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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)202号 判決 2000年3月31日

原告 土屋俊測

被告 岩波三郎

右訴訟代理人弁護士 高谷進

同 小林哲也

同 小林理英子

同 加戸茂樹

同 五三智仁

同 高橋謙治

主文

一  本件訴えのうち、被告がした平成八年一月七日から同月八日までの旅行に関し不当利得返還を求める部分を却下する。

二  被告は、東京都練馬区に対し、一三万八四四三円及びこれに対する平成九年九月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告は、東京都練馬区に対し、五二万八八八四円及び平成九年九月五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告

(本案前の答弁)

主文一項同旨

(本案の答弁)

原告の請求を棄却する。

第二事案の概要

本件は、原告が、東京都練馬区(以下「練馬区」という。)の区長である被告は、私用の旅行であるにもかかわらず区長専用車(以下「区長車」という。)を使用し、区長車の運転手の時間外勤務手当や有料道路料金等を支出した練馬区の損失において利得を得たと主張して、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号後段に基づき、被告に対し、練馬区に代位して不当利得の返還を求める住民訴訟である。

一  前提となる事実(証拠等を掲記したもの以外は当事者間に争いがない。)

1  原告は練馬区の住民であり、被告は練馬区長である。

2  被告は、次の(一)ないし(一〇)のとおり、区長車を使用して旅行(以下「本件各旅行」という。)をした。本件各旅行のうち、(二)、(三)及び(四)の旅行の一部に関しては旅行命令簿に旅行命令の記載があるが、その余の旅行についてはその記載がない。

(一) 平成八年一月七日から同月八日(本件旅行1)

(1) 宿泊先 武石

(2) 目的 長野県南安曇郡穂高町所在の別荘の資産公開準備

(二) 平成八年五月二八日から同月三〇日(本件旅行2)

(1) 宿泊先 大津プリンスホテル

(2) 目的 滋賀県大津市において全国治水大会に出席、伊勢市において修学旅行候補地視察

(三) 平成八年五月三一日から同年六月二日(本件旅行3)

(1) 宿泊先 ベルデ武石、鹿教湯温泉ホテル

(2) 目的 長野県小県郡武石村において武石少年自然の家周辺を視察、バスによる区民周遊コース設定のための調査

(四) 平成八年一〇月一八日から同月二〇日(本件旅行4)

(ただし、旅行命令簿の記載では、平成八年一〇月一八日から同月一九日までの旅行となっている。)

(1) 宿泊先 ベルデ下田、ホテルみゆき(静岡県田方郡修善寺町)

(2) 目的 下田学園三〇周年記念式典に出席、区民保養施設として新規指定を希望する旅館の視察

(五) 平成八年八月二一日から同月二二日(本件旅行5)

(1) 宿泊先 ベルデ岩井

(2) 目的 区政関係者との懇談会への出席

(六) 平成八年九月六日から同月七日(本件旅行6)

(1) 宿泊先 花咲亭(群馬県利根郡片品村)

(2) 目的 区政協力者の病気見舞い(那須)、練馬区職員互助会指定旅館の調査

(七) 平成八年九月一四日から同月一六日(本件旅行7)

(1) 宿泊先 奥日光小西ホテル、ベルデ武石

(2) 目的 小学校教頭会の研修への出席、平成九年度予算査定のためベルデ軽井沢及びベルデ武石の視察

(八) 平成八年一〇月二六日から同月二八日(本件旅行8)

(1) 宿泊先 ベルデ武石、鹿教湯温泉ホテル

(2) 目的 武石村駅伝大会への出席、区民保養施設として新規指定を希望する旅館の視察

(九) 平成八年一二月七日から同月八日(本件旅行9)

(1) 宿泊先 柳屋(山梨県甲府湯村温泉)

(2) 目的 区長室職場旅行への出席

(一〇) 平成八年一二月一四日から同月一五日(本件旅行10)

(1) 宿泊先 本家旅館(群馬県利根郡水上町湯桧曾温泉)

(2) 目的 障害者施設の視察、区幹部懇親会への出席

3  原告は、練馬区監査委員に対し、平成九年五月二九日、被告は平成七年四月から平成八年一二月までの間に区長車による管外旅行を三二回行い、そのうち二〇回は旅行命令簿がない私的な旅行であり、旅行命令簿がある一二回のうち八回は不当な経路を通行するなど区長車の不正な利用があり、三回は旅行命令簿に記載された旅行期間を超えて区長車を使用しているところ、右により、練馬区は運転手の給与、有料道路料金、ガソリン代金等を違法に支出し、被告は不当利得を得ているなどと主張して、被告に右旅行に係る不当利得相当額を練馬区へ賠償させるなどの措置をとるよう求める監査請求(以下「本件監査請求」という。)を行った。これに対し、同監査委員は、平成九年七月一六日、右請求のうち、平成八年五月二九日以前に旅行が終了し支出した部分についての監査請求は不適法であるとし、その余については、原告の主張には理由がないとして請求を棄却する旨の決定をした。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、①本件旅行1に関して、本件訴えは適法な監査請求を経たものといえるか否か、②本件各旅行は地方公共団体の事務(以下「公務」という。)としてなされたものといえるか否か、③本件各旅行が公務ではない私用の旅行である場合、被告は不当利得返還義務を負うか否かという点であり、これらに関する当事者の主張は以下のとおりである。

1  適法な監査請求前置の有無について(争点1)

(被告の主張)

本件旅行1に関しては、その終了後一年以上を経過した後に本件監査請求がなされており、また、原告は、区長車の運転手が作成する自動車運転日誌(以下「運転日誌」という。)などから被告の行動を容易に知りうる状態にあったのであるから、本件監査請求が本件旅行1に係る財務会計上の行為から一年以上経過してなされたことにつき正当な理由はないというべきであり、したがって、本件旅行1に関して本件監査請求は不適法なものである。なお、平成九年五月二八日付けの新聞により、本件各旅行に関する問題が報道されたところ、原告は、右新聞報道以前の段階で、本件旅行1に関する事実を知っていたものである。

(原告の主張)

原告は、平成八年一〇月ころ、かねて疑問に思っていた被告のスケジュールについて、練馬区の区長室及び情報公開室に対し、記録の有無を口頭で尋ねたところ、存在しない旨の回答があったことから、平成九年一月二一日に区長車の運転日誌等について公文書公開請求をし、右書類は同年三月四日公開された。さらに、原告は、右運転日誌の記載の裏付けを取るため、同年二月二一日に、区長車の有料道路料金の領収書等について公文書公開請求をし、右書類は同年三月八日に公開された。原告は、これをもとに被告の旅行の実態を分析し、本件各旅行がなされていることを発見した。

しかしながら、本件旅行1に関しては、開示を受けた運転日誌の運行区間の欄に「穂高町役場 他」との記載しかなく、これによってはその旅行の目的を知ることができなかったのであり、原告は、平成九年五月ころになって、これに関して被告を取材した雑誌記者を通じて、右旅行は被告が所有する別荘の資産公開準備を目的としたものであったことを知ったものである。したがって、当該旅行の目的は、住民が相当な注意力をもってしても知ることができなかったものというべきである。

また、本件旅行1には、当該旅行に関する旅行命令簿が存在せず、秘密裡に行われたものというべきである。

以上のとおりであるから、本件旅行1に関する監査請求が一年の監査請求期間を経過してされたことには正当な理由があるというべきである。

2  本件各旅行の公務性について(争点2)

(原告の主張)

本件旅行のうち、旅行命令簿のない旅行は明らかに私用の旅行というべきである。また、旅行命令簿のある旅行であっても、区長としての職務以外の私的な目的でなされた旅行の部分は、私用の旅行というべきである。

(一) 本件旅行1について

右旅行は、被告が被告自身の所有する別荘の資産公開準備のため穂高町を訪問したものであって、私用の旅行である。

被告は、固定資産税評価証明書等の交付を受けたと主張するが、右書面は郵送により取り寄せ可能なものである。また、被告は、区民保養施設であるベルデ武石の施設管理を委託している武石村開発公社の理事長である武石村村長に対して新年のあいさつをしたと主張するが、武石村村長への新年のあいさつは年賀状で済むことである。

(二) 本件旅行2について

被告は、伊勢の修学旅行候補地の視察を目的として伊勢神宮に旅行したと主張するが、修学旅行は教育委員会の所管であり、被告がその視察を行う権限も必要もないのであるから、右旅行は、単なる伊勢参りであり、私用の旅行にほかならない。

