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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)148号 判決 1999年3月25日

原告

西村佑子

被告

立川労働基準監督署長檜浦徳行

右指定代理人

戸谷博子

牧野広司

関谷憲一

越野達郎

上杉和代

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求

被告が平成三年一一月二九日付けで原告に対してした休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、雇用されて自動車部品の塗装業務に従事していた際、腰椎椎間板ヘルニア、左中指バネ指にり患し、同疾病が業務上の事由によるものとして、被告に対し休業補償給付の支給を請求したが、被告が、右疾病は業務に起因する疾病には該当しないとして、休業補償給付を支給しない旨の処分をしたので、原告が、右処分を不服として審査請求及び再審査請求をした上で右処分の取消しを求めた事案である。

一  前提となる事実(争いのない事実のほか証拠により認定した事実を含む。)

1  本件訴訟に至る経緯

(一) 原告は、昭和六三年一〇月一三日、株式会社コトブキ村山工場(以下「訴外会社」という。)に、自動車部品の塗装作業員として雇用され、同月一四日から勤務し、平成二年一二月一五日に訴外会社を退職した。原告は、同月二〇日、古岡整形外科で診察を受け、「腰椎椎間板ヘルニア、左中指バネ指」(以下「本件疾病」という。)の傷病名で加療を開始した。(<証拠略>、原告本人)

(二) 原告は、平成三年五月二九日、被告に対し、本件疾病は業務上の事由によるものであるとして、休業補償給付の支給を請求したが、被告は、平成三年一一月二九日、原告に対し、本件疾病は、労働基準法施行規則三五条別表第一の二に定める業務に起因する疾病には該当しないとして、休業補償給付を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

(三) 原告は、平成三年一二月二四日、本件処分を不服として、東京労働者災害補償保険審査官に対し、審査請求をしたが、東京労働者災害補償保険審査官は、平成六年七月一二日、これを棄却する旨の決定をした。さらに、原告は、平成六年八月二四日、右棄却決定を不服として、労働保険審査会に対し、再審査請求をしたが、労働保険審査会は、平成九年二月二〇日、これを棄却する旨の裁決をした。

2  訴外会社における原告の業務

(一) 労働条件及び作業環境

(1) 就業時間及び休憩

原告の訴外会社における勤務は、午前八時三〇分から午後五時二〇分であり、そのうち実労働時間は七時間五〇分である。休憩時間は正午から午後一二時五〇分までと午後三時から午後三時一〇分までの合計六〇分であり、このほかに、職場単位で午前中五分(夏季は一〇分)の休憩が与えられていた。

(2) 休日

原告の休日は、日曜祝日、年末年始(一二月三〇日から翌年の一月三日までの五日間)、訴外会社創立記念日(<証拠略>)その他訴外会社が定める休日(四月中旬から一二月末日までの土曜日)となっている。

(3) 勤務状況

原告が退職する以前一年間の出勤日数を見ると、平成二年一月から同年一二月までの出勤日数は、二二六日であり、月平均で一八・八日である。同年一月一三日に一回休日出勤(三・五時間)をしているほか、残業をした実績はない。

(4) 作業環境

原告が作業に従事していた訴外会社の第一塗装工場は、約九〇〇平方メートルの広さであり、前処理機、下塗ブース(バボ塗装、バボサンディング)、中塗ブース、乾燥炉が設置されていた。

休憩所は塗装作業場とは別に設けられており、休憩用のテーブル(二脚)、椅子(一〇脚)及びロッカー、冷蔵庫、冷温水機が置かれ、冷暖房機も設置されていて、一五人から二〇人程度が休憩できる広さが確保されていた。

(二) 業務内容

(1) 塗装作業の概要

原告が所属していた訴外会社製造課塗装第一係の作業内容は、自動車用部品(スポイラー、パワーバルジ、スライドレール、フィニッシャーセンター、リッド等の自動車のボディーに取り付ける付属品)の塗装を行う作業であり、塗装作業は、バボ塗装と中塗り塗装から成っていた。バボ塗装の後は、中塗り塗装へと移るため、作業員はバボ塗装に従事する者と中塗り塗装に従事する者とに分かれるが、原告は、入社後退職するまでバボ塗装工程のみに従事していた。

バボ塗装作業の工程は、前処理、バボ塗装、バボサンディング(以下「サンディング」という。)の三工程に分かれており、この作業工程の中では、作業員はある特定の持ち場は持たず、日々各工程ごとの受持ち配置が指示され、また、作業の進捗状況に従って、随時分担、協同して作業が行われており、受持ち配置のローテーションも決まっていなかった(<証拠略>)。

バボ塗装作業は、ベルトコンベアーに部品を載せる、降ろす、拭く、磨く、箱に収める等の一連の作業であり、作業姿勢は、いずれも立ち作業である。取り扱う部品は、重量が、約一〇〇グラムから約四・三キログラム、平均すると約二キログラムであり、大きさは、長さ約四〇センチメートルから約二メートル、幅は約五センチメートルから約四五センチメートルのものであった。

