東京地方裁判所 平成9年(行ウ)158号 判決 2000年3月23日
主文
一 本件訴えのうち、被告東京都大田区長に対する訴えをいずれも却下する。
二 原告らの被告東洋不動産株式会社に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告東京都大田区長は、被告東洋不動産株式会社に対し、東京都大田区α二七番所在のβグリーンハイツ建替工事に係る補助金を支出してはならない。
2 被告東京都大田区長が、被告東洋不動産株式会社に対してした、平成八年三月一日付けの金三八六五万二〇〇〇円、同年四月一日付けの三四四八万四〇〇〇円、平成九年八月二一日付けの一億八五五八万八〇〇〇円及び平成一〇年四月一日付けの二億四三五三万二〇〇〇円の各補助金交付決定をいずれも取り消す。
3 被告東洋不動産株式会社は、東京都大田区に対し、五億〇二二五万六〇〇〇円並びに右金員のうち三八六五万二〇〇〇円に対する平成八年四月二七日から、三四四八万四〇〇〇円に対する平成九年三月二五日から、一億一六七八万八〇〇〇円に対する平成一〇年五月一六日から、六八八〇万円に対する同年八月一八日から及び二億四三五三万二〇〇〇円に対する平成一一年五月一三日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告東京都大田区長
(本案前)
1 本件訴えのうち、原告P1、同P2、同P3、同P4及び同P5に係る訴えを却下する。
2 主文第一項と同旨
(本案)
原告らの被告東京都大田区長に対する請求をいずれも棄却する。
三 被告東洋不動産株式会社
原告らの被告東洋不動産株式会社に対する請求を棄却する。
第二事案の概要
本件は、被告東京都大田区長(以下「被告区長」という。)が、被告東洋不動産株式会社(以下「被告東洋不動産」という。)に対して、東京都大田区α二七番所在のβグリーンハイツ(以下「グリーンハイツ」という。)の建替事業(以下「本件事業」という。)について補助金を支出したことに対し、大田区の住民である原告らが、右の補助金の支出は違法であると主張して、地方自治法(以下「法」という。)二三二条の二第一項一号に基づき、被告区長に対し補助金支出の差止めを求めるとともに、同項二号に基づき、補助金交付決定の取消しを求め、また、被告東洋不動産に対し、同項四号に基づいて、交付済みの補助金五億〇二二五万六〇〇〇円について不当利得の返還を求めるものである。
一 前提となる事実(証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いのない事実である。)
1 原告らは、いずれも東京都大田区(以下「大田区」という。)の住民である(弁論の全趣旨)。
2 被告東洋不動産は、不動産の所有、売買及び賃貸、不動産の管理及び利用、不動産の管理及び賃貸の受託並びに建築の設計、管理及び請負等を目的とする会社である。
3 大田区による要綱の制定
(一) 大田区は、国の「優良建築物等整備事業制度要綱」(平成六年六月建設省住街発第六三号。以下「国要綱」という。)及び東京都の「区市町村優良建築物等整備事業補助要綱」(以下「都要綱」という。)に基づいて、平成七年七月二六日、同区が優良建築物等整備事業を行う者に対し当該事業に要する経費の一部助成を行うことを定めた「東京都大田区優良建築物等整備事業制度要綱」(平成七年七月二六日都都発第一〇一号。以下「制度要綱」という。)を制定するとともに、同年八月三日には、制度要綱に基づく補助金の交付手続を具体的に規定した「東京都大田区優良建築物等整備事業補助金交付要綱」(平成七年八月三日都都発第一〇二号。以下「交付要綱」という。)を制定した。
右制度要綱の趣旨は、主として再開発を目的とするマンション建替タイプ等のいわゆる「優良再開発型」を補助金交付の対象としており、それによって老朽化の進むマンションを適切な時期に建て替えることを誘導することにより、市街地環境の向上を図ろうとすることにある。
(二) 制度要綱の目的は、制度要綱一条によれば、国要綱に基づき「優良建築物等整備事業を行う者に対して、区がその事業に要する経費の一部について助成を行い、もって市街地の環境整備、改善と併せて良好な市街地住宅の供給を促進すること」にある。
(三) そして、制度要綱二条(2)ウは、制度要綱の適用対象となりうる「優良建築物等整備事業」に該当する「マンション建替タイプ」について、左記のとおり規定している。
記
減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第一五号)別表第一に掲げる耐用年数の三分の一を経過し、又はこれと同程度の機能低下を生じている共同住宅(当該共同住宅が取壊し等により、現に共同住宅として使用されていない場合を含む。)に関し、建物の区分所有等に関する法律(昭和三七年法律第六九号。以下「区分所有法」という。)二条一項に規定する区分所有権を有する者(以下「区分所有者」という。)又は区分所有者の同意を得た者が一人で、又は数人共同して、当該権利の目的となっている敷地等の土地の区域内で行う共同住宅の建替え及び敷地等の整備であり、次の要件のすべてに該当するものをいう。
(ア) 市街地総合再生計画等の区域内において行われる事業であること又は次に掲げる周辺市街地整備に寄与する事業のいずれかに該当するものであること。
a その敷地内で狭小道路に面する部分の道路拡幅、通路提供等を伴う事業
b その敷地内に一般の利用に供する公開空地を確保する事業
c 近隣環境に配慮し、景観と一体となった建築計画が定められた事業
(イ) 建替え対象となる共同住宅に係る区分所有者が一〇人以上であること。
(ウ) 区分所有法六二条一項の規定による建替え決議若しくは区分所有者全員の総意による建替え決議又はこれに準ずる措置がなされていること。
(エ) 建替え後の建築物の延べ面積の二分の一以上を住宅の用に供し、かつ、建替え前の戸数又は建替え前の延べ面積以上の住宅を供給すること。
(四) また、制度要綱三条は、建築物及び敷地の基準として、左記のように規定している(甲一)。
記
優良建築物等整備事業に係る建築物及びその敷地は、次の各号に適合するものでなくてはならない。
敷地は、次のいずれかに適合するものであること。
ア 敷地に接する道路の中心線以内の面積がおおむね一〇〇〇平方メートル以上のもの
イ 市街地総合再生計画に係るもの、特定商業集積の整備の促進に関する特別措置法(平成三年法律第八二号)五条一項に規定する特定商業集積整備基本構想に係るもの又は街区整序都心居住推進プロジェクトで、敷地に接する道路の中心線以内の面積がおおむね五〇〇平方メートル以上のもの(ただし、マンション建替タイプについては特定商業集積整備基本構想に係るものを除く。)建築物は、次のアからオまでに適合するものであること。
ア 地階を除く階数が原則として三階以上であること。
イ 耐火建築物又は準耐火建築物であること。
ウ 住宅の用途に供する場合は、次の要件のいずれにも該当するものであること。
(ア) 当該住宅の専用面積は原則として五五平方メートル以上であること。(単身高齢者世帯等小規模世帯向け住宅を除く)
(イ) 便所、浴室、台所等の設備が専用であること。
エ 建築物の形態及び色彩は、周辺の景観と著しく不調和とならないものとすること。
オ 建築物の全部又は一部を風俗営業の用途に供さないこと。
(3) 当該区域内に原則として制度要綱別表左欄に掲げる建築基準法五三条の規定による建築面積の敷地面積に対する割合の最高限度に応じて同要綱別表右欄に掲げる割合以上の空地を確保すること。
(4) 敷地内の空地の配置及び整備の内容については、区と協議して定めたものであること。
(5) その敷地が原則として幅員六メートル以上の道路に四メートル以上接すること。
(6) 工業地域においては原則として建築物の延べ床面積の合計の二〇パーセント以上の部分を当該用途地域に適した事業所とし、準工業地域及び商業地域においては周辺の建築物との調和を考慮しつつ、それぞれの用途地域に適した事業所を設けるものとする。
(五) また、制度要綱は、六条一項で「施行者は、優良建築物等整備事業の実施に当たって、周辺住民との良好な近隣関係を維持するとともにその事業が、まちづくりに貢献するよう努めなければならない。」と定めている。
4 本件事業の概要
(一) 本件事業は、グリーンハイツの建替事業であるが、グリーンハイツは、昭和三二年から昭和三三年にかけて、当時の日本住宅公団(現在の都市基盤整備公団)が建築・分譲したもので、多くの緑と自然の湧水池を内部に含んだ敷地面積一万八九八二・八二平方メートルの土地に建設された、四階建一一棟、五階建一棟からなる中層集合住宅(全二五六戸)であった。
(二) 本件事業は、グリーンハイツの各中層集合住宅建物が老朽化したとのことで、グリーンハイツの区分所有者らの建替決議を経て、株式会社長谷工コーポレーション(以下「長谷工」という。)が設計及び工事請負業者となり、大田区の優良建築物等整備事業制度を利用して行われるものである。
本件事業の計画承認申請時における権利者は、一〇二名であり、その内訳は、法人が二四名でその所有戸数は合わせて一七一戸であり、個人が七八名でその所有戸数は合わせて八五戸である(乙五の1)。
そして、右権利者(βグリーンハイツ建替実行委員会)、被告東洋不動産及び株式会社長谷工不動産(以下「長谷工不動産」という。)が本件事業の施行者である(以下、併せて「施行者」という。)。
(三) 本件事業に係る計画地の面積は、一万八九八二・八二平方メートルであり、地上一五階建の共同住宅二棟及び地上一四階建の共同住宅一棟一(全戸数四四七戸)を建築しようとするものである。
(四) 本件事業に係る計画建築物については、平成八年六月二〇日、特定行政庁たる東京都知事により、建築基準法第八六条に基づく総合的設計による一団地の建築物の取扱いの認定がされ、同日、東京都建築主事に建築確認申請がなされ、同年九月一〇日、同建築主事による建築確認がされている。
5 補助金支出に至る経緯
(一) 被告東洋不動産は施行者を代表し、平成八年一月二四日、被告区長に対し、グリーンハイツ建替に係る優良建築物等整備事業の計画承認申請書を提出した(以下「本件申請」という。)。そして、同月三一日には、平成七年度の補助金交付申請書(事業計画作成費、建築設計費として金七三一三万六〇〇〇円)を提出した。
(二) 右申請を受付けた被告区長は、平成八年二月一三日、本件事業を優良建築物等整備事業として事業承認する旨決定し、同日、その旨を被告東洋不動産に通知した(以下、この事業採択によって交付されることとなる補助金を「本件補助金」という。)。
(三) 被告区長は、平成八年三月一日、本件補助金のうち平成七年度の補助金(事業計画作成費として)三八六五万二〇〇〇円の交付を決定し、同年四月二六日、施行者の代表である被告東洋不動産に対して支出した。
なお、平成七年度の建築設計費としての補助金予算三四四八万四〇〇〇円については、繰越明許費として平成八年度に繰越された。
(四) 被告区長は、平成八年四月一日、本件補助金のうち平成八年度の補助金(調査設計計画費のうち建築設計費の実施設計分として)金三四四八万四〇〇〇円の交付を決定し、平成九年三月二四日、施行者代表の被告東洋不動産に対して右補助金を支出した。
(五) その後、共同施設整備費として、平成一〇年五月一五日に一億一六七八万八〇〇〇円、同年八月一七日に六八八〇万円、平成一一年五月一二日に二億四三五三万二〇〇〇円が、それぞれ大田区から被告東洋不動産に対して支出された(乙二〇ないし二六)。
なお、本件事業の採択時の補助費全体計画における補助金の合計額は、本件事業に係る三棟の建物すべての共同施設整備費の補助分を含み一四億〇二二三万二〇〇〇円であったが(甲一四の3、乙一〇、弁論の全趣旨)、実際に被告東洋不動産に交付された補助金の額は、右のとおり五億〇二二五万六〇〇〇円にとどまった。
6 監査請求の前置
原告らは、平成九年四月一四日、本件補助金の支出は違法・不当である旨主張し、被告区長に支出済みの本件補助金を大田区に返還させ、今後本件事業に対し本件補助金を支出しないように措置することを求めて、大田区監査委員に対し、監査請求を行った(弁論の全趣旨)。なお、原告P1、同P3及び同P4は、監査請求の際、監査請求書に押印をしておらず、また、原告P2及び同P5は、監査請求書にその戸籍上の氏名を記載しなかった(弁論の全趣旨)。
これに対し、大田区監査委員は、同年五月二八日付けで、原告P1、同P3及び同P4の監査請求については、これを不適法として却下し、その余の原告ら(監査請求書に氏名の記載のなかった原告P2及び同P5を除く。)の監査請求についてはこれを棄却する旨の決定をした(甲五)。
二 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は、①原告P1、同P2、同P3、同P4及び同P5に係る本件訴えが、監査請求を経た適法な訴えといえるか否か(争点1)、②被告区長に対して補助金の支出の差止めを求める本件訴えが訴えの利益を欠き不適法となるか否か(争点2)、③本件補助金の交付決定の取消しを求める本件訴えが適法な訴えといえるか否か(争点3)、④本件補助金の交付が法二三二条の二の「公益上必要がある場合」の補助に該当するか否か(争点4)であり、右の各争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
1 争点1(原告P1、同P2、同P3、同P4及び同P5に係る本件訴えが、監査請求を経た適法な訴えといえるか否か)について
(被告区長の主張)
法第二四二条の二第一項によれば、住民訴訟を提起できるのは住民監査請求を経ている住民に限られており、また、その住民監査請求は適法なものでなければならないと解されている。
この点、原告P2及び同P5は住民監査請求を行っておらず、同P1、同P3及びP4は、住民監査請求を行ってはいるが、法施行令第一七二条及び法施行規則の定める請求者の押印という手続を遵守しない不適法なものであり、補正にも応じなかった。したがって、原告らのうち右の者は本件訴えの原告適格を有しないものである。
したがって、原告P1、同P2、同P3、同P4及び同P5に係る本件訴えは不適法として却下されるべきである。
(原告らの主張)
(一) 原告P1、同P3及び同P4について
被告区長は、原告P1、同P3及び同P4の三名について、本件訴訟に先立つ住民監査請求の際、署名のみで押印をしていないから不適法な住民監査請求であり、いずれも本件訴えの原告適格がない旨主張する。
確かに、住民監査請求に当たり、右の原告らが署名だけをして押印をしなかった事実はある。しかし、法施行規則が請求書に請求人の署名・押印を求める趣旨は、あくまでも請求人に間違いなく監査請求意思があることを確認するためであって、それ以外に署名・押印を求めることの合理的理由は見いだし得ない
そうすると、監査請求を行うことについて請求人の意思が確認できれば必要かつ十分なのであり、署名・押印の要件を形式的に適用し、署名のみで押印のない者の請求を不適法とするのは不合理であり相当でない。そこでの押印は、実印を要求されるものではなく、いわゆる三文判でもよいのであるから、請求人に監査請求の意思が認められる以上、署名があれば押印を欠いていても、直ちに不適法な請求として扱うべきではない。
(二) 原告P2、同P5について
被告区長は、原告P2及び同P5について、両名はいずれも監査請求を行っていないから、本件訴えを提起する適格がない旨主張する。
しかし、右原告両名は、監査請求の際、日頃の習慣から日常生活において用いている「P6」及び「P7」という氏名を記載した。そして、監査請求において請求人の署名・押印を要求する趣旨は、右のとおり、あくまでも請求人本人に請求の意思あることを確認することに尽きるのであるから、「P6」が原告P2であり、「P7」がP5であると認められる限り、原告両名による監査請求は適法になされているというべきである。
2 争点2(被告区長に対して補助金の支出の差止めを求める本件訴えが訴えの利益を欠き不適法となるか否か)について
(被告区長の主張)
大田区は、被告東洋不動産に対し本件補助金を支出した。すなわち、事業計画作成費用として平成八年四月二六日に三八六五万二〇〇〇円を、建築設計費のうちの実施設計分として平成九年三月二四日に三四四八万四〇〇〇円を、共同施設整備費として、平成一〇年五月一五日に一億一六七八万八〇〇〇円を、同年八月一七日に六八八〇万円を、平成一一年五月一二日に二億四三五三万二〇〇〇円をそれぞれ支出した。
大田区は、本件事業に係る本件補助金について、平成七年度から平成一〇年度の四年間にわたって交付する予定であったのであり、平成一一年度以降は、これを支出する予定はない。平成一一年五月一二日に支出された右補助金は平成一〇年度の予算の執行として、同年度の出納整理期間内に支出されたものである。
右のとおり、大田区は本件補助金について既に支出したもの以外にこれを支出する予定はないのであるから、原告らの本件訴えのうち、被告区長に対して本件補助金の支出の差止めを求める訴えは、訴えの利益を欠くものである。
(原告らの主張)
本件事業は、補助金総額一四億〇二二三万二〇〇〇円の優良建築物等整備事業として事業採択されたものであり、優良建築物等整備事業補助金交付申請書に添付されている年度別事業計画内訳書の数字には疑義がある。また、当該年度の優良建築物等整備事業補助金が、翌年度に繰り越されて支出されることはありうることである。被告区長は、平成一一年度以降本件補助金を支出する予定はない旨主張するが、これを根拠付けるものはない。
したがって、原告らが、被告区長に対し本件補助金の支払の差止めを求める訴えの利益は、なお存在するといえる。
3 争点3(本件補助金の交付決定の取消しを求める本件訴えが適法な訴えといえるか否か)について
(被告区長の主張)
原告らは、被告区長の行った本件補助金の交付決定の取消しを求めているが、法二四二条の二第一項二号によれば、取消しを求めうるのは当該行為が行政処分である場合に限られている。
この点、被告区長が行った本件補助金の交付決定は、原告ら自身も認めるように、制度要綱及び交付要綱という要綱に基づくものであるから、相手方に一方的に権利を付与するものではなく、私法上の贈与もしくは負担付贈与であって、同号にいう行政処分には当たらないものである。
したがって、原告らの本件訴えのうち、本件補助金の交付決定の取消しを求める訴えは不適法である。
(原告らの主張)
(一) 被告区長は、法二四二条の二第一項二号により住民訴訟の対象となりうるのは行政処分であるところ、本件補助金の交付は行政処分ではないから、同号に基づいて、被告区長がした本件補助金の交付決定の取消しを求める本件訴えは不適法であると主張する。
(二) しかし、法二四二条の二が住民訴訟について定めている目的ないし趣旨に照らせば、同条一項二号の「行政処分」の意味を、無定見かつ機械的に行政事件訴訟法三条所定の抗告訴訟の対象となる行政処分と同じであると考えるのは誤りである。住民訴訟である法二四二条の二第一項二号に基づく請求は、明らかに行政事件訴訟法の定める抗告訴訟とはその制度趣旨を異にしており、住民自身による地方公共団体の財務に対する民主的コントロールを実効あるものにしようとする制度であり、右住民訴訟の趣旨に照らせば、その対象となる「行政処分」を制度目的の異なる抗告訴訟の対象たる行政処分とパラレルに考えなければならない合理的な理由はなく、広く地方公共団体による公金支出、支出負担行為を含む概念として理解すべきである。
補助金の交付決定は、それについて条例が制定されているか否かといったその根拠や性質のいかんにかかわらず地方公共団体が公金の支出を決定することにほかならないのであり、それは、まさに地方公共団体による直接の財務的処理を目的とする財務会計上の行為であり、支出負担行為である。
したがって、地方自治体の長が行う補助金の交付決定は、その法的根拠いかんにかかわらず、法二四二条の二第一項二号の「行政処分」に該当するというべきである。
