東京地方裁判所 昭和23年(ワ)4180号 判決
原告 野北全八 外四〇名
被告 国
一、主 文
原告等の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、被告は原告等各自に対し、別表<省略>第一記載の各金員及び之に対する昭和二十年十二月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、日本国陸軍は昭和二十年一月頃、小倉陸軍兵器補給廠より搬出した箱詰の弾薬その他の火薬類を福岡県田川郡添田町大字落合字二股国有鉄道二股トンネル(長さ約一丁既設未開通のもの)及びその南方約十二・三丁の位置にある国鉄吉木トンネル(長さ約半丁)の内部に格納したが、その状況は、吉木トンネルには、火薬類をその種類毎に高さ約一米八十糎の小堆積となし、その堆積相互間の間隔六十糎、両側の空隙四十糎としてトンネル全容積の約二十乃至二十五パーセントのものを格納したに反し、二股トンネルには、その南口より約一米五十糎の地点より両側は各約五十糎上方約一米八十糎の空間を残して北口より約六米の地点まで格別の間隔をおくことなく積み重ねたものである。その後終戦となり同年十一月八日、右火薬類の保管事務を担当していた小倉陸軍兵器補給廠山田部隊隊長日本国陸軍少佐矢野一三は、添田町警察署において連合国軍所属福岡地区占領軍ハウスキン中尉と会見し右火薬類の物件目録を手交したのであるが、同月十二日、占領軍部隊は前示火薬類を焼却する方針を定め、添田町警察署に警察官数名と人夫十数名の出動を求め、かくて警部補岸田正敏巡査島本渥美同佐々木清一等の協力を得て作業現場に至り、先ず同日午後一時頃吉木トンネル内の物件にその北口より点火し、次いで同日午後三時頃二股トンネル北口において同トンネルに格納されていた火薬に点火したので各トンネル内の火薬は漸次燃焼して行つたが、吉木トンネルの方は爾後四十余日燃焼を続けただけで何等事無く済んだけれども、二股トンネルの方は点火当日午後五時二十分頃一大爆発を惹起して同トンネル上の丘陵を破砕飛散させ、飛散した土砂岩石はその周囲十数丁四方に落下し、これがため原告等と親子又は配偶者の関係にあるもの別表第二の(二)記載の如く死亡するに至り、原告等自身も別表第二の(三)記載の如く負傷し精神上並に肉体上多大の苦痛を受けたばかりでなく、家屋、家財、田畑、農作物、衣料、農器具等は毀損、滅失又は荒廃に帰し別表第二の(一)(その一)(その二)財産損害明細書記載の損害を原告等に与えたのである。ところで右爆発の原因については吉木トンネルの場合と比較して見るとよくわかるのであるが、吉木トンネルにおける火薬の格納状況はすでに述べた通り、割合に間隙が多くしかもトンネルの南北両口とも開通していて空気の流通がよかつたため、その小爆発に伴う熱気は随時南口より遁れ一時に大爆発を起すことなく無事燃焼を続けたのである。ところが、二股トンネルの南口は従前から上方よりの土砂の崩壊のため殆ど閉塞され、辛うじて人体を通ずる程度の小口を残すのみであり、且つその内部には前述のように極く僅かな空隙を残して火薬類が格納してあつたため、北口からの点火後前示南口の小口は火薬類の燃焼に伴う小爆発により生ずる高温の気体を排出せしめるに不十分であつた上、燃焼の進行に伴い相次いで起る小爆発による震動のため、南口上方の土砂は更に新たに崩壊の度を加えて南口を完全に閉塞するに至り、燃焼による灼熱した瓦斯体は殆ど外部に排出されることなくトンネル内に急激に充満鬱積して終に本件大爆発を惹起したものである。(一)しかも占領軍からの命令により、被告の管理下にある本件火薬類に関しその機関として自ら焼却作業にあたつた警察官等としては二股トンネル南口の土砂崩壊による上叙閉塞状態を知悉していたのであるから、警察官として当然危険防止上なすべき注意義務を怠らなかつたならば、占領軍将兵の命令の有無を問わず、右火薬類えの点火前又は点火後遅滞なく、進んで同トンネル南口の前示崩壊箇所の土砂を取除いて空気の流通を容易ならしめる等の処置を講じなければ本件の如き大爆発誘発の危険あることを知り得べきものであつたに拘らず如上注意を怠つたため、爆発の危険発生を予知しないで、二股トンネル北口より火薬類に点火した儘格別の危険防止の措置をとることなく放置していた結果本件事故を惹起したものである。