仮に右視察自体が公務の性質を有するとしても、被告がこれを行うことは区長としての裁量を逸脱したものであるから、私用の旅行というべきである。

(三) 本件旅行3について

被告は、バスによる区民周遊コースを設定する目的で右旅行をしているのであるから、二泊目である平成八年六月一日も、前日同様、ベルデ武石に宿泊すべきであって、鹿教湯温泉ホテルに宿泊する必要はないというべきである。

したがって、鹿教湯温泉ホテルに宿泊したためベルデ武石に宿泊するより余分に必要となった費用(鹿教湯温泉ホテル宿泊代金から、ベルデ武石における食費及び入湯税を控除した額。以下「ホテル代金差額」という。)は、被告が不当利得したことになる。

被告が週末にベルデ武石に宿泊した例は他にもあり、区民が利用することを考慮して週末は別の旅館に宿泊したとする被告の主張は滑稽である。被告が二日目に私的な温泉旅行をしていることは明白である。

(四) 本件旅行4について

本件旅行4のうち、平成八年一〇月一九日から同月二〇日までの旅行には旅行命令がなく、また、修善寺の区民保養施設として指定希望のある旅館を視察することは、区民生活課所管の仕事であり、このことに区長が関与することは、区長としての裁量を逸脱したものであるから、右視察にかかわる部分は私用の旅行である。

(五) 本件旅行5ないし10について

右各旅行のいずれのにも旅行命令がなく、また、旅館を視察することを目的とした本件旅行6及び8は、区長としての裁量を逸脱したものであるから、これらの旅行は私用の旅行である。

被告は、公務員である以上、その旅行が公務の出張であると主張するのであれば、そのことは旅行命令簿の存在により証明されるべきであり、特に、区長車の運転手である清水については、旅行命令簿なくしての公務の出張はあり得ない。旅行命令簿がない清水の宿泊費等については被告が負担していたことからしても、被告の右各旅行は、被告の私用のためのものというべきであり、到底公務と認めることはできない。

(1) 本件旅行5について

被告は、右旅行は区政懇談会に出席するためのものであったと主張するものの、その出席者の氏名、懇談の内容は明らかにできないというのであるが、そのような懇談会への出席を目的とするものは、被告個人の私的旅行とみるべきである。また、区政懇談会であれば、出席者に対して出席を要請するはずであり、宿泊費も公費で支払うべきものであるが、これに関する領収書は存在しないのであって、右懇談会への出席を公務と認めることはできない。

(2) 本件旅行6について

被告は、右旅行において、区政協力者の病気見舞いに行ったと主張するが、右病気見舞いは、被告が私的な温泉旅行のついでにしたというべきである。

また、被告は、右旅行において、互助会の新規指定旅館の視察をしたと主張するが、当該職務は職員課の所管であり、被告の主張は滑稽である。

(3) 本件旅行7について

被告は、右旅行は、小学校教頭会からの依頼により同教頭会に出席するためのものであったと主張するが、そうだとすれば、依頼文書等が存在するはずであるにもかかわらず、右依頼文書等は存在しないし、旅行命令簿すら存在しない。被告の主張はただの作文である。

(4) 本件旅行8について

被告は、区民保養施設の新規指定旅館の事前視察のため右旅行をしたと主張するが、当該職務は区民生活課の所管であり、被告の主張は滑稽である。

(5) 本件旅行9、10について

被告は、右各旅行は、区長室職場旅行に参加し、あるいは区幹部の懇親会に出席するためのものであるところ、右旅行への参加及び懇親会への出席はいずれも公務であると主張するが、右各旅行は、民間でいえば「課内旅行」であり、時期から見て区長室忘年会等であることは明白である。

(被告の主張)

本件各支出は、いずれも公務遂行のために支出されたものである。

(一) 本件旅行1について

右旅行の主たる目的は、被告自身の所有する別荘の資産公開準備のための穂高町訪問である。被告は、「政治倫理の確立のための練馬区長の資産等の公開に関する条例」(平成七年一二月一八日公布)に基づき、この年初めて資産公開を行うこととなった。そこで、右別荘の資産公開準備のため穂高町を訪問し、穂高町の固定資産評価証明と名寄せ台帳の写しの交付を受けた。これらの書類は原則として本人のみが交付を受けうるものであり、資産公開準備のためこれらの交付を受けることは公務の一環をなすものである。

被告は、資産公開に当たり、その所有地と道路との境界が不明確であったため、村役場にある開発原本を閲覧し、敷地部分について確認する必要があった。また、平成四年に右土地上の自己の建物を改修した後、同建物について本来の居住面積より一九・四四平方メートル分広い面積で固定資産税が課税されていたことに疑問があったことから、右を建物の面積を明確にするため、実際に穂高町役場に赴き説明を受けるなどしたのである。よって、右穂高町への出張はその必要性があり、かつ、出張の内容も適正であって、右穂高町への出張が公務であったことは明らかである。

なお、被告は、右旅行の際、区を代表して、練馬区の施設であるベルデ武石の施設管理を委託している武石村開発公社(理事長永井泰美武石村村長)へ新年のあいさつもしている。

(二) 本件旅行2について

練馬区長は、区政全般について責任を負う立場にあり、行政委員会の行う事務に対しても総合調整権、予算編成権を介し関与しており、教育行政についても例外ではなく、修学旅行地の選定に関しても、行政執行の一環として区長自ら現地を視察することは必要なことである。右旅行が目的とする今回の視察は、そのために修学旅行地を視察したものであり、公務以外の何物でもない。この視察結果は、帰庁後、すみやかに教育委員会の担当部署に伝達した。

なお、右旅行は予算執行を最小限度に止めるため、また、効率的に出張をこなすため全国治水大会の出張と合わせてなされたものである。また、本件出張時には、先進的な大津市の清掃事業を学ぶため、大津市クリーンセンターも視察しており、経費節減、時間短縮を図っている。

(三) 本件旅行3について

右旅行において、被告が平成八年六月一日(土曜日)に武石少年自然の家(ベルデ武石)に宿泊しなかったのは、右施設は区民保養施設として区民の利用に供している施設であり、そのため、利用の多い週末については練馬区職員の使用を極力避けることとしているためであり、当日、右施設は満室の状態であった。

なお、バスによる区民周遊コースの設定については、他区(足立区、江戸川区)の同様の施設では、利用促進策として、施設を中心に、史跡や景勝地の観光をセットにしたバスツアーを定期的に運行し、実績をあげているところ、練馬区でも運行実現の可能性を検討しているものである。

(四) 本件旅行4について

区民保養施設は、区民が家族揃って楽しく利用できる民間のホテル、旅館を保養施設として区が指定し、利用料金の一部を補助する施設である。区は、区民保養施設を指定する場合には、旅館や区民が指定を希望する施設が、区民保養施設としてふさわしいかどうか、所在地、環境やサービス内容を調査する必要がある。この指定は、区長自身の決裁が必要な重要事項である。そのため区長は右指定に際しては指示、命令あるいは直接の調査を行う職務上の権限を有する。

右旅行は、ホテルみゆきについては、かねてから指定を希望する要望があったことから、所管課(区民生活課)から調査の要請を受け、区長自ら右施設を視察するため行われたものである。右のとおり、右旅行は、区長の職務権限に属する事項を区長がその職務として行ったものであるから、公務以外の何物でもない。

また、区民保養施設の指定に当たり、衛生、サービス、料金等についての区としての要望は、所管課を通じて伝えるより区長自ら伝える方がより効果的である。これは、会社の重要な取引において担当課レベルで交渉するより社長レベルで交渉した方がスムーズに交渉が進むのと同様である。

なお、右旅行についても、予算執行を最小限度に止めるため、また、効率的に出張をこなすため、区立下田学園開園三〇周年記念式典への出張と合わせてなされたものである。

(五) 本件旅行5ないし10について

右各旅行はいずれも公務を目的としてなされ、被告は実際にそれらの公務を処理しているのであるから、それらはいずれも公務としてなされたものというべきである。

(1) 原告は、旅行命令簿がない出張はその目的のいかんを問わずすべて公務とはならないと主張する。

しかし、公務か否かは、その出張の目的内容に照らして判断されるべきであり、旅行命令簿作成の有無とは直接関係しない。

すなわち、旅行命令簿は、五時間未満かつ八キロメートル未満の出張であり旅費が支給されない場合であっても、それが在勤官署を離れるものであれば、作成しなければならない。しかし、そのような場合にもいちいち旅行命令簿を作成するのは煩瑣に堪えず、現実的でない。また、書式上、旅行命令簿を作成する際には旅費請求をすることが前提となっている。したがって、区長室では、実際の運用上は、旅費を支給しない場合には、旅行命令簿は作成していない。事務の効率化や経費削減のため、この運用は、従来から一貫してなされてきたのである。

