東京地方裁判所 昭和22年(ワ)1609号 判決
原告 持田千太郎 外一名
被告 東京急行電鉄株式会社
一、主 文
被告は、原告持田千太郎に対して金三万五千九十四円八十五銭原告持田とめに対して金三万円及びそれぞれこれに対する昭和二十三年十月二日から右支拂の済むまで年五分の割合による金員を支拂うこと。
原告等のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを三分し、その一を原告等の負担とし、その二を被告の負担とする。
この判決は、担保として、原告持田千太郎において金一万一千円、原告持田とめにおいて金一万円を供するときは、それぞれの勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
二、事 実
第一、原告等の求める裁判。
被告は、原告持田千太郎(以下原告千太郎と略称する。)に対して金十万五千九十四円八十五銭、原告持田とめ(以下原告とめと略称する。)に対して金十万円及びそれぞれこれに対する昭和二十三年十月二日から右支拂の済むまで年五分の割合による金員を支拂うこと訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び保証を條件とする仮執行の宣言。
第二、原告等の主張。
一、持田須賀子の死亡。
原告等の長女持田須賀子(以下被害者という。)当時十二歳は、昭和二十一年十二月五日午前七時三十七分頃学友とともに通学の途中、東京都品川区小山町六丁目四百十二番地先の被告経営目蒲線西小山第二踏切(以下本件踏切と略称する。)において、被告の運轉手金子茂(以下運轉手と略称する。)の運轉する空軍三輛連結の廻送車(以下本件電車と略称する。)が、西小山駅を通過して、次の洗足駅(訴状には奥沢駅とあるが、これは誤記と考える。)に向つて進行中、本件踏切にさしかゝつたが、この電車の前面左角にふれて、右踏切より約十一メートルあまり前方の線路左側にはねとばされ、腦出血に伴う頭部打撲傷をうけ、そのため同日午後八時五十分頃死亡するに至つた。
二、右事故は、運轉手の過失によつて生じたものである。
1、電車運轉手の注意義務。
運轉手は、運轉中常に線路の前方を注視して、進行先の線路内に立ち入つたり、又は立ち入ろうとする者を認めたときには、適宜警笛をならし、速力を減じ、急停車する等の処置を講じて、衝突の危險を未然に防止しなければならぬ注意義務がある。
2、本件踏切の位置と見透し。
本件踏切は、西小山駅から直線々路上約百八十米の距離にあり、同駅通過と同時に何等の支障なく望見できる踏切である。
3、運轉手が前記注意義務に違反したために、本件事故がおきた。
運轉手は前記のような注意をする義務を負つていながらこの注意義務に違反したため、右のように見透のよい本件踏切上を、被害者等二名の少女が、線路を横断しようとして、線路内に立ち入つてきたのに気がつかず、漫然時速五十キロメートルの速力で電車を運轉して、本件踏切にさしかゝつたのである。
運轉手が、はじめて被害者等を発見したときは、右被害者等は、踏切上複線々路中央にさしかゝつていたのであり、そのときの電車の位置は、すでに右踏切より約四十メートル手前にきていたので、このとき急停車処置をとつても、時すでに遅く遂に本件事故をおこしたのである。
4、本件事故について運轉手は有罪の判決をうけた。
本件事故について、東京地方裁判所刑事第六部判事斎藤孝次は、昭和二十二年五月十四日運轉手金子茂に対して業務上過失致死罪として、「禁錮四月に処す。但し三年間右の刑の執行を猶予する。」旨の判決を言渡している。
三、被告が本件踏切に遮断機等を設けていないことが、本件事故発生の原因である。(予備的請求原因)
本件事故が運轉手の過失によつて生じたものでないとするならば、被告が、本件踏切に遮断機等の設備を復旧しないことが、本件事故発生の原因をなしている。なお本件踏切には、以前遮断機等の設備があつたのであるが、空襲で焼けてなくなつてから、そのまゝになつている。
