東京地方裁判所 平成9年(行ウ)17号 判決 1998年10月20日
甲事件原告
明石秀
外五二名
乙事件原告
田口邦夫
外二名
右五六名(以下「原告ら」という。)訴訟訟代理人弁護士
大西英敏
同
加園多大
同
市原健司
同
菅野庄一
被告
通商産業大臣
与謝野馨
右指定代理人
竹村彰
外一〇名
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告らの請求
(主位的請求)
被告が株式会社サテライトジャパンに対し平成八年一一月一日付けでした場外車券売場設置許可処分は、無効であることを確認する。
(予備的請求)
被告が株式会社サテライトジャパンに対し平成八年一一月一日付けでした場外車券売場設置許可処分を取り消す。
二 被告の答弁
(本案前の答弁)
主文同旨
(本案の答弁)
原告らの請求をいずれも棄却する。
第二 事案の概要
本件は、被告が自転車競技法(以下「法」という。)四条一項に基づき、株式会社サテライトジャパン(以下「サテライトジャパン」という。)に対してした場外車券売場設置許可処分について、その許可に係る場外車券売場の周辺住民等である原告らが、右許可処分は、被告が法及び法施行規則(以下「規則」という。)に違反し、その裁量権の範囲を逸脱して行った違法な処分であるとして、主位的にその無効確認を、予備的にその取消しを求めている事案である。
一 関係法令の定め
1 車券発売施設の設置
競輪の車券の発売又は払戻金若しくは返還金の交付(以下「車券の発売等」という。)の用に供する施設を競輪場外に設置しようとする者は、命令の定めるところにより、通商産業大臣(以下「通産大臣」という。)の許可を受けなければならない。右の許可を受けて設置された場外車券売場を移転しようとするときも、同様に通産大臣の許可を受けなければならない(法四条一項)。
通産大臣は、右の許可の申請があったときは、申請に係る施設の位置、構造及び設備が命令で定める基準に適合する場合に限り、その許可をすることができる(法四条二項)。
2 場外車券売場設置等の許可申請
場外車券売場の設置又は移転の許可を受けようとする者は、申請者の氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては代表者の氏名その他の所定の事項を記載した許可申請書を当該場外車券売場を設置し又は移転しようとする場所を管轄する通商産業局長(以下「通産局長」という。)を経由して、通産大臣に提出しなければならない(規則四条の二第一項)。
また、右の許可申請書には、次の図面を添付しなければならない(規則四条の二第二項)。
(一) 場外車券売場付近の見取図(敷地の周辺から一〇〇〇メートル以内の地域にある学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設の位置並びに名称を記載した一万分の一以上の縮尺による図面)(同項一号)
(二) 場外車券売場を中心とする交通の状況図(同項二号)
(三) 場外車券売場の施設の配置図(一〇〇〇分の一以上の縮尺による図面)(同項三号)
3 場外車券売場の許可基準
(一) 法四条二項の規定を受けて、規則四条の三第一項は、場外車券売場(払戻金又は返還金の交付のみの用に供する施設を除く。)の許可基準について、次のとおり定めている。
(1) 学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設から相当の距離を有し、文教上又は保健衛生上著しい支障を来たすおそれがないこと(同項一号)。
(2) 施設は、入場者数及び必要な設備に応じた適当な広さであること(同項二号)。
(3) 車券の発売等の公正かつ円滑な実施に必要な次の構造、施設及び設備を有すること(同項三号)。
ア 車券の発売等の用に供する施設及び設備(同号イ)
イ 入場者の用に供する施設及び設備(同号ロ)
ウ その他管理運営に必要な施設及び設備(同号ハ)
エ 外部とのしゃ断に必要な構造(同号ニ)
(4) 施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置は、入場者の利便及び車券の発売等の公正な運営のため適切なものであり、かつ、周辺環境と調和したものであって、告示で定める基準に適合するものであること(同項四号)。
(二) 右(一)(4)の「告示で定める基準」については、「自転車競技法施行規則第四条の三第一項第四号の規定に基づく場外車券売場の施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置の基準を定めた件に関する告示」(平成六年通商産業省告示第一〇九号。以下「場外告示」という。)がこれを定めている。