以上のとおり、区長室では、旅行命令簿は、旅費を支給する際には必ず作成するが、旅費を支給しない場合には作成しないこととしており、旅行命令簿の有無と出張の公務性は直接関係しない。

他方、区長車の使用も、使用目的が公務か否かで決せられる。前述のとおり、旅費を支給しない場合にもいちいち旅行命令簿を作成するのは煩瑣に堪えず、現実的でないことから、現実の運用としては、運転手については区長室で作成する運転指示書をもって旅行命令簿とみなしており、旅行命令簿は作成していない。このように、旅行命令簿は、運用上、公務であれば常に作成される性質のものではなく、旅行命令簿を作成していないからといって、その出張が公務でなくなるわけではないし、区長車を使用できないわけでもない。

(2) また、原告は旅館の視察等は区長の裁量を逸脱したもので違法であると主張する。

しかし、区長は区政全般について責任を負う立場にあり、区長が職務権限を有する区政事務の範囲は極めて広い。そして、いかなる区政事務につき区長自ら行うかは、区長に広範な裁量が認められている。したがって、区長が「区政関係者との懇親会への出席」、「区政協力者の病気見舞い」、「区互助会新規指定旅館の視察」等を行うことは、いずれも区を代表する区長としての公務というべきである。

(六) 本件旅行5ないし10の公務性について

(1) 本件旅行5について

右旅行は、区政懇談会への出席のため行われたものであり、それが公務に該当することは以下に述べることから明らかというべきである。

区政関係者との懇談会は、区政執行上の重要課題について、区内外の有職者から忌憚のない意見を聴取し、区政運営上の参考とするために開催するものである。各界・各層の民間人から専門的な分野の意見や提案を聴取し、参考に資することは区政運営上不可欠である。

区は、右懇談会出席者の氏名等を公開するについては、①対象者は民間人であり、プライバシーを保護する必要があること、②公開した場合、区長との交際の有無や程度が明らかになり、個々の交際の軽重が示される結果、対象者の社会的活動に不当な利益や不利益を与えるおそれがあることから、これを控えることとしている。また、懇談の内容についても、これを公表した場合、今後の区長の渉外活動を阻害し、区政の適正な執行を妨げるおそれがあることから、その公表は控えることとしている。なお、当該懇談会の出席者は、計六名であった。

区長の懇談は、区政運営の重要な局面において、相手方との信頼関係や友好関係の中で行われるものであり、かかる懇談のうちいくつかについては、相手方を識別しうるような公表を行うことにより、相手方に不快、不信の感情を抱かせ、今後区の行うこの種の会合への出席を避けたり、出席しても素直な意見の表明を控えたりするなどの事態が生じるおそれがある。そうなると、結局その事務、事業の目的が損なわれたり、公正円滑な執行に支障を及ぼすとともに、ひいては住民全体の利益を損なうこととなってしまう。以上のような趣旨から、交際費の場合には、今後の区政運営や執行に支障が出るおそれがある場合には、相手方を明らかにしないで交際費を支出することが認められているのである。そして、旅費の場合にも、交際費の場合と全く同一の趣旨から、今後の区政運営や執行に支障が出るおそれがある場合には、相手方を明らかにしないで旅費を支出することが認められなければならない。

区政懇談会について、その出席者の氏名、懇談の内容を明らかにできない以上、右旅行は私的なものとみるべきであるとする原告の主張は失当である。

(2) 本件旅行6について

右旅行は、区政協力者への病気見舞い及び互助会指定旅館の調査のため行われたものであり、それが公務に該当することは以下に述べることから明らかというべきである。

区政運営には、多くの区民の協力と無償の奉仕を必要としている。たとえば、町会・自治会等には国勢調査のような国の業務や、慈善団体による歳末募金、赤い羽根運動、また、区政においては各種お知らせの配布など年間を通じて協力を仰ぐ機会が多い。また、各種文化運動、体育活動等では、所属する各種団体の協力が不可欠である。これらの仕事は、主に所属する組織の役員の手に負うところとなり、長年にわたり役員を務める方には非常な負担となっている。そのため区では、これらの方々の無償の行為に対して、区民表彰などにより謝意を表しているところである。また、これらの方々が区内で入院された場合には区を代表して区長自身がお見舞いに行くことも頻繁にある。

本件の場合、このような例に該当する方が、たまたま旅行先で倒れ、当地の病院に入院されたことから、区としてのお見舞いをする必要性があると判断し、区長自ら病気見舞いをしたものである。氏名等については、民間人であり、プライバシー保護の観点から、公表することができないものである。

また、被告は、同日、練馬区職員互助会の新規指定旅館の視察も行った。区互助会は、会員の福利増進、健康の保持・向上及び会員相互の親睦を図り、練馬区行政の事務能率と円滑な運営の向上に貢献し、ひいては練馬区自治の本旨の実現に寄与することを目的とした団体であり、地方公務員法四二条の厚生制度の一環として設置された団体である。互助会の会員が原則として練馬区に常時勤務する職員とされていることからして、互助会は、練馬区の職員の福利増進、健康の保時・向上および練馬区職員相互の親睦を図り、練馬区行政の事務能率と円滑な運営の向上に貢献し、ひいては練馬区自治の本旨の実現に寄与することを目的とした団体であるといえる。そのため、練馬区から互助会に対しては、その練馬区行政の事務能率と円滑な運営の向上に貢献するという公的活動に対する補助として、毎年約一億円の交付金が交付されており、互助会の業務は公的業務に該当するというべきである。

かかる互助会の業務の一つとして、互助会指定旅館の視察がある。互助会長である助役は、右視察に関する決定権を有しており、本件では、助役は、互助会名誉会長である区長に新規指定旅館の「花咲亭」の視察を依頼した。この依頼に基づき、区長は新規指定旅館の視察を行ったものであり、当日宿泊したのも右旅館である。

(3) 本件旅行7について

右旅行は、小学校教頭会への出席及び校外施設であるベルデ軽井沢及びベルデ武石の視察のため行われたものであり、それが公務に該当することは以下に述べることから明らかというべきである。

小学校教頭会は、練馬区立の全六九校の小学校教頭が会員となっている任意団体であり、研究部会をつくり、教育について研究活動を行っているものである。右教頭会は、毎年一度出張を伴う研修を行っており、区長は区の代表として出席依頼を受けて、教育行政に関する講話を行った。

また、九年度予算査定のための現地視察の内容は以下のとおりである。すなわち、区外施設の補修等については、現場からの補修要請を受けて担当所管課が査定を行い、予算要求をしているところ、ベルデ軽井沢、ベルデ武石については、補修要請が多額となったため、現地で総合管理委託を行っている軽井沢フード株式会社、武石村開発公社と現地調査のうえ、協議をしたものである。

(4) 本件旅行8について

右旅行は、武石村駅伝大会への出席、区民保養施設として新規指定を希望する旅館の視察のため行われたものであり、それが公務に該当することは以下に述べることから明らかというべきである。

武石村は、人口四二三四人で(平成七年)、朝鮮人参や高原野菜の栽培を主産業とする過疎村である。練馬区では、同村に校外施設を設置して以来、友好交流を続け、平成六年に友好提携の合意、平成八年には災害時の相互援助協定を締結するなど、友好交流を深めている。武石村は、村おこしの一環として、駅伝大会である「ともしびの里駅伝inたけし」を主催し、平成九年まで第八回の大会を開催し、参加チームも六〇を超える全国的な大会に成長してきている。練馬区からも武石村との友好関係から複数のチームが参加している。区長は、区と同村との友好関係促進のため、区を代表してこの開会式に招待され、あいさつをしたものである。

また、上田市にある区民保養施設としての指定を希望する旅館である「和泉屋」については、所管課からの視察の要請に基づき事前視察を行ったものである。もっとも、近くの指定旅館との関係もあり、結局、右の「和泉屋」につき区民保養施設としての指定はなされなかった。なお、当日の宿泊先は鹿教湯温泉ホテルである。

