東京地方裁判所 昭和22年(ワ)2388号 判決
原告 東光電気株式会社
被告 東光電気工事株式会社
一、主 文
被告は、原告に対し「東光電気工事株式会社」という被告の商号の抹消登記手続をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告及び被告の平等負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は、その商号「東光電気工事株式会社」の抹消登記手続をせよ。被告は右商号を使用してはならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
「原告は、昭和三年六月十二日商号を東電電球株式会社、目的を電球及びその諸材料並びに一般機械器具工業用品工業用諸材料の製造、販賣、賃貸、修理、檢査、試驗及び電気工事人を雇傭し電気器具機械取付工事の請負をなすこと等と定めて設立せられた株式会社であつて、昭和四年中右商号を東光電気株式会社と変更し、同年四月一日その登記をし、また昭和十三年中その本店を東京都港区(当時の芝区)内から東京都千代田区(当時の麹町区)内の肩書所在地に移轉し、同年九月三十日その登記をしたものであり、被告は昭和二十二年三月二十九日商号を東光電気工事株式会社、目的を電気工事並びにこれに附帯する事業とし本店の所在地を名古屋市内に定めて設立せられた株式会社であるところ、被告は、同年五月中本店を東京都千代田区内の肩書所在地に移轉し、同年六月三日新所在地の管轄登記所である東京司法事務局日本橋出張所においてその登記をした。しかしながら、被告の商号は、原告の商号と全く同一ではないが、その主要部分と目すべき「東光電気」という名称を共通にしているため、極めて混同し易い類似の商号であり、被告の目的営業は原告の目的の一である電気工事事業と同一であつて、しかも両名の営業は、ともに東京都同一区内におけるものであるから、被告の商号の登記は、商法第十九條に反する違法の登記というべきであつて、原告は、被告に対しその抹消登記手続を求める権利がある。また被告は、その商号が原告の登記を経た商号と類似のものであるに拘らず、その商号を不正競爭の目的をもつて被告の右営業のために使用しているから、かりに被告の商号の登記が違法なものでないとしても、原告は、商法第二十條により、その抹消登記手続を求めうるものであり、さらに被告に対しその商号の使用を止めることを請求する権利を有する。そこで請求の趣旨記載の通りの判決を求めるため本訴に及ぶ。」と陳述し、被告の主張に対し、
「合資会社東光商会が被告主張通りの会社であり、同会社の営業が被告主張の通り株式会社東光商会に引きつがれ、かつ拡張せられたこと、東海電気工事株式会社が被告主張の通り株式会社東光商会を中核として統合設立せられ、同商会の営業をその施設機械器具のほか役員從業員をも引きついでその讓渡をうけたものであることは、これを認めるが、株式会社東光商会の商号の略称である『東光』という名称が業界の信用をうけたこと、同商会が右の通り統合せられた後も、被告主張の東京支店の営業が外部に対しては、右商会の営業が継続しているのと同じ状況であり、『東光』という呼称が依然俗用せられていたこと、原告の電気工事に関する営業が内線工事に限られていることはいずれも否認する。その余の被告主張事実は知らない。原告は、内線工事についてだけでなく外線工事の請負をも営んでいるものである。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、「原告主張事実中、原告が昭和三年六月十二日設立せられた原告主張通りの株式会社であり、その後その商号及び本店の所在地を原告主張通り変更し、それぞれ原告主張の日にその各登記を経たこと、被告が昭和二十二年三月二十九日設立せられた原告主張通りの株式会社であり、原告主張の通りその本店を移轉し、その新所在地の管轄登記所で原告主張通り所要の登記を受けたこと及び被告がその営業のため原告主張の商号を使用していることはいずれもこれを認めるが、被告の商号が類似商号であること及び被告が不正競爭の目的を有することは、これを爭う。原告の『東光電気株式会社』という商号は、電気に関する営業を行う株式会社という漠然とした観念をもつものであるが、被告の『東光電気工事株式会社』という商号は、專ら電気工事を專門とする株式会社であるという観念をもつものであるから、普通の注意をもつてすれば、何人も両者を目して同一会社の商号であると誤認するおそれのないものであり、しかも、電気工事事業に関する取引は普通多額の金員の支拂を伴うものであつて、顧客としては、業者の信用その他について相当の注意を拂つた上で利害関係を持つに至るのが一般であるから、たやすく両者の商号を混同して考えるようなおそれはない。