(三) このように解することは、具体的にも合理的かつ妥当な結論を導く。すなわち、補助金の交付というものは、条例で制定されている場合もあれば、規則で定められることもあり、あるいは本件のように要綱という形式で定められることもある。その根拠がいずれの形式によるものであれ、前記のとおり、補助金の交付は地方公共団体による公金の支出を意味し、地方公共団体による支出負担行為にほかならない。
しかるに、当該補助金交付が条例により定められている場合には、その支出の違法性を法二四二条の二第一項二号に基づいて司法審査の対象としうるのに、条例で定められていない場合には、同じ地方公共団体による公金支出であっても、もはや同号に基づく司法審査の対象とはなし得ないということでは、地方公共団体の財務に対する民主的コントロールの実効性を高め、違法な経済的損失の防止矯正を図ろうとする住民訴訟の目的はおよそ達成し難いことにもなる。
以上からすると、被告区長の本案前の主張には理由がない。
4 争点4(本件補助金の交付が法二三二条の二の「公益上必要がある場合」に該当するか否か)について
(原告らの主張)
(一) 普通地方公共団体による補助金交付が適法とされるためには、当該補助金の交付自体に公益上の必要性が認められる場合でなければならない(法二三二条の二)。
しかしながら、次に述べるとおり、制度要綱は、補助金交付の対象となるための、優良建築物等整備事業たる要件、優良建築物等整備事業に係る建築物及びその敷地に関する要件及び補助金交付対象たる適格要件に関して、いずれも公益上の必要性を担保するに足りる要件を定めておらず、その要件に関する定めは不十分であるといわざるを得ない。したがって、制度要綱に基づく補助金の交付に公益上の必要性があるということはできないのであって、本件補助金の交付は、法二三二条の二に違反しており、違法無効というべきである。
(1) 「優良建築物等整備事業」と公益上の必要性について
ア 制度要綱に基づく補助金の交付に公益上の必要性が認められるか否かは、まず、制度要綱が目的とした制度趣旨が何かにより判断されるべきであるところ、制度要綱の第一条は、その目的を「優良建築物等整備事業を行う者に対して、区がその事業に要する経費の一部について助成を行い、もって市街地の環境の整備、改善と併せて良好な市街地住宅の供給を促進すること」にある旨定めている。
右規定から明らかなとおり、制度要綱は、①補助金交付対象者が、優良建築物等整備事業を行う者であること、②右対象者の事業により、市街地環境の整備、改善が図られること、③右対象者の事業により、良好な市街地住宅の供給が促進されることの三つの要件を具備する事業であることを前提に、当該事業に対する補助金交付に公益上の必要性が認められると考えている。
イ ところで、右①の要件である当該事業が優良建築物等整備事業であるか否かの基準は、制度要綱によれば、本件事業が該当する「マンション建替タイプ」事業の場合、前記一の3(三)に記載のとおりの規定がされている。
ウ そこで、制度要綱が定める優良建築物等整備事業たる前記要件について、個別に検討する。
a 制度要綱は、当該共同住宅がその耐用年数の三分の一を経過し、あるいはそれと同等程度に機能低下していることを要件としているが、これは、老朽化した共同住宅の存在そのものが市街地環境を悪化させる原因になるとの理由によるものと考えられ、老朽化した共同住宅を適切な時期に建て替えることにより、市街地環境の向上を促そうという趣旨であると解される。
しかし、市街地環境を悪化させる程度の老朽化について、形式的に耐用年数の三分の一を経過することで発生すると考えることは、それが公金たる補助金交付の対象建物として適切かどうかを定める基準としては不十分であり不合理である。なぜなら、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第一五号)によれば、その別表第一により、鉄筋コンクリート造マンションの場合、その耐用年数は六〇年とされているので、その三分の一とすると建築後二〇年を経過した時点で制度要綱に基づく補助金交付の対象となりうることになるが、建築後二〇年程度で老朽化したとみるのは一般常識に反するのみならず、そもそも老朽化したか否かは具体的実質的な評価判断であるから、このように形式的に耐用年数の三分の一、すなわち建築後二〇年の経過により、公金をもってその建替えを補助する公益上の必要性があるとは到底認められないからである。
b 制度要綱二条(2)ウ(ア)は、計画敷地内に公開空地等を設けることにより、当該建替事業が周辺市街地整備の一環として行われること、したがって、周辺環境の整備改善に寄与することを目的とした要件であると考えられる。
しかしながら、その求められる公開空地について、制度要綱は、何ら具体的な定めをしておらず、形状、実質的な公開の程度等については大田区の自由裁量にゆだねてしまっている。したがって、これでは公益上の必要性を認めることができるかどうかの判断基準たる要件として不十分といわざるを得ず、かかる要件だけでは公益上の必要性を考慮しているとはいえない。
c 同(イ)は、建替え前の共同住宅に関する要件は、区分所有者が一〇人以上存在することにより、一定規模以上の共同住宅であることを求めているのであるが、かかる要件が定められた理由は、一定規模以上の共同住宅であることによって周辺環境に与える影響が大きいと考えられ、したがって、そうした規模の共同住宅の建替えに対する公金補助にして初めて公益上の必要性が認められるとの理由によるものと解される。
しかし、この点に関しても、制度要綱が不十分かつ不合理なものであることは、後記(3)に記載のとおりである。
エ 以上の検討により明らかなとおり、制度要綱が定める優良建築物等整備事業に関する要件は、いずれも公金たる補助金を交付する際に求められる公益上の必要性について十分な考慮がなされておらず、法が要求する公益上の必要性を担保するに足りる要件になっていない。
したがって、制度要綱が定める優良建築物等整備事業は、公益上の必要性を具備した事業とはいえず、この点で制度要綱は、法二三二条の二に違反しており、違法無効というべきである。
(2) 優良建築物等整備事業に係る「建築物及びその敷地の基準」と公益上の必要性について
ア 前記(1)アに記載のとおり、制度要綱は、①補助金交付対象者が、優良建築物等整備事業を行う者であること、②右対象者の事業により、市街地環境の整備、改善が図られること、③右対象者の事業により、良好な市街地住宅の供給が促進されることの三つの要件を具備する事業にして初めて、それに対する補助金交付に公益上の必要性が認められると考えている。
ところで、右②及び③の要件は、②が当該事業により周辺環境の整備・改善が実現されることを定め、③が当該事業により供給される市街地住宅それ自体の評価を定めているように思われるが、②と③は、表裏一体の関係にあり、それぞれが別個独立した要件であるとみることはできない。なぜなら、建築物とは、それ自体が周辺環境から独立して存在することのできないものであり、常に、建築対象敷地を含む周辺全体の空間の広がりの中において確保された一定の限定空間たる建築対象敷地においてのみ存在しうるものだからである。したがって、建築物は、常に周辺環境から影響を受けるとともに、当該建築物自体もまた周辺環境を形成する一要素を構成しているという関係にあるのである。
かかる建築物と周辺環境との相互関係を理解するならば、「良好な市街地住宅」という建築物の概念は、それが「市街地住宅」とされる以上、それだけが周辺の環境から切り離されて、自己完結的にその建築物において生活する居住者のみにとっての「良好な市街地住宅」と考えることはできないのであって、常に周辺環境と一体の評価を受けて初めて「良好な市街地住宅」といいうるというべきである。
要するに、「良好な市街地住宅」といえるかどうかは、一方で当該建築物が市街地住宅としてそれ自体の安全性、健全性、良好な居住性等を具備するとともに、他方で必然的かつ不可避的に周辺環境との調和という観点からの評価に耐えうるか否かにより判断されるのである。そして、そうであるならば、当該建築物が市街地住宅としてそれ自体の安全性、健全性、良好な居住性等を具備するのみで、周辺環境との調和が図られていないものであるならば、到底それは「良好な市街地住宅」と評価することはできないのである。
以上のとおり、②及び③の要件は表裏の関係にあるのであり、要件としては、周辺環境と調和したそれ自体の安全性、健全性、良好な居住性等を具備した建築物でなければならないということになる。
イ そこで、制度要綱が右の観点から優良建築物等整備事業に係る建築物及びその敷地をどのように定めているかをみると、前記一の3(三)に記載の制度要綱三条によれば、本件事業に係る敷地のような第二種中高層住居専用地域、準住居地域の場合、
(1) 敷地に接する道路の中心線以内の面積がおおむね一〇〇〇平方メートル以上のものであり、建築物は、
(ア) 地階を除く階数が原則として三階以上であり
(イ) 耐火建築物又は準耐火建築物であって
(ウ) 当該住宅の専用面積が原則として五五平方メートル以上で、便所、浴室、台所等の設備が専用であること
(エ) 建築物の形態及び色彩は、周辺の景観と著しく不調和とならないものであること
(オ) 建築物の全部又は一部を風俗営業の用途に供さないこと
(3) 当該区域内に原則として別表左欄に掲げる建築基準法五三条の規定による建築面積の敷地面積に対する割合の最高限度に応じて別表右欄に掲げる割合以上の空地を確保し、
(4) 敷地内の空地の配置及び整備の内容については、区と協議して定めたものであること、
(5) その敷地が原則として幅員六メートル以上の道路に四メートル以上接すること、により要件が具備されることになっている。
ウ したがって、制度要綱によれば、マンション建替事業のうち、以上のような建物とその敷地の要件を具備した事業であれば、かかる事業に公益性が認められ、大田区による当該事業への補助金交付について、公益上の必要性が存在すると認められるとされていることになる。
そして、そこに掲げられた各要件のうち、同条(2)のエ及びオ以外の要件は、いずれも計画建物とその敷地が一定規模以上のものであることを求めるものであって、要するに、制度要綱は、規模が大きく、それだけに周辺に対する影響も大きな共同住宅の建替えにして初めて公益上の必要性が認められると考えていることが分かる。しかし、かかる定め方は、単純にそうした一定規模以上の建物とその敷地でありさえすれば、それだけで機械的に公金たる補助金交付の対象になるということを意味するのであって、具体的に当該計画建物が周辺環境に与える影響や周辺環境との調和などを顧慮したとみうる要件にはなっていない。
また、同条(2)のエの要件についても、「建築物の形態及び色彩は、周辺の景観と著しく不調和とならないものであること」というのは、いわば当然のことを規定しているにすぎず、特別に公益上の必要性を考慮して定められた要件とは到底いい難い。そして、同オの「建築物の全部又は一部を風俗営業の用途に供さないこと」という要件についても、周辺環境との調和という観点からすれば、あたりまえの社会的常識の範囲を出ない要件というべきであって、やはり特別に公益上の必要性を考慮して定められた要件とは到底いい難い。
エ このように、制度要綱が定める優良建築物等整備事業に係る「建築物及びその敷地の基準」に関しても、制度要綱は公益上の必要性をそこにおいて十分に考慮しているとはいえないのであって、これでは、形式的にそこに定められた要件さえ具備すればすべて補助金の交付対象たる建物とその敷地ということになり、到底公益上の必要性を具備した建物とその敷地とはなり得ない。
したがって、制度要綱は、この点でも法二三二条の二に違反しており、違法無効といわざるを得ない。
(1) 補助金交付対象の要件と公益上の必要性について
ア 制度要綱に基づく補助金交付は、地方公共団体が公金を支出する財務会計上の行為であり、補助金の交付決定は支出負担行為である。それゆえ、地方自治体がそうした公金をもってする補助金交付をなしうるのは、公益上の必要があると認められる場合に限られるのである(法二三二条の二)。したがって、当該補助金交付に公益上の必要性が認められるか否かは、地方自治体のいわゆる自由裁量行為ではなく、客観的に覊束された行為といわざるを得ない。
そうであるとすれば、制度要綱のように、マンション建替事業について地方自治体が補助金を交付する場合、建替え前の共同住宅に当該補助金交付の対象適格を認められるためには、それが公金支出を享受するに足りる共同住宅と判断されることが必要というべきで、それはすなわち、当該共同住宅の区分所有者らに、公金である補助金を受けることについて合理的な理由と利益があると客観的に認められることが必要であることを意味するといってよい。なぜなら、例えば当該共同住宅の所有者自身らが、当該共同住宅を周辺の環境と調和した良好な市街地住宅に建て替えるだけの十分な資力を持つ場合、あるいは、当該共同住宅それ自体が経済活動や事業活動の手段として利用されている場合、更にはその大多数の区分所有者がもっぱら利潤追求のために当該共同住宅を区分所有している場合などのように、本来彼らのそうした私的かつ経済的利益追求の補助のために、地方自治体が公金たる補助金を支出することにはおよそ客観的に見て合理的な理由も公共的な利益も認め難いからである。
しかるに、以下に述べるように、制度要綱及び交付要綱に基づいて支出された本件補助金は、デベロッパー(マンション分譲業者)に対して補助金を支出する点及び区分所有者の属性・状況を考慮せずに補助金を支出する点で違法であるといわざるを得ない。
イ デベロッパー(マンション分譲業者)に対する補助金支出の違法性について
a 本件事業は、いわゆる等価交換方式によるものであり、建替え後は、土地及び建物の所有権を、従前の区分所有者が五七パーセント、デベロッパーである被告東洋不動産が三五パーセント、同じくデベロッパーである長谷工不動産が八パーセント(両社合計で四三パーセント)をそれぞれ取得することになっている。
また、制度要綱は、「建替対象となる共同住宅に係る区分所有者が一〇人以上であること」と定めるだけで、優良建築物等整備事業として区長が事業採択した後の所有者の要件を定めてはいない。その結果、優良建築物等整備事業計画承認申請時には区分所有者が一〇人以上であっても、区長による事業採択がなされた後に、それら区分所有者が、その区分所有権を他に売却譲渡し、区分所有者が一〇人以下になった場合にも補助金が交付されることになる。
そして、区長による事業採択がなされた後に、区分所有者がその区分所有権を当該建替マンションの分譲業者に譲渡した場合には、その分についてもマンション分譲業者の利益のために補助金が使われていることになる。
b 実際にも、本件事業において、被告区長による事業採択後、法人六社と個人六名が、いずれもその建物区分所有権と土地共有持分の大部分を、被告東洋不動産及び長谷工不動産に売却譲渡して、区分所有者でなくなっている。その結果、本件事業は、デベロッパーである被告東洋不動産及び長谷工不動産が、合計五三・八二パーセントの区分所有権を持つことになり、本件事業は、両社がこれを分譲する事業となっている。
c ところで、本件事業については、補助金として、平成七年に三八六五万二〇〇〇円、同八年に三四四八万四〇〇〇円、同九年は六億一九九五万円、同一〇年には五億七七四三万八〇〇〇円が支出される予定であり、結局合計一二億七〇五二万四〇〇〇円の補助金が交付されることになっている。この金額は、大田区の平成九年度予算における「快適な住まいづくり」のための事業費の約五〇パーセントに当たる金額である。
いうまでもなく、被告東洋不動産及び長谷工不動産によるマンション分譲は、公益事業ではなく、それぞれの会社の利益を上げる目的でなされるものである。
したがって、必ずしも財政的に豊かではない大田区の約一二億七〇〇〇万円もの公金の半分以上が、補助金の名目のもとに一私企業の利潤追求のために利用されることになるものであり、かかる補助金支出に公益上の必要性を認めることはできず、それは違法というべきである。
ウ 区分所有者の属性・状況を考慮しない補助金支出の違法性について
a デベロッパー以外の区分所有者への補助金交付についても、以下に述べるように、区分所有者の属性・状況を全く考慮しない本件補助金支出は違法である。
b 制度要綱は、マンション建替タイプとして補助金交付の対象となりうる建替対象共同住宅の所有者について、当該共同住宅の区分所有者が一〇人以上であることのみをその要件としている。したがって、その一〇人以上の区分所有者の具体的内容、実態、属性等については、何らの定めもないのであり、いわば数のみを問題にしているに過ぎない。
その結果、建替対象の共同住宅の所有者がどのような者であっても、建替対象の共同住宅の性格や機能がどのようなものであっても、当該建替対象の共同住宅の区分所有者が一〇人以上であって、区分所有法六二条一項の規定による建替決議若しくは区分所有者全員の総意による建替決議又はこれに準ずる措置がなされておれば、それだけで制度要綱に基づく補助金受領の利益を享受する適格が認められることになっている。
しかし、かかる適格基準は、明らかに不十分かつ不合理であり、補助金交付の適法性と合理性を担保する公益上の必要性という要件に適合せず、違法といわざるを得ない。なぜなら、例えば当該建替対象の共同住宅の区分所有者の大半が、自らの住居として当該共同住宅を所有する者ではなく、自ら経済活動ないし事業活動を遂行する営利法人であり、営利追求のための補助的手段たる従業員に対する福利厚生施設と位置付けられる社宅として当該建替対象の共同住宅を所有する場合、あるいは、当該建替対象の共同住宅を、もっぱら他に賃貸するなどして一定の利潤追求の手段として所有している場合、さらには、他の地方公共団体その他の公的機関であって、その職員の宿泊所や官舎として利用されている場合等については、特定の地方公共団体の住民の負担する公金たる補助金を支出して、そのような所有者の利益を補助し、あるいはそのような共同住宅の建替えを公的に援助する合理的理由はおよそ見い出し難いからである。
そこで本件事業の計画についてみるに、本件事業に係る従前の建物の全戸数は二五六戸であるところ、そのうちの六七パーセント強に相当する一七二戸が二四社の法人企業で所有され、個人所有分の八四戸についても、その約三〇パーセントに当たる二五戸前後は所有者自身が利用することなく、他に賃貸している状況であった。しかも、その所有法人企業についても、東洋不動産、長谷工、日本電信電話共済組合、小松製作所、東芝、川崎重工、間組、日本合成ゴム、ヤマハといった、いわば我が国の一流企業が全体の約五九・七七パーセントを占める一五三戸を所有していた。そしてさらに、普通地方公共団体である山口県も、全体の六・二五パーセントに当る一六戸を所有し、東京在勤の職員を住まわせていたのである。
他方、本件事業の計画によれば、建替え後の全戸数は四四七戸となるが、そのうちの半数以上に当たる約五三・六九パーセントを占める二四〇戸は、すべて五〇〇〇万円以上の高額な価格で分譲販売されることになっている。こうした建替え後の共同住宅の半数以上が、もっぱら営利目的の分譲に供される事業計画が本件事業の計画なのである。
c この点について、被告区長は、制度要綱が建替対象の共同住宅の所有者について区分所有者が一〇人以上であることを要件としているのは国要綱にその旨の規定があることに由来するものであるが、国要綱の趣旨、目的は土地の利用の共同化、高度化等に寄与することにあるのであるから、建替え前の区分所有者が個人であるか、法人であるか、個人であるとして自己使用であるか賃貸しているものであるかによって、その目的の実現が左右されるものではない旨主張する。
しかしながら、制度要綱に基づいて交付される補助金の財源が、住民から徴収された税金その他の公金であることにかんがみるならば、補助金の交付により直接利益を受けることになる区分所有者が、建築物の建替えをするに当たり、真に補助金の交付を必要とする者か否かが当然に検討されるべきであって、区分所有者の状況いかんを全く問題とせずに、建替事業に補助金を交付することは、違法というべきである。
