ脱額は三億三〇〇〇万円余りと高額で、ほ脱率も平成四年度は約八九パーセント、平成五年度は約51.6パーセント、平成六年度は約56.3パーセントと低くない。犯行態様は、帳簿類を作成せず、従業員をして領収書等を破棄させるなどした上、税務申告の代理人に、前年度の所得金額を若干上回る程度の虚偽過少の所得金額及び税額をもって申告書を作成するよう依頼し、いわゆるつまみ申告をするという悪質なものである。動機をみても、株式やゴルフ会員権取得のためになした多額の借入れの返済資金を捻出したり、政治家やプロスポーツ選手等との交際費用等を捻出するためといったもので、酌むべき点はない。被告人は、摘発後に修正申告をしたものの、いまだ本税自体の大半が未納となっている。
関西国際空港株式会社法違反の点については、接待額は一人当たり合計三四万円余り、供与した金品は合計一八二万円余りと少なくない。被告人は、国家的プロジェクトである関西国際空港をめぐる利権を得るため、関空会社の代表取締役に対し、個人的に好意を抱いているような態度を示すなどして、飲食の接待などで巧みに接近を図り、次第に抵抗感を失わせつつ、自ら進んで本件わいろを供与したもので、犯行態様は巧妙かつ悪質である。また、本件が関空会社の業務遂行の公正さに対する信頼を損なわせたという社会的影響も見過ごすことができない。
これらのことからすると、被告人の刑事責任は重いというほかなく、所得税法違反については一貫して事実を認め反省の態度を示しており、国税当局によって差し押さえられているゴルフ会員権が換価されることなどにより今後一部納税が可能と見られること、被告人に前科がないことなど、被告人に有利な諸事情を斟酌したとしても、懲役刑の執行を猶予するのは相当ではなく、主文の刑が相当と判断した。
(求刑―懲役七年及び罰金一億二〇〇〇万円)
(裁判長裁判官池田耕平 裁判官保坂直樹 裁判官高橋彩は差し支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官池田耕平)
別紙1の1・2・3<省略>
別紙2<省略>