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東京地方裁判所 昭和23年(ワ)1233号・昭24年(ワ)4243号 判決

原告(反訴被告)の本訴請求並びに被告野口木三(反訴原告)の反訴請求はいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分してその一を被告野口木三(反訴原告)の負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告等は原告にたいして、別紙目録<省略>記載の建物(以下「本件家屋」という)を明渡し、且昭和二十二年一月一日より同年八月三十一日まで一ケ月金壱千百二十円、同年九月一日より明渡まで一ケ月金三百五十円の金員を連帶して支拂うこと。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決及び担保を條件とする仮執行の宣言をもとめ、その請求の原因として、

(一)  原告は被告野口木三にたいして本件家屋を昭和十三年五月賃料一ケ月壱百四十円、月末拂で期間の定なく賃貸した。

(二)  ところが被告野口木三は、本件家屋を原告に無断で被告小沢富造、同野口忠司、同高橋芳郎に轉貸した。

(三)  そこで、原告は被告野口木三にたいし、昭和二十三年三月二十三日到達の書面で本件賃貸借契約を解除する意思を表示した。

(四)  原告は、戰災者であり、本件家屋はその所有の唯一の家屋であり、又唯一の財産である。原告は七人の家族を擁し、原告本人及その長男のみが本件家屋中二階表側約八疊の一室とそれに隣接する約一坪半の廊下を仮処分によつて明渡をうけて居住しているが、妻子五人はいまだに疎開先の富山縣下に居住し、上京できず、又原告の長女及その夫松井寛も現住居の立退を迫られているため本件家屋を引取る必要があり、なによりも原告は本件家屋で從前の生業である羅紗商を営んで生計をたてなければならない。

しかるに被告は妻と二人家族であるのみならず、本件家屋の近くの繁華街に面した二階建家屋を賃借して本件家屋におけると同様楽器商を営んでいて、本件家屋を明渡しても何等生活に支障を來さない。

以上の事実は、原告が被告野口木三にたいして本件家屋の明渡を求めうる正当な事由である。

(五)  そこで原告は被告野口木三にたいし、昭和二十三年三月二十三日到達の書面で本件賃貸借契約の解約を申入れた。

(六)  よつて被告野口木三は、遅くも昭和二十三年九月二十四日限り本件家屋を原告にたいして明渡す義務があり、右被告以外の被告三名は原告と何等の契約関係なく不法に本件家屋を占有しているものであるから、原告にたいして之を明渡さなければならない。

とのべた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は請求棄却の判決及び担保を條件とする仮執行免脱の宣言をもとめ、請求原因中(一)(三)(五)をみとめ、(二)の事実を否認し、被告野口忠司及び同高橋芳郎はいずれも被告野口木三の甥であり又使用人であつて單なる同居人にすぎず、被告小沢富造は被告野口木三の知人で、昭和二十年四月十三日の空襲で罹災し住居に困つていたのに同情して同居させたものであるから、当時の社会状態並に現在の住宅事情に鑑みて、この同居を目して民法第六百十二條に所謂轉貸ということはあたらないし仮に被告小沢富造に同居を許したことが轉貸であるとしても、原告は之を承認していたものであるとのべ、(四)の主張にたいして、本件家屋はもと訴外草刈婦人洋服生地店が所有していたが之を原告が貸金の抵当として取得したもので、被告野口木三が賃借した以前約二年間空屋の儘で放置されていて、荒屋同然であり、その價格も三千円以下と見積られていた。之を賃貸するに際して、被告野口木三は原告にたいして権利金三千五百円を支拂い、更に原告の諒解をえて約金六千余円を投じて樂器店向に改造し、次で昭和十五年十二月及昭和十七年十二月に合計金六千余円を投じて本件家屋の台所に必要な修理を加え、之等の改造及び修理のために被告が出費した金員は約一万五千円に達している。この様に被告野口木三が巨額の出費をなしたのは、賃借に際して原告との間に営業の継続するかぎり長期に亘り賃借する合意があつたからに外ならない。

