大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(行ウ)288号 判決 2000年1月21日

原告

丸山牧

右訴訟代理人弁護士

堀口真一

被告

大森税務署長 山口久男

右指定代理人

黒澤基弘

木上律子

伊藤秀行

田尻昭広

佐藤宣弘

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し平成八年三月一五日付けでした原告の平成二年分の贈与税の納付すべき税額を一億二五五三万八九〇〇円とする決定処分及び無申告加算税賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、原告の平成二年分の贈与税について、被告が、相続税法七条に基づき行った決定処分及び無申告加算税賦課決定処分の各取消しを求めている事案である。

一  法令の定め

1  相続税法(平成二年法律五〇号による改正前のもの。以下「法」という。)二八条一項によれば、贈与により財産を取得した者は、その年分の贈与税の課税価格に係る同法二一条の五、二一条の七及び二一条の八の規定による贈与税額があるときは、その年の翌年二月一日から三月一五日までに、課税価格、贈与税額等を記載した申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならないこととされている。

右納税申告書が提出されていない場合には、所轄税務署長は、法定申告期限となる三月一五日の翌日から五年を経過する日まで、課税標準等及び税額等を決定することができる(国税通則法(平成八年法律九五号による改正前のもの。以下「通則法」という。)二五条、同法七〇条三項)。

なお、右決定は税務署長が決定通知書を送達して行う(通則法二八条一項)。

2  相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六・直審(資)一七(例規)、ただし、平成二年八月三日付け直評一二・直資二―二〇三による改正前のもの。以下「財産評価通達」という。)一六九(以下「本件通達一六九」という。なお、平成二年八月三日付け直評一二・直資二―二〇三による改正後のものは「改正後の通達一六九」という。)は、上場株式の評価に関し、上場株式の価額は、その株式が上場されている証券取引所(二以上の証券取引所に上場されている株式については、原則として、その株式の発行会社の本店の所在地の最寄りの証券取引所とする。ただし、納税義務者が納税地の最寄りの証券取引所を選んだときは、その証券取引所によることも差支えない。)の公表する課税時期の最終価格又は課税時期の属する月以前三か月間の毎日の最終価格の各月ごとの平均額のうち最も低い価額によって評価するものと定めている。

二  前提となる事実

1  本件株式譲渡の経緯等(争いのない事実)

(一) 原告は、平成二年一月五日、大和証券株式会社池袋西口支店(以下「大和証券」という。)に「大和の総合取引申込書」及び「信用取引口座設定約諾書」を提出し、信用取引口座(口座番号一〇二二九一。以下「原告信用口座」という。)を開設した。

また、同日、原告の実父である丸山兆一郎(以下「兆一郎」といい、原告と併せて「原告ら」という。)も申込書を提出し、取引口座(口座番号は一〇二二九〇。以下「兆一郎口座」という。)を開設した。

(二) 原告は、同日、本州製紙株式会社の株式(以下「本州製紙株」という。)三一万六〇〇〇株の信用売り注文を出したところ、同日、一株当たり一六五〇円、総額五億二一四〇万円で売買が成立した。

同日、原告は、株式会社三和銀行掘留支店(以下「三和銀行」という。)から、三億五七〇〇万円を借り入れ、同額が入金された同行の原告名義の普通預金口座(以下「原告預金口座」という。)から三億五〇〇〇万〇四一二円を出金し、振込手数料四一二円を差し引いた三億五〇〇〇万円を原告信用口座に振り込み、同月八日、右金額のうち三億一五六五万五〇〇〇円を、右信用売りに係る信用取引委託保証金とした。

なお、残額三四三四万五〇〇〇円は、同日、原告信用口座から出金され、振込手数料四一二円を差し引いた三四三四万四五八八円が原告預金口座に振込送金された。

(三) 兆一郎は、同月五日、本州製紙株三一万八〇〇〇株の現物買い注文を出したところ、一株当たり一六五〇円で売買が成立した。

そこで、同日、兆一郎は、三和銀行から五億三六〇〇万円を借り入れ、同月八日、購入代金及び手数料の合計額五億二五九九万九七五七円を兆一郎口座に振り込んだ。

(四) 原告は、同月一二日、兆一郎が右(三)で取得した本州製紙株三一万八〇〇〇株(以下「本件株式」という。)を一株当たり一〇二八円五〇銭、総額三億二七〇六万三〇〇〇円で譲り受けた(以下「本件譲受け」という。)。

同日、原告は、三和銀行から、三億三三〇〇万円を借り入れて、直ちに本件譲受け代金の支払いに充てた。

なお、同日における本件株式の最終価格は一六三〇円であり、右一株当たりの価額一〇二八円五〇銭は、平成元年一一月と一二月における東京証券取引所の本州製紙株の毎日の最終価格の各平均額のうち、低い金額である平成元年一一月分の平均額である。

(五) 同日、本件株式は、兆一郎口座から原告信用口座に「保管振替」として移し替えられ、さらに、原告信用口座から名義書換に提出され、同月三〇日に名義書換が完了し、原告信用口座に再び「保管振替」された。

(六) 原告は、同年二月五日、本件株式のうち二〇〇〇株を一株当たり一六八〇円で現物売りし、売却代金から手数料等を差し引いた三二八万〇〇二三円を受領した。

また、残余の三一万六〇〇〇株については、右(二)の信用売りの借株の返済に充当することにより、信用売りによる売却代金五億二一四〇万円から委託手数料等を差し引いた決済差金五億一四六一万四四八四円を受領した。

(七) 原告は、同月八日、右(二)の信用売りの委託保証金三億一五六五万五〇〇〇円の返還を受けた。

右各受領金額は、原告信用口座に入金された後、同日、総額八億三三五四万九五〇七円から右(五)の名義書換料一万三〇〇〇円を差し引いた八億三三五三万九二〇七円が原告信用口座から出金され、振込手数料三七〇円を差し引いた八億三三五三万八八三七円が原告預金口座に振込送金された。

(八) 原告らは、右(二)、(三)及び(四)の三和銀行からの借入金を次のとおり返済した。

(原告)

返済年月日 返済金額

平成二年一月八日 三五〇〇万〇〇〇〇円

同月一二日 九〇万〇〇〇〇円

同年二月八日 六億五四一〇万〇〇〇〇円

(兆一郎)

