東京地方裁判所 昭和14年(ワ)3147号 判決
原告 日本無線通信株式会社
被告 松下電器産業株式会社 外一名
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
第一、原告の請求の趣旨及び被告等の答弁。
原告訴訟代理人は、
「(1) 被告松下電器産業株式会社は、原告に対し十万円とこれに対する昭和十九年九月十四日から支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 被告松下幸之助は、原告に対し一万円とこれに対する昭和十四年十一月二十三日から支払済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は被告等の負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告両名訴訟代理人(以下単に被告訴訟代理人と称する。)は請求棄却の判決を求めた。
第二、(A) 被告松下電器産業株式会社に対する請求の原因。
「(一) 原告会社は、昭和十年九月十五日訴外安藤博からその発明に係る特許第八七三四八号多極真空球の特許権(以下単に第一特許と称する。)の譲渡を受け、同年十一月六日その取得登録を経た。
(二) 第一特許の内容は、「陰極と制御電極と陽極とを具有し、一定又は可変の陽電位に置かれることにより陽極電圧を小ならしめ若くは管球の相互電導度(電圧増幅率)を増大するに役立つ所の別個の副電極を上記陰極陽極間に有する四極以上の多極真空球」である。
(三) 原告会社は第一特許と同一発明につき昭和十一年九月三日満洲国実業部大臣の許可を受け同国特許発明局に対し特許出願をなし、同十二年六月十五日同国特許第二九八〇号として特許せられ同日登録せられた。(右特許権を以下単に本件特許と称する)
(四) 訴外東京芝浦電気株式会社(以下単に東芝と称する)は、もと東京電気株式会社と称し、真空管の製造販売を業とする会社であるが、昭和十一年十一月二十日原告会社との間の契約により第一特許につき「東芝自身の工場においてのみ製作したる真空管の使用、販売及拡布」の範囲内においてその実施権の設定許諾を受け同十二年一月十二日その登録を経た。
而して東芝は第一特許を実施して多極真空管UY二四、同二四B同四七、同四七B、UZ五七、同五八、同二A五、UT二A七、UY一三三、UX一三四、UZ一三五を製作販売した。
(五) 松下無線株式会社(以下単に松下無線と称する)は、東芝からその製作に係る前項記載の各種多極真空管を購入し、これを使用して後記数量のラヂオ受信機を製作し後期の期間満洲国に輸入した。第一特許につき東芝が実施権を有する以上日本国において松下無線が東芝の製品を使用することは素より実施権の範囲に属することというべきであるけれども右のように本件多極真空球を使用したラヂオ受信機を満洲国に輸入することは、第一特許とその内容を同じくするも満洲国において独立の権利たる地位を有する本件特許の侵害であること勿論であつて、松下無線は故意又は過失により本件特許を侵害し原告会社にその実施料相当の損害を蒙らしめたものというべきである。
(六) 而して右実施料は、輸入受信機一台につきその価格の百分の五を以て相当とするところ、松下無線は、昭和十四年五月頃から同十八年十二月三十一日に至るまでの間、(イ) 標準型受信機六万九千台この価格合計二百四十三万九千七百五十円、(ロ) 普及型受信機六万九千五百台この価格合計百六十万五千二百五十円、(ハ) 電池式受信機三千台この価格合計八万五千五百円、別に (ニ) 電池式受信機五万台この価格合計五百万円を満洲国に輸入販売しているから、原告の蒙つた損害の総額は四十五万六千五百二十二円となる。
(七) 松下無線は、昭和十九年十一月二十八日解散し被告会社に吸収合併せられ、被告会社においてその一切の債務を承継した。
(八) よつて、被告会社に対し、前記損害のうち十万円と、これに対する本件準備手続期日の翌日である昭和十九年九月十四日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
(B) 被告会社の主張