四、被告の損害賠償義務。
本件事故は、右の通り、被告の使用者金子茂が被告のためにその電車を運轉中、その過失によつて起つたものであるから、被告は、民法第七百十五條、第七百九條、第七百十一條によつて原告等に生じた損害を賠償する義務がある。かりに、右使用者金子茂の過失によつて本件事故が起つたものでないとしても、被告が本件踏切に遮断機等を設けていないという被告自身の過失によつて、本件事故が起つたものであるから、被告は、民法第七百九條、第七百十一條により原告等に生じた損害を賠償する義務がある。
五、本件事故によつて原告等の受けた損害。
1、精神上の苦痛。
被害者は、生前その資性明朗、純眞、学友間にあつて常に中心的存在であつた。本件事故も、学友平尾陽子に急を告げて、これを救うため犠牲になつたものと見られる。十二年間の永きにわたつて教育してきた蕾の花ともいうべきものが、一朝にして無惨な横死をとげたことに対する原告等両親のなげきは、筆舌の盡すところではなく、それ以來数ケ月間は仕事も手につかない有様であり、他人の見る眼にも忍びがたいものがある。被害者の死亡によつて、原告等のうけた前記精神上の苦痛に対する慰藉料の額は、金十万円づつとするのを相当とする。
2、葬式費用。
原告千太郎は、被害者の死亡によつて、次の通り葬式費用の支出をし、同額の損害を受けた。
金額 支拂内容
1、 金四十八円也 電報六通
2、 金十三円五十銭也 電報二通
3、 金二十五円也 ローソク
4、 金十六円也 代書料
5、 金二十三円二十銭也 電報
6、 金三十円也 マヤ寺車代
7、 金二円七十五銭也 ローソク
8、 金四千円也 葬儀屋
9、 金九十円也 額縁
10、金百十二円也 ローソク
11、金六十円也 マヤ寺車代
12、金四百円也 お布施
13、金二円四十銭也 電車賃
14、金百円也 お布施
15、金二円也 代書料
16、百七十円也 告別式、自動車代等
計金五千九十四円八十五銭也
六、結論
そこで、被告に対して、原告等は、慰藉料として金十万円づつ、原告千太郎は、右葬式費用による損害金五千九十四円八十五銭及びそれぞれこれに対する昭和二十三年十月二日(請求の趣旨訂正書を陳述した同年同月一日の口頭弁論期日の翌日)から右支拂の済むまで年五分の割合による法律に定められた損害金の支拂を求める。
第三、被告の答弁。
一、原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。との判決を求め、原告等の主張する事実に対する認否として、
1、前記一「持田須賀子の死亡。」に記載の事実(但し、事故の起きた時間の点を除く。)同じく二の2「本件踏切の位置と見透し。」に記載の事実。同じく二の3に記載した、運轉手がはじめて被害者等を発見したときの、右被害者等の状態及び電車の位置。同じく二の4「運轉手は有罪の判決をうけた。」に記載の事実及び同じく三に記載の本件踏切に以前遮断機の設備があつたが、空襲で焼けて失くなつてから、そのままになつていることは、いずれも認める。
2、同じく五「原告等の受けた損害。」に記載の事実は知らない。
3、その他の事実(但し、前記事故の起きた時間の点を含む)は、すべて否認する。
(一) 運轉手に過失はない。
(イ) 運轉手の注意義務について。
電車運轉手は、大体線路上自然に視野に入る範囲内を注視しながら進行すれば足り、線路外側遙かに眼を轉じて、通行人が踏切にさしかかるかどうかまで顧慮する必要はない。電車の進行前方に人影を認めたときでも、ある場合には、警笛をならすだけで足りる場合もあり、あるときは、警笛をならすとともに急停車処置を講ずる必要がある場合もある。運轉手は、一定の専用軌道上を高速度運輸を使命とする電車を、業務規定その他慣行に從つて運轉するものであるから、踏切通過ごとに一々速力を減じ、又はいつでも急停車できる状態の下に運轉する業務上の注意義務はない。具体的の場合に、原告が主張するような注意義務の内容を全部行わなければ運轉手に過失があるとはいえない。