返済年月日 返済金額

平成二年一月一二日 三億三一六九万〇〇〇〇円

同月二六日 七一万〇〇〇〇円

同年二月九日 二億〇三六〇万〇〇〇〇円

(九) 同年二月九日、原告らは、兆一郎が所有するセントラル工芸株式会社(以下「セントラル工芸社」という。)(当時、代表取締役兆一郎、専務取締役原告)の株式(以下「セントラル工芸株」という。)三四〇株を一株当たり三〇万円、総額一億〇二〇〇万円で原告に譲渡するとの株式売買契約を締結し、同日、右売買契約に係る譲渡価格一億〇二〇〇万円が原告預金口座から出金され、三和銀行の兆一郎名義の普通預金口座(以下「兆一郎預金口座」という。)に振り込まれた。

(一〇) また、原告は、有限会社セントラルダイナスティ(以下「ダイナスティ社」という。)を平成元年一二月二二日に設立し、同社の代表取締役に就任したが、右平成二年二月九日、ダイナスティ社と兆一郎は、兆一郎がセントラル工芸株二八〇株を一株当たり三〇万円、総額八四〇〇万円でダイナスティ社に譲渡するとの株式売買契約を締結し、同日、右売買契約に係る譲渡価格八四〇〇万円が原告預金口座から出金され、兆一郎預金口座に振り込まれた。

2  本件訴訟に至る経緯

(一) 本件譲受けは、平成二年一月一二日に行われたから、右譲渡に係る贈与税が発生する場合には、法定申告期限は、平成三年三月一五日となり、したがって、被告が、通則法二五条により、課税標準等及び税額等を決定することができる期限は、平成八年三月一五日であるところ、被告は、同日、原告に対し、原告の平成二年分の贈与税の課税価格を一億九一二七万七〇〇〇円、贈与税額を一億二五五三万八九〇〇円とする決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税額を一八八二万九五〇〇円とする賦課決定処分(以下、「本件賦課決定処分」といい、右各処分を併せて「本件各処分」という。)をした。

(甲一)

(二) そして、本件決定処分に係る決定通知書は、当時原告の税務調査を担当していた大森税務署資産課税部門所属の大蔵事務官藤本義弘が、同日、東京都大田区中馬込一丁目一五番一三号の居宅(以下「本件住居」という。)に差置送達した(以下「本件送達」という。)。

(乙一、同一八、証人藤本義弘)

(三) 原告は、本件各処分を不服として、同月一九日、被告に対し、別表「異議申立て欄」記載のとおり異議申立てをしたが、被告は、同年六月一八日、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。

(当事者間に争いのない事実)

(四) 原告は、右決定を不服として、同年七月一五日、国税不服審判所長に対し、別表「審査請求欄」記載のとおりに審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成九年一〇月一五日、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

(当事者間に争いのない事実)

三  本件各処分の根拠(被告の主張)

被告が主張する本件各処分の根拠は次のとおりである。

1  本件決定処分の根拠

(一)(1) 本件株式は、本件通達一六九によって算定した額を時価とすべきではなく、本件譲受け時である平成二年一月一二日における東京証券取引所が公表した最終価格である一株当たり一六三〇円に本件譲受け株数三一万八〇〇〇株を乗じた五億〇八三四万円をもって時価とすべきである。

(2) したがって、本件譲受け時において時価総額五億〇八三四万円(一株当たり一六三〇円)の本件株式を三億二七〇六万三〇〇〇円(一株当たり一〇二八円五〇銭)で譲り受けたものであるから、本件譲受けは、法七条にいう「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」に該当するものと認められ、その差額一億九一二七万七〇〇〇円が兆一郎から原告に贈与されたものとみなすべきこととなる。

(二) 取得した財産の価額

一億九一二七万七〇〇〇円

右金額は、本件譲受け時における本件株式の時価(東京証券取引所が公表した平成二年一月一二日の最終価格である一株当たり一六三〇円と、本件譲受けにおける対価の額(一株当たり一〇二八円五〇銭)との差額の六〇一円五〇銭に本件譲受け株数三一万八〇〇〇株を乗じた金額である。

(三) 贈与税の基礎控除額

六〇万〇〇〇〇円

右金額は、法二一条の五に規定する贈与税の基礎控除の金額である。

(四) 贈与税の基礎控除後の課税価格

一億九〇六七万七〇〇〇円

右金額は、右(二)の金額から右(三)の金額を控除した金額(ただし通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた後の金額)である。

(五) 納付すべき税額

一億二五五三万八九〇〇円

右金額は、右(四)の金額に法二一条の七に規定する贈与税の税率を適用して算出した金額である。

2  本件賦課決定処分の根拠

原告は、原告の平成二年分の贈与税の申告をしなかったものであり、また、贈与税の申告をしなかったことについて、通則法六六条一項に規定する期限内申告書の提出がなかったことについての正当な理由も存しない。

したがって、同条の規定により、本件決定処分によって納付すべきこととなった贈与税額一億二五五三万円(通則法一一八条三項の規定により、一万円未満の端数を切り捨てた後の金額)に、一〇〇分の一五の割合を乗じて算出した金額一八八二万九五〇〇円が無申告加算税額となる。

四  当事者双方の主張

(原告の主張)

1 除斥期間の経過

(一) 本件決定処分は、原告に対し、送達されることによってその効力が発生するものであるところ、原告が本件決定処分の通知を受けたのは除斥期間が満了後の平成八年三月一六日であるから、本件決定処分は違法である。

(二)(1) 住所とは、民法上、生活の本拠をいう(民法二一条)ところ、本件送達時における原告の生活の本拠は、本件送達時の原告の全生活関係からみて、その生活及び活動中心点を事実関係から客観的に究明して定められるものであり、生活の本拠という客観的事実は、居住者の居住意思が具体化されて定着された事実関係であることからすると、居住意思の有無もその重要な判断資料となる。

(2) 一般に、私人が住所を移転する場合、まずその動機から住所移転の意思を形成して、対外的住所移転行動に出ることとなり、その移転行動は、新生活の場所の選定確保、旧生活場所の閉鎖、家族等を含めた人間の移動、家財道具等の生活に必要な物の移動、住民登録等を含めた各種届出行為、新生活場所における時間的経過に伴う定着により確定するものである。

(3)ア 平成六年当時から山梨県北巨摩郡長坂町小荒間字林道下一一六二番地五には原告居住用の建物(以下「山梨の居宅」という。)が存在していたところ、右の建物には、表札、住居表示、郵便受けが完備されており、居住場所としての外形的事実が明らかであり、原告の家族が居住するに足るものである。

イ 原告は、本件住居について、平成八年三月一四日当時、表札を取り外し、入口門扉を閉鎖し、郵便受けを撤去するなどしており、これらの外形的事実からは、旧生活場所の閉鎖が認められる。また、原告は、大田区の郵便局に対する転居の届け出を口頭で行っており、新聞の留め置きを、新聞販売店に対して頼んでいる。