場外告示は、入場者の用に供するため、適当な数及び広さを有する駐車場その他の所定の施設が利用しやすい場所に設けてあることを場外車券売場の設備等に関する基準の一つとして定めており(場外告示第一の二(四))、このうち駐車場については、駐車場は立地条件に応じ場外車券売場周辺の道路交通等に支障を及ぼすことのないよう入場者等を収用するのに十分な広さであること、自ら設置することが困難である場合には、車券発売中については他の駐車場の所有者等との契約により十分な広さの駐車場を確保することと定められている(同告示第一の二(四)チ)。
二 前提となる事実
(以下の事実のうち、証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)
1 当事者
原告らは、後記2記載の場外車券売場の設置場所の周辺に居住し、又はその周辺に事業所を設けて事業を営み、若しくはその周辺の事業所に勤務する者である(甲一三、一九、三八ないし四〇、四一の1、2、四二ないし六三、六八、八五ないし八八、八九の1、2、弁論の全趣旨)
2 場外車券売場設置許可処分
(一) サテライトジャパンは、新橋商事株式会社が東京都港区新橋二丁目一二番地一ほかに建築予定の仮称「新橋西口駅前ビル」(鉄骨鉄筋コンクリート・鉄骨造地下二階地上一一階建、敷地面積568.74平方メートル、建築面積519.66平方メートル、延床面積6125.93平方メートル。以下「本件建物」という。)に、「サテライト新橋」という名称で場外車券売場(以下「本件場外車券売場」という。)を設置する計画を立て、平成八年一〇月三〇日、法四条一項及び規則四条の二に基づき、その設置の許可を求める申請書を関東通産局長に提出した。関東通産局長は、同日、被告に対し、右申請書を進達し、被告は、同月三一日、これを受理した(甲一二、一七の1ないし10、一八、二〇、乙一二の1ないし7、三九、弁論の全趣旨)。
(二) 被告は、平成八年一一月一日、サテライトジャパンに対し、法四条一項に基づき、本件場外車券売場の設置を許可する旨の処分(以下「本件許可処分」という。)をした。
三 本件許可処分の違法性に関する原告らの主張の要旨
1 前記一1記載のとおり、被告は、場外車券売場設置の許可申請があったときは、申請に係る施設の位置、構造及び設備が命令で定める基準に適合する場合に限り、その許可をすることができるものであり、右の基準に適合しない施設について許可を与えることは、法に違反することになる。
また、その申請に係る施設の位置、構造及び設備が命令で定める基準に適合する場合であっても、場外車券売場の設置を許可するかどうかは、被告の裁量(ただし、これは自由裁量ではなく、き束裁量である。)にゆだねられているところ、その裁量権の範囲を逸脱して行われた許可は違法となる。
2 本件許可処分は、以下の理由により、被告が、法及び規則に違反し、その裁量権の範囲を逸脱して行った違法な処分というべきである。
(一) 規則四条の三第一項一号は、「学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設から相当の距離を有し、文教上又は保健衛生上著しい支障をきたすおそれがないこと」(以下「位置基準」という。)を場外車券売場設置の許可基準の一つとして定めているが、右規定における「相当の距離」とは、許可申請書の添附図面について規定した規則四条の二第二項一号の規定に照らし、一〇〇〇メートルを基準として考えるべきである。
しかして、本件場外車券売場の周辺一〇〇〇メートルの範囲内には多くの文教施設や病院が存在しており、本件場外車券売場は、位置基準に適合しないものというべきである。
(二) 規則四条の三第一項四号は、「施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置は、入場者の利便及び車券の発売等の公正な運営のため適切なものであり、かつ、周辺環境と調和したものであって、告示で定める基準に適合するものであること」(以下、このうち後半部分の周辺環境との調和を規定した部分を「構造等環境調和基準」という。)と定め、これを受けて、場外告示第一の二(四)チは、場外車券売場については、立地条件に応じ場外車券売場周辺の道路交通等に支障を及ぼすことのないよう入場者の自動車等を収容するのに十分な広さの駐車場を設け、自らこれを設置することが困難である場合には、車券発売中については他の駐車場の所有者等との契約により十分な広さの駐車場を確保すること(以下「駐車場基準」という。)を設備等に関する基準の一つとして定めている。
しかるに、本件場外車券売場には、来場者のための駐車場が一切設けられておらず、本件場外車券売場が駐車場基準に適合しないことは明らかである。
