大判例

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東京地方裁判所 昭和23年(ワ)4119号 判決

原告 山口光代

被告 明治生命保險相互会社

一、主  文

被告は原告に対し五万円を之に対する昭和二十三年十月一日以降六分の割合による損害金と共に支拂うことを要する。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は原告に於て金壱万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

二、事  実

原告は主文第一、二項同旨の判決並に担保を條件とする仮執行の宣言を求め其の請求の原因として原告の母亡山口やすは被告との間に昭和二十三年二月二十九日証券番号第一九七九八〇号保險金五万円。保險種類八十八歳受取養老。保險料拂込方年。保險料二千二百九十五円。保險契約兼被保險者山口やす。保險金受取人原告山口光代とする生命保險契約を締結した。

而して山口やすは昭和二十三年九月四日病死したので保險金受取人である原告は同年同月十六日被告に対し保險金の支拂を請求したが被告は之が支拂を拒絶したので本訴に及んだと陳述し、被告主張の抗弁事実に対し昭和二十三年十月五日被告より亡山口やすの相続人等に対し告知義務違反を理由とする契約解除の通知があつた事実は之を認めるが、本件契約者兼被保險者たる前記亡山口やすに於て被告主張の如き告知義務違反のあつた事実は否認する。蓋し被告主張の如き既往症があり且つ之を本件契約締結に際し被告に告げなかつたとしても同人に故意又は重大な過失は存しないからであると抗爭し再抗弁として仮に被告主張の如き故意又は重大な過失ありとするも被告が右既往症を知らなかつた点に過失があると述べた。<立証省略>

被告は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として亡山口やすと被告との間に原告主張の如き生命保險契約が締結された事実、同人が死亡した事実及び原告主張日時其の主張の如き保險金支拂の請求があつた事実を認め抗弁として亡山口やすは昭和二十三年四月九日日本医大婦人科で子宮癌の診断に因つて手術治療を受け次第に衰弱して同年九月四日死亡したものであるが、既に本件契約締結前である昭和二十二年八月二十六日左下腹部索引痛白帶下を訴えて訴外村上正夫医師の治療を受けたが全快せずして治療を中止し再び前回同様の症状によつて同年十一月二十日より昭和二十三年二月まで引続き同医師の治療を受けた事実がある。右事実は昭和二十三年二月二十九日保險契約を締結する際に保險契約者又は被保險者が保險者に告知すべき重要なる事項であるにも拘らず亡山口やすは惡意又は重大なる過失によつて之れを告知しなかつた。被告は亡山口やすに告知義務違反のあつた事実を昭和二十三年九月十六日原告より保險金請求の際提出された死亡診断書によつて知つたのでそれにより一ケ月以内である昭和二十三年十月五日契約者の相続人等に対し契約を解除した。因つて被告は保險金支拂の義務はないと述べた。<立証省略>

三、理  由

亡山口やすと被告との間に昭和二十三年二月二十九日原告主張の如き生命保險契約が締結されたこと及び亡山口やすが同年九月四日子宮癌に因つて死亡したことは当事者間に爭いがない。而して先づ亡山口やすに保險契約を締結するに当つて被告主張の如き既往症があつたか否かに付按ずるに本件契約締結前たる昭和二十二年八月二十六日頃右やすが左下腹部索引痛白帶下を訴えて訴外村上正夫医師の診察を受けた事実及び右病名は「左側附属器炎膣部糜爛」であり、最初は約二十日間治療を受け自覚症状軽度となつたが未だ全快せざるうち同年九月十九日大洪水の爲治療を中止し、再び同年十一月二十日より翌年二月に亘り時折り洗滌治療をして居た事実は成立に爭いなき乙第三号証及び証人村上正夫の証言に依つて認めることが出來る。

而して証人村上正夫大島利三の各証言に依れば其の後昭和二十三年三月右山口やすが村上医師の診察を受けた際に不正性器出血があり之は癌性のものではないかとの疑念が生じたので、組織的な診察の爲め村上医師の言に從つて同年四月六日日本医大婦人科訴外大島利三医師の診察を受け初めて子宮癌との診断を下され、四月九日手術をしたが既に其の時病状は子宮癌の第三期まで進行して居て手術後も経過は良好でなく、遂ひに同年九月四日死亡するに至つたものであつて、結果的に見て亡山口やすの死亡原因であつた子宮癌は昭和二十三年四月手術の時より半年位前に既に発病して居たものであることが認められ、從つて本件契約の際には子宮癌は既に其の子宮の深部に於て発病して居たものと推認することができる。尤も前記既往症と死亡原因であつた子宮癌との間の因果関係或は右既往症に基いて子宮癌を推断することの正当性は前記各証人によつて否定されて居るけれども、少くとも右既往症が被告の保險医に告げられたならば被告は本件契約を爲すに付更に愼重な考慮を拂い或は其の締結を差控えたかも知れない類のものである事は之を推知するに難くない。從つて右既往症は保險者たる被告に対して告げらるべき重要事項であると言わねばならぬ。果して然らば右重要事項を亡山口やすが被告に告知しなかつたこと(本件に於て右事項が告げられなかつた事は明である)について惡意又は重大なる過失があつたか否かを按ずるに右亡山口やすが前記婦人科疾患の症状を自覚して居た事は言う迄もない所であるが、之と子宮癌との関係は前記の如く否定されるのであるから同人に於て子宮癌に対する縣念の如きは当時に於て全然之を有しなかつたと解する事が出來る。而して右の如き婦人科疾患は夫れ自身としては普通決して重大な疾患であるとは考えず、寧ろ軽徴な症状として之を軽視するのが一般であるのみならず、婦人に於ては特に其の本態的な羞恥心より之を秘さんとする傾向を有する事は否み難い。從つて右亡山口やすが本件契約締結に際して前記既往症を告げなかつた一事によつて直に惡意又は重大な過失を肯定する事は妥当でなく之を肯定せんが爲には其の前提として保險医に於て具体的に症状の有無を指摘発問して其の告知を促すべきものと解するのが相当である。

然るに本件に於ては右の如き手続を盡した証拠は存在しないのであるから被告主張の如き告知義務違反は之を肯定するに由なく、從つて此の点を理由とする被告の本件契約解除は失当と謂わざるを得ない。原告が昭和二十三年九月十六日被告に対して本件被保險者たる前記山口やすの死亡を通知して保險金の支拂を請求した事は被告の爭わない所である。

故に被告は原告に対し本件保險金五万円及び右請求が被告に爲された後である昭和二十三年十月一日以降遅滞による商法所定の年六分の損害金を支拂うべきものである。

よつて原告の本訴請求は理由があるから之を認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條仮執行の宣言につき同法第百九十六條第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 安武東一郎)

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