ウ 平成八年三月一四日に原告、原告の妻、原告の長男が右山梨の居宅へ移転している。なお、原告の次男は、学校の終業式の都合から知人宅に泊まって数日間通学し、その後、山梨の居宅へ移転する予定であった。

エ 平成六年当時から山梨の居宅に居住用の建物が存在していた関係から、当面必要な生活道具は一通り備えられていた。そこで、平成八年三月一四日当時、家財道具等の移動の必要は特になく、不足分は、後日、大田区中馬込に順次取りに行けば足りる状況であった。

オ 原告は、平成八年三月一四日に本件住居から山梨の居宅へ転居して新住所を定める旨の届出を行っており、同日付けで転出証明に準ずる証明書を得ている。さらに、同月一八日付けの住民票によれば、「平成八年三月一六日山梨県北巨摩郡長坂町小荒間字林道下一一六二番地五(未届)から転入」とあるから、同月一六日当時、原告の住所が山梨の居宅にあり、本件住居に住民登録がなかったことを前提とした届出行為と手続が行われたことを示している。

郵便局に対する転居の届出についても、原告は、平成六年六月一六日に山梨県の日野春郵便局に対して新住所の届出を予め完了していた。

また、電気、ガス、水道等についての届出も既に行われていた。

(4) 右の各事実によれば、原告の生活の本拠は、平成八年三月一四日から同月一六日にかけて本件住居から山梨の居宅へ客観的に移転しており、少なくとも、同月一五日の時点においては本件住居に存在しなかったから、同所が同日における原告の住所でないことは明らかである。

(三) 仮に、本件送達時点における原告の住所が本件住居に存したとしても、差置送達によって行われた本件送達は違法である。

(1) 本件送達時点においては、本件住居の建物について、門扉の閉鎖、表札の撤去、郵便受けの取り外し等の外形的事実があり、その住所の確定について少なくとも疑義が生じている状況にあった。

このような状況下であれば、被告は、原告の住民登録等の住居調査を完了して、まず住所を確定してからその場所に送達の手続をとるべきであったところ、このような手続をとっていない。

そして、本件決定処分が、課税の有無を決する重大な処分であり、時間の経過に従い形成された課税関係不存在の確定に対する合理的な期待を破壊することにかんがみれば、除斥期間の最終日に差置送達という例外的手段による送達を行うことは許されない。

(2) また、書類の送達を受けるべき者等が送達すべき場所にいない場合(通則法一二条五項二号)に当たる本件においては、賦課決定の内容をその課税期限内(除斥期間内)に認識し得る可能性がない場合には、差置送達は許されない。

すなわち、受領拒否の事例でない場合には、書類の存在自体すら後日にならなければ理解できず、除斥期間内に賦課決定の内容やその存在を予測、認識することは不可能であるところ、差置送達は、被通知者が直ちにその内容を確認できるか又は確認できる可能性のあること、しかもそれが除斥期間内に確認されることを前提にその効力が認められるものというべきであるから、除斥期間内に確認されることが予測される期間を確保した上で差置送達がされることが必要である。

しかし、平成八年三月一五日当日の差置送達では、本件決定処分の内容を認識し得るのは、早くても翌日の一六日になることが当然予測される。したがって、本件のような差置送達によって行われた本件決定処分は、送達に関する信義則に反し、違法である。

2 本件株式の時価

(一) 課税の弾力的運用のために、課税庁の一方的解釈により納税者側に周知されている通達の適用がその都度変更されることは、不意打ち的な賦課徴収を容認する結果となり、課税の予測可能性と安定を損なうものである。

税法の適用解釈及び課税の手続は、納税者の財産権に影響を与える行政上の公権力の行使であることを考えれば、租税法律主義の趣旨に基づく課税要件の明確及び自由裁量排除の要請に照らして、原告が通達に従った評価をしている以上、被告は、原告の右評価と異なる。原告に不利となるような評価をすべきではない。

仮に、通達を含めた法規定に空白が生じたり、解釈に疑義が生じた場合には、法律等の改正手続によりその内容を明確にすべきなのであり、その根拠を実質的平等、公平性の要請、経済的合理性等の不明確かつ恣意的な基準に求めて、一方的な法、通達の解釈運用の変更をすることは許されない。

(二)(1) 被告は、本件には、<1>租税回避という主観的意図が認められ、<2>客観的に経済的合理性のない取引行為であり、<3>他の納税者との関係で実質的に租税負担の公平を害すると主張し、本件通達によるべきではないと主張するが、本件においては、次のとおり、被告の主張する右各事情は存しない。

ア 租税回避の不存在

事業承継を目的としたセントラル工芸社の株式譲渡と本件株式の譲渡との関係について、本件株式の譲渡損とセントラル工芸社の譲渡益を損益通算による相殺処理しているが、同一会計年度の計算として当然の結果であるし、また、右損益通算は、兆一郎の課税問題である。

合法的節税と租税回避との区別限界は課税当局と納税者側との認識の問題にすぎない。

原告としては、兆一郎を介して税理士の指導を受け、また、課税庁に対して電話相談を行った結果、本件譲受けを行ったものであり、租税回避の主観的意図は存在しなかった。

イ 経済的合理性の存在

兆一郎が本件株式を取得したのは、取得当時、本件株式の株価が上昇傾向にあり、銀行借入によって資金をまかなっても短期的に十分に値上がり益を見込めると判断したことによるものである。また、原告の信用売りは、株価が、見込みと異なり値下がりしたとしても、原告の信用売りを手終いすることによって、利益を確定し、兆一郎の現物株を維持して将来の値上がりに期待することができるという効果を有する。したがって、これらの行為が経済的合理性に欠けるところはない。

また、兆一郎が、従前から保持していた上場株を原告へ譲渡した場合を考えれば、原告が当該株の売却価格を予め確保するため、リスクヘッジの目的で信用売りをすることは、十分に経済的合理性がある。

ウ 実質的な租税負担の不公平

本件通達一六九の適用を受ける者と、これを適用又は利用できなかった者との不公平は、課税当局が判断する問題ではなく、納税者の税知識と経済行為の結果によるものである。結果的に租税負担の不公平が発生したとしても、これは、租税立法の問題であって、本件通達一六九の適用を否定する根拠にならない。

課税の公平のために必要が生じたのであれば、法改正又は通達の改正を行うことによって対応すべきであり、実際に、改正後の通達一六九は負担付贈与や個人間の対価を伴う取引の場合の適用を排除している。