(三) 通商産業省機械情報産業局長(以下「機械情報産業局長」という。)は、平成七年四月三日付けで「場外車券売場の設置に関する指導要領について」と題する通達(以下「指導要領」という。)を発し、規則四条の二第一項及び四条の三第一項の運用等について定めているが、指導要領においては、場外車券売場を設置するに当たっては、その場外車券売場の設置場所を管轄する警察署、消防署等とあらかじめ密接な連絡を行うとともに、地域社会との調整を十分行うよう指導することとされている。
これは、場外車券売場が公営の賭博場であり、地域環境にとって有害施設である以上当然の要件であり、厳格に履践されるべきものである。しかるに、本件場外車券売場の設置については、地域社会との調整が十分行われたとはいい難く、指導要領の定めに明らかに反するものである。
指導要領違反が直ちに行政法規の違反に直結すると考える場合はもちろんのこと、仮にそうでない場合でも、指導要領に明確に反する本件許可処分は、裁量権の範囲を逸脱した違法な処分というべきである。
(四) また、本件許可処分は、申請からわずか二日間で行われており、被告の審査が許可を前提として行われた形式的なものであって、その許可手続が手続上の適正さを欠くことは明らかである。
3 以上のとおり、本件許可処分には、重大明白な瑕疵があり、当然に無効とされるべきであり、仮にその瑕疵が重大明白なものでないとしても、違法な行政処分として取消しを免れないというべきである。
四 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の主要な争点は、原告らが本件許可処分の無効確認又は取消しを求める原告適格を有するか否かであり、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。
なお、被告は、本件許可処分は適法であると主張し、右三記載の本件許可処分の違法性に関する原告らの主張についても、これを争っている。
(被告の主張)
1 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)九条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものである。
そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通じて保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。
2 しかして、法及びその関連法規は、以下に述べるとおり、場外車券売場周辺の住民らの個々人の個別的利益をも保護の対象とすべきものとする趣旨を含むとは解されない。
(一) 法の目的
法にはその目的が規定されていないが、全体として競輪事業について定めており、競輪施行の目的は「自転車その他の機械の改良及び輸出の振興、機械工業の合理化並びに体育事業その他の公益の増進を目的とする事業の振興に寄与するとともに、地方財政の健全化を図る」こととされている(法一条一項、一一条、一二条)。このほかの目的を示す規定としては、公安上及び競輪の運営上の基準の確保(法三条四項)、競輪の公正かつ安全な実施等(法五条二項、一四条、一四条の二、一六条の三)、競輪等の公正かつ円滑な実施(法一二条、一三条)、競輪場内等における秩序の維持(法一四条、一四条の二)に関する規定がある。
これらを総合すると、法は、競輪事業における様々な局面における公正、円滑な運用、安全、公安、秩序を確保し、もって、公益を公共的な目的に用いることを規定した法律ということができる。
そして、法には、場外車券売場の周辺住民らの個々人の個別的利益の保護を直接目的とした規定は置かれていない。
(二) 場外車券売場設置の大臣許可制度の趣旨
法は、場外車券売場の設置を通産大臣の許可にかからしめ(法四条一項)、「申請に係る施設の位置、構造及び設備が命令で定める基準に適合する場合に限り、その許可をすることができる」とし(法四条二項)、その許可基準を規則四条の三第一項各号並びに同項四号に基づく場外告示において定めている。
場外車券売場設置の大臣許可制度の趣旨は、競輪場の大臣設置許可制度(法三条四項参照)と同様に、その申請に係る施設の位置、構造及び設備が公安上及び競輪の運営上適当であるか否かを審査することにあるものである。
(三) 場外車券売場の許可基準の趣旨
場外車券売場の許可基準を定める規則四条の三第一項各号及びその設備等に関する基準を定める場外告示のうち、原告適格を検討するに当たってその趣旨が問題となるものは、①規則四条の三第一項一号の定める位置基準、②同項四号の定める構造等環境調和基準、及び③場外告示第一の二(四)チの定める駐車場基準の三点であるが、次に述べるとおり、右の許可基準等は、場外車券売場の周辺住民らの個別的利益の保護を直接目的とする趣旨を含むものと解することはできない。
(1) 位置基準について