(ロ) 運轉手は警笛をならしてきた。
運轉手は、第一踏切(衝突地点から百四十五メートル西小山駅寄りの地点。)附近でも警笛をならし、さらに、警笛をならしながら本件踏切にさしかかつた。
(ハ) 運轉手は、前方注視義務を怠つていなかつた。
本件踏切の線路外、右側(西小山駅の方から見て。以下線路右側と略称する。)は少し高くなり、そこにはトウモロコシがまばらに生えていたし、また、戰災で焼けた相当大きな機械類の残骸もあつたし、コンクリートの物置も残存していたから、進行中の電車運轉台からみては、通行人が線路外から、線路とほゞ直角に交叉する本件踏切に立ち入る場合、その人が踏切側にきたときに、はじめて認めることができるのである。
(ニ) 電車の進行を知つた被害者の方が退避する以外に、本件衝突をさけることはできなかつたのものである。
前記の通り、運轉手が、衝突地点から四十メートル六十手前の地点にさしかかつて、はじめて被害者を発見し、直ちに急停車の処置を講じたが、結局電車の先端が停車した地点は、衝突地点から約五十六メートル八十先きであつた。非常制動処置をとつてから、電車が止るまでに約九十七メートル四十(昭和二十二年十一月二十日附準備書面に約八十七メートル四十とあるは誤記と認める。)進行した計算になる。右四十メートル六十の距離で非常制動処置をとつても、ブレーキが制動効果を生じはじめるまでに約二秒かかる。この間に電車は、約三十メートル進行する。これらの点からいつても本件事故は不可抗力であり、運轉手の過失の責にきすべきではない。
(二) 本件踏切設備について、被告に過失はない。
被告は、現在遮断機、警報器等のない踏切については、交通量、要員、資材、予算等もろもろの事情を綜合して必要度の高いものから、できるだけ早くこれらの設備を設けることにしている。本件踏切は、現在、遮断機を設けるまでの事情に到つていない。ここの交通量は、翌昭和二十二年十月二十九日の調査によると、奥沢駅初発五時十分から目黒駅終電二十三時三十五分までの間に、通行人は二百五十人、自轉車四十八台で、自動車、荷車の通行はない。自轉車を二人として換算すると、三百四十六人の通行者があつたことになる。なお、本件事故当日の交通量は、右の調査の時のそれよりも少なかつたと思われる。
二、1、選任監督の抗弁。
仮りに、運轉手に過失があつたとしても、被告は、右運轉手の雇入れ及び事業の監督上嚴重な注意をしていたのであるから、原告等に対する損害賠償の責に任じない。なほ、被告は、車輛の制動機の檢査を約五日に一度づつ実施し、故障があれば、その都度修理をして常に完全であることを計つており、本件電車の制動制輪子は、昭和二十一年十二月三日に取替えたばかりのものであつて、その制動装置は完全であつた。
2、過失相殺の主張。
かりに被告等に損害賠償義務があるとするならば、損害賠償の額をきめるについて、被害者の過失を斟酌すべきである。
(1) 被害者は、電車の近ずくことを熟知していた。
前記被告の答弁の項(一)の(ロ)に記載した通り、運轉手は警笛をならしてきている。
被害者は、注意していたならば、恐らく線路外側に到るまでに、電車の音響、警笛の吹鳴をきいて、電車が近ずいてくるのを知りえたはずであるし、また電車の屋蓋も見えたはずでもある。被害者は、複線線路の中央にきたときに、本件電車が進行してくるのに気がついて、同伴の平尾陽子に電車がきたと知らせている位である。
(2) 被害者は退避すべきであつたのに、しなかつた。
前記の通り、被害者は、電車の近ずくことを熟知していたのに、なほ、被害者は急いでかけ出して、線路の横断を敢行しようと企てたのである。危險を退避しようとはしなかつた。被害者は、電車を発見したときのそのままの位置に停止していても、一歩退いても容易に本件事故の発生を防止できたのである。
