東京地方裁判所 昭和23年(ワ)4053号 判決
原告 中島喜太郎
被告 大塚営治郎
一、主 文
原告の請求は之を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、原告が東京都新宿区早稲田鶴卷町二十二番地一宅地八百八十八坪八合六勺の内六十三坪(道路に面し向つて右側なる同番地三の宅地との境界より左に十六間二尺を隔てた地点より更に左に間口八間奥行八間弱の部分)につき賃料一ケ月金二十五円二十銭、毎月二十八日拂、存続期間昭和十年一月十五日より同三十年一月十四日迄なる普通建物の所有を目的とする借地権を有することを確認する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める旨申立てその請求の原因として原告先代中島平吉は昭和十年一月十五日被告より同人所有に係る請求の趣旨記載の宅地六十三坪を普通建物所有の目的で賃料一ケ月金二十五円二十銭、毎月二十八日拂、存続期間二十ケ年の約で賃借し、該宅地上に建物を所有し之を他に賃貸中同十七年一月二十六日原告先代死亡により原告に於て其の家督を相続し右借地権を承継したところ、本件地上の前記建物は昭和二十年五月二十五日戰災により燒失した。そこで原告は昭和廿三年十月二日に至り昭和廿年五月一日以降の賃料を供託して被告に対し右借地権の確認を求めたところ被告は之を否認するので茲に該借地権の確認を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、被告主張の事実中右供託に際し現実の提供をなさなかつたこと、罹災前の本件地上の建物が登記簿上中島まつの所有名義となつていたこと及び公正証書に被告主張のような條項が記載されていたことは孰れも之を認めるが其の余の事実は否認する、賃料を現実に提供することなく供託したのは被告に於て賃料の受領を拒絶する意思明白であつたゝめで、又公正証書記載の條項は例文に属し仮に然らずとするも戰時罹災土地物件令により支拂義務ないものとされた賃料迄支拂をなし、借地人としての誠意を示している原告に対し罹災後の賃料延滯を理由に一言の挨拶もなく右証書の文言を楯にして直ちに契約を解除する如きは信義誠実の原則に反し権利の濫用というべきであると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張の事実中、原告先代中島平吉と被告との間に原告主張の日時その主張のような條件で賃貸借契約がなされたこと並びに本件地上の建物が原告主張の日時戰災で燒失したことは孰れも之を認めるが、原告先代の死亡の時期及原告家督相続の事実は不知、原告先代が本件地上に建物を所有し他人に之を賃貸していた点は否認する。原告は戰災によつて右建物が燒失してから後昭和二十三年十月賃料を供託するに至るまで実に三年有半の永きに亘つて本件借地を放置して顧みなかつたものであるから、暗黙の裡に借地権を抛棄したものと謂ふべく、仮りに右借地権の抛棄が認められないとしても本件賃貸借契約については公正証書を以て賃借人に於て賃貸人の承諾なく賃借地を他に轉貸した場合及び賃借人が賃料の支拂をしないときは、賃貸人は何等の手続を要せず直ちに賃貸借契約を解除しうる旨規定されていたところ、原告は先代以來被告の承諾を得ることなく本件土地を訴外中島まつに轉貸し同人をして右地上に建物を所有せしめ且つ昭和二十年以降の賃料の支拂をしない(原告が主張する賃料の供託は現実の提供なくして爲されたものであるから無効である)ので被告は前記公正証書の條項に基き原告に対し、本件訴状の送達を以て賃貸借契約解除の意思表示をなしたから原告の請求は失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告先代中島平吉が昭和十年一月十五日被告から同人所有に係る請求の趣旨記載の宅地六十三坪を普通建物所有の目的で賃料一ケ月金二十五円二十銭、毎月二十八日拂、期間二十ケ年の約で賃借したこと及び該地上の建物が昭和二十年五月二十五日戰災に因つて燒失したことについては当事者間に爭なく、その間昭和十七年右平吉死亡に因り原告に於て其の家督を相続し前記借地権を承継したことは証人中島まつの証言に徴し明かなところ被告は右借地権は原告に於て罹災後暗黙に抛棄したることにより既に消滅せる旨主張するので先ずこの点につき按ずるに、証人中島まつ、同清水善雄の各証言並被告本人訊問の結果を綜合すれば、原告の應召中その留守を預つていた母親まつが、昭和十九年十二月以來親戚である訴外萩原某に本件地上建物の管理を委託した上宮城縣松島に疎開している間に前記の如く戰災に遭つたわけであるが、戰災跡地をどうするかについては、まつと萩原との間に何等の連絡相談もなく燒跡は放置された儘の状態で時日を経過し、終戰後一旦母の疎開先に復員した原告もこのことについてはさして関心することなく、其の後昭和二十一年六月上京して荒川郵便局に勤務したが、当時にあつても被告としては從前の借地人から申出がありさえすれば何等の異存なく希望に添う用意があつたところ嘗て原告先代も訪ねて來たことのある被告の椎名町の居宅は戰災を免れていたし、神田佐久間町の事務所なり本件土地の燒跡に行つても十分連絡がとれる状況であつたにも拘らず本件借地に関し何等の措置をとることもなく、同二十二年十一月母親まつが上京し原告と尾久の住居に同居するようになつてから初めて尾久では不便だから早稲田に出て商賣をし度い旨の相談が出て、本件土地につき改めて被告と交渉することになり、同二十三年八月被告の現住所をつきとめるため罹災後初めて本件土地を訪れたところ、其の附近一帶が分讓地として賣出され已に新しい買手が家を建てゝ居住している事実を見聞し、爾後一切の処置を清水弁護士に委任したが、同弁護士も本件訴状送達に至るまで直接被告に対し何等の交渉をなした事実なく、結局罹災後三年有半の長い間原告は全く本件土地の借地権を放置して顧みなかつたことが認められる次第で、原告は被告に対し暗黙の裡に本件借地権を抛棄したものとみるの他ないから原告の前記借地権は当然消滅したものと謂わざるを得ない。して見れば爾余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は失当であるから、之を棄却することゝし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 石川秀敏)