場外車券売場設置の許可制度は、その申請に係る施設の位置、構造及び設備が公安上及び競輪の運営上適当であるか否かを審査することを目的とするものであり、位置基準によって保護しようとした利益は、公安の確保という公益の実現であることは明らかである。位置基準は、場外車券売場が文教施設や医療施設に距離的に近接していることによって、文教上、保健衛生上支障を被る人の数が増大することを避けるという公益の実現を目的として行政権に制約を課したものであって、その結果、個々の住民が受けることとなる利益は、単なる反射的利益にとどまるものであり、位置基準は、周辺住民等の個々人の具体的利益の保護を予定しているものではない。
なお、規則四条の三第二項一号は、場外車券売場設置許可申請書に、「場外車券売場付近の見取図(敷地の周辺から一〇〇〇メートル以内の地域にある学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設の位置並びに名称を記載した一万分の一以上の縮尺による図面)」の添付を義務付けているが、場外車券売場の設置により文教上又は保健衛生上著しい支障を来すおそれがあるか否かは、単純に距離のみによって判断できるものではなく、個々の施設の立地状況、交通状況などによって異なるものである。規則四条の三第二項一号が一〇〇〇メートルという範囲を設けているのは、一〇〇〇メートル離れていれば一般的には支障が生じないものと想定し、一〇〇〇メートル以内に施設がある場合には個別的事情を考慮して審査の対象とすべきであるとする趣旨であって、一〇〇〇メートル以内のすべての施設には必ず著しい支障が発生することを想定しているものではない。
この点に関し、原告らは、規則四条の三第二項一号による見取図添付の義務付けと位置基準とを結びつけた上で、設置予定地から一〇〇〇メートル以内にある文教施設や医療施設に関連する者には、当然に文教上、保健衛生上著しい支障が生ずるかのように主張するが、かかる主張は右に説明したように規則の趣旨に反するもので失当である。
(2) 構造等環境調和基準について
構造等環境調和基準の趣旨は、場外車券売場の入場者に対する配慮として周辺環境に調和した外観等の美観などに留意することを通じ、競輪の運営を改善し、ひいては、競輪事業の目的を達成することを目的としたものである。構造等環境調和基準により、周辺住民らが美観等環境面での利益を受けることがあったとしても、これは右基準があることによってもたらされる単なる反射的利益にすぎないというべきである。
(3) 駐車場基準について
駐車場基準は、場外車券売場の入場者の利便性向上のために十分な広さの駐車場を設置することを通じ、競輪事業の運営を改善し、ひいては、競輪事業の目的を達成することを目的としたものである。駐車場基準にいう「周辺の道路交通等に支障を及ぼすことのないよう」との趣旨は、あくまでも競輪関係施設が社会的に受容され、競輪事業を円滑に進めることを可能とするための、場外車券売場設置者に対する行政上の「努力目標」、すなわち一つの目安として設定された規定であり、駐車場基準によって、周辺住民らが道路交通面で利益を受けることがあったとしても、これは右の基準があることによってもたらされる単なる反射的利益にすぎないというべきである。
(4) 交通状況図の添付と駐車場基準等との関係について
規則四条の二第二項二号は、「場外車券売場を中心とする交通の状況図」を場外車券売場設置の許可申請書に添付することを義務付けているところ、原告らは、右条項と駐車場基準や構造環境調和基準とを結びつけ、これらの規定は、交通環境についての近隣住民への影響を考慮したものであると主張する。
しかしながら、交通状況図添付条項が最初に設定されたのは、昭和二七年である一方、駐車場基準が設定されたのが昭和五九年であり(この当時は現行のかっこ書はなく、「駐車場」とのみ規定されていた。)、構造等環境調和基準が設定されたのが平成六年であることを考えると、交通状況図添付条項が駐車場基準や構造等環境調和基準を実現する趣旨で定められたものと解することはできない。
交通状況図添付の趣旨は、当時の設置許可基準(昭和二七年通商産業省令第九〇号)に「敷地が予想入場人員の数からみて適当な広さであること」、「車券の発売等の用に供する窓口の数が予想入場人員の数からみて適当であること」といった条項があり、一方、駐車場等に関する基準がなかったことから判断すると、付近の交通状況を把握したうえ、入場人員の数を予想し、これに見合った広さの敷地、発売窓口数を確保し、入場者の利便性、円滑な競輪事業の運営を確保しようとしたものと解される。
したがって、原告らの前記主張は失当である。
(5) 指導要領について