(5) 本件旅行9について

右旅行は、区長室職場旅行に出席するため行われたものであり、それが公務に該当することは以下に述べることから明らかというべきである。

区長は、六〇〇〇人を超える練馬区の組織の長として、職員相互が協力し、職員や組織が与えられた目標を達成できるように、常日頃から職員とコミュニケーションを図り、職員の職務に対する志気の維持、高揚に努めることが要求されるのであり、かかる事項も当然に組織の長たる区長の職務の範囲に入るものである。区長は、組織の最頂点に位置する職であるが故、年に数回は各職場から職場旅行への招待を受けるが、これらの招待を受け、職員とコミュニケーションを図ることも社会通念上妥当な範囲で行われるならば、これも公務の一環というべきである。特に、区長室は、区長の職務の執行を補佐する枢要なポストであり、より緊密なコミュニケーションを図る必要がある。区長室は、区長の秘書事務等を司る秘書課と区民相談、広聴等を司る区民相談課とに二分されるところ、秘書事務を司る前者はもちろん、後者も区民の声を直接受ける課であり、区長との緊密な意志疎通が必要となるのである。

原告は、区長室旅行は課内旅行であり、私的な旅行であると主張する。しかし、区長室には、区長室親睦会と称する組織があり、その会員は、会則上「区長室に勤務する常勤の職員」(第二条)とされており、区長、助役等の特別職は含まれていない。つまり、区長は招待を受け来賓という立場で親睦旅行に参加しているのであり、右参加は公務としての参加である。特に、区長室は、区長の職務の執行を補佐する枢要なポストであり、より緊密なコミュニケーションを図り、もって、区政の事務能率の向上、より円滑な執行を実現させる必要がある。右参加により、相互の意志疎通を深めることは公務の一環であるというべきである。

(6) 本件旅行10について

右旅行は、障害者施設「自立学舎」の視察及び区幹部職員の懇親会出席するため行われたものであり、それが公務に該当することは以下に述べることから明らかというべきである。

「自立学舎」とは、元練馬区立練馬東小学校の教諭であった人物が、都立石神井養護学校に奉職した後、退職を期に自費で障害者の自立のために開設した施設である。練馬区の小学生二名がここで生活していることから、被告は、同人らを激励し、その生活の様子などの調査及び今後の区としての対応を検討するため同施設を視察したものである。

また、区の最高の行政意思決定機関として庁議があり、この庁議は行政委員会を含めた区の幹部職員である各部長で構成されている。毎年、その構成員の交代があることから、右庁議を構成する区幹部職員は懇親会を開催して、区政運営についての意見交換を行っている。区長も右懇親会の開催の都度、区政の最高責任者として招待を受けるため出席しているものである。

(七) 区長車の使用について

区長は区の行政全般について責任を負う立場にあり、その職務は極めて広範であり、また、休日であろうと夜であろうと、日々種々の連絡事項が区長のもとに伝達されるため、区長はその都度的確な判断を下し、多方面と連絡を取り合い、また、緊急時には直ちに区庁舎または問題が起きた所へ駆けつけなければならない。区長は、移動中でも、四六時中、区役所職員、議員その他の人々と情報交換をし、右職員らに対し意見を述べ、指示しているのである。

区長車はこうした区長の活動に不可欠な「動く区長室」の機能を有している。具体的には、区長車には、防災無線、自動車電話・携帯電話、密室性、機動性そして秘書的機能を持つ運転手が備わっており、このような区長車があるからこそ、区役所職員・議員らはいつでも区長と連絡がとれ、区政が停滞せずに済んでいるのである。

以上のように、区長には、区長の職務上、区長車を使用しなければならない理由があるのであり、だからこそ区長専用の区長車が支給されるのである。したがって、区長の出張に際しては区長車を使用するのが最適な場合が数多くあるのであり、そのような場合には区長車の使用は当然認められるべきである。

3  不当利得返還義務の成否(争点3)について

(原告の主張)

(一) 私用の旅行に区長車を利用し、区長車の運転手の時間外勤務手当、有料道路料金、ガソリン代金及び不必要なホテル代金差額の公金からの支出(以下「本件各支出」という。)を練馬区にさせたことは、被告の不当利得に該当する。すなわち、被告は、本来ならば自家用車等を利用してその経費を個人で負担すべきところ、右経費を練馬区に肩代わりさせ、不当利得したものである。

(二) 本件各旅行における不当利得の金額は、別紙「賠償請求一覧表」記載のとおりである。

(被告の主張)

仮に本件各旅行に係る支出のうちいくつかが違法であったとしても、以下の理由から、被告が不当利得返還義務を負うことはない。

(一) 本件各支出は、①有料道路料金、②ガソリン代金、③清水の給与、④ホテル代金差額に分類される。

このうち、有料道路料金は、経理用地課長が資金前渡受者として資金前渡を受け、運転手清水に渡し、清水が帰庁後領収書を経理用地課長に渡し、経理用地課長が区に対して精算手続を行うものである。したがって、右支出ないし精算が違法であるならば、練馬区は経理用地課長に対して依然精算請求権を有する。したがって、練馬区に損害はなく、被告が練馬区に対して不当利得返還義務を負ういわれはない。

ガソリン代金のうち、練馬区で契約しているガソリンスタンド以外で給油したガソリン代金については、同様に、経理用地課長が資金前渡受者として資金前渡を受け、運転手の清水に渡し、清水が帰庁後領収書を経理用地課長に渡し、経理用地課長が区に対して精算手続を行うものである。したがって、練馬区で契約しているガソリンスタンド以外で給油したガソリン代金の支出ないし精算が違法であるならば、練馬区は経理用地課長に対して依然精算請求権を有する。したがって、練馬区に損害はなく、被告が練馬区に対して不当利得返還義務を負ういわれはない。

区で契約しているガソリンスタンドで給油したガソリン代金については、単価契約をした業者からの毎月の請求により、経理用地課長が支払手続を行っている。したがって、練馬区で契約しているガソリンスタンドに対するガソリン代金の支出が違法であるならば、練馬区は違法支出を行った経理用地課長に対して賠償請求権を有する。したがって、練馬区に損害はなく、被告が練馬区に対して不当利得返還義務を負ういわれはない。

清水の時間外勤務手当については、命令権者である経理用地課車両係長の命令により超過勤務を行う場合、超過勤務命令簿にその勤務時間を記入し、経理用地課車両係長が確認した後、経理用地課長が課全体をまとめて職員課へその月の勤務実績を報告し、職員課で計算して清水に支給している。仮に右支出が違法ならば、練馬区は清水に対して過払分の時間外勤務手当の返還請求権を有する。したがって、練馬区に損害はなく、被告が練馬区に対して不当利得返還義務を負ういわれはない。

ホテル代金については、教育委員会生涯学習部生涯学習課から旅費が支給されており、この旅費の資金前渡受者は生涯学習課長であって、仮にホテル代金全部又は一部の支出ないし精算が違法であるならば、練馬区は生涯学習課長に対して依然その金額について精算請求権を有する。したがって、練馬区に損害はなく、被告が練馬区に対して不当利得返還義務を負ういわれはない。

(二) 利得の内容について

本件において、被告は清水の時間外勤務手当相当額の金銭を練馬区から支給されているわけではないから、金銭を利得したとはいえない。

本件において被告が利得したと考え得るものは、清水が区長車の運転により提供した役務のみである。しかるに、他人の労務による利得の場合、客観的に相当な価格を返還すべきであって、清水の右役務を価格換算した場合、清水の時間外勤務手当相当額がそのまま清水の役務に相当するものとはならないはずである。原告は、清水の右役務を価格換算した額がいくらとなるかについての立証を何らしていない。

(三) 利得の非現存について

金銭の場合、利得が現存することは推定されるが、金銭以外の利得の場合利得の現存は推定されない。したがって、本件各旅行に関し被告が得た役務に係る利得が現存するとの点については原告が立証責任を負うものであり、原告の立証がない以上、利得の現存は認定し得ない。

なお付言すると、本件において、被告が得たとされる前記(一)①ないし③の利得はいずれも役務に係るものであり、直ちに費消され、現存しない。④もホテル代金として直ちに費消されている。また、被告は、本件各出張が公務であると考えたからこそ区長車でこれを行ったのであり、本件各旅行が公務でないならば旅行する必要性もなく、旅行することもなかったのである。したがって、利得は現存しない。