「(一) 原告主張の(一)(二)(三)の各事実を認める。(四)の事実中、東芝が原告主張の各種多極真空管を製作販売したことは認めるけれども、該真空管が第一特許を実施して製作せられたものであることは否認する。(五)の事実中、松下無線が多極真空管UY二四、UZ一三五を購入使用したこと、及び故意又は過失により原告会社の本件特許を侵害し損害を蒙らしめたことは否認する。その余の事実については、昭和十五年二月二十三日の本訴準備手続期日で認める旨答弁したけれども、松下無線が原告主張のラヂオ受信機を満洲国に輸入し以て本件特許を実施して製作された真空管を拡布した旨の自白は真実に反し錯誤に基づくものであるからこれを取消し、右事実を否認する。詳細は後述の通りである。(六)の事実はすべて否認する。(七)の事実は認める。
(二) 日本国は昭和二十年九月二日の「ポツダム」宣言受諾により自ら満洲国の存在を法律上否認した。即ちこれにより、満洲国及び同国の法秩序(従つて同国特許発明法)は将来に向つて存在しないのみならず、既往においても法律上存在したものではなく、その存在は、単に事実上のものに過ぎなかつたことが確認され、且つ宣言されたのである。従つて満洲国及び同国特許発明法の法律上の存在を前提とし、満洲国特許権たる本件特許の侵害を原因とする本訴請求は主張自体失当である。
(三) 法例第十一条第二項の規定によれば外国において発生した不法行為が日本の法律に照し不法でないときは、不法行為による債権が成立しないのである。而して日本において登録されない外国特許権は日本においては特許権と認められないから、これを日本で実施しても不法行為とならない。したがつて外国における外国特許権の侵害は日本の法律によれば不法ではないこととなるから満洲国特許権の侵害については、日本において損害賠償を請求し得ないのである。これを原告の主張についてみるに、
我国においては、原告の主張する第一特許のみが法律上の権利として認められ、たといこれと同一内容であつても、本件特許は我国の法律によつて認められた権利でないから、前述のように日本では本件特許の権利侵害発生の余地なく、不法行為地を満洲国であるとすれば法例第十一条第二項の規定により日本において損害賠償を請求し得ないこととなるから、原告の請求は主張自体失当である。
(四) 原告が請求原因(四)において主張する東芝製作の多極真空管は、東芝がその有する特許第八〇九四八号(以下単に第二特許と称する)を実施して製作したものであつて、第一特許を実施して製作したものではない。
第二特許は、東芝が発明者安藤博から昭和五年七月二十五日譲り受け、その頃取得登録をしたものであり、東芝はこれと同一の発明につき満洲国において同十三年一月十七日同国特許第六一三四号として登録を了している。
第二特許の内容は「陰極と制御電極と陽極と、制御電極と陽極との間に挿入せられた副電極とを具有し、且つ、副電極はこれに適当なる電位を与え静電的遮蔽として作用することにより制御電極と陽極間における静電容量効果の全部を殆んど絶対的若くは実質的に除去し得る如く配置せられた四極又は四極以上の多極真空球」である。而して右スクリーン(遮蔽)作用を生ぜしめるために副電極は管球の動作に悪影響を与えないように選定した一定の電位に置かれる。一般に副電極の電位は陰極に関し相当正電位にあることを可とするが場合により零電位又はこれに近い定電位に置くこともある。
第二特許と第一特許と対比すれば、
(イ) 陰極と制御電極と陽極の外に陰極と陽極間に副電極を有する多極真空管であること。
(ロ) 副電極には陽電位を与えること。
の二点においては一致するが、第一特許は管球の電圧増幅率を増大することを目的とするに対し第二特許は陽極と制御電極間の静電力線を遮蔽することを目的としている点に差異がある。しかし、陽極と制御電極間の静電力線を遮蔽するため副電極を挿入して陽電位を与えると当然管球の電圧増幅率が増大するのであるから、両特許はその内容においては同一構造を有し目的を異にする二つの作用を呈するのである。換言すれば、同一の構造を作用目的の面から視察しその間に差異があるため各別に特許せられたものである。
(五) 仮に、前記真空管が第一特許の権利範囲に属する構造を有し第一特許の目的とする作用を結果的に随伴するため、実質上第一特許の権利範囲に属するとしても、右は同一発明につき同時出願の二個の特許権の存在する場合に相当するから、第二特許の実施は第一特許に対し正当性を有しその侵害とはならない。この理は満洲国においても同様であつて、第一特許に同一内容の本件特許と第二特許と同一内容の満洲国特許第六一三四号との間に侵害問題は起きない。
(六) 仮に前記真空管が第一特許を実施して製作せられたものであるとしても、松下無線は、東芝が前述のように右特許を正当に実施して製作した真空管を買い受け所有権を取得したのであるから、右真空管は原告会社の特許権の範囲を離脱したのであつて、原告会社としては、もはや、右真空管の使用処分につき松下無線に対し何ら容啄する権利がないというべきである。
