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東京地方裁判所 平成9年(刑わ)1245号 判決 1997年10月17日

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

押収してある覚せい剤一包を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯(第一))

被告人は、昭和五一年四月警視庁警察官として採用され、平成八年二月警視庁城東警察署地域課地域第一係の配置となり、平成九年三月上旬からは、東京都江東区北砂四丁目二〇番二五号所在の同署砂町交番(以下「砂町交番」という。)で交番勤務に就いていた。

被告人は、分離前の相被告人A(以下「A」ともいう。)が起こした交通物損事故を取り扱ったことで同人と知り合い、平成六年一〇月ころからは親しく付き合うようになって、Aから覚せい剤取扱者等に関する情報提供を受けるなどして、犯人検挙の実績を挙げていた。

被告人は、過去に受けた交通事故の後遺症で、通常歩行ができなくなるおそれがあると医者から聞かされ、そうなれば警察官の職を辞そうと考え、その経歴の最後を飾るためにも、けん銃所持事犯等の重大事件を検挙したいと思うようになった。被告人は、平成九年三月末ころ、Aから、警察の情報を辿って、ある暴力団組長らのけん銃所持事件の内通者を調べれば、けん銃を持たせて被告人のもとに出頭させるとの話を持ちかけられ、これを承諾した。被告人は、右調査に着手したものの、内通者の特定には時間がかかる見込みであったため、同年四月五日、Aから、取りあえずの検挙実績をつくるため、覚せい剤を第三者に持たせ、覚せい剤所持事犯を捏造することを持ちかけられた。被告人は、後輩警察官から、覚せい剤事件を摘発する際には加わらせてほしいと頼まれていたこともあって、捏造した事件の犯人検挙に後輩警察官を関与させてやれば、同人らに自己の警察官としての力量を誇示することができ、自己の自尊心も満たされるばかりか、同月が警視庁の職務質問月間でもあり、ノルマを果たすことができると考え、これを了承し、Aにおいて、これに用いる覚せい剤を準備することとなった。

(罪となるべき事実)

第一  被告人は、みだりに、平成九年四月九日、東京都江東区北砂四丁目二〇番二五号所在の砂町交番において、Aから、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約一グラムを無償で譲り受けたものである。

(犯行に至る経緯(第二))

被告人は、後輩警察官である分離前の相被告人B(以下「B」ともいう。)から、同月一二日、検挙実績を一緒に挙げさせてほしいと強く頼まれ、翌一三日、同人と共に警らに就いたが、一向に事件を検挙できず、東京都江東区亀戸五丁目一番二号所在の東日本旅客鉄道株式会社亀戸駅の北口ロータリー内東京都営バス停留所のベンチで休憩した際、煙草の空箱に覚せい剤を忍び込ませ、これを浮浪者に持たせることを話し合い、適当な浮浪者を探していたところ、たまたま同所付近を通りかかったC(以下「C」という。)を見つけたことから、職務質問をしている隙に、Bにおいて、Cの所持品に覚せい剤入りの煙草の空箱を忍び込ませることとした。

(罪となるべき事実)

第二 被告人は、Bと共謀の上、みだりに、同月一四日ころ、同区亀戸五丁目一番二号所在の東日本旅客鉄道株式会社亀戸駅の北口ロータリー内東京都営バス停留所付近において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶〇・一一三グラムを所持したものである。

(犯行に至る経緯(第三))

被告人は、判示第二に係る覚せい剤をCに所持させた事件が拾得物扱いとされたことから、今度は、覚せい剤密売人を誘い出して、かねて準備しておいた覚せい剤をその身体等に潜ませた上、これを見つけて覚せい剤所持事犯の現行犯人として確実に逮捕しようと考え、同月一七日、砂町交番の相番勤務者で後輩警察官である分離前の相被告人D(以下「D」という。)に、先にBと共に覚せい剤所持事犯を捏造しようとして失敗したことを告げて自己の計画を仄めかし、共同加功の意思を確認した上、同月一八日、Aに、覚せい剤密売人であるE(以下「E」という。)に電話させ、覚せい剤の購入を口実に誘い出すこととした。

(罪となるべき事実)

被告人は

第三 D及びAと共謀の上、覚せい剤密売人のEを誘い出して、かねて準備しておいた覚せい剤をその身体等に潜ませた上、これを見つけて覚せい剤所持事犯で現行犯逮捕しようと企て、Aが、Eを東京都江東区南砂四丁目四番二六号所在のレストラン「ジョナサン」南砂店駐車場に誘い出し、同月一八日午前三時五〇分過ぎころ、右駐車場において、Aが覚せい剤の買受人を装ってE運転の普通乗用自動車の助手席に乗り込んだ上、同車助手席側ドアポケット内にビニール袋入りの覚せい剤を忍び込ませ、被告人及びDが、職務質問を装って同車に近づいて、Eに声を掛け、被告人が、職務質問に伴う所持品検査により発見したかのように装って助手席側ドアポケット内から右ビニール袋入り覚せい剤を取り出し、同日午前四時二七分ころ、同所において、被告人及びDが、Eを覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し、引き続き、同人を警ら用無線自動車で同区北砂二丁目一番二四号所在の警視庁城東警察署まで連行して情を知らない同警察署員にEの身柄を引き渡し、同警察署員らをしてEを同日午後五時三五分ころまで同警察署留置場に留置させるなどし、もって、その職権を濫用してEを逮捕監禁し