(四) 被告は、本件各支出に関して、「怠る事実に係る相手方」(法二四二条の二第一項四号後段)に該当しない。

仮に、被告が「怠る事実に係る相手方」に当たるとしても、被告は本件各旅行を公務と考えて行ったものであるから、善意であることは明らかである。

(五) 原告が主張する本件各旅行における不当利得の金額は争う。

第三当裁判所の判断

一  練馬区における旅行命令簿の取扱い及び区長車の運行等

1  旅行命令簿等の取扱い

(一)「練馬区職員の旅費に関する条例」(以下「旅費条例」という。)は、公務のために旅行する練馬区職員(区長を含む。)の旅費に関して諸般の基準を定めており、右条例によれば、「出張」とは、「職員が公務のため一時その在勤庁を離れて旅行すること」であり(二条一項四号)、職員が出張する場合は、任命権者または任命権者の委任を受けた者(以下「旅行命令権者」という。)の発する旅行命令によらなければならず(四条一項一号)、旅行命令権者が旅行命令を発し、または変更するには、旅行命令簿によってしなければならない(同条四項)とされている。

(二) 旅行命令権者が誰であるかについては、「練馬区事案決定規程」及び「課長の事案決定権の係長への一部委譲について」により定められている。区長の旅行命令権者は区長本人であり、公用車の運転手の旅行命令権者は所属の経理用地課長又は同課車両係長である。

(三) 右(一)のとおり、旅費条例によれば、職員が在勤庁を離れる場合には、旅費の支給がない場合であっても、必ず旅行命令権者が旅行命令簿を作成しなければならない。しかしながら、練馬区では、旅費を支給しない出張の場合は、事務の簡素化や手続の省力化の観点から、慣例として旅行命令簿の作成を省略していた。

2  区長車の運行とそれに関する支出の手続について

区長車の運転手は、職員としての一般の服務等に関しては、所属の総務部経理用地課の上司の命令を受けるが、区長車の運行に関しては、例外として、「練馬区庁有車等管理運行基準」により、区長室長が指示することとされている。すなわち、区長車の運行は、区長室長が運転指示書を作成して運転手に交付し、運転手がその指示に従い運転を行うことにより行われる。

そして、運転手が、運行の結果を運転日誌に記録して所属の経理用地課長に提出すると、経理用地課長は、運転日誌に基づき、運転の実態を把握し、ガソリン代金、有料道路料金などの経費や、時間外勤務手当などの支出の手続を行う。具体的には、①庁有車のガソリンは、原則として、物品供給契約を締結しているガソリンスタンドにおいて給油し、その代金は、毎月、経理用地課において支払う。それ以外のスタンドで給油し代金を支払った場合は、帰庁後、領収書を提出し、経理用地課において精算する。②庁有車の運行に際して支払った有料道路料金は、帰庁後、領収書を提出し、経理用地課において精算する。③時間外勤務手当については、運転手が作成する運転日誌に基づき、経理用地課で時間外命令簿が作成され、右に基づき、経理用地課の予算から、一か月分がまとめて翌月に支払われる。

二  適法な監査請求前置の有無について(争点1)

1  本件旅行1において、区長車の運転手である清水は、以下のとおり区長車を運行し、有料道路料金の支払と精算を行い、練馬区から時間外勤務手当として三万四一六四円の支給を受けた(前記第二の一(一))。

(一) 平成八年一月七日

(1) 時間 午前九時一〇分から午後三時一〇分まで

(2) 使用者 被告

(3) 区間 被告宅から武石まで(二三三キロメートル)

(4) 有料道路料金として、日本道路公団佐久料金所にて三八〇〇円を支払った。

(二) 同年一月八日

(1) 時間 午前八時五〇分から午後八時まで

(2) 使用者 被告

(3) 区間 武石から穂高町役場ほかを経由して被告宅まで(三三八キロメートル)

(4) 有料道路料金として、①長野県道路公社三才山有料料金所にて五〇〇円、②日本道路公団一宮御坂料金所にて三〇五〇円、八王子バリア料金所にて二五五〇円を支払った。

2  原告は、平成八年一〇月ころ、かねて疑問に思っていた被告のスケジュールについて、練馬区の区長室及び情報公開室に対し記録の有無を口頭で尋ねたところ、存在しない旨の回答があったことから、平成九年一月二一日に区長車の運転日誌等について公文書公開請求をし、右文書は同年三月四日公開された。さらに、原告は、運転日誌の記載の裏付を取るため、同年二月二一日に、区長車の通行料金の領収書等について公文書公開請求をし、右文書は同年三月八日に公開された。このほか、原告は、本件監査請求に至るまでの間、旅行命令簿兼旅費請求書内訳書等について公文書公開請求をし、これを入手していた。

3  検討

原告は、①運行日誌等からでは、本件旅行1の目的が被告所有の別荘の資産公開準備であったことについては相当の注意力をもってしても知ることができなかったこと、②運転手の旅行命令簿が存在しないこと自体、本件旅行が秘密裡に行われたものと評価すべきことからすると、本件旅行1に係る財務会計行為につき一年の監査請求期間を経過した後に監査請求をしたことには、正当な理由がある旨主張する。

しかしながら、原告の右主張は採用することができない。その理由は次のとおりである。

(一) 法二四二条二項本文は、監査請求について、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができないと規定しているところ、法が監査請求についてこのような期間制限を設けたのは、普通地方公共団体の執行機関又は職員の財務会計上の行為がたとえ違法・不当な場合であっても、いつまでもこれを監査請求ないしは住民訴訟の対象となり得るものとしておくことは、法的安定性を損ない好ましくないとの理由によるものである。しかし、普通地方公共団体の執行機関又は職員により当該行為の存在自体が秘匿され、あるいは当該行為自体は公然とされたものであってもその内容を偽るなど当該行為について仮装、隠ぺい行為が行われ、右仮装、隠ぺい行為の存在が当該行為があった日又は終わった日から一年を経過した後に初めて明らかになった場合などにおいても、右の趣旨を貫くことは相当でないことから、法二四二条二項ただし書は、「正当な理由」があるときは、例外として、当該行為があった日又は終わった日から一年を経過した後であっても、住民において監査請求をすることができるものとしたのである。

したがって、普通地方公共団体の執行機関又は職員が行った財務会計上の行為について、前示のような仮装、隠ぺい行為が行われた場合には、法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」があるかどうかは、特段の事情がない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて隠ぺいされた当該行為を知ることができ、又は当該行為について仮装行為が行われたことを疑うべき相当な事情があることを知ることができたかどうか、また、当該行為の存在を知ることができ、又は右仮装行為が行われたことを疑うべき相当な事情があることを知ることができたと認められる時から相当な期間内に監査請求がされたかどうかによって判断すべきものというべきである。

(二) 他方、普通地方公共団体の執行機関又は職員が行う財務会計上の行為には、内部的にされるものが多くあり、このような行為については、当該普通地方公共団体の住民がその存在及び内容を知らないことが通常であり、これらのすべてについて単に住民が当該行為の存在及び内容を知り得なかったということのみで、監査請求期間経過後に監査請求をすることにつき「正当な理由」があるとすることは、法が監査請求について期間制限を設けた趣旨を没却することになるのであって、法が監査請求について期間制限を設けた趣旨や監査請求期間の始期を「当該行為のあった日又は終わった日」とし、これを住民が当該行為のあったことを知ったか否か又は知ることができたか否かにかからしめていないことに照らしてみれば、普通地方公共団体の執行機関又は職員が行った財務会計上の行為について前示のような仮装、隠ぺい行為が行われていない場合において、監査請求期間経過後に監査請求をすることにつき「正当な理由」があるというためには、単に当該普通地方公共団体の住民が当該行為の存在及び内容を知り得なかったということのみでは足りず、天災地変等による交通途絶のため監査請求期間を経過したなど、他に監査請求期間経過後においても監査請求を認めることを相当とする特別の事情が存することを要するものと解するのが相当である。