原告らは、指導要領が、場外車券売場の設置に関し、「設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所が属する地域社会との調和を図るため、当該施設が可能な限り地域住民の利便に役立つものとなるよう指導すること」、「設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所を管轄する警察署、消防署等とあらかじめ密接な連絡を行うとともに、地域社会との調整を十分行うよう指導すること」としていることから、指導要領は、場外車券売場の設置により予想される悪影響に対する地域住民の利益(人格権等)との調整を求めている旨主張する。
しかしながら、指導要領は、機械情報産業局長から各通産局長あてに発せられた内部通達であって、その内容は設置者に対する行政指導上の指針にすぎない。また、指導要領が、「設置するに当たっては」と規定しているように、これは施設設置許可に際しての指導基準というよりは、施設設置許可後、施設が設置されるまでの間についての指導要領であって、原告らが主張するように、周辺住民等の個々人の利益の保護を直接目的としたものであると解することはできない。
3 以上の検討の結果明らかなとおり、法、規則等の規定は、場外車券売場の周辺住民等の個々人の個別的利益の保護を直接目的とする趣旨を含むものと解することはできず、原告らは本件許可処分の取消等を求める原告適格を有しないのであるから、本件各訴えはいずれも不適法というべきである。
(原告らの主張)
1 法の趣旨
(一) 競輪は、自転車その他の機械の改良及び輸出の振興、機械工業の合理化並びに体育事業その他の公益の増進を目的とする事業の振興に寄与するとともに、地方財政の健全化を図るため、自治大臣が指定する市町村において行うことができるものであり(法一条一項)、場外車券売場は、競輪ファンが競輪場に行かなくても投票できるというファンサービスの提供、暴力団の資金源となるのみ行為の防止、競輪場における混雑緩和等の目的で設置されてきたものである。
しかしながら、場外車券売場の開設は、基本的には施行者の営利事業であり、その一方で、場外車券売場が設置されることにより、第一に交通渋滞等の交通環境の悪化、第二にギャンブル自体の与える悪影響のみならず、来場者が与える建物周辺の環境への悪影響、とりわけ、学校や医療施設については、文教上又は保健衛生上悪影響が予想されるものである。
(二) そこで、法は、場外車券売場については、申請に係る施設の位置、構造及び設備が命令で定める基準に適合する場合に限り、その許可をすることができるものとし(法四条二項)、右の規定を受けて、規則四条の二第二項一号は、場外車券売場の設置許可申請に際しては、「場外車券売場付近の見取図(敷地の周辺から一〇〇〇メートル以内の地域にある学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設の位置並びに名称を記載した一万分の一以上の縮尺による図面)」を添付することを義務付け、規則四条の三第一項一号は位置基準を許可基準の一つとして定め、文教上又は保健衛生上の環境についての近隣住民等への影響を考慮すべきものとしている。また、規則四条の二第二項二号は、申請書の添付図面として「場外車券売場を中心とする交通の状況図」を添付することを義務付け、規則四条の三第一項四号は構造等環境調和基準を、場外告示第一の二(四)チは駐車場基準を定め、交通環境についての近隣住民への影響を考慮すべきものとしている。
右のうち、位置基準の趣旨・目的は、公安目的を背景にしつつも、場外車券売場の設置によって被害を受ける周辺住民の人格的利益を保護する趣旨であり、戦後処理が終了し、我が国が経済大国となり、自転車も広く普及し、国が賭博開帳を認めなければならない状況にない現時点でその趣旨を解するなら、右位置基準の保護しようとする利益は、端的に場外車券売場付近の住民の文教上、又は保健衛生上の利益であると解するのが相当である。また、右見取図の添付を義務付けている規定は、施設から一〇〇〇メートル以内の周辺住民の人格的利益を保護しようとするものと解することができる。右見取図を申請書の添付書類としていることから、位置基準を満たすかどうかの判断の大枠は周囲一〇〇〇メートルで画されることになるが、その意味は、場外車券売場設置の予定地から一〇〇〇メートルを超えている場合、特段の事情がない限り、形式的に「著しい支障をきたすおそれがない」「相当の距離」にある場合とされる一方、一〇〇〇メートル以内の場合、逆に特段の事情がない限りこれに該当するとして、例外的にこれを覆す特段の事情が当該地域の特性により認められた場合には、これをもって消極の事情と解することとし、行政の一貫性、公平性を担保するという点にあると考えられる。
また、構造等環境調和基準及び駐車場基準は、交通問題が顕在化し、周辺環境との調和の一つの重要な要素として交通環境がクローズアップされてきたという社会的背景の下で、交通環境の悪化に伴う人格権侵害を防ぐ趣旨で設けられたものであり、これらが周辺住民の人格的利益を保護する趣旨であることも明らかである。