従つて、松下無線がその所有に帰した真空管をいかに使用し、いかなる所に販売しても原告会社の特許権の侵害となる訳がない。原告の請求は失当である。
(七) 満洲国においては、昭和七年以来ラヂオ受信機の移入及び販売は同国会社法により設立せられた特殊会社である満洲電話電信株式会社(以下単に満電と称する)の殆んど専管するところに属し、その統制下におかれていたものである。松下無線は、昭和十二年一月以降満電の注文によりラヂオ受信機を製作し、多極真空管を取付け又は取付けないで満電に販売し、満電がこれを満洲国に輸入したものである。殊に昭和十三年十月以降は満電から直接受注したのではなく満洲松下電器株式会社(以下単に満松と称する)の仲介によるのである。
満松は松下電器系諸会社の全製品を満洲国に輸入販売することを目的として設立された会社である。満松は満電からラヂオ受信機の注文を受けると、価格納期納入地資財の要求割当等につき両者間で協議約定の上これに基づき更に松下無線に発注する。松下無線は右満松の注文によりラヂオ受信機を製作の上これを満松指定地に発送する。発送先は大連(受注品の約三分の二)及び羅津(同じく三分の一)であつて、製品が右各地に到着し、所在満電需品事務所の保税倉庫に納入された後は、満洲国内への輸送従つて通関手続関税の支払等の手続はすべて満電の手によつてなされ松下無線はもとより満松すら全く関係しないのである。(なお、満電大連需品事務所に送付されたラヂオ受信機中には満洲国内に輸入されず関東州内で販売処分されたものも相当量存在する。
太平洋戦争が苛烈となつてからは、船腹不足のため、大連羅津を送付指定地とする製品も満電大阪需品事務所に納入され爾後一切の輸入が満電の手によつてなされており、又、松下無線は、代金の支払を満松から受けていたのであつて、満電から受領していたのではなかつた。
(八) 仮りに松下無線のしたことが本件特許の侵害になるとしても、松下無線はその侵害につき何ら故意過失がなかつたのである。すなわち、同会社は、原告が第一特許と同一発明につき満洲国において特許を受けた事実を知らず、昭和十四年十一月二十二日本件訴状の送達を受けてはじめて本件特許の存在を覚知したしだいである。従つて同日以前の松下無線の所為については、何らの故意過失がない。
(九) 仮に原告主張のような特許権の侵害があるとするも、本件特許を実施して製作された物は、ラヂオ受信機でなく、多極真空管であるから、原告が損害額算定に当り、その基礎を多極真空管の価格に求めずして、これを取付けたラヂオ受信機全体の価格に求めているのは不当である。しかも原告主張の損害額なるものは、とりもなおさず右、多極真空球の製作者である東芝が原告に対し支払つている第一特許の実施料に外ならないから、東芝が原告に対し第一特許の実施権設定契約に基づき実施料を支払つている以上原告としては何らの損害を蒙る余地がない。
(十) 原告は昭和十五年四月二十日以降の損害については訴訟外において権利を行使せず、同十九年九月十三日の本訴準備手続期日において請求を拡張し、はじめてその賠償を請求したにすぎないのであるから、同日から三年を遡る同十六年九月十二日以前(同十五年四月二十日以降)に発生した損害については時効を援用する。」
(C) 被告の主張に対する原告の反駁及び請求原因の補充
「(一) 日本の受諾した「ポツダム」宣言中には、満洲国の存在を法律上否認したとみるべき文言が全く存在しないのみならず、同国が将来存続することを否認せられた趣旨こそ認め得るが、その過去において存在したことを抹殺する方法はない。満洲国は対内的には中華民国の主権から離脱し独立の主権を具備していたものであり、又対外的にはかかる独立主権国家として日本その他多くの国家から承認せられていたものである。従つて満洲国を国家として承認していた日本国及び日本国民から見れば満洲国の存在した事実を疑うことはできない。
仮に満洲国及び同国特許発明法が法律上の概念でないとすれば、原告会社は明治四十四年勅令第百六十七号(帝国が治外法権を行使することを得る外国における特許権意匠権商標権実用新案権及び著作権の保護に関する件)第一条の規定により原告の有する内国特許権第八七三四八号に対し認められた効力を侵害されたものとして本訴請求を維持する。