(2) バボ塗装の作業工程

ア 前処理

前処理は、あらかじめ台車に積まれている部品を、前処理機(部品を塗装前に洗浄し乾燥させる装置)のベルトコンベアーに載せる作業とこの装置から洗浄されて出てきた部品を回収し台車に移す作業である。作業員は、部品をベルトコンベアーに載せる作業とこれを台車に移す作業に各一人ずつ従事している。

なお、台車は、原告の退職の約半年前から(<証拠略>)手元操作によって高さを上下に調節することができるようになった。

ベルトコンベアーの幅は約二・五メートルあり、回転速度は、毎分〇・五メートル、ベルトコンベアーが部品を洗浄しながら一回転する時間は一時間二〇分である。

イ バボ塗装

バボ塗装は、前処理後、台車に積まれている部品を、バボ塗装のために回転しているラインコンベアーのハンガー(床から一・八メートルの高さ)に掛ける作業と、塗装されて出てきた部品をハンガーから取り外し台車に移す作業である。

なお、ハンガーに掛ける前に、部品に付着しているゴミ等があればこれを特殊な布切れとエアーで取り除く作業もある。ハンガーに掛けられた部品は、コンベアーにより塗装する部屋に送られ、技術者により塗装された部品は、コンベアーの回転により元に戻り、そこで待機している作業員が部品から(ママ)ハンガーから取り外す。

ラインコンベアーの回転速度は、毎分一メートルであり、部品をバボ塗装しながらラインコンベアーが一回転する時間は一時間である。

ウ サンディング

サンディングは、塗装後の仕上げ作業で、塗装具合のチェックを行い、塗装表面にムラがあったり、ゴミが付着している場合にそれを整える程度に布切れやサンドペーパーで軽く拭きとる作業であるが、必ずしも全部の部品についてするものではなく、これが終わると箱に収める。この作業は、塗装に従事していた作業員が行っていた。

(三) 業務量

平成二年における作業数量月別表(<証拠略>)によれば、作業員全体の一日の取扱い数量は、同年で最も作業数量の多い一〇月には、前処理一万六九二五個、塗装二万〇五一六個となっており、同年で最も作業数量の少ない四月には、前処理六七〇一個、バボ塗装一万二五七三個、サンディング三六五九個、合計二万二九三三個であった。

二  争点

本件疾病は、原告の業務に起因するものであるかどうか(業務起因性の有無)

第三当事者の主張

一  原告の主張

1  前処理工程では、ベルトコンベアーに載せる部品は台車に積まれているが、部品によっては、複数個がダンボール箱に詰められた状態で台車に積まれており、台車の高さが手元操作で調整できるようになる以前は、台車からダンボールを降ろして手元の台の高さまで持ち上げなければならず、腰部に相当の負担がかかった。

バボ塗装の工程において、部品のうちリッドの場合は、ラインコンベアーの一本のハンガーにフックを使って四本掛けなければならなかったが、時間の関係で、右フック三本ないし四本を一度に持ち運ばなければならず、腰部に負担がかかった。また、スポイラー(七五七スポイラーで重さ四・三キログラム)は大きいため、前処理工程からではなく、別のセクションからプラスチック製の箱に六本詰められてバボ塗装の工程まで台車で運ばれてくるので、その箱を台車から降ろさなければならず、その作業も腰部に負担のかかるものであった。

サンディング工程では、サンディングの終了した部品を箱に収め、その箱を台車に載せる作業があるが、重さ四・三キログラムの部品(七五七スポイラー)六本が収められたプラスチック製の箱の重さは塗料の重さも含めて約三五・八キログラムにもなり、これを台車に載せる作業は腰部に相当の負担がかかるものであった。

これらの作業が、原告の腰椎椎間板ヘルニアを発症させたものである。

2  前処理工程では、部品に日付印を押す作業があるが、例えば重さ一・四キログラム、長さ五三センチメートル、幅二三センチメートルの部品(フィニッシャーセンター)を左手に持って固定し、右手で押印する際、左手の中指に相当の負担がかかった。

また、塗装の工程では、時間の関係で、重さ一〇〇グラム、長さ六九センチメートルの部品(スライドレール)を右手に五本重ねて持ち、それを左手の中指と親指で一本ずつ引き離しながら、ハンガーに掛けなければならなかったが、左手で部品を引き離す際、左手の中指と親指をしっかり固定しなければならず、左手の中指に相当な負担がかかった。

これらの作業が、原告の左中指バネ指の原因になった。

二  被告の主張

1  労基法施行規則三五条は、労働基準法(以下「労基法」という。)七五条二項の規定による業務上の疾病の範囲を別表に掲げる疾病と定め、医学的知見により労働の場における有害因子によって生ずることが解明された疾病を規定し、右疾病に該当するかどうかについては、労働省労働基準局長通達により具体的な認定基準(以下「認定基準」という。)が定められており、それに従って認定されている。