(三) これを本件についてみるに、本件旅行1に関しては、区長車の運転手が作成する運転日誌が存在し、そこに使用者名、運行の日時及び運行区間が記載されているほか、有料道路料金の支払に関する領収書が存在し、右内容については公文書公開条例に基づき閲覧することができるから、右書類により本件旅行1が行われたこと自体は容易に判明するものということができ、実際にも、原告において公文書公開請求を行い右の各書類に記載された内容を了知したというのであるから、本件旅行1に関する旅行命令簿が存在しないとしても、本件旅行1が秘密裡に行われたということはできず、したがって、右旅行に伴う財務会計上の行為についても、これらが秘密裡に行われたということはできない。そして、他に、財務会計上の行為の内容を偽るなど当該行為について仮装、隠ぺい行為が行われたことを認めるに足りる証拠はない。

これに対し、原告は、運行日誌等からでは、本件旅行1の目的が被告所有の別荘の資産公開準備であったことについては知ることができなかったと主張する。

しかしながら、財務会計行為について前示のような仮装、隠ぺい行為が行われていない場合において、監査請求期間経過後に監査請求をすることにつき「正当な理由」があるというためには、単に当該普通地方公共団体の住民が当該行為の存在及び内容を知り得なかったということのみでは足りず、天災地変等による交通途絶のため監査請求期間を経過したなど、他に監査請求期間経過後においても監査請求を認めることを相当とする特別の事情が存することを要するものと解するのが相当であることは、前記(二)記載のとおりであるところ、本件において右特別の事情を認めるに足りる証拠はない。

(四) したがって、本件旅行1に関する限り、本件監査請求が法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」があるものと認めることはできない。

二  本件各旅行の公務性について(争点2)

1  本件旅行2について

(一) 本件旅行2における区長車の運行状況と被告の旅行内容は、以下のとおりである(前記第二の一(二))。

(1) 平成八年五月二八日

区長車は、午前四時二〇分から午後六時までの間、被告宅から大津市のホテルまで五六四キロメートル走行した。被告は、右経路の途中において、伊勢市を視察した。

(2) 同年五月二九日

区長車は、午前八時四〇分から午後一時までの間、大津市のホテルから大津市クリーンセンターほかまで七五キロメートル走行した。被告は、同日午前、大津市クリーンセンターを視察し、同日午後、大津市において開催された全国治水大会に出席した。

(3) 同年五月三〇日

区長車は、午前七時四〇分から午後五時五〇分までの間、大津市のホテルから被告宅まで五二九キロメートル走行した。

(二) 原告は、本件旅行2のうち、伊勢市を視察した部分については私用の旅行であると主張する。

そこで検討するに、《証拠省略》によれば、練馬区立中学校の修学旅行は、各中学校が独自に企画実施するものではなく、旅行地や旅行業者の選定、実地踏査等は各学校が共同で行っており、従来の旅行地は関西方面又は東北方面となっていること、被告は、伊勢市の視察後、修学旅行を所管する練馬区教育委員会事務局学校教育部の職員に対して、関西方面の修学旅行地については、奈良、京都、大阪に限定せずに研究すべきであり、伊勢市は京都等と比較しても遜色のない文化遺産のある地域であるから条件が許せば候補地として考えることができる旨の助言をしたことが認められる。

右の事実に、本件旅行2については大津市を旅行先とする旅行命令簿が存在すること、伊勢市の視察はその翌日に予定された大津市における全国治水大会への出席及び大津市クリーンセンター視察と合わせて行われたものであることを総合して勘案すれば、伊勢市を視察した部分については、これを本来の公務に付随して行われた公的な視察として練馬区の事務に属するものとみるのが相当であり、これを単なる私的な旅行とするのは妥当でないというべきである。

したがって、原告の主張は採用できない。

2  本件旅行3について

(一) 本件旅行3における区長車の運行状況と被告の旅行内容は、以下のとおりである(前記第二の一(三))。

(1) 平成八年五月三一日(金曜日)

区長車は、午後二時五〇分から午後九時までの間、武石まで二二四キロメートル走行した。被告は、武石少年自然の家(ベルデ武石)に宿泊した。

(2) 同年六月一日(土曜日)

区長車は、午前一一時二〇分から午後五時四〇分までの間、武石村内ほか一一七キロメートルを走行した。被告は、武石少年自然の家周辺を視察し、バスによる区民周遊コース設定のための調査を行ったうえ、鹿教湯温泉ホテルに宿泊した。

(3) 同年六月二日(日曜日)

区長車は、午前九時一〇分から午後一〇時三〇分までの間、被告宅まで二六四キロメートルを走行した。

(二) 原告は、被告が、武石少年自然の家周辺の視察を目的として右の旅行をしたのであるから、平成八年六月一日に鹿教湯温泉ホテルに宿泊したことは不必要であったというべきであり、武石少年自然の家(ベルデ武石)の宿泊代金との差額(ホテル代金差額)について被告は不当利得した旨主張する。

しかしながら、本件旅行3が旅行命令簿に基づいた旅行であることについては当事者間に争いがなく、したがって、本件旅行3に係る宿泊代は旅費条例に基づいて適法に支出されたものと考えられること、また、武石少年自然の家周辺の視察を目的とするからといって必ず当該施設に宿泊しなければならない理由はないこと、当該施設の当日における空室は一室のみであったことにかんがみれば、被告が鹿教湯温泉ホテルに宿泊したことをもって、そのホテル代金差額につき被告が不当利得したということはできない。

よって、原告の主張は採用できない。

3  本件旅行4について

(一) 本件旅行4における区長車の運行状況と被告の旅行内容は、以下のとおりである(前記第二の一(四))。

(1) 平成八年一〇月一八日(金曜日)

区長車は、午前八時から午後三時二〇分までの間、被告宅からベルデ下田まで二三四キロメートル走行した。

被告は、ベルデ下田に宿泊した。

(2) 同年一〇月一九日(土曜日)

区長車は、午前八時二〇分から午後四時までの間、ベルデ下田から下田学園等を経由して修善寺まで一〇三キロメートルを走行した。

被告は、下田学園を視察した後、ホテルみゆき(以下「本件ホテル」という。)に宿泊した。

(3) 同年一〇月二〇日(日曜日)

区長車は、午前八時四五分から午後一一時三〇分までの間、修善寺から被告宅まで一九〇キロメートルを走行した。

(二) 原告は、区民保養施設としての指定を希望する旅館を視察することは、区民生活課の所管であり、これに区長が関与することは区長としての裁量を逸脱したものであるから、本件旅行4のうち右旅館の視察に関する部分は私用の旅行であると主張する。

そこで検討するに、《証拠省略》によれば、指定保養施設は、区民が利用できる民間のホテル・旅館を保養施設として区が指定し、利用料金の一部を補助する施設であること、右事業を所管するのは生活文化部区民生活課であること、練馬区事案決定規程によれば、指定保養施設の使用を承認し、承認を取り消すことは、課長の決定事項とされているが、指定保養施設の新規指定の権限に関しては特に定めがないこと、本件ホテルについては、ホテル側から指定の要望があったことから、担当課長は、指定保養施設としてふさわしいかどうか、所在地、環境やサービス内容を調査する必要があると考え、被告に対し、視察を依頼したこと、そこで、被告は本件ホテルを視察したこと、本件ホテルを指定保養施設として新規の指定を行うについては区長による決裁が行われたことが認められる。以上の事実からすると、本件ホテルの視察は、旅行命令簿のない平成八年一〇月一九日から同月二〇日の旅行を含め、公的なものであるということができ(旅行命令簿のない旅行の公務性に関しては後記4説示のとおりである。)、これを区長自ら行ったとしても何らその裁量を逸脱するものとはいえない。

したがって、原告の主張は理由がない。

4  旅行命令簿のない旅行の公務性について

(一) 原告は、旅行命令簿が作成されずにされた旅行(本件旅行2ないし4以外の旅行。ただし本件旅行4についてはその一部につき旅行命令簿が作成されていない。)は当然、私的な目的のためになされたものであって、公務のものということはできない旨主張する。

そこで検討するに、前記一1で認定したとおり、旅費条例は、公務のために旅行する練馬区職員の旅費に関し諸般の基準を定めており、職員の出張は、旅行命令権者の発する旅行命令によって行われなければならず、旅行命令を発するときは旅行命令簿によらなければならないとしている。したがって、旅費条例に定められた旅行命令簿を作成することなくして旅費の支給を行うことは、旅費条例に違背するものということができる。