さらに、指導要領は、場外告示は最低基準であること、場外車券売場を設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所の属する地域社会との調和を図るため、当該施設が可能な限り、地域住民の利益に役立つものとなるよう指導すべきこと、その設置に当たっては、当該場外車券売場の設置場所を管轄する警察署、消防署等とあらかじめ密接な連絡を行うとともに、地域社会との調整を行うよう指導すべきことを定め、場外車券売場の設置により予想される悪影響に関して地域住民の利益(人格権等)との調整を図るべきことを求めている。右通達は、法四条二項の趣旨をより具体化したものであり、これらの内容は同項の趣旨に合致するものである。
(三) 以上によれば、場外車券売場の設置に関する法の趣旨は、一定の公益目的の達成と近隣住民等の有する人格権その他の利益の確保の両方にあるというべきであり、今日では、特に後者にこそ主眼があるというべきである。
2 原告らの有する法律上保護された利益について
(一) 原告ら各自の所属町会、在住・在勤の別、本件建物の所在地からの距離等については、別表記載のとおりである。
なお、別表の備考欄のA、B、C、Dの符号は、Aは愛宕一之部町会連合会の区域の者、Bは愛宕三之部町会連合会の区域の者、Cは本件場外車券売場の設置場所から一〇〇〇メートル以内に所在する文教施設又は病院等に勤務し、あるいはその子を通学させている者、Dは愛宕一之部町会連合会及び愛宕三之部町会連合会の区域外の者を示すものである。
(二) 本件場外車券売場の設置場所から三〇〇メートル以内には、旧桜田小学校跡地を利用して「港区立生涯学習センター」の設置が計画されているほか、新橋青木病院があり、一〇〇〇メートル以内には、虎ノ門病院、芝病院、慈恵会医科大学病院、同付属看護専門学校、港区立御成門小・中学校(同校の通学区域は、本件場外車券売場の設置場所の至近を含んでいる。)、港区立神明幼稚園、東京都立港工業高等学校(以上は港区所在)、日比谷図書館、文部省(以上は千代田区所在)、中央区立泰明小学校、泰明幼稚園、国立ガンセンター、銀座病院(以上は中央区所在)があり、本件場外車券売場の周辺は、その設置により文教上又は保健衛生上影響を受ける環境にある。
また、新橋は、歴史上はもとより現在も交通の要所であり、その交通環境は近隣住民にとっての重要な利益である。
右のような性格の地域にあって、原告らは、現在以上に生活環境等が悪化することを防止し、良好な生活環境、自営業を営む良好な環境及び良好な教育環境を享受する権利を有するものである。
3 本件許可処分による利益侵害について
本件許可処分により本件場外車券売場が設置されると、次のとおり、違法駐車の増加により交通環境が悪化し、風紀・衛生面での悪影響や教育環境の破壊等が生じ、原告らは、その有する良好な生活環境、自営業を営む良好な環境を享受する権利及び良好な教育環境を享受する権利を侵害されることになるものである。
すなわち、本件場外車券売場の設置場所付近は、現状においても、自動車の交通量が多く、違法駐車が日常化している。本件場外車券売場が設置された場合、来場者が車で来ないことは考えられず、その結果、付近の道路は違法駐車車両であふれ、救急車等の緊急車両の通行さえ阻害される可能性は高く、店舗を営む者にとっては仕入れ等にも困難を来すことは必至である。また、本件場外車券売場が設置された場合、来場者が本件建物の周囲を徘徊し、路上にはずれ車券や予想新聞紙、たばこの吸い殻、空き缶等が散乱する事態が発生することは明らかであり、放尿等も加わって本件建物周辺の環境・衛生面に悪影響をもたらすことは容易に予想できる。さらに、飲酒の上での喧嘩やのみ行為を資金源とする暴力団員の出入り等により風紀上の悪影響が生ずることは必至である。そして、このような環境が、その近隣で生活し、あるいは通学途中で付近を通行する青少年に対して悪影響を与えることは明らかであり、本件場外車券売場の設置は教育環境の破壊をもたらすものである。
4 以上によれば、原告らは、本件許可処分の無効確認ないしは取消しを求める法律上の利益を有し、本件訴えについて原告適格を有するものというべきである。
第三 当裁判所の判断
一 行訴法九条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうものであり、当該処分の根拠となった行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう「法律上保護された利益」に当たり、当該処分によりこれを侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。