2  腰椎椎間板ヘルニアについては、「業務上腰痛の認定基準について」(昭和五一年一〇月一五日付け基発第七五〇号通達)に示されており、原告のように災害性の原因によらず、勤務開始後約七か月と比較的短期間で発症した腰痛の場合、右認定基準によれば、腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短期間(おおむね三か月から数年以内をいう。)従事する労働者に発症した腰痛に類別される。ここでいう「腰部に負担のかかる業務」とは、<1>おおむね二〇キログラム程度以上の重量物又は軽重不同の物を繰り返し中腰で取り扱う業務、<2>腰部にとって極めて不自然ないしは非生理的な姿勢で毎日数時間程度行う業務、<3>長時間にわたって腰部の伸展を行うことのできない同一作業姿勢を持続して行う業務、<4>腰部に著しく粗大な振動を受ける作業を継続して行う業務が掲げられている。

原告の従事していたバボ塗装作業の工程は、前処理、バボ塗装及びサンディングの工程からなり、原告も含めて作業員は特定の持ち場は持たず、各作業を交替で行っていたところ、いずれの作業も立ち作業であり、中腰姿勢など腰部に過度の負担のかかる姿勢を継続してとる必要はない。また、各工程間で部品を運ぶ作業はあるが、いずれも作業員に近接した位置に台車が用意してあるので、作業員が部品を持って歩く必要はない。これらの部品は重いものでも四・三キログラムで、重い部品を一度に複数持つ必要もなかった。したがって、原告の従事していた作業は前記<1>ないし<4>のいずれにも該当せず、業務起因性はない。

3  左中指バネ指については、「キーパンチャー等上肢作業にもとづく疾病の業務上外の認定基準」(昭和五〇年二月五日付け基発第五九号通達)に示されており、右認定基準によれば、指先でキーをたたく業務、その他上肢を過度に使用する業務に従事したことにより手指の痙攣、手指、前腕の腱、腱鞘若しくは腱周囲の炎症又は頸肩腕症候群の症状を呈した場合とされる。

しかし、原告の従事したバボ塗装作業は、手指ないし上肢を使用するが、指先でキーをたたく業務ではなく、上肢を過度に使用するものではない。

前処理の段階において、ベルトコンベアーから出てくる部品を左手で支えて、日付印を押す作業があり、その際、部品を支える左手に負荷がかかるとしても、むしろ手指全体に負荷がかかるはずであり、また、右作業は原告が従事した一連の作業のうちの一部にすぎず、原告の従事していた業務は上肢に過度の負担のかかる業務には該当せず、業務起因性はない。

4  右のとおり、本件疾病には、いずれも業務起因性がなく、本件処分は適法である。

第四当裁判所の判断

一  本件疾病について

後記の各証拠によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和一二年四月一二日生まれの女性で、訴外会社に入社するまで健康状態は普通であったが、昭和六三年一〇月一三日に訴外会社に入社して約七か月後の平成元年五月ころから足がしびれたり、肩が凝ったり、腰が痛くなったりし、そのまま勤務を継続しているうちに、肩や腰にとどまらず、腕や首も痛くなったり、身体全体にしびれが出たり、めまいを起こすようになるなど次第に症状が悪化してきたので、平成元年九月ころ、野村病院で診察を受けたところ、更年期障害と診断された。このほか、平成元年一〇月ころから、左手の中指が曲がらなくなる、また伸びないという症状も現われてきたが、痛みはなかったため、病院で診察を受けることはしなかった。(<証拠略>及び原告本人)

その後、原告は、平成二年八月六日、国立療養所村山病院(以下「村山病院」という。)で診察を受け、「頸部椎間板ヘルニア、腰部椎間板ヘルニア」と診断され、さらに平成三年一月七日、「末梢神経障害、手根管症候群」と診断された。なお、村山病院においては、平成二年八月六日にエックス線写真が撮影されており、それによれば、<1>第五・第六頸椎間及び第六・第七頸椎間が狭くなっていること、特に前者が狭くなっていること、<2>第四頸椎に骨棘形成、<3>第五腰椎・仙骨間が狭くなっており、第五腰椎に骨棘形成が認められた。(<証拠略>)

この間、原告は、両上肢、両下肢及び腰部の痛みやしびれがひどくなり、左手の中指も痛むようになったので、勤務の継続は困難と判断して平成二年一二月二五日に訴外会社を退職した(<証拠略>及び弁論の全趣旨)。

原告は、平成三年になってから、古岡整形外科で診察を受け、「腰椎椎間板ヘルニア、左中指バネ指」と診断され、同年三月七日、左中指バネ指について手術を受け、同月二五日に治癒した。一方、足腰の痛みの症状は依然残っている(<証拠略>及び原告本人)。