(二) 法令第十一条第二項の規定の趣旨は、被告の主張するように解すべきものではない。本件に即していえば、満洲国においては特許権の侵害を不法行為としているにかかわらず我国においては特許権の侵害を不法行為としていないというような場合にのみ右規定の適用があると解すべきものである。しかるに、満洲国においても日本においても、ともに特許権の侵害をもつて不法行為としていたのであるから、右規定の適用はなく被告の主張は理由がない。
(三) 東芝が、被告主張のように安藤博から第二特許を譲り受けたこと同会社が第二特許と同一内容の発明につき満洲国特許権を有していたことは争わない。しかしながら、第一特許と第二特許は、その構造作用目的を異にし別個の発明であるから各別に特許されたもので彼此混同してはならない。
第一特許は、いわゆる加速グリツドの使用を要旨とする多極真空球で、陰極と制御電極と陽極の外に副電極を陰極陽極間に有し、且つその副電極は陽電位におかれることが必要である。電子が陰極から放出せられるときは陰極より電圧の大きい陽極に吸引され、その吸引された電子の量に比例して陽極から陰極に向い電流が流れるのであるが、第一特許においては、制御電極によつて右電子の量を制御するに当り、更に陽電位におかれる副電極を使用し、陽極電圧と副電極電圧の相加的作用によつて電子を吸引する。従つて副電極は電子流中すなわち陽極と陰極との間におけば足り、しかも必ず陽電位におかれることを要するがその外には何らの必要条件がない。かかる構造によつて、小なる陽極電圧を使用しこれを大ならしめたと同様に電圧増幅率を増大せしめるのである。
第二特許は、いわゆる遮蔽グリツドの使用を要旨とする多極真空球であつて、陰極と制御電極と陽極の外に副電極を制御電極と陽極の間に有し、且つその副電極は実質的完全な静電的遮蔽として作用することが要求される。一般に真空球の各電極間には相当の静電容量が存在し、陽極と制御電極間の静電容量による障礙(反帰作用)は周波数に比例し周波数の大なる程この障害が大となり管球の動作の安定を失うにいたるから、高周波においてはこの静電容量の存在が真空球の増幅能を逓減する欠点となるのである。第二特許においては、この増幅能の障害を高周波に対して除去することを目的とするから、副電極は制御電極陰極間においたのでは遮蔽作用を奏しないのは当然であるが、単に陽極制御電極間においただけでも足りないのであつて、制御電極と陽極を静電的に殆んど完全に包囲するか又は副電極の大きさを制御電極及び陽極の端外に突出せしめるような特殊の構造により実質的完全な静電的遮蔽として作用せしめなければならない。而して此の際副電極は中継的交番電流に対し(すなわち、高周波的に)零電位(地電位)におかれることは必要であるが、球内電子流とは直接の関係がないから副電極の直流電位は或いは正となり或いは零となり或いは負となる場合があり得るのである必ずしも陽電位におかれない)
要約すれば第一特許は球内電子流に作用して陽極電圧を小ならしめるとともに、積極的に周波数に無関係に増幅能を増大することを目的とし、第二特許は球内電子流と無関係に消極的に増幅能の障害を高周波に対してのみ除去するのである。
以上の説明に照せば、前記真空管のうち、UY四七、同四七B、UZ二A五、UT二A七は低周波増幅用であるか又は副電極を陰極と制御電極に有するものであるから第二特許に関係なく第一特許のみを実施したものであり、UY二四、同二四B、UZ五七、同五八等は第二特許を実施した高周波増幅用真空管であるが併せて第一特許をも実施したものである。
(五) 右に述べた通り、第一特許と第二特許とは同一発明について二個の特許権が存在するのではなく、各別の発明につき各別の特許権が存在するのであるから同一発明につき二個の特許権の存在する場合の法理を援用することは当らない。従つて右両国の特許権を有していた安藤博から東芝が第二特許を譲り受けても、これがため、第二特許の実施が第一特許の権利に対し正当性を有することにはならない。
(六) 第一特許は日本国の特許権であり、日本国の特許権の効力は、日本国内に限られるのである。従つて第一特許の実施権者たる東芝の製作した多極真空管を売買により正当に取得した者といえども、これを第一特許の効力の及ばない満洲国に輸入する場合においては満洲国特許権たる本件特許の効力により制約を受けることを免れない。日本の特許法第百三十九条第一項第二号においても特許権を侵害すべき物の輸入又は移入を特許権の侵害として規定しているのであつて、日本の特許権を侵害する物の輸入又は移入である限りこれを製造する国においてその国の特許権に基いて適法に製造したか否かを問わないのであるが、満洲国の法律によつてもこの理は同一である。