(3) 被害者は、道路取締令に違反し、また、通行人として当然守るべきことを守らなかつた過失がある。
内務省令道路取締令第九條には、「鉄道又ハ軌道ノ踏切ヲ通過セントスルトキハ汽車、電車等ノ接近セザルコトヲ確メタル後通行スベシ。」と規定している。被害者はすでに十二歳にも達し、小学校五年生であつた。学校でも家庭でも、踏切を通過するときの心得は聞いているはずであるし、被害者自身でも分つている事柄である。被告は本件踏切の両側に、白地に赤文字で「一旦停止」と書いた書札を立てて通行人の注意を促していた。要するに本件事故は、右規定に違反し、また、通行人として当然守るべきことを守らなかつた過失からおこつたものである。
(4) 被害者は、本件踏切を横断するについていつもの注意を欠いていた、被害者は本件事故当日は学校の授業開始が国史の授業がおくれていたため、一時間早く八時開始であつた関係上、登校を相当いそいでおり、從つて本件踏切を横断するについても、いつもの注意を欠いていたことは、事故が七時五十分に発生したことから容易に推定される。被害者の通学していた第二延山小学校は、昭和医学専門学校の近所にあつて、事故現場から大人でも徒歩十五分かゝるところであるから、子供の歩行では、まさに遅刻する状態にあつたのである。
第四、証拠
<省略>
三、理 由
第一、爭点の所在。
原告主張の項一に記載した「持田須賀子の死亡。」の事実はその事故のおきた時間の点を除いて、当事者間に爭がない。本件における爭点は、本件事故が、電車運轉手金子茂の過失つまり電車運轉上の注意義務違反によつて起きたものかどうかという点である。以下順を追つて判断する。
第二、運轉手に業務上の義務違反があるか。
一、本件事故発生の際の具体的状況。
1、本件踏切の位置、踏切そのものに対する西小山駅からの見透し、及び本件踏切には遮断機等の踏切設備がないことについては、当事者間に爭がない。
2、被害者が本件踏切にさしかゝつたとき及びそのときの本件電車の位置。
証人平尾陽子の証言によると、被害者と平尾陽子の両名が本件踏切の処まで來たとき、複線々路の手前側の線路(以下上り線路と略称する。)上を、上り電車(本件電車と反対方向に進行する電車。)が進行して來たので線路の手前で待ち、その電車が通過してしまつてから、二人で手をつないで踏切の中央に出た。平尾陽子の裁縫箱が落ちそうになつたので、それを直すと、そのとき被害者が突然電車が來たと知らせた。そして平尾陽子だけは、無事下り線路をかけて向う側に渡つたということが認められる。
証人金子茂の証言によると、本件電車は事故発生の直前、西小山駅の出端で右上り電車とすれ違つたこと及び、本件電車は、廻送車として目黒駅から途中無停車で速力は、西小山駅を出てからは、時速五十キロメートル位で本件踏切にさしかゝつたものであることがそれぞれ認められる。
右の認定に基いて、上り電車が本線踏切を通過した瞬間における本件電車の位置は、なおある程度の距離を走らないと同駅の出端(すれ違つた地点。)に達しないような地点にあつたということができる。
3、当日の天候については、証人中山みちゑ、金子茂の証言によると、晴天であつたことが認められる。
4、原告千太郎本人尋問の結果によると、運轉手は、本件踏切で待つている被害者等の姿を認めていたが、同じ速力で進行したことが認められる。
5、右認定の前記1から4までの事実を綜合してみると、本件電車が西小山駅を通過して、本件踏切の手前約百数十メートル附近にきたとき、既に、その運轉手は、被害者等が本件踏切を横断しようとして、踏切のところの上り線路の外側にいたか、或は、線路内に立ち入つていたことを認め得る状態にあつたものということができる。
証人金子茂の証言によると、運轉手である同人が、前方を充分警戒しながら、本件踏切の手前四十メートル六十あたりに來たとき、それまでは人影も見えなかつたその踏切に突然二人の学童が馳け出して入つて來たという証言があるが、これは信用できない。