2  原告が治療を受けていた古岡整形外科の古岡邦人医師(以下「古岡医師」という。)は、被告に対し、本件疾病のうち、腰椎椎間板ヘルニアについては、「膝蓋腱反射の亢進(両側)があります、知覚鈍麻は明らかではありません」、「座骨神経伸展テストで、両側にしびれの増強を認めます」、「半年間の経過をみても腰椎牽引でやや緩和し、腰椎の治療に反応しております」とし、「その発症と経過から業務上のものと考えたい」、左中指バネ指については、「明らかに作業によるものです」との意見を書面で述べている(<証拠略>)。同じく原告の治療をしていた国立立川病院長坂不二夫医師は、エックス線写真撮影の結果第四・第五頸椎間の狭小化を認めるものの、原告の訴える症状と一致しないこと、原告には不定愁訴が多いことから、原告の症状を神経症と診断している(<証拠略>)。

東京労働基準局地方労災医員田中守医師(以下「田中医師」という。)は、被告に対し、発症の状況が明確でないとし、本件疾病はいずれも加齢現象に基づく可能性が強く業務に起因するものとは判断しにくいとの意見を書面で述べている(<証拠略>)。さらに、目黒区社会福祉事業団専門指導医山崎典郎医師(以下「山崎医師」という。)は、左中指バネ指について、原告の従事していた業務は特段に指を使う仕事とは言えないこと、原告の職場においてバネ指の発症が多いとの報告がないことなどを理由に左中指バネ指の原因は内因性のものが考えられやすいとし、業務上発症したとは認めがたい旨、腰椎椎間板ヘルニアについて、原告が業務に従事していた期間は、ほぼ一年を経過しているので業務上の災害と認定されるための要件を充足しているが、原告が取り扱っていた部品の重量が重くても四・三キログラムで、腰痛を起こさせるに足る重量ではない(重量物を取り扱う業務とは、例えば、二〇キログラム以上の重量物を労働時間の五〇パーセント以上取り扱う業務をいい、これを有害業務としている。)こと、最も腰部に負担のかかる中腰姿勢の仕事ではないことなどを理由として作業態様としては腰痛を発生させるに足りる力が腰部に作用したとは推認できない旨鑑定書(<証拠略>)に記載している。

3  腰痛の発生原因には、様々なものがあるが、要約すると退行変性に基づくもの、骨代謝異常、外傷、炎症、腫瘍、そのほか静力学的要因などである。退行変性が基盤にあって腰痛を発生する最も多い疾患は、腰椎椎間板ヘルニアである。腰椎椎間板ヘルニアは変性椎間板が線維輪の破綻部より後方に突出するため、腰痛と下肢への放散痛(坐骨神経痛)を訴えるのが特徴である。椎間板の変性が更に進行して老化のため椎間板の弾性が失われると、相接する椎体周辺部に機械的刺激が加わり骨棘を形成する。これは変形性脊椎症と呼ばれ腰痛の原因になる。(<証拠略>)

腰椎椎間板ヘルニアの好発レベルは、第四・第五腰椎間、第五腰椎・第一仙骨間、第三・第四腰椎間の順に多く、第四・第五腰椎間の場合は下腿外側、足背、第五腰椎・第一仙骨間の場合は臀部、大腿、下腿の後面足底、第三・第四腰椎間の場合には大腿前面、下腿内側にそれぞれ知覚異常ないしは鈍麻が生じることが多い。(<証拠略>)

4  バネ指は、母指(親指)又は指のMP関節(中手指節関節)の掌側部付近で、屈筋腱の腫瘤状肥大のため屈伸運動の際にバネ現象を起こすもので、疼痛を伴う。一〇歳以下の小児と四〇歳代から五〇歳代の女性に多く、男性に発生することは比較的少ない。成人におけるバネ指の発生原因は、必ずしもはっきりしていないが、体質的要因と局所の退行変性に指の過度の屈伸運動による機械的刺激がプラスされて発生すると考えられており、更年期や妊娠分娩など身体的に不安定な時期に発症することが多い。り患指は母指(親指)が最も多いが、環・中指にも好発する。(<証拠略>)

二  訴外会社における原告の業務について

1  原告が訴外会社に勤務していた当時の労働条件及び作業環境は前記第二、一2(一)記載のとおりであり、業務内容及び業務量は前記第二、一2(二)及び(三)記載のとおりである。