d 企業が社宅を所有するのは、従業員の福利厚生のためであるが、究極的には企業がその営利活動を遂行する目的で所有するものであり、その目的は、個人が自ら生活するために居宅を所有することとは基本的に異なる。
先に述べたとおり、補助金の財源は住民から徴収された税金その他の公金であることから、地方公共団体は、「公益上必要がある場合」に限り、補助金を交付することができるものとされている(法二三二条の二)のであり、補助金が特定の私益のために交付されることは許されないのであるから、このような企業の社宅の建替えのために、住民から徴収された税金その他の財源でまかなわれる補助金を交付することが違法であり許されないことは、明白である。
また、地方公共団体が、その職員のために他の都道府県市町村内に公舎を所有することがあるが、地方公共団体が、他の地方公共団体所有の公舎の建替えのために補助金を交付することが、「公益上の必要性」を欠き許されないことも明らかである。
e さらに、区分所有者が個人であっても、その個人が自己所有の共同住宅を建て替える場合に、所有者の資産等の状況を考慮することなく住民から徴収された税金その他の公金を財源とする補助金を交付することは、比例原則に反し許されないというべきであり、比例原則違反の補助金交付は、裁量権の限界を逸脱するものとして違法である。
すなわち、老朽化した個人所有の住宅を建て替えることは、本来、自助努力・自己責任においてなすべきものであるから、ある目的のためその建替えに補助金が交付される場合であっても、その所有者の建替えに補助金を交付することが真に必要な場合に限られなければならない。この観点から、地方公共団体から、ある目的のために補助金が交付される場合には、補助金を受ける者の所得額による制限が設けられることが通常である。
しかるに、本件事業においては、個人である区分所有者についても、これらの者が、本来自己の資金において建替えをなすべき者であるか、あるいは自助努力・自己責任においては建替えができない真に補助金の交付を必要とする者であるかについて、何ら検討が加えられていない。
エ 以上のような内容・性格の本仲建替対象の共同住宅に対し、公金をもってする補助金交付にはおよそ合理性がなく、したがって、このような補助金交付にはとうてい公益上の必要性はないといわざるを得ない。
そして、本件事業の計画について、かかる補助金交付が行われることになった理由は、制度要綱が、「マンション建替タイプ」事業として補助金交付の対象となりうる建替対象の共同住宅の所有者について、交付要綱二条(2)ウ(イ)のとおり、当該共同住宅の区分所有者が一〇人以上であることのみをその要件としており、区分所有者の具体的内容、実態、属性等については何らの定めもしていない点にある。
それゆえ、かかる制度要綱は、補助金交付対象適格に関して公益上の必要性を満たしていないので、法二三二条の二に違反しており、違法無効というべきである。
(二) 仮に、制度要綱それ自体は違法でないとしても、以下に述べるように、本件事業は、制度要綱に定める要件に適合せず、したがって、本件補助金の支出には公益上の必要性が認められず、法二三二条の二に反する違法がある。
(1) 制度要綱の趣旨と意義
制度要綱は、優良建築物等整備事業を行う者に対し、大田区が当該事業に要する経費の一部を助成することにより、市街地の環境の整備、改善と併せて良好な市街地住宅の供給を促進することを目的として定められた制度である。したがって、制度要綱は、単に良好な市街地住宅の供給促進を目的としたものや市街地の環境整備・改善のみを意図して設けられた制度ではなく、助成対象建築物とそれにより作出される周辺市街地の環境とが一体となって、従前よりも良好かつ健全な生活環境が創造されることを目的とした制度であるというべきである。そして、このように当該建築物によって様々な影響を受けることになる周辺の環境の整備改善が図られると客観的に判断されるからこそ、公の財産である税金をもって助成することが正当化されることになる。
このうち、本件事業に適用されたマンション建替タイプは、単なるマンションの建替えに適用されるものではなく、その趣旨は、老朽化したマンションを建て替えるに際し、当該建築物自体の優良性とともに、それと一体として行われる敷地周辺整備等に関して一定の道路拡幅、通路提供、公開空地等の確保を求めることにより、当該老朽マンションの存在により悪化した周辺市街地環境の改善を図るのみならず、同時に併せて一般の用に供せられる一定の道路、通路、空地等を確保することにより、当該建築物周辺の空間ないし環境を従前に比べてより一層良好かつ健全な高純度の生活環境の創造を実現しようとすることにある。
したがって、制度要綱の趣旨ないし意義は、当該マンションの建替えそれ自体による住環境の整備改善を図るとともに、それに伴って当該計画敷地内に通路や公園など一定の空地の確保を求めることにより、併せて周辺の生活環境について従前に比べてより良好かつ健全な方向での整備改善を実現し、もって近隣と一体となった環境の整備改善に寄与し貢献させようとする点にあると解すべきである。
(2) 制度要綱第二条(2)ウ(ア)の趣旨
ア 制度要綱の第二条(2)は、同要綱が適用される対象事業を定めており、そのウにおいてマンション建替タイプが挙げられている。そして、同タイプに該当するためには、制度要綱二条(2)ウの(ア)ないし(エ)のいずれの要件をも具備するものでなければならないとし、その要件(ア)としては、「市街地総合再生計画等の区域内において行われる事業であること又は次に掲げる周辺市街地整備に寄与する事業のいずれかに該当するものであること。」と規定されている。
イ ところで、本件事業の場合、後者の「次に掲げる周辺市街地整備に寄与する事業」に該当すると判断されているが、(ア)は、周辺市街地整備に寄与する事業といえるための条件として、前記一の3(三)記載のa、b、cの三条件を定めているところ、これら条件は、いずれも当該建築計画敷地周辺ないし近隣の住環境を考慮してその整備改善に当該事業が寄与するものであることを積極的に求めるものであり、単に当該建築物が優良かつ良好な建築物であって、周辺とは切り離された状態において自己完結的に良好かつ健全な住環境を作出すれば足りるものではないことを意味していると解することができる。
したがって、当該事業により創造される環境とは、あくまでも当該計画建築物を取り巻く周辺近隣の環境と一体と評価されるものであって、しかもそうした周辺近隣の環境が従前よりも一層整備改善されたと評価されるものでなければならないことになる。
ウ 制度要綱がマンション建替タイプについてかかる条件を設けた趣旨は、前記要綱の趣旨に照らすならば、公金をもって助成する以上、助成対象たりうる建築計画事業といえるためには、当該計画実施により様々な生活面で少なからざる影響を不可避的に甘受せざるを得ないことになる周辺近隣に対し、従前よりも一層良好な環境整備・改善という面で相応の利益をもたらすものでなければならないということであり、決して当該計画建物ないし敷地内のみの自己完結的な環境整備であってはならないということであると解すべきである。
そして、そうであればこそ、要綱は、前記の三つの条件の一つとして特に「近隣環境に配慮し、景観と一体となった建築計画が定められた事業」であることを掲げるのみならず、三条(2)エにおいて、助成の対象建築物たりうる条件として「建築物の形態及び色彩は、周辺の景観と著しく不調和とならないものとすること。」と定め、周辺近隣の環境との調和を図るとともに、他方、その六条一項において、「施行者は、優良建築物等整備事業の実施に当たって、周辺住民との良好な近隣関係を維持すると共にその事業が、まちづくりに貢献するよう務めなければならない。」と規定し、環境を含めた生活関係全般にわたる周辺住民との良好な近隣関係の維持を図るよう施行者の責務を規定してもいるのである。
(3) 制度要綱適用に当たっての認定基準
ア 制度要綱の趣旨及び制度要綱において助成対象の建築計画たりうる条件を定めた第二条(2)ウ(ア)の趣旨が以上のとおりであるとすれば、制度要綱の適用に当たり、当該事業計画が制度要綱に定めるマンシヨン建替タイプに該当すると認定されるためには、当該事業計画の実施によって従来から当該地域が有してきた環境を総合的全体的にみて損なう結果となるものであってはならないことは当然であって、当該事業計画は、それが遂行されることにより、従来から当該地域が有してきた環境をより一層良好かつ健全なものとする事業計画でなくてはならないと解すべきである。
イ すなわち、本件事業の計画のような大規模な高層共同住宅建築にあっては、その計画完成後はもちろん、それ以前の計画遂行過程の段階から周辺近隣住民が不可避的に受けざるを得ない日常生活への影響は、交通障害、騒畜、振動、日照、通風障害、プライバシー侵害、圧迫感、ゴミ処理、電波障害、その他多大なものがあり、当然に従来の住環境は悪化することになるといって過言ではない。そして、そうした環境悪化も、法令で許された範囲内の建築計画により招来される限りでは、なお一般に周辺住民が受忍すべきとされる。
しかし、制度要綱の適用があるか否かの判断は、そうした周辺住民の受忍限度いかんという判断とは自ずと次元が異なるだけではなく、いわゆる建築確認が得られるかどうかといった建築基準法上の判断とも異なるものであって、あくまでも当該事業計画によってもたらされる新たな環境が、周辺近隣の環境といかに調和し、かつそれをどの程度まで整備改善するものであるかという判断でなければならない。
そして、そうであるとすれば、当該事業計画に対して制度要綱の適用があるか否かの判断の基準は、従来からの当該地域の環境を基準とし、当該事業計画の実現によりそれがどのように良好かつ健全な方向で整備改善されることになるか、というところに求められるべきである。
ウ 以上のように考えるならば、制度要綱適用の有無の認定は、決して画一的ではあり得ず、当該地域の特性ないし状況に応じて具体的・個別的になされるべきことが艶然に求められていると解すべきである。
(4) グリーンハイツ周辺の環境について
本件事業に係る計画地は、その東側に位置するいわゆる第二京浜(国道一号線)に沿った準住居地域を除き、その西・南・北三面を等しく第一種低層住居専用地域に指定された土地により全面的に取囲まれている。そして、当該地域は、東西南北に整然と区画されており、おおむねね二階建の一般住宅が建ち並ぶ純然たる良好な低層住宅地であって、第二京浜国道に沿った帯状の地域を除き、七階建以上の大規模な建築物は見当たらず、現に取壊し前の本件建築計画地には、四階建一一棟と五階建一棟の共同住宅(全二五六戸、延床面積一三六一一・五六平方メートル)が建っていた。
β地区は、大田区内でも有数の良好な環境を維持している住宅街であり、昭和三年に池上耕地整理組合により区画整理が行われ、同じ大田区の田園調布をモデルにして一地区一業種などの協定が敷かれたまちづくりによって今日の住宅地が形成されてきた。そして、本件建築計画地も昭和三〇年ころまでは個人の住宅地として、αのなくてはならない貴重な緑と自然を維持した一画であったが、税金等の関係で個人ではもはや所有しきれない状況に立ち至り、やむなく処分されることになったのである。しかし、それでも当時はなお、その緑と自然の湧水を伴った池や小川の存在から、そうした得難い貴重な自然環境を保全すべく東京都による公園用地としての買上げ計画などもあった。そして、紆余曲折はあったものの、最終的には一定の緑を残すことを条件として当時の日本住宅公団が買い上げるところとなり、昭和三三年、グリーンハイツが建設・分譲されて今日に至ったのである。
したがって、本件建築計画地を含む周辺近隣一体の環境は、昭和初期から、遅くとも昭和三三年以降今日まで四〇年以上にわたって形成維持され定着しているものであって、本件建築計画を除けば、当該地域及びその周辺が、将来において現在の低層住宅地域たる環境に変化を生じ、建物の高度化傾向を生ずる可能性は全くといってよいほど予想し得ないところと考えられる。
(5) 本件事業が制度要綱の定める基準に適合しないことについて
右(4)のグリーンハイツ周辺の環境を前提とすると、以下に述べるように、本件事業が、前記(3)記載の制度要綱の実質的要件を具備していないことは明らかである。
ア 本件計画建物自体の形態
本件事業の敷地の南、西、北側はいずれも建築基準法上の第一種低層住居専用地域であり、周辺はほとんどが二階建以下の建物ばかりであるが、本件建物三棟はいずれも、そのような地域に突出する高さ四五メートル、一五階建のビルであり、従来の市街地の環境・景観と全く調和しない建物となっている。このような高層建築が、近隣に対し、日照、通風の変化、交通事情の悪化、騒音、臭気、電波障害等の多大な損害を与えることは確実である。現に、建築工事中に生じた騒音、臭気、工事のための大型車の頻繁な往来といった近隣の被害を別にしても、本件建物の建築により、日照、通風の変化、電波障害といった被害が実際に生じている。
また、敷地西側は幅員七メートルの道路をはさんで一般住宅地と接しているにもかかわらず、道路との境界からわずか四・五メートルのところまで本件事業に係る高層建物が迫っている上、本件事業に係る建築物は、その敷地の東側に隣接する一箇所において、建築基準法による日影規制に抵触している。
これらの事実を見れば、本件事業が、市街地の環境を整備・改善するものではなく、むしろ市街地の環境を破壊するものであることは明らかである。
イ 本件事業に係る建物の周辺環境整備の実態
a 駐車場について
本件事業に係る建物の形態が前記のような大規模かつ大型高層建築物となることから、それに伴って、本件事業に係る敷地の約四分の一が一二五台収容の青空駐車場として計画され、地下にも二四五台収容の駐車場が計画されており、それら駐車場への出入りはいずれも本件計画敷地を取り囲む幅員七メートル余り(実質有効幅員約五メートル)の、従前からの周辺一般住宅居住者の用に供されてきた道路をそのまま利用する形態になっている。しかも、前記のような二四五台もの車を収容する大規模な地下駐車場の排煙及び換気のためのダクト二本が、西側道路に近接するような形で設けられており、それにより地下駐車場からの排気ガスはすべて本件計画地から外の西側周辺部に向けてまき散らされる設計になっていて、周辺近隣に対する影響を極力回避すべく本件計画地内部で処理をしようとの配慮は全く見られない。
b ゴミ収集場所について
本件事業に係る建物の居住者が出すゴミの収集場所については、東側外周道路に接して約三〇〇戸分、西側外周道路に接して約一五〇戸分の各生ごみ集積場所が設けられ、また、西南側外周道路に接して資源ゴミ置場が設置されるなど、いずれも計画敷地が外周道路と接する箇所に設けられることになっており、周辺近隣に影響を与えないよう計画敷地内部の相当箇所に設置するといった配慮は全くなされていない。
また、長谷工は、近隣住民に対し、ゴミ処理やゴミ収集場所の管理等については厳格に取り扱う旨説明しているが、そもそも業者がそうした事項について問題があるとか管理等が困難であるなどと発言するはずもなく、長谷工の説明は、いわば公式どおりの予定された発言と考えるべきで、実際には、これだけ大規模な高層集合住宅において、わずか三ヶ所の指定ゴミ収集場所に整然と毎日のゴミが集められるなどとは到底考えられないのであって、現実は、周辺近隣のゴミ収集場所はもとより、周辺道路に生活ゴミや空き缶などが無定見に投棄されるであろうことが容易に想像されるのである。
c 公開空地について
公開空地について、本件事業においては、敷地外周道路に接する形で歩道状空地(公開歩道)を、また、西側道路に接してわずかな緑地帯を設けるほか、三棟の建物が周りを取り囲む形で公園状の公開空地が設けられることになっている。
しかし、本件計画において取り入れられた公開空地は、計画建物に対する日影規制及び斜線制限の緩和を目的として、建築基準法に基づく総合的設計によることの許可を特定行政庁から得るために必要であることから設けられたものであり、制度要綱の適用を得ることを第一の目的とはしていない。すなわち、本件事業は、建築基準法その他の関係法令に適合する設計となっていなければならないところ、同法に基づく総合設計制度を利用して日影規制及び斜線制限の緩和を図るという設計計画が採用された。そのためには、敷地内に政令で定める一定範囲の空地(歩道状空地や公開空地等)を有していることが前提条件とされているが、かかる条件を具備することが、同時に、制度要綱の第二条(2)ウ(ア)a、b所定の条件と重なり合う結果となっているのである。
しかるに、建築基準法が求める要件と、制度要綱第二条(2)ウ(ア)a、bが求める要件とは、互いにその趣旨を異にしているはずで、当然には一方の要件を具備することで他方の要件も具備されるということにはならないはずである。建築基準法が定める総合設計による場合の要件としての公開空地の設定により、制度要綱が求める公開空地の設定という要件も具備されるということであるとすれば、総合設計による建築計画の場合には、制度要綱における公開空地の設定という重要かつ中心的な要件は自動的に具備されてしまうことになり、制度要綱が公開空地の設定を要件とした意味が失われるのみならず、大部分の総合設計による大規模な共同住宅建築計画はすべて自動的に制度要綱による補助金交付対象事業になってしまうといった不合理、不当な結果を肯認することにもなってしまうのである。
ところが、本件事業においては、そうした本来趣旨の異なる二つの要件が、いずれも公開空地要件として形式的に一致しているため、この要件に関する限り、一方を満足すれば他方も満足されるという関係になるとの理解に立って、制度要綱が適用されている。しかし、本件事業の計画において設定されている公開空地を実質的に検討すると、建築基準法上の公開空地の要件を具備しているとはいえても、趣旨が異なる制度要綱上の公開空地要件を具備しているとはいえない。そして、その結果、制度要綱による助成を正当化するための要件としては不十分といわざるを得ない。
すなわち、まず歩道状空地については、周辺近隣の環境整備改善に寄与していない。本件計画敷地はその外周を幅員七メートル余り(実質有効幅員約五メートル)の道路で囲まれており、従前は周辺一般住宅居住者の用に供される道路として問題はなかった。ところが、前記のとおり、本件事業に係る建物完成後は多数の住民が居住し、そのために三七〇台の車を収容する駐車場が設けられる結果、右の外周道路、特に駐車場出入口周辺の道路の交通事情は従来とは大きく異なるはずであり、そのためには歩道状空地ではなく、車道の拡幅を伴った歩道状空地こそが周辺近隣の環境整備改善には求められるところなのである。
また、公園状の公開空地については、事実上、外部とはわずか一箇所に設けられた棟と棟の間の幅員四メートルの導入路で結ばれるのみで、その形態上、明らかに一般に広く公開された空地とはおよそいい難い団地専用の中庭と評価すべき設計になっている。この空間は、まさに一五階建の巨大な壁に囲まれた閉鎖空間ともいうべき状態で設置されており、かかる閉鎖的な状態で設置される空地は、たとえ外部に向けて「公開空地」の表示がなされていようとも、その実質は本件計画建物の居住者の専用の中庭と評価する以外にない。
かかる公開空地の配置及び整備内容は、明らかに大田区との事前の協議に基づいて設定されたものである。制度要綱第二条(2)ウ(イ)において「敷地内の空地の配置及び整備の内容については、区と協議して定めたものであること。」と明定されているからである。したがって、このような形態の公開空地が認められているということは、大田区における制度要綱適用上の解釈運用が誤っていることをも意味しているのであって、その点でも本件事業に対する公金補助の決定は違法であるといわざるを得ない。