仮に本件株式を兆一郎が従前より所有していた場合にこれを単純贈与したとすると、改正後の通達一六九の適用があったとしても、本件株式一株当たりの時価を一〇二八円五〇銭と評価することになると考えられるところ、このような結果が生ずることは、株式の時価評価をどのように理解するかに帰着する問題であって、株式の時価の変動幅の問題にすぎないというべきである。

また、本件のような株式譲渡の場合と単純に金銭を贈与した場合を比較すると、贈与税負担に差異が生じるが、株式は、相場により、その交換価値が絶えず変動するものであって、譲受け側はその保有に伴う価格変動の危険を負担していることからすれば、租税負担の公平を害することにもならないというべきである。

(2) また、被告は、本件通達一六九の趣旨について、死亡等の偶発的な要因により発生する評価の危険性を排除するためであると主張するが、本件通達一六九の規定の体裁をみる限り、本件のごとき株式譲渡を本件通達一六九が排除していると解することはできず、また、改正後の通達一六九が、明文で、個人間の対価を伴う取引については、その株式が上場されている証券取引所の公表する課税時期における最終価格によって評価するとしていることからすれば、本件通達一六九は、本件のような株式の譲渡についても、その対象とする趣旨であると解すべきである。

3 法七条にいう著しく低い価額について

(一) 仮に、本件通達一六九の適用が排除された場合、本件株式の評価は、本件株式が譲渡された平成二年一月一二日における証券取引所の最終価格によるべきであるから、本件では東京証券取引所の最終価格である一六三〇円が時価と考えられ、この場合、右時価と本件株式の譲渡価格の乖離は、一株当たり金六〇一円五〇銭であり、比率にして三六・九〇パーセントである。

(二) 株式の価値については、取引時価以外にも配当還元方式、収益還元方式、類似業種比準方式、純資産評価方式等の評価方法があり、いずれかの評価方式が絶対的に正しくその他が間違い、というものではなく、また、上場株式の時価は、値上がり、値下がりが当然に付きまとうものであり、相当の値幅の動きがあることからすれば、ある程度の値幅を考慮して時価の評価をすべきである。

(三) そして、本件においては、時価に比して三六・九〇パーセント低い価額による譲渡が行われているのであるが、この程度では、上場株式に当然あり得べき値幅の範囲内にあるのであって、著しく低い価額とまではいえない。

なお、法人税基本通達九―一―七(昭和四四年直審(法)二五)は、上場有価証券の評価損の計上ができる場合としての「有価証券の評価が著しく低下したこと」の意味を、当該有価証券の当該事業年度終了の時における価額がその時の帳簿価額のおおむね五〇パーセント相当額を下回ることと定めている。右の五〇パーセントを下回る評価の場合が「著しく低下した」ものとするのであれば、本件においても税法の統一的解釈基準からみて、三六・九〇パーセント相当では法七条の定める著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合に該当するとは考えられない。

(四) これに対し、被告は、本件譲受けの結果生じた差額の大きさをいうが、取引株数が大量であれば、僅か数円の差額でも全体の額の差は大きくなってしまうのであるから、著しく低いといえるか否かについては、相対的な比較割合に基づいて判断すべきである。

(被告の主張)

1 除斥期間を経過する違法のないこと

被告は、平成八年三月一五日、原告に対し、差置送達により、本件決定処分に係る決定通知書の送達を行った(本件送達)が、以下のとおり、本件送達時における原告の住所は、山梨の居宅ではなく、本件住居であったから、本件送達は適法なものであり、したがって、本件決定処分は、除斥期間の経過する前に行われたもので、適法である。

(一) 本件送達時における原告の住所

(1) 課税庁が発する書類は、送達を受けるべき者の住所又は居所に送達することとされているところ(通則法一二条)、右住所とは各人の生活の本拠を指すものであり、生活の本拠がいずれのところに存するかは、諸般の客観的事実を総合して判断すべきものである。

(2) 本件送達時における本件住居の状況は、表札及び郵便受けが取り外され、門扉に針金が巻かれていて開扉できないようにされていたが、玄関前の門扉脇にあるインターホーンを押したところチャイムが鳴り、本件住居の敷地内には自転車及び鉢植えの植物が置かれていた。

住所又は居所の移転の場合には、それまで居住していた建物の電気供給契約を停止又は中断するから、インターホーン等を押してもチャイムは鳴らないのが通常であり、仮に、住所又は居所は移転しても旧住所にある建物も使用するという理由で電気供給契約を停止又は中断しないとしても、長期間、右建物を使用しないのであれば、火災予防等の面からも、屋内にある分電盤を操作し、電気を一時的に遮断することが一般的であるところ、本件家屋についてはチャイムが鳴ったのであるから、本件送達当時、原告が本件家屋を長期間使用しないというものではないことは明らかである。

また、本件住居には、原告又はその家族が所有すると思われる自転車及び鉢植えの植物が置かれていたのであるが、住所又は居所を移転する場合、準生活必需品ともいえる自転車や手入れをしないと枯れてしまう鉢植えなどの植物を移転先へ持っていくのが一般的であるから、右自転車及び右鉢植えが本件住居の敷地内に置かれていたことは原告が住所又は居所を移転していないことの証左である。

本件送達時における本件住居の状況は、以上のとおりであり、住所又は居所の移転を窺わせるものではなかった。

(3) また、原告の住民登録の異動状況をみると、原告は、東京都大田区長に対して、平成八年三月一四日付けで本件住居から山梨の居宅へ転出する旨の届出を行い、転出先とした長坂町長に対しては転入転出の届出を全く行わないまま、先の転出届出のわずか四日後の同月一八日に、同区長に対して、再び、同月一六日付けで山梨の居宅から本件住居へ転入する旨の届出を行っている。

(4) さらに、原告の主張によっても、原告の住所は平成八年三月一四日までは本件住居にあり、その二日後の同年三月一六日からも再び本件住居が原告の住所であるというのであるから、結局、原告は転居先である山梨の居宅に終日いたのは同年三月一五日の一日だけという極めて短い期間だけであり、右一日だけをもって、原告の生活の本拠が本件住居から山梨の居宅へ移転したとはいい難い。

(5) したがって、本件送達当時において、原告の住所は、本件住居にあったというべきであり、本件住居を送達場所とした本件送達は適法である。

(二) むしろ、原告は正当な理由なく本件決定処分に係る決定通知書の受領を拒むために、転居の事実を作出しようとしたものというべきであり、本件送達は、書類の送達を受けるべき者が正当な理由がなく書類の受領を拒んだ場合(通則法一二条五項二号)に該当する。