2  後記の各証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) バボ塗装作業において取り扱う自動車部品は、七五七スポイラー(重さ四・三キログラム、長さ一三六センチメートル、幅二一センチメートルないし三七センチメートル)、七七七スポイラー(重さ三・七キログラム、長さ一三四センチメートル、幅一三センチメートルないし六〇センチメートル)、パワーバルジ(ジープのボンネット上、重さ二・三キログラム、長さ七三センチメートル、幅四三センチメートル)、スライドレール(ワゴン車等のスライドドアのレールカバー、重さ一〇〇グラム、長さ六九センチメートル、幅五〇センチメートルないし七〇センチメートル)、フィニッシャーセンター(スポーツカーのボンネットの先端カバーでフィンセンターともいう、重さ一・四キログラム、長さ五三センチメートル、幅二三センチメートル)、リッド(ヘッドライトのカバー)等である。これらの部品のうち、ダンボール箱に詰められているのは、リッド、スライドレール、フィニッシャーセンターであった。(<証拠略>)

(二) バボ塗装の作業は、前処理、バボ塗装、サンディングの三工程から成るが、実際の作業は、バボ塗装とサンディングが一体となっており、バボ塗装の前段作業であるハンガー掛け、部品掛け、布拭き、エアー掛けと後段作業であるハンガー外し、部品外し、サンディング、箱詰めに分かれる(<証拠略>)。そして、これらの作業に従事していたのは、前処理二名、塗装部品ハンガー掛けとサンディング二名ないし三名、塗装二名の合計六名ないし七名が基本であった(<証拠略>)が、アルバイト従業員数の変動により、前処理を行う者がバボ塗装、サンディングも兼ねて行うこともあり、五名程度になることもあった(<証拠略>)。

ベルトコンベアーの速度は、前処理では、塗装時間と無関係なので毎分〇・五メートル、一周一時間二〇分であり、バボ塗装では、部品の大きさによって塗装にかかる時間が異なるため、遅い場合で毎分一メートル、一周一時間、速い場合で毎分一・三メートル、一周五〇分である(<証拠略>)。

バボ塗装の作業速度は、大きな部品で塗装に時間を要する七五七スポイラーの場合で、前段作業の所要時間は約六〇秒、後段作業のうち、部品外し、ハンガー外しの所要時間は約一〇秒、サンディングと箱詰めの所要時間は約三〇秒である(<証拠略>)。

(三) 原告は、バボ塗装作業に従事していたが、そのうち、前処理が三割から四割、ハンガー掛け、サンディングが六割から七割程度であった。また、各工程の前後の受持ち比率は判然としないが、職場において原告の経験年数が他の従業員(アルバイト従業員を含む。)よりも長くなるに従って、前処理において部品を取り出す方を受け持つようになった。部品を取り出す方には、前処理機で洗浄された部品の全部に回転式のゴム印で日付印を押す作業が含まれており、具体的には、右利きの原告の場合、部品を左手の親指と中指で支えて右手で日付印を押すという動作をする。バボ塗装及びサンディングの工程については前後半々程度の割合であった。(<証拠略>及び原告本人)

一日の一人当たりの作業量は、前処理が六〇〇個ないし八〇〇個、バボ塗装とサンディングが七〇〇個ないし九〇〇個であり(ただし、一人で前処理すべて、あるいはバボ塗装とサンディングのすべてを行うわけではなく、二名ないし三名が分担して右個数を処理する。)、おおむね一定しており、残業はほとんどなかった(<証拠略>)。

三  業務起因性について

1  労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)一二条の八第二項は、労基法七五条から七七条まで、七九条及び八〇条に規定する災害補償の事由が生じた場合に業務災害に関する保険給付を支給する旨規定しており、労基法七五条は、災害補償事由の一つとして「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合」を規定し、労災保険法一条は「業務上の事由により」と規定している。右のとおり、業務災害に関する保険給付が認められるためには、業務起因性がなければならないところ、疾病に業務起因性があるというためには、業務と疾病との間に相当因果関係のあることが必要である。相当因果関係を肯定するには、前提として条件関係、すなわち事実的な因果関係があることを要し、医学的見地から当該業務がその疾病発症の原因となった可能性を認めることができる場合にこれを肯定すべきであり、医学的見地から当該業務がその疾病発症の原因にはなり得ないのであれば条件関係の存在を否定すべきである。条件関係があることを前提として、当該疾病が業務に内在し又は通常随伴する危険の現実化したものと認められる場合に当該疾病と業務との間に相当因果関係が認められるものと解するのが相当である。

したがって、本件においては、原告の従事していた業務が医学的見地から本件疾病発症の原因となった可能性を肯定でき、かつ、右業務が本件疾病を招来させる危険性を内在又は随伴しているものであることが必要である。

そこで、これを踏まえて本件疾病に業務起因性が認められるかどうかについて検討する。

2  腰椎椎間板ヘルニアについて

(一) 原告が訴外会社において従事していたバボ塗装の作業は、ベルトコンベアーに部品を載せる、降ろす、拭く、磨く、箱に収める等の一連の作業で、いずれも作業姿勢は立ち作業であって、最も腰部に負担がかかるとされる中腰姿勢(<証拠略>)ではない。取り扱う部品の重さは一〇〇グラムないし四・三キログラムであり(前記第二、一2(二)(1))、後に認定するとおり、個々の部品をまとめて取り扱う場合でも二〇キログラム以上の重量物を取り扱うことはあまりなかった。