(二)仮に昭和二十年十一月八日、本件火薬類がその物件目録とともに占領軍に引渡され、占領軍が主体となつてその管理下にある右火薬類の焼却作業をなしたものであり、上叙警察官等は占領軍将兵の命令にもとずき被告の機関として右焼却作業に協力又は単に立会したにとどまるとしても、元来警察官は一般公安保持の責があり、その職責上、上叙注意をなすべき義務があるのであるからいずれにしても本件事故は被告国の機関として(当時警察官はすべて国の機関であつた。)の警察官の過失によるものであり、民法第四十四条第一項の規定の類推によるも右過失により生じた損害は被告において賠償の責がある。のみならず、(三)本件火薬類がすでに右の如く占領軍に引渡されていたとすれば矢野少佐は国及び軍当局を代表して本件火薬類の保管事務を担当していた者として、千九百四十五年九月二日附指令第一号附属一般命令第一号第六項第七項にもとずき、連合国最高司令官の指示ある迄これを現状の儘良好な状態で保持すべき職務上の注意を負うていたにかかわらず、右義務に違背し最高司令官から何等の指示もないのに本件火薬類を占領軍係官に引渡したことになるばかりでなく、本件火薬類の引渡にあたつては、その処理その他に関して適切妥当な措置をとる必要上、その物件目録の副本を手許に留め置くべき注意義務を負うていたのに同少佐においてその義務に違背し右引渡の際物件目録の副本を手許に留めなかつたため、爾後、警察官等において本件火薬類の性能、数量、格納状況等を知ることができず、焼却作業に際し適切な処置を採るに至らなかつたものであるから、いずれにしても、被告は、その機関である小倉陸軍兵器補給廠山田部隊長陸軍少佐矢野一三の上叙過失にもとずいて発生した前示損害を賠償する義務がある。(四)仮に以上の主張にして理由がないとしても、二股トンネル南口が上述のように僅かの小口を残して崩壊していた事実は本件火薬類焼却の場所的施設として、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があつたものというべく、被告は当時その占有者であり且つ所有者であつたから、右瑕疵にもとずいて発生した上叙損害を賠償すべき義務を負うているところ、原告等は本件事故により、すでに述べた如く別表第二の(一)(その一)(その二)財産損害明細書記載の如く有形の損害を受けた外、原告等自身又はその親子、配偶者の関係にあるものの負傷、死亡による無形の損害を受けたが、後者についてはそれぞれ別表第二の(二)(三)記載の慰藉料を相当とするので、以上有形無形の損害(慰藉料を含む)の賠償として、原告等は各自別表第一記載の金員及びこれに対する、本件損害発生の日の後である昭和二十年十二月一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める次第であると述べた。<立証省略>
被告指定代理人は、請求棄却の判決を求め、原告等の主張事実中日本国陸軍が二股トンネル及び吉木トンネル内部に本件弾薬その他火薬類を格納したこと(但しその日時は昭和二十年三月十日頃である。)、昭和二十年十一月八日、日本国陸軍矢野少佐が添田町警察署において本件火薬類の物件目録を福岡地区占領軍ハウスキン中尉に手交したこと、同月十二日午後一時頃及び午後三時頃それぞれ吉木トンネル二股トンネルの各北口からその内部の火薬類に点火されたこと、吉木トンネル内の火薬類が点火後格別の事故を起すことなく一月余燃焼を続けたが、二股トンネルにおいては点火当日午後五時二十分頃同トンネル内の火薬類が大爆発を惹起しトンネル上部の丘陵を破砕したこと、右点火作業にあたり原告等主張の警察官等が占領軍の求めにより作業現場に臨んだこと、原告等が死亡したと主張する親族等と原告等との間にそれぞれその主張のような身分関係の存すること、従前から二股トンネル南口が上方の土砂の崩壊のため閉塞され、辛うじて人体を通ずる程度の小口を残していたこと、は認める。右大爆発によつて原告等主張の親族等がそれぞれ死亡したことは不知、その余の事実は否認する。