しかしながら、本件は、旅費の支給が争われているのではなく、区長車運転手の時間外勤務手当等の支出(本件各支出)に関して被告に不当利得が生じているか否かが争われ、これに関連して本件各旅行の公務性が問題となっている事案であるところ、右公務性は実質的に判断されるべきであって、旅費条例上の手続の履践がされているかという形式的な判断によって決せられるべきものではない。もとより、旅行命令簿が存在すれば、当該旅行は公務のために行われたものとの推認が働くということはできるものの、逆に、旅行命令簿が存在しないからといって、直ちに、当該旅行が公務ではなく、私的なものであるとの帰結をもたらすものとはいえない。

したがって、原告の右主張は採用できない。

(二) そうすると、本件各旅行が公務に該当するかどうかについては、旅行命令簿の記載の有無にかかわらず、旅行の目的及び内容が、当該公務員の地位及び権限に照らし、当該公務員の行うべき職務に該当するかどうかによって決すべきものと解される。

ところで、特別区の区長は、①当該特別区の事務、②法律又はこれに基づく政令によりその権限に属する国、他の地方公共団体等の事務、③法律又はこれに基づく政令により市長の権限に属する国、他の地方公共団体等の事務を管理し執行することとされ(法二八一条の三第一項)、また、地方公共団体を統括し代表する者(法二八三条一項、一四七条)とされており、その権限は相当広範にわたるものである。また、地方自治体である特別区も社会的存在として一定の活動を行うものであるから、当該特別区の執行機関がその事務を執行し対外的折衝を行う過程において、社会通念上相当な範囲で儀礼的行為を行うことも許容されているものというべきである。

そこで、以下においては、右の観点から、本件旅行5ないし10が公務といえるか否かについて検討する。

5  本件旅行5について

被告は、本件旅行5は区政懇談会に出席する目的でなされたと主張するが、懇談会の目的、内容、出席者の地位、氏名等についてあえて主張せず、また、右事実を明らかにするに足りる証拠はない。

そうすると、本件旅行5の目的たる懇談会については、その具体的な目的、内容が明らかではなく、また、右懇談会をベルデ岩井まで旅行しなければならないような場所で開催する必要性があったかどうかについてもその事情は全く不明であり、結局、右懇談会が、いかなる意味で区長の事務遂行上必要なものであったかについては不明といわざるを得ないから、これを公務と認めることはできない。

これに対して、被告は、懇談会の出席者や内容等を明らかにすることは、今後の区政運営や執行に支障を生じさせるものであり、このような場合には相手方を明らかにせずに交際費を支出することが認められるべきであると主張する。

しかしながら、交際費であっても、区長としての職務執行と関連性を欠くような交際に要した経費の支出に充てることは許されないことは当然であるから、被告の主張はその前提において失当といわざるを得ない。

したがって、本件旅行5は、公務を遂行するためのものと認めることができない。

6  本件旅行6について

(一) 被告は、本件旅行6の目的の一つは、区政協力者が旅行先で病気で倒れたため同人をお見舞いすることであったと主張するものの、相手方の地位、氏名についてはあえて主張せず、また、右事実を明らかにするに足りる証拠はない。

そうすると、右病気見舞いが、いかなる意味で区長の事務遂行上必要なものであったかについては不明といわざるを得ないから、これを公務と認めることはできない。

(二) また、被告は、本件旅行6のもう一つの目的は、練馬区職員互助会(以下「互助会」という。)の新規の指定旅館を視察することにあったと主張する。

そこで検討するに、《証拠省略》によれば、互助会は、原則として練馬区に常時勤務する職員で構成された任意団体であり、職員の福利増進、健康の保持・向上等を図ることを目的とすること、互助会の各誉会長は練馬区長の職にある者、会長は総務部を担任する助役の職にある者とされていること、練馬区から互助会に対しては毎年約一億円の交付金が交付されていること、互助会は、民間のホテル・旅館を指定旅館とし、利用料金の一部を補助する事業を行っており、群馬県利根郡片品村所在の「花咲亭」(以下「本件旅館」という。)は平成八年度において新規に指定された指定旅館であること、指定旅館との契約は年度ごとに更新されており、右更新を適切に行うため、契約条件が維持されているかどうかなどの確認と改善要望事項の交渉を目的として現地調査を行っていること、互助会の会長である助役は、被告が区政協力者の見舞いのために那須に行くことを聞き及んだことから、被告に対し本件旅館の調査を依頼したこと、被告は、互助会から、平成八年八月二九日、「指定旅館利用承認書」の発行を受け、同年九月六日に本件旅館に宿泊し、契約料金二万二〇〇〇円のうち利用者負担金二二〇〇円を支払ったことが認められる。

右の事実からすると、確かに、互助会による指定旅館事業は練馬区職員の福利厚生に寄与するものであり、また、被告は互助会の会長である助役から本件旅館の調査を依頼されたとの事情はあるものの、指定旅館事業は互助会の事業であって地方公共団体の事務ではないこと、被告は「指定旅館利用承認書」の発行を受けて、通常の利用者として宿泊していること、被告がしたという調査の具体的な結果は必ずしも明らかではないことに照らせば、右宿泊について、これを練馬区の事務の遂行としてなされたものと認めるのは困難というほかない。

(三) 以上によれば、本件旅行6は公務を遂行するためのものと認めることができない。

7  本件旅行7について

(一) 原告は、練馬区立小学校教頭会(以下「教頭会」という。)からの出席依頼があったという被告の主張は疑わしい旨主張する。

そこで検討するに、《証拠省略》によれば、練馬区内の小学校の教頭により教頭会が組織されていること、教頭会は、平成八年九月一四日から一五日にかけて、一泊研修会を開催し、日光東照宮、日光自然博物館、富弘美術館を見学したこと、被告は、教頭会から、平成八年七月九日付けで、右研修への参加の依頼を受け、これを了承したこと、被告は右研修会に参加して、教育行政についての講話をするとともに、意見交換をしたことが認められる。

そして、区長は区政全般についてその責任を負うものであるところ、教員の研修に関することは、教育委員会の職務とされているものの(地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条八号)、教育委員会の委員は、地方公共団体の長が議会の承認を得て任命することとされており(同法四条一項)、区長が教育行政について一定の影響力を及ぼしうる立場にあることを併せて考慮すれば、右研修会への参加は公務と認めるのが相当である。

(二) 《証拠省略》によれば、少年自然の家は、社会教育活動を支援する施設であり、練馬区では、これを長野県武石村、同軽井沢町、静岡県下田市及び千葉県富山町に設置していること、これらの施設の改修等に係る予算措置の所管は練馬区教育委員会障害学習部推進課であること、右のうち武石村所在の施設の運営業務を練馬区から受託している社団法人武石村開発公社の職員は、右担当課に対して、施設の改修が必要な箇所を報告することとなっており、暖房機取替工事、玄関改修工事など多額の費用が必要な補修工事が必要である旨の報告をしていたところ、右担当課から、本件旅行7で武石村の右施設を訪れる被告に対してその報告内容を説明するように求められたこと、被告は、現場において、右職員の説明を受けたことが認められる。

右事実によれば、右施設の現地視察は公務と認めるのが相当である。

8  本件旅行8について

(一) 《証拠省略》によれば、練馬区は、昭和五五年に自然少年の家を設置して以来、武石村と交流をするようになり、平成六年には友好提携の合意、平成八年には災害時の相互援助協定を締結するなど、友好交流関係を深めていること、武石村では、村おこしの一環として駅伝大会である「ともしびの里駅伝inたけし」を主催していること、平成八年度の右駅伝大会には、練馬区から四チームが参加したこと、区長は、開会式に招待され、あいさつをしたことが認められる。

右事実によれば、右駅伝大会への出席は、公務と認めるのが相当である。

(二) 《証拠省略》によれば、上田市に所在する旅館「和泉屋」から、区民保養施設としての指定の要望があったことから、担当課長は、被告に対し、右旅館の視察を依頼したこと、そこで、被告は右旅館を視察したこと、視察後、被告は、近隣に既に区民保養施設に指定した旅館があることもあり、指定を見合わせるべきとの指示をしたことが認められる。

右事実からすると、右視察は、公務であるということができ、これを区長自ら行ったとしても何らその裁量を逸脱するものとはいえない。

したがって、原告の主張は理由がない。

9  本件旅行9について

被告は、区長室職場旅行への出席を公務であると主張する。

そこで検討するに、《証拠省略》によれば、区長室は、区長の秘書事務を所管する秘書課と、区民相談等を所管する区民相談課からなること、区長室職場旅行は、区長室親睦会により実施されたものであること、区長室親睦会は、区長室に勤務する常勤の職員で構成されており、区長及び助役は含まれないこと、区長室親睦会は、月額五〇〇円の会費と臨時に徴収する会費とで運営され、主たる行事は職員異動時の歓送迎会の実施、慶弔関係費の支出、親睦旅行の実施であること、平成八年度の親睦旅行は、同年一二月七日から八日にかけて行われ、その往復には職員の自家用車数台が使用されたことが認められる。