(二) この点について、原告は、個々の部品の重さは重量物とはいえなくとも、個々の部品をまとめて取り扱わなければならない場合があり、それらが腰部に負担のかかる作業であった旨主張するので、以下、右主張について検討する。

(1) まず、前処理工程において、原告が足腰に痛みやしびれを感じるようになった平成元年ころは、手元で台車の高さが調整できるようにはなっておらず(前記第二、一2(二)(2))、その当時は、複数個の部品の詰まったダンボール箱を台車から降ろし、それを持ち上げて高さ五六センチメートルの足元の台の上に載せなければならなかった(<証拠略>及び原告本人)。しかし、ダンボール箱に詰まっていた部品は、リッド、スライドレール、フィニッシャーセンターであり、少なくともリッド、フィニッシャーセンターについては、一箱一〇キログラムを超えるようなことはなく(<証拠略>)、スライドレールについては、争いがあるものの、原告の主張によっても一二キログラム程度である。また、主として前処理が行われるのは半日程度であり(<証拠略>)、前処理の工程の主たる作業は部品を前処理機のベルトコンベアーに載せることとこの装置から洗浄されて出てきた部品を回収すること(前記第二、一2(二)(2))であって、一日に取り扱うダンボール箱の数も六個ないし八個と限られており、特に、リッドの場合は、毎月発注されるものではなく(平成二年においては、二月、八月、九月は全くリッドを取り扱っていないほか、一二月には前処理及びバボ塗装工程での取扱いがなく、三月にはサンディング工程での取扱いがない。)、発注された月もメーカーの納期指定の関係で月に三回程度に分けて作業しており、一回当たりの作業時間は一時間強程度であった(<証拠略>、原告本人)。

また、原告が退職する約半年前から手元の操作によって台車の高さを調整することができるようになり(前記第二、一2(二)(2))、ダンボール箱を台車から降ろして持ち上げる作業は不要となり、原告の作業も軽減された。

(2) 次にバボ塗装の工程におけるリッドの場合、一本のハンガーにフックを使って四本掛けることになっており、そのフックの重さは付着した塗装を含め二キログラム程度になっている(<証拠略>)。原告は右フック三本ないし四本を一度に持ち運ばなければならなかった旨主張する。確かに、この場合、ハンガー掛け、部品掛け、布拭き、エアー掛けの所要時間が五〇秒であったこと(<証拠略>)からすれば、一度に右フック三本ないし四本を持ち運ばなければならない状況があった可能性も否定できない(この点について、<証拠略>には、作業員が右フック三本ないし四本を一度に持ち運んで作業しなければならない状態とは考えられず、持たせてもいない旨の記載があるが、所要時間及びこの部分に関する原告本人の供述が具体的で信用できることからすると、同記載部分は採用できない。)が、前記のとおり、リッドは毎月発注されるものではなく、発注された月もメーカーの納期指定の関係で月三回程度に分けて作業し、一回当たりの作業時間は一時間強程度であった(<証拠略>)から、過重な業務であったとは認めがたい。

さらに、原告は、バボ塗装の工程において、別のセクションから重さ四・三キログラムのスポイラー六本が詰められたプラスチック製の箱が台車で運ばれてきて、それを台車から降ろさなければならなかった旨主張する。しかし、バボ塗装の工程においては、床面に立って部品をハンガーに掛ける(<証拠略>)ことから、前処理の工程の場合のように部品の箱を持ち上げて足元の台の上に載せるという作業は必要ではなく、スポイラーの場合は、大きいため(四・三キログラムの重さがある七五七スポイラーの長さは一・三六メートルである。)、ハンガーに一本ずつ掛けており(<証拠略>)、箱から一本ずつ取り出せばよかったのであり、特に箱ごと台車から降ろす必要はなかった。原告もその本人尋問において、スポイラーを箱ごと台車から下ろさなければならなかったのは、原告の入社当初台車の台数が不足していて、部品が運ばれてきて直ちに台車を空にして返却しなければならなかったからであるという趣旨の供述をしていることからして、それが常態であったということはできず、そうした作業は原告の入社当初に限られ、取扱数量も限られていたものと推認することができる。

(3) 原告は、サンディングの工程において、スポイラーをブラスチック製の箱に収め、それを台車に載せる作業が腰部に相当の負担のかかる作業であった旨主張する。しかし、サンディングが終了して台車に立て掛けられたスポイラーは、別ラインの検査課の従業員に引き渡されて検査を経た後、プラスチック製の箱に収めて台車に載せられることになっており、原告の受け持ちの仕事ではなかったこと(<証拠略>)からすると、日常的に従事していたとは考えられず、一日一〇箱程度積んでいたとする原告本人尋問における供述部分はにわかに信用することはできない。むしろ、原告がその本人尋問において、数にはばらつきがあった旨供述していることからしても、原告は、スポイラーを収めたプラスチック製の箱を積む作業を手伝う程度で取扱数量は少なかったものと推認することができる。