二、右のような場合における運轉手の業務上の注意義務。
一般的にいつて、電車運轉手は電車を運轉する場合、常に線路前方を注視していなければならない。そして進行先の踏切、殊に、その踏切に踏切設備のないような踏切において、通行人が線路の傍に居るとか、或は線路内に立ち入つていることを認めた場合には、警笛をならす等危險であるという注意を與える方法をとらなければならない。右のような通行人がいるという一事で、特に電車の速力を落したり、或はその進行を停止して、万一の場合における不期の衝突に備えるの注意をすることは、必ずしも必要ではないといわねばならない。ただ、その通行人が、その姿勢、態度、その他の情況によつて電車の進行に気付かず線路を横断しようとする危險があると信ずべき理由がある場合には、運轉手は、衝突を避けるに必要な注意をする業務上の注意義務があるというべきである。ことに本件のように廻送電車を運轉して、西小山駅に停車しないで通過する場合は、普通の場合に比し平均速力が速くなることは当然であり、西小山駅から僅かに百八十メートル位しか離れていない踏切を横断する者は、たとえ同駅を発車してくる電車を認めても廻送電車と知らない以上、その電車が本件踏切まで進行する時間の点についての特別の注意をしないであろうから、通過電車の運轉手は、一層右の点について注意を拂うべきである。
以上要するに、具体的の場合、場合に應じて、電車の速力を落したり、或は、電車を停止したりして、衝突しないよう細心の注意を拂うべきである。こういう場合、運轉手がこの危險を認識し、又は認識できたはずであるのに、それを見逃して、電車の進行を継続し、そのため通行人と衝突したときは、運轉手に過失があるというべきである。
三、本件の場合運轉手は、前記注意義務を盡したか。
1、運轉手が、はじめて被害者を発見したときの地点が、踏切の手前約四十メートル六十のあたりであつたという前記の事実を、右の判断に照らすとき、運轉手に、前方注意義務違反があつたことは明らかである。本件踏切の手前約百数十メートル附近にきたとき、既に、被害者等が本件踏切のところの上り線路の外側にいたか、或は、線路内に立ち入つていたことを発見できるはずであつたわけであること、前記の通りであるから、運轉手は本件踏切の手前約四十メートル六十にいたる以前に、言葉をかえていえば、被害者等が踏切上複線々路中央にくる以前に、被害者等の姿勢、態度その他の情況から電車の進行に気付かず、線路を横断しようとする危險があると気付くことができたはずであると認めるのが相当である。そして、その場合、臨機電車の速力を落すとか、電車を停車するとかして、――本件でいえば、電車が衝突地点に到達するまでの時間が、ほんの数秒位も遅れていたならば、衝突は避けられたはずであろう。――衝突しないようにすべきであつたし、そうできたはずであるのに、前方注視義務を守つていなかつたがために、右のような危險を見逃して、電車の進行をそのまゝ継続して結局衝突をひきおこしたという点において、運轉手に過失があるものと当裁判所は判断する。
2、(イ) 証人金子茂の証言によると、被告の答弁の項(一)の(ロ)に記載の「運轉手は警笛をならしてきた。」旨の主張事実はこれを認めることができるが、このことは前記判断を覆すに足りないものである。
(ロ) 被告の答弁の項(一)の(ハ)に記載の「前方注視義務を怠つていなかつた。」という主張に対する判断。
被告のこの主張は、要するに、通行人が本件踏切に向つて歩いてくる場合に、その人が踏切外側にきてはじめて認めることができるというだけのことであつて、かりに、この主張通りの事実があつたとしても、これは、右の判断を覆すに足りないものというべきである。のみならず檢証(第一、二回)の結果及び証人小倉良之助の証言を綜合すると、被告主張のトウモロコシや焼けた機械類、コンクリートの倉庫の残骸等があつたことは認められるが、いずれも見透しを妨げる程度のものでなかつたことが認められる。これに反する証人金子茂の証言は信用できない。