制度要綱が求める公開空地には、前記の制度要綱の趣旨に照らして、周辺近隣住民を含む誰もが自然な形で常時利用可能な状態になっているという公共性、開放性、利便性、健全性が求められてしかるべきである。ところが、一見して明らかに、本件事業の計画にみられる公開空地には、およそそうした本来であれば公開空地が備えるべき性格は全く認められない。かかる閉鎖空間をしてなお公開空地と評価するのは、制度要綱の趣旨を没却する極めて形式的かつ機械的な制度要綱の解釈適用というほかはない。
(三) 制度要綱それ自体は違法でないとしても、以下のとおり、本件事業が制度要綱六条一項及び事業承認の条件に違反していることからすれば、本件補助金の支出は違法である。
(1) 制度要綱の六条一項は、施行者に対し、周辺住民との良好な近隣関係の維持とともに、まちづくりに貢献するよう努めなければならない旨を定めている。そして、被告区長は、「(本件)建替計画が高層の建替えであり、周辺の住宅が低層の住宅であるだけに計画に対する様々な意見の出ることが予想される。意見が出た場合には、十分に周辺住民と話し合い、理解を得ることを条件に、優良建築物等整備事業として事業承認することとする。」としており、本件事業の計画に対する周辺住民からの反対を的確に予想していた。それゆえ、「周辺住民から意見が出た場合には、十分に周辺住民と話し合い、理解を得ること」及び「事業の推進にあたっては、当該建替計画について、周辺住民と十分話し合い、良好な近隣関係を維持するよう努めること」との条件を付して、事業の承認をしたのである。
したがって、施行者たる被告東洋不動産と長谷工不動産及び設計施工業者である長谷工は、被告区長から本件事業承認に際して付された「十分に周辺住民と話し合い、良好な近隣関係を維持するよう努めること」との条件について、当然に求められている責務を果たし、右条件を満足させるべき立場に置かれたことになる。
(2) ところで、本件事業について、施行者側から周辺住民への説明会が行われたのは、平成八年二月一二日になってからであった。その後、数回の説明会が行われ、周辺住民は漸く本件建替計画の全貌を知ることになり、それは周辺市街地の環境を破壊するものであることが明らかになった。
そこで、周辺住民が組織するβ南自治会は、平成八年六月二日の臨時総会において、本件事業の計画に反対し、周辺住民の要望も取り入れた設計に変更するよう求めた決議を圧倒的多数の賛成(賛成六二二名、反対一四名、白票五〇名、無効三名)で議決した。
周辺住民側から施行者側に対しては、具体的に、①本件事業敷地の南、西、北側はいずれも建築基準法上の第一種低層住居専用地域であり、周辺はほとんどが二階建て以下の建物ばかりであるのだからそのような地域に突出するような高さ四五メートル、一五階建てのビルを建てるのは、あまりに地域の環境に調和しないし、近隣に対し、日照、通風の変化等の多大の損害を与えることは確実なので低層化すること、②敷地西側は幅員七メートルの道路をはさんで一般住宅地と接しているにもかかわらず、計画では道路との境界からわずか四・五メートルのところまで高層建物がせまっているので、建物を一万九〇〇〇平方メートルの敷地の中央に寄せ、近隣の住宅から離して建物を建てること、あるいは西側の一戸分は一階から最上階まで全部削ること、③設計図上の「公開空地」が、前記のとおり三棟の高層建物に囲まれ中庭状になっているのに対し、三五〇台収容の大駐車場が建物の外側の敷地北側に設けられており、しかも地下駐車場の排気筒は西側住宅に向けて設置されている。したがって、この構造では自動車の排気ガスを周辺住宅へまき散らすことになるので、駐車場と公開空地を交換し、駐車場を中庭の地下に設置し公開空地を北側に設けること、等々の要望が出された。
しかしながら、施行者を代理して説明に当たった長谷工は、本件事業の計画の説明はするものの、周辺住民の要望に対し、「商品価値が下がる。」「費用がかかり採算が合わない。」等述べて住民の要望のほとんどすべてを拒否し、周辺住民の設計変更の要望に一切応じなかった。
(3) このように、施行者たる被告東洋不動産、長谷工不動産及び設計施工業者である長谷工は、周辺住民との間で十分な話し合いを行わず、住民の要望や意見を一顧だにせず、設計の変更を求める周辺住民の意見には全く耳をかさないまま、一方的に本件計画を予定どおり押し進めた。
そのため周辺住民が、やむなく東京都の建築紛争調整室による紛争の調整あっせんを求め、東京都での調整あっせんが続けられたが、施行者の代理人として出席した長谷工は、建築基準法に適合していることを理由に、一切の設計変更に応じられないとの態度に終始した。そのため、平成八年一二月二六日、都のあっせん調整は打ち切られた。
(4) 以上述べたことから明らかなように、本件事業は、制度要綱六条一項及び被告区長が本件事業を承認するにあたり定めた条件に違反しており、本件補助金支出は違法である。
(四) 本件事業に補助金を支出するについては、実質的審査がなされていないから、本件補助金の交付決定及びその交付は違法である。
(1) 本件事業の計画承認申請書は、被告東洋不動産から被告区長に対し、平成八年一月二四日に提出されている。
ところが、右承認申請書が提出されたその日に、被告区長は事業採択決定理由書を作成し、補助金を導入することは妥当と思われると判断している。
しかし、右事業採択決定理由書は、A四版のわずか一頁あまりにほとんど一般的形式的な理由を記載したにすぎないものであり、約一二億七〇〇〇万円もの補助金を交付することになる事業の採択をすべきかどうかについて、実質的に判断したものとは到底いえないものである。
なお、本件事業の採択時の補助費全体計画における補助金の合計額は一四億〇二二三万二〇〇〇円であり、その後において本件事業は当初の計画どおり進められたにもかかわらず、実際には、被告東洋不動産は約九億円の補助金の交付申請の意思を放棄し、被告区長が被告東洋不動産に支出した補助金の合計額は五億〇二二五万六〇〇〇円にとどまっているが、約九億円もの補助金を放棄しても事業を遂行できるというのであれば、そもそも本件事業に対し補助金を交付する必要はなかったと考えられるのであって、この点からみても、本件事業の採択そのものが十分な審査を経てなされなかったことは明らかである。
(2) そして、事業採択が決定された平成八年二月一三日以前の同年一月三一日には、既に被告東洋不動産から被告区長に対し補助金交付申請書が提出され、同年三月一日には、補助金の交付決定がなされている。
この補助金交付決定通知書に別紙として添付された交付条件は、補助金を補助事業以外の用途に使用したときは交付決定を取り消すことができるといった、当然のことを記載したものにすぎないもので、これは補助金交付要綱の別紙条件をそのまま添付したものであって、本件について個別具体的に交付条件を考慮した形跡は全くうかがわれない。
被告区長は、周辺住民と施行者との間の交渉経過とその結果を踏まえ、事業採択決定に当たり自ら定めた条件が守られているかについて十分に斟酌した上で本件事業の計画に対して補助金の交付をすべきか否かを決すべきであった。しかし、行政としても施行者に十分な対応を求めていくとしながら何ら具体的対応を求めず、また、被告東洋不動産、長谷工及び長谷工不動産が、周辺住民の意見を全く無視して工事を進めることを十分に知りながら、安易に補助金の交付を決定している。
被告区長がしたかかる補助金交付決定は、自らが決めた条件をも無視するものである。
(3) また、補助金の交付手続においても、平成七年度、平成八年度及び平成九年度においては補助金交付請求書の提出、事業完了実績報告書の提出、事業完了実績報告書の審査、補助金額の確定及び補助金額確定通知による通知が一日で完了していること、平成一〇年度においては補助金交付申請書提出、右交付申請の審査、補助金交付決定及び補助金交付決定通知書による通知が一日で完了していることからすれば、本件補助金の交付について実質的な審査がなされたとはいえない。
(4) 以上述べたとおり、本件事業及び本件補助金の交付には多くの問題があるにもかかわらず、被告区長は、形式的な審査をしたのみで、内容を個別具体的に検討して真に公益上の必要性が認められるかどうかについて判断することなく本件補助金の交付決定をしたものであり、したがって、被告区長がした本件補助金の交付決定は違法というべきである。
(被告区長らの主張)
(一) 大田区における優良建築物等整備事業補助制度について
(1) 制度制定の経緯
ア 大田区が被告東洋不動産を施工者とする本件事業に対してなした本件補助金の支出は、制度要綱及び交付要綱に基づき、優良建築物等の整備事業を行う者に対して、その事業に要する経費の一部を助成する事業の一環として行ったものであるが、以下に述べるとおり、この事業は、国が公益的見地から立案・推進しようとした事業を具体化したものである。
イ すなわち、国は、市街地における建築活動の大部分は任意の民間による再開発・建設事業であるという実態を踏まえ、これらについて必要な助成を行うことにより、望ましい水準の建築物を整備していくことは、効率的な市街地の整備を図る上で重要であるとの判断のもと、昭和五九年度に、法律に基づかない再開発を支援する制度を創設した。
その後、国は、手法を多様化し、補助対象を拡充するなど制度の拡充を行なってきたが、平成六年度には、目的や手法が類似している他の事業を統合し、土地の合理的利用、市街地環境の整備、市街地住宅の供給、老朽マンションの建替え等の問題に総合的に対処し、支援することで民間による任意の再開発を誘導し、もって公共の福祉に寄与することを目的として、「優良建築物等整備事業」という名称の事業制度を設け、その実施のため国要綱を制定した。
ウ 被告区長は、東京都が国要綱に基づき都要綱を制定したのを受けて、国要綱の定める補助金交付要件に大田区独自の要件を付加した整備要綱及び補助金交付の手続を定める交付要綱を制定した。
(2) 国要綱の趣旨
ア 国要綱は、優良建築物等整備事業をいつくかの型・タイプに分類しているが、本件補助金の支出は、主として再開発を目的とする「優良再開発型」のマンション建替タイプ(国要綱第2の三ハ)に該当するものであり、その規定の趣旨は、以下のとおりである。
イ 耐火構造による共同建て分譲住宅、いわゆるマンションは、その供給が本格化してから三〇年を経過しているが、都心部等で建築されている建築物の相当部分は区分所有物であるがゆえに、こうした老朽マンションの多くは建替えについて権利者間の合意形成を図ることが困難であり、その更新があまり進んでいないのが実情である。
しかし、これらの建物は適切な建替時期を逃すと、所有関係が複雑化したり、建て替える能力のある権利者がいなくなるなどして、建て替えることが不可能となってしまい、安全性の低下、防災機能の低下、公衆衛生の悪化等、周辺の市街地環境上においても悪影響を及ぼしかねない。
また、仮に民間において任意にマンションの建替えがなされたとした場合においても、建築基準法や都市計画法等の関係法令に抵触しない限りにおいて、権利者らが自由にその敷地内の開発を行うことができることから、現実的には建替事業の採算性が重視されて、必ずしも居住者にとって望ましい水準の住環境を備えた建築物が整備されるとはいい難く、まして周辺の市街地環境の向上に配慮した建替えなど期待できない。
国要綱は、要綱所定の要件を具備した建替えに補助金を交付することにより、周辺の市街地環境に配慮した建替えを誘発するとともに、建替えがなされたあとにおいても周辺の市街地環境の向上に寄与するよう事案上権利者に一定の負担を課すことで再開発を誘導していくことを主たる目的としているものである。
(3) 補助金交付の要件
ア 国要綱の定める要件
a 国要綱は、補助の要件として対象地域を規定した上で(国要綱第三)、各事業タイプに共通する基礎要件を設定するとともに、各事業タイプごとの個別要件を定めている。
b 基礎要件は、敷地面積に係る要件(国要綱第四の一)、建築物に係る要件(国要綱第四の四)、空地確保に係る要件(国要綱第四の五)、接道に係る要件(国要綱第四の六)及び住宅に係る要件(国要綱第二の七)がそれぞれ規定されている。
これらのうち本件のマンション建替タイプに関係のある規定の趣旨は、以下のとおりである。
敷地面積に係る要件は一定規模以上の敷地面積を有しなければ、国要綱の趣旨ないし目的とする本来要請される公益上の必要を満たすべき程度の効果が得難いことから、かかる要件が規定されたものである。
建築物に係る要件においては、「地階を除く階数が原則として三階以上であること」及び「耐火建築物又は準耐火建築物であること」が定められ、前者は、高度利用による土地の有効利用を促進することを目的としたものであり、高度利用することで生じた床の処分金を事業資金に充当することで事業の促進を図るとともに、併せて市街地内での住宅供給に資することを期待して規定されたものである。後者は、防災性の高い建築物を建築することにより、市街地環境の向上と維持、市街地住宅の防災上の安全に資するための規定である。
空地確保に係る要件は、建築基準法五三条の規定による建築面積の敷地面積に対する割合(建ぺい率)の最高限度に応じて一定割合以上の空地を確保することを求めるものである。空地面積は、絶対空地面積と公開空地の有効面積の合計により算出され、公開空地の有効面積は重複して積算してよいこととされている。これにより、公開空地がない場合は、法定の建ぺい率により定められたものよりさらに厳しい限定が加えられることとなり、権利者にとって事業採算性の面などから制約を受けざるを得なくなる反面、公開空地を設ければ建築基準法上必要とされる建ぺい率を満たすことは当然に条件となるものの、この要件が事実上緩和されることとなるものである。このように、本要件は、良好な市街地環境を形成する上で効果の高い公開空地の設置を誘導するために規定されたものである。
接道に係る要件は、建築基準法によれば一部の例外を除き、すべての建築物について、その敷地が幅員四メートル以上の道路に二メートル以上接することを求めているところ、ここでは幅員六メートル以上の道路に四メートル以上接することを要件としており、市街地環境の整備に寄与する建築物を整備するための規定である。
住宅に係る要件は、事業の趣旨に反しないよう優良な住宅を適正な水準で確保するために、「当該住宅の専用面積が五〇平方メートル以上であること」、「便所、浴室、台所などの設備が専用であること」などを定めている。
c 次に、マンション建替タイプの個別要件は、国要綱第二、三ハに規定されている。
本件事業は国要綱第二、三ハ②に定める「その敷地内に一般の利用に供する公開空地を確保する事業」に該当するのであるが、当該規定はそのようにして敷地内に一般に公開された公開空地を設けることで、周辺市街地が整備改善されることから設けられた規定である。
また、「耐用年数の三分の一以上経過していること又は同程度の機能低下を生じていること」との要件(国要綱第二、三ハ本文)は、老朽化により起こりうるであろう市街地環境の悪化を未然に防止することを目的とし、現に老朽化しているものを対象とするために規定されたものであり、一〇人以上の区分所有者が存在すること」との要件(国要綱第二、三ハ(2))は、マンションとしての要件、建替えが困難となるであろうと想定される一定の水準を示した規定であり、「区分所有法第六二条の規定による建替決議もしくは区分所有者全員の総意による建替決議又はこれに準ずる措置がなされていること」(国要綱第二、三ハ(3))との要件は、すでに建て替えられた老朽化マンションのほとんどが、区分所有法の規定による建替決議ではなく、区分所有者全員の総意による建替決議により建替えが行われている現状を踏まえ、また、当該事業が全員の同意により進められることが、事業の円滑な実施に必要であるとの判断から規定されたものである。
国要綱第二、三ハ(4)の要件のうち、「延べ面積の二分の一以上を住宅の用に供すること」との要件は、建替え後の建築物が大きな商業施設やオフィスビルになってしまい、その一部が住宅であるというような状態を認めず、良好な住環境を持つ共同住宅として利用されることを求めた規定であり、「建替前の戸数以上又は建替前の延べ面積以上の住宅を供給すること」との要件は、土地の高度利用を前提とした良好な住環境の供給を誘導するための規定である。
イ 大田区の定める要件
a 制度要綱は、国要綱が定める要件をすべて要求するとともに、大田区独自の要件を付加し、より一層周辺市街地環境の整備に寄与するとともに良好な住環境の整備を図るべくその実効性を高めている。
b 制度要綱三条(2)ウ(ア)では「当該住宅の専有面積は原則として五五平方メートル以上であること」と定め、大田区で不足している中堅所得者向け住宅として位置付けている区民住宅の誘導居住水準の下限である五五平方メートルを適用することで、良好な市街地住宅の供給の確保を図っている。
c 制度要綱三条(2)エ、同条(2)オでは、「建築物の形態及び色彩は、周辺の景観と著しく不調和とならないものとすること」、「建築物の全部又は一部を風俗営業の用途に供さないこと」とそれぞれ定め、事業の趣旨に反しないよう建築物の形状、用途に、一定の制限を加えている。
d 制度要綱三条(4)では、「敷地内の空地の配置および整備の内容については、区と協議して定めたものであること」を定めて、空地について周辺の住民を含めて安全、快適に利用することができ、地域に潤いを生み出す公開性のある空地整備を進め、周辺環境の向上に寄与する目的で、大田区との協議を義務付けている。制度要綱三条(6)では、「工業地域においては原則として建築物の延べ床面積の合計の二〇%以上の部分を当該用途地域に適した事業所とし、準工業地域及び商業地域においては周辺の建築物との調和を配慮しつつ、それぞれの用途地域に適した事業所を設けるものとする」と定め、住工及び住商とが共存すべき観点から、用途地域に応じた制限を設けている。
e 制度要綱六条では、施行者の責務として「施行者は、優良建築物等整備事業の実施に当たって、周辺住民との良好な近隣関係を維持するとともにその事業がまちづくりに貢献するよう努めなければならない」及び「施行者及び優良建築物等の管理を行う者等は優良建築物等整備事業の完了後においても、建築物及びその敷地等を適性に維持・管理するよう努めなければならない」とそれぞれ定め、十分な話し合いにより周辺住民の理解を求めること及び大田区の開発指導要綱等の求めに応じた建築物を建設すること、さらに事業完了後においても事業目的に沿って適性に維持・管理を行うことに努力するよう求めている。
(二) 本件補助金支出に至る経緯について
(1) 本件補助金申請に至るまでの経緯
ア βグリーンハイツ建替実行委員会理事長P8は、平成六年七月ごろ、大田区都市整備部(以下「区都市整備部」という。)を訪れ、おおよそ以下のように、βグリーンハイツの現状を述べ、その窮状を訴えた。
a βグリーンハイツは、昭和三二年に建築され、老朽化が到るところで進んでいる。地盤沈下や不同沈下のみならず、供給処理施設にも問題が生じ、ガス管の老朽化によるガス爆発も一度あり、救急車を呼んだほどである。また、赤水や水漏れ等、衛生環境や安全性は悪化する一方で、居住者は転居を余儀なくされている。
b 以前にも一度、建替計画まで話が進んだが、つぶれた経緯もある。今回の機会を逃すと、今後、一層転居者が増え、建替えは不可能になってしまう。大田区から補助金を受けられるような制度はないか。
イ 区都市整備部は、P8に対し、現状では、そのような制度は設けていない旨説明したが、その後も、P8は、建替事業が進展するごとに大田区を訪れ、大田区の協力を要請するとともに、平成七年一月に事業協力者選定コンペが開催されたこと、平成七年三月一九日の区分所有者総会において長谷工を建替事業者として選定したこと、阪神・淡路大震災以後に地震に対する不安のため多くの居住者が転居したこと、平成七年六月に長谷工不動産及び被告東洋不動産をデベロッパーとして選定したことなど、進展の経過を説明した。