(七) 被告会社の本件ラヂオ受信機輸出に関する自白の取消に同意しない。
満電が松下無線に対するラヂオ受信機の注文者であり、右注文の一部が満松の仲介によつてなされたものであることは争わないけれども、満電において本件ラヂオ受信機を満洲国に輸入したとの主張は否認する。松下無線は、注文者が満電であること、製品が全満各地において使用されることを知りながら、自ら輸出の許可をとり満洲国に向け発送の手続をしたのであるから、自ら満洲国に輸出したものといわなければならない。仮に被告主張のように本件ラヂオ受信機中その引渡が大連又は羅津において行われたものがあつたとしても、大連又は羅津は開港場を有しない満洲国の入口であつたのであつて、満洲国の輸出入はすべて右両地において行われたのである。満洲国に輸入する目的を以て大連又は羅津に陸揚し満電又は満松に引渡せば当然満洲国に輸入したものと認めなければならない。
仮に、大連又は羅津での荷揚及び引渡では未だ満洲国に輸入したものと認められず、又は松下無線が日本国内において満電に引渡し満電が満洲国に輸入したものであるとしても、製品が満洲国に輸入され且つ同国内において使用されることを知りながら満電に供給し実際においても右製品が同国内において使用されたものである以上松下無線は満電又は満松若くはこの両者との共同不法行為者としての責を免れない。
而して本件特許侵害が、松下無線の単独不法行為によるというも満電等との共同不法行為によるというも、主張の基礎たる事実関係は何ら異つていないから、右共同不法行為の主張は訴訟の完結を遅延せしめるものではなく、許容さるべきである。
(八) 被告会社は、松下無線は本件訴状の送達を受けるまで原告会社が満洲国において本件特許を有することを知らず、従つて本件特許侵害の故意過失がなかつたという。しかし、いやしくも自己の製品を満洲国に輸出しようとする者は、同国の特許につき取調をなし、特許権を侵害する物を輸出しないように注意するのが当然で、松下無線は少くとも、この調査義務を怠つたために、本件特許の存在を看過しこれを侵害するに至つたものであるから、過失の責を免れない。
(九) 被告会社は、原告が損害賠償額を算定するにつき、本件ラヂオ受信機そのものの価格を標準とし、これに使用せられた多極真空管の価格を基礎としないのは不当であるというが、ラヂオ受信機の真価はこれに使用せられる多極真空管のいかんにより定まるのであるから、ラヂオ受信機自体の販売価格を標準として本件特許の実施料を算定しても決して不当ではなく、取引界においてはかような例が多いのである。
又、東芝は、第一特許について実施権を有しているけれども、本件特許については実施権を有していない。従つて本件特許について実施料を支払つた事実もない。本件特許は第一特許とその内容を同じくするだけで全く別個の権利であるから、本件特許の侵害による損害の算定につき第一特許につき実施料の支払があつたことを参酌すべきでない。
(十) 原告が昭和十九年九月十三日の本訴準備手続期日において昭和十五年四月二十日以降の損害につき請求を拡張したのは、同十八年八月二十七日附書類取寄の申請により取寄せられた甲第十八号証により松下無線の不法行為のため損害を蒙つたことを知り得たことに基くのであるから、昭和十六年九月十二日以前の損害についても未だ消滅時効が完成していない。」
(D) 被告会社の再度の反駁
「(一) ラヂオ受信機輸出の点につき、原告は松下無線と満電等との共同不法行為を主張するが、かかる主張は基礎たる事実関係を全く異にし、その審理のため訴訟の完結を遅延せしめるから時機に遅れた攻撃の方法として却下さるべきである。
(二) 時効の点につき、原告は甲第十八号証により請求拡張部分につきはじめて松下無線の不法行為を知り得たようにいうが、いやしくも無線関係者として松下無線の如き内地一流メーカーが昭和十四、五年以降満電にラヂオ受信機を販売しこれが満洲に輸入されていたというような公然たる事実を知らないわけがない。」
第三、(A) 被告松下幸之助に対する請求の原因
「(一) 原告は、昭和七年十月九日被告松下幸之助との間に、
(イ) 原告会社は、その有する特許第四二三九七号(大電力用真空球)並びにその追加特許第六四四一二号(真空球及びこれを利用する無線電信電話用高圧直流電源)及び同第四五五二六号(電子又はイオン放電器)の権利を代金二万五千円で松下幸之助に譲渡する。