(ハ) 被告の答弁の項(一)の(二)に記載の「被害者の方が退避する以外に、本件衝突をさけることはできなかつたものである。」という主張に対する判断。
この被告の主張は、要するに、運轉手が、衝突地点から四十メートル六十の手前の地点で、はじめて被害者を発見したという前提の下に、そのとき以後のことをいうものである。この主張は、当裁判所の、前記運轉手に過失があるという判断を覆すものでないことは、前記のところから明らかである。
(ニ) その他、前記判断を覆すに足りる証拠はない。
第三、被告の選任監督の抗弁に対する判断。
証人岩島信次及び金子茂の証言によれば、被告は、運轉手の養成に当つて、精能試驗によつて選んだ者に運輸規定、技術の理論及び実地を教え、その結果につき試驗を課した上ではじめて電車の運轉に当らせるものであり、当該運轉手の見習期間は一ケ月半であつて、同人の成績はよい方であつたこと、その勤務時間は、八時間拘束、実働約五時間の一日三交替制であること、及び被告は、平素運轉手に対し踏切通過の際の注意として警笛を鳴らすよう命じていたことが、それぞれ認められるが、これ等の事実のみでは、まだ、被告はその被用者の選任及び事業の監督につき相当の注意をしたものとはいい得ない。なお被告は、車輛の制動機の檢査、制輪子の取替等について主張するが、これは、事業の監督には入らない。その他被告においてこれらにつき相当の注意をしたという主張、立証はないから、この点の被告の抗弁は採用することができない。
第四、被告の損害賠償義務。
一、以上によつて、運轉手金子茂の過失によつて本件事故が起きたこと、そして、それは、右運轉手が、被告の被用者として、被告の事業執行中の出來事であつたことが明らかになつた。被告は被害者の父母である原告等に対して、その損害を賠償する義務があるというべきである。
二、損害賠償額の算定。
1、被害者側に過失があつたか。
(一) 被害者に、通行人が踏切を横断するときに当然守るべきことを守らなかつた過失があるか。
(イ) 一般的にいつて、通行人は、踏切を横断する場合、衝突のおそれのない時期を選んで線路に入るべきで、衝突の危險があるような場合には、安全な地帶まで退いて、電車が通過するのを待つべきである。通行人は電車と衝突しないよう充分な注意をしなければならない。電車が交通機関として公に許されている以上は、各人は、その進行を妨害するような行爲はさけなければならないとともに、電車の操縱進退は、通行人の動作のように自由ではないから、通行人において、できるだけ衝突の危險を予防して電車の進行を円満にすることは都市の交通上必要なことであるから。
(ロ) 被害者は、本件電車が、西小山駅を通過して本件踏切の手前約四十メートル六十あたりまでくる間においてこの電車の進行に気が付かなかつたことは、前記認定によつて明らかである。これに反する証拠もない。被害者が本件電車の進行に気が付かなかつた原因は何であるかを推察してみるに、前記のように本件踏切は遮断機等の踏切設備のない踏切であり、上り電車が通過した後で踏切を横断しようとして線路に入つたため反対方向の本件電車の進行に注意しなかつたことがその一。なお、殊に踏切の中央に出て、同行の平尾陽子が、持物が落ちそうになつて、これを直していたためこのことに気を奪われて本件電車の進行に注意しなかつたのが、その二であろう。
この場合、被害者又は被害者側が本件電車の進行に気を付けなかつたことは過失であるといいうるか。
(1) 本件事故が通学の途中に起つたという事実から、本件踏切は、被害者がふだんからよく通行して知つている踏切であると認めるのが相当である。
(2) ことに、本件踏切から西小山駅への見透しがよいこと、運轉手が警笛を鳴らしてきたことは、いずれも前記の通りであるから、被害者は、注意さえしておれば、眼で見また電車の音響、警笛の吹鳴をきいて、電車が近ずいてくるのを知り得たはずである。