ウ 他方、大田区は、国が平成六年六月に制定した国要綱を受けて東京都が創設した都要綱が送付された平成七年四月から、優良建築物等整備事業補助制度について検討を開始し、平成七年七月二六日、国要綱の定める補助金交付要件に大田区独自の要件を付加した制度要綱及び補助金の交付手続を定める交付要綱を制定し、その旨区報に掲載するなどして区民に周知させた。
(2) 補助金交付申請後の経緯
ア 区都市整備部は、平成七年七月二五日、同年七月一六日付けのグリーンハイツ建替計画書を侍参した長谷工の事業担当者から、都要綱に基づく事業が大田区において実施されるのであれば、右建替事業について補助金の交付を受けたい旨の申出を受けた。
イ 区都市整備部は、平成七年九月ごろ、長谷工から聞き取り調査を行い、建物の現状及び経緯並びに建替計画案の具体的内容について説明を受け、以下の点を確認した。
a 現状の建築物について
① 区分所有者は、法人二四社及び個人七八人の計一〇二名であること(制度要綱二条(2)ウ(イ))
② 昭和三二年に建築されたものであり、建築後三八年を経過していること(制度要綱二条(2)ウ本文)
b 建替計画に係る敷地及び建築物について
① 地区面積(敷地に接する道路の中心線以内の面積)が二万一二四六・一八平方メートルであり、敷地面積が一万八九四六・五七平方メートルであること(制度要綱三条(1)ア)
② 延べ床面積四万〇一八八・四一平方メートルに対して住宅面積が三万九〇七六・四五平方メートルであり、住宅面積が延べ床面積に対して占める割合は九七・二三パーセントであること(制度要綱二条(2)ウ(エ))
③ 従前の住宅戸数が二五六戸であるのに対し、計画案では四四七戸になること(制度要綱二条(2)ウ(エ))
④ 地上一五階建二棟と地上一四階建一棟であり、いずれも鉄骨鉄筋コンクリート造の耐火建築物であること(制度要綱三条(2)ア及びイ)
⑤ 住宅の各戸の専用面積
は最小のものでも六六・七五平方メートルが確保され、便所、浴室、台所等の設備は専用となっていること(制度要綱三条(2)ウ)
⑥ 建築物の形態及び色彩は、周辺の景観と著しく不調和であるとは認められないこと(制度要綱三条(2)エ)
⑦ 風俗営業の用途に供される部分は存しないこと(制度要綱三条(2)オ)
⑧ 当該事業地区の全周が六メートル以上の道路に接道していること(制度要綱三条(5))
⑨ 敷地面積一万八九四六・五七平方メートルに対して、絶対空地面積は一万四〇七六・一四平方メートルであり、その絶対空地率は七四・二九パーセントであること(制度要綱三条(3))、また、公開空地面積も四〇〇〇平方メートル程度確保される計画となっていること(同二条(2)ウ(ア)b)そして、以上の事実から、以後、区分所有者の総意による建替決議がなされ、空地の配置及び整備等の内容について大田区と協議を進めれば、制度要綱の定める要件に該当すると判断した。
ウ 前述のとおり、制度要綱は、国要綱及びこれに準じる都要綱の定める要件に大田区独自の要件を付加したものであり、優良建築物等整備事業補助金交付事業は、その財源について、国及び東京都から、それぞれ一定額の補助を受けることが当然に予定されている。
すなわち、制度要綱に基づく補助事業は、原則として大田区の支出する補助金について、国が二分の一、東京都が四分の一を大田区に補助金を交付することが予定されており、それゆえ、大田区が実際に負担するのは、大田区の支出する補助金の四分の一にとどまるものであるので、国及び東京都が、財政上の理由等から、助成ができないとされたような場合、大田区がその独自の財源から助成に要する費用の全額を負担することは当初から予定されておらず、したがって、大田区が制度要綱による助成を行うのは、国及び東京都から助成がされることが確認できた後である必要があるのである。
そこで、大田区は、前記イの調査結果に基づきヒアリング調書を作成し、平成七年九月二六日、東京都住宅局住環境整備課に右ヒアリング調書を持参して、本件事業の内容を説明し、国及び東京都において補助金の助成が受けられるか否かにつき判断を仰いだところ、その後、東京都から、所要の手続を経由すれば本件について国及び東京都からの補助金を交付することができる旨の内示をうけたので、長谷工に対し、本件につき申請があれば、所要の審査手続に入ることができる旨連絡をした。
エ 被告区長は、平成七年一一月ころ、区分所有者全員の建替同意書の提出を受け、平成八年一月二四日には、施行者をβグリーンハイツ建替実行委員会、長谷工不動産及び被告東洋不動産とする本件事業につき、他の施行者から補助金申請について委任を受けた被告東洋不動産から、本件事業に係る申請書の提出を受けたので、右申請書が前記イにおける聞き取り調査の結果と差異がないことを確認した上、同年二月一三日、被告東洋不動産に優良建築物等整備事業として事業承認する旨通知した。
オ その後、大田区長は、平成八年一月三一日、被告東洋不動産から事業計画作成費用及び建築設計費のうち実施設計分について補助金の交付申請を受理したので、同年三月一日、事業計画作成費用について三八六五万二〇〇〇円を補助することを決定し、同年四月二六日に被告東洋不動産に対してこれを支出した。また、同年四月一日には建築設計費のうち実施設計分として三四四八万四〇〇〇円を補助することを決定し、平成九年三月二四日、被告東洋不動産に対してこれを支出した。
カ なお、被告区長は、右補助金交付手続を行うのと併行して、既存道路の拡幅及び公園等の設置その他について、以下のとおり、指導を行い、平成八年三月二六日に、その骨子にっき、被告東洋不動産及び長谷工不動産と別紙二のとおり協定書を締結し、その履行の確保を図っている。
a 公園等の公開空地の整備について
① 公開空地のうち公園等として整備される部分については、安らぎと憩いの場としての目的が達せられるよう湧水池を中心とした自然環境の保全に努め、水際は児童らでも安心して水に親しめるよう緩やかな傾斜を施すなど一定の修景を施すものとすること
② 一般の用に供することを周辺住民らに周知させるため、公道に面した位置計三箇所に公開空地表示板を設置すること
③ 障害者やお年寄りにもやさしい公開空地とするために、公道から公園等の貫通通路については、段差をなくし、車椅子と人とがすれ違うことの出来るようにすること
④ 公園等の整備については、事業面積の二〇パーセント(四〇〇〇平方メートル程度)を確保すること
⑤ 公園等の公開性をより高めるために西南入り口部分の通路(公道からA・C棟の間を通じて公園等に至る通路)の幅員を拡幅すること
⑥ 公園等とは別に、緑地部分を事業面積の二二パーセント確保すること
⑦ 憩いと安らぎの場所にふさわしい機能として、湧水池の縁に東屋及び休憩場所としてベンチを設置すること
⑧ 湧水池は、防災機能として、雨水の抑制機能を持たせた設計とすることまた、湧水池は、消防水利に指定し、周辺地域の火災にも使用できるものとすること
b 公道の拡幅及び歩道状空地(公開空地)の整備について
歩行者が安全、安心して通行でき、周辺近隣住居からの景観に配慮するため、以下のとおり公道を拡幅し、歩道状空地を設置する。
① 事業区域北側に接する区道に事業区域側を〇・五メートル拡幅し、総復員二・〇メートルの段付歩道として整備すること。
② 事業区域東側区道については、道路境界線に沿って事業区域側に二メートル拡幅し、総幅員三メートルの段付歩道を整備すること
③ 事業区域西側区道については、事業区域内に現存樹木を生かした遊歩道形態で、幅員一・五メートル以上を拡幅し歩行者通路を整備すること
④ 障害者や高齢者にも優しい歩道状空地として、歩行者通路は車椅子対応のものとすること
⑤ 通行の便をよくするために、出入り口までの距離が長い歩行者通路は、中間に公道への出入り口を設置すること
c その他の指導事項
① 建築物の外壁面又は柱面と道路境界線との距離を一・五メートル以上有効に確保すること
② 雨水の流出抑制対策として、緑地により地中浸透させ、流出雨水を道路上に流出させないため、流出雨水は、計画にある池を使って流出時間の抑制を行うこと
③ 防災対策として、雨水貯留槽とは別に周辺地からも使用できる防火水槽を設置すること
④ 地域振興、活性化のために地域住民施設として周辺住民の用に供する多目的ホール(一二〇平方メートル以上)を設置すること
⑤ リサイクル活動を推進するために、資源回収の保管場所を設置すること
⑥ 周辺道路の交通渋滞の原因となる路上駐車を防止する観点から、事業区域内に計画戸数の五分の一以上の駐車場を設置すること
⑦ 事業区域内に計画戸数分以上の駐輪場を設置すること
⑧ 衛生上の観点から、都の清掃条例の基準のほかに、保管場所の外観に配慮した形で事業区域内にゴミ保管場所を設置すること
⑨ 障害者や高齢者にやさしい福祉のまちづくりを推進するため、建築物について以下のとおり整備すること
あ 玄関までのアプローチにおいて、段差を解消するためスロープを設け、有効幅員を四メートル以上とし、誘導ブロック及びノンスリップ床材を使用すること
い 玄関の出入り口は、有効幅員九〇センチメートル以上のオートドアを設置すること
う 廊下(共用部分)は、滑止めを施し、採光・照明に留意すること
え エレベーターは、出入り口の開口幅員八〇センチメートル以上、カゴ内の寸法は一〇五センチメートル×一五二センチメートル以上、操作盤の位置(最上部の高さ一二〇センチメートル)、手すり(高さ七五センチメートル)、乗り場ボタン(最上部の高さ一二〇センチメートル)をそれぞれ確保すること
お 駐車場のスペースの有効幅員(三・五メートル×六メートル)を確保し、障害者のための優先ライン及びシンボルマークを表示すること
⑩ 敷地内の高木は極力保存し、建替え後の空地整備に活用すること
キ また、右協定書締結後において、大田区は、被告東洋不動産から右協定書の条項のほか以下の事項を履行することの約束を取り付けている。
a 事業区域東側区道について、これに沿って事業区域側の一部(拡幅後の道路境界線から二メートルないし一メートル)を歩道状空地とし、区道の歩道部分を含めて総幅員五メートルないし四メートル(一部は三メートル)を確保すること
b 事業区域西側区道の整備に当たっては、事業区域内に歩行者用通路を含む四メートルの緑地帯を確保すること
c 事業区域南側区道については、現況二・七メートルに加え、幅二メートルの遊歩道を含む四メートル(一部二・〇から三・二メートル)の緑地帯を歩道状空地として整備すること
d 事業区域北側区道について、既存の歩道を〇・五メートル拡幅した後の境界線から総幅員九メートル(幅員二メートルの遊歩道を含む)に及ぶ緑地帯を整備すること
ク 協定書に定められた条項及び右事業区域をその接する道路と一体として整備する旨の指導内容は、建築物を建築するに際して遵守しなければならない都市計画法、建築基準法等及びその関係法令の規定のみによっては、その実現を望めないものである。
(三) 本件事業が要綱に適合していることについて
(1) 本件事業の建替え前の建築物は、昭和三二年に建築された、四階建一一棟、五階建一棟の中層集合住宅(住宅団地)であった。これらの建築物は、事業申請当時既に三八年を経過し、同建築物の耐用年数六〇年の三分の一を大きく経過し、建築物の状況も基礎が不同沈下し、擁壁が欠損するなど悪化していた。そのような状況のもと、計画承認申請時の権利者一〇二名の全員の総意による建替決議が行われた結果、本件事業の申請がなされるに至ったのである(制度要綱二条(2)ウ本文該当)。
本件事業においては、建替対象となる共同住宅の区分所有者は一〇二名であり、その総意による建替決議がなされている(制度要綱二条(2)ウ(イ)及び(ウ)該当)。
本件計画建物の延べ床面積は四万六二四六・八九平方メートルであり、このうち住宅の用途に供される面積は三万五六九六・四〇平方メートルであって、住宅の戸数は従前の二五六戸から四四七戸となる(制度要綱二条(2)ウ(エ)該当)。
本件事業の敷地面積は一万八九八二・八二平方メートルであり(制度要綱第三条(1)ア該当)、計画建築物は、地上一五階建二棟と地上一四階建一棟、SRC造の耐火建築物であり、住宅の各戸の専用面積はその最小のものであっても六六・七七平方メートルあり、便所、浴室、台所等の設備が専用となっていて、建築物の形態及び色彩は周辺の景観と不調和なものとなってはおらず、風俗営業の用途に供される部分は存在しない(制度要綱第三条(2)該当)。
本件事業の敷地における絶対空地面積は、一万三六〇〇・一三平方メートルであり、絶対空地率(敷地面積に占める空地面積の割合)は七一・六四パーセントであり、そのうち、一般に公開される歩道状空地、豊富な緑や湧水池がある中庭広場、通路等の公開空地面積(実質面積に「総合設計許可準則に関する技術基準について」(昭和六一年一二月二七日付け建設省住街発九四号。)第1、2(2)に規定する係数を乗じて算出する計算上の面積)は、五〇一四・七三五平方メートルに及んでおり(制度要綱第二条(2)ウ(ア)b該当)、空地の配置及び整備の内容について、大田区と協議がなされ定められている(制度要綱第三条(3)及び(4)該当)。
本件敷地周囲は、幅員六メートル以上の道路に四メートル以上接している(制度要綱第三条(5)該当)。
その他、本件事業は、制度要綱に定める要件にすべて適合している。
(2) 原告らは、本件事業と制度要綱二条(2)のうち、老朽化に関する要件との関係について主張するが、前記のとおり、建替え前の建築物は建築後三八年以上を経過し、実質的にも老朽化しているのであって、建替えの必要性があったと認められうる状況にあったのである。
また、原告らは、制度要綱二条(2)(ア)について、公開空地に関し何ら具体的な定めがないと非難するが、同要綱は、公開空地に関する要件について、別表に一定の規定を置くほか、その末尾に「公開空地の積算方法総合設計許可準則に関する技術基準について(昭和六一年一二月二七日付け建設省住街発九四号)に準じて積算する。」と規定し、これを具体的に定めている。そして、本件事業の計画は当該定めに適合しているのである。
(3) 原告らは、公開空地のほとんどは、本来建築基準法により設置を義務付けられたものであり、要綱のみに基づいてわずかな公開空地が設けられていることをもって、多額の補助金を支出することに正当性はない旨主張する。
本件事業によって新築される建築物の敷地は、特定行政庁たる東京都知事から建築基準法八六条一項に規定するいわゆる一団地認定を受けており、その際、東京都の指導に従って公開空地が設けられることとされた。
ところで、国は、「敷地共同利用の促進のための建築基準法第八六条第一項及び第二項の規定の運用について」(平成五年九月八日付け建設省住街発第一一三号)により、建築基準法八六条一項に係る認定準則を定め、各都道府県知事に通達している。
原告らの主張は、建築基準法八六条一項の規定に基づく一団地認定がなされるに当たって設けられることとなった公開空地に対し、補助金を支出するのは正当でないというものと考えられるが、右通達五項において、建築基準法八六条一項の適用に当たっては、優良建築物等整備事業制度の前身である優良再開発建築物整備促進事業等、市街地環境の整備改善を総合的に図るための事業に対する助成制度及び税制上の特例制度並びに住宅金融公庫等の再開発関係融資制度を併せて活用することが有効であるので、民間の開発事業者等に対してこれらの諸制度についても併せて周知させるよう努めることとされていることからも明らかなとおり、「その敷地内の空地について緑化等をおこなうことにより良好な市街地環境の形成に資するものとなるよう」(同通達三項)等の指導をする際には、補助金などによる助成制度等の制度を併せて活用することが考えられているのである。このように、建築基準法八六条一項の適用の際、公開空地を設ける旨指導するに当たっては、もともと本件補助金等の施策の活用も併せることにより、指導の実効性を高めることが予定されているのである。
原告らのこの点に関する主張はその前提を欠くものというべきである。
建築基準法八六条一項に係る認定準則は、複数の敷地における協調的な建築計画を推進し、建築物と公共施設及び敷地内の通路等の有効な空地との一体的な整備による市街地環境の改善と土地の有効・高度利用とに資するために定められた旨明記されている(右通達前文)ことからも明らかなとおり、その趣旨・目的は、国要綱及び制度要綱の趣旨・目的と機を一にしているのである。すなわち、国は、市街地環境の整備と土地の適切な高度利用をさらに促進することが国の重要な課題であり、これを有効に進めていくためには施策の充実を図ることが必要であるとの判断から、建築基準法八六条一項に係る認定準則を定め、これを公益的見地からより一層促進するため、助成制度として国要綱を定めるなど、各種の施策を実施しているのである。
本件事業の敷地内に設置された公開空地標示板には、「(建築基準法八六条に基づく)公開空地」と表示されたものと、「大田区との協議による公開空地」と表示されたものとがある。本件補助金のうち共同施設整備費(空地等整備費)の補助の対象とした公開空地は「(建築基準法八六条に基づく)公開空地」と表示された部分であって、当該部分の位置、面積、形状、設備等の具体的内容は大田区の制度要綱に基づく指導・協議により確定、実施されているのである。
その余の「大田区との協議による公開空地」とだけ表示されている部分については、本件補助金(共同施設整備費)の補助金額算定の対象にしていない。当該部分は、大田区と事業主との協議の過程において、大田区が公開空地部分の導入路部分などについてさらに拡幅することを求め事業主がこれに応じた部分である。
いずれにしても、本件事業の敷地内に設けられる公開空地(歩道状空地を含む。)はすべて制度要綱二条(2)ウ(ア)b、同三条(3)及び別表、同条(4)の規定する要件を具備するものであるから、原告らの主張には理由がないというべきである。
(四) 本件事業の公益性について
(1) 国要綱第5によれば、地方公共団体が民間事業者等に対して、国要綱に定める「優良建築物等整備事業」について調査設計計画の作成費用、土地整備費用、共同施設整備費用及び耐震整備費用を補助する場合は、国は「当該地方公共団体が当該施行者に交付する補助金の二分の一以内で、かつ、当該費用の三分の一以内を当該地方公共団体に対して補助することができる」旨規定している。このように、国は国の定めた国要綱に従って、地方公共団体が民間事業者に補助することには法二三二条の二に定める公益上の必要が認められるとの判断を前提に、国要綱を定めているのである。
同様に東京都も都要綱を定め、国要綱に定める「優良建築物等整備事業」に対し区市町村が民間事業者等に助成する場合には、当該区市町村に対して補助を行うこととしているが、このことは、東京都が、区市町村において国要綱に基づく補助を行うことには公益上の必要がみとめられると判断していることを示すものである。
大田区は、このような国及び東京都の判断に従い、国の施策として全国規模で推進される「優良建築物等整備事業」を大田区内においても実施することが公益上も必要であると考え制度要綱及び交付要綱を定め、事業の実施に当たっているのである。また、補助対象事業の認定については、事前に国及び東京都に、当該事業が国要綱及び都要綱に定める要件に該当するものであるか、該当するとして国及び東京都は大田区が当該事業に対し補助を行う場合、大田区に補助金を交付する予定があるか否かについて照会し、その回答があってから始めて、補助対象事業の認定を行っているのである。
本件においても、大田区は、前記のとおり、国及び東京都の判断を仰いだ上、優良建築物等整備事業承認通知書を被告東洋不動産に対して交付しているのであり、大田区は同区が被告東洋不動産に交付した補助金(事業計画作成に対する三八六五万二〇〇〇円、実施設計に対する三四四八万二〇〇〇円)の各二分の一を国から、各四分の一を東京都からそれぞれ補助を受けており、大田区の実質的な負担は、実際に大田区が支出した金額の四分の一にとどまるのである。
なお、国要綱の趣旨は当該事業を所管する建設省住宅局市街地建築課の監修する出版物において示されており、優良建築物等整備事業のうち本件に係るマンション建替タイプについての適用要件及び当該要件を設定した理由については、前記(一)(2)及び(3)に記載したとおりである。