(三) なお、原告の従事していたバボ塗装の作業は、前記のスポイラー、リッドの場合の所要時間からすると、確かにスピードを要する仕事であったことがうかがわれ(<証拠略>)、原告が余裕を持って作業に従事していたということは困難であるが、原告の一日の実労働時間は七時間五〇分、休憩時間は合計一時間のほか職場単位で午前中五分(夏季は一〇分)の休憩が与えられていたこと、原告が退職する以前一年間の出勤日数は、月平均一八・八日で、三・五時間の休日出勤が一回あっただけで残業はなかったこと(前記第二、一2(二)(1)ないし(3))に照らせば、原告の従事していた業務が過重であったということはできない。

(四) 右によれば、原告の従事していたバボ塗装の作業は、立ち作業であるが、腰部に最も負担のかかるとされる中腰姿勢(<証拠略>)ではなく、その他不自然な姿勢等腰部に負担がかかるようなものではなく、取り扱う個々の部品の重量も最も重いもので四・三キログラムであり、二〇キログラム以上の重量物を取り扱うことはあまりなかった。原告が腰部に負担がかかった旨主張する各作業にしても、前処理工程においてダンボール箱を持ち上げるのは一日六個ないし八個と限られた数量で、その重量も原告の主張によってもスライドレールの詰まったダンボール箱が一二キログラムになるほかは一〇キログラムを超えることはなかった上、原告が退職する約半年前には手元で高さが調整できるようになり、ダンボール箱を持ち上げる作業もなくなっていた。バボ塗装の工程におけるリッドの取扱いは、平成二年の場合、作業が実際に行われたのは合計八か月間であり、しかも、発注のある月も作業は三回程度に分けて行われ、一回当たりの作業時間は一時間強にすぎない。また、同じくバボ塗装の工程におけるスポイラーの詰まった箱を台車から降ろす作業にしても、原告が入社した当初の時期に限られ、その取扱数量も基本的な作業態様から考えて多くはなかったものと推認できる。サンディング工程においてスポイラーが収められたプラスチック製の箱を積む作業についてもその作業量はわずかであったと推認できる。このような作業状況に加え、原告の勤務は午前八時三〇分から午後五時二〇分まで(ママ)あり、一日の実労働時間が七時間五〇分、休憩は午前中は職場単位で取っていたが、原告の職場では一〇時から五分(夏季は一〇分)、正午から五〇分、午後三時から一〇分設けられていたこと(<証拠略>、前記第二、一2(一)(1))、連続作業時間も二時間一〇分を超えるようなことはなかったこと、一日の作業量もほぼ一定していたこと(前記2(三))に照らして考えると、原告が従事していた業務が腰部に過度の負担のかかる業務に当たるということはできず、他に原告が従事していた業務が腰部に過度の負担のかかるものであったことを認めるに足りる証拠もない。

(五) 古岡医師は、前記一2のとおり、腰椎椎間板ヘルニアの発症を「業務上のものと考えたい」との意見を書面(<証拠略>)で述べているが、同意見は、エックス線写真の所見に言及しておらず、膝蓋腱反射の両側での亢進、座骨神経伸展テストでの両側のしびれの増強、腰痛の治療に反応していることのほか、原告のした作業内容等の説明に基づくものにすぎず(原告本人)、むしろ古岡医師に診療を受ける前の平成二年八月六日に村山病院で撮影された原告の腰部エックス線写真によれば、第五腰椎に加齢現象と見られる骨棘形成が認められ、それは変形性脊椎症と呼ばれ、腰痛の原因になりうること(前記一1、3)、田中医師も原告の症状について書面で加齢現象による旨の意見を述べていること(前記一2)などからすれば、原告の腰椎椎間板ヘルニアの原因としては加齢現象が強く疑われるのであり、古岡医師の前記意見をもって、医学的見地から原告の業務が腰椎椎間板ヘルニア発症の原因となった可能性を直ちに認めることはできない。

(六) 右のとおり、原告の腰椎椎間板ヘルニアは、医学的見地から原告の業務がその発症の原因となった可能性が肯定されたものと認めるには必ずしも十分とはいえず、業務以外の原因によって発症した可能性が高く、原告の従事していた業務が腰部に過度の負担をかけるものであったということもできないことからすると、原告の腰椎椎間板ヘルニアと原告の従事していた業務との間に相当因果関係を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もないので、業務起因性はないものと言わざるをえない。

3  左中指バネ指について

(一) 原告の従事していた作業が手指、上肢を使用する作業であることは明らかであるところ、原告は、前処理工程において部品に日付印を押す作業、バボ塗装の工程において右手に五本持ったスライドレールを一本ずつ引き離しながらハンガーに掛ける作業が左中指バネ指発症の原因になった旨主張する。