昭和二十年十一月八日、矢野少佐が本件火薬類の物件目録をハウスキン中尉に交付した際、同少佐は国を代表しその保管の下にあつた右火薬類を一括して占領軍に引渡したもので、少佐はその際ハウスキン中尉に対し右火薬類の品目、数量、格納場所等記載の兵器現況表を交付し、その性能の説明を附して引渡をなし、ただその二、三日前に占領軍側で各格納場所を現地について確認した後であつたため現地における現実の引渡を省略したにすぎず、その後少佐は占領軍官憲の質問に答え、火薬類を少量宛広い場所に持出して焼却すればよい旨その処理方法の説明迄附加しているのであるから、右引渡について矢野少佐には過失はない。而して同月十二日、占領軍はその管理下に移つた本件火薬類を焼却することに決し、自らその焼却作業を実施したものであり、最寄りの添田町警察署警察官等は、占領軍将兵の命令にしたがつて人夫等とともに右作業に協力すべく作業現場に同行したのであるが、現場においては占領軍官憲の指示にしたがい、警戒のため警防団員を集め、更に現場に一般人の出入せぬよう附近の警備に任じていたにとどまり、焼却作業そのものについては他に格別の指示がない限りこれに関与することができなかつたのであるし、本件火薬類の性能、数量、格納状況に関しては、それが関係書類とともに占領軍に引渡された後のことでこれを詳細に確知し得ず、本件焼却に伴うことあるべき危険を予知することができない状況にあつたのであるから、右警察官等には本件作業に関し原告等主張のような措置をとるべき注意義務はないのであり、右作業に伴う本件事故に対し被告が責任を負う理由はないのである。のみならず、本件爆発の原因は二股トンネル南口が殆ど閉塞状態になつていたためではなく、同トンネル内に格納されていた火薬類が吉木トンネル内のそれに比し、爆発性が強く、量も多量であつたことにもとずくものであつて、前示南口閉塞の事実は本件爆発とは関係がないから、上叙陸軍並に警察係官の過失を理由に、右爆発による損害について被告に賠償を求めることはできない。なお二股トンネルは本件事故発生当時まで引きつづき本件火薬類の格納保管の施設として使用されていたものであるから、これに火薬類格納保管の施設として瑕疵の有無を考うべく、火薬類焼却のための施設として瑕疵の有無を論ずべきものではないし、右格納施設としては前示南口閉塞の事実を以て土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があつたとはいえない。仮に右事実が工作物の設置乃至保存に関する瑕疵に該当するとしても、右二股トンネルは、叙上のとおり昭和二十年十一月八日本件火薬類を陸軍係官から占領軍に引渡した際これと同時に占領軍に引渡され本件事故発生当時被告の占有に属していなかつたのであるから、右瑕疵の存在を理由とする原告等の請求も失当である、と述べた。<立証省略>
三、理 由
日本国陸軍が、小倉陸軍兵器補給廠より搬出した箱詰の弾薬その他の火薬類を、福岡県田川郡添田町大字落合字二股国鉄二股トンネル(長さ約一丁)及びその南方約十二・三丁の位置にある国鉄吉木トンネル(長さ約半丁)の内部に格納したことは当事者間に争がなく、証人数山吉男、矢野一三の各証言によれば、昭和二十年四月頃当時陸軍少佐矢野一三は小倉陸軍兵器補給廠山田填薬所長として、廠長の命令の下に弾薬類の整備補給貯蔵並にこれに関する業務一切を担当していたところ、防空上の見地から右補給廠内の火薬類を疎開することとなり、西部軍司令部の指示にもとずき、矢野少佐が現地調査の末最も適当な疎開格納の場所として当時運輸省の管理下にあつた二股トンネル及び吉木トンネルを選び、その内部に前示火薬類を格納したものであること、その格納状況は、二股トンネルには三号帯状火薬(綿に硝酸及び硫酸を浸み込ませアルコール並にエーテルで練り合わせたもの)五十三万三千百八十五瓩を、その南口から一米五十糎北口から約六米両側約五十糎上方一米八十糎の空間を残して積み重ね、その全体積はトンネルの容積の七十乃至七十五パーセントに及んでおり、一方吉木トンネルには、薬包類(紙袋入で三号帯状火薬と略々同一性能)百二十八万三千二百八十二瓩、点火具類(相当危険度の高い火薬を筒又は箱に収容したもの)二十六万六千七百三十四瓩、四つに区分された信管類(危険度の高い火薬を極く少量真鍮製の筒の中に収容したもの)四万一千百瓩、八万四千三百五十四瓩、四十七万二千五百二十八瓩、二十万十五瓩を各種類並に各区分毎に、相互の間隔六十糎、両側の空隙四十糎、高さ約一米八十糎の堆積となし、その体積の合計はトンネル全容積の二十乃至二十五パーセントに過ぎず、右格納はいずれも内務省の銃砲火薬類取締令と陸軍の弾薬取締令に準拠してなされたものであることを認めることができる。