大田区は、その置かれている実状にかんがみ国要綱の要件に他の要件を付加して、制度要綱を定めている。その詳細は前記(一)(3)イに記載のとおりである。しかし、これは国要綱に定められた要件を満たすだけの事業に対して補助金を支出することは、法二三二条の二に定められた公益性の要件を充足しないので、公益性を備えるにはさらに要件を付加する必要があると考えた結果ではなく、国要綱の要件を満たす優良建築物の建替事業に対して補助を行うことにはそれ自体に公益性があるが、大田区は、制度要綱の実施により、国要綱に定める要件にさらに付加した要件を定め、周辺の住環境にも配慮した良好なまちづくりに貢献する建替事業について補助をするのが適当であると判断したことによるものである。本件補助金の交付に当たっても、前記のとおり事業者に対する詳細な協議、指導をなし、本件の建替事業が周辺の住環境に配慮して実施されるよう求め、協定書を締結してそれが履行されることを確保している。
以上からすると、本件事業には、公益性が認められるというべきである。
(2) また、本件事業は、以下のとおり、実質的にも公益に合致するものというべきである。
本件事業の建替え前の建築物は、著しく老朽化が進行し、その設備や規模等の劣悪な居住環境から、居住者らは転居を余儀なくされるなど無人化が進む一方で、建替えの合意形成も進まず、周辺地域の居住者にも悪影響を及ぼしかねない状況であった。しかし、制度要綱の制定、本件事業の認定が大きな契機となって、区分所有者による建替えについての合意形成が促進され、採算面ばかりを重視する市街地環境に全く配慮のない乱開発を免れ、適正な建替えが計画されることとなり、その結果、市街地環境の悪化が未然に防止されることとなったのである。そして、本件事業は、近隣住民も利用可能な広い公開空地を確保しつつ、住戸数を従前の二五六戸から四四七戸へと大幅に増加させることにより土地利用の共同化・高度化を図るほか、従前の居住環境を改善し、さらに適正な住戸規模、性能、設備を備えた質の高い住宅供給を図り、都市人口の空洞化を防止し、職住接近を可能とするなど良好な市街地住宅の供給にも資するものである。
加えて、本件事業は、市街地環境の整備改善にも貢献している。すなわち、本件事業は、湧水池を活かした広場状空地や敷地外周に歩道状空地を設け、敷地内の積極的な緑地化を図ることにより、安全かつ快適な空間を創出するとともに、敷地内に設けられる公開空地は、五〇〇〇平方メートルを超す大規模なものであり、さらにその整備の内容も本件敷地周辺の地域では容易には得がたい自然を有していた従前の環境を可能な限り活かし、水に親しめる機能を持つ親水空間を確保するなど優良な環境を備えた公開空地として生まれ変わることとなるのである。
そして、本件事業の敷地の南東部の一部は、京浜第二国道を避難路とするための防火地域に指定され、建築物の不燃化の促進が要請されているところ、建築物自体も耐火構造で延焼遮断効果があり、敷地内には近隣火災にも対応可能な防火水槽が設置されるなど、本件事業により新築される建築物の構造、設備についての安全性は高く、さらに公開空地は一時避難用広場として活用することも可能であるなど、本件事業によって本件敷地周辺の地域を含めた市街地の防災機能強化も図られることとなる。
また、本件事業では、周辺住民らの利用も可能な公共的な施設である集会施設を設置するほか、障害者や高齢者など誰もが安全に移動でき、かつ、利用しやすい公開空地や建築物を整備することで、誰もが気軽に外出できる都市環境の整備が図られることとなる。
以上のとおり、本件事業により設置される公開空地(歩道状空地を含む。)等の設備は、広場や道路等の公共施設を補完するものであり、市街地環境の整備改善に資するものである。
このように、本件事業は、土地利用の共同化・高度化等に寄与することはもちろんのこと、良好な市街地住宅の供給、市街地環境の整備改善等にも資する事業であり、事業の成果は、居住者のみならず、当該地域周辺の住民を始めとする多くの区民に還元されるのであって、実質的にも制度の趣旨・目的に適った公益性を有する事業である。
(五) 本件補助金支出の適法性について
本件補助金は、右のとおり、制度要綱、交付要綱に即して支出されたものであるが、地方公共団体が補助金等を支出する場合、あらかじめ要綱等を定め、それに基づいて支出しなければならないとの規定は存在しないのであり、要綱によらずに支出がなされたからといって、当該支出が違法となることはない。国要綱も、国は地方公共団体が事業者等に対し補助する場合には当該地方公共団体に対してその費用の一部を補助するとしている(第6)のみであって、地方公共団体が補助を行うに際して、要綱を定めそれにより補助を行うことまでは求めていないのである。
法第二三二条の二において「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。」と規定されているとおり、地方公共団体は、公益上の必要があると認定したときは、その裁量により、補助又は寄附を行うことが出来るのであるが、国要綱第1に記載されているとおり、国要綱は、市街地の環境の整備改善、良好な市街地住宅の供給等に資するため、土地の利用の共同化、高度化等に寄与する優良建築物等の整備を行う事業について、国が必要な助成を行う制度を確立し、もって公共の福祉に寄与することを目的とするものであって、国要綱に従ってなされた、地方公共団体の事業者に対する補助金の支出には、それ自体、公益上の必要があるというべきであるが、制度要綱は、前記のとおり、大田区の置かれている状況にかんがみ、国要綱に定められた要件のほかにさらに付加した上で、補助金を支出しているものであり、本件の補助金の支出には公益上の必要があるのであって、何ら違法はない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(原告P1、同P2、同P3、同P4及び同P5に係る本件訴えが、監査請求を経た適法な訴えといえるか否か)について
1 原告P1、同P3及び同P4について
弁論の全趣旨によれば、原告P1、同P3及び同P4は、住民監査請求をする際に監査請求書に押印をしなかったこと、そのため、大田区監査委員は右原告らの監査請求を不適法なものとして却下したことが認められる。
そこで、右原告らの監査請求が適法なものであるかどうかについて検討するに、法施行令一七二条二項は、住民監査請求の請求書は、自治省令で定める様式によりこれを調製しなければならないと規定し、法施行規則一三条及び別記様式によれば、住民監査請求の請求者は、請求書の請求者欄に住所、職業を記載し、氏名を自署し、押印をすべきものとされているのであって、右原告らの監査請求は法施行令及び法施行規則の右の定めに従っていないことになる。
しかしながら、法施行規則一三条及び別記様式が請求人に対しに監査請求書に自署するほか、名下に押印することを求めている趣旨は、請求人が真に監査請求をする意思をもって監査請求をしたのかどうかを確認するためのものであると解されるから、仮に名下に押印がされていなくても、その監査請求が当該請求人の意思に基づくものであることが確認できる以上、単にその名下に押印がないとの一事をもってその監査請求を不適法とするのは相当でないというべきである。本件についてみるに、弁論の全趣旨によれば、大田区監査委員は、右原告らに対し押印をするよう補正を命じたが、右原告らがこれに応じなかったことが認められるが、監査請求が右原告らの意思に基づかないとうかがわせる事情は認められないから、右原告らのした監査請求は適法なものとして扱うのが相当であり、これを不適法として却下した大田区監査委員の決定は違法といわざるを得ない。したがって、右原告らについて、適法な監査請求を経たものとして取り扱うべきである。
2 弁論の全趣旨によれば、原告P2及び同P5は、日常生活において用いている「P6」及び「P7」という通称を監査請求書に記載して監査請求をしたこと、これに対し、大田区監査委員は、右原告らについては監査請求がなかったものとして、右原告らの監査請求に対し応答しなかったことが認められる。
そこで、右原告らの監査請求が適法なものであるかどうかについて検討するに、法施行規則一三条及び別記様式が請求人に対しに監査請求書に自署するほか、名下に押印することを求めている趣旨は、前記1に説示したとおりであると解されるのであって、そうであれば、住民が監査請求書に通称名を記載して監査請求をした場合にも、それが当該住民の意思に基づくことが明らかである以上、監査委員はこれを適法なものとしてこれに応答する義務があるものと解するのが相当である。本件についてみると、右原告らの通称名は姓の部分が一致しており、また、弁論の全趣旨によれば、右原告らはその家族とともに監査請求をしていることがうかがわれるのであって、監査委員において確認をすれば、監査請求書記載の人物が右原告らであることは容易に知り得たものと考えられるのであって、右原告らが通称名を用いてした監査請求は適法なものとして扱うのが相当であり、これに応答しなかった大田区監査委員の措置は違法といわざるを得ない。したがって、右原告らについて、適法な監査請求を経たものとして取り扱うべきである。
3 以上のとおり、原告P1、同P2、同P3、同P4及び同P5に係る本件訴えは、いずれも適法な監査請求を経たものとして適法というべきであり、被告区長のこの点に関する本案前の主張は採用することができない。
二 争点2(被告区長に対して補助金の支出の差止めを求める訴えが訴えの利益を欠き不適法となるか否か)について
1 証拠(甲一四の3、乙六の1、2、一八ないし二六、二八、二九)及び弁論の全趣旨によれば、本件事業に係る本件補助金は、平成七年度から平成一〇年度の四年間にわたって交付される予定であったこと、本件補助金は、事業計画作成費用として平成八年四月二六日に三八六五万二〇〇〇円、建築設計費のうち実施設計分として平成九年三月二四日に三四四八万四〇〇〇円、共同施設整備費として、平成一〇年五月一五日に一億一六七八万八〇〇〇円、同年八月一七日に六八八〇万円、平成一一年五月一二日に二億四三五三万二〇〇〇円が、それぞれ大田区から被告東洋不動産に対して支出されたこと、平成一一年五月一二日に支出された二億四三五三万二〇〇〇円は平成一〇年度の予算の執行として、同年度の出納整理期間内に支出されたものであること、平成一一年八月一九日付けで、被告区長から被告東洋不動産に対し、本件補助金の交付が平成一一年五月一二日に支出された分をもって終了した旨の通知がなされ、同月二三日付けで、被告東洋不動産から被告区長に対し、右通知に異議がないこと及び今後本件事業に係る補助金を請求する意思のないことを確認する書面が提出されたことが認められる。
2 右に認定した事実によれば、本件補助金の交付が既に完了しており、将来において本件補助金が大田区から被告東洋不動産に対して交付されることのないことは明らかであり、本件訴えのうち、本件補助金の支出の差止めを求める訴えについては訴えの利益が失われたものといわざるを得ない。
したがって、本件補助金の支出の差止めを求める訴えは不適法というべきである。
三 争点3(本件補助金の交付決定の取消しを求める訴えが適法な訴えといえるか否か)について
1 法二四二条の二第一項二号は、同号に基づく訴えの対象について、「行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求」と規定しているところ、ここにいう「行政処分」とは、行政庁が、法の認めた優越的地位に基づき、公権力の行使として行う行為であって、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される。
この点、原告らは、「行政処分」の概念について、抗告訴訟の対象たる行政処分と法二四二条の二第一項二号にいう「行政処分」とを同一に考えなければならない合理的な理由はなく、それは広く地方公共団体による公金支出、支出負担行為を含む概念として理解すべきである旨主張する。
しかし、我が国の各種の法律において同一の用語が用いられている場合には、格別の定義規定がない限り、同義のものと解するのが相当であり、また、法二四二条の二第六項によれば、住民訴訟については行政事件訴訟法四三条の規定が適用されることとなり、同条によれば、取消請求については、同法九条及び一〇条一項を除き、また、無効確認請求については、同法三六条を除き同法が全面的に準用されているのであって、この点からしても、法二四二条の二第一項二号の「行政処分」については右のように解すべきである。そして、地方自治体の長又は職員がする特定の財務会計行為が法二四二条の二第一項二号の「行政処分」に当たらないとすれば、住民は、権限ある機関により当該行為の取消しを得るまでもなく、直ちに、当該行為が違法であることを理由に、法二四二条の二第一項四号に基づいて当該職員に対する損害賠償の請求又は当該行為に係る相手方に対する損害賠償の請求等をし、あるいは、同項一号に基づいて当該行為の差止めの請求をすることができるのであって、当該行為に行政処分性を認めないことによって、地方公共団体の違法な財務会計行為による損害を防止するという住民訴訟の目的の実現が当然に妨げられるということにはならない。
よって、右の原告らの主張は採用することができない。
2 そこで、本件補助金に係る交付決定が法二四二条の二第一項二号の請求の対象となる「行政処分」に該当するかどうかについて検討する。
この点、非権力的な給付行政の分野における補助金や助成金の支給関係は、支給申請者の申込に対する行政庁の承諾により成立する契約関係であるのが原則であるから、その場合の行政庁の行為は、公権力の行使としての性格を有するものとはいえず、国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものともいえないので、取消訴訟の対象となる処分には該当しないというべきである。
もっとも、このような非権力的な給付行政の分野においても、立法政策として、一定の者に補助金等を給付する要件を定めるとともに、支給申請及びこれに対する支給・不支給決定という手続により、行政庁に申請者の受給権の存否を判断させることとした場合など、法令が特に補助金等の支給・不支給決定に処分性を与えたものと認められる場合には、補助金等の支給・不支給決定は右の「行政処分」に該当するが、法律や条例の委任がなく、単に行政庁の内部の規則だけで補助金の交付・不交付の決定に処分性を付与することはできないものと解される。
右の観点から検討するに、前記第二の一記載のとおり、本件補助金に係る交付決定は制度要綱に基づいてされたものと認められるところ、制度要綱は法律又は条例等の法令の委任に基づき制定されたものではなく、また、甲一によれば、制度要綱は一条で、優良建築物等整備事業制度要綱(国要綱)に基づき、必要な助成を行うことを明らかにしているが、国要綱自体も法令の委任を受けたものではないから、制度要綱が単に行政庁の内部の規則を定めたものにすぎないことは明らかである。
したがって、制度要綱に基づきされる補助金の交付決定は行政処分性を有しないものといわざるを得ない。
以上のとおり、本件補助金に係る交付決定は、法二四二条の二第一項二号の「行政処分」には該当しないから、本件訴えのうち、右交付決定の取消しを求める訴えは不適法というべきである。
四 争点4(本件補助金の交付が法二三二条の二の「公益上必要がある場合」の補助に該当するか否か)について
1 法二三二条の二は、普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる旨規定し、地方公共団体が補助金を支出することができるのは、当該地方公共団体の公益上必要がある場合に限られることを明らかにしている。
もっとも、「公益上必要がある場合」というのは、法律要件としては極めて抽象的なものであり、その要件該当性については一義的に決定できるものではない。すなわち、普通地方公共団体において何が公益であるかについては、当該地方公共団体が置かれた経済的、社会的状況等により変わりうるものであり、当該地方公共団体の政策的判断によらざるを得ない面があることは否定できない。「公益上必要がある場合」に当たるか否かは、当該地方公共団体が置かれている社会的、経済的状況を前提として、補助金の交付を受ける相手方と当該地方公共団体との関係、補助金の交付が当該地方公共団体ないしその住民にもたらす利益、効果、その程度、交付される補助金の額がそれに見合うだけの利益をもたらすものかなど諸般の事情を総合的に勘案して決するほかないものであるが、かかる総合的な判断をする場合においては、事柄の性質上、裁量が機能する余地を否定することはできないのであって、法は、「公益上必要がある場合」に当たるか否かの判断については、当該地方公共団体の長の合理的な裁量にゆだねているものと解するのが相当である。
したがって、普通地方公共団体が補助金の支出をした場合において、当該地方公共団体がした公益上必要があるとの判断が考慮要素とされた諸般の事情に照らして一応の合理性を有するときは、当該補助金の支出については、法二三二条の二の規定違反の問題は生じないものというべきである。
2 以下、右の観点から、本件補助金の交付が法二三二条の二の「公益上必要がある場合」に該当するか否かについて検討を加えることとする。
まず、前記第二の一記載の事実に証拠(甲一、三、六、一三、一四の3、一八の5、二六、二七の1ないし3、二八、二九、三一、三二、乙一、五の1、2、六の1、2、七ないし九、一一、一八ないし二六、丙一)及び弁論の全趣旨をあわせれば、以下の事実が認められる。
(一) 大田区は、国要綱及び都要綱に基づいて、平成七年七月二六日、優良建築物等整備事業を行う者に対する大田区による当該事業に要する経費の一部助成を行うことを定めた制度要綱を制定するとともに、同年八月三日には、制度要綱に基づく補助金の交付手続を具体的に規定した交付要綱を制定した。
制度要綱の趣旨は、主として再開発を目的とするマンション建替タイプ等のいわゆる「優良再開発型」を補助金交付の対象とし、その事業者に補助金を交付することによって、老朽化の進むマンションが適切な時期に建て替えられるように誘導し、もって市街地環境の向上を図ろうとすることにある。
(二) 制度要綱には、以下のような定めがある。
(1) 制度要綱一条は、その目的について「この要綱は、優良建築物等整備事業制度要綱(平成六年六月二三日付け建設省住街発第六三号)に基づき、優良建築物等整備事業を行う者に対して、区がその事業に要する経費の一部について助成を行い、もって市街地の環境整備、改善と併せて良好な市街地住宅の供給を促進とすることを目的とする。」と規定している。
(2) 制度要綱二条は、「この要綱において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。」と規定し、同条(2)は、優良建築物等整備事業について、「この要綱に定めるところによって行われる優良な建築物の建築及びこれと一体的に行われる空地等周辺整備並びにこれらに付帯する事業のうち、次のいずれかに該当する事業をいう。」と規定し、右事業として、共同化タイプ(同条(2)ア)、市街地環境形成タイプ(同イ)及びマンション建替タイプ(同ウ)の三つを定めている。
マンション建替タイプについては、「減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第一五号)別表第一に掲げる耐用年数の三分の一を経過し、又はこれと同程度の機能低下を生じている共同住宅(当該共同住宅が取壊し等により、現に共同住宅として使用されていない場合を含む。)に関し、建物の区分所有等に関する法律(昭和三七年法律第六九号。以下「区分所有法」という。)第二条第一項に規定する区分所有権を有する者(以下「区分所有者」という。)又は区分所有者の同意を得た者が一人で、又は数人共同して、当該権利の目的となっている敷地等の土地の区域内で行う共同住宅の建替え及び敷地等の整備であり、次の要件のすべてに該当するものをいう。」と規定され、その要件については、左記のように規定されている。
