東京地方裁判所 平成9年(行ウ)25号 判決
原告
戸井田宗二郎(X1)
同
二宮葉子(X2)
同
山岡暎子(X3)
同
横内美恵子(X4)
右訴訟代理人弁護士
高橋利明
(ほか一二名)
被告
東京都知事(Y) 青島幸男
右指定代理人
小林紀歳
同
松田英智
同
藤久吉浩
事実及び理由
第二 一事案の概要
〔中略〕
一 本条例の定め
1 公文書の非開示事由
本条例九条は、公文書の開示の実施機関(以下、単に「実施機関」ということがある。)は、開示の請求に係る公文書に同条各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書の開示をしないことができる旨規定しており、同条三号、七号及び八号は、それぞれ次の(一)ないし(三)記載のとおり非開示とすることができる情報を定めている。
(一) 三号
法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、開示することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
(1) 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある危害から人の生命、身体及び健康を保護するために、開示することが必要であると認められる情報
(2) 違法若しくは不当な事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある支障から人の生活を保護するために、開示することが必要であると認められる情報
(3) 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある侵害から消費生活その他都民の生活を保護するために、開示することが必要であると認められる情報その他開示することが公益上特に必要であると認められる情報
(二) 七号
都又は国、地方公共団体若しくは公共的団体(以下「国等」という。)の事務事業に係る意思形成過程において、都の機関内部若しくは機関相互間又は都と国等との間における審議、協議、調査、試験研究等に関し、実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示することにより、当該事務事業又は将来の同種の事務事業に係る意思形成に支障が生ずると認められるもの
(三) 八号
監査、検査、取締り、徴税等の計画及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、学術研究計画及び未発表の学術研究成果、用地買収計画その他実施機関が行う事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、大学の教育若しくは研究の自由が損なわれるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの又は都の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの
2 非開示とする場合の理由付記
実施機開は、開示の請求に係る公文書を開示しない旨の決定(開示の請求に係る公文書の一部を開示しないこととする場合の当該開示しない旨の決定を含む。以下「非開示決定」という。)をする場合は、非開示決定の通知書に非開示の理由を付記しなければならないとされている(本条例七条四項)。
〔中略〕
第三 当裁判所の判断
一 本件通知書が本条例七条四項が定める理由付記の要件を満たしているかどうかについて
1 前記第二の一2記載のとおり、本条例七条四項は、実施機関が公文書の非開示決定をする場合には、その通知書に非開示の理由を付記しなければならない旨規定しており、前記第二の二5(二)記載のとおり、本件通知書には、本件開示請求に係る公文書を非開示とする理由が記載されているところ、原告らは、本件通知書に記載された理由は単なる条文の引き写しにすぎず、本件開示請求に係る公文書がなぜ非開示事由に該当するといえるのかについて具体的な記載は全くなされていないので、本条例七条四項が定める理由の付記がされているものとはいえない旨主張する。
2 しかしながら、原告らの右主張は採用することができない。その理由は、次のとおりである。