ところで、原告等は昭和二十年十一月十二日現在もなお本件火薬類が国の管理下にあつた旨主張するけれども、同年十一月八日、矢野少佐が添田町警察署において連合国軍所属福岡地区占領軍ハウスキン中尉に前示火薬類の物件目録を手交したことは当事者間に争ないところであり、成立に争のない乙第一号証及び証人和田定雄、岸田正敏の証言の各一部、証人矢野一三の証言を綜合すれば、右書類の交付にさきだち本件地区管轄の占領軍である米国第百三十師団から矢野少佐に対し本件火薬類の引渡に関する指示があり添田町警察署にも同趣旨の通知があつたこと、同少佐は陸軍の所謂独立部隊の部隊長としてその所管に属する火薬類を占領軍当局に引渡す権限を有していたこと、上叙書類とは、予め占領軍の指示した書式に則り、昭和二十年八月三十日現在の調査にもとずいて本件火薬類を含む火薬類の品目、名称、数量並に格納場所を記載した兵器現況表なる文書で、これを四部作成した上、二部を右占領軍係官に提出し、一部を添田町警察署に、一部を矢野少佐の手許に留め置いたこと、右書類交付の際、矢野少佐は係官に対し本件火薬類の性能の説明をなす一方、通常の引渡の方式にしたがうべく現地における確認を申出たところ、占領軍側ではその二・三日前既に確認済であるとのことで右の方式を省略したこと、右書類交付の時を境として、それ迄は主として現地人四名を陸軍軍属の肩書で本件トンネルの警備に充てていたが、その後は右軍属等を警備面から引揚げさせる反面占領軍側からの命令によつて内務省(警察官)が警備の任を担当するとともに占領軍官憲も時々現場を見廻つていたこと、右書類交付の後矢野少佐は占領軍官憲の質問に答え、本件火薬類は少量宛広い場所に持出して焼却すればよい旨その処理方法の説明をなしたことを認めることができる。証人和田定雄、岸田正敏の各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比しこれを信用できないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。以上の事実からすれば、本件火薬類は昭和二十年十一月八日前示書類の交付と同時に陸軍当局から占領軍に引渡され、爾後占領軍の占有並に管理に帰したものと言わざるを得ない。そこで右火薬類の引渡に関して矢野少佐に原告等主張のような過失があつたか否かにつき考えるに、上叙米国第百三十師団から発せられた引渡に関する指示が一般命令第一号第六項に謂う連合国最高司令官の指示にもとずくものであることを直接認めるに足る証拠はないけれども、終戦直後の占領下において、こと敗戦国の武装解除に関する緊急且つ不可避の事項であり、占領軍より当然発せられることの予想される指示であり、占領軍師団として上叙の如く公式に日本国官憲に対し発せられた指示である限り、占領軍内部関係においても命令系統を遵守してなされた適法のものと推定するを相当とすべく、従つて同少佐が右指示にもとずき、その指示どおりの方式にしたがい火薬類を引渡したことは適法であるばかりでなく、仮にその指示が占領軍内部の命令系統を遵守してなされたものでなく、矢野少佐の引渡が違法(結果から見て)のものであつたとしても、原告等主張の二股トンネルの大爆発と右引渡の違法であることとの間には相当因果関係があると想定するに由なく且同少佐が本件火薬類の引渡に際しては本件火薬類をその目録とともに、その副本を手許にとどめて占領軍係官に引渡し、なお右火薬類の性能並に処理方法を係官に具体的に説明したのであるから、同少佐には右引渡の方法に関して、その職務上の注意義務に違背した事実はないものと言わざるを得ないのであるから同少佐に過失ありとする原告等の(三)の主張にもとずく請求はその理由がない。