また被告が不正競爭の目的でその商号を使用するものでないことは、以下述べる通りである。
一、被告の商号は、合資会社東光商会の商号に由來するものである。すなわち、同商会は、大正十二年十月設立せられその営業目的である電気工事事業を営んでいたものであるがその後組織を株式会社に改めることとなり、昭和七年中に設立せられた株式会社東光商会が右の営業を引きつぎ、全国各地のほか外地にも出張所を設け、大いに事業を振興させたため、同商会は、その商号の略称である『東光』という呼称で廣く業界一般の信用をうるに至つた。昭和十九年十月中電気工事事業の企業統合が行われた結果、株式会社東光商会は、その営業を東海地区に設立せられた東海電気工事株式会社に讓渡して解散したのであるが、この新設会社は、株式会社東光商会をその中核とするものであり、その役員は右商会の役員をもつてあてられ、從業員も営業所施設機械器具一切の移讓とともに新設会社に轉職した。そして右商会の東京都京橋区銀座西四丁目にあつた從來の本店の営業所は、右新設会社の東京支店として、同会社の東海地区以外の地域の営業を担当していたため、外部では、東京支店における営業を株式会社東光商会が從前通り営業を継続していると同様に考え、『東光』という呼称は、顧客から、新設会社の商号よりかえつてわかりのいゝ名称として依然俗用されていた。その後右東京支店は、右新設会社から独立することとなり、昭和二十二年三月二十九日設立せられた被告会社が右東京支店の営業、設備一切を讓り受け、さきに東海電気工事株式会社に轉職した旧東光商会の幹部從業員の多数も被告会社に轉じこゝに旧東光商会の実体は、再び被告会社として復活するに至つた。かような次第であるから、被告の商号の主要部分をなす『東光』という名称は、合資会社東光商会以來多年の努力と投資によつて、今日の対外的地位をえているのであり被告は、その前身ともいうべき合資会社東光商会時代以來使用せられていた『東光』という名称を、営業の承継とともに順次引きついで使用しているにすぎないものである。
二、原告の営業目的は電気機械器具の製造販賣が主たるものであり、電気工事の請負は、販賣にかゝる機械器具取付のための内線工事についてだけ、附随的に営業の一少部分として行われているにすぎないのに対し、被告の営業は、電気機械器具の製造販賣ではなく、專ら内線外線の電気工事だけを行うものであつて、両者の営業は、その一少部分を除いては全く別異のものであるのみでなく、電気工事の請負は、通例顧客が業者を選択した上、紹介状または注文書を持参してその委託をするものであるから、かりに原告の商号が被告のそれと類似しているとしても、原告に対する注文が被告に紛れこみ、その結果原告に不当の損害を蒙らしめるような事態を生ずる何等のおそれもないのであつて不正競爭の余地はないのである。」
と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が昭和三年六月十二日商号を東電電球株式会社、目的を電球及びその諸材料並びに一般機械器具工業用品工業用諸材料の製造、販賣、賃貸、修理、檢査、試驗及び電気工事人を雇傭し電気器具機械取付工事の請負をなすこと等と定めて設立せられた株式会社であるところ、昭和四年中その商号を甲商号である東光電気株式会社と変更し、同年四月一日その登記をし、また昭和十三年中その本店を東京都港区(当時の芝区)内から東京都千代田区(当時の麹町区)内の肩書所在地に移轉し、同年九月三十日その登記をしたこと、被告が昭和二十二年三月二十九日商号を東光電気工事株式会社、目的を電気工事並びにこれに附帯する事業とし、本店所在地を名古屋市内に定めて設立せられた株式会社であるところ、同年五月中本店を東京都千代田区西神田二丁目四番地に移轉し、同年六月三日移轉先の管轄登記所である東京司法事務局日本橋出張所において商号、目的その他の所要事項について登記を受けたことは当事者間に爭がない。そこで、右登記所における被告の商号の登記が商法第十九條違反の登記であるかどうかを考えるに、同條は既登記商号と同一の商号のみでなく、これと混同誤認のおそれのある類似の商号についても、その登記を許さぬ趣旨であると解すべきであるから、まず本件双方の商号が類似の商号であるとの点について判断する。