したがって、本件送達が右の場合に当たらないことを前提とする原告の主張は失当である。

また、差置送達の効力は、送達を受けるべき者が送達書類の内容を現実に確認した時点で発生するものではなく、「送達すべき場所に書類を差し置くこと」(通則法一二条五項二号)によって発生するものであるから、この点においても、原告の主張は失当である。

(三) 原告は、被告が原告の住所確認を怠っていたから本件送達は違法ないし無効であると主張するが、原告の住所は本件送達の行われた本件住居以外に認められないのであるから、原告の右主張は理由がない。

2 本件株式の評価について

(一) 法七条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡があった時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす旨規定している。

このように、法七条は、時価より著しく低い価額の対価による譲渡が行われたとき、その対価と時価との差額に相当する金額を贈与したものとみなして贈与税を課すこととしているが、現実の譲渡において財産の譲受人が著しく低い価額によって財産の譲渡を受けたかどうかは、結局譲渡された財産の時価を基準として判断することとなる。

(二)(1) 法七条及び法二二条にいう時価とは、取得時期における当該財産の客観的交換価値、すなわち、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうと解されているが、すべての財産の客観的交換価値が必ずしも一義的に確定されるものではないから、当該財産の客観的交換価値を個別に評価する方法をとると、その評価方式、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額を生じることが避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、回帰的かつ大量に発生する課税事務の迅速な処理が困難となるおそれもある。

そこで、課税実務上は、法に特別の定めのあるものを除き、財産評価の一般的基準が財産評価通達が定められ、原則としてこれに定められた評価方法によって画一的に財産の評価をすることとされている。

(2) このように財産評価通達によりあらかじめ定められた評価方法によって評価を行うことは、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であり、これを形式的に全ての納税者に適用して財産の評価を行うことは、一般的には、租税負担の実質的な公平をも実現し、租税平等主義にもかなうものであるが、財産評価通達に定められた評価方法を適用することによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害し、また、法の趣旨及び財産評価通達の趣旨に反するような結果を招来させる場合など、右評価方法によらないことが正当と認められるような特別の事情がある場合には、財産評価通達に定める評価方法以外の他の合理的な方法により評価することが許されると解されており、このことは、財産評価通達六において、財産評価通達が自ら財産評価通達に定める評価方法以外の方法をとり得るものとしていることからも明らかである。

(3) なお、右に述べた、財産評価通達の形式的適用が「実質的な租税負担の公平を害する」か否かの判定に当たっては、租税回避目的というような主観的事情も含め、財産取得時点の事情のみにとらわれることなく、その前後の事情を総合的に判断すべきである。

すなわち、相続、遺贈又は贈与による財産取得の一時点のみをとらえると、納税者が、財産評価通達の適用が可能な法形式をとっている場合でも、その前後には、経済的合理性を有しない不自然な行動をしたり、目的達成後に既に作出されている不自然な状態を解消する行為をしたりすることがあり、このような不自然な行動を伴う方法を採った結果、財産評価通達を形式的に適用すると、そのような行動をとらなかった場合との評価の差が生じ、著しく租税負担の公平を害するという結果を生じることがあるからである。

また、一連の行為の不自然さから、租税回避目的を有していたと認められるのであれば、それだけで、財産評価通達の形式的適用による実質的な不平等を是正する必要性の程度は高いから、租税回避目的で不自然な行動が行われたかどうかも重要な判断要素となるというべきである。

(三)(1) 法における「時価」が、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額と解されていることからすれば、証券取引所における取引価格が毎日公表されている上場株式に関しては、その公表された価格そのものが法に規定する時価の条件を充分満たしているということができるので、本来、課税時期における証券取引所の当該上場株式の最終価格をもってその時価とすれば足りるとも考えられる。

(2) しかしながら、証券取引所における上場株式の価格は、その時々の市場の需給関係で値動きすることから、時には、特定の株式について買注文が集中し、短期間に右株式の株価が異常に上昇することがあり、その異常に上昇した株価が、その後、何らかの理由により売注文が集中したり、又は、株式発行会社の経営状態の悪化などにより、突然、下落してしまうこともあり得るところである。

すなわち、証券取引所における上場株式の価格は、時には異常な需給関係に基づいて偶発的な価格を形成し、その後、場合によっては下落するという危険性も有していることから、相続や贈与などにより取得した上場株式の時価を右のような事情で形成された最終価格によることとすれば、その前後の株価の変動による危険等をも考慮すると、必ずしも適正妥当な財産評価とはいえないことにもなる。

そこで、本件通達一六九は、一時点の証券市場における異常な需給関係に基づいて偶発的に形成された価格によって、偶発的な要因によって対価を伴わないで取得した上場株式が評価される危険性を排除し、評価の安全を確保するため、本件通達一六九は、課税時期における証券取引所の最終価格のみならず、ある程度の期間内の最終価格の月平均額をも考慮して上場株式の評価を行うこととしたものである。

このように、上場株式について、証券市場において取引された過去の実績、すなわち一定の期間内の最終価格の月平均額をも考慮して上場株式の評価を行うことは、証券市場における株価の変動に伴う危険等をも考えると、一時点における価格によって上場株式の評価を行うことよりも、評価の安全性から考えて、妥当な財産評価といえる。

(3) なお、平成二年八月三日付け直評一二・直資二―二〇三による本件通達一六九の改正の趣旨は、本件通達一六九が本来想定していたのは、自然人の死亡という偶発的な要因に基づいて無償で財産が移転する相続など、何ら意図的工作のない通常の自然発生的な財産移転の場合であり、それ以外の取引である負担付贈与又は個人間の対価を伴う取引などにより取得した株式については、本来的に上場株式の客観的な市場価格であることが明らかな証券取引所における課税時期の最終価格によって評価すべきとする考え方を通達上明確にした点にある。

(四) 本件通達一六九を本件譲受けに適用できない理由

(1) 本件の一連の取引を通じて、兆一郎は、本州製紙株一株当たりの購入価格一六五〇円とその後原告に対して譲渡した一株当たり一〇二八円五〇銭との差額六二一円五〇銭に売買株数三一万八〇〇〇株を乗じた一億九七六三万七〇〇〇円相当の経済的損失を受けることとなるものの、原告は、ほぼ右損失額に相当する経済的利益を無償で得たのであり、右一連の取引を親子間で通算すれば、結果として、原告らが大和証券及び三和銀行に支払った手数料等及び借入金利子等を除き、株価の変動による実質的損失を生じることなく兆一郎から原告に財産を移転させたことは明らかである。