そこで警察官に過失ありとする原告等の主張について考察する。昭和二十年十一月十二日午後一時頃及び午後三時頃原告等主張の如くそれぞれ吉木トンネル、二股トンネルの各北口からその内部の火薬類に点火されたこと、吉木トンネル内の火薬類は格別の事故もなく点火後一月余燃焼を続けたが、二股トンネルにおいては点火当日午後五時二十分頃同トンネル内部の火薬が一大爆発を惹起しトンネル上部の丘陵を破砕したこと、右点火作業にあたり原告等主張の警察官等が占領軍の求めにより、作業現場に臨んだこと、は当事者間に争ないところであり、以上の事実と証人和田定雄、岸田正敏の証言の各一部、証人矢野一三、佐々木清一、島本渥美の各証言を綜合すれば、昭和二十年十一月十二日、占領軍ユーイング少尉が兵二・三名を引連れて添田町警察署を訪ね、本件火薬類の処理に関し人夫五・六名を出すよう命令があつたので、同署署長和田定雄の命により、同署警防主任として警防団関係並に火薬関係等の事務を担当していた警部補岸田正敏は、佐々木、島本両巡査を引卒の上右占領軍将兵と同行して先ず吉木トンネルに至り、前示命令どおり人夫に充てるべく近在の深倉部落を通じて警防団員を集め、作業の間附近の住民が現場に立入らぬよう監視する一方、右将兵等は人夫達に手伝わせてトンネル内より火薬包入の箱十四、五箱を取出しその一部に点火して焼却試験をした後絶対に危険はない旨を前示警察官等に説明、安心を与えた上火薬の包を破つてとり出した火薬を撒布し幅約一米トンネル北口より十五米乃至二十米の長さの導火線を作つたが、その際警察官のうち任意右火薬の撒布を手伝つたものがあつたこと、同日午後一時頃占領軍将兵がライターでこれに点火したのであるが、その現場附近で燃焼の模様を五分程見守つた後将兵の指示により同所を引揚げる際、島田警部補は警防団員にその現場に残つて見張をさせるかたわら万一の危険を慮つて近在の人達に注意を促させたこと、次いで警察官等は占領軍将兵に随つて二股トンネル北口に至り前同様の焼却試験の後、前同様の方法で導火線を作り(この際警察官のうち任意火薬撒布を手伝つたものがあつたことも前同様である)、将兵が同日午後三時頃これに点火し、警察官等は、同所で十五分乃至二十分間燃焼の模様を見ていたが、その間前同様附近の住民に一応の注意を促し、且つ作業現場附近に住民等が立入らぬよう監視をなし、同所に居合わせた那須巡査部長と警防団分団長に見張を依頼しておいて、更に占領軍将兵の指示にしたがい次の作業場所である岩瀬火薬庫に向かつたものであること、本件事故発生後ユーイング少尉が点火責任者として本件爆発事故の責任を問われ軍法会議により有罪判決の宣告を受けたことを認めることができる。以上認定に係る事実とすでに判示した本件火薬類の占有保管がすでに点火に先立ち占領軍に移されていた事実を綜合考案すれば、本件焼却作業は占領軍が主体となり自らの管理下にある本件火薬類についてその方針に則りその計画にもとずいて実施したものであり、警察官等は唯、右焼却作業に必要な人夫を手配させ、作業現場附近に一般住民が立入らないように監視させ、又一般住民に焼却作業が行われているので現場附近に近ずかないよう警告を与えさせる等の必要上、右作業に協力させたにすぎないものであると認められる。証人安藤光信のこの点に関する証言は的確な資料となすに足らない。従つて上叙各認定に反し本件火薬類が焼却当時なお被告の管理下にあり、警察官等が焼却作業の主体として、この作業に当つた事実の存在を前提とする原告等の(一)の主張にもとずく請求も理由がない。次に原告等は作業主体としてでなくとも警察官は公安保持の職責上、危険防止に必要な注意義務があり、その義務に違背した過失があるというのでその点について考える。警察官が公安保持の職責をもつていることは言うまでもないことであるが、本件の場合においては、その任務は火薬焼却作業中一般住民が危険区域に立入ることを防止するにあつて、焼却作業自体は占領軍の施行するところで警察官の関与しないところであつたことはすでに判示したとおりであるから、この場合警察官等に焼却作業の施行自体について施行者と同一の作業上の注意義務があるものと解することはできない。