(ロ) 松下幸之助は、原告のため、右追加特許第四五五二六号につき独占的実施権を設定し、原告会社はこれに対する実施料として一万円を支払う。
(ハ) 松下幸之助が、右独占的実施権を侵害したときは、原告会社に対し違約金として一万円を支払う。
旨の契約を締結し、被告松下幸之助は同年十一月十八日右三個の特許権につき取得登録を経た。
(二) 特許第四五五二六号の発明の要旨は、「突出部(凸部)を電極(又は「アノード」)の電子流に対向する側に設け内部抵抗を小ならしめ、或は拡大作用を増大せしめ、若は熱放散面積を増大せんとする電子又はイオン放電器又は真空管」というのである。
(三) 右三特許権は、原特許権と追加特許権の関係にあり、法律上一括して移転することを必要とするところ、被告松下幸之助は特許第四五五二六号を実施する意思なきに反し原告会社はその実質上の権利を保有しようと欲したので双方の了解の下に右契約により原告会社において右追加特許の完全な実施権を留保した次第である。
(四) しかるに被告松下幸之助は昭和七年十一月十一日原告会社に無断で右三個の特許権につき各その二分の一の持分を訴外東京電気株式会社(現在の東芝)に譲渡して共有とし、同年十二月二十七日その登録を経由した。
しかし、原告と被告松下との契約の趣旨は、特許第四五五二六号の権利を完全に原告会社の手中に留保し、自らこれを実施し或は相当の実施料を得て他にその実施権を譲渡することを可能ならしめるにある。従つて被告松下の右東芝への譲渡行為により、原告は東芝の承諾なくしては他人に対し右実施権を譲渡することができないようになつたのであるから、右譲渡行為は前記契約の違反である。
(五) 更に、被告松下は、東芝をして追加特許第四五五二六号を実施せしめている。すなわち東芝が現に製作販売している多極真空管UY四七、同四七Bは、電子流に対向する側において突出部をもつアノードを有し、これにより熱放散面積を増大し、且つ内部抵抗を小ならしめているのであるから明かに特許第四五五二六号を実施して製作せられたものである。
(六) 右に述べた事実は、原告会社の有する(一)(ロ)記載の独占的実施権を侵害し前記契約に違反したものであるから、原告会社は被告松下幸之助に対し右契約に基き違約金一万円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和十四年十一月二十三日から支払済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
(B) 被告松下の主張
「(一) 原告主張の(一)、(二)、(三)の各事実は認める。
(二) 原告主張の(四)の事実中、被告松下幸之助が原告主張の特許権を東芝との共有にしたことが契約の趣旨に違反するとの点は否認し、その他の事実は認める。原被告間における本件特許第四五五二六号に関する契約は、同特許に対する原告の独占的実施権を確保することを目的とし、それ以上のものではないから東芝と被告松下幸之助との間の右特許を共有とする旨の契約は何ら原告の右独占的実施権を侵害するものではない。
(三) 原告主張の(五)の事実は否認する。被告松下幸之助は東芝に対し許可なくしては実施をなさざる特約の下に前記特許権の持分を譲渡したものであるが、同被告においてその許可を与えた事実なく、又、東芝において特許第四五五二六号の実施をなした事実もない。原告は、東芝の製作販売に係る真空管UY四七、同四七Bが特許第四五五二六号の発明要旨を具備していると主張しているがこれ全く誤解である。右特許の発明の要旨はアノード主体にカソード側に向つて突出部を設けることにより主として真空管の内部インピーダンスを小ならしめようとする点にある。しかるにUY四七、同四七Bの各真空管はアノード主体にカソード側と反対方向に突出部を設けることによりアノードの機械的強度を高めようとするもので、真空管の内部インピーダンスを小ならしめようとするものではない。従つて両者はその構造も効果も全く異つている。
(四) 仮に東芝が特許第四五五二六号を実施したとしても、前述のように特許権を一方の承諾のない限り実施しないとの特約のもとに共有にすることは、特許権本来の権利行使を放棄して名目上の特許権者となることで実施権者からみると特許権者でない第三者と実質上異なるところがない。第三者に等しい東芝が被告松下の承諾なく実施したからといつて被告松下が本件契約の違反に問われる理由はない。」
第四、証拠<省略>
三、理 由
第一、被告松下電器株式会社に対する請求について、