被告野口木三は本件家屋を本拠として樂器商を営み、漸く信用を得て盛業している次第であり、又本件家屋は被告並びにその家族の唯一の住居も兼ねているのであるから、現在直ちに本件家屋を明渡すことは営々として築いた営業の基盤を喪失せしめることであつて、被告の蒙る損害は原告が本件家屋を使用できないことによつて蒙る不便と比較して天地宵壊の差があるものである。從つて原告が本件家屋の明渡をもとめうる正当な事由は存しない。と陳述し、抗弁として、仮に原告が主張する通り本件賃貸借契約が解除されたとすれば、前述したように被告野口木三は右賃借中原告の承諾を得て昭和十三年乃至同十七年の間数回に亘り合計金約一万二千円を投じて本件家屋各階の造作模様替を行い、或は戰爭中空襲により破壊されたシヨウウインドウ天井等の修理のため相当の出費をなし、又本件家屋を賃借するに際し、金三千五百円の権利金を支拂い以來今日まで営々として築いた楽器商老舗としての営業権を享有して居り、物價指数の暴騰した現在においては右に支出した金額に数十倍する増加額を現存するものであつて、その價額は総計金五十万円を相当とするから、これを本件家屋維持のための必要費及びその改良のための有益費として原告に請求する権利があるから同被告は原告が右債務の弁済をするまで本件家屋を留置する。從つて原告の本訴明渡請求は失当である。と述べ、

被告野口木三(反訴原告)の反訴として原告(反訴被告)は被告野口木三(反訴原告)に対し金五十万円及びこれに対する昭和二十四年十月三十日以降支拂済まで年五分の割合による金員の支拂をせよ。訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。との判決並びに担保を條件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、仮に本件家屋の賃貸借契約が原告(反訴被告)主張のように解除されたとすれば、被告野口木三(反訴原告)が右賃借中原告(反訴被告)の承諾を得て前に本訴抗弁として述べたように、本件家屋の造作模様替修繕及び樂器商としての営業権獲得のため支出した必要費及び有益費の現存増加額は総計金五十万円に及ぶのであるから原告(反訴被告)はこれを被告野口木三(反訴原告)に償還する義務がある。よつて右金員及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和二十四年十月三十日以降支拂済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支拂を求めるため反訴に及ぶと陳述した。<立証省略>

三、理  由

一、本件家屋が原告の所有に属し、原告が之を昭和十三年五月被告野口木三にたいして賃料一ケ月金壱百四拾円、月末拂で期間の定なく賃貸したことは当事者間に爭がない。

二、本件家屋に被告小沢富造、同野口忠司、同高橋芳郎が居住することは、当時者間に爭がないが、右被告三名を同居せしめたことが民法第六百十二條に定められた賃借物の轉貸に該当するかどうかについて考察する。

(イ)  被告野口木三同小沢富造三各本人訊問の結果によると被告小沢は予てより被告野口木三と眤懇の間柄であつたが、昭和二十年四月十三日の空襲の際、東京都千代田区神田猿樂町で罹災し、一時同区淡路町小学校に避難していたのを、同被告が同情し、且本件家屋には当時同被告と被告高橋のみが居住していて参人であり、頻々たる空襲にたいして不用心でもあつたゝめに、被告野口木三が本件家屋への同居をすゝめ、之に引取り同居せしめたこと、及び同年五月頃原告が当時の疎開先たる富山縣より上京し、本件家屋に家賃の徴集に來た際前記同居の事情を聞き、之を諒承した事実が認定できる。原告本人はその本人訊問において、右諒承の事実を否定しているが、昭和二十年の三月から五月にかけて東京都はしばしば空襲をうけ、多くの住宅を喪失し、多少とも住宅に余裕のある者は、自己所有の家屋たると賃借家屋たると家主の同意の有無を問わず、その住居に同居せしめることが道義上当然とされていたこと、及び常識ある家主としては、かゝる事実を賃借人より告知せられゝば之に異議を述べず、却て該住宅の防衛上かゝる同居を歓迎していたことは、証明を必要としない事実であるから、この事実に照らしても、原告本人の前記供述は信用し難い。