だから警察官は一般に公安保持の職責があると言う漠然とした概括的根拠から、本件における警察官の注意義務を具体的にひき出すことはできない。本件では警察官はその任務としては火薬の焼却に関与しないのであるから作業施行上の注意義務はないのである。もつともそれだからとて警察官等に作業上危険防止に必要な処置の欠陥が判然としているにも拘らず右欠陥を作業施行者である占領軍将兵に告知し適宜の処置を要請する注意義務がないとはいえず、これはまさに公安保持の職責上なすべき注意義務に属するが、この義務の存在の前提として如上欠陥の存在を警察官等において知り又は少くとも当然に知つていなければならない場合であることを要するものと言わねばならない。ところで本件二股トンネルの火薬に点火当時、同トンネル南口は上方よりの土砂の崩壊により殆ど閉塞され辛うじて人体を通ずる程度の小口を残すのみであつたことは本件当事者間に争のないところであるが右南口の閉塞がなかつたならば本件爆発が起らなかつたこと、換言すれば右南口の閉塞が本件爆発の原因(少くとも一因)であつたことは、これを認め得る証拠はない(証人矢野一三の証言中には右南口の閉塞は本件爆発の原因ではなく右閉塞の事実がなくとも爆発は避けられなかつたとの供述があるが、この供述は同人の推測ないし判断と解すべきものであつて必ずしも的確な証拠とは思われないけれども、陸軍兵器補給廠填薬所長の職にあつた同証人の右供述があるところからしても南口の閉塞と爆発との因果関係の存在は、しかく軽々に断じ得ないと言う意味で資料となし得るであろう。)のであるから、本件火薬類に点火当時岸田警部補において南口の崩壊状態を知つていたことは証人岸田正敏の証言により認められるけれども右事実だけでは、爆発の危険を同警部補において知り又は当然に知つていなければならないとは言えないので、同警部補を含む警察官等に公安保持の職責からして原告等主張の注意義務があつたとは言うことができないので原告等主張の(二)の注意義務の存在を前提とする原告等の請求も失当である(尤も南口の崩壊が爆発の原因であることを認め得る証拠がなければ、原告の(一)乃至(四)の主張はすべて理由のないものとなるので、その余は判示を要しない理であるが、本件の如き事案において前示因果関係の立証の困難なことは原告等に同情に値するものであり、その点だけから判示するだけでは納得できないであらうと思われるので、敢えて他の点からも判示したのである)。
次に、二股トンネル南口が土砂の崩壊のため、辛うじて人体を通ずる程度の小口を残して閉塞されていたことは上述のとおりであるから、右事実が土地の工作物の設置乃至保存に関し瑕疵ある場合に該当するか否かにつき考えるに、右二股トンネルがもと運輸省の管理に属し、昭和二十年四月頃陸軍において本件火薬類を疎開格納するため係の矢野少佐が現地確認の上最も適当な場所としてこれを選び、以後その格納保管の施設として使用していたことは上述したところであるから、二股トンネルは本件火薬類の格納保管の場所的施設として通常の性能を具有していたかどうか、損害発生の危険性を包蔵していたか否かを考えるべきで、たまたま、終戦に伴い早急に兵器類の処理を必要とする状況となり、しかもその後程なく占領軍将兵において火薬類をトンネル内に多量に格納したまま点火焼却するという極めて異常の、殆ど予想し得ない外部的な事態の発生した本件の場合、二股トンネルにおいて焼却作業が行われたからといつてこれを火薬類焼却の場所的施設としてその瑕疵の有無を考えることは到底首肯し得ないところである。されば、今、上叙諸事実を綜合考案するに、火薬類の格納時より本件焼却作業開始に至る間二股トンネルにおいてその南口が崩壊していたことが原因で何等かの危険乃至損害が発生したというが如き特段の事情の主張立証のない本件においては、二股トンネルには、土地の工作物としてその設置乃至保存に瑕疵があつたものと解することはできないのである。したがつて右瑕疵の存在を理由とする原告等の(四)の請求も既にこの点で失当であることは疑ない。
よつて原告等の請求をすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 毛利野富治郎 河野力 井口牧郎)