原告の本訴請求の要旨は、原告は、昭和十二年六月十五日登録に係る満洲国特許第二九八〇号の特許権者である。訴外松下無線株式会社は、右特許と同一内容の日本特許第八七三四八号を実施して製作せられた各種多極真空管を他より大量に購入しこれを使用してラヂオ受信機を製作し、昭和十四年五月頃から同十八年十二月三十一日に至るまでの間、右ラヂオ受信機合計十九万千五百台を満洲国に輸入して右多極真空管を拡布し、因つて原告に対し右満洲国特許権の侵害によりその実施料相当額の損害を蒙らせたものであるところ、昭和十九年中右訴外会社を吸収合併してその債務を承継した被告会社に対し右損害の賠償を求めるというにある。
要するに、本訴は、外国で発生した外国特許権に対する侵害によつて生じた損害の賠償を求めるものであるところ、法例第十一条第二項は、外国で発生した事実が日本の法律により不法でないときは、不法行為による債権が成立しない旨を規定している。
この規定は、たとえ、行為地たる外国の法律により不法行為を構成してもそれが日本の法律(法廷地法)によつて不法行為を構成しない場合には、不法行為による債権を成立せしめて被害者に救済を与える必要がないとしたものと解すべきである。換言すれば当該事実につき行為地法と日本法とを累積的に適用し、両者の要件をともに具備した場合に限り、不法行為として日本の裁判所においてこれによつて蒙つた損害の賠償を請求しうるものとしたのである。
さて、特許権については、いわゆる特許独立の原則が行われ、日本国内においては、日本の特許権のみが権利として認められ、外国特許権は何ら権利としての存在を有しない(従つて日本国内において外国特許権を侵害するも不法行為が成立しない)ことは多言を要しないところで、この理は満洲国と満洲国の特許権についても何ら異るところがない。
従つて外国特許権を外国において侵害した行為は、日本の法律によつて外国特許権が認められない以上法例第十一条第二項の規定によつて不法行為とならないのである。けだし、外国法(行為地法)によつて不法行為たる事実につき、日本法(法廷地法)を累積的に適用するということは、その行為が法廷地において行われたならば法廷地法によつて不法行為となるか否かを論ずることである。法廷地において行われた場合において不法行為を構成しないにかかわらず、行為地において認められる権利だからといつて、その侵害を不法行為なりとすれば、外国法による不法行為を内国において裁判上主張せしむるにつき、法廷地法たる内国法の干渉をみとめた法例第十一条第二項の規定の趣旨を没却するにいたるであろう。
されば、満洲国特許権を侵害すべき物を満洲国に輸入拡布する行為は、もとより、同特許権の侵害として同国法律による不法行為を構成すべきであるが、右の事実に日本の法律を適用するときは、満洲国特許権が日本の法律により権利として認められない結果、不法行為の成立すべき余地がない。
原告の請求は、既にこの点において主張自体失当であるから、その他の争点について判断するまでもなく、棄却を免れないのである。
第二、被告松下幸之助に対する請求について、
原告会社が、昭和七年十月九日、被告松下幸之助との間に請求原因(一)において主張するような契約を締結し、同被告が同年十一月十八日原告主張の特許権につき取得登録を経たこと、特許第四五五二六号の発明の内容が原告主張の通りであること及び請求原因(三)において原告が主張しているような事情によつて原告が右特許第四五五二六号の実施権を取得したことは当事者間に争がない。
原告は、「被告松下幸之助が昭和七年十一月十一日原告に無断で特許第四五五二六号の権利につきその二分の一の持分を訴外東京電気株式会社(現在の東芝)に譲渡して共有とし同年十二月二十七日その登録を了したことは、原告会社が右特許権につき有する独占的実施権の侵害である。原告会社は右特許権を実質上自己の手中に留保し、自ら実施するか又は自己の欲する者に実施権を譲渡しようという意図で前記契約をしたのであるにかかわらず、被告松下の行為により東芝の承諾を得るに非ざれば右実施権を任意に他に譲渡する能はざるにいたつた。これ正に被告の右契約違反である。」と主張する。