原告は昭和二十三年三月二十三日に到達の書面で被告小沢にたいする轉貸を理由として本件賃貸借契約解除の意思表示をなしたと主張するが、前に認定した事実よりすると、原告は右意思表示到達の以前である昭和二十年五月中被告小沢にたいする轉貸を諒承して之を承認しているものであり、仮に之が承認ではないとしても、成立に爭のない乙第十六号証によつて認められる「原告が被告野口木三より昭和二十一年九月同月分の賃料を異議なく受領していること」からみて、遅くもその頃迄には右轉貸を承認しているものと推定すべく、之を覆すに足る証拠はないから、右解除の意思表示は効力がないものである。

(ロ)  被告野口木三本人訊問の結果によると、被告野口忠司、同高橋はいずれも被告野口木三の甥であつて、從前より同被告の店舗の店員として勤務していたものであり、戰爭中被告野口忠司は軍隊に、被告高橋は軍工場に、召集又は徴用せられていたが、終戰後は本件家屋に戻つて被告野口木三の営業を手傳つている事実が認められ、いずれも本件家屋にたいして独立の占有をもつているものとは解しがたいから、この両被告にたいする轉貸を理由とする原告の本件賃貸借契約解除の主張は採用できない。

三、原告が被告野口木三にたいして、昭和二十三年三月二十三日到達の書面で借家法第一條の二に所謂正当の事由ありとして解約の申入をしたことは当事者間に爭がない。よつて右正当の事由ありや否やについて考察する。

(イ)  原告本人訊問の結果によると、原告は本件家屋を抵当として約金五万円の債権を有し、之の競賣に際して金一万五千円で本件家屋の所有権を取得したが、他に家屋及店舗を賃借して洋服生地商を営んでいたのと、本件家屋の修理に相当多額の費用を要するため、自ら使用しないで昭和十三年五月に被告に賃貸し、今日に及んでいるものであつて、原告は未だ嘗て一度も本件家屋を使用したことがない事実が認定できる。(但本件家屋の一部明渡断行の仮処分によつて、その一部を使用していることは后にふれるところである)

(ロ)  右賃借に際して、被告野口木三は原告にたいして敷金六ケ月分金八百四十円、権利金三千五百円を差入れ、一階は右被告が樂器商を営業するのに都合がいゝように同被告が修理し、二階及び三階は主として原告において修理をしたこと、及びその後昭和十五年十二月頃と昭和十七年十二月頃に被告野口木三は原告の承認をえて本件家屋に相当な大修理を加えたことは、原告及被告野口木三本人訊問の結果認められる。右修理において、原告及び被告野口木三が支出した費用の総額は必ずしも明らかではないが、上述の修理を請負つた証人山本徳太郎は、原告の出費によつてなした修理は現在の價格にすれば約十万円位であり、被告野口木三のそれは総額四、五十万円に及ぶ旨を証言しており、被告野口木三より本件家屋賃借当時の修理費用の見積書及び受領証として提出され、右被告本人訊問の結果及び証人山本徳太郎の証言によつて眞正に成立したものと認めうる乙第三号証第四号証の一乃至四、第五、六号証、第八号証の一乃至五、第九号証の一乃至四、第十号証の一、二、第十一号証の金額の合計は金二千三百余円であり、同じく昭和十五年十二月の修理費用の見積書及び受領証として提出され、前同様にその成立を認めうる乙第七号証、第十二号証、第十三号証の二乃至五第十四号証の金額の合計は約金四千八百余円であり、同じく昭和十七年十二月の修理費用の受領証として提出され、前同様にその成立を認めうる乙第十三号証の六は、金五百四十六円四十六銭と記載されている。一方、原告より本件家屋賃貸当時の修理費用の受領証として提出され、証人山本徳太郎の証言によつてその成立を認め得る甲第十八乃至第二十一号証の金額の合計は金二千百円である。尤も同証人は甲第十八号証及び同第二十一号証の金額は受取らなかつたと供述しているが、この点は必ずしも信用できない。以上の証拠を綜合すれば、本件家屋の修理のために被告野口木三が支出した費用は、原告のそれの四、五倍に達するものと認められ、原告のそれが、約金二千円とすれば、少くとも金八千円乃至一万円の出費をしていることがうかがわれ、前記権利金も加算すれば、被告野口木三が本件家屋に投下した資本は相当巨額に達しているものとみられる。