(2) そして、原告が兆一郎から本件株式を低額で譲り受けたことにより得た経済的利益は、通常、証券市場を通じて第三者から市場価格で株式を取得し、その後、何らかの需給関係で右株式の市場価格が急上昇したことにより得られたというような偶発的な要因に基づくものではなく、当初から本州製紙株の市場価格と本件通達一六九に基づいて計算される価格との間に相当の開差があることに着目して計画的に得られたものである。

すなわち、原告らは、本件譲受けに先立ち、同日に同一銘柄(本州製紙株)を、ほぼ同数、しかも同じ指値で信用売り注文と現物買い注文を出し合うことにより売買を成立させているが、このことは、原告の信用売りを介在させ、同日に、同一銘柄を同額で、しかも、ほぼ同数の相対する取引を証券市場において成立させることによって、株式の市場価格が下落した場合でも、兆一郎及び原告の取引を通算すれば、結果的に、株価の変動による危険負担を回避できるようにしたものである。

その上で、原告は、兆一郎から同人が取得した本州製紙株に本件通達一六九を適用して計算される価額で譲り受け、自己の行った信用売りの決済に右取得株式を充てることにより、結果として、兆一郎の譲渡損に相当する額の財産を取得しているのである。

したがって、本件譲受けは、本州製紙株の市場価格と本件通達一六九に基づいて計算される価格との間に相当の開差があることを利用して、兆一郎から原告への実質的な財産の移転につき贈与税の負担を回避するためだけに行われた何ら経済的合理性がない取引である。

(3) 以上のとおり、本件譲受けを含む一連の取引は、専ら贈与税の負担を回避するために、財産を上場株式に化体させ、売買という方式を利用して、通常第三者間では成立し得ない著しく低い価額により本件譲受けを行い、かつ、株式に化体した財産価額の維持を図るため証券取引所における株価の変動による危険を防止する措置を講じた上で、兆一郎から原告に対し財産の移転を図る目的で計画的に行われたものであることは明らかである。

このような状況で取得された株式について本件通達一六九を適用することは、証券市場における異常な需給関係に基づく偶発的な価格によって、偶発的要因により取得された上場株式が評価される危険性を排除し、一定期間内における上場株式の取引価格をも評価の要素に取り入れることにより評価の安全性を高めるという本件通達一六九の趣旨に著しく反するというべきである。

また、このような取引についてまでも、本件通達一六九を形式的、画一的に適用して財産の時価を評価すべきものとすれば、経済的合理性を無視した異常な取引により、多額の財産の移転を行った納税者が贈与税の負担を免れるという結果を招くこととなり、このような異常な取引を行うことなく財産の移転を行った者との間で実質的に租税負担の公平を著しく害する結果をもたらすことともなる。

したがって、本件譲受けについては、本件通達一六九に定める評価方法を形式的に適用すべきではないと解すべきである。

(五) 以上のとおり、本件株式の時価評価を行うに際しては、本件通達一六九を適用すべきではなく、上場株式については、本来的に上場株式の客観的な市場価格であることが明らかな課税時期における証券取引所の公表する当該株式の最終価格を時価というべきであるから、本件株式の時価の評価は、本件株式一株当たりの時価を最も的確に反映しているものと認められる東京証券取引所の公表する課税時期(平成二年一月一二日)における最終価格(一六三〇円)によることが合理的である。

3 法七条にいう著しく低い価額について

(一) 法七条の規定の趣旨は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合には、法律的には贈与といえないとしても、実質的に贈与と同視することができるため、課税の公平負担の見地から、その対価と時価との差額に相当する金額について贈与があったものとみなして贈与税を課することとするものである。

そこで、同条にいう「著しく低い価額の対価」に該当するか否かは、当該財産の譲受けの事情、当該譲受けの対価、当該譲受けに係る財産の市場価額、当該財産の相続税評価額などを勘案して社会通念に従い判断すべきものと解するのが相当である。

(二) 本件譲受けは、本件株式一株当たりの時価一六三〇円を一〇二八円五〇銭としたことにより、時価五億一八三四万円の本件株式を三億二七〇六万三〇〇〇円として譲渡したものであること及びその目的が兆一郎から原告への財産移転にあることなどを総合的に判断すると、法七条にいう「著しく低い価額の対価」に該当することは明らかである。

(三) この点、原告は、本件譲受けにおける譲渡価格は、その日の最終価格に比べて三六・九〇パーセント相当低額ではあるものの、株式市場における値幅の範囲内であり、「著しく低い」とはいえないから、本件譲受けは、法七条にいう「著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合」には該当しないと主張するが、特定の割合を尺度として「著しく低い」か否かを判断すべきとすると、右割合の範囲内であれば、金額の多寡にかかわらず、贈与税が課税されないという結果を招来し、課税の公平負担という法七条の趣旨に反することとなるのは明らかであって、右割合を尺度とすることは不合理である。

五  争点

以上によれば、本件の争点は、本件各処分の適法性であり、具体的には、次の各点である。

<1>  本件送達が適法にされたか否か

(争点1)

<2>  本件株式の時価

(争点2)

<3>  本件株式の譲渡が、法七条の定める著しく低い価額の対価での財産の譲渡に当たるか

(争点3)

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1(一)  通則法一二条によれば、税務署長の発する書類は、その書類を受けるべき者の住所又は居所に送達すべきとされているところ、ここにいう住所とは、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、生活の本拠たる実体を具備しているか否かを客観的に判断することによって決すべきものと解するのが相当である。

(二)(1)  各項末尾掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

ア 原告は、少なくとも平成八年三月一三日まで、原告の妻、原告の長男、次男とともに本件住居に居住しており、原告の住民登録上の住所も昭和五五年四月一二日から同所となっていた。

(甲七、原告本人、弁論の全趣旨)

イ 原告は、平成八年三月一四日、東京都大田区長に対し、平成五年ないし平成六年ころに建築した山梨の居宅(山梨県北巨摩郡長坂町小荒間字林道下一一六二番地五)へ、平成八年三月一四日付けで転居する旨の転出の届出を行ったが、右届出の際に、山梨の居宅の住所をはっきりと覚えておらず、転出先の住所を記載したメモも持っていなかったことから、転出先の住所を、誤って、山梨県北巨摩郡長坂町字棒道五として届け出た。

(甲七、同八、乙一六、原告本人)

ウ そして、原告は、同日、原告の妻及び原告の長男を連れて、山梨の居宅に赴いたが、原告の次男は、学校の学期途中であり、同月一七日には卒業式が行われる予定であったことから、同行せず、友人宅に預けられていた。また、原告の長男も、同月一八日には、学校の修了式が行われる予定であった。

なお、原告の長男及び次男は、それぞれ、中学二年生、小学六年生で、小学校から高等学校まで一貫教育を行う私立森村学園に在学していたが、その転校手続などは全くとられていなかった。