第四 D及びAと共謀の上、みだりに、同日午前三時五〇分過ぎころ、右レストラン「ジョナサン」南砂店駐車場において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶〇・三四八グラムを所持し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項に、判示第二、第四の各所為は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第一項に、判示第三の所為は刑法六〇条、一九四条にそれぞれ該当するところ、判示第三の罪について所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中五〇日を右刑に算入し、押収してある覚せい剤一包は、判示第二の罪に係る覚せい剤で、犯人の所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文によりこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、警察官であった被告人が、覚せい剤所持事犯を捏造するために、Aから覚せい剤約一グラムを譲り受け(判示第一の事実)、後輩警察官Bと共謀して、Cに対する覚せい剤所持事犯を捏造する目的で、覚せい剤〇・一一三グラムを所持し(判示第二の事実)、さらに、後輩警察官D及びAと共謀して、覚せい剤〇・三四八グラムを所持した上、これをEが運転していた自動車内に隠匿して覚せい剤所持事犯を捏造し、その職権を濫用して同人を逮捕監禁した(判示第三、第四の各事実)という現職警察官らによる他に類例を見ない驚動すべき犯行である。

被告人は、家族や同僚警察官ら周囲の者に、その力量を誇示し、自らの自尊心を満足させるだけでなく、警察内部における名利を求め、警察官としての職分、職責を忘れ、その廉直性、公平性を著しく損なったものであり、正に倫紀を踏み外した犯罪であると言わざるを得ない。

判示第二に係る覚せい剤の所持目的は、これを無辜の通行人に持たせて、逮捕しようとしたものであって、言語道断と言わざるを得ず、判示第三、第四の各犯行も、予め準備した覚せい剤を覚せい剤密売人の身体等に忍び込ませて、一旦現行犯逮捕し、その後、現行犯逮捕に伴う捜索によって、密売人が所持している他の覚せい剤を発見しようとするものであって、犯人検挙のためには手段を問わない姿勢が如実に現われており、法を遵守する必要性を最も理解している警察官が法を侭にしたものであって、不見識というほかない。

白紙調書事件を始め、斯かる不見識に起因すると思われる警察官の不祥事が絶えないことからすると、警察全体のモラルの低下が懸念、憂慮されるところである。

被告人は、自己の警察官としての残りの生活が短く、最後に重大事件を検挙したいとの思いから、軽挙にもAの誘いに乗ってしまった面はあるが、その後の行動を見ると、主体的、積極的に犯行を遂行しているのであって、他の共犯者に比して責任は重く、そこには、警察官としての倫理観、責任感は全く見出すことができず、強く非難されなければならない。

城東警察署を含む警察全体が検挙実績に応じて点数を計算し、勤務成績に反映する手法を用いており、犯行時、警視庁の職務質問月間にあったことは弁護人指摘のとおりである。被告人が、斯かる犯行に陥った遠因として、右点数制の存在を挙げていることや、休日の返上や居残り当番と同制度が関連づけて運用されている実態があることに鑑みると、その運用の形骸化が危惧されるところではあるが、被告人は、職務質問月間のノルマを果たせずに焦慮して犯行に及んだものではないと明言しており、これらが本件犯行の直接的な誘因となっているとは認められない。

判示第三に係る被害者は、罪なくして一三時間もの長時間にわたって身柄拘束を余儀なくされたものであって、幸い、他の警察官の捜査によって無実であることが判明し、身柄拘束は右の程度にとどまったが、長時間に及ぶおそれも十分存したものである。また、被告人らは、判示第二に係る覚せい剤を、その後、通行人の所持品に忍び込ませているが、状況次第によれば逮捕に至るおそれがあったということができる。

一般市民の生活の安全を守るべき警察官が、その責務を放擲し、違法な手段を用いて検挙しようとしたもので、長年にわたり、多くの警察官がその責務を地道に果たし、培ってきた国民の信頼を瓦解させるものであり、社会に与えた影響は多大である。

これらの事情を考慮すると、被告人の刑責は極めて重大である。

他方、前記のとおり、判示第三に係る被害者の身体の拘束は幸い長時間に至らずに済んでいること、本件一連の犯行が発覚し、マスコミにより大きく報道されるところとなるとともに、懲戒免職処分の制裁を受け失職するに至っており、一定の社会的制裁を受けていること、事実関係については進んで供述し、反省、改悛の情が認められること、被告人が妻と三人の子の生活を支えるべき立場にあること、これまで前科前歴がないことなど、被告人のために酌むべき事情も認められるが、これらの事情を総合考慮しても、実刑は免れないと判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小坂敏幸 裁判官 渡邉英敬 裁判官 武部知子)

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