(ハ)  原告本人訊問の結果及び証人紙谷武の証言によると、原告はもと東京都千代田区神田多町で洋服地商を営んでいたが戰爭による事業不振のため同所より同都新宿区下落合に移轉し、更に昭和二十年三月頃ず同所が強制疎開にあつたために郷里の富山縣に疎開し、終戰後は上京の上、本件家屋で洋服生地商を再開しようとしたが、被告等が之を明渡さないために、営業の再開はもとより家族も上京出來ず、現在尚妻娘二名は富山縣に止まり、原告とその次男三男の二名は本件家屋の二階表約八疊一室と之に接続する三疊一室を仮処分によつて明渡をうけて居住し、四男は原告の勤務先である東京都中央区日本橋本町の大和商会の一室に宿泊し、五男は同都目黒区の原告の長女の嫁先に居住しており、殊に次男は婚約成立したが住居が狹いため挙式を延ばしている事実が認められ、本件家屋の明渡を受ける必要は相当強いものであることがうかがわれる。又右本人訊問の結果及び証人松井道範、紙谷武の証言によると、原告の長女の夫松井寛は、現在同人の兄松井道範より東京都目黒区上目黒所在の家屋を借受けて居住しているが、右松井道範が横浜の旧借家から最近右家屋に移轉して來て同居中であるため本件家屋に原告と同居し、現在の目黒区の住居を兄道範に明渡すことを希望している事実が認められるが、この方の必要は眞正に成立したものと認める乙第十九号証を俟つまでもなく、さして緊迫したものであることは考えられない。

(ニ)  本件家屋の一階の半ば以上は店舗であり、その他の部分に便所、湯殿、板の間があり、二階は八疊二室、六疊、四疊半各一室、三疊二室及台所、三階には六疊二室及四疊半一室、物置二室と物干とがあり、之等のうち一階の店舗、二階八疊、六疊、四疊半、三疊各一室、三階の六疊二室と四疊半の一室及物置二室を被告等が使用し、二階表側の約八疊一室及之に接続する三疊一室は原告が仮処分によつて明渡しをうけて、居住しおり、その他の部分は同じく仮処分によつて被告等と共用している事実は原告及被告野口木三本人訊問の結果明らかであり、被告等の占有部分のうち一階店舗は被告野口木三が樂器商を営み、二階の六疊を被告小沢、同野口忠司及訴外木梨光雄が使用し、八疊は被告野口木三夫妻が使用し、三疊は物置、四疊半は食堂として被告等が使用、三階は四疊半を被告高橋夫妻が、六疊二室は納戸として被告等が使用していることは、被告野口木三本人の訊問の結果認められるところである。