しかしながら、本件にあらわれた全証拠によるも、原被告間の前記契約において、被告松下が特許第四五五二六号を他に譲渡せざるべきことを原告に対し約したことを認めることができない。即ち、成立に争のない甲第五号証(昭和七年十月九日附契約書)の記載によれば、前記契約第三条により被告松下は原告会社に対しその承諾なき限り特許第四五五二六号を自ら実施せず、第三者に対し実施を許諾せざるべきことを約したことが認められるけれども、同規定は被告松下が右特許権を他に譲渡し或は共有となす場合をも予想し、これを禁止した趣旨とは解せられない。けだし、前記契約により、原告が取得した特許第四五五二六号についての独占的実施権は、その後被告松下から同特許権の全部又は一部を譲り受けた者に対し法律上完全に保護せられているのみならず、原告からこの実施権を譲り受けた者があつたとしても、成立に争のない甲第六号証によればこの実施権は、登録されていること明かであるから、その移転を原告にも訴外東芝にも対抗することができ、右持分の処分により不利益をうけることがないわけである。原告としては、契約を以て被告松下に対し右特許権につき譲渡禁止の負担を課さない以上、持分処分を違法呼わりすることができないわけであるが、もし、その意図があつたならば、これを契約上明文によりあきらかにすることは容易にできた筈であるのに、甲第五号証の内容が相当微細の点にわたつて規定を試みながら、この点に全く触れるところがないのは、右特許権の譲渡禁止については別段の特約をしなかつたからであると解するほかはない。また、成立に争のない乙第一号証の一ないし九同第七号証の記載、証人井上一男、同藤井隣次の各証言によれば、昭和七年頃、原告会社と東京電気株式会社の子会社である訴外山中無線電機製作所との間に本件特許権をめぐつて業界注視の的となつた紛争があり、右係争は、被告松下幸之助が原告会社から本件契約により特許権を買収し業界一般に公開し、且つ特許権は被告松下と東京電気株式会社の共有とすることとして落着したものであること当時東京電気としては本件三特許を必要とせず従つて被告松下と共有とするについても何らの対価を支払はなかつたこと等をみとめることができる。かかる紛争解決の経緯は自らもその渦中にあつた原告として熟知していた筈であり、ことに本件特許が東京電気との共有になつたことは間もなく登録せられたのにもかかわらず、原告が長く被告松下に対して右共有となした処置につき何らの異議を申し出でず本訴提起までに遂に七年を閲みしたことに照しあわせれば、いよいよ右の処置が本件契約の違反であるとは解し難いのである。
次に、原告は、訴外東芝が特許第四五五二六号を侵害するUY四七、同四七Bの多極真空管を現に製作販売しているのは、被告松下が原告に対する独占実施権許諾の約に反し、東芝に対し同特許権の実施を許諾し東芝がその実施としてしているからであると主張するけれども、この主張事実は原告の立証によつては、とうてい認めることができないのみならず、却つて成立に争のない乙第二号証、同第七号証、前掲井上証人の証言を考え合せると、被告松下が東芝に対し右特許の実施を許諾したことも、東芝側からその許諾を求めたこともないことが認められ又、後記のように真空管UY四七、同四七Bはいづれも右特許を実施して製作せられたものでないことが認められる。
すなわち、鑑定人白水常雄の鑑定の結果によれば、「特許第四五五二六号は、真空管の内部抵抗を小ならしめ、或は拡大作用を増し若くは熱放散面積を増大するため、陽極又はこれに相当する電極の電子流に対向する側に突出部を設けることを以て要旨とするものであるところ、機械的強度を増すために陽極に波形の凹凸部を形成することは右特許出願以前から公知の事実に属し又かかる形状の陽極が熱放散面積の増大を伴うことは自明のことであるから、機械的強度及び熱放散面積の増大は右特許の発明の要旨に重大な関係を有しない単なる附帯的効果と認むべきである。さて東芝の製作にかかる真空管UY四七、同四七Bの陽極には、その周辺並びに中央部に「日」字状に細い突条が設けられているが、その突出方向は陽極の電子流に対向する側とは反対の方向にむかつている。従つてこの突条部のために内部抵抗が小となり或は拡大作用を増大することなく、単に機械的補強作用をなすにすぎないとみとめる外はない。UY四七、同四七Bは右特許の発明の要旨とする構造並びに作用効果を具備していないものである。」というわけである。
しからば、被告松下が東芝をして特許第四五五二六号を実施せしめよつて原告の独占的実施権を侵害したとの事実はこれを認めるに由なく、結局被告松下には原告主張のような契約違反の行為があつたことが認められないから、原告の請求は失当として棄却すべきものである。
第三、結論
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 小川善吉 岡田辰雄 宮本聖司)