記
(ア) 市街地総合再生計画等の区域内において行われる事業であること又は次に掲げる周辺市街地整備に寄与する事業のいずれかに該当するものであること。
a その敷地内で狭小道路に面する部分の道路拡幅、通路提供等を伴う事業
b その敷地内に一般の利用に供する公開空地を確保する事業
c 近隣環境に配慮し、景観と一体となった建築計画が定められた事業
(イ) 建替対象となる共同住宅に係る区分所有者が一〇人以上であること。
(ウ) 区分所有法第六二条第一項の規定による建替決議若しくは区分所有者全員の総意による建替決議又はこれに準ずる措置がなされていること。
(エ) 建替え後の建築物の延べ面積の二分の一以上を住宅の用に供し、かつ、建替え前の戸数又は建替え前の延べ面積以上の住宅を供給すること。
(3) 制度要綱三条は、建築物及び敷地の基準について、「優良建築物等整備事業に係る建築物及びその敷地は、次の各号に適合するものでなくてはならない。」と規定し、その要件については左記のように規定されている。
記
(1) 敷地は、次のいずれかに適合するものであること。
ア 敷地に接する道路の中心線以内の面積がおおむね一〇〇〇平方メートル以上のもの
イ 市街地総合再生計画に係るもの、特定商業集積の整備の促進に関する特別措置法(平成三年法律第八二号)五条一項に規定する特定商業集積整備基本構想に係るもの又は街区整序都心居住推進プロジェクトで、敷地に接する道路の中心線以内の面積がおおむね五〇〇平方メートル以上のもの(ただし、マンション建替タイプについては特定商業集積整備基本構想に係るものを除く。)
(4) 建築物は、次のアからオまでに適合するものであること。
ア 地階を除く階数が原則として三階以上であること。
イ 耐火建築又は準耐火建築物であること。
ウ 住宅の用途に供する場合は、次の要件のいずれにも該当するものであること。
(ア) 当該住宅の専用面積は原則として五五平方メートル以上であること。(単身高齢者世帯等小規模世帯向け住宅を除く。)便所、浴室、台所等の設備が専用であること。
エ 建築物の形態及び色彩は、周辺の景観と著しく不調和とならないものとすること。
オ 建築物の全部又は一部を風俗営業の用途に供さないこと。
(3) 当該区域内に原則として制度要綱別表左欄に掲げる建築基準法五三条の規定による建築面積の敷地面積に対する割合の最高限度に応じて同要綱別表右欄に掲げる割合以上の空地を確保すること。
(4) 敷地内の空地の配置及び整備の内容については、区と協議して定めたものであること。
(5) その敷地が原則として幅員六メートル以上の道路に四メートル以上接すること。
(6) 工業地域においては原則として建築物の延べ床面積の合計の二〇パーセント以上の部分を当該用途地域に適した事業所とし、準工業地域及び商業地域においては周辺の建築物との調和を考慮しつつ、それぞれの用途地域に適した事業所を設けるものとする。
(4) 制度要綱四条は、事務手続について規定し、「施行者は、この要綱により助成を受けようとするときは、事前に事業計画書を区長に提出しなければならない。」(一項)こと及び「区長は前項の規定により事業計画書の提出があったときは、事業計画の内容を審査の上、その適否を決定し、施行者に通知するものとする。」(二項)ことを規定している。
(5) 制度要綱五条は、補助金の交付について、「区長は、前条の規定により事業計画書を適当と決定したときは、予算の範囲内で別に定める「東京都大田区優良建築物等整備事業補助金交付要綱」に基づいて、施行者に対して補助金を交付するものとする。」と規定し、補助金の交付については、交付要綱によることを明らかにしている。
(6) 制度要綱六条は、施行者の責務を定め、一項で、「施行者は、優良建築物等整備事業の実施に当たって、周辺住民との良好な近隣関係を維持するとともにその事業が、まちづくりに貢献するよう努めなければならない。」と定めている。
(三) 交付要綱には、以下のような定めがある。
(1) 交付要綱二条は、「補助金の対象となる事業(以下「補助事業」という。)は、次の各号に掲げるものとする。」と規定し、左記のとおり規定している。
記
(1) 調査設計計画
ア 事業計画作成
イ 地盤調査
ウ 建築設計
(2) 土地整備
ア 既存建築物除却等
イ 整地
ウ 補償費等
(ただし、市街地再開発事業等補助要領(昭和六二年五月二〇日建設省住宅局長通達)に規定する共同化タイプ、市街地環境形成タイプにおける非住宅型プロジェクト及び非地域活性化プロジェクトにおいては、公開空地、公共用通路、事業認可前の都市計画施設、地区施設、再開発地区計画の二号施設に係る部分に限る。)
(3) 共同施設設備
ア 空地等整備
イ 供給処理施設整備
ウ その他施設整備
a テレビ障害防除施設整備
b 立体的遊歩道・人工地盤等整備
c 電気室・機械室整備
d 共用通行部分整備
e 公共用通路整備
f 駐車場整備
g 生活基盤施設整備
h 高齢者生活支援施設整備
(2) 交付要綱四条は、補助金の額について、「補助金の額は、当該年度予算の範囲内で第二条第一号から第三号までの補助事業に要する費用の三分の二以内とし、その費用の算出方法は、市街地再開発事業等補助要領(昭和六二年五月二〇日建設省住宅局長通達)に定めるところによる。」と規定している。
(3) 交付要綱六条は、交付の決定について定め、二項で、「区長は、前項の補助金の交付決定に当たっては、補助金の交付の目的を達成するため、必要に応じて条件を付することができる。」と規定している。
(4) 交付要綱は補助金の交付決定に係る事業が交付決定の内容及びこれに付した条件に適合することを担保するために、施行者が、優良建築物等の配置及び形態、優良建築物等の敷地の位置及び面積、住宅の用に供される部分の面積のいずれかを変更しようとするときは、区長の承認を受けなければならない旨規定し(九条)、区長は、補助事業が補助金の交付決定の内容又はこれに付した条件に従って遂行されていないと認めるときは、施行者に対し、これらに従って補助事業を遂行すべきことを命じることができること(一三条一項)及び施行者がこの命令に違反したときは、施行者に対して補助事業の遂行の一時停止を命じることができること(同条二項)を規定している。
また、施行者は、補助事業が完了したときは完了実績報告書により、又事業が翌年度以降にまたがる場合で、補助金の交付決定に係る会計年度が終了したときは、年度終了実績報告書により速やかに区長に報告しなければならないことを規定し(一四条)、区長は、右の実績報告書の提出を受けた場合において、補助事業の成果が交付決定の内容及びこれに付した条件に適合しないと認めたときは、これに適合させるための措置をとるよう、施行者に対し命じることができることを規定している(一五条一項)。
さらに、施行者が、偽りその他不正の手段により補助金の交付を受けたとき、補助金を当該補助事業以外の用途に使用したとき、補助金の交付の決定の内容及びこれに付した条件又は関係法令に違反したときには、区長は、補助金の額の確定の前後を問わず、補助金の交付の決定の一部又は全部を取り消すことができること(一七条一項、二項)、区長が補助金の交付決定を取り消した場合において、取消しに係る部分に関し、既に補助金が交付されているときは、期限を定めてその返還を施行者に命じなければならないこと(一八条一項)を規定している。
(四) グリーンハイツは、昭和三二年に、当時の日本住宅公団(現在の都市基盤整備公団)が建築し、同年から昭和三三年にかけて分譲したもので、敷地面積一万八九八二・八二平方メートルの土地に建設された、四階建一一棟、五階建一棟からなる全二五六戸延べ床面積一万三六二五・二一平方メートルの中層集合住宅であった。本件申請がされた当時のグリーンハイツの権利者は一〇二名であり、その内訳は、法人が二四名でその所有戸数は合わせて一七一戸であり、個人が七八名でその所有戸数はあわせて八五戸であった。
グリーンハイツは、本件申請がされた平成八年当時、既に建築後約三八年を経過し、建築基準法一二条一項に基づいてその所有者らが平成六年五月二二日及び同年八月二二日に行った定期調査によれば、地盤や基礎の不同沈下、擁壁の欠損、ピロティ部のクラック、天井のはくれつ、サッシや手すり等の腐食がみられるなど、建物の老朽化が進み、「クラック腐食多し改善を要す」という総合所見が出されていた。
グリーンハイツの区分所有者らは、グリーンハイツの各建物が老朽化したため、建替決議をして、その敷地において本件事業を行うこととし、長谷工を設計並びに工事請負業者として選定した。
(五) 本件事業は、地上一五階建の共同住宅二棟及び地上一四階建の共同住宅一棟(全戸数四四七戸)を建築しようとするものである。
本件事業に係る敷地の面積は、一万八九四六・五七平方メートルであり、敷地の全周が幅員六メートル以上の道路に接道している。敷地に接する道路の中心線以内の面積である地区面積は、二万一二四六・一八平方メートルである。
本件事業に係る敷地は、第一種中高層住居専用地域及び準住居地域であり、その北側は第一種中高層住居専用地域及び第一種低層住居専用地域、その西側は第一種低層住居専用地域、その南側は準住居地域、第一種中高層住居専用地域及び第一種低層住居専用地域、東側は準住居地域である。
本件事業によって計画されている建築物は延べ床面積が四万〇一八八・四一平方メートルであり、そのうち住宅部分が三万九〇七六・四五平方メートル、残りの部分は、サロン、フロント及びトイレが一六八・三四平方メートル、多目的ホールが一〇七・二五平方メートル、和室(集会室)が六三平方メートル、通路部分が二四平方メートル、地下トランクルームが五四平方メートル、その他(駐車場、駐輪場)が五七八・三七平方メートルであり、店舗等は存在せず、延べ床面積に対する住宅面積の割合は九七・二三パーセントである。その構造は、いずれも鉄骨鉄筋コンクリート造りの耐火建築物である。住宅の各戸の専用面積は、最小の住宅が六六・七五平方メートル、最大の住宅が一二五平方メートルであり、便所、浴室、台所等の設備は各戸の専用となっている。
本件事業に係る建築物の建築面積は、四八七〇・四三平方メートルであり、空地率は七三・七五パーセントである。そして、約四〇〇〇平方メートルの広さを有する池のある公園や遊歩道が公開空地として整備され、かかる公開空地であることを広く知らせるための表示板が設置されている。
被告東洋不動産ら本件事業の施行者は、本件事業に係る計画建築物について、平成八年六月二〇日、特定行政庁たる東京都知事から、建築基準法第八六条に基づく総合的設計による一団地の建築物の取扱いの認定を受け、同日、東京都建築主事に建築確認申請をした。そして、同年九月一〇日、同建築主事により建築確認がされている。
(六) 本件補助金支出に至る経緯
(1) 大田区都市整備部は、平成七年七月二五日、同年七月一六日付けのグリーンハイツ建替計画書を持参した長谷工の事業担当者から、都要綱に基づく事業が大田区において実施されるのであれば、右建替事業について補助金の交付を受けたい旨の申出を受けた。
これを受けて、大田区都市整備部は、平成七年九月ころ、長谷工から聞き取り調査を行い、建物の現状及び経緯並びに建替計画案の具体的内容について説明を受け、制度要綱に適合するかどうかについて確認した。その結果、区分所有者の総意による建替決議がなされ、空地の配置及び整備等の内容について大田区と協議を進めれば、制度要綱の定める要件に該当することになると判断した。
(2) 被告東洋不動産は施行者を代表し、平成八年一月二四日、被告区長に対し、グリーンハイツ建替えに係る優良建築物等整備事業の計画承認申請書を提出した(本件申請)。そこで、被告区長は前記(1)の聞き取り調査の結果と差異がないことを確認した上、同年二月一三日に被告東洋不動産に対し、本件事業を優良建築物等整備事業として事業承認する旨通知した。なお、被告区長の被告東洋不動産に対する優良建築物等整備事業事業承認通知書には、「事業の推進にあたっては、当該建替計画について、周辺住民と十分話し合い、良好な近隣関係を維持するよう努めること。」とのなお書きが付されていた。
被告区長所部の担当者は、補助金交付申請についての審査と併行して、既存道路の拡幅及び公園等の設置その他について、施工者である被告東洋不動産らに対し指導を行い、大田区は、同年三月二六日、被告東洋不動産及び長谷工不動産との間で、別紙二協定書記載のとおりの協定を締結した。他方、長谷工は、同年二月一二日以降六回にわたって近隣住民に対する説明会を開催した。
その後、施行者の代表である被告東洋不動産から被告区長に対し平成七年度から平成一〇年度まで各年度ごとに本件補助金の交付申請があり、各申請に応じて被告区長はその交付決定をし、各交付決定に基づいて、事業計画作成費用として平成八年四月二六日に三八六五万二〇〇〇円、建築設計費のうち実施設計分として平成九年三月二四日に三四四八万四〇〇〇円、共同施設整備費として、平成一〇年五月一五日に一億一六七八万八〇〇〇円、同年八月一七日に六八八〇万円、平成一一年五月一二日に二億四三五三万二〇〇〇円がそれぞれ大田区から被告東洋不動産に対して支出された。
3(一) 右に認定した事実からすると、制度要綱は、老朽化の進むマンションが適切な時期に建て替えられるよう誘導し、もって市街地環境の向上を図ろうとする趣旨に出たものであり、その趣旨に照らして、補助金交付の対象となるマンションの建替えについて、「耐用年数の三分の一を経過し、又はこれと同程度の機能低下を生じている」という要件(制度要綱二条(2)ウ)、「区分所有者が一〇人以上であること」という要件(同条(2)ウ(イ))を定め、その対象を老朽化の進んでいるマンションの建替えであり、かつ、当該マンションの区分所有者が多数であって建替えに困難を伴うものに限っている。
また、制度要綱は、建替えに係る敷地の面積が一定以上あることを要求し(制度要綱三条(1))、建替えに係る建築物について、「地階を除く階数が原則として三階以上であること」との要件(同条(2)ア)を定めることにより、建替え後の建築物が一定以上の規模を有することを要求し、「当該住宅の専有面積は原則として五五平方メートル以上であること」、「便所、浴室、台所などの設備が専用であること」との要件(同条(2)ウ)と相まって、一定規模以上の開発により、土地の高度利用を促進し、それにより、不足しがちな家族向けの良好な市街地住宅を供給することを目的としていること、そして、「建替え後の建築物の延べ面積の二分の一以上を住宅の用に供し、かつ、建替え前の戸数又は建替え前の延べ面積以上の住宅を供給すること」との要件(制度要綱二条(2)ウ(エ))により、建替え後の建築物が商業施設やオフィスビルになってしまい、老朽化したマンションを建て替えるという本来の趣旨から逸脱することを防止しようとしていることが認められる。
さらに、当該建替事業が、当該マンション周辺の環境の向上等に貢献するものとなるように、「敷地内で狭小道路に面する部分の道路拡張、通路提供等を伴う事業」であること、「敷地内に一般の利用に供する公開空地を確保する事業」であること又は「近隣環境に配慮し、景観と一体となった建築計画が定められた事業」であることとの要件を定め(制度要綱二条(2)ウ(ア))、かつ、敷地内の空地の配置及び整備の内容については、区と協議して定める旨規定し(制度要綱三条(4))、右の要件が単に形式的に具備されるにとどまらず、当該マンションの住民だけでなく周辺の住民を含む地域の住民が当該敷地内の空地を安全、快適に利用することができるようにし、地域の住民に公開された空地整備が進められ、当該事業が地域の住環境の向上等に実質的に貢献するものとなるように配慮していること、同様の趣旨から「建築物の形態及び色彩は、周辺の景観と著しく不調和とならないものとすること」との要件及び「建築物の全部又は一部を風俗営業の用途に供さないこと」との要件を定め、当該事業の周辺の環境と調和した建築物になるように、建築物の形状や用途に一定の制約を加えていることが認められる。
しかも、交付要綱は補助金の対象となる事業を前記2(三)(1)に記載のものに限定しており、また、前記2(三)(4)に記載のとおり補助金の交付決定に係る事業が交付決定の内容及びこれに付した条件に適合することを担保するための規定をおいている。
右のように、制度要綱は、老朽化の進むマンションが適切な時期に建て替えられるよう誘導し、もって市街地環境の向上を図ろうとする趣旨に出たものである。すなわち、老朽化したマンションは、災害時に危険性をもたらし、周辺地域の環境を悪化させるなど当該マンションの周辺の地域に対し不利益を与えるおそれがあるから、その建替えが望ましいが、マンションの建替えは、一般に相当の経済的負担を伴うものであり、各区分所有者の経済状態や考え方の相違により事実上困難を伴うというのが実情である。そこで、地方自治体として市街地環境の向上、災害の防止について責任を負う大田区は、制度要綱に前記のとおり各種の要件を定め、所定の要件を満たす老朽化したマンションの建替事業について、補助金を交付して、その建替えと土地利用の共同化、高度化を促進し、建替え後のマンションが従前の利用形態と異なるものになることを防止して、東京都区部の市街地に不足しがちな家族向けの良好な市街地住宅を供給するとともに、一定の空地が確保され、建替え後のマンションがその周辺の環境と調和するような建物になるよう制約を加えて、当該マンションの周辺の環境の向上を図ることとしているものである。
しかして、右のような都市部の土地利用の共同化及び高度化、良好な市街地住宅の供給並びに当該建物の周辺環境の向上という目的を実現すべく地方公共団体がマンションの建替事業を補助することは公益につながるものであり、制度要綱及び交付要綱が定める右の補助を行うための要件は右目的の達成との関連で合理性を有するものと考えられるのであって、右の目的を達成するために制度要綱の要件を満たすマンションの建替事業に対し交付要綱に基づいて一定の補助金を支出することは、法二三二条の二にいう「公益上必要がある場合」に該当するというべきである。
(二) この点、原告らは、制度要綱の定める要件によっては「公益上の必要性」を認めることはできないとして、その理由をるる主張するので、以下この点について判断する。
(1) 原告らは、建物の老朽化について、形式的に耐用年数の三分の一との要件を定めるのは不十分であり不合理であると主張する。
しかしながら、耐用年数の三分の一程度経過したマンションに老朽化がみられることも十分にありうることであり、逆に、これ以上の期間の経過を求めると、適切な時期に建替えをすることを阻害するおそれがあり、制度要綱の目的を達成できないおそれもある。また、制度要綱は、補助金支出の要件として右の耐用年数の三分の一以上の経過という要件に加えて、区分所有法六二条一項の規定による建替決議若しくは区分所有者全員の総意による建替決議またはこれに準ずる措置がなされていることを要件として規定しているところ、通常かかる建替決議がなされるのは客観的にも老朽化しているような場合であるのであるから、右の要件をもって不合理であるとはいえない。
よって、原告らの主張は失当である。
(2) 原告らは、公開空地について、制度要綱は何ら具体的な定めをしておらず、形状、実質的な公開の程度等については区の自由裁量にゆだねてしまっているが、これでは要件として不十分である旨主張する。
しかし、制度要綱は、その別表に公開空地に関する一定の要件を定めるほか、その末尾に公開空地面積の積算方法として、「総合設計許可準則に関する技術基準について」(昭和六一年一二月二七日付け建設省住街発九四号)に準じて積算することを定めているのであるから、原告らの主張は失当である。
(3) 原告らは、制度要綱は、マンション建替えタイプとして補助金交付の対象となりうる建替対象の共同住宅の所有者について、区分所有者が一〇人以上であることのみを要件としていて、区分所有者の具体的内容、実体、属性等について問題にしないのは不合理である旨主張して、法人やマンション分譲業者に対して補助金が支出されることには公益性が認められない旨主張する。