また、行訴法三六条は、無効等確認の訴えの原告適格について規定するが、同条にいう当該処分の無効等の確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」の意義についても、右の取消訴訟の原告適格の場合と同義に解するのが相当である(最高裁平成元年(行ツ)第一三〇号同四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁、最高裁平成六年(行ツ)第一八九号同九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号二五〇頁参照)。
二 そこで、右の見地に立って、本件許可処分の無効確認ないしはその取消しを求める本件訴えについて、原告らが原告適格を有するか否かについて検討する。
1 前記第二の一1記載のとおり、場外車券売場を設置するためには被告の許可を受けなければならず(法四条一項)、被告は、申請に係る施設の位置、構造及び設置が命令で定める基準に適合する場合に限り、その許可をすることができるものである(同条二項)。
かかる場外車券売場設置許可制度は、昭和二七年法律第二二〇号により設けられたものであり、同法による改正後の法四条二項は、「申請が命令で定める基準に適合する場合に限り、その許可をすることができる」旨規定していた。また、昭和二七年法律第二二〇号は、競輪の用に供する競走場の設置についても被告の許可にかからしめることとし、同法による改正後の法三条四項は、「申請に係る競走場の位置及び構造設備が公安上及び競輪の運営上適当であると認めるときに限り、その許可をすることができる」旨規定していた。右の競走場及び場外車券売場設置の許可に係る規定は、昭和三二年法律第一六八号により、競走場については「申請に係る競走場の位置、構造及び設備が命令で定める公安上及び競輪の運営上の基準に適合する場合に限り、その許可をすることができる」と、場外車券売場については「申請に係る施設の位置、構造及び設備が命令で定める基準に適合する場合に限り、その許可をすることができる」とそれぞれ一部改正され、現在に至っているものである。
右のような競走場及び場外車券売場設置の許可に係る法の改正の経過に照らし、また、場外車券売場設置許可制度が競輪場設置許可制度と異なる趣旨・目的をもって設けられたものと解すべき合理的な根拠は見当たらないことにかんがみれば、場外車券売場設置許可制度は、競走場設置許可制度と同様に、申請に係る施設の位置、構造及び設備が公安上及び競輪事業の運営上適当であるか否かを審査することを目的とするものと解するのが相当である。
2 そこで、進んで、法が、場外車券売場設置許可制度により周辺住民等の個別的利益をも保護すべきものとする趣旨を含むかどうかについてみるに、前示のとおり、場外車券売場設置許可制度は、競走場設置許可制度と同様に、申請に係る施設の位置、構造及び設備が公安上及び競輪事業の運営上適当であるか否かを審査することを目的とするものであること、法には場外車券売場周辺の住民等の個別的利益を直接保護することを目的とする明文の規定が存しないばかりか、法は、場外車券売場の許可基準の内容について何ら具体的に規定することなく、その定めを命令に委任しており、法それ自体には、法は場外車券売場設置許可制度によりその周辺住民等の個別的利益をも保護する趣旨であるとの解釈をする手掛かりとなるような条項すら存しないこと、一般的にみた場合、場外車券売場の設置により周辺住民等が被る可能性のある不利益は、交通、風紀・衛生、教育等の関係を含め広い意味での生活環境の悪化に止まるものであり、場外車券売場の設置により直ちに周辺住民等の生命、身体の安全が脅かされ、あるいはその財産に著しい被害が生ずるというわけではないことなどを考えると、法が、公安の維持等の一般的公益とは別に、場外車券売場設置許可制度によって周辺住民等が良好な生活環境等を享受する利益を個々人の個別的利益としても保護する趣旨であると解するのは困難である。
3 原告らは、規則四条の三第一項一号の定める位置基準、同項四号の定める構造等環境調和基準、場外告示第一の二(四)チの定める駐車場基準等を根拠として、場外車券売場の周辺住民らが、場外車券売場設置許可処分に関し法律上保護された利益を有する旨主張する。
確かに、法が場外車券売場の周辺住民等の個別的利益を保護する趣旨であるか否かは、法それ自体だけでなく、その下位法令である規則や場外告示の規定内容をも検討して、判断されるべきものと解されるが、下位法令である規則や告示はあくまでも法に基づき制定されたものであるから、その解釈に当たっては、法の趣旨に則って行わなければならない。そして、この観点から右の許可基準等をみた場合、これらは場外車券売場の周辺住民等の個別的利益を保護する趣旨のものであると解することはできない。