(3) 被害者が事故当時東京の小学校五年生であつたという前記事実及び原告千太郎本人尋問の結果によると、その学校での成績も悪くなかつたことが認められる。
(4) これらの事情を綜合して考えて見ると、原告千太郎及び原告とめにおいて、踏切を横断するときの注意をよく被害者にいい聞かせておくべきであつた。そうすれば本件事故の場合被害者は、衝突の危險のない安全な地帶まで退いて電車の通過を待つたであろうと考えるのが相当である。本件事故の発生は、結局、原告千太郎及び原告とめが、被害者に踏切を横断するときの注意をよくいい聞かせておかなかつたという過失も一半の原因をなしていると判断せざるを得ない。
(二) 被告の答弁二の(2) に記載の「被害者は退避しなかつた」という主張について。
大人自身がしばしば経驗して知つているように、何等注意せずに歩いていた途端に急に危い、衝突すると気付いた瞬間における判断は、平常のそれとは同一ではありえないし、また平常のそれを期待して云々することは間違つている。大人自身ですらこうである。まして、本件のような小学生の場合においては、なほさらのことであるといえよう。本件において、「被害者が退避しなかつた。」からといつて、その事実をとらえて、被害者に過失があつたということはできない。
(三) 被告の答弁二の(4) に記載の、「被害者が本件踏切を横断するについて、いつもの注意を欠いていた。」という主張について。
本件事故発生の時間が七時何分であつたかについて、証人金子茂の証言によると、七時五十分であることが認められるが、これを信用することはできない。その他右時間を断定できるだけの証拠はない。
從つてこの点の被告の主張は、これを認めることはできない。
2、原告等の地位、財産、職業及び家族等の状況。
原告千太郎本人尋問の結果によると、同人の資産は、家屋と工場併せて建坪百六十坪位あり、その他資本金十九万五千円のライフ電気株式会社の社長で、その株式の約半数を所有していること、子女の数は、被害者の外に、長男十六歳次女七歳三女三歳の三人であることが認められる。
3、慰藉料の額。
原告等が、その長女須賀子の死亡によつて、その主張のような「精神上の苦痛。」を受けたことは、これ人の親として当然そうあるところであるといえよう。この慰藉の方法として、被告の支拂うべき慰藉料の額は、右原告等の地位、財産、職業、家族数、被害者の年令、右過失及びその他諸般の状況を酌んで、原告に対して各金三万円が相当であると認める。
4、葬式費用の損害賠償。
証人村上豊、金子幾平の各証言によつて眞正に成立したと認められる甲第一号証及び同証人等の証言及び原告千太郎本人尋問の結果を考え合わせると、原告千太郎は、被害者須賀子の死亡に伴う葬式関係費用として合計金五千九十四円八十五銭を支出したことが認められる。これに反する証拠はない。この支出金額は、原告側に存する前記諸般の事情を参酌の上、右被害者の葬式費用として、一般に相当なものであると考えられる。そこで、右原告は、右被害者の死亡によつて、同額の金銭上の損害を蒙つたものということができる。
第五、結論
以上によつて、原告等が、慰藉料として各金三万円、原告千太郎が、葬式費用による損害として金五千九十四円八十五銭及びそれぞれこれに対する昭和二十三年十月二日(請求の趣旨訂正書を陳述した同年同月一日の口頭弁論期日の翌日であることは記録上明らかである。)から右支拂の済むまで年五分の割合による損害金の支拂を求める部分は、正当としてこれを認容し、その他の原告等の請求は、失当としてこれを棄却する。
訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二條、仮執行の宣言について同法第百九十六條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 恒田文次 石橋三二 横地正義)