(証拠略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、前処理工程において、例えば、重さ一・四キログラム、長さ五三センチメートル、幅二三センチメートルのスライドレールの場合も、これを左手の親指と中指で支えながら日付印を押す作業をしていたこと、バボ塗装の工程において、重さ一〇〇グラム、長さ六九センチメートルのスライドレールを右手に五本重ねて持ち、それを親指と中指を固定して一本ずつ引き離してハンガーに掛ける作業をしていたことが認められる。

しかし、右の作業はいずれも一連の作業の一部である上、作業員は、前処理、バボ塗装、サンディングのバボ塗装作業の三工程について特定の持ち場を持っていたわけではなく、毎日の作業指示により受持ち配置が指示され、毎日同じ作業に従事するものではないのはもとより、前処理の工程はほぼ半日で終了する(<証拠略>)など、一日のうちでも同一の工程の作業に従事し続けることはなく、その他作業の進捗状況に従って各工程の作業を分担、協同して行っていた(前記第二、一2(二)(1))。

原告が主張する日付印を押す作業について見ると、ほぼ半日で終了する前処理の工程における一作業であり、作業時間から見て、前処理工程の主たる部分が部品を前処理機のベルトコンベアーに載せることとこの装置から洗浄されて出てきた部品を回収することであること(前記第二、一2(二)(2))からすると、日付印を押す作業は前処理工程の作業のうちのわずかな一部にすぎないというべきであり、しかも前記のとおり作業全体の連続作業時間も二時間一〇分を超えないことからすれば、原告が右の作業に連続して長時間従事していたとは考えられない。

スライドレールをハンガーに掛ける作業にしても、スライドレールは、パワーバルジ、スポイラー、フィニッシャーセンター、リッド等多数ある取扱部品の一部にすぎず、その作業量も平成二年の場合、バボ塗装全体の取扱数量に占める割合は一割を超えることはほとんどなく、わずかに三月の一か月が一割を超えるもののそれも二割を超えるものではない(<証拠略>)ことからすると、作業量はむしろ少ないというべきで、やはり、原告が右の作業に連続して長時間従事していたということはできない。

右のような作業状況に加えて、原告の一日の実労働時間は七時間五〇分で、原告の退職前一年間は一回の休日出勤を除けば残業もなく、出勤日数は月平均一八・八日であったこと、毎日の作業量はほぼ一定していたこと(前記第二、一2(一)(2)、前記二2(三))も考慮すれば、原告の従事していた右各作業が過度に手指を使用するものであったというのは困難である。

(二) ところで、古岡医師は、原告の左中指バネ指について、「明らかに作業によるものです」との意見を書面(<証拠略>)で述べている(前記一2)が、同意見も腰椎椎間板ヘルニアの場合と同様、右のような意見に至った根拠が何ら示されていない上、原告の説明に基づくものであることがうかがわれることからすると、同意見だけを根拠に、直ちに医学的見地から原告の業務が左中指バネ指発症の原因となった可能性が肯定されたものと認めることはできない。

そもそもバネ指は四〇歳代から五〇歳代の女性に多く、更年期に伴って発症することも多いものであるが、その原因は判然としておらず、退行変性も原因と考えられている(前記一4)ところ、左中指バネ指と診断された平成三年当時、昭和一二年生まれの原告は五〇歳代で、平成元年九月ころ診察を受けた野村病院において「更年期障害」と診断されている(前記一1)など、原告は、バネ指の好発年齢に該当していた。また、田中医師は原告の左中指バネ指についても加齢現象に基づく可能性が強いとの意見を書面で述べている(前記一2)。さらに、原告と同様の作業に従事していた者で、バネ指を発症した例は報告されておらず、山崎医師も「内因性のものが考えられやすい」としている(前記一2)。さらに、原告は、日付印を押す作業、スライドレールをハンガーに掛ける作業のいずれも左手の親指と中指で部品を支えた結果左中指バネ指が発症した旨主張するが、もしそのとおりであったとすれば、少なくとも親指と中指の両方に過度の負担がかかり、両方の指にバネ指が発症する可能性が考えられるが、実際にバネ指が発症したのは中指だけである。

こうしたことからすると、原告の左中指バネ指については、そもそもその原因が判然とせず、加齢現象に基づくものである可能性も否定できないところである。

(三) 右のとおり、原告の左中指バネ指は、結局その原因が判然とせず、加齢現象、内因性のものであることも考えられるから、医学的見地から原告の業務がその発症の原因となった可能性が肯定されたものと認めるには必ずしも十分とはいえず、また、原告の従事していた業務が手指を過度に使用するものとはいえないことからすると、原告の左中指バネ指についても原告の従事していた業務との間に相当因果関係を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、業務起因性を認めることはできない。

四  以上の次第で、本件処分は適法であり、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙世三郎 裁判官 松井千鶴子 裁判官 植田智彦)

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