すなわち、場外車券売場(払戻金又は返還金の交付のみの用に供する施設を除く。)の許可基準を定めた規則四条の三第一項は、その一号において「学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設から相当の距離を有し、文教上又は保健衛生上著しい支障をきたすおそれがないこと」(位置基準)を、その四号において「施設の規模、構造及び設備並びにこれらの配置は、……周辺環境と調和したものであって、告示で定める基準に適合するものであること」(構造等環境調和基準)を定め、さらに、右の規定を受けて定められた場外告示は、その第一の二(四)チにおいて、立地条件に応じ場外車券売場周辺の道路交通等に支障を及ぼすことのないよう入場者の自動車等を収容するのに十分な広さの駐車場を設け、自らこれを設置することが困難である場合には、車券発売中については他の駐車場の所有者等との契約により十分な広さの駐車場を確保すること(駐車場基準)を定めており、右の許可基準等が、場外車券売場の設置により周辺環境が受ける影響について一定の配慮をすべきものとしていることは明らかである。しかしながら、前示のとおり、場外車券売場設置許可制度は、申請に係る施設の位置、構造及び設備が公安上及び競輪事業の運営上適当であるか否かを審査することを目的とするものであり、右の許可基準等もその目的のために設けられたものというべきであるから、右の許可基準等による周辺環境に対する配慮は、当該場外車券売場の設置により文教施設や医療施設に悪影響が及ぶことができる限り回避し、また、競輪ファンに対するサービスを向上させるとともに、付近の交通環境に悪影響が及ぶことをできるだけ少なくし、それが社会的にも受容されて、競輪事業の円滑な運営に資するよう、公安を維持し、競輪事業の適正な運営を確保するという観点から行われるものと解するのが相当であり、右の許可基準等が公安の維持等の一般的公益とは別に周辺住民等の個別的利益をも保護する趣旨であると解することはできない。なお、規則四条の二第二項一号は、場外車券売場設置許可申請書には、場外車券売場付近の見取図(敷地の周辺から一〇〇〇メートル以内の地域にある学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設の位置並びに名称を記載した一万分の一以上の縮尺による図面)を添付しなければならないと規定しており、右のかっこ内の定めが位置基準との関係で設けられていることはその規定内容に照らし明らかであるところ、右見取図を添附すべきものとされている趣旨は、一〇〇〇メートル以内に文教施設や医療施設がある場合には、文教上又は保健衛生上支障が生ずるおそれがあることから、個々の施設の立地条件、交通条件等を考慮して、実際にそのような支障が生じないかどうかを審査すべきものとしているにとどまるものであり、右の審査は、あくまでも公安を維持し、競輪事業の適正な運営を確保するという見地からなされるものである。したがって、右規則の規定が、場外車券売場から一〇〇〇メートル以内に存在する文教施設や医療施設については、文教上又は保健衛生上著しい支障が生ずるものと想定して、その被害を受ける関係者らの個別的利益をも保護しようとする趣旨で設けられたものと解することはできない。
さらに、原告らは、指導要領が、場外車券売場を設置するに当たっては、当該場外車券売場の設置場所の属する地域社会との調和を図るため、当該施設が可能な限り、地域住民の利益に役立つものとなるよう指導すべきこと、その設置に当たっては、当該場外車券売場の設置場所を管轄する警察署、消防署等とあらかじめ密接な連絡を行うとともに、地域社会との調整を行うよう指導すべきこと等を定めていることから(機械情報産業局長から各通産局長あてに右のような定めのある指導要領が発せられていることは、甲四の4及び乙二によりこれを認めることができる。)、指導要領は、場外車券売場の設置により予想される悪影響に対する地域住民の利益(人格権等)との調整を求めている旨主張するが、指導要領は、機械情報産業局長から各通産局長あてに発せられた内部通達であり、その内容は、場外車券売場の設置・運営が適正かつ円滑に行われるようにするための設置者に対する行政指導上の指針にすぎないというべきであって、これをもって、場外車券売場の周辺住民等が場外車券売場設置許可処分に関し法律上保護された利益を有することの根拠とすることができないことはいうまでもない。
三 以上によれば、本件場外車券売場の周辺住民等である原告らは、本件許可処分に関し法律上保護された利益を有せず、その無効確認ないしは取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないものというべきであるから、原告らは、本件訴えについて原告適格を欠くものというべきである。
第四 結論
よって、本件訴えは、いずれも不適法な訴えであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)
別表<省略>