(一) 一般に、法令が行政処分に理由を付記すべきものとしている場合に、どの程度の記載をすべきかは、処分の性質と理由付記を命じた各法令の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきである(最高裁昭和三六年(オ)第八四号昭和三八年五月三一日第二小法廷判決・民集一七巻四号六一七頁参照)。本条例が非開示決定の通知書にその理由を付記すべきものとしているのは、同条例に基づく公文書の開示請求制度が、都民と都政との信頼関係を強化し、地方自治の本旨に即した都政を推進することを目的とするものであって、実施機関においては、公文書の開示を請求する都民の権利を十分に尊重すべきものとされていること(本条例一条、三条参照)にかんがみ、非開示理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保し、し意的判断がされることを抑制するとともに、非開示理由を開示請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。このような理由付記制度の趣旨にかんがみれば、本条例九条各号所定の非開示事由に該当することを理由として、開示請求に係る公文書を非開示とする場合には、当該非開示決定の通知書に、開示請求者において、当該公文書が右非開示事由のどれに該当するのかをその根拠とともに了知し得る程度の理由が付記されなければならないと解するのが相当である(最高裁平成四年(行ツ)第四八号同年一二月一〇日第一小法廷判決・判例時報一四五三号一一六頁参照)。
(二) 本件通知書は、本件開示請求に係る公文書を非開示とする理由として、「東京都公文書の開示等に関する条例第九条第三号、第七号及び第八号に該当。」と本条例の該当する規定を示した上、<1>「当該事業は現在、用地買収継続中であり、開示することにより、当該清掃工場建設事業に係る意思形成に支障が生ずるおそれがある。」(七号該当性を示すもの)、<2>「開示することにより、関係当事者間の信頼関係が損なわれ、当該事務事業及び将来の同種の事務事業の公正、円滑な執行に支障が生ずるおそれがある。」(八号該当性を示すもの)、<3>「法人に関する情報を含み、開示することにより、法人の事業運営が損なわれると認められる。」(三号該当性を示すもの)と記載し、右各号所定の非開示事由のうちどの事由に該当するかを明らかにしたものであり、このような本件通知書の記載内容と、本件開示請求に係る公文書が、本件建設事業の予定地の用地買収に関する土地売買契約書その他の資料であって、右公文書の種類、性質からみて、右公文書に売買契約の相手方、売買物件、売買価格等の情報が記録されていることは、原告らにおいて、当然に了知し得ることを併せて考えると、本件通知書には、原告らにおいて、本件非開示決定が、本条例九条各号所定の非開示事由のうちどの事由に該当することを理由とするものであるのかを、その根拠とともに了知し得る程度の理由の付記はされているものと解するのが相当である。
(三) 原告らは、本件通知書に記載された理由は単なる条文の引き写しにすぎず、本件開示請求に係る公文書がなぜ非開示事由に該当するといえるのかについて具体的な記載は全くなされておらず、本件通知書は理由付記の要件を欠くものである旨主張する。
しかしながら、公文書の開示の実施機関が、本条例九条各号所定の非開示事由に該当することを理由として、開示請求に係る公文書につき非開示決定をする場合には、当然のことながら、当該公文書の具体的な記載内容を明らかにすることができないため、非開示事由該当性の根拠を具体的に示すことには自ずから限界があるというべきである。もとより、非開示理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保し、し意的判断がされることを抑制するとともに、非開示理由を開示請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与えるという理由付記制度の本来の趣旨からすれば、非開示決定の理由は、できるだけ具体的に記載された方が望ましいことは確かであるが、右のような公文書の非開示決定の理由付記に関する特殊な事情を考えれば、本件通知書について、本条例七条四項が定める理由付記の要件を欠くものと評価することはできない。
原告らの前記主張は採用することができない。
3 以上のとおり、本件通知書は、本条例七条四項が定める理由付記の要件を満たしているというべきであり、本件非開示決定には、右条項に違反する違法はないというべきである。
二 本件各公文書が本条例九条三号、七号及び八号の非開示事由に該当するかどうかについて
1 本件非開示決定は、本件各公文書に本条例九条三号、七号及び八号に該当する情報が記録されていることを理由とするものであるが、このように複数の非開示事由に該当することを理由として当該公文書の非開示決定がされた場合には、少なくとも非開示の理由とされたいずれか一つの非開示事由に該当することが認められ、その事由に基づいて当該公文書の非開示決定をすることが是認される場合には、その余の非開示事由に該当することが認められるか否かについて判断するまでもなく、当該非開示決定は適法と評価されるべきものである。
2 そこで、まず、本件非開示決定の理由とされた非開示事由のうち、本条例九条八号の非開示事由、具体的には、本件各公文書に、これを開示することにより、本件建設事業の円滑な執行に支障が生ずるおそれがある情報が記録されているかどうかについて、以下検討することとする。