(乙一六、原告本人)

エ 原告は、同月一四日、山梨の居宅に赴くに際しては、引越業者等を利用することはせず、原告自身が自家用車を運転して身の回りの品を運んだという程度であり、家財道具の大部分は、本件住居に残され、また、自転車、植木、鉢植えも本件住居に残されたままになっていた。

また、原告は、山梨の居宅に赴くに際し、本件住居のガス、電気等について、転出の届出を行っておらず、電気については、ブレーカーを落としておらず、通電した状態であった。

(乙一八、証人藤本義弘、原告本人)

オ そして、原告は、山梨においては、山梨の居宅への転入届けを行わないまま、二日後の同月一六日、山梨の居宅から、本件住居に戻り、同月一八日、東京都大田区長に対し、同月一六日付けで本件住居へ転居した旨の転入の届出を行った。

(甲七、原告本人)

(2) 右の各事実によれば、原告が、山梨の居宅に滞在していたのは、平成八年三月一四日から同月一六日までの僅か三日間にすぎないところ、原告の従前の住所地であった本件住居の家財道具はそのままの状態であり、ガス、電気等についてもしかるべき処置をしておらず、新聞も解約ではなく留め置きの依頼をしているに留まること、原告の長男、次男が在学する私立学校へも何らの届け出もしておらず、さらに、原告は、山梨の居宅への転入の届出を行っていないというのであるから、原告の生活の本拠が右の僅かの期間だけ本件住居から山梨の居宅に移転したものと認めることは困難である。

(3) なお、原告は、本件住居からの転出の届出を行っていること、本件住居の門扉を閉鎖し、郵便受けを撤去したこと、郵便及び新聞の留め置きを依頼したことをもって、原告は、真実、山梨の居宅へ転居するつもりであったが、本件送達をみて、本件決定処分を争う必要があると判断し、山梨の居宅から本件住居に再び戻ったものであると主張し、原告本人もこれに沿う供述をする。

しかし、原告が、山梨の居宅へ転居したと主張する日は、まさに本件決定処分の除斥期間の満了日の前日であり、原告自身、当時、右満了日についての認識は有していた旨の供述をしていること、原告は、当時、前記門扉の閉鎖、郵便受けの撤去状況をわざわざ写真に撮影していること、原告の長男及び次男はいまだ通学していた学校の学期途中であったこと、原告の次男については原告の友人に預けて通学を継続させていたこと、新聞の購読を停止することなく、単に留め置きを依頼するに留めていること、被告の担当官である藤本義弘が、平成八年三月一三日、原告に対して、本件決定処分に係る決定通知書を交付したいと伝えたところ、その後、原告の方から、同月一五日に右決定通知書を受け取りにいくと連絡したにもかかわらず、原告は、右決定通知書を受け取りに行かず、また、何の連絡もしなかったこと(証人藤本義弘)などの各事実に照らせば、原告の右供述は信用することができず、かえって、以上の各事実を総合すれば、原告は、本件送達を回避するために、本件送達予定日の同月一五日における原告の住所が山梨の居宅にあるように転居を仮装したものと認められる。

(4) したがって、本件送達が行われた平成八年三月一五日における原告の住所は、本件住居であったというべきである。

(三)(1)  また、原告は、仮に、本件住居に原告の住所があったとしても、例外的手段である差置送達は、受領拒否の場合を除き、除斥期間内に送達受領者が直ちにその内容を確認できる場合又は確認できる可能性のある場合に限り、その効力が生ずると解すべきであるところ、原告が本件決定処分の内容をその除斥期間内に認識し得る可能性がなかったから、本件送達は違法ないし無効であると主張するが、前記認定のとおり、原告は、本件送達を回避するために本件住居から転居した事実を仮装しようとしたものであり、原告は正当な理由なく本件決定処分に係る決定通知書の受領を拒んだものというべきであるから、本件送達が、正当な理由なく受領を拒んだ場合に当たらないことを前提とする原告の右主張は採用できない。

(2) さらに、原告は、被告が原告の住所確認を怠っていたから本件送達は違法ないし無効であると主張するが、前記のとおり、原告の住所は本件送達の行われた本件住居であったのであるから、右主張も採用できない。

(四)  以上によれば、本件送達は適法に行われたものというべきであって、この点について、原告主張の違法は認められない。

二  争点2について

1(一)  法七条及び法二二条にいう時価とは、当該財産の取得の時において、その財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち、当該財産の客観的交換価値をいうものと解される。

(二)  ところで、すべての財産の客観的交換価値は必ずしも一義的に確定されるものではないから、これを個別に評価する方法をとった場合には、その評価方法等により異なる評価額が生じたり、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれもある。そこで、課税実務上は、法に特別の定めのあるものを除き、財産評価の一般的基準が財産評価通達により定められ、原則としてこれに定められた画一的な評価方式によって当該財産の評価をすることとされている。

そして、右のようなあらかじめ定められた評価方法により、画一的に評価を行うことは、税負担の公平、効率的な租税行政の実現という観点からみて合理的であり、これを形式的に全ての納税者に適用して財産の評価を行うことは、一般的には、租税負担の実質的な公平をも実現し、租税平等主義にもかなうものである。

(三)  しかしながら、財産評価通達に定められた評価方法によるべきとする趣旨が右のようなものであることからすれば、財産評価通達に定められた評価方法を適用することによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害し、法の趣旨及び財産評価通達の趣旨に反することとなるなど右評価方法によることが不当な結果を招来すると認められるような事情がある場合には、財産評価通達に定める評価方法以外の他の合理的な方法により評価することが許されると解すべきである。

なお、原告は、税法の適用解釈及び課税の手続は、納税者の財産権に影響を与える行政上の公権力の行使であることを考えれば、租税法律主義の趣旨に基づく課税要件明確性及び自由裁量排除の要請に照らして、通達に従った評価以上に原告に不利となるような評価をすべきではないと主張するが、同通達六は「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定めており、財産評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる場合についてまで、同通達の定めによるべきことが予定されているものでないことは明らかであるから、右の原告の主張は採用できない。

2  法における「時価」が、前記のとおり、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額と解されることからすれば、上場株式に関しては、本来、課税時期における証券取引所の当該株式の最終価格をもって、右の「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額」と評価することも可能というべきである。

しかしながら、証券取引所における上場株式の価格は、市場の需給関係に応じて時々刻々に相当程度の幅をもって変動するものであり、時には異常な需給関係に基づいて極めて一時的に特別な価格が形成されることもあり得るところである。