しかし、制度要綱は単なるマンションの建替えに補助金を支出することを定めたものではなく、良好な市街地住宅の供給及び周辺環境の向上に資する優良建築物に対して補助金を支出する旨定めたものである。原告らは、建替えの費用を捻出できるような法人等に対して補助金を支出することは不当である旨主張するが、建替えの費用を捻出できる者が常に良好な建物を建てるとは限らず、むしろ、建築基準法の枠内で自己にもっとも有利な建物を建築して、その結果周囲の環境等にそぐわないこととなるおそれが強いともいえる。制度要綱は、建替え後のマンションの各住戸が一定の水準以上であること、一定の公開空地が設けられること、建物の形状、色彩等が周辺環境に適合していること等を補助金交付の要件として定め、当該マンションの建替事業により良好な住宅の供給が促進されるとともに近隣の住環境の向上が図られることを目指しているものであり、右の目的を達成するという観点からみれば、建替え前の区分所有者が個人であるか法人であるか、自己使用しているか賃貸しているか等の要素は問題にならないといえるし、むしろ区分所有者の属性や当該マンションの使用状況等を補助金交付の要件としないが、資力のある法人やマンション分譲業者の乱開発による周辺の住環境の悪化を防止することにもつながるともいえる。したがって、区分所有者の中に法人やマンションの分譲業者が含まれているとの一事をもって、当該補助金の支出が不合理なものとなり、その公益性が失われるということはできない。また、区分所有者の中にたまたま公務員の公舎用としてこれを所有する他の地方公共団体が存在したとしても、右の理に変わりはない。
資力のある法人やマンション分譲業者等が中心となって行うマンションの建替事業に地方公共団体が公金をもって補助することについては徴収した税金等の再配分の仕方の当否として別途問題になるところであるが、都市部の市街地の高度利用の促進と住環境の向上という目的を達成することの公益性と比較していずれの政策判断を優先させるかについては、当該地方自治体の裁量にゆだねられているものいわざるを得ない。
以上のとおりであるから、制度要綱が、区分所有者の具体的内容、実体、属性等を補助金交付の要件としていないことをもって、制度要綱が定める要件が公益上の必要の有無を判断する基準として不合理、不十分であるということはできない。
(4) 以上のように、原告らの主張はいずれも採用することができない。
4(一) そこで、進んで本件事業が制度要綱に適合しているかどうかについて判断するに、以下のとおり、本件事業は制度要綱の定める要件に適合している。
(1) 前記2の(四)に認定のとおり、グリーンハイツは昭和三二年に建築され、本件申請がされた当時には既に建築後約三八年が経過し、減価消却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第一五号(別表第一に掲げる耐用年数六〇年の三分の一である二〇年を経過していたこと、本件事業はグリーンハイツの区分所有者がグリーンハイツを建て替える事業であることからすれば、本件事業は制度要綱二条(2)ウ柱書きの要件を満たし、また、前記2の(四)及び(五)に認定のとおり、本件事業はその敷地内に約四〇〇〇平方メートルの広さを有する池のある公園や遊歩道を公開空地として整備するものであること(制度要綱二条(2)ウ(ア)b)、本件申請がなされた当時のグリーンハイツの権利者は一〇二名であったこと(同(イ))、グリーンハイツの区分所有者らは建替決議をしたこと(同(ウ))、本件事業によって計画されている建築物は延べ床面積が四万〇一八八・四一平方メートルであり、そのうち住宅部分が三万九〇七六・四五平方メートルで、延べ床面積に対する住宅面積の割合は九七・二三パーセントであること(同(エ)前段)、戸数及び延べ床面積は、建替え前においては、二五六戸、一万三六二五・二一平方メートル、建替え後においては、四四七戸、三万九〇七六・四五平方メートルであること(同後段)からすれば、本件事業は制度要綱二条(2)ウの要件を満たしている。
(2) また、本件事業に係る建築物は、前記2(五)に認定したとおり、地上一五階建の共同住宅二棟及び地上一四階建の共同住宅一棟であること、本件事業に係る敷地の西側並びに北側及び南側の一部が第一種低層住居専用地域であることからすれば、本件事業に係る建築物の形態が周辺の景観と調和するかどうかについて若干の疑念がないではないが、本件事業に係る敷地の北側及び南側には第一種中高層住宅専用地域及び準住居地域があり、東側は準住居地域であり、証拠(甲一三、丙二)によれば、右の第一種中高層住宅専用地域及び準住居地域には五階建以上の建築物も点在していることが認められ、また、本件事業に係る敷地の一部及びその東側が準住居地域とされていることを併せてみると、本件事業に係る建築物の形態が周辺の景観と著しく不調和となるということはできない。そして、証拠(甲二七の1ないし3、二九、乙一二)によれば、本件事業に係る建築物の色彩が周辺の景観と著しく不調和となるとは認められない。したがって、本件事業は、制度要綱三条(2)エの要件に適合している。
さらに、前記2(六)(2)に認定したとおり、大田区は、平成六年三月二六日、被告東洋不動産との間で、別紙二協定書記載のとおりの協定を締結しており、右協定によれば、被告東洋不動産は、本件事業の事業区域内に事業区域面積の二〇パーセント以上の公園等(面積四〇〇〇平方メートル程度)を設置し、位置及び整備基準は別途大田区土木部と協議する旨、及び被告東洋不動産は、右の公園等をそれ以外の用途に禁止する旨の合意があることからすれば、本件事業は、制度要綱三条(3)の「敷地内の空地の配置及び設備の内容については、区と協議して定めたものであること」との要件に適合しているものといえる。
右に加えて、前記2(五)に認定したとおり、本件事業に係る敷地に接する道路の中心線以内の面積である地区面積は二万一二四六・一八平方メートルであること(制度要綱三条(1)ア)、本件事業に係る建築物は、地上一五階建の共同住宅二棟及び地上一四階建の共同住宅一棟であり(同条(2)ア)、その構造はいずれも鉄骨鉄筋コンクリート造りの耐火建築物であり(同条(2)イ)、住宅の各戸の専用面積は、最小の住宅が六六・七五平方メートル、最大の住宅が一二五平方メートルでいずれも五五平方メートル以上であり(同条(2)ウ(ア))、便所、浴室、台所等の設備は各戸の専用となっており(同条(2)ウ(イ))、建築物には店舗等は存在せず、風俗営業の用途に供する部分が存在しないこと(同条(2)オ)、本件事業はその敷地内に約四〇〇〇平方メートルの広さを有する池のある公園や遊歩道を公開空地として整備するものであること(同条(3))、本件事業に係る敷地の全周が幅員六メートル以上の道路に接道していること(同条(5))からすれば、本件事業が制度要綱三条に規定されている要件を満たしていることは明らかである。
したがって、本件事業に本件補助金を支出することとした被告区長の判断には、合理性が認められる。
(二) この点、原告らは、本件事業は制度要綱の定める要件に適合していないとして、その理由をるる主張するので、以下この点について判断する。
(1) 原告らは、本件事業に係る建物が巨大な高層建築物であることから、本件事業が市街地の環境の整備、改善及び良好な市街地住宅の供給を促進するという制度要綱の実質的要件を具備していない旨主張する。
原告らは、本件事業に係る建築物が巨大な高層建築物であることから、従来の市街地の環境・景観と全く調和しない旨主張するが、前記(一)(2)に説示したとおり、本件事業に係る建築物の形態が周囲の景観と著しく不調和となるということはできない。原告らは、右に関連して、幅員七メートルの道路をはさんで敷地の境界から四・五メートルの地点に高層建築物が存在することを主張するが、道路も含めれば一一・五メートル程度離れていること、乙二六によれば、敷地の境界から四・五メートルの地点に存在するのは建物の角であることが認められ、敷地の境界と並行に建物がある場合と比較してその影響は必ずしも大きくないと思われることからすれば、右のとおり、本件事業に係る建築物が周囲の景観と著しく不調和になるということはできない。
また、原告らは、本件事業は近隣地域に日照、通風の変化、交通事情の悪化、騒音、臭気、電波障害等の多大の損害を与える旨主張するが、都市の市街地の土地の高度利用と良好な住宅の供給を促進するという目的を同時に達成するためには、建物の高層を図らざるを得ず、そのため、近隣住民にある程度の日照等の被害が生ずることはやむを得ないものといわざるを得ないところであり、制度要綱は、その代りに、補助金の交付を受けるための要件として、当該事業がかかる被害を軽減する措置を施すものであること、一定の公開空地を確保し、周辺の住環境の向上に資するものであることを求め、これによってそれら尚方の目的を同時に調和させて達成しようとしているものと解される。そして、既に説示したとおり、本件事業は制度要綱に合致しており、これに加えて、証拠(甲二、乙一六、一七)によれば、本件事業においては、敷地の北側を駐車場として、建物をできる限り南側に寄せて、近隣に対する日照の被害が最小限となるようにしていること、電波障害についてあらかじめ電波障害が発生する地域を予測してその障害の除去のための措置を講ずるとしていることが認められることからすれば、本件事業が制度要綱の実質的要件に反しているということはできない。
なお、原告らは、本件事業に係る建築物が建築基準法による日影規制に抵触しているかのように主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
(2) 原告らは、本件事業に係る駐車場を利用する車が周辺の一般住宅の居住者の用に供されてきた道路をそのまま利用する形態となっていること、駐車場の換気のためのダクトが、敷地の西側道路に近接するような形で設けられていること、ゴミ収集場所がいずれも敷地の外周道路と接する場所に設置されていることを理由に、本件事業は、近隣に対する影響を極力回避する配慮を欠いており、制度要綱に違反する旨主張する。
しかしながら、本件事業に係る建替え後のマンションに居住する住民が周辺の公道を利用することが許されないものではなく、右マンションの駐車場を利用する車が周辺の公道を利用する形態であることをもって、近隣に対する影響を回避する配慮がみられないなどということはできない。また、駐車場の換気のためのダクトが、敷地の西側道路に近接するような形で設けられているとの事実を裏付ける証拠はない。さらに、ゴミ収集場所についても収集の便宜等からすれば、外周道路に近接してゴミ収集場所を設けることはやむを得ないものであり、しかも、証拠(甲二六、二八)によれば、ゴミ収集場所は、外周道路から歩道状の公開空地に接するマンションの敷地の中に設置されることが認められ、かかる設置方法からすれば、本件事業が近隣に対する影響を回避する配慮をしていないということはできない。
したがって、原告らの右主張はいずれも失当である。
(3) 原告らは、公開空地について、①本件事業に係る公開空地は建築基準法八六条に基づく総合設計のために設置されたものであるから、制度要綱の適用を目的としたものではない、②本件事業においては歩道状空地が設置されているが車道の拡幅をすべきであった、③本件事業に係る公開空地は公開されているとはいえない旨主張する。
しかし、乙二七(「敷地共同利用の促進のための建築基準法第八六条第一項及び第二項の規定の運用について」平成五年九月八日付け建設省住街発第一一三号)によれば、建築基準法八六条一項の認定準則は、複数の敷地における協調的な建築計画を推進し、建築物と公共施設及び敷地内の通路等の有効な空地との一体的な整備による市街地環境の改善と土地の有効・高度利用とに資するために定められた旨明記されていること(前文)、同項の適用に当たっては、優良建築物等整備事業制度の前身である優良再開発建築物整備促進事業等、市街地環境の整備改善を総合的に図るための事業に対する助成制度及び税制上の特例制度並びに住宅金融公庫等の再開発関係融資制度を併せて活用することが有効であるので、民間の開発事業者等に対してこれらの諸制度についても併せて周知させるよう努めることとされていること(五項)が認められ、建築基準法八六条と制度要綱は趣旨、目的を共通するものであるといえるから、本件事業に係る公開空地の設定が建築基準法八六条に基づく総合設計の認定を受ける目的を併有しているとしても、制度要綱上の公開空地として認められないというわけではなく、原告らの主張は失当である。
また、原告らは、車道の拡幅をすべき旨主張するが、公開空地をどのように整備するかはそれぞれの事業に最も適した形で行うべきであり、そのために制度要綱も「敷地内の空地の配置及び整備の内容については、区と協議して定めたものであること」との要件を規定している(制度要綱三条(4))ものと解される。そして、別紙二協定書記載のとおり、大田区と被告東洋不動産及び長谷工不動産は、本件事業に係る敷地の北側区道を〇・五メートル拡幅し、総幅員二・〇メートルの段付歩道を整備すること、東側区道を二・〇メートル拡幅し、総幅員三・〇メートルの段付歩道を整備すること、西側区道について幅員一・五メートル以上の歩行者通路を整備することを協定し、本件事業においても、大田区と協議の上公開空地の配置及び整備の内容を定めていることが認められ、他方、前記2(五)記載のとおり、本件事業に係る敷地は、全周が幅員六メートル以上の道路に接道していることが認められる。右のとおり、本件事業においては、周辺の道路の拡幅をした上で歩道を設置していること、周辺道路の幅員は十分であることからすれば、本件事業に係る公開空地の配置及び整備の内容が制度要綱に反しているとはいえない。
さらに、原告らは、本件事業に係る公開空地は公開されているとはいえない旨主張するが、右公開空地が外部から自由に出入りできる形態となっていること及び公開空地であることを広く知らせるための表示板が設置されていることは前記に認定したとおりであり、右公開空地はその設置状態に照らして公開されてるものということができ、原告らの主張は失当である。
(三) また、原告らは、本件事業は、制度要綱六条一項及び被告区長が本件事業を承認するに当たり定めた条件に違反しており、本件補助金支出は違法である旨主張する。
しかしながら、前記2(六)(2)記載のとおり、長谷工は平成八年二月一二日以降六回にわたって近隣住民に対する説明会を開催したこと、被告東洋不動産は、大田区からの指導に応じて別紙二のとおりの協定書を提出して、まちづくりに一定の協力をしていることが認められる。これに対し、原告らは、原告らの要望を長谷工や被告東洋不動産が受け入れなかったことをもって制度要綱六条一項及び本件事業を承認するに当たり定めた条件に違反しているかのように主張するが、制度要綱六条一項の「施行者は、優良建築物等整備事業の実施に当たって、周辺住民との良好な近隣関係を維持するとともにその事業が、まちづくりに貢献するよう努めなければならない。」という規定や本件事業の事業承認において付された「事業の推進にあたっては、当該建替計画について、周辺住民と十分話し合い、良好な近隣関係を維持するよう努めること。」との条件が、本件事業の施工者である被告東洋不動産等に対し原告ら近隣住民の要望をすべて受け入れるべき義務を定めたものでないことは明らかであり、同被告らにおいて原告らとの話し合いを不当に拒否し、当然受け入れてしかるべき要望を無視したなど制度要綱六条一項及び右条件に違反するとすべき事情があったことを認めるに足りる証拠はない。原告らのこの点に関する主張は失当である。
(四) さらに、原告らは、本件事業に補助金を支出するにつき、実質的な審査がなされていないから、本件補助金の交付は違法である旨主張する。
しかしながら、右2(六)に認定したとおり、大田区都市整備部は、平成七年九月ころ、長谷工から聞き取り調査を行い、建物の現状及び経緯並びに建替計画案の具体的内容について説明を受け、制度要綱に適合するかどうかについて確認し、その結果、区分所有者の総意による建替決議がなされ、空地の配置及び整備等の内容について大田区と協議を進めれば、本件事業は制度要綱の定める要件に該当すると判断したこと、また、甲一四の1及び弁論の全趣旨によれば、本件申請がされた平成八年一月二四日から約一週間後の同年二月一日に本件事業を事業採択する件についての起案がされ、さらに約二週間後の同月一三日に決定されたことが認められ、その間審査がされていたことが認められる。
なお、前記第二の一5(五)記載のとおり、大田区が実際に被告東洋不動産に交付した補助金の額は、本件事業の採択時の補助費全体計画における補助金の合計額より大幅に少なくなっているが、証拠(甲一四の3、乙一八ないし二六)及び弁論の全趣旨によれば、それは、本件事業計画の見直しを求める近隣住民との話し合いによる解決の目処がたたなかったため、被告東洋不動産が当初計画で予定されていた平成八年度の建設設計費等の補助金の交付申請を断念したこと、また、交付要綱上、補助金の交付申請は事業の着手に先立ち行うべきものとされているところ、本件事業により建築された建物三棟(A棟、B棟及びC棟)のうち、A棟及びB棟については建設工事に早期に着手する必要があり、大田区の審査を待つ時間的余裕がないとして、被告東洋不動産が当初計画で予定されていたその共同施設整備費に係る補助金の交付申請を断念したことによるものと認められるのであって、右のような経緯により実際の補助金の交付額が当初計画より減少したからといって、被告区長が十分な審査を行わずに本件事業を採択したものということはできない。
原告らは、本件補助金の交付について補助金額の確定手続が一日で行われていることから実質的な審査がなされていないとも主張する。しかし、交付要綱一六条に規定されているとおり、実績報告書の審査は必要があると認める場合に現地調査を行うほかは原則として書面審査であり、審査の内容も交付決定の内容及びこれに付した条件に適合するかどうかにすぎないところ、前記2(六)に認定の事実からすれば、本件事業に係る優良建築物等整備事業事業承認手続の段階から補助金の交付申請に至るまでの過程で、大田区の担当者と本件事業の施行者である被告東洋不動産等とが本件事業の施行をめぐって各種の折衝、指導を行い、右担当者において折衝の結果ないし指導の内容が履行されているかどうかの確認を行っていたことは容易に推認されるところであり、右担当者がそのような折衝・指導の過程・内容を踏まえてこのような書面審査を一日で完了することは十分に可能であり、一日で審査が完了したことをもって実質的な審査がされていないなどということはできない。平成一〇年度においては、交付決定が一日で審査されているが、証拠(甲二一の2、乙二三)によれば、平成九年度及び平成一〇年度の補助対象の項目は、いずれも共同施設整備に係るものであり、実質的な審査は平成九年度の交付決定と共通することから、一日で審査が完了したとしても、実質的な審査がなされていないということはできない。
以上からすると本件事業に補助金を支出するにつき実質的な審査がなされていないとする根拠はなく、また、前記(一)記載のとおり、本件事業は制度要綱に適合していることからすれば原告らの主張に理由がないことは明らかである。
5 以上のとおり、制度要綱の要件を具備する事業に補助金を支出することは、「公益上必要がある場合」(法二三二条の二)の補助に該当するというべきところ、本件事業は制度要綱に適合するものであるから、本件事業に本件補助金を支出することとした被告区長の判断には、合理性が認められ、本件補助金の支出は、法二三二条の二の規定違反の問題を生ずるものではない。
第四結論
以上の次第で、本件訴えのうち、原告らの被告区長に対する訴えは不適法であるからこれを却下し、原告らの被告東洋不動産に対する本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青柳馨 裁判官 谷口豊 裁判官 加藤聡)