(一) 本件各公文書は、東京都が実施する本件建設事業の予定地の用地買収に関する土地売買契約書一〇件、右各売買契約締結の意思決定に係る起案文書六件、右各売買契約の代金支払に係る起案文書六件の合計二二件の公文書であり、本件各公文書のうち、本件各土地の売買契約書には、契約の相手方、売買物件、売買価格、代金の支払時期、その他契約条件が記載され、右各売買契約締結の意思決定に係る起案文書には、取得する土地の所有者、所在、現況、売買価格、契約予定日、譲渡所得等の課税特例の適用、工作物の撤去条件等が記載され、右各売買契約の代金支払に係る起案文書には、当該土地の所在及び面積、債権者(売主)、支払金額、予算措置状況等が記載されていることは、前記第二の二3記載のとおりである。
(二) ところで、前記第二の二4記載のとおり、本件開示請求当時における本件建設事業の予定地は、本件各土地を含む合計五八筆の土地であり、当時、右予定地のうち、本件各土地を含む四七筆の土地が買収済みで、未買収地が一一筆あり、用地買収が継続中であったものであるが、一般的に、公共事業に伴う用地買収が継続中に既買収地の買収価格が明らかにされると、次のような事情から、未買収地の円滑な買収に支障が生ずるおそれがあるものである。
すなわち、公共事業に伴って用地買収を行う場合には、それが当事者間の合意による任意買収であるとしても、公的資金を支出するものである以上適正な時価に基づいて行われるべきことは当然のことであるが、土地の価格というものは、種々の価格形成要因の相互作用によって決定されるものであるため、各個の土地の適正な時価を的確に把握することは困難を伴うものである。例えば、同一地域に存在する宅地であっても、各個の宅地の間口、奥行、地積、形状等の画地条件が異なれば、それぞれの宅地の単位面積当たりの価格は異なるものであるし、また、同一の宅地であっても、価格時点が異なれば、その価格は変わり得るものなのである。このように土地の価格というものは非常に個別性の強いものであるが、公共事業に伴う用地買収が継続中に既買収地の買収価格が明らかにされると、未買収地の土地所有者が、自己の所有地と既買収地の画地条件の違い、価格時点の違い等を正しく認識、評価せずに、既買収地の買収価格を前提に自己に有利な価格を算定することは十分にあり得ることである。そして、そのような場合には、用地買収を行う側で適正な買収価格を提示したとしても、未買収地の土地所有者が自己の算定した価格に固執することにより、買収折衝が難航し、未買収地の円滑な買収に支障が生ずるおそれがあることは否定できないところである。
この点に関し、原告らは、既買収地の買収価格のみを理由として自己の所有地の買収価格を算定することなど考えられず、仮にそのような者がいたとしても、その価格の算定が不合理なものであることは明らかなのであるから、容易に説得が可能なはずであると主張するが、前示のとおり、未買収地の土地所有者が、既買収地の買収価格を前提に自己に有利な価格を算定することは十分にあり得ることであり、また、未買収地の土地所有者が右のように自己に有利な価格を算定して折衝に臨んだ場合に、必ずしも原告らの主張するように容易に説得ができるとは限らないのであって、原告らの右主張は採用することができない。
(三) したがって、本件各土地の売買価格は、これが開示されると、本件建設事業に伴う用地買収の円滑な執行に支障が生じ、ひいては、本件建設事業自体の円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるものというべきである。
3 そうすると、本件各公文書には、実施機関が行う事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるものが記録されているものと認められるから、本条例九条八号の非開示事由に該当するものというべきである。
なお、本条例一〇条は、実施機関は、開示の請求に係る公文書に、本条例九条各号のいずれかに該当することにより開示しないことができる情報とそれ以外の情報とが併せて記録されている場合において、開示しないことができる情報に係る部分とそれ以外の部分とを容易に分離することができ、かつ、当該分離により開示の請求の趣旨が損なわれることがないと認められるときは、開示しないことができる情報に係る部分を除いて、公文書を開示するものとする旨規定しているが、本件開示請求の請求書の記載から判断すると、原告らが本件開示請求をした主たる目的は、本件各土地の売買価格を知ることにあったものと認められるから、仮に本件各公文書に非開示事由に当たらない情報が含まれていたとしても、本条例九条八号により開示しないことができる右売買価格に係る部分と非開示事由に当たらない部分とを分離した場合には、本件開示請求の趣旨が損なわれることになるので、本件各公文書について、本条例一〇条に基づき、本件各土地の売買価格に係る部分を除いた部分の一部開示をする余地はないというべきである。
三 以上説示したところによれば、その余の点について判断するまでもなく、本件各公文書を非開示とすることとした本件非開示決定は適法というべきである。
第四 結論
よって、原告らの本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青栁柳馨 裁判官 増田稔 篠田賢治)