そこで、本件通達一六九は、被相続人の死亡という偶発的な要因に基づいて発生した相続による上場株式の評価が、右のようなたまたま一時的に形成されたにすぎない特別な価格によって評価される危険性を排除し、評価の安全を確保するために、ある程度の期間内の最終価格の月平均額をも考慮して上場株式の評価を行うこととしたものと解することができる。また、相続税の補完税である贈与税の対象となる贈与についても、相続の場合と同様の評価をすることが要請されており、贈与が親族間における無償の財産の移転であることから、特定の時点における証券取引所における取引価格等を意識することなく贈与される場合もあるところ、このような贈与についても本件通達一六九を適用することによって、たまたま一時的に形成されたにすぎない特別な価格によって評価される危険性を排除し、評価の安全を確保することとしたものと解することができる。

3  本件譲受けの経緯は、第二の二1記載のとおりであるところ、右の経緯に照らせば、本件の一連の取引を通じて、兆一郎は、本州製紙株一株当たりの購入価格一六五〇円とその後原告に対して譲渡した一株当たり一〇二八円五〇銭との差額六二一円五〇銭に売買株数三一万八〇〇〇株を乗じた一億九七六三万七〇〇〇円相当の経済的損失を受けることとなるものの、原告は、ほぼ右損失額に相当する経済的利益を得たのであり、右一連の取引を親子間で通算すれば、結果として、兆一郎から原告に財産が移転されていることは明らかである。

また、兆一郎が平成二年一月に取得した本州製紙株について、原告が同株の信用売りをすることにより、同株の市場価格が下落した場合でも、兆一郎や原告が損害を被らないようにした上、兆一郎が原告に対し本件通達一六九を適用して計算した本件株式一株当たり価額である一〇二八円五〇銭で右株式を譲渡し、原告が兆一郎から取得した右株式を自己が行った信用売りにかかる返済に充てるという行為を行っていることが認められる。

したがって、事前に信用売りの操作を行うことにより、株式の市場価格の変動による危険を回避した上で、本件通達一六九を適用して算出したと認められる市場価格に比べて低い金額によって本件株式を譲渡していることなどの原告らの右の一連の行為に照らせば、本件譲受けは、課税時期における市場価格と本件通達一六九によって算定した価格との間に相当の開差のある株式を利用して、本件通達一六九によって算定した株式の時価と課税時期における市場価格との差額相当額を租税の負担なく、兆一郎から原告に移転させることを目的として計画的に行われたものであることが認められる。

なお、前記のような一連の行為を計画的に行うことについて、平成元年ころ、コンサルティング・アルファ株式会社から、原告に対し、兆一郎からの事業承継対策の一環として提案されたものであることは、原告自身が認めるところである(甲一四、乙八、原告本人)。

4  以上のとおり、原告は、本件譲受けを含む一連の取引を計画的に行い、証券取引所における株価の変動による危険をも防止しながら、実質的に兆一郎から原告に対して移転された財産に係る贈与税の負担を回避しようとしたものであるところ、このような状況で取得された株式について本件通達一六九を適用することは、たまたま一時的に形成されたにすぎない特別な価格によって評価される危険性を排除し、評価の安全を確保しようとする本件通達一六九の趣旨に著しく反することは明らかである。

そして、このような取引についてまで、本件通達一六九を形式的、画一的に適用して財産の時価を評価すべきものとすれば、計画的な取引を行うことにより、多額の財産の移転を行った納税者が贈与税の負担を免れ、このような計画的な取引を行うことなく財産の移転を行った者との間で実質的に租税負担の公平を著しく害するという不当な結果を招来することとなるというべきである。

したがって、本件譲受けに係る本件株式の時価評価については、本件の財産評価通達に定める評価方法以外の他の合理的な方法により評価することが許されると解すべきである。

5  そうであるとすれば、東京証券取引所が平成二年一月一二日における最終価格として公表した本州製紙株一株当たり価格一六三〇円は、それが異常な需給関係に基づいて形成された特別な価格であるという事情も存しないので、右価格をもって同日における本件株式一株当たりの時価を最も的確に反映しているものと認めるのが相当であり、これによって本件株式の価格を評価するのが合理的であるというべきである。

右の方法によれば、本件課税時期である平成二年一月一二日時点における本件株式の時価は、右一株当たりの価格一六三〇円に取引総数三一万八〇〇〇株を乗じた五億一八三四万円であると認められる。

三  争点3について

法七条にいう「著しく低い価額の対価」に該当するか否かは、当該財産の譲受けの事情、当該譲受けの対価、当該譲受けに係る財産の市場価額、当該財産の相続税評価額などを勘案して社会通念に従い判断すべきものと解するのが相当であるところ、本件においては、前記のとおり、時価五億一八三四万円の本件株式をそれより一億九一二七万七〇〇〇円も低額な三億二七〇六万三〇〇〇円で譲渡したものであるから、法七条にいう「著しく低い価額の対価」による譲渡に該当するというべきである。

原告は、本件譲受けの際の譲渡価格は、右最終価格に比べて三六・九〇パーセント相当低額であるが、これは、株式市場における値幅の範囲内であり、法人税基本通達九―一―七との比較からしても、「著しく低い」価額とはいえないと主張するが、そもそも右の減価割合は相当に大きいものであるのみならず、著しく低額であるか否かの判断に当たっては、総額としての金額の多寡が重要な判断要素の一つであることは当然のところであり、本件の場合その差額は一億九一二七万七〇〇〇円にも達するのであるから、原告の主張は到底採用できない。

四1  以上によれば、本件譲受け時における本件株式一株当たりの時価と本件譲受けにおける対価の額との差額の六〇一円五〇銭に本件譲受けの株数三一万八〇〇〇株を乗じた金額である一億九一二七万七〇〇〇円が、取得した財産の価額となるところ、これを基にして、平成二年分の贈与税の納付すべき税額を計算すると、一億二五五三万八九〇〇円となる。

したがって、本件決定処分に係る納付すべき税額は、右金額と同額であるから、本件決定処分は適法である。

2  また、原告は、同人の平成二年分の贈与税の申告をしなかったものであり、贈与税の申告をしなかったことについての正当な理由も存しないから、通則法六六条一項の規定により、本件決定処分によって納付すべきこととなった贈与税額一億二五五三万円(通則法一一八条三項の規定により、一万円未満の端数を切り捨てた後の金額)に、一〇〇分の一五の割合を乗じて算出した金額一八八二万九五〇〇円が無申告加算税額となる。

したがって、本件賦課決定処分に係る無申告加算税額は、右金額と同額であるから、本件賦課決定処分は適法である。

五  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)

別表

本件処分等の経緯

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例