右の事実からすれば、確かに、区長は区長室親睦会の構成員とはされていないものの、親睦旅行自体、区長室親睦会旅行によって主催された親睦のための行事であって、地方公共団体の事務とは具体的な関連性がなく、区長室はその職務上区長との緊密な意思疎通が必要とされる部門であることを考慮してもなお、親睦旅行における親睦が地方自治体の事務であると観念することは困難であって、被告が右親睦旅行に来賓として参加したことをもって、公務であると認めることはできない。

10  本件旅行10について

(一) 右旅行の目的の一つは、障害者施設「自立学舎」の視察であったところ、《証拠省略》によれば、「自立学舎」(群馬県甘楽郡妙義町所在)は、中度、軽度の知的発達障害のある者が学校を卒業した後に就労しながら自立した生活ができることを目指して設立された障害者福祉施設であり、練馬区立の小学校の心身障害学級の教諭であった人物が開設したものであること、被告は、区政の重点施策の一つに障害者施策を挙げており、議会関係者からも、自立学舎の視察の要請を受けていたこと、被告は、秘書課長とともに、自立学舎を訪問し、約一時間にわたり、施設開設者からその運営ぶりについて話を聞き、施設を見学したことが認められる。

(二) 被告は、右施設の視察後、「本家旅館」(群馬県利根郡水上町所在)に宿泊し、区幹部の懇親会に出席したところ、《証拠省略》によれば、右懇親会は、「庁議メンバー旅行」の一部であること、庁議メンバー旅行には、庁議を構成する区長、助役、収入役、教育長、各部長及び数名の課長のうち、前四者を除いた一般職員を対象とした旅行であり、これらの者が懇親を深め、ひいては庁議が円滑に進行することを目的として実施されているものであることが認められる。

(三) 右の事実によれば、区幹部懇親会への出席は練馬区の事務に関するものとは認めがたいものの、右旅行の主たる目的は右障害者施設の視察にあり、それはまさに公務であると認めるのが相当であり、右懇親会への出席が右障害者施設の視察後夜間に行われていることを考慮すれば、右旅行は全体としてみて公務を遂行するためのものであったと認めるのが相当である。

11  以上によれば、本件各旅行(本件旅行1を除く。)のうち、本件旅行5、6及び9は、地方自治体の事務(公務)を遂行するためのものということができないが、その余のものは公務によるものというべきである。

三  不当利得返還義務の有無について(争点3)

1  特別区を含め地方自治体は、当該自治体の事務を処理するに必要な経費その他法律又はこれに基づく地方団体の負担に属する経費を負担すべきものとされている(地方自治法二三八条一項、二三二条一項等)が、地方自治体の執行機関又はその職員の私的な行為に係る費用を当該地方自治体が負担すべきものとする法律上の根拠は存しない。しかして、前記二11記載のとおり、本件旅行5、6及び9(以下「本件私用旅行」という。)は、地方自治体の事務を遂行するものとはいえないから、右旅行に要した費用は本来被告個人が負担すべきものであり、練馬区の負担に帰すべきものではない。

ところで、練馬区は、右旅行に関し、区長車運転手の時間外勤務手当、有料道路料金及びガソリン代金の各支出を行っているが、この費用は本来被告が個人的に負担すべきものであるから、被告は、練馬区の負担において、区長車運転手による役務の提供を受け、有料道路料金及びガソリン代の支払を得て、本来個人的に負担すべき本件私用旅行に係る自動車による交通費の負担を免れるという利得を得ているものである。そして、《証拠省略》によれば、練馬区の本件私用旅行に関する費用の支出は、被告が練馬区長としての立場で公務のため旅行するとの名目のもとに当該旅行に区長車を使用することを指示し、その指示に従って区長車が運行されたことを原因としてなされたものと認められるのであって、右費用の支出の経緯からすれば、被告は、練馬区が支出した右費用相当額を法律上の原因なく利得しているといわなければならず、他方、被告が本件私用旅行について区長車の使用を指示しなければ、練馬区は右費用の支出をする必要がなかったということができるから、本件私用旅行により練馬区は右費用相当額の損失を被ったものであり、練馬区の右損失と被告の右利得との間には因果関係があるというべきである。

2  右の点に関し、被告は、有料道路料金、ガソリン代金については、練馬区が、資金前渡受者である経理用地課長に対して精算請求権(精算残額の返納を求める権利)を有するか、又は違法な支出を行った経理用地課長に対する損害賠償請求権を有しており、また、時間外勤務手当については、区長車運転手に対して過払金の返納請求権を有するから、練馬区において損害ないし損失は生じていないと主張する。

しかしながら、練馬区において現に生じている前記損失については、法律上認められた権利の行使又は手続により回復する可能性があるからといって、直ちに当該損失が生じていないということはできないし、右損失の原因となった旅行を行った者が練馬区長であるという本件においては、練馬区が右の権利行使等により現実に右損失を回復することは実際上においてほとんど期待することができないといわざるを得ず、この点からみても練馬区に損失が生じていないとはいえない。

したがって、被告の主張は採用できない。

3  また、被告は、被告は本件私用旅行を公務であると認識していたものであるから、善意の利得者であるというべきであり、返還すべき利得は現存利益に限定されるべきであるところ、被告が得た役務は直ちに費消されており現存しないと主張する。

しかしながら、前記1で説示したとおり、本件私用旅行に関して得た被告の利得は、本来個人的に負担すべきであった旅行費用の一部を練馬区の負担において免れたということであるところ、右のような負担を免れたという利益は、一般には消滅を観念することができないものであり、本件においてその利益が現存しないとする特別事情があることを認めるに足りる証拠はない。

被告の主張は、その得た利得について、これを区長車の運行による役務の提供を受けたという積極的利得であるとの誤った理解に立つものであって、その前提において失当といわざるを得ない。

4  被告は、他人の労務による利得の場合は、客観的に相当な価格を返還すべきであるところ、区長車の運転手の役務は同人が支払を受けた時間外勤務手当と等価とはいえないと主張する。

しかしながら、本件私用旅行において被告が区長車に乗車することによって得た利得は、他人により運転される自動車により旅行し、旅行費用の一部の負担を免れたという内容の利益であるところ、当該旅行に係る運行を一般の業者に依頼した場合の代金が、区長車の運転手が支払を受けた時間外勤務手当を上回ることとなることは経験則上明白である。したがって、被告の右主張は採用できない。

5  不当利得の額

本件私用旅行に関して練馬区において生じた損失及び被告において生じた利得については、《証拠省略》によれば、以下のとおりであると認められる。

(一) 本件旅行5

有料道路料金相当額四五〇〇円、ガソリン代金相当額四一五五円(走行距離二七七キロメートル)、時間外勤務手当相当額一八九八円。

(二) 本件旅行6

有料道路料金相当額八七五〇円、ガソリン代金相当額九五二五円(走行距離六三五キロメートル)、時間外勤務手当相当額四万七六八一円。

(三) 本件旅行9

有料道路料金相当額七三〇〇円、ガソリン代金相当額五一四六円(走行距離三五八キロメートル)、時間外勤務手当相当額四万九四八八円。

(四) 合計 一三万八四四三円

四  以上によれば、練馬区は被告に対し、一三万八四四三円相当の不当利得返還請求権を有するものであり、練馬区に代位して「怠る事実の相手方」(地方自治法二四二条一項四号後段)たる被告に対し右不当利得の返還を求める原告の請求は理由がある。なお、原告は、被告が右の「怠る事実の相手方」には該当しないかのように主張するが、練馬区が被告に対する右不当利得返還請求権の行使を怠っていることは弁論の全趣旨により明らかであり、被告は右の「怠る事実の相手方」に該当する者というべきである。

第四結論

よって、本件の訴えのうち、平成八年一月七日から同月八日までの旅行に関し不当利得返還請求を求める部分は不適法であるからこれを却下することとし、被告が練馬区に対し一三万八四四三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年九月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 谷口豊 加藤聡)

<以下省略>

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