商号が類似しているか否かは、商号に使用せられている文字の一部が互に相異るものがあり、或は字数に多少の相違がある場合であつても、二個の商号から受ける印象が類似し、そのため一般世人をして商号の主体を混同誤認させるおそれがあるかどうかを標準としてこれを決するのを相当とする。これを本件についてみるに、原告の商号は、「東光電気株式会社」であり被告の商号は、「東光電気工事株式会社」であつて、両者は、「東光電気株式会社」という文字において共通であり、ただ「工事」の二字において相違しているわけであるが、この「工事」という文字の有無が果して一般世人をして二個の商号の主体を明確に区別して観念させるに足るかどうかを考える必要がある。一般に「何某電気工事株式会社」という名称は、電気工事事業を営業とする株式会社という観念をもつものであるが、他方「何某電気株式会社」という名称はその名称だけでは、電気に関するいかなる具体的な事業を行う会社であるか判然しないその反面、世上電気に関する通常の事業に属するものとして考えられている事業をその営業目的とする株式会社を想像させるものであるところ、電気工事業は、何人も電気に関する通常の事業に属するものと考えるのが一般であるから、原告の「東光電気株式会社」という商号は、その商号自体からは、電気工事以外の電気に関する営業を行う株式会社としてでなく、むしろ電気工事業をもその営業目的とする株式会社として観念せられるのが普通であるといわねばならない。そうすると、世上の取引は、常に二個の商号を眼前に比較対照し、その異同を区別してなされるものでなく、また商号の類似性は特定の業者間の取引を標準として決定すべきものでないのであるから、被告の商号が「工事」の二字において原告の商号と相違していても二個の商号の他の部分が全然同一である以上、二個の商号は、その全体の印象において必ずしもその主体を判然区別させるに足るものとは認め難く、その紛わしさが取引上商号の主体について混同誤認を生ぜしめるおそれのあることは否定できないところである。しかのみならず、証人佐藤松男の証言によつて眞正に成立したと認める甲第五号証、成立について爭のない甲第六号ないし第八号証に証人熊岡誠一、伊阿彌正雄、佐藤松男の各証言によれば、運送会社の從業員が運送品の配達に際し、又電気工事の注文者が工事に関する交渉に当り誤つて原告を被告であるとして扱つた事例が二、三に留まらないことが認められるたとえ商号登記後の事情であつても、このような事実のあることは、右に述べた推理の事実上の裏付をなすものであるといえる。果して然らばこの両商号は、これを法律上判然区別し難い類似のものであると断ぜざるをえない。電気工事に関する取引が通常多額の金員の支拂を伴うものであるため、顧客は、業者の如何について相当の注意を拂つた上で取引を行うものであるとしても、すべての取引の相手方に対し、かゝる注意を拂うことは、到底期待できないところであり、かゝることがらはいまだ両者の商号の類似性を否定し去る何等の根拠ともなしえないこと勿論である。
次に双方の営業が同一営業であるかどうかについて判断する。
商法第十九條は、商号專用権に対し、一定地域内における同一営業のための同一または類似の商号の登記を排斥する効力を附與したものであるから、双方の営業の同一性は現実に営む営業種目について、これを対比して決定すべきではなく、專ら双方の営業目的自体を観察して決定すべきであり、また双方の営業の全種目が互に同一であることを要するものではなく、一方の営業目的が他方のそれを包含する場合もその同一性を認めるのが正当であると解すべきである。もし然らずとすれば、一定時期を限り、営業種目のうち既登記商号の主体の営業と同一でない営業を営むことによつて容易に同條の適用を潛脱することが可能となるからである。本件においては、原告が「電気工事人を雇傭し電気器具機械取付工事の請負をなすこと」をもその営業目的の一に掲げていることは前記の通りであり、かゝる営業が電気工事に関する営業であることは疑を容れる余地のないものというべきである。他方被告の営業目的が「電気工事並びにこれに附帯する事業」であることも前記の通りであるからたとえ原告の電気工事に関する営業が電気機械器具の取付工事であり、原告の全営業目的の一少部分にすぎず、これに対し電気工事に関する営業が被告の目的の全部であり、被告は内線外線の一切の工事を行うものであるとしても、前掲の原告の営業目的自体から観察して、原告の電気工事に関する営業が原告のその他の営業と不可分の関係においてのみされ、独立してはなされないものとは解しえないところである以上、両者の営業は、商法第十九條にいう同一営業にあたるものと判断せざるをえない。
右の通りであるとすれば、被告は、原告の既登記商号と類似の商号の登記を受けたものというべきであるから、被告の商号の登記は、商法第十九條の規定に違反して受理せられた違法の登記であることが明らかであつて、被告に対し、商号專用権にもとずき、その商号登記の抹消登記手続を求める原告の請求は、正当としてこれを認容すべきである。
さらにすすんで、被告の商号の使用差止を求める請求について判断する。