(ホ)  原告は被告野口木三は本件家屋のほかに、之と遠からぬ神田神保町鈴蘭通りに店舗を賃借して樂器商を営んでおり、本件家屋を明渡しても何等営業上支障がないと主張し、右店舗の写真であることについて明らかに爭のない甲第十二号証には、本件家屋と同様ビオバ樂器店なる看板が掲げてある事実が認められ、又右店舗の賃借名義人が被告野口木三であることは同被告において爭わない事実であるが、右店舗が所在する神田神保町鈴蘭通りは、本件家屋がある神田神保町交叉点に比して営業上の價値が遥かに劣るものであることは想像に難くなく、殊に神田神保町附近には樂器店が多数存在することは裁判所に顕著な事実であるから、被告野口木三は右店舗に営業所を移轉させることによつて、他の樂器商より不利な地位にたつこととなり、営業上すくなからぬ損害を蒙るものと考えられる。尚右家屋に関して、被告野口木三はもとの使用人である訴外鶴岡敬治が右店舗を専用していて、何等同被告の支配下にはない旨供述しているが、この点は必ずしも措信できない。

(ヘ)  以上に認定した事実から、原告が本件家屋の明渡を求める正当な事由ありやについて考えると、(a)本件家屋が神田において営業上最も有利な場所にあること、(b)前に(ロ)で認定した通り、被告野口木三がこの賃借に際して当時として相当多額の権利金を支拂つていて、この権利金は右場所における営業権讓渡の対價と解すべきものであるから、原告は権利金を得て、その営業権を讓渡した以上同被告の意に反して、而も何等の対價を支拂うことなくその返還を求めることは、商取引の常識に反すること、(c)同じく(ロ)で認定した通り、原告は本件家屋を被告野口木三に賃貸するに際して、同被告にその店舗の部分を樂器店向きに改造する様慫慂し、同被告も之に應じて相当多額の出資をして改造したことからみて、当時原告は被告が営業を続ける限り之の返還をうけずにその賃料をえる收益財産として本件家屋を所有する意思であつたこと(d)前に(イ)で認定したように、原告は本件家屋で一度も営業したことがなく、被告野口木三が昭和十三年以來今日迄十余年間ここで樂器商を営んでいたことからいつて、同被告の樂器商としての営業上の信用乃至顧客は、本件家屋と不可分の関係にあるに反して、原告は「特に」本件家屋において営業しなくては営業上の信用乃至顧客を得られないものとは到底考えられないこと、(e)本件家屋には被告野口木三夫妻のほか使用人として被告野口忠司及同高橋夫妻が同居し、更に被告野口木三の親類の木梨光雄及被告小沢が同居していることは前に(ニ)で認定したところであるが、被告高橋及び同野口忠司は被告野口木三の使用人である以上その同居はやむを得ないものと認められ、又被告小沢の同居した事情は前に二、の(イ)で認定した如きものであつて、原告においても一應同居を承認したものであること、これら等の事実をあわせ考え、これを前に(ハ)で認定した原告の本件家屋を必要とする程度とを比較すれば、仮に前に(ホ)でふれたように鈴蘭通りにある家屋で被告野口木三が樂器商を営業しうるとしても又たとえ原告がその主張通り直ちに罹紗商を再開しなければ糊口の途をとざされ、又家族が諸所に離散し、その住居に相当困窮していることが窺われるとしても、なほ本件家屋の明渡をもとめるだけの正当な事由があるものとは考えられない。

したがつて原告の正当事由に基く本件賃貸借契約解除の主張は採用できない。

四、原告は被告小沢、同高橋、同野口忠司は何等権原なく不法に本件家屋を占有しているものであると主張するが、既に前に二で認定した通り、被告小沢の本件家屋占有については原告の承諾があつたものと認められ、被告高橋、同野口忠司は被告野口木三の使用人として同居しているものであつて独立の占有を有するものとは認められないから右被告等に対する主張も採用し難い。

五、結局原告の本訴請求はいずれもその理由がないからこれを棄却することとし、從つて原告の本訴請求が認容されることを前提とした被告野口木三(反訴原告)の反訴請求は事実の判断を待つまでもなく棄却を免れない。よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九條第九十條を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 近藤完爾 大沢竜夫 渡辺忠之)

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