被告がその商号を被告の前記営業目的のために東京都の同一区である千代田区内で使用していることは、被告の認めるところであり、被告の商号が原告の既登記商号と類似の商号であることは、右に認定した通りであるから、被告は、以下述べるような特別の事情がなければ、一應不正競爭の目的をもつてその商号を使用するものと論ずべき筋合でなければならない。
しかしながら、訴外合資会社東光商会が大正十二年中に設立せられ、その営業目的である電気工事を営んでいたものであること、その営業が昭和七年中設立せられた株式会社東光商会によつて承継せられ、同商会がその後全国各地のほか外地等にも出張所を設けて大いに事業を拡張したこと、昭和十九年中電気工事事業の企業統合が行われた結果、右商会は、その営業を東海地区に設立せられた東海電気工事株式会社に讓渡して解散したこと、この新設会社は、右商会を中核として設立せられたものであり、その役員從業員は、営業所施設機械器具の一切の移讓とともに新設会社に轉職したことは、いずれも当事者間に爭のないところであり、証人杉山愼、同川村三郎の各証言によれば、株式会社東光商会は、その前身である合資会社東光商会時代以來の多年の努力によつて、業界に相当の信用をえていたこと、東海電気工事株式会社に統合せられた後も、右商会の東京における從來の本店営業所は、右統合会社の東京支店として、東海地区以外の地域の営業を担当していたものであるが、同支店の営業については、顧客との間において、統合会社の新しい名称よりも旧東光商会の商号の略称である「東光」という呼称がより通りのいゝものとしてしばしば使用せられることのあつたことが認められ、また右各証言に前記乙第一ないし第四号証の記載を綜合すると、右東京支店はその後右統合会社から独立することとなり、昭和二十二年三月二十九日被告会社が右東京支店の営業、設備一切を引き継ぐとともに、さきに統合会社に轉職した旧東光商会の幹部をその役員として設立せられるに至つたのであるが、被告は、その営業の実体が、以上の通り合資会社東光商会時代以來、その法律上の組織の変遷にも拘らず、殆ど異るところがなかつたため、その設立にあたり、從前からの取引上の信用を顧慮した結果、合資会社東光商会以降取引上略称として呼称せられてきた「東光」の二字を商号中に使用することとしたものであることを認めるに十分である。のみならず、前記証人熊岡誠一、佐藤松男(第一、二回)川村三郎、杉山愼の各証言を綜合すれば、原告の営業は、設立当時から、電気機械器具の製造販賣に主眼がおかれており、電気工事事業は、その受註高において原告の全営業の二割を占めるにすぎないのに反し、被告は電気工事事業のみを專門に営むものであり、原告に比し、その行う工事の種目は多様であり、工事の規模、能力受註高等も大であつて原告とは格段の相違がみられること、双方の商号が紛わしいため從來取引上両者が混同誤認せられたことが多々あつて、被告に対する注文を誤つて原告になされたことが少くなかつたけれども、電気工事に関する限り、原告に対する注文が被告に紛れ込んだという事例はなかつたこと等が認められ、これらの事実に前記認定の被告がその商号を選定した経緯とを考え合わせると、被告は、必ずしも、原告の既登記商号の有する信用ないし経済的價値を自己の営業に利用する意図のもとに被告の商号を使用するものとは断言できない。
証人熊岡誠一、同佐藤松男(第一、二回)の各証言を綜合して認められる原告は、その営業種目の一として被告の設立に先だち多年内線外線の電気工事を営んできたものである事実、当事者間に爭のない被告設立の日が前記の昭和二十二年三月二十九日である事実に成立に爭のない乙第七号証の一、二を併せ考えると、被告の商号については、被告の設立準備中すでに原告からその類似性を指摘して異議の申入がなされていることが認められ、さらに成立に爭のない乙第一ないし第三号証及び証人川村三郎の証言によりその成立を認められる乙第四号証の各記載を綜合すると、被告の設立発起人または重役中には、電気事業について相当の経驗をもつものが加えられていることも認められるから、これらの事実からすると、原告がその商号のもとに電気工事事業をも営んでいるものであることは、被告設立以前から被告の重役幹部等において、十分これを知悉していたものと認めるのが相当であるけれども、この事実だけでは右断定を覆す訳にはいかないのである。從つて本件商号の使用につき被告が不正競爭の目的を有するものとは到底結論しえないものといわねばならない。
以上の通りであるとすれば、被告が不正競爭の目的をもつて原告の既登記商号と類以の商号を使用するものとして、被告の商号の使用差止を求める原告の請求は理由がないものとしてこれを棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二條本文を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 小